俺とオタクの無人島サバイバル

とりもっち

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遭難1日目

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「遭難ですか?」
「そうなんです」

ベタベタなボケをかます二人の俺を三人目の俺がぶっ飛ばし、頭の中からご退場を願ったところで、大きくため息を吐き出して顔を上げる。
俺――青山智浩の目の前に広がるのは雲一つない澄み渡った青空と、透き通ったエメラルドグリーンに輝く大海原。
絵に描いたような絶景を、何とも言えない気持ちで眺めていた。
リゾート地ならば、きっと最高のロケーションだっただろう。

そう――ここが、無人島でさえ無ければ。

高二の夏休みに行われる学校の恒例行事、南の島でのサマーキャンプ。
クラスメイトと共に参加した俺は、初めての飛行機に、初めての海外と、正直浮かれまくっていた。
遠足前の小学生よろしく興奮して寝付けず、睡眠不足をハイテンションで誤魔化して、慣れない旅行に無理をしている事も気付かないまま。
今となっては、まさかこんな事態になるとは全く考えもしなかった過去の俺をぶん殴りたいくらいだ。

キャンプ地へと向かう為に飛行機から船へと乗り換えて、海を走ること小一時間が経った頃、辺りが急に暗くなったかと思うと、突然に雨が降り始めた。
吹き荒れる風に高くうねる波。
雨は瞬く間に豪雨となって、おまけに雷まで鳴り出す。
遊園地のアトラクションのように揺れ始める船の中で、疲れも相まって船酔いをしてしまった俺は、込み上げるものを必死に堪えつつ外へと向かった。
後で思えば、船内のトイレで吐いてしまえば良かったのだが、他のクラスメイトにバレたら恥ずかしいという思いが先走っての行動だ。

船尾の柵から身を乗り出して、盛大にリバースする。
おえおえとえずく自分の声と共に風に飛ばされていく飛沫を、最悪な気分で見送る俺の耳に、

「うっわ、『パーフェクト・ストーム』来たー」

とかなんとか言う楽しげな呟きが後ろから聞こえた気がした時だった。
ひときわ高い波が船の横っ腹にぶち当たり、まるで地震のような突き上げが身体を襲った――瞬間、
俺は重力から解き放たれていた。
もとい、船から放り出されていた。
目の前の景色が上下逆様になる。
何が起こったか理解する前に、俺は頭から真っ暗な海の中へと沈み込んでいた。

あ、死んだなこれ。

冷たい水に包まれ、ぶくぶくと泡を吐きながら、何の感慨も無く思う。
走馬灯も走らない。
あまりのあっけなさに自嘲する。
そのまま目の前が暗転し、そこで記憶は途切れたのだった。

で、気が付いたら無人島にいた。
いや、完全には確認していないが、見える限り建物も何も見当たらないから、きっとたぶん無人島だろう。
ついでに言えば、もう一人と一緒なので、全くの無人と言うわけでは無い。

砂浜をうろうろ歩き回っている人影に目を向ける。
どこで切ったのか分からないおかっぱ頭と、昭和の香りがする時代遅れの黒縁眼鏡に加え、迷彩柄のズボンと、チェックのシャツと言うセンスの悪い組み合わせも納得出来るのは、彼――藤井恭平がオタクだからこそだろう。
まぁかく言う俺も、アロハっぽい柄のシャツにハーフパンツと言うリゾート感丸出しの服装だったりするのだが。
おまけに地毛が染めているのかと聞かれるくらいに茶色なので、見た目はチャラい事この上ない。

それよりもだ、海に落ちる直前、背後から聞こえた声の主こそが、こいつだった。
どうやら船から放り出された俺を助けようと手を伸ばすも間に合わず、仲良く揃って海へとダイブしてしまったらしい。
波に沈む俺を藤井が引き上げ、流されるまま漂着して、今ココってわけだ。

つまり、このオタクが俺の命の恩人と言っても過言ではない。
そんな不本意な事実が、余計に俺の気持ちを重くしていた。
アニメや漫画が好きそうな奴等と教室で固まって話しているのが見覚えあるくらいの、せいぜい名前と顔をちょっと見知っているだけだったクラスメイトが命の恩人になると言う、えげつない変わりぶりに眩暈を覚える。

「なー、何か探してんのか?」

取り敢えず声を掛けてみた。
辺りを見回す動きは止めずに、藤井から返ってきた言葉は。

「いや、砂浜にダニエル・ラドクリフの死体が落ちてないかなって」
「…………はぁ?」

あまりの意味の分からなさに思わず声を上げた俺に向けて、何故知らないとばかり、ハリーポッターの役者だよと言葉が続く。
うん、詳しくはないが、それならなんとなく知っている。
が、要はそこじゃない。
尚も理解し切れてない様子を知ってか知らでか、藤井は顔も向けずに更に喋り始めた。

どうも『スイス・アーミー・マン』と言う映画に、ダニエル・ラドクリフが死体役で出演していて、無人島に流れ着き絶望していた主人公を、水上バイクよろしくおならの力によって脱出を助けると言う、そんな話らしい。
と聞いたところで、俺が馬鹿なのだろうか、ちょっと何言ってるか分からないです。

