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2.望まぬ夜明け
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地平から昇る朝焼けが無残に焼け焦げた村を照らす。
夜明けを待たずして到着したトラックの荷台へと、家畜のように詰め込まれた子供達は一様に押し黙っていた。
エンジン音と共に砂埃が舞い上がり、車が走り出す。
頬を撫でる焦げ臭い空気。
揺れながら遠ざかっていく見慣れた風景を、ただ静かに見送るだけだった。
今はまだなにも考えられない。
何もかも一気に失い過ぎて、心が空っぽになったようだ。
「レイ……大丈夫か?」
喪失感にぼんやりとしていた僕の肩を、隣に座っていたカリムが抱き寄せる。
顔を向けて、悲しみに曇る友の顔に気付いた。
家族を失ったのは僕だけではないのだと。
幼い頃に流行り病で親を失い孤児となった彼を、両親は自分の子供のように接し、彼もまた実の親のように慕っていたのだから。
答える代わりに、頭を預ける。
閉じた瞼の下がひくひくと震え、たちまちに熱いものが溢れ出した。
「ほんっと、泣き虫だな」
呆れたようにカリムが小さく笑う。
きっと彼も同じ思いだろうに。
僕が先に泣いてしまったせいで、彼の涙を奪ってしまった。
自分の狡さを心の中で詫びながら、それでも悲しみを止められずに。
頬を濡らしながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
がたんと車体が大きく揺れて目を覚ます。
気付けば太陽は真上から照らし、少し薄い空気に高い所まで来たのが分かった。
荷台から顔を出して息を飲む。
赤茶けた岩肌の断崖と、山肌に沿ってうねる細く荒れた崖道。
低木が生い茂る殺伐とした高地にて、トラックはエンジンを停めていた。
眼下の裾野には大小の岩がごろごろと転がり、岩場からやがて木々生い茂るジャングルへと景色を変えている。
鬱蒼と続く樹海の遠く、住み慣れた村はもう既にどの方向にあるかすら見失って。
寂寞とした思いに飲み込まれそうになり、反対側へと顔を向けたその先、岸壁に張り付くようにして建てられた山城があった。
土塀や丸太を組み合わせ、せり出すように作られている。
ここが反政府組織である彼等の本拠地であり、今日からは僕達の住処、と言うよりは檻かもしれない。
背後は垂直に切り立った崖が、出入口のゲートには番兵が、山のふもとまで間隔を置いて見張り台も立ち、天然の要塞のような作りに、逃げることは困難だと思い知らされた。
「早く降りろ!」
怒声を浴びて身体が跳ねる。
開いた荷台から次々と乱暴に引き摺り落とされ、銃を担いだ男達に敷地の奥へと促されるまま。
ぞろぞろと集まった誰もが周囲を見回している中、聞いた声が近付いて来たかと思うと、僕の目の前で声の主が立ち止まった。
「おいおい、何でここに白人のガキがいるんだ」
まじまじと見詰めるのは、村を襲ったリーダーだった。
三十代前半くらいだろうか、思っていたよりも若く見える顔付きに、不似合いな皺が額や眉間に刻まれ、坊主頭に迫力を持たせている。
ぎょろりと睨み付ける黒い目に気圧され、つい後退った。
命令するだけした後は部下任せにしていたせいで、僕の存在に気付かなかったのだろう。
あんな辺鄙な場所に白人がいるなど思いもしないのも当然で、一方、両親達の世話になってきた村人にとっては今更普通のことだったから。
こいつの親は、と言い掛けて分かってしまったのか、やってしまったとばかりに頭を掻きむしる。
「ああクソ、母親がいたのなら何故生かしておかなかった!」
「オビク隊長、ですが……」
罵声を浴びて恐縮する部下に、もういいと手を振って大きな溜息を吐き出す。
残酷な儀式も彼等にとってはただのルーティンにしか過ぎず、そこまで気が回らなかったのも無理はない、そう納得したのかオビクと呼ばれた男はすぐに落ち着く素振りを見せた。
僕の足元から頭の先までじろじろと眺めると、顎をしゃくり着いてくるように促す。
憔悴し切った意識はただ反射的に従うだけ。
振り返りもせずに階段を上り、建物の奥へと進んでいく彼に早足で続いた。
「白人なんて珍しいからな、お前は将軍に献上する。せいぜい気に入られるよう励めよ」
足元の悪さに必死で下を見ながら歩く様子を気にもかけず、歩みを止めぬままオビクが口を開く。
その言葉の意味を後々思い知らされる事になるとは、この時の僕はまだ知らずに。
急に足が止まって大きな背中に思わず顔をぶつける。
目の前には頑丈な作りの木の扉と、その両脇には見張りの兵が。
「バルボア将軍、面白いものを見付けました」
オビクが少し畏まった声を上げ、ノックをすると扉を開く。
肩を押されて部屋の中へと踏み出してみて驚いた。
無骨な土壁の外観には似つかわしくない程の豪勢な室内。
アンティーク調の家具に、刺繍を施された絨毯とカーテン、揺らぐランプの光が陰影を際立たせて。
入り口から真っ直ぐに伸びた赤いカーペットの先、そこには深々と椅子に腰かける大きな人影があった。
軍服の上からでも分かる肥満体は、縦よりも横の方が大きいかと思う程で、左右を刈り上げ頭頂部だけ残した髪を一本に結び、背中まで長く垂らしている。
壮年を少し過ぎたくらいだろうが、身に纏う独特な威圧感がそれ以上に見せていた。
立ち尽くしたまま固まる僕を、値踏みするように眺めると、無造作に手を振って人払いをする仕草に従い、オビクが部屋を後にする。
扉が閉まり暗さを増す室内。
残された心細さにぶると身体が震えた。
「歳は?」
「え、あ、……十四です」
不意に声を掛けられ、慌てて答える。
重さのある低い声。
たった一言でもプレッシャーを感じるくらいに。
「アミナ! こいつの世話をしてやれ」
少し黙ってから、バルボアが大きな声を出す。
間を置かずに、背後の垂れ幕から一人の少女が姿を現した。
丸襟のシャツと腰巻のようなスカートと言う一般的な出で立ちに、
赤い紐を髪と一緒に編み込んでいるのは精一杯のお洒落なのだろうか。
主の視線を追って僕の存在を認めると、アミナと呼ばれた少女のまだ幼い顔に、一瞬の驚きの後、微妙な表情が浮かぶ。
それは同情か憐憫とも取れる悲し気な色に見えて。
戸惑う僕の手を取ると、彼女が出てきた部屋の方へと腕を引く。
「準備が終わったら部屋へ連れてこい」
ふんぞり返ったまま顔を向けずに言い放つバルボアに、深々と頭を下げ、垂れ幕の中に戻るアミナに僕も従った。
布一枚に遮られた隣の部屋には数人の少女達がおり、白人である僕が珍しいのだろう、好奇心を隠さないでしげしげと見つめてくる。
どこか漂う悲愴感と年相応の生命力の混じった雰囲気は皆同じに。
彼女達の前を素通りして奥の扉を開く。
「ここで身体を洗って」
同時に光が溢れ、目を細めた視界いっぱいに立ち塞がる山肌が映った。
どうやら建物の裏側に出てきたようだ。
足元には水路が引かれ、両側にある作り置きの棚には衣類や布が置いてある。
手渡された布と手桶を抱きかかえてふと、その姿に違和感を覚えた。
細い身体つきに反して、丸く膨らんだ下腹部。
「……あと二ヶ月くらいかな、産まれるの」
僕の視線に気付いたアミナが微かな笑みを浮かべて呟く。
同じ年頃の少女の告白は少なからず衝撃的だった。
そう言えばと、先程の部屋にいた彼女達の幾人かもそうでは無かったか。
今思えばアミナに感じたものと同じ感覚の正体に気付き、眩暈を覚える。
きっとあれは今日連れて来られた村の少女達の未来だと。
兵士達の身の回りの世話だけではなく、望まぬ相手との婚姻すらまかり通っているのだ。
それでも強さを含んだ穏やかなアミナの表情に、生きていく意志の強さを感じ取る。
「ホースで中を綺麗にしたら、このオイルを塗って」
「え、っと……あの……」
再び説明口調に戻ったアミナに素焼きの瓶を差し出されるも、言葉の意味を理解出来ずに狼狽えた。
薬草か何かが混じっているのか、独特の香りが鼻につく。
「解さないと痛いと思うけど」
「……っ」
僕が承知の上だとばかり続けられる言葉。
ちらと下を見る目線に、ようやっと指示の意図を飲み込む。
求められるのは少女だけでは無いのだと。
オビクの言った言葉の真意が。
将軍に献上するとは、気に入られることの本当の意味を。
ああ、そうか。そう言う事なのか。
でも、そんなのは――。
理解する事と納得する事は同じではない。
拒む意識がこの場から逃げ出してしまえと頭の中を掻き回す。
目の奥が熱くなり、瞼を閉じた。
ぎゅっと唇を噛み締めて衝動に耐える。
あの時とまた同じだと。
突き付けられる答えの決まった選択肢。
「右側が寝室よ。……逆らわなければ、きっと酷くはされないから」
立ち尽くして身体を震わす僕の頬にそっと手を触れてから、静かにアミナは部屋へと戻っていった。
泣く子をあやすような優しい声と、慰めにもならない言葉を残して。
開放的な黒人達は性にも奔放で、そう言った場面に出くわす事も少なくはなかった。
しかし自分とはまだ縁遠い関係の無い行為だと、さして興味も持たずにいた、それがここで我が身に降り掛かって来ようとは。
深く息を吸い込み、肩の力を抜くと共に強く息を吐き出す。
何も考えないようにして、機械的に身体を動かすことに専念した。
言われた通り、覚束ない手付きで何とか身体を洗い準備を施す。
服を着ようかと迷った末、半ば自棄の気持ちで裸のまま寝室へと向かった。
扉代わりのカーテンを抜けた先は薄暗く、目が慣れるまで入り口付近で立ち尽くす。
「随分と遅かったな」
僕の気配に気付いたのか、カウチに凭れていたバルボアが頭を起こしゆらりと立ち上がった。
ベッド脇のランプが照らし出す巨体の影。
それは床から壁へと長く伸び、天井にまで大きく広がって、まるで神話に出てくる怪物にも見えた。
さながら自分は捧げられる生贄の立場か。
頭から残さず食われてしまった方がきっとマシかもしれない。
近くに来るよう手招く仕草に、喉が詰まりそうになる。
これから待ち受ける行為を拒む意識が、なかなか足を動かそうとしてくれずに。
「……来いと言っている」
「は、はいっ……」
明らかに苛立ちを含んだ声音が低く響き、身を縮ませる。
気圧され震えそうな身体を鎮めようと拳を握り締め、おずおずとバルボアの正面まで足を進めた。
軍服の上着のボタンを開けただけの相手に対し、素っ裸でいる自分の姿に今更の羞恥心が沸き起こり、耳が熱くなるのを感じる。
「ふん、下の毛まで金髪なのか」
上から落とした視線が股間で止まり、面白げに呟かれる。
家畜の毛並みを品評するように鑑賞された後、頭を上からぐいと押さえ付けられ膝をついた。
太い指先が顎を掴み、口を開けさせられると同時、
「歯を立てるなよ」
「ぇ、……んぶっ!」
台詞と共に咥内へと生温い塊が一息に突っ込まれる。
それが何なのか突然の事に理解も出来ず、ただ息が出来ない苦しさに逃れようと藻掻くも、後頭部に手を回され動けないように固定される。
腹に顔を押し付けられ何も見えない。
感じられるのは、頬に触れる毛の感触と口の中に広がる苦さ。
「――っ!」
やっと何をされているのかを知って嫌悪に粟立つ。
反射的に押し退けようとした手を払い除けられ、縋るようにシャツの裾を握り締めるだけ。
両手で挟むように頭を掴まれたかと思うと、バルボアは自らの快楽を得る為だけに腰を前後に振り始めた。
強引に突っ込まれる圧迫感に息が出来ない。
道具のように扱われる屈辱と。
苦痛に顔を歪める僕を意に介さず、散々咥内を貪られてからようやく解放される。
まともに空気を得た喉が乾いた音を立て、何度か咳込んだ。
「そっちに上がれ」
顎で指示された方を見遣ると、不似合いな程に豪奢な天蓋の付いたベッドがあり、言われるままのろのろと上がり込むと、仰向けに寝転がって目を閉じた。
処刑の順番を待つような絶望感に襲われ顔をしかめる。
受け入れ難くとも受け入れるしか無い、まさしく俎板の鯉である自らを心の内でひっそりと嗤って。
不意にベッドがみしみしと音を上げて沈み込み、人の気配に瞼を開く。
視界いっぱいに広がる大きな影。
黒い肌は背後の薄闇に溶け込み、輪郭すらも朧気で、まるで闇が覆い被さって来るようにも見えた。
――怖い。
背筋に走る寒気。
本能的な恐怖に支配されそうになる。
「ふっ……」
上げそうになる声を唇を噛んで堪えた。
逃げ腰になる足を黒い腕が掴み、左右に押し開いた間に巨体が圧し掛かる。
腰を引っ張られ尻を上に向けるような体勢をとらされたかと思うと、次の瞬間、身体の中心を引き裂かれるような鋭い痛みが全身を襲った。
「いっ、うあっ!」
塗られたオイルのおかげか、然程抵抗もなく挿入を受け入れるも、反面いきなり押し広げられたせいで耐え切れず内臓が悲鳴を上げる。
恥ずかしさから、つい解すのをおざなりにしてしまったせいだろう。
悔いても遅く、今となっては慣れるまで我慢するしかない。
初めて味わう痛みの感覚をなんとか和らげようと身を捩るが、バルボアの身体に挟まれて動きが取れないことに気付いた。
恰幅の良い図体が前のめりに迫り、顔の両側に手を突くと、ぐいと深く腰を進める。
限界まで足を広げられ、足の付け根から千切れそうに痛い。
圧迫感でうまく呼吸も出来ずに。
圧し潰してくる腹肉の冷えた感触が気持ち悪かった。
「ぅ、……っく、はっ、」
絶え絶えに喘ぐ。
苦し過ぎて涙も出ない。
痛い。重い。辛い。嫌だ。
頭の中をそれだけがぐるぐると巡り、嘔吐感が込み上げる。
苦悶に顔を歪める僕を見下ろすバルボアの顔は、酷く愉しそうだった。
薄く開いた口を愉悦に歪め、舌なめずりする様は獣のようで。
確かに食われているのだ。
僕の意思も尊厳も何もかもを。
「ぐ、……ぇ」
更に体重を掛けると、容赦なく胎の奥深くまで抉っていく。
肉がぶつかる音とベッドの軋む音。
喉からは悲鳴の代わりに潰れた声が出るだけ。
酸欠に陥った目の前が暗くなり、自ら望むように、僕は意識を手放していった。
目を覚ますと、部屋には誰もいなかった。
誰かが用意したのだろうか、顔の横には下着と着替えの服が畳んで置いてあり、外からの喧騒に混じってほのかな夕餉の匂いが漂ってくる。
気を失ってから数時間は経っているようだ。
身体を起こそうとして、下半身の痛みにまた布団に沈み込む。
ズキズキとあちこちが痛む。
起き上がれぬまま、ぼんやりとただ上を眺めた。
これからこの行為が続くのだろうか。
これが、こんなのが、僕の日常となるのだろうか。
およそ希望の見えない先行きに恐怖しかない。
犯され弄ばれ恥辱に塗れて生きるくらいならば、もういっそ。
昏い覚悟を決めようかと意識した脳裏に母の姿が思い出される。
今わの際に何を伝えようとしたのかを。
――生きて。
途端に頭を占めていたはずの決意が霧散する。
母の命を奪ってまで選択したのに。
許されるはずがない。
汚されても尚、それでも生きろと。
ああ、これではまるで。
「……呪いじゃないか」
吐き出すように声を絞り出した。
目尻から溢れ出した涙がこめかみを伝い落ちる。
両腕で顔を覆い、歯を食いしばって泣き声を抑えた。
記憶の中の両親が霞む。
差し伸べてくれる手を取るには、もう僕は相応しくない。
深い孤独感に苛まれながら、静かにただ涙を流した。
夜明けを待たずして到着したトラックの荷台へと、家畜のように詰め込まれた子供達は一様に押し黙っていた。
エンジン音と共に砂埃が舞い上がり、車が走り出す。
頬を撫でる焦げ臭い空気。
揺れながら遠ざかっていく見慣れた風景を、ただ静かに見送るだけだった。
今はまだなにも考えられない。
何もかも一気に失い過ぎて、心が空っぽになったようだ。
「レイ……大丈夫か?」
喪失感にぼんやりとしていた僕の肩を、隣に座っていたカリムが抱き寄せる。
顔を向けて、悲しみに曇る友の顔に気付いた。
家族を失ったのは僕だけではないのだと。
幼い頃に流行り病で親を失い孤児となった彼を、両親は自分の子供のように接し、彼もまた実の親のように慕っていたのだから。
答える代わりに、頭を預ける。
閉じた瞼の下がひくひくと震え、たちまちに熱いものが溢れ出した。
「ほんっと、泣き虫だな」
呆れたようにカリムが小さく笑う。
きっと彼も同じ思いだろうに。
僕が先に泣いてしまったせいで、彼の涙を奪ってしまった。
自分の狡さを心の中で詫びながら、それでも悲しみを止められずに。
頬を濡らしながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
がたんと車体が大きく揺れて目を覚ます。
気付けば太陽は真上から照らし、少し薄い空気に高い所まで来たのが分かった。
荷台から顔を出して息を飲む。
赤茶けた岩肌の断崖と、山肌に沿ってうねる細く荒れた崖道。
低木が生い茂る殺伐とした高地にて、トラックはエンジンを停めていた。
眼下の裾野には大小の岩がごろごろと転がり、岩場からやがて木々生い茂るジャングルへと景色を変えている。
鬱蒼と続く樹海の遠く、住み慣れた村はもう既にどの方向にあるかすら見失って。
寂寞とした思いに飲み込まれそうになり、反対側へと顔を向けたその先、岸壁に張り付くようにして建てられた山城があった。
土塀や丸太を組み合わせ、せり出すように作られている。
ここが反政府組織である彼等の本拠地であり、今日からは僕達の住処、と言うよりは檻かもしれない。
背後は垂直に切り立った崖が、出入口のゲートには番兵が、山のふもとまで間隔を置いて見張り台も立ち、天然の要塞のような作りに、逃げることは困難だと思い知らされた。
「早く降りろ!」
怒声を浴びて身体が跳ねる。
開いた荷台から次々と乱暴に引き摺り落とされ、銃を担いだ男達に敷地の奥へと促されるまま。
ぞろぞろと集まった誰もが周囲を見回している中、聞いた声が近付いて来たかと思うと、僕の目の前で声の主が立ち止まった。
「おいおい、何でここに白人のガキがいるんだ」
まじまじと見詰めるのは、村を襲ったリーダーだった。
三十代前半くらいだろうか、思っていたよりも若く見える顔付きに、不似合いな皺が額や眉間に刻まれ、坊主頭に迫力を持たせている。
ぎょろりと睨み付ける黒い目に気圧され、つい後退った。
命令するだけした後は部下任せにしていたせいで、僕の存在に気付かなかったのだろう。
あんな辺鄙な場所に白人がいるなど思いもしないのも当然で、一方、両親達の世話になってきた村人にとっては今更普通のことだったから。
こいつの親は、と言い掛けて分かってしまったのか、やってしまったとばかりに頭を掻きむしる。
「ああクソ、母親がいたのなら何故生かしておかなかった!」
「オビク隊長、ですが……」
罵声を浴びて恐縮する部下に、もういいと手を振って大きな溜息を吐き出す。
残酷な儀式も彼等にとってはただのルーティンにしか過ぎず、そこまで気が回らなかったのも無理はない、そう納得したのかオビクと呼ばれた男はすぐに落ち着く素振りを見せた。
僕の足元から頭の先までじろじろと眺めると、顎をしゃくり着いてくるように促す。
憔悴し切った意識はただ反射的に従うだけ。
振り返りもせずに階段を上り、建物の奥へと進んでいく彼に早足で続いた。
「白人なんて珍しいからな、お前は将軍に献上する。せいぜい気に入られるよう励めよ」
足元の悪さに必死で下を見ながら歩く様子を気にもかけず、歩みを止めぬままオビクが口を開く。
その言葉の意味を後々思い知らされる事になるとは、この時の僕はまだ知らずに。
急に足が止まって大きな背中に思わず顔をぶつける。
目の前には頑丈な作りの木の扉と、その両脇には見張りの兵が。
「バルボア将軍、面白いものを見付けました」
オビクが少し畏まった声を上げ、ノックをすると扉を開く。
肩を押されて部屋の中へと踏み出してみて驚いた。
無骨な土壁の外観には似つかわしくない程の豪勢な室内。
アンティーク調の家具に、刺繍を施された絨毯とカーテン、揺らぐランプの光が陰影を際立たせて。
入り口から真っ直ぐに伸びた赤いカーペットの先、そこには深々と椅子に腰かける大きな人影があった。
軍服の上からでも分かる肥満体は、縦よりも横の方が大きいかと思う程で、左右を刈り上げ頭頂部だけ残した髪を一本に結び、背中まで長く垂らしている。
壮年を少し過ぎたくらいだろうが、身に纏う独特な威圧感がそれ以上に見せていた。
立ち尽くしたまま固まる僕を、値踏みするように眺めると、無造作に手を振って人払いをする仕草に従い、オビクが部屋を後にする。
扉が閉まり暗さを増す室内。
残された心細さにぶると身体が震えた。
「歳は?」
「え、あ、……十四です」
不意に声を掛けられ、慌てて答える。
重さのある低い声。
たった一言でもプレッシャーを感じるくらいに。
「アミナ! こいつの世話をしてやれ」
少し黙ってから、バルボアが大きな声を出す。
間を置かずに、背後の垂れ幕から一人の少女が姿を現した。
丸襟のシャツと腰巻のようなスカートと言う一般的な出で立ちに、
赤い紐を髪と一緒に編み込んでいるのは精一杯のお洒落なのだろうか。
主の視線を追って僕の存在を認めると、アミナと呼ばれた少女のまだ幼い顔に、一瞬の驚きの後、微妙な表情が浮かぶ。
それは同情か憐憫とも取れる悲し気な色に見えて。
戸惑う僕の手を取ると、彼女が出てきた部屋の方へと腕を引く。
「準備が終わったら部屋へ連れてこい」
ふんぞり返ったまま顔を向けずに言い放つバルボアに、深々と頭を下げ、垂れ幕の中に戻るアミナに僕も従った。
布一枚に遮られた隣の部屋には数人の少女達がおり、白人である僕が珍しいのだろう、好奇心を隠さないでしげしげと見つめてくる。
どこか漂う悲愴感と年相応の生命力の混じった雰囲気は皆同じに。
彼女達の前を素通りして奥の扉を開く。
「ここで身体を洗って」
同時に光が溢れ、目を細めた視界いっぱいに立ち塞がる山肌が映った。
どうやら建物の裏側に出てきたようだ。
足元には水路が引かれ、両側にある作り置きの棚には衣類や布が置いてある。
手渡された布と手桶を抱きかかえてふと、その姿に違和感を覚えた。
細い身体つきに反して、丸く膨らんだ下腹部。
「……あと二ヶ月くらいかな、産まれるの」
僕の視線に気付いたアミナが微かな笑みを浮かべて呟く。
同じ年頃の少女の告白は少なからず衝撃的だった。
そう言えばと、先程の部屋にいた彼女達の幾人かもそうでは無かったか。
今思えばアミナに感じたものと同じ感覚の正体に気付き、眩暈を覚える。
きっとあれは今日連れて来られた村の少女達の未来だと。
兵士達の身の回りの世話だけではなく、望まぬ相手との婚姻すらまかり通っているのだ。
それでも強さを含んだ穏やかなアミナの表情に、生きていく意志の強さを感じ取る。
「ホースで中を綺麗にしたら、このオイルを塗って」
