密林に星は降りて

とりもっち

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4.夕闇に沈む

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 胸元に垂れた飾りが揺れて音を立てる。
背後から抱きかかえられるようにして、僕は男に貫かれていた。
上下にぶれる視界はカートを噛んだせいか、ちかちかと眩しく光って見える。
松明の灯りに目を細め、胡乱な意識で狂宴を眺めるだけ。
聞こえる声が自分のものかどうかも分からない。
ぼんやりと顔を向けて、泣き腫らした少女と目が合い咄嗟に視線を逸らす。
絨毯の上に並べられた晩餐を囲むように座るのは、幹部クラスの上官達だけで、彼等の足元には組み敷かれた少女達が、薄布を剥ぎ取られた姿で苦し気に喘いでいた。
まるで道具の使い勝手を試すように、一人ずつを交替に犯していく。
響くのは下卑た笑い声と哀願の声、そして卑猥な水音。

「はぁ、あっ、ふ……っく」

突き入れられる度、敏感な箇所を擦られ仰け反る。
何人もの精を吐き出された中は抵抗も無く雄を受け入れ、刺激に反応して締め付ける様は女と変わらない。

「ん、む……ぅ」

頭を後ろに向かされ、だらしなく開いた口に僕を犯す男の舌が入り込む。
広がる酒の味と、微かな煙草の臭い。
流し込まれる唾液の気持ち悪さに、逃れようと胸を叩いて抵抗するも力で敵う筈も無く、お返しとばかり伸ばされた手が、僕自身を根元から強く握り締めた。

「んう――っ!」

喉の奥で響く呻き声。
口を塞がれたまま、びくびくと身体が震える。
確かに達したのに、男の手を汚すこともなく勃ったままのその先端には、装飾のビーズが突き入れられていた。
酔っぱらった数人に抑え込まれるまま、戯れに捻じ込まれた入り口からはかすかに血が滲み、疼くような痛みと共に、それだけではない刺激も伝えてくる。

「ひ、ぁ、ぁ、はっ、」

ぞくぞくと背筋を走る感覚に漏れ出る声が止められない。
ぶら下がる紐の先端を男の指先が摘まみ、小刻みに浅く抜き差しを繰り返す。
その度、電流のように強烈な快感が突き上げ、頭が真っ白になる。
床の上に這いつくばり、喘ぎ声を上げながら悦ぶ僕を嗤う男達。
痴態を晒すことにもう抵抗を感じる気概すら失われて。
まるで白痴のようだと。
いっそこのまま何も分からなくなってしまえばいい。
絶頂に意識を飛ばし、記憶はそこで途切れた。

 燃え尽きた篝火が燻ぶり、明け方近くになってようやく宴は終わった。
酔い潰れた者達だけが残され、大きないびきをかいている。
場の片付けを命じられた僕達は、憔悴した身体に鞭打ち、散乱した残骸を始末していた。
誰もが無言だった。
言葉を発する気力も無い。
疲弊し擦り切れていく感情が少しずつ自分を壊していくような、そんな絶望感が胸の内に広がっていた。
粛々と仕事を終え、兵舎へと戻る。
薄暗がりを頼りなげに歩く僕の頭上から、不意に覚えのある声が降ってきた。

「レイ! 上がって来いよ」

見上げると見張り台から身を乗り出してカリムが手を振っている。
どうやらちょうど当番だったようだ。
疲れてはいたが、それ以上に気心の知れた相手の顔を見て安心したかった。
細い梯子に手を掛け、友のもとへと登る。
並んで横に立ち、二人揃って夜空を仰いだ。
地平線はかすかに白んでいたが、まだ残る無数の星々が音も無く煌めいている。
ぼんやりと眺めながら、天を埋める綺羅星の中に規則性を見出す。
両親が星空を指しながら教えてくれた星座と、それに由来する様々な神話やおとぎ話。
星となったのは神々ばかりでは無いのなら、殺された大勢の人達も星となっていてもおかしくないのではないか。
あの光の中に両親もいるのかもしれない。
同時に、例え僕が死んだとしても、きっと同じ場所には還れない。そう感じた。
忘れかけていた喪失感が蘇り、胸を締め付ける。
知らず流れ出た涙が頬を伝うまま。

「ははっ、また泣いてら」

気付いたカリムに、羽織っていた布でぐしゃぐしゃと顔を拭われて頭を引っ込めた。
わざとむくれた目付きで見返す僕を、屈託のない笑顔が見下ろす。

「お前さ、前に言ってただろ?」

再び夜空を見上げて、カリムが言葉を続ける。
星座の中には、きりん座やうさぎ座のような動物から、コップ座と言ったものまであると確か話したような覚えがあった。
懐かしい記憶が思い起こされ、自然と口が緩む。

「それならさぁ、チョコレート座とかもありそうだよな!」
「……どうかなぁ」

たぶんきっと無かった気がする。
苦笑しながらまた他の記憶を思い出した。
両親が生まれ育った国では珍しくも無い異国の菓子の話に、カリムはとても興味を示していた。
原料はあれどほとんどが輸出され、売ってはいるが高級品で貧しい者には手が届かない。
カカオ工場で働いている者でさえ口にしたことが無いくらいだ。
ここより遠く離れた白人達の国では、当たり前のように店先に並んでいるのだろう。
中世のような街並みや、見上げるほどの高層ビル群。
アルバムの中でだけ見せて貰った数々の景色が脳裏に浮かぶ。
生まれてから一度もこの地を出た事がない僕にとって、話に聞いただけの両親の母国への憧憬は、チョコレートに憧れるカリムと変わらない。
漆黒の宙を流れる天の川が続く先、世界はもっと広いはずなのに。
ぎりと台の縁を握り締める。
見下ろした先にあるのは、整然と敷き詰められた石畳でもアスファルトでも無く、乾いた大地だけだった。

***

 ばたばたと走ってきた足音が、僕の手から奪い取るように布を掴み、そのまま走り去っていく。
緊迫した空気の中に響くのは、少女達の慌てふためく声。
ただ泣きじゃくり、あるいは為す術も無く呆然と座り込むだけの少女もいる。
目の前には、低い台の上で仰向けに寝ているアミナが。
そして、その足元には真っ赤な血だまりが広がっていた。
思いも掛けない事態にまだ理解が追い付かない。
臨月を迎えた彼女が産気づいたと聞き、様子を見に来た矢先の出来事だった。
出産直後からの大量出血が止まらず、流れ出るおびただしい量の血は、少しずつでも確実に彼女の命を削っていく。
難産の末に死産だった赤子は抱かれることもなく毛布にくるまれて。
穢れるからと大人もおらず、まして医者などいるはずがない。
慰み者として攫ってきただけの少女の生死など、そもそも端から興味など無いのだ。
もしここに両親がいたとしたら。
そう考えて、何も出来ない自分の無力さに打ちのめされる。
命を奪うだけ、唯の一人も救えないこの両手こそ。
いっそ切り落とされてしまえばいい。
力の限り握り締めた拳が震える。

「何も……出来、なくて、ごめん……」

切れ切れに吐いた言葉に、アミナが微かに目を開く。
きっと情けない顔をしているのだろう。
苦痛に眉根を寄せた表情が、僕を見てうっすらと強張りを緩める。
ゆらりと動いた手を取り、力を込めた。
小刻みに痙攣する唇が、喘ぐように言葉を絞り出して。

「良い、の……これが、私達、の世界、だか、ら……」

吐息交じりの声は最後まで聞き取ることが出来ずに。
向けられた視線はもう僕を見ていない。
焦点の合わない瞳が一度瞬くと、ゆっくりと閉じられ、
――二度と開くことが無いと分かった。

「ぅ、あ、ああっ……」

込み上げる衝動に、喉から嗚咽が漏れる。
力を失くした手の平を両手で包み込み、額を擦り付けた。
違う。違うんだ。
こんなのが、これだけが世界なんかじゃないと。
鮮やかな風景を切り取った写真の中に、両親から聞いた寝物語の中に、僕は知っていたのに。
海の青さも、雪の白さも、都会の喧騒も、学校に通う子供達の日常も、何も与えられなかった。
でもこれはただの傲りだ。
知ったところで手に入らないのなら、ただのおとぎ話にしか過ぎない。
結局、僕に出来ることなど何一つ無かったのだ。
一人の少女が死んだ。
それだけで世界は何も変わらなかった。

