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遭難6日目

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翌朝、いつもと変わらぬ雲一つ無い青空が頭上に広がる。
風も凪いで水面も穏やかだ。
船出にはうってつけの天気で、まさに待てば海路の日和ありってやつだろう。

川面に浮かべたイカダに揃って乗り込む。
一瞬二人分の重さでぐらりと傾くも、なんとか浮いたのでほっとしながら、オール代わりの枝を握り込むと、川岸を蹴って勢いを付ける。

「よし、行くか!」
「ヨーソロー!」

声を張り上げた俺に、藤井が景気良く答えて。
不安定ながらもイカダがゆらりと動き出す。
遭難六日目の朝にして、俺達はついに人里を目指して出航したのだった。



川幅が広い為、舵も取らずに流されるまま進む。
左右に鬱蒼と広がるジャングルには、まだ人の気配は見えない。
しばらく変わらない景色に飽きてしまった俺は、イカダの上にごろりと寝転んだ。

「なぁ、日本に戻ったら何したい?」

唐突な質問に、体育座りで川の進行方向を眺めていた藤井が顔を向ける。
首を捻りながら考える返事を待たずに、

「俺は……アイスを食いまくる!」
「……んー、マック食べながら映画を見る、かな」

藤井の言葉に、頭の中でバケツアイスを抱えていた映像がハンバーガーに取って代わる。
それも良いな、と誘惑に負ける俺に、ピザでも良いよね、と藤井が続けて。
下らない話に花を咲かせていたやにわに、

「うわっ!」

ガクンとイカダが揺れてバランスを崩す。
転げそうになって体を起こせば、いつの間にか狭くなった川幅のせいか、川の流れが勢いを増しているのが見て分かった。
所々が渦を巻き、白く波立っている。
慌ててしがみ付きながら、流れに翻弄されるだけ。
上下左右に回る視界の中、恐怖で青褪める藤井と視線が合った――瞬間、

「っ――!」

急流に揉まれたイカダが岩にぶつかり、衝撃で水中へと投げ出される。
ぶくぶくと泡を吐きながら沈み込むまま。

あ、死んだなこれ。

って、前も思ったな、とデジャヴュを感じて自嘲する。
無意識にも足掻く手が硬い何かに触れたと同時、ぐいと肩を掴まれて水面まで引っ張り上げられた。

「智浩!」
「っふ、……じ、い……」

そのまま半壊したイカダの上へと引き摺り上げられる。
げほげほと水を吐き出して倒れ込んだ俺の背を藤井がさすって。
かろうじて残った部分に二人身を寄せ、大きく安堵の息を吐いた。

「あー……助けられたの、二回目だな」

呼吸が落ち着くのを待ってから、わざと軽い口調で呟けば、そんなのはいいとばかり、俺の胸におでこを押し付けた藤井は、ふるふると首を振ってみせた。

ひとしきり互いの無事を確認した後は、状況を把握する。
沈没は免れたとは言え、なんとか浮いてはいるが、壊れるのは時間の問題で、これ以上の航行は厳しいかもしれない。
おまけに岩が点在する急流を抜けたかと思えば、今度は渓谷のように左右を高い岸壁に挟まれ、陸地に上がるのは難しい状態だった。
そうこうしているうちにも、足下のロープは緩み始めて。
一本立てた竹を命綱に、両腕を回してしがみ付く。

「だ、大丈夫! ……僕が智浩君を引っ張って泳ぐから」

うんうんと首を振りながら藤井が大口を叩くが、さすがに人一人を抱えて泳ぎ切るのは厳しいと思う。
途中で力尽きて共倒れになるのが目に見えている。
そもそも、船から落ちた時に死ぬ運命だったのだとしたら、ここまで来れたのが奇跡だっただけかもしれない。
それに藤井までもを巻き込んでつき合わせてしまったのではないか。
だとすれば――せめて、藤井だけでも助かって欲しい。
正直、どうなるか怖くて仕方なかった。本音は死にたくないに決まっている。
だけど、無理なのだろう。それなら。

「俺は、……もういい」

口端が少し震えるのが分かる。
それでも、なんとか笑顔を取り繕って言葉を吐いた。
俺の言わんとする意味を分かったのか、唖然とした藤井の顔からさっと血の気が失せたかと思えば、

「主人公は死なないんだよ!」

次には顔を真っ赤にして激昂する。
まるで俺がヒーローだとばかり、真っ直ぐな目を向ける藤井。
いや、気持ちは分かるが、この状況を見ればどう考えてもバッドエンドしか浮かばない。
一度死を覚悟した意識はもう諦めの感情に染まって。
これがハリウッド超大作の映画なら、奇跡の逆転劇があるかもしれない。
でも、どうせ全員死んでしまうようなB級映画の登場人物に過ぎないのだったら――。

いよいよイカダが崩れ始める。
深さの見えない泥水にゆっくりと沈み込む足元を、無の境地でただ眺めるだけ。
近付く幕引きのカウントダウンに瞼を閉じる。

不意に聞き慣れない音が耳に届き、反射的に顔を上げた。
視線の先、広がる青空に見えたのは、

「…………ヘリだ!」
「え、助かった……?」

思わず叫んでいた。
戸惑いに混乱する藤井が眼鏡を外して、再度掛け直す。
バラバラと響くプロペラの音に紛れて聞こえる声は片言の日本語で。
近付いてきたヘリが頭上でホバリングをする。
続いて垂らされたロープを掴んで降りてくる救助隊に向けて、大声を上げながら両手を左右に振りまくった。
まさに蜘蛛の糸、地獄に仏とはこの事だろう。
沸き上がる歓喜に胸が詰まり、言葉にならない。
そんな俺の背後で、藤井が聞こえぬように声を潜めてひっそりと囁く。

「僕としては……『ブルー・ラグーン』みたいな結末でも良かったんだけどね」


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