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3.夢想曲 ーtraumereiー

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「あれが父親で……あんたも大変ね」

よくも一緒にいられるものだと、前にも似たような台詞を聞いたことがあった。
私はもう無理だから――そう言い残し、振り返りもせずに出て行った後姿を思い出す。
覚えているのは、いつも殴られ泣き喚いている声と、傷付き腫れた痣だらけの顔。
そして、今でこそ分かる、父との暴力じみた性交で鳴き喘ぐ痴態を。

「……お母さん」
呟いて目が覚める。
久しぶりに思い出した母親の記憶に、なんの気持ちも湧かなかった。
僕を捨てて逃げた女など、どうだっていい。
父の元に一人残される事の意味をきっと母は知っていたのだ。
それでも尚、矛先が自分に向けられぬよう、身代わりとして置いて出て行ったのだと。
理解した時に、僕の中から母への想いは完全に消えていた。
頭が重い。
額に手をやれば熱が出ているようだった。
昨晩、客から受けた仕打ちがこたえたのだろう。
窓の外に目をやれば、まだ真っ暗な空に浮かぶ満月が見えた。
――ああ、あの時と同じ月の姿だ。
朦朧とする脳裏にけして忘れることが出来ない記憶が蘇る。
今でも時折噴出し僕を苦しめる呪いのような記憶を。

母がいなくなっても相変わらず働こうともしなかった父は、朝からパチンコに行っては、夜遅く酔っぱらって帰って来ていた。
食べる物と言えば、父が食べ残した残飯を漁るくらいで、いつもお腹が空いていたのを覚えている。
温かな家庭なんて、元よりとっくに崩壊していた。
それが今更に露呈しただけのこと。
家族を失いながらも、普段の日常を必死で取り繕うだけ。
そもそも関心すら無かった父が初めて僕に目を向けたのは、手持ちの金が尽きて遊ぶ事すら出来なくなった時だった。
「……クソが、これじゃあ女も買えねぇじゃねーか」
苛立ち紛れに椅子を蹴り飛ばし、何本目かの缶ビールを開ける。
隣の部屋で学校の宿題をしていた僕は、不機嫌な様子をいつもの事だと気にも留めていなかった。
「おい、祐輔」
不意に名前を呼ばれて顔を上げる。
見ると椅子に座った父が、足の間を差してここに来るよう指し示していた。
今まで僕の事など見えていないかのように放っていたのが何故今更。
気は進まなかったが怒らせるのも嫌だったから、大人しく父の足元へと座り込む。
おずおずと見上げた僕に向け、にやりと嫌な笑い方を見せたかと思うと、
「舐めろ」
ズボンの隙間から取り出したものを目の前に突き付けてきた。
あまりの唐突な命令に理解が追い付かない。
意味が分からずぽかんとしていると、ちっと舌打ちをした父がそれを口元まで押し付ける。
「っ、きたな、――!」
思わず口走って身を引いた瞬間、思いきり蹴り飛ばされて後ろまで吹っ飛んだ。
続け様、髪の毛を掴まれ両頬を叩かれる。
「……誰がお前の世話をしてやってると思ってるんだ」
鼻先に息がかかる程に顔を寄せて父が言葉を吐く。
世話なんてして貰った覚えなんかない、なんて反発出来るはずもない。
もう一度椅子まで引き摺り戻されて、再び口元に突き付けられる。
「子供は、……親の言うことを聞くもんだろ」
有無を言わさぬ圧を含んだ静かな声。
暴力を振るわれたショックと恐怖で逆らう気力などとうに消えていた。
がたがたと震える身体を伸ばし、おそるおそる舌で先端を舐める。
舌先に広がるすっぱいような苦いようななんとも言えない味と、むっとする蒸れた臭い。
思わず顔をしかめる僕をせかすよう、立ち上がった父が髪の毛をぐしゃっと掴む。
「んっ、ぅ、……んんっ」
口いっぱい喉の奥まで突っ込まれ、息が出来ない。
気持ち悪さと苦しさで呻きながら泣き出していた。
何をされているのかはっきりと理解はしていなくとも、異常な状況だとは分かる。
反射的に押し退けようと手を伸ばすも、大人の力に敵う筈も無い。
声を出すことも出来ずにしゃくりあげる僕に構わず、頭を掴んだ父が腰を振り始める。
「ははっ、嫌そうに咥える姿は母親そっくりだな」
小馬鹿にした表情で見下ろしながら吐かれる言葉など聞こえてはいない。
じたばたと必死にもがくだけ、ただ早く解放されたかった。
窒息するかと思った寸前、口の中に生温いものが広がり、同時にやっと引き抜かれる。
「――っ、うぇっ」
「吐くなよ」
口から出そうとするより早く父に制され、思わず固まった。
睨まれては逆らうことなど出来ず、どろっとしたものを咥内に溜めたまま。
「……っ、く」
しばらく躊躇した末、ぬるっとしたなんとも言えない食感に何度もえずきつつ、苦労しながらもなんとか飲み込む。
咳込む僕に向け、ふんと鼻で笑った父は寝ていいぞと告げてから、そのまま寝室へと入っていった。
その後は、何度も何度もうがいしたのを覚えている。
それでも気持ちの悪い余韻はいつまでも消えなかった。

