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プロローグ
事件
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僕は家の扉の前で膝をついて動けなくなっていた。言葉が出ない。涙が止まらない。
「つ…つく…九十九!」
九十九と叫びたいけど口がガチガチと震えてうまく声が出せない。心臓がバクバクと耳に聞こえるほどに大きく脈を打つ。頭が焼けるように熱くなっている。目の前に広がることを受け入れるのを心が頭が拒否しているのが分かる。身体も石のように硬くなって全くいうことをきいてくれない。
『動け。動け。』
僕は痺れる手を無理矢理に動かして足を叩く。
『なんで?どうして。どうしてこんなことに。誰か嘘だと言ってよこれは夢でしたって言ってよ。』
その日もいつもと変わらない一日のはずだった。
僕は朝起きると日課の水汲みをして顔を洗う。
「うん。冷たくてく気持いい。」
始めた頃と変わっているのは、水を汲むのが楽になった事くらいだ。始めた頃は大変だった。まだ力もなかったから持ち上げるのが辛かった。そんな事を懐かしく思いながら水をひとくち口に入れる。
「美味しい。」
朝の何もない胃の中を一口の水が満たす。次は九十九を起こしに行く。全く起きる気配が無い。前はしっかり起きていたはずなのに。最近は僕が起こしに来なければいつまでも寝ている。
「起きて。ねぇ、朝だよ。ねぇってば。」
身体を揺すったり、顔をぺしぺし叩いても全然起きない。いつもの事ながら寝起きが悪く全く起きる気配が無い。僕は寝ている九十九から布団を剥ぎ取り片付ける。
「うーん。朝なのか。」
ようやく起きたみたいだ。
「昨日の残りを温めるから早く顔を洗ってきて。」
九十九はまだ寝ぼけているのか全く動こうとしない。僕は九十九の背中を押して外に追い出し顔を洗いに行かせる。その間に火をつけて残り物を温め始める。
「ふあー。」
欠伸をしながら九十九が家に入ってくる。どうやら顔を洗って目は覚めたらしい。ご飯の用意が出来たので席について食事をする。うん。やっぱり朝はスープに限る。少し冷えた身体に温かさが染みる。いつも食事中に今日の役割分担を決める。
「今日は僕が狩りに行ってくるよ。」
「わかった。じゃあ、俺は薪を割ったり、家の掃除をしているから気をつけて行くんだぞ。いつも言ってるけど、森には危険が付き物だからな。」
「わかったよ。九十九は心配性だな。」
食器を洗ってから狩りの準備をして家を出た。
森の木々に陽の光が反射して日差しを通さないようにしている。しかし、全てを反射しているわけでは無い。漏れた光は優しく森の中を包んでいる。そんな景色を見ながら今日の獲物を探して歩いていると鳥の足跡を見つけた。鳥は大好物だ。お肉は美味しいし。骨からもいいスープが作れる。夕食は鳥にしようと決めて足跡を辿る。
『あれ?ここから足跡が無くなっている。』
足跡は途中で途切れてしまっていた。けれど、まだ遠くまでは行っていなそうだったから少し辺りを探してみることにした。
『見つけた。こんな所にいたんだ。』
探していた鳥は僕がよく取って帰る果物の木の下で落ちているものを食べていた。僕は息を殺して、背中から矢を一本取り出して弓を引く。そして鳥の頭に狙いを定めて矢を放つ。
「よし。今日はミスなく一発で仕留められた。」
仕留める獲物によっては逃げられたり、危険な目にあったりするから今でもこの瞬間は緊張する。周りを見ると暗くなってきている。鳥を探してるうちにかなり時間がたっていたみたいだ。太陽は沈みかけていて夕日の微かな光が木々の間から見える。
「九十九に心配かけるから早く帰らないと。」
狩った鳥から矢を抜いて簡単に準備をする。準備が終わると来るときに付けておいた目印を使いながら家に急いで帰る。いつもは、途中で果物や野草を取って行くけれど今日はやめておこう。
家に着くと目を疑うような光景が広がっていった。毎朝使う井戸は壊され、家は廃墟のようになっている。扉は農具で付いたであろう傷でボロボロ、他にも蹴ったのであろう泥や何かの刺し傷が無数のに付いている。僕の頭を嫌な予感が支配する。
「そんな、そんなことないよね?」
自分自身に言い聞かせるように言葉が口から出てくる。ぴくぴくと頬が震えて、顔が強張っているのが分かる。
『山賊がこんな所に来るはずない。山賊が取るような物は何も置いていないし、こんなだれも住んでいないような森の奥には来ない。』
