俺とオタクの無人島サバイバル

とりもっち

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遭難2日目

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瞼越しにも分かる強い日差しに否応無く目が覚める。
上半身を起こして見回すと藤井の姿は見当たらず、砂浜の上に足跡だけが続いているのが見えた。
あくびを噛み殺しながら大きく伸びをする。
一息ついて見据えた景色は、昨日と変わらない大海原で。
残念ながら夢では無かったこの状況に、はぁ、とまた溜息を吐いてごろりと横になる。

「えっ、青山君、また寝るの!?」

二度寝を決め込もうとしたと同時、甲高い突っ込みが聞こえて顔を上げれば、両腕に木の枝やらロープやらを抱えた藤井が、驚き半分呆れ半分の表情で俺を見ていた。

「あー……俺、朝弱いんだよね」

ついでに腹も減ってるから余計に動きたくない。
無駄な体力は使わないに限るしな。
頭を揺らしながら言うだけ言うと、ひらひらと手を振って再び葉っぱの敷布団へと寝転がる。
しかし、寝る体勢に戻る俺を藤井が素直に許すはずもなく、せっつかされ引き摺り出されるがまま、結局起きる羽目になるのだった。



太陽の日差しを受けて煌めく海面と、遠くまで響く波音。
そして白く輝く砂浜、その波打ち際を二人並んで歩いている。
これが可愛い女の子とならば望むところだが、残念ながら男同士なのは言うまでもない。
おまけに、本来ならばキャンプ先で朝食を食べている頃だろうに、と思えば余計に恨めしい。
空腹を抱えたまま、今は自分達のいる場所を確認しようと探索している最中だ。
ついでに水場や使えそうな物が落ちていないかどうかも探している。

漂着地から半円を描く程の距離を行ったところで、揃って足を止める。
数百メートルくらいの距離だろうか、恐らく腰くらいの深さの海の向こうに広がるマングローブの林と、更にその先に広がる景色は確かに陸地だった。
どうやら絶海の孤島に漂着したと言う事態は回避されたようだ。

「よっしゃ、これで助かりそうじゃん!」
「う、うん……」

景気よく藤井の肩を小突く。
拍子抜けしたのだろうか、煮え切らない態度で返事をする様子を気にも留めず、俺は陸地の方へと喜び勇んで歩き出した。

「ちょ、待って……!」

ざぶざぶと膝下くらいまで海の中に入ったところで、呼び止められて立ち止まる。
怪訝な顔で振り向く俺に藤井が告げたのは、陸地への移動を準備をした上で明日にしようと言うものだった。

人がいる場所が近いとも限らない為、役に立ちそうな物や水を確保していくのと、少しでも歩きやすいように干潮に合わせて動いた方が良いだろうとの事だ。
本当はすぐにでも行ってみたかったが、ここは命の恩人の意見を尊重した俺偉い。

そんな訳で、今度は水場探しへと向きを変え、島の中を散策する事に。
小さい島だから川は無いだろうが、どこかに雨水くらいは溜まっているだろう。
なにぶん昨日の夜から水の一滴も口にしていないので、喉が渇いてしょうがない。
暑さも手伝って口の中はカラカラだ。

緑があれば水もあるはずと、木の茂った岩場の隙間を覗いて、そこに揺らめく光を見付ける。
よし、ビンゴ!
持っていたお茶のペットボトルへと入れてみれば、濁りもさほど見えずに綺麗そうだ。
うん、このまま飲めそうじゃね?
と、口につけてまさに飲もうとした瞬間、がっと腕を掴まれて阻止される。

「あの、一応煮沸した方が……いいと思うよ」

またも呆れ半分の表情がボトルを奪うと、もう片方の手に持っている空き缶を掲げて見せる。
まぁ……そうですね。
いやいや、ちょっとだけ味見しようと思っただけだし!
なんて言い訳を心の中に押し留め、誤魔化すように早歩きで来た道へと戻る。

陸地が近いのならば、もう助かったも同然だろう。
狼煙を上げつつ、救助してくれる船の往来を待つ、と言うベタな無人島生活になるかもしれない、なんて思っていたから、肩透かしを食らった気分だ。
おかげで多少の不安も消えてしまい、すっかりキャンプ気分となってしまった。
寝床と水の確保が出来れば、次は火起こししかない!

