7 / 8
Ⅶ.Holy Wars...The Punishment Due
しおりを挟む乱暴に突かれる度に内臓が押し上げられ吐きそうになる。
噛み締めた口内に広がる鉄の味と、飲み込んだ涙のしょっぱさに、きっと今の自分は酷い顔をしているのだろうとぼんやりと思う。
縦に回転した部屋の床が動きに合わせて前後にぶれる。
使い物にならない両腕の代わりに頭で体重を支え、くの字に身体を折り曲げた体勢で、ジョシュアは背後から犯されていた。
「ぅ、ふっ、……ぁ、っは」
浅い呼吸の合間に耐え切れずに声が漏れる。
絶え間なく与えられる痛みの中にも微かに感じてしまう悦びの感覚を、込み上げる嘔吐感と共に飲み込んで。
せめて苦痛の中に身を置いていたかった。
己のした事を思えばこそ、これは必罰なのだと。
罪悪感を僅かでも薄めたいが為に。
「っぐ、――あぁっ!」
いきなりに髪を掴まれて上体を起こされる。
同時に自重で腰が深く挿さり、ジョシュアは思わず声を上げた。
圧迫感に身を捩る背後からアルバートが覗き込む。
促すように掴んだ手をぐいと傾けてから、
「見ろ、なんと無様な。……これが神に仕える者の姿とは」
笑いを噛み殺し、嘲りを込めて溜息交じりに言葉を吐き出す。
心底呆れた蔑みの視線の先、倒れるのを免れた姿鏡がありのままを映し出していた。
割れた鏡面に映る浅ましい姿。
薄暗がりの中、熱を持って浮かび上がる白い肌と。
親友の顔をした悪魔に背後から貫かれ、痛みに呻きながらも淫らに喘ぐ様を。
胸元は涙と涎で濡れ、半勃ちとなった先端からは透明な滴が滲み出ている。
咥え込んだ箇所は大きく拡がり、ごぼごぼと湿った水音と共に白濁を吐き出していた。
およそ聖職者からは程遠い己の姿を見せ付けられ、我慢出来ずに目を伏せる。
弱々しく頭を振るジョシュアに向け、諭すようにアルバートは言葉を続けた。
「……お前は、何も見えていない。……自分しか見ていない」
自らの欲望のままに他者を傷付けた事を、自らの保身の為に騙し続けた事を。
自らを被害者に落とし込み、向き合わずに逃げ続けてきた事を。
言外に含みながら、悪魔が断罪する。
最早ここにいるのは、神に見放された罪人にしか過ぎなかった。
哀れにも打ち震える背筋を指でなぞり、双丘へと辿り着くと穿っていたものを一息に引き抜く。
「っ、……う」
腹の中を抉りながら楔が抜かれる感触に身震いをしてから、ジョシュアはぺたんと座り込んだ。
はぁっと大きく息をつくその耳に、優しい声が届く。
「お前に世界が広すぎるのなら、……半分にしてやろう」
告げられた意味を理解するよりも先に。
後頭部を掴んだままの腕が上体を振り向かせた瞬間、顔面に何か硬い物を押し当てられた――事だけが分かった。
刹那、視界を遮った浅黒い影。
それが何か認識する間さえ無いまま。
強烈な圧迫感を伴って、形容し難い痛みが顔の左半分を支配する。
まるで真っ赤に灼けた棒を突っ込まれたかと思う程の激痛だった。
続いて果実が潰れるような水音が頭の中に直接響く。
破裂した内側から零れ出た液体が、頬を濡らしていく生温い感触と。
ぐちゃぐちゃと掻き回す動きに合わせて、無意識に身体が痙攣する。
知覚に意識が追い付かない。
呼吸の仕方すら忘れたように、戦慄く喉奥から掠れた音を漏らすだけ。
緩慢に視線を上げたジョシュアの瞳が違和感に揺れ――大きく見開かれる。
確かに瞼を開いているはずなのに、半分を真っ黒に塗り潰された景色の意味する事を。
「あ、あああぁぁ――――っ!」
己の左眼を犯されているのだと言う異様な状況に。
初めて気付いたジョシュアの口から、恐怖に駆られた悲鳴がほとばしる。
あまりにも受け入れ難い現実に、ただ絶叫を上げるしか出来ずに。
正気を失わんばかりの狂乱に陥る様を、恍惚と狂気を宿した瞳が静かに見下ろす。
痛みに霞む視界に、薄笑いを浮かべた親友を映しながら。
何もかもが取返しが付かない。もう戻らないのだと思い知る。
燃えるような疼痛の中、ただ脳裏に浮かんだのは痛悔の祈りだった。
「――天主よ、……我、主の限りなく、嫌い給う罪を以って、限りなく愛すべき御父に背きしを、深く、悔み奉る」
荒い呼吸を吐きながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
醜い劣情が故に、二人の幸せを壊してしまった事を。
今更に思い出されるのは幼馴染の笑顔ばかりで。
普通の日常を失ってからようやく大切だったのだと思い至る。
この期に及んで、どんなに悔もうとも許されるはずもない。
「……御子イエズス・キリストの、流し給える御血の功徳に依りて、……我が罪を赦し給え」
これは自分に与えられた罰なのだと。
断罪を粛々と受け入れるだけ。
今や祈りを口にするだけの従順な神の僕となったジョシュアに、つまらなさそうな顔でアルバートは鼻を鳴らした。
血の塊を掻き出して、突き刺さっていたものが引き抜かれる。
「っ、……聖寵の助けを以って今より心を改め、……再び罪を犯して、御心に背くこと有るまじと決心し奉る」
ぼたぼたと血で床を濡らしながら、項垂れたままにジョシュアは尚も言葉を続けた。
全て己が招いた結果とは言え、こんなものは望んでいなかった。
今になってようやく、簡単な事に気付く。
本当に求めていたものを。
「そうか……」
まるで天啓を受けたかの如く、迷いの霧が晴れるが如く、光が射す。
畢竟の黎明に遠く神を思い描いて顔を上げ、
「……アーメン」
笑いながら小さく呟いた。
ああ、なんと、単純な答えが分からなかったのだろうか。
父母に、友に、皆に。
ただ、――愛されたかった。
それだけだったのだから。
迷いが消えた心に恐れも何も無く、目の前の邪悪に怯むことなく対峙する。
「悪魔よ、……私をくれてやる。代わりに二人を、解放してくれ」
これが今の自分に出来る最善なのだと、導き出した贖罪を口にする。
胸中は驚くほどの安息に満たされていた。
取引を持ち掛けるジョシュアを真っ直ぐに見据え、わざとらしく考える素振りをしてから。
上体を屈めて顔を寄せると、ゆっくりと悪魔が首を横に振る。
「お前達三人の行く末を、……一番近くで見届けてやろう」
耳元で愉しそうに囁かれた言葉に、何かを言い掛けるよりも早く。
首筋に強烈な打撃を食らうと同時、ジョシュアの意識は強制的に真っ暗闇へと落とされていった。
凍えた静寂が再び満ちる中に、母を呼ぶ幼子の泣き声が上がる。
応える者がいないままに、冷えた空気を震わせて響き渡る声は次第に大きさを増して。
しばらく泣き続けた声が、不意にはたと泣き止む。
寸刻の後、未だ暗い室内に束の間、小さな笑い声がこだました。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる