魔法学院の階級外魔術師

浅葱 繚

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第1章 入学試験編

入学試験⑤ 模擬戦② 本戦

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控え室の隅にはルーシッドが静かに座っていた。
もはや隅の席はルーシッドの定位置と化していた。

「ちょっとちょっと、ルーシッドさん強くない?あれでFランクとか詐欺じゃない?」
また突然話しかけられて、びくっとして見上げると、そこには愛くるしい笑いを浮かべる女生徒がいた。ウェーブが効いた綺麗な金髪を左に束ね、肩から前に垂らし、その髪をくりくりと指でいじっている。ルーシッドは何となく猫を連想した。ルーシッドはこういうタイプが少し苦手だった。
「あ…あの…?」
「あたしはフェリカ、フェリカ・シャルトリュー。リカって呼んでね、一回戦で当たるからお手柔らかによろしくね」
動揺するルーシッドを気にすることなく、フェリカは話し続けた。
「あぁ…はい…」
「まぁ、決勝トーナメント進めれば、合格確実だし?あたし的には正直もうどうでもいいんだけどねー、ねぇ、さっきのってどうやったの?あれ、あたしにも使ってくるの?」
「あー…いや…あれは、人数が多くてめんどくさかったから、一度に片付けようと思って使っただけで…1対1なら、あんな効率の悪い戦い方はしない」
「何それ、こわ~…でも良かった~、あんなんされたらあたしちびっちゃうかも、あたしなんてDランクだしさ~」
「へぇ、Dランクでバトルロイヤルを勝ち残れたんだったら、よほどの戦略家なんじゃないですか?」
「いやいや、冗談、逃げ回ってたら、みんな勝手に倒れただけだよ、超ラッキー、あたしってば運だけはいいからね」
そう言ってフェリカは、Vサインをしながら、またにこっと歯を出して笑った。
「じゃあまぁ、お手柔らかによろしくね~」
そういうとフェリカは鼻歌まじりに去っていった。その後ろ姿を黙って見送りながら、ルーシッドはただのDランクではなさそうだと思った。


そして、決勝トーナメントは何事もなく順調に進み

「決勝トーナメントBブロック一回戦第4試合
 ルーシッド・リムピッド対フェリカ・シャルトリュー
 はじめ!!」


「いくよ、エアリー」
『了解』
ルーシッドが魔術の発動キーを言おうとした時だった。


言葉が…出ない……!?


対戦相手のフェリカを見ると、先ほどと全く同じように笑っている。
「どう?自分がしたのと同じことをされる気持ちは?」
フェリカは、にししと笑いながらルーシッドに近づいてくる。
「ふふ、自分だけが特殊な力を使えると思わないでね?」


ルーシッドはポケットに入れてあった魔法具を取り出そうと、手を動かした。
「おっとっと、こわいこわい、おとなしくしててねー」
フェリカがそう言って、反対に胸ポケットからカードを取り出すと、カードに書かれていた赤い文字が光りを発し、ルーシッドの動きが止まる。思い返してみると、先ほども試合開始と同時にカードを取り出していた。この現象はあのカードの効果、厳密にはあのカードに書かれているあの文字の効果だろう。


「今度はルーシッドが動きません…一体何が起こっているのかしら?」
「………」
サラは何も答えない。いや、答えられなかった。何が起きているかはわからない。でも確かにルーシッドは相手からの何らかの魔法攻撃を受け、話すことも動くこともできないようだ。相手は魔法詠唱をしていない。無詠唱で魔法を行使する方法が全く存在しないわけではない。だが、Dランクの選手にできるはずがない。一体どうやって?
サラは、ルーシッドがこの程度で負けないことは知っている。そう、ルーシッドを倒すためには、これでは足りないのだ。
そうだとしても、ルーシッドをほんの少しでも追い込んだこのフェリカという選手と、その魔法には興味が湧いた。

「さて、じゃあ終わりにしよっかな、ごめんねー、ルーシッドさん、嘘ついちゃって、あたしホントはすっごく負けず嫌いなんだ」
そう言って、フェリカが三枚目のカードを取ろうとしたその時、突然フェリカが持っていたカードが発火した。
「えっ!?」
フェリカはとっさにカードを投げ捨てた。


術式コード感電スタン照準固定フィックス

ルーシッドがそう言うと、フェリカに向けて魔法陣が展開される。フェリカは両手を挙げて降伏した。
「ちょっとぉー、喋らなくても魔法使えるなんて聞いてないんだけど?」
「喋らなきゃ使えないなんて一言も言ってませんよ、私は」

Bブロック一回戦第4試合はあっけない幕切れとなった。


「ルーシッドが勝ったけど…何だったのかしら…?」
「わからないわ…」
何だかすっきりしない結末だ。フェリカが持っていて、ルーシッドが燃やしたカードに秘密があるようだが…結局フェリカの秘密はわからずじまいだった。しかしなんというか…ルーシッドはまだしも、ルビアといい、今のフェリカといい、今年の受験生はすごいメンバーが集まったものだと、サラは思うのだった。