と、意気込んで挑戦した俺は、数十分後、黒く焦げもしない木の枝を掴んだまま、砂の上に倒れ込んでいた。
おかしい、全く火が点く気がしない。
あれだ、よくテレビとかで見る枝を両手で挟んで擦るやつをやってみたのは良いが、火が点くより先に俺の体力が尽きてしまったのだ。
寧ろ降り注ぐ太陽の日差しで、俺の方が燃えそうなくらいだ。

「錐揉み式は、湿度が高いと難しいよ」

いまだに呼吸が整わない俺の頭上から、戻ってきた藤井が顔を覗かせる。
抱えていた枯れ木の中から藁くずを丸めたようなものを取り出して置くと、今度は拾ったガラス瓶をその上に翳すようにして光を集め始めた。

「虫眼鏡の焦点ってやつ、学校でやらなかった?」

瓶底を通った光が細く集まった所から、しばらくして白い煙が立ち上ったかと思うと、たちまちにオレンジ色の炎が燃え広がっていく。
ものの数分もしないうちに、目の前には立派な焚火が出来上がっていた。
簡単な方法があるなら、もっと早く言ってくれ……。
己の無知さを棚に上げ、つい内心愚痴る。
まさに骨折り損のくたびれ儲けってやつだ。
パチパチと乾いた音を立てながら燃える炎を何とも言えない気分で見詰める俺を尻目に、藤井は枯れ木を次々にくべながら、水を入れた缶を火の中に入れる。
まぁ、火が点いたんだから良しとしよう。

無駄に体力を使い汗だくになってしまった俺は、涼もうと木陰にある岩の上へと腰掛けた。
シャツを掴んでパタパタと扇ぐ。
汗ばんだ肌を撫でていく潮風が気持ち良い。
変わらない景色は時間すらも流れを止めているようで、ぼんやりとただ海を眺める。
うん、こういうのも悪くない。
目を閉じて、ついでによく冷えた炭酸ジュースでもあったら最高だな、と思う。
喉を通る時のパチパチとした爽快感が――、と妄想したところで、パチパチどころかチクチクとした刺すような痛みが身体のあちこちからすることに気付いた。

「い、痛っ、え、……ぅわっ!」

思わず立ち上がり声を上げる。
全身を襲う痛みの正体は、肌の上を這い回る無数の蟻だった。
どうやら座った岩の下に蟻の巣があったようで、気付いた時には遅く、慌てて払い除けてもキリが無い。

「ちょ、くそっ、」

それどころかパンツの中にまで入ってきやがった。
このままでは大事な場所まで噛まれ、あ、これはヤバイ。
なりふり構わずシャツを放り投げ、ズボンとパンツも全て投げ捨てるとそのまま海の中へとダイブする。
さすがの蟻も波に流されたのか、やっと痛みから解放されて大きく息を吐いた。

首まで水に浸かってついでに身体を冷やす俺に、缶で沸かしたお湯を呑気に啜りながら、藤井が軽い口調で「大丈夫ー?」と投げ掛ける。
まったく俺だけが空回りしているみたいだ。
ムカつくので無視したまま砂浜へと戻り、いざ脱ぎ捨てたパンツを探そうとしてから――見当たらない事に気付く。
マジか……。
内心慌てながらきょろきょろ見回した先、海の中にちょこんと頭を出している岩場に引っ掛かっているのが見えた。
どうも波にさらわれて流されてしまったようだ。
マジかー……。