ボロボロの扉を開けて一歩中に入った僕の身体は足から崩れ落ちる。目に映る光景は地獄そのものだった。床にはいくつもの足跡があり、どれも九十九の場所に向かっている。家の外側と同じような引っ掻き傷が見える。そして九十九は、何度も何度も刺されたのだろう。無数の穴が空いている。穴は貫通していて、お腹はぐちゃぐちゃにされている。血は色々なものと混ざったのか綺麗な赤色ではなくどす黒く見える。さっきからずっと息が苦しい。
「ひゅーひゅーひゅー。」
それでも何とか息を整えて一センチ、二センチと這いながら九十九の元へ向かう。身体が思うように動かない。息も苦しい。九十九との距離が縮まっているように感じられない。僕が一歩進むと九十九が一歩離れて行くように感じる。それでも何度も何度も無理矢理に身体を動かす。
手が触れる。冷たい。心臓が破裂しそうだ。目からは血が混じった涙が流れる。自分に言い聞かせてきた願いを事実は呆気なく否定した。身体に力が入らない。視界が霞む。僕はその場で倒れた。目の前での出来事を受け入れられなくなった僕の身体は意識を手放すことを選択した。
ー九十九目線ー
「うんん。」
身体に痛みを感じて目を開ける。頭がぼーっとする。小夜は、寝ぼけて動かない俺の背中を押して顔を洗いに行かせる。水を汲み上げて顔を洗う。冷たいけど気持ちい。目を覚ました俺は水をひとくち口に含む。やっぱり朝の何もない胃には水がいい。俺は中に戻って食事をとりながら今日の予定を小夜と決めて行く。今日は小夜が狩りに行くようだ。俺は薪割りと掃除でもしていよう。
薪割りをしながら昔を思い出す。父が死んで村を追い出された俺は復讐する為にこの森で必死に生きていた。そして五年程時が経ち18歳になる頃には、落ち着いて生活できるようになっていった。
ある日俺は、夜中に火をつけようと村に向けて歩を進めていた。
『やめなさい。』
その時、身体が何かに引っ張られる様に感じた。あぁ、二人が引き止めてくれている。悔しい。憎い。けれど、こんな事をしても意味はない。それは自分自身が一番分かっていた。俺は復讐をやめて家に帰った。
生きる目的を失った俺は抜け殻の様になっていた。そんな時、一人の赤子を森で見つけた。どうしてこんな森の中に赤子が一人でいるのか分からない。
『捨てられたのだろうか?』
その理由は直ぐにわかった。赤子の目が片目だったからだ。この世界でそれは、"神から罰を受けた"ことを意味する。その事が自分と重なって放って置く事が出来ずに赤子を抱き上げた。赤子は俺の顔を見て笑顔を零した。自分が両親に捨てられた事を理解していないのだろう。けれど、そんな赤子の無邪気な笑顔にずっと心を埋め尽くしていた暗い暗い夜に光が射した。あぁ、俺はまだ一人じゃないんだ。こんな赤子が上を向いているんだ。いつまでも過去に囚われて生きていては俺の為に死んでいった両親に顔向け出来ない。今度は俺がこの子を守ろう。両親が俺にそうしてくれた様に。俺は赤子に小夜と名前をつけた。
「俺の小さな夜を終わらせてくてありがとう。」
小夜との生活が始まってから最初の一年は毎日大変で心も身体も常にヘトヘトだった。夜は突然泣き出して眠る事が出来ないし、少しも目を離すことも出来ない。その中でも一番困ったのは、小夜に与える食べ物のことだった。飼っている馬が子供を産んでいた為、お乳を分けてもらう事は出来た。けれど、それ程多く分けて貰うことも出来ないので十分な量を用意する事は出来なかった。そこで野草や果物などを潰して与えた。最初は全然食べてくれなかったが工夫や改良を重ねて少しずつ飲み込んでくれるようになった。俺の苦労も知らずに小夜はすくすくと大きくなっていった。
小夜との日々は一日一日が幸せだった。狩りの仕方や野草の見分け方を教えた事を昨日のように思い出す。そんな小夜も今では自分一人で狩りをする。嬉しい様な寂しい様な不思議な気持ちだ。これが親心というのだろうか。そんな事を考えながら家の掃除を終えて一休みしていると家の外から音がした。複数の人の気配を感じる。いいお客さんではないらしい。凄い殺気を放ちながら家の周りを取り囲んでいる。中に入ってきた顔はよく知っているものだった。そう、その顔は俺を村から追い出した奴らの一人だった。
「今更何しに来た。どうやってここを探し出した。」
「そんな事はどうでもよい。それよりもお前は片目の餓鬼を育てているそうだな。」
「それがどうした。関係ないだろう。」
「関係あるわい。近年、雨が降らなくなってきている。そのせいで村に貯蔵されている穀物の量が減ってきている。原因を村の者に調べさせたらお前がこんな森の中で片目の餓鬼を育てているというではないか。忌み子は災いを生む殺さなければ村の者が食べていけなくなる。餓鬼を大人しく渡せ。」
「雨が降らないのを小夜のせいにするな。」
「黙れ!母親を殺して生まれてきた忌み子が。家の隅々まで探せ。何処かに隠れているはずだ。それとこいつを縛り上げろ。どの様な手段を使っても居場所を吐かせろ。」
「離せ!」
数人の男達が羽交い締めにし、縄で縛り上げる。村人達は小夜の居場所を聞き出す為に俺への尋問を始める。最初の頃は脅しや恫喝をしていた。けれど俺は口を硬く閉ざし開こうとはしなかった。脅しや恫喝は暴力に変わっていった。そしてそれが拷問と呼べる代物に変わる頃には俺の意識は朦朧としていた。それでも閉じている口が緩む事は決してなかった。心がそれを許さなかった。
どのくらいの時間が経ったのか。何回目の叫びか。目に映るのは自分から流れ出たとは考えられない量の血だ。多数の農具で刺された身体には無数の穴が空き臓腑が飛び出している。指は有り得ない方向に曲がりそこに爪はない。
『俺はこのまま死ぬんだ。』
そう確信出来る。薄れゆく意識の中で
『ずっと一緒に居てやれなくてごめんな。』
それが最後の言葉だった。
「村長、こいつもう死んでますよ。」
「忌み子同士のかばい合いなど気味が悪いわ。」
言葉を吐き捨てると村人達は家から出て行った。
「つ…つく…九十九!」
九十九と叫びたいけど口がガチガチと震えてうまく声が出せない。心臓がバクバクと耳に聞こえるほどに大きく脈を打つ。頭が焼けるように熱くなっている。目の前に広がることを受け入れるのを心が頭が拒否しているのが分かる。身体も石のように硬くなって全くいうことをきいてくれない。
『動け。動け。』
僕は痺れる手を無理矢理に動かして足を叩く。
『なんで?どうして。どうしてこんなことに。誰か嘘だと言ってよこれは夢でしたって言ってよ。』
その日もいつもと変わらない一日のはずだった。
僕は朝起きると日課の水汲みをして顔を洗う。
「うん。冷たくてく気持いい。」
始めた頃と変わっているのは、水を汲むのが楽になった事くらいだ。始めた頃は大変だった。まだ力もなかったから持ち上げるのが辛かった。そんな事を懐かしく思いながら水をひとくち口に入れる。
「美味しい。」
朝の何もない胃の中を一口の水が満たす。次は九十九を起こしに行く。全く起きる気配が無い。前はしっかり起きていたはずなのに。最近は僕が起こしに来なければいつまでも寝ている。
「起きて。ねぇ、朝だよ。ねぇってば。」
身体を揺すったり、顔をぺしぺし叩いても全然起きない。いつもの事ながら寝起きが悪く全く起きる気配が無い。僕は寝ている九十九から布団を剥ぎ取り片付ける。
「うーん。朝なのか。」
ようやく起きたみたいだ。
「昨日の残りを温めるから早く顔を洗ってきて。」
九十九はまだ寝ぼけているのか全く動こうとしない。僕は九十九の背中を押して外に追い出し顔を洗いに行かせる。その間に火をつけて残り物を温め始める。
「ふあー。」
欠伸をしながら九十九が家に入ってくる。どうやら顔を洗って目は覚めたらしい。ご飯の用意が出来たので席について食事をする。うん。やっぱり朝はスープに限る。少し冷えた身体に温かさが染みる。いつも食事中に今日の役割分担を決める。
「今日は僕が狩りに行ってくるよ。」
「わかった。じゃあ、俺は薪を割ったり、家の掃除をしているから気をつけて行くんだぞ。いつも言ってるけど、森には危険が付き物だからな。」
「わかったよ。九十九は心配性だな。」
食器を洗ってから狩りの準備をして家を出た。
森の木々に陽の光が反射して日差しを通さないようにしている。しかし、全てを反射しているわけでは無い。漏れた光は優しく森の中を包んでいる。そんな景色を見ながら今日の獲物を探して歩いていると鳥の足跡を見つけた。鳥は大好物だ。お肉は美味しいし。骨からもいいスープが作れる。夕食は鳥にしようと決めて足跡を辿る。
『あれ?ここから足跡が無くなっている。』
足跡は途中で途切れてしまっていた。けれど、まだ遠くまでは行っていなそうだったから少し辺りを探してみることにした。
『見つけた。こんな所にいたんだ。』
探していた鳥は僕がよく取って帰る果物の木の下で落ちているものを食べていた。僕は息を殺して、背中から矢を一本取り出して弓を引く。そして鳥の頭に狙いを定めて矢を放つ。
「よし。今日はミスなく一発で仕留められた。」
仕留める獲物によっては逃げられたり、危険な目にあったりするから今でもこの瞬間は緊張する。周りを見ると暗くなってきている。鳥を探してるうちにかなり時間がたっていたみたいだ。太陽は沈みかけていて夕日の微かな光が木々の間から見える。
「九十九に心配かけるから早く帰らないと。」
狩った鳥から矢を抜いて簡単に準備をする。準備が終わると来るときに付けておいた目印を使いながら家に急いで帰る。いつもは、途中で果物や野草を取って行くけれど今日はやめておこう。
家