「手、大丈夫ですか?火傷してませんか?すみません、こうするしかなかったもので」
控え室に戻ると、ルーシッドはフェリカに尋ねた。
「えっ…あ、うん…大丈夫だけど…」
ふいに優しい言葉をかけられて、あっけに取られるフェリカ。
「ルーシッドさんは、私が使ったカードが何だか知ってて、カードを燃やしたの?」
「えぇ、ルーン文字が刻まれたカードですよね?最初に使用したのは『言葉アンスズ』のルーンを逆位置にし、『無言』と解釈し、次のは『欠乏ナウシズ』のルーンを『身柄の拘束』と解釈したものではないですか?
ルーン魔法はルーン文字を物品に刻むことによってその効力を発し、物品を焼却することで、効果を失いますし」
「あはは、すごいね~、完璧じゃん…。まさか受験生の中にルーン魔法を知ってる人がいるなんて思わなかったよ。あたしの取って置きの秘策だったのに」
フェリカは自分の秘策がこうもあっさり見抜かれたことに悔しさをにじませながらも、あまりに完璧な解答に感服した。
「たまたま知っていたから早急に対応できただけです。私の魔術はルーン魔法を参考にして作ったので、ピンときただけです」
「あー!だから、喋らなくても発動できるってこと?」
「その通りです。あらかじめ記述しておいた術式を展開するために、起動キーとして言葉を利用しているだけで、術式を記述する分には喋る必要はありません。その場で一から術式を記述するのは、構築に時間は多少かかりますけどね」
「なーる…確かにルーン魔法に似てるかも」
「えぇ…ルーン魔法は『言葉』ではなく、『文字』を使用した魔法…通常の詠唱という手段では魔法が使えない私でも、もしかしたらと思って研究していたんですが…使用された文字と、その効果は判明していても、魔法を発動するための儀式に関する文献が一切存在していませんでした。そんな失われた古代魔法の一つ『ルーン魔法』を使えるとは…フェリカ、あなたは一体何者ですか?」
「ふふっ、ひみつ~、まぁ友達になったら教えてあげてもいいかな?」
フェリカの表情は試合前のおどけた笑い方に戻っていた。ルーシッドはそれを見て、なんだか少しホッとしている自分に気づいた。最初は苦手なタイプだと思ったが、フェリカとはこれからすごく長い付き合いになる、そんな予感がした。
「ねぇ、それよりさ、その魔法具って何?めっちゃ気になってたんだけど、それ、あたしにも使える?ルーン魔法に応用できそうじゃない?」
「さぁ、どうでしょう?元々ルーン魔法を参考したものがあたしの『魔術』ですから、応用できるかもしれませんが、ルーン魔法の術式がわからないので何とも」
「えー、めっちゃ興味あるんだけど?ねぇねぇ、ルーシッドさん、それ後であたしにも見せて?」
「私の事はルーシィと呼んでください…まぁ、そうですね…友達にだったら見せてあげてもいいかも知れません」

控室で2人がそんな話をしている間に、模擬戦はAブロック一回戦第5試合へと移っていた。
ルビアが出場する試合である。

「はぁっ……はぁっ……ちっ、煩わしい…!」
相手の魔法攻撃を交わしながら、ルビアが苦しそうに息をする。

先ほどの予選の圧倒的強さとは打って変わって、ルビアは防戦一方の展開を強いられていた。ルビアの対戦相手は水属性を得意とするランクAAの選手であり、ランクこそルビアよりは下だが、火属性を得意とするルビアにとってはかなり不利な相手であった。
「やはり、さすがのルビアでも相性が悪すぎるわね…」
そんなルビアの劣勢の状況を見ながら、フランはサラに言った。
「そうね…水属性に対して火属性では厳しいでしょうね…でも…」
「でも…なに?」
「何となく、ルビアはまだ本気を出していないというか…まだ全てのカードを切っていない感じがするわ…」
「あの強さでまだ何か隠していたらそれはそれですごいけど…でも、苦手属性相手に出し惜しみをする理由なんてあるかしら?負けたら元も子もないじゃない?」
「そうよねぇ…やはり私の思い違いかしら…」


こんなところでを出すわけには…はルーシッドのために取っておかなければ…


サラの勘は当たっていた。ルビアは持っている全てのカードを切っているわけではなかった。ルビアはルーシッドと戦うための秘策は決勝まで絶対に出さないと決めていた。ルーシッドと戦う前に手の内を明かしてしまっては、ルーシッドに勝てるわずかな見込みすら無くなってしまう。何としてもこのカードだけは決勝まで切るわけにはいかない。


仕方ない…カードを切るしかないわね…


だが完全に当たっているという訳でもなかった。ルビアのカードはのだ。



“FIRE BALL!!”(火球)