 珍しくも無い出来事に大人達はさして興味すら持たず、その後も穏やか過ぎる程に僕達の毎日は過ぎていった。
落ち込む暇も無く与えられた仕事をこなすだけ、家畜の世話も、気紛れな暴力も、夜毎の行為も、いつもの日常だった。
しかして、嵐の前の静けさとはよく言ったもので、昨日と変わらぬ朝が始まるはずだった今日、束の間の平穏はあっけなく壊れたのだった。
騒々しい気配が遠くから響く。
まだ寝ているはずの大人達が行き来し、その誰もがピリピリとした空気を纏っている。
はっきりとは聞き取れない怒鳴り声が静かになったかと思うと、けたたましい点呼の笛の音が辺りをつんざいた。
目を覚ました少年達が、弾け飛ぶように寝床から起きる。
厩舎へ行こうとしていたカリムを呼び戻し、何事かと互いに顔を見合わせながら広場へと向かった。
班ごとに一列となって、次の指示を待ち受ける。
向かい合わせに銃を担いだ大人達が威圧的に並び、物々しい雰囲気が漂う中、僕達の目の前に一人の少年が引き摺り出された。
襟首を掴んだまま壇上に上がった兵士が、跪かせると頭を起こして顔を上げさせる。
リンチを受けたのか、誰か分からない程に腫れ上がり血を流した無残な姿に息を飲んだ。
並んだ大人達の間を割って、巨体が姿を現す。
バルボアの登場に、誰もがただ事ではないと感じ取っていた。
荒い呼吸を繰り返す少年を忌々し気に一瞥すると、大仰に両手を広げ口を開く。

「我等が同朋よ! この男は我々を裏切った! よってここに処罰を下す!」

周りがざわつき、脱走兵だと、ぼそぼそと声が響く。
正直今まで考えなかったわけでは無かったが、脱走を試みて失敗した者の末路など、聞く前から予想だに出来た。
いざこうして目の前で晒されている様を見せ付けられ、まるで自分が同じ目にあっているような気になり、胸が締め付けられる。
ただの見せしめにしか過ぎない。恐怖で支配する為の。

「三班、全員前に出ろ。連帯責任だ」

歩み出たオビクが命じると同時に、悲鳴が沸き起こる。
明らかに抵抗する少年達を、他の兵士が羽交い絞めのまま壇の下へと強引に引き倒し、同じように跪かせると後ろ手で両腕を縛り、頭に麻袋を被せていく。
まさか、と信じられない思いでただ見ていた。
逃げようとした本人だけでは無いのだと。
処刑の準備が出来たのを確認し、左右を見回すオビクがこちらを見て止める。

「おい、五班。お前等がやれ」

嫌な予感が的中する。
兵士達に否応なく握らされた銃を手に、前へと連れ出され立ち尽くすだけ。
目の前で小刻みに震える身体に、見えなくとも恐怖に震える表情が目に浮かぶ。
失禁したのだろうか赤土を黒く濡らしていく様を大人達がからかって。
まるで笑えない茶番劇だ。

「構え!」

怒号に肩が揺れる。
ちらと横目で窺ったカリムの横顔は苦渋で歪み、それでも銃身は真っ直ぐに相手へと向けられていた。
撃つしかないのか。
従う友の姿に愕然とする。
奥歯を噛み締め、照準器を覗き込んだ。

「……っ」

あの日の母と人影が被り、思わず仰け反りそうになる。
乾いた舌が貼りつき、喉がひりつく。
震えそうになる腕を、ぐっと力を入れて抑えた。
躊躇いを唾と共に飲み下す。
引き金に掛けた指に力を込めて。

「撃て!」

無情な合図を数発の銃声が掻き消す。
続いて大地に崩れ落ちる鈍い音が。
倒れた身体の下に広がる血だまりは寝所での悲劇と同じように。
思い出される無力感に身を委ねた。
どうせ何も出来ないのなら、何も考えなければいい。
すうっと熱が引くように意識を奥底に沈み込ませて。
崖下に捨てて置けと去り際にオビクが言い放った命令を、どこか冷めた思いで聞いていた。

***

 松明が燃え尽きた部屋の中に朝陽が差し込む。
動き出す人の気配に、身動ぎしながら目を覚ました。
藁の寝床から起き上がり、いつもの癖で横を向く。
そこに見慣れた友の姿は無かった。
脱走騒ぎの後、仲が良い者同士あるいは同郷の者同士等の馴れ合いを防ぐ為に班が再編成され、カリムとは離れ離れになってしまったのだ。
新たな班には古参が多く、同年代もいないことから、到底馴染めそうにない。
先行きの不安に、朝から頭が重かった。
身支度を終え外へ出ると、一人テントへと向かう。
家畜の世話からも外され、今の仕事は武器の手入れが主となっていた。
無造作に積んである銃をばらし、銃身の内部についた煤を拭き取り、オイルで丁寧に磨いて仕上げていく。
もし不具合があった場合に、真っ先に責任を問われる可能性があるこの仕事は皆に敬遠されていたが、黙々と何も考えずに作業が出来るので苦では無かった。
けれども静かに流れる穏やかな時間は、不意に訪れた足音によって打ち壊されてしまう。
ざっざっと砂を踏む音が複数聞こえたかと思うと、乱暴にテントの入り口を押し広げ、見知らぬ顔が中を覗き込んできた。
敵意を隠さない強い瞳が鋭く見据える。
そのまま大股で距離を詰めると目の前に仁王立ち、残る後ろの二人が僕の背後へと回り込む。
周りを取り囲まれ、戸惑う僕が口を開くより先に、