これ以降、父は僕に口でするよう頻繁に強要するようになった。
舐めて飲んでと最後までしなければご飯を貰えないのだからやるしかない。
何度も繰り返すうちにだんだんとコツを掴み上達すると、客を取らされるようにもなった。
別の男との行為を見物して興奮した父は、客が帰った後に続けていつも咥えさせるのだ。
両手で僕の頭を掴み腰を振っては、あの女もいいオナホを置いていったもんだと、そう母を嗤いながら。
時に父は僕を裸にして内腿やお尻の隙間に硬くなったものを擦り付けたりもしてきた。
そんな時は自分で動くだけで終わることもあってほっとしたけれども、まるでぬるぬるとした生物が蠢いているようで、口でするのとは別の気持ち悪さがあった。
辛かったけれど、すぐに言うことさえ聞いていれば殴られずに済むから仕方ないと自分に言い聞かせて。
いつとはなしに不快にも慣れた僕は、その先があるとはまだ知らずに――。

当時を思えば、家を出ようとしなかったのは、一人で生きられるはずはないと思っていたから。
母が帰って来ないのだと分かっていた僕にはもう父しかいなかった。
社会を知らない子供にとっては家族がすべてなのだ。
程なくして、さすがに金に困ったのか、知り合いのつてで仕事を得た父は忙しさからあまり僕に構うこともなくなった。
その代わり、仕事で何か嫌な事があるとその鬱憤は暴力となって僕に降り掛かってきた。
父の機嫌一つで、殴られ蹴られご飯を抜かれる。
歪な日常を誰にも知られないまま、ただ時だけが過ぎて。
二人きりの生活も一年が経ち、たいていの家事ならこなせるようになった頃、――その日は訪れた。

木枯らしが吹き始め、朝晩の冷え込みが厳しさを増してくる晩秋の夜。
普段より遅く帰ってきた父は、見るからに不機嫌で苛々としていた。
どうせ仕事でうまく行かない事でもあったのだろう。
身構えながらもいつものように荷物を受け取る僕を、突き飛ばすようにして父が上がり込む。
どすどすと足音を立ててリビングへと入りソファへ座ると、
「……安い給料でこき使いやがって!」
テーブルを蹴り上げ、腹立ちまぎれの怒号を響かせる。
最悪のタイミングだと思った。
ちょうど小学校から課外活動の集金の知らせがあったのだ。
なかなか言い出せずにいたから、もう期限が来てしまっている。
取り敢えず落ち着くまで様子見しようと窺っているうち、とうとう寝る時間が迫ってしまった。
こうなっては腹をくくるしかない。
風呂上がりのビールを飲む父の背後から、おそるおそる袋を差し出す。
「あの……これ……」
緊張で変に喉がひりつく。
掠れた声で絞り出すように伝える僕を見上げた父は、案の定不快感を顕わに眉間に皺を寄せた。
袋を指でつまむと、ちっと舌打ちをしてから、
「なんだ……お前は、俺が働いた金で遊ぶのか」
あからさまに苛立ちを含んだ低い声を吐く。
睨み付ける視線に、一瞬で後悔した。
言わなければ良かった。
はなから諦めていれば良かったのだ。
ちょっとでも行事を楽しみに思ってしまった自分を責めても既に遅い。
怒りに任せて袋を破いた手が勢いのまま僕の腕を掴み、有無を言わさぬ強さで和室へと引き摺ると、畳の上へと投げ飛ばす。
倒れ込んだ頭上を塞ぐ暗い影。
「お前の母親がどうやって稼いでいたか、……教えてやるよ」
ゆらりと揺らいだ輪郭から落ちる上擦った声と。
今までとは明らかに違う雰囲気は、殴られるでもなく、口でさせられる風でも無かったけれど、いつも以上に異様な気配を漂わせていた。
それでも、度重なる暴力にある意味慣れてしまった僕は、ただ見上げる事しか出来ずに。
「あっ!」
いきなり服を下着ごと剥ぎ取られ、脱がされたズボンで訳も分からないうちに腕を後ろ手に縛られる。
暴れるなとばかり顔を畳に押し付けた手が離れ、お腹を抱えるように持ち上げたかと思うと、ぬるっとしたものがお尻に押し付けられる。
それが何なのか理解した瞬間、反射的に身を引くよりも先に硬い熱が僕の中へと侵入してきた。
狭い穴をこじ開けて穿たれる楔。
まるで灼熱に焼けた鉄の棒を突っ込まれたかと思う程。
「あああああぁぁっ!」
思わず絶叫していた。
痛い。それよりも熱い。ただ熱い。
背を仰け反らせ、身を捩って逃げようと藻掻くも、下半身をがっちりと掴まれ身動きが出来ない。
尚も押し込まれるそれが、まだ先端だけだったと気付く。
「うああああっ!」
質量を伴ってさらに深く穿たれ、たまらずまた叫んだ。
痛みで身体が強張り、圧迫感で息が出来ない。
このまま殺されるのではないのかと言う恐怖が意識を襲う。
泣き叫ぶ僕を全く意に介さず、父はゆっくりと抜き挿しを始めた。
「ぐ、ぅ、あああぁぁ――!」
腰が動く度に悲鳴が出る。
泣き叫んだ顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、噛み締め過ぎた口端からは血が滲む。
「おい、力抜けって」
呆れたように掛けられる声など聞こえるはずもない。
はっはっと呻くように荒い息を吐きながら、必死に呼吸を繰り返すだけ。
途中からは喚く声がうるさいと下着を口に詰められ、声すら出せずにひたすらすすり泣く事しか出来なくなった。
悪夢のような時間の中、朦朧とした意識で窓の外に目を向ける。
真っ黒な夜空に浮かぶ満月。
射し込む月明かりが畳みを照らして。
白く冷ややかな光の軌跡へと飛ばした意識は、たちまちに天空へと吸い込まれ、穏やかな静けさに包まれるのだ。
痛みも恐怖も、――そこには無かった。
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