ルビアが放った中距離攻撃魔法を、対戦相手のマリン・デレクタブルが、水で形成された弓で簡単にあしらう。
「どうしたのぉー?Sランクのルビア・スカーレットもさすがに水属性相手には手も足も出ないって感じぃー?」
マリンは中距離攻撃魔法ウォーターアローを3発放つ。それをルビアが地面を転がるようにして避ける。
中距離魔法最大の利点は、魔法発動の短さである。その中でも『マジックアーチェリー』と呼ばれる魔法は、一度発動すると、手に弓が常時展開され、後は追加の詠唱なしで魔法の矢を打つことができる魔法で、威力は中程度だが、他の魔法との同時使用も可能で、その使い勝手の良さからマジックアーチャーが好んで使う魔法の一つであった。
「簡単に勝ったら可哀相だと思って、あんたに見せ場作ってあげてるのよ。感謝しなさい」
「言ってくれるじゃない…いいわ…そのままくたばりなさい!」

何発か威力が低いファイアーボールを打っただけで、あとは相手の攻撃を避けるのに必死な様子のルビアを見て、会場内も、やはり不利な属性相手ではいかに強いルビアでも仕方ない、という雰囲気に包まれていた。
「ルビアがほとんど攻撃をしないわね。やはり属性的に攻撃手段が限られるからかしら?」
「攻撃をしていない…というより、詠唱に普通より時間がかかっているのが気になるわ。ルビアくらいの実力があれば、中距離魔法の詠唱にあんなに時間がかかるはずがない…まさか…」


よし…これで完成…!

“RELEASE DERAY, BURNING CHASERS!!”(遅延発動、燃え盛る追跡者バーニングチェイサー)

ルビアがそう唱えると、天まで届く大きな火柱が突如として、2本闘技場に出現した。
追尾型の移動する火柱を出現させる魔法『燃え盛る追跡者バーニングチェイサー』である。
「うそっ、なんで、いつの間に!?」
さすがに水属性が火属性に強いとはいえ、この大きさの火柱を一瞬で相殺することは不可能だ。ファイアボールやウォーターアローなどと異なり、このタイプの魔法攻撃は、魔法を発動させたあとも、魔法使いが魔力を送り続けている間はその効果を発揮し続けるのが特徴である。見えている火柱を消したとしても、絶え間なく新しい火柱が出現するだけである。この場合、魔力源である魔法使いを倒すか、魔法使いの魔力切れを待つしかない。マリンは、いかにルビアと言えども、これだけの大規模な魔法を発動し続けられるのは、せいぜい数分だろうと考えた。それで、火柱を避けながら、隙をうかがうことにした。だが、それが間違いであった。

「よしっ、かかった!!」

“RELEASE DELAY, INVISIBLE MINES!!”(遅延発動、地中の潜伏者インビジブルマイン)

「えっ!?きゃあぁぁあぁぁぁ!!」
マリンが火柱を避けながら、闘技場内を走り回っていると、突如としてマリンの足元の地面が爆発した。マリンはその衝撃で宙に舞い上がり、そのまま落下。地面に叩きつけられ気を失い戦闘不能となった。
会場は大きな歓声と拍手に包まれる。弱点属性を見事はねのけ、しかもド派手な技で勝利したルビアに、観客たちは惜しみない賛辞を贈った。

会場のほとんどの者たちは表面的なすごさにしか目が行っていなかったが、サラとフランだけは、ルビアのある行動に着目していた。
「最後の魔法は地属性の設置型魔法『地中の潜伏者インビジブルマイン』よね?燃え盛る追跡者バーニングチェイサー地中の潜伏者インビジブルマインも、詠唱を行っているようには見えなかったけど…一体どうやって発動させたのかしら?」
「これは私の推測だけど、『断章詠法フラグメントキャスト』と呼ばれる方法だと思うわ」
「何それ?聞いたことないわ」
「学院だと2年次に勉強する内容だから、知らなくても当然よ。断章詠法フラグメントキャストは遅延発動の一種で、詠唱を一度に行わずに、細切れにして行う方法よ。おそらく、詠唱が短いはずの中距離魔法の詠唱に通常よりも長い時間がかかっていたのはそのためね。中距離魔法の詠唱の間に挿入句として、他の2つの魔法の詠唱を行っていたんだと思うわ。これによって、自分の攻撃の狙いを相手に悟られることなく魔法を発動し、奇襲をかけることに成功したんだわ」
「そんな高等テクニック…もはや受験生の域を超えてるじゃない…」
「そうね…断章詠法フラグメントキャストはすごく難しい詠法だわ。スペルには切って良い箇所や、挿入して良い箇所が決まってるのよ。それを完全に理解して行わないと、どちらの魔法も発動しなかったり、魔法が暴発したりするわ。それをこの本戦のぶっつけ本番で成功させるなんて…ルビアは魔法の技術に関してはもしかしたら私よりも上かも知れないわ…ホント一体何者なのかしら…」

ルーシッドもルビアも2回戦以降の戦いは特に苦戦することなく、順調に勝ち進んでいった。そしていよいよ今年の入学試験も最後、模擬戦の決勝戦を残すだけとなった。

「やはり決勝はこの2人ね…!」
「まぁ、実力的にいって妥当と言うところね」

決勝戦
ルビア・スカーレット対ルーシッド・リムピッド

後に「神同士の最終決戦ラグナロク」と言われ、ディナカレア魔法学院入学試験の歴史上、伝説の決勝戦となる戦いがついに始まろうとしていた。
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