「取り敢えず、暗くなる前にどうするか考えよーぜ」

気付けば嵐の黒雲は水平線の彼方に消え、代わりに傾きかけた太陽が見える。
藤井のオタク話を理解する事を早々に諦めた俺は、ひとまずの提案を投げ掛けた。

砂浜に座り込み、互いにあるだけの物を広げる。
俺はと言えば鞄を椅子に置いてきてしまった為、スマホくらいしか持っていなかったが、防水ケースのおかげで電源だけは無事に入ったのは奇跡だった。
ここが当然ながら圏外なのは置いておいても、だ。
藤井の方は荷物の大半をスーツケースに入れていたようだが、背負っていたリュックにもある程度の着替えや洗面用具などを入れており、乾かせば十分使えるようだ。
それよりも、一緒に入っていたお茶のペットボトルと菓子にテンションが上がる。
今の状態で飲み物と食料があるとは、グッジョブ、藤井。

「悪い、ちょっと貰うわ」

喉が渇いていたことを今更に思い出し、さっとペットボトルを引っ掴むと口に流し込む。
さすがに半分ほどは残したところで、あわあわと気まずそうにする藤井の様子に気付いた。

「そ、それ、飲みかけ……」
「え、あ、もしかして回し飲みとかダメなタイプ?」

潔癖君かよ、と思ったが、ぶんぶんと首を振る様子から、そうでは無いようだ。
口元を拭いつつ、ぐいと胸元に突っ返す。
両手で受け取ったボトルを何やらしげしげと眺めていた藤井は、まるで意を決したようにゆっくりと口を付けて飲み始めた。
何だかよく分からないが、喉は潤ったから良しとしよう。
今度は菓子の一袋を遠慮なく貰い、口いっぱいに頬張りつつ周囲を見渡す。

日が落ちる前に、寝床くらいは整えておきたいところだ。
本当は火も起こしたかったが、材料を探すにはもう時間が無いので諦めた。
手近に生えている大きな葉っぱを集め始める俺に気付いた藤井が、集めた葉を綺麗に敷いていく。
砂浜の上に二人が寝られる広さの絨毯が出来上がる頃にはもう太陽は姿を消し、水平線をわずかに染め上げるだけだった。

そして次には、まさしく漆黒の闇が訪れる。
砂浜の後ろに続く森の中にも、目の前に広がっているはずの海面にも、一つの灯りすら見当たらない。
打ち寄せる波の音が耳に届くだけ。
寝転んで見上げれば、満天の星空が屋根の代わりに広がっていた。
あまりの綺麗さに息を呑む。

「……星すげー」
「無限の彼方へ、さあ行くぞ!」

思わず呟いた声に格好つけた声が被り、『トイ・ストーリー』かよ、とつい突っ込むと同時に、こうして寝転んでいるのが俺一人じゃない事を思い出す。

「それは知ってるんだ」
「まぁ、な」

少し驚いた様子の言葉に、たまたまテレビのCMで見掛けただけだったが、どうだとばかりドヤ顔で笑ってみせる。
すると藤井は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした挙句、んふぅ、とかなんか変な音を漏らして俺に背を向けると、それきり動かなくなった。
うん、キモイ。
はぁ、と息を吐いてもう一度空を見る。

無人島でオタクの同級生と二人きり、星空を眺める羽目になるとは、いったい誰が想像出来ただろう。
どうせなら可愛い女の子と一緒の方が良かった――と言うか、映画や漫画なら、ここは寧ろ女子と一緒に流れ着くパターンの方が王道じゃないか。
それがよりによってと、我が身を恨めしく思いながら、心の中で愚痴を吐く。
そんな俺の気も知らず、背中を向ける藤井は規則正しい寝息を立て始めていた。
仕方なく瞼を閉じる。
今日はもういろいろあり過ぎた。
取り敢えず寝て、どうするかは明日考えよう。
早々に考える事を放棄すると微睡みに身を任せ、俺は眠りに落ちて行った。

――のも束の間、

「かっ、痒い……っ!」

耳元でぷわーんと響く羽音と、全身を襲う痒さに飛び起きる。
どうやら飢えた蚊の格好の餌食になっているらしい。
あちこち掻きむしるも、体中を刺されているから追い付かない。
うめき声を上げながら身悶えしつつ、ふと隣で変わらず寝息を立てている藤井に気付く。
俺がこんな目に遭ってると言うのにムカつく事この上ないので、問答無用で叩き起こしてみた。

「うえっ、え、なになに?」
「お前さぁ、……よく寝てられんな」

起き抜けの頭では状況がよく分からないのだろう。
半ギレ状態の俺を見ても、半ボケのままキョロキョロしている。
しまいには、へらっとおはよう、などとほざくもんだから、つい脳天に手刀を落としてしまった。

で、俺の八つ当たりにもめげずに、状況を理解した藤井が鞄から取り出して来たものと言えば。

「ってお前、虫除けスプレー持ってたのかよ!」
「うん、それよりも虫除けスプレーって最強でさ、『レプティリア』でワニに襲われた奴が助かったのも、」

なんかまた喋っているっぽいが、構い無しにこれでもかと全身にかけまくっている俺の耳に届くはずもなく、ついでに敷いている葉っぱにも吹き付けてから藤井の鞄の中へと放って返す。
てゆーか、持ってるなら最初から貸せよ、と思ったが、

「ありがとな、助かったわ」

一応お礼は言っておく。
用心するに越したことはないと葉っぱで頭を覆い隠し、再び俺は眠りについたのだった。

突然に訪れた非日常はあまりにも非現実的過ぎて、いまだに実感も湧かないまま。
きっとなんとかなるだろうと、深く考えるタチでは無い俺は、遭難した事よりも、別の問題を抱える事になるとは思いも寄らずに。

湿気た海風はいつしか、砂を含んだ陸風に変わり、生温い空気が肌を包む。
潮騒を子守唄に、無人島初日の夜は更けていった――。
 
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