「なぁ、藤井!」
「うん? な、……にしてんの」

全裸のまま藤井の元へ駆け寄り、勢いよく岩場の方を指し示す。
泳ぐのが得意ではない俺の言わんとする事が分かったのか、波に揺れるパンツを確認した藤井が眉をしかめる。

「……泳いで行ったところにさ、もしサメが来たら『ロスト・バケーション』になっちゃうんだけど」
「はぁ!? サメなんてそうそう来ねーよ!」

アホな返答に思わず声を荒げると、藤井はわざとらしく肩を竦めてみせた。
大きく首を横に振りながら口を開くと、

「青山君、サメを舐めちゃダメだよ。あいつら、地面も泳ぐし、ゾンビにもなるし、頭なんて6個にまで増えるし、しまいには空から降ってくるんだよ! だから、」
「いや、そんなサメいねーし……って、どこ見て……」

突っ込む気もしないオタク話に脱力しつつ、ふと戯言をほざく藤井の視線の先に気付く。
なんか俺の股間をめっちゃ見てるんですけど。

「……おい、あんま見てんなよ」
「え、あ、ごめん、つい目の保よ、……っと、取ってくるよ」

俺の言葉にもごもごと藤井が焦る。
ちょっと引っ掛かりを感じるも、男相手とは言え恥ずかしい気持ちを今更に覚えて、取り敢えずシャツだけを拾いに走った。
いそいそと羽織る俺の背後から、水飛沫を上げる音が響く。
どうやら拾いに行ってくれたようだ。
危なげなく岩場に辿り着いた藤井は、すぐには戻らず周囲をうろついたり潜ったりしていたかと思うと、しばらくして俺のパンツに貝やらなんやらを詰めてから戻ってきたのだった。



パチパチと爆ぜながら、黒く燃え尽きた枝が形を失い崩れていく。
薄く闇を纏っていく空の下、彩りを増していく赤い炎を、久々に満たされた気分で眺めていた。
藤井が採ってきた貝は今日の夕食となり、砂の上に殻だけが散らばっている。
正直量としては物足りないが、食糧を手に入れられただけで十分だ。

ぶるっと肩が震える。
こうして生きているのが奇跡だったと、今更に思い知らされる。
もしかしたらあのまま海の藻屑になっていたかもしれないのだ。
とんでもない貸しを作ったな、と思いつつ首を回して探した当人はと言えば。
流れ着いていた浮きだかしらないが丸い物体を手に、燃えた炭を使って何やら顔っぽいものを描いている。
ぐりぐりと描き終えると満足そうに眺めてから、

「ほら、『キャスト・アウェイ』のウィルソンっぽくない!?」

こっちへと走って来た藤井の台詞に、「知らね」とだけ俺は返したのだった。

瞬く間に夜の帳が下りて真っ暗になる。
葉っぱを敷いただけの寝床も今夜が最後だと思えば少し名残惜しい。
あとは人のいる集落が見つかるのを祈るだけだ。

明日の出発に備え早々に横になるも寝付けず、どちらからともなく他愛の無い話を交わす。
互いの趣味や好きな食べ物、親兄弟の事、いろいろと。
上に二人の姉がいると言う藤井に、一人っ子の俺からすれば羨ましいと言えば肩をすくめながら苦笑して。
空気を読まないオタク話に友達いないだろと茶化すと、いないじゃなくて作らないのだと開き直ってみせる。
常に誰かが周りにいる俺からすれば寂しくないのかと思ったが、どうやら余計なお世話らしい。
好きな事に対して正直で、我が道を行く藤井の自由さが羨ましくもあった。
おかげでこっちも気を遣わずに済んでいるのだと、ふと気付く。

「助けてくれたのが、……お前で良かったわ」

ぼそっと呟いてから、背を向ける。
今頃になって襲う眠気に瞼を閉じて。
そのまま静かになった俺の背中へとそそがれる視線。
うっすらと笑うように開いた口が囁く。

「……最初に助けてくれたのは、青山君だけどね」

たちまちのうちに眠りに落ちていった俺の耳に、藤井の独白が届くことは無かった。
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