「え、っと……あの……」
再び説明口調に戻ったアミナに素焼きの瓶を差し出されるも、言葉の意味を理解出来ずに狼狽えた。
薬草か何かが混じっているのか、独特の香りが鼻につく。
「解さないと痛いと思うけど」
「……っ」
僕が承知の上だとばかり続けられる言葉。
ちらと下を見る目線に、ようやっと指示の意図を飲み込む。
求められるのは少女だけでは無いのだと。
オビクの言った言葉の真意が。
将軍に献上するとは、気に入られることの本当の意味を。
ああ、そうか。そう言う事なのか。
でも、そんなのは――。
理解する事と納得する事は同じではない。
拒む意識がこの場から逃げ出してしまえと頭の中を掻き回す。
目の奥が熱くなり、瞼を閉じた。
ぎゅっと唇を噛み締めて衝動に耐える。
あの時とまた同じだと。
突き付けられる答えの決まった選択肢。
「右側が寝室よ。……逆らわなければ、きっと酷くはされないから」
立ち尽くして身体を震わす僕の頬にそっと手を触れてから、静かにアミナは部屋へと戻っていった。
泣く子をあやすような優しい声と、慰めにもならない言葉を残して。
開放的な黒人達は性にも奔放で、そう言った場面に出くわす事も少なくはなかった。
しかし自分とはまだ縁遠い関係の無い行為だと、さして興味も持たずにいた、それがここで我が身に降り掛かって来ようとは。
深く息を吸い込み、肩の力を抜くと共に強く息を吐き出す。
何も考えないようにして、機械的に身体を動かすことに専念した。
言われた通り、覚束ない手付きで何とか身体を洗い準備を施す。
服を着ようかと迷った末、半ば自棄の気持ちで裸のまま寝室へと向かった。
扉代わりのカーテンを抜けた先は薄暗く、目が慣れるまで入り口付近で立ち尽くす。
「随分と遅かったな」
僕の気配に気付いたのか、カウチに凭れていたバルボアが頭を起こしゆらりと立ち上がった。
ベッド脇のランプが照らし出す巨体の影。
それは床から壁へと長く伸び、天井にまで大きく広がって、まるで神話に出てくる怪物にも見えた。
さながら自分は捧げられる生贄の立場か。
頭から残さず食われてしまった方がきっとマシかもしれない。
近くに来るよう手招く仕草に、喉が詰まりそうになる。
これから待ち受ける行為を拒む意識が、なかなか足を動かそうとしてくれずに。
「……来いと言っている」
「は、はいっ……」
明らかに苛立ちを含んだ声音が低く響き、身を縮ませる。
気圧され震えそうな身体を鎮めようと拳を握り締め、おずおずとバルボアの正面まで足を進めた。
軍服の上着のボタンを開けただけの相手に対し、素っ裸でいる自分の姿に今更の羞恥心が沸き起こり、耳が熱くなるのを感じる。
「ふん、下の毛まで金髪なのか」
上から落とした視線が股間で止まり、面白げに呟かれる。
家畜の毛並みを品評するように鑑賞された後、頭を上からぐいと押さえ付けられ膝をついた。
太い指先が顎を掴み、口を開けさせられると同時、
「歯を立てるなよ」
「ぇ、……んぶっ!」
台詞と共に咥内へと生温い塊が一息に突っ込まれる。
それが何なのか突然の事に理解も出来ず、ただ息が出来ない苦しさに逃れようと藻掻くも、後頭部に手を回され動けないように固定される。
腹に顔を押し付けられ何も見えない。
感じられるのは、頬に触れる毛の感触と口の中に広がる苦さ。
「――っ!」
やっと何をされているのかを知って嫌悪に粟立つ。
反射的に押し退けようとした手を払い除けられ、縋るようにシャツの裾を握り締めるだけ。
両手で挟むように頭を掴まれたかと思うと、バルボアは自らの快楽を得る為だけに腰を前後に振り始めた。
強引に突っ込まれる圧迫感に息が出来ない。
道具のように扱われる屈辱と。
苦痛に顔を歪める僕を意に介さず、散々咥内を貪られてからようやく解放される。