「……お前だろ。弟を撃ったのは」

怒りを含んだ強い語気に合点する。
あの時、脱走兵と共に処罰された彼等の身内なのだと。
いくら本意では無いとは言え、命令に従ったのは事実だ。
撃たなければ自分までもが命を奪われる状況で、一体誰が逆らえるのか。
でも、そんなのは彼にとって何等許しの理由にはならないのだろう。
ただ行き場の無い憤りをぶつける相手が欲しいのだ。
理解は出来ても、それこそ僕にとっても理由にならない。

「あれは……命令だったから」

取り敢えず口にした釈明に、明らかに少年の熱量が上がったのが分かった。
激昂に見開いた目がぎらぎらと危うさを放ち、背後へとちらと一瞥をくれる。

「いっ、ぐ……っ!」

やにわに髪を掴まれ、痛みに声を上げた瞬間、腹を突き破るような衝撃が襲った。
繰り出された拳をもろに受け止めた身体が一瞬硬直し、ぐらと傾ぐ。
膝をつきかけたところで、再度振り上げられた拳が頬を殴り付け、地面へと横倒しに叩き付けられた。
すかさず所構わず蹴り付けられ、両腕で頭を庇うだけ、身体を起こす間さえ無い。
言葉にならない喚き声を上げながらぶつけられる激情を、ただひたすらに耐える。
叫びがやがて荒い息に変わり、やっと暴力が止む。
ひとしきり暴れて落ち着いたのだろう。
全身を砂塗れに縮こまったままの僕に唾を吐き掛けると、踵を返して彼等は帰っていった。
再び戻った静寂の中、独り動けないまま。
身体中が痛くて力が入らない。口の中が切れたのか、広がる錆の味と。
奥歯が砂を噛み、じゃりっと音を立てた。
溜まった血と共に吐き出し、のろのろと立ち上がる。
――ああ、まだ残っている作業を終えなければ。
はっきりとしない意識で、ぼんやりとそれだけを思う。
服に付いた土埃を払い、汚れを拭うと、再び作業台へと向かった。
冷えた感情は感覚までもを鈍くしていくらしい。
痛みも、惨めさも、理不尽も、全て飲み下すと蓋をして。
こうして次第に僕は変わっていくのだろう。
大人達が望む都合の良い駒としての姿に。

 一通りの仕事を終え兵舎へと戻ろうかとした時だった。
呼び止める声に立ち止まる。
オビクが手招いているのが目に入り、嫌な気しかしなかったが仕方なく足を向けた。
僕が来るのを確認するとそのまま歩き出す彼の後に続く。
打ち捨てられた小屋だけが残る人気のない場所へ足を止めると、どこか小気味良さそうに鼻で歌いながら、胸ポケットから何かを掴み取って見せてきた。
手の中の物を見て目を見張る。
どこで手に入れたのか、カラフルな紙に包まれたクッキーやチョコレートの菓子が目の前にあった。

「……欲しいか」

自慢気に見せびらかすだけ、すぐに胸の中に仕舞い込む。
にやにやと笑うオビクの顔に浮かぶ下卑た色に、何も言えずに黙り込んだ。
いらないと、即座に跳ね付けられない自分が恨めしい。
あれほど憧れていたものが目と鼻の先にあるのだ。
目を輝かせて星空を眺めていたカリムを思い出す。

「条件がある。やるかやらないか、それだけを言え」

詳しくは言う気が無いようだったが、どうせろくでもないに違いない。
幾度となく突き付けられる選択肢は、いつも決まった答えしか与えてくれずに。
それでも。
これを手に入れる事が出来るのなら。
きっと喜ぶであろう友の姿を思い描く。
視線を地面に落とし、ぎゅっと瞼を瞑って覚悟を決める。
ぎこちない動きでゆっくりと頷く僕に、オビクはやったとばかり歯を見せた。

「俺のダチが最近恋人を失くしてな、慰めてやって欲しいんだ」

白々しい程に悲し気な口振りで頭を振ると、側の木を小突き近くに来るように指図する。
意味が分からぬまま歩み寄る僕の腕を掴んだかと思うと、オビクは手早く腰に下げていたロープで、幹を挟むように両手首を一纏めに縛り上げた。
膝を付けるぐらいにしか動きを封じられ、内心動揺する。

「別に……逃げたりしない」

慰めて欲しいとは、きっとそう言う事だろう。
今更の行為に抵抗する気は無かった。
けれど僕の抗議は聞こえていないかのように流され、後ろ暗い笑みを浮かべたままに、オビクがぴぃーっと指笛を吹き鳴らす。
響いた高音が空気に溶け込み消えた頃、山肌を駆け下りて来る気配に顔を向けた。

「っ、え……」

思わず声が漏れる。
遠くから軽やかに走って来たのは、一匹の野犬だった。
元々は軍用犬だったのだろうか、痩せてはいるが大柄の体躯はそれだけで十分に迫力がある。
あっと言う間に辿り着いた犬は、尻尾を振りながらオビクの足元へと擦り寄り、差し出された缶詰に勢いよく鼻先を突っ込んで貪り始めた。
普段から餌付けしているのだろう。
その頭を撫でながら、向けられる視線にやっと意図を理解する。

「犬、だとは……」
「人だとは言ってないぜ」

いけしゃあしゃあと言ってのける。
そんなのは詭弁だ。
嵌められたと言う思いに、ぎりと奥歯を噛む。

「今更止めないけどな」

菓子の入った胸ポケットをぽんぽんと叩き、これが欲しいのだろうと言わんばかり、わざとらしく肩を竦めて見せる。
見透かされているのだ。
止めたくとも止められないと。
どうにでもなれと半ば投げやりに、深い溜息を吐き出してから木の幹に頭を預け、受け入れる意を示した。
観念した僕の服を、鼻歌交じりにオビクが脱がして。
丸出しとなった下半身を太陽が照り付け、肌が灼けるようだった。

「……っ」

ひりつく素肌に生温い鼻息が掛かり、びくっと腰を揺らす。
はっはっと言う獣の荒い息遣いと。
生理的な嫌悪感と恐怖が沸き上がり、選択の過ちを今更に悔いそうになる。

「ひっ!」

双丘を割って入った舌がぬるりと舐め上げ、悲鳴を上げた。
まるで分っているかのように解すような動きに怖気が走る。
ふんふんと鼻を鳴らすと首を伸ばし、背中に鼻先を落としていく犬の動きを感じながら、堅く目を瞑り、逃げ出したい気持ちに必死に抗うだけ。
後ろ脚で立ち上がった犬が、今度は腰を掻き抱くように前脚を回す。
背中に掛かる重みと、ざらついた毛の感触。
そして、楔のように穿たれる痛みと。

「う、……あぁっ」

細長い塊が押し入り、中を埋める。
人のそれとは明らかに違う形に、自分を犯しているものが何なのかを思い知らされた。
得も言われぬ絶望感が胸の内に広がり、顔が歪む。
己の身体の下で打ちひしがれている人間の事などお構いなく、腰をぐいと突き入れ、胎の奥深くまでもを犯す犬に、ただ蹂躙されるまま。
埋め込まれた根元が瘤のように膨張し、広げられた箇所が裂けるように熱い。

「ぃ、あ、ぁ、はっ、」

かくかくと小刻みに打ち付けられ、切れ切れに声が漏れる。
幹に頭を擦り付けながら、激しい揺さぶりをひたすらに耐えて。
耳元にかかる湿った鼻息。獣の饐えた臭い。皮膚に食い込む爪先も。全て。
これはもう、ただの交尾だ。
雌犬の代用品とまで堕ちた僕を、オビクでさえ冷めた目で嗤笑している。
ある種、背徳的な昂ぶりに、ぶるりと身震いした。

「ふん……白人が好い様だな」

吐き捨てるような口振り。
敵意を含んだ眼差しは、僕に向けてでは無く、白人そのものにだろう。
今や平和を謳っている先進国にとって、紛争の続く途上国は最大の武器輸出相手だった。
世界中の銃が、弾薬が、武器が集められ、それはまるで東西の代理戦争を呈している。
利用されていると分かりながらも、取引をしないわけにはいかない。
愚かさを知りつつ、彼等はそれでも争うのだ。
そして大人達の尻拭いをするのは、いつも子供達なのだという滑稽さを。

「ふ、うぁ、……はぁっ」

もういい。これ以上はもう穢れようが無いのだから。
理性の箍を外し、身を襲う感覚に委ねる。
喘ぎ声を殺しもせずに。
悪趣味なショーの見物を決め込んだオビクが、ゆっくりと煙草に火を付け、咥えたまま悠然と座り込む。
冷ややかな視線の先、斜陽に伸びる歪な影が地に墜ちて。
雄犬との交合は、射精を果たすまで長く続いた。
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