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冒険の書3:ぼく、悪いスライムじゃないよ
しおりを挟む翌日、闘技場の空は眩しい程に青く晴れ渡っていた。
階段を隅から隅まで埋め尽くす民衆、特等席に侍る貴族達と、その真中に鎮座する王族の姿。
始まる前よりすでに伝わる高揚した空気に気圧されそうだった。
中央に天を突いて立つ太い丸太、そこに鎖で繋げられた女の姿と。
長い金髪は綺麗に編み上げられ、平民には勿体ない程の華美なドレスを身に纏っているのは、せっかくの晴れ舞台なのだから、着飾って当然だろうとの俺の計らいだ。
「始まるぞ」
隣から聞こえた声に顔を上げれば、一際豪奢な服で身を包んだ初老の男が悠然と立ち上がるのが見えた。
すっと片腕が真っ直ぐに伸ばされ、今までどよめいていた場の空気が一瞬で静まり返る。
なるほど、あれがこの国の王様ってやつで間違いなさそうだ。
しばらくの沈黙の後、傍らにいる侍従らしき人物が、重く響く声でこの度の主役である女の罪状を滔々と読み上げ始めた。
いよいよ待ちに待った瞬間の訪れを感じ、胸を高鳴らせる俺にその内容など届いていない。
鉄扉の影から食い入るようにただその時を待ち侘びる。
大勢の観衆が見下ろす中、繋がれている女は項垂れたままピクリとも動かないでいた。
「……へぇ」
妙な気配を感じて横に目を向けると、何やら聞き取れぬ理解し難い言語でリーシュが呟いている。
と同時に、呼応するように首の下に描かれている魔法陣のような模様が光り始める。
まさに今、魔物を召喚する儀に入っているのだろう。
初めて見る魔法を興味深く見守る中、まるで歌のように紡がれる呪文の詠唱が終わった刹那、闘技場いっぱいに目を覆う程の光が放たれた。
「……っ!」
思わず両腕で顔を庇う。
周囲を包み込む白光の中、響き渡る人々の驚く声と。
ゆっくりと瞬きを繰り返して視界を取り戻すと、半眼で広場へと視線を向け、目の前に現れた光景に柄にもなく驚嘆の声を漏らした。
何も無かった場所に突如出現した巨大な影。
それは少し灰色がかった透明なゲル状の魔物だった。
雑魚モンスターの筆頭、いわゆるスライムってやつだ。
ただし、そのサイズはゆうに丸々人間を一飲みに出来る程に大きい。
表面を常にうねらせながらも形を留めたまま、巨大なスライムが繋がれた獲物に目を付ける。
甲高い叫び声を上げて鎖いっぱいまで逃げるも、元より無駄な抵抗にしかならない。
ついにはへたり込みただ泣き叫ぶだけの女を、スライムは音もなく静かに飲み込み始めた。
透明な身体の中に沈み込み、藻掻く姿はまるで空中で溺れているようだ。
両手足をばたつかせた女の頭だけが外へと飛び出すが、それ以上は引き戻されて出る事が出来ない。
尚も上がる足掻き声が悲鳴に変わったのは、しばらくしてからだった。
何もかもを溶かして消化する性質を持つスライムの体内で、まずはゆっくりとドレスが溶け始める。
裾から、レースから、胸の膨らみ部分から、じわじわと。
次第に剥がされていく衣服の、その下から素肌が覗き始め、露出が増えていくのに比例して、観客席から沸き起こるどよめきも増していく。
いよいよドレスが端切れとなり、顕わになった胸元や下半身へと向けられる好奇の目。
突き刺さる粗野な視線を全身に感じてか、羞恥に顔を歪めながら、なんとか隠そうと女が身を捩る。
下品な野次や口笛が場内を賑わせる中、ついには一糸纏わぬ裸体が晴天の下に曝される事となった。
苦悶を浮かべて揺らめく姿はまるで人魚のように、空の青を映しきらきらと眩く煌めく水中を泳ぐ様はこの上なく美しかった。
「だが、……これからだ」
目を細め、真骨頂はここからとばかりほくそ笑む。
透明な青に、にわか混じる一筋の赤。
それは煙の如く白い肌から立ち昇っていた。
見る間に身体を包み込む鮮やかな赤は、艶やかなガウンを纏っているようにも見えて。
それが強烈な酸で溶かされ始めた肌から出る血の色だと。
気付いた観客席から、下卑た喧騒に混じって響き渡る狂気と恐怖の喚き声。
容赦なく爛れゆく痛みに女が金切り声を上げ、こもごもの混乱に満ちた空気が周囲を満たしていた。
異様な雰囲気の中、興奮した男女が人目もはばからずに交わり始め、場は更なる狂騒に溢れる。
全ては眼下で繰り広げられる光景が故に。
やがて青空だったスライムの色は赤黒い夕焼け色に変わり、溢れ出る血さえも少しずつ吸収されていく。
溶け剥がれた皮膚の下から赤い筋線維が、その更に下から白い骨が。
先程までの面影なく崩れ行く中、外に出ている顔だけが元のままだ。
「なぁ、……美しいとは思わないか」
たとえどんなにうら若い美女だろうと、年老いた醜女だろうと、薄皮一枚剝いでしまえば、中身は誰もが同じなのだ。
そこに美醜も肌の色も性別も、何もかもが関係が無い。
これが偽りのない本来の姿で、真実の美だ。
うっとりと目を細め、次第に骨と化していく様を堪能する。
気付けば沈黙している声に、女がとうに事切れていることを知った。
いよいよ骨も溶け消え、最後に残った頭がとぷんと沈む。
一際に沸き立つ歓声。
降り注ぐ歓呼を全身に浴びながら、満ち足りた気分で瞼を閉じた。
まさしく、これこそが俺の求めていたものだと。
俺のいるべき場所を――。
「あぁ……やっと見つけた」
悦びに打ち震え、吐息のように言葉を漏らす。
そんな俺を心底忌避するように目をすがめて見上げたリーシュは、
「……お前とは、長い付き合いになりそうだな」
表情とは裏腹に、どこか楽しげな口調で呟いたのだった。
~おまけ~
「そう言えばリーシュ、お前、なんで生首なんだ?」
茹でたジャガイモを頬張りながら、豆のスープを流し込む。
相変わらずの貧相な食事にも慣れてしまった頃、今更にふと尋ねてみた。
「……なんだ、一応は気になっていたのか」
ピクリと耳を震わせ、意外だと言いたげに息を吐いて黒曜の瞳がねめつける。
にやりと笑ってまぁな、と返せば、大昔の事だと前置きをしてから、リーシュはやぶさかではない態度で話し始めた。
「世界から人族を滅ぼそうとして……負けただけだ」
「ふはっ! ……なんだ、お前の方がよっぽどの大罪人じゃないか!」
他の種族を虐げる人間達のあまりにも横暴な振る舞いに危機感を覚えたリーシュは、同胞のエルフ達と共に大規模な戦争を起こしたと言う。
まぁ、結果は今の姿を見れば言うまでも無いだろう。
どうやら相当に強い魔法使いが人間側にいたようだ。
そして扇動した罪を裁かれ、頭だけの姿という生を強いられる事になったのだ。
「で、今は処刑人お抱えの召喚士として、こき使われているってわけか」
ざまぁねぇな、と笑い飛ばせば、さすがに面白くないのかムッと膨れた顔をする。
その子供のような表情は年相応にも見えて。
悪びれずに肩をすくめてから、鼓舞するように力強く声を出した。
「殺せばいい。殺して、殺して、殺して、……いつか俺達の顎が高みに届くまで」
積み上げた屍を道として登るのだ。
そうして辿り着いた頂きで、引き摺り下ろした王冠を容赦なく踏み潰してやろう。
ガラス容器に拳を軽く当て、決意を示す。
俺の言葉に少し目を見張ってから、口元に微かな笑みを浮かべると、リーシュは心得たとばかり頷いてみせた。
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