まともに空気を得た喉が乾いた音を立て、何度か咳込んだ。
「そっちに上がれ」
顎で指示された方を見遣ると、不似合いな程に豪奢な天蓋の付いたベッドがあり、言われるままのろのろと上がり込むと、仰向けに寝転がって目を閉じた。
処刑の順番を待つような絶望感に襲われ顔をしかめる。
受け入れ難くとも受け入れるしか無い、まさしく俎板の鯉である自らを心の内でひっそりと嗤って。
不意にベッドがみしみしと音を上げて沈み込み、人の気配に瞼を開く。
視界いっぱいに広がる大きな影。
黒い肌は背後の薄闇に溶け込み、輪郭すらも朧気で、まるで闇が覆い被さって来るようにも見えた。
――怖い。
背筋に走る寒気。
本能的な恐怖に支配されそうになる。
「ふっ……」
上げそうになる声を唇を噛んで堪えた。
逃げ腰になる足を黒い腕が掴み、左右に押し開いた間に巨体が圧し掛かる。
腰を引っ張られ尻を上に向けるような体勢をとらされたかと思うと、次の瞬間、身体の中心を引き裂かれるような鋭い痛みが全身を襲った。
「いっ、うあっ!」
塗られたオイルのおかげか、然程抵抗もなく挿入を受け入れるも、反面いきなり押し広げられたせいで耐え切れず内臓が悲鳴を上げる。
恥ずかしさから、つい解すのをおざなりにしてしまったせいだろう。
悔いても遅く、今となっては慣れるまで我慢するしかない。
初めて味わう痛みの感覚をなんとか和らげようと身を捩るが、バルボアの身体に挟まれて動きが取れないことに気付いた。
恰幅の良い図体が前のめりに迫り、顔の両側に手を突くと、ぐいと深く腰を進める。
限界まで足を広げられ、足の付け根から千切れそうに痛い。
圧迫感でうまく呼吸も出来ずに。
圧し潰してくる腹肉の冷えた感触が気持ち悪かった。
「ぅ、……っく、はっ、」
絶え絶えに喘ぐ。
苦し過ぎて涙も出ない。
痛い。重い。辛い。嫌だ。
頭の中をそれだけがぐるぐると巡り、嘔吐感が込み上げる。
苦悶に顔を歪める僕を見下ろすバルボアの顔は、酷く愉しそうだった。
薄く開いた口を愉悦に歪め、舌なめずりする様は獣のようで。
確かに食われているのだ。
僕の意思も尊厳も何もかもを。
「ぐ、……ぇ」
更に体重を掛けると、容赦なく胎の奥深くまで抉っていく。
肉がぶつかる音とベッドの軋む音。
喉からは悲鳴の代わりに潰れた声が出るだけ。
酸欠に陥った目の前が暗くなり、自ら望むように、僕は意識を手放していった。
目を覚ますと、部屋には誰もいなかった。
誰かが用意したのだろうか、顔の横には下着と着替えの服が畳んで置いてあり、外からの喧騒に混じってほのかな夕餉の匂いが漂ってくる。
気を失ってから数時間は経っているようだ。
身体を起こそうとして、下半身の痛みにまた布団に沈み込む。
ズキズキとあちこちが痛む。
起き上がれぬまま、ぼんやりとただ上を眺めた。
これからこの行為が続くのだろうか。
これが、こんなのが、僕の日常となるのだろうか。
およそ希望の見えない先行きに恐怖しかない。
犯され弄ばれ恥辱に塗れて生きるくらいならば、もういっそ。
昏い覚悟を決めようかと意識した脳裏に母の姿が思い出される。
今わの際に何を伝えようとしたのかを。
――生きて。
途端に頭を占めていたはずの決意が霧散する。
母の命を奪ってまで選択したのに。
許されるはずがない。
汚されても尚、それでも生きろと。
ああ、これではまるで。
「……呪いじゃないか」
吐き出すように声を絞り出した。
目尻から溢れ出した涙がこめかみを伝い落ちる。
両腕で顔を覆い、歯を食いしばって泣き声を抑えた。
記憶の中の両親が霞む。
差し伸べてくれる手を取るには、もう僕は相応しくない。
深い孤独感に苛まれながら、静かにただ涙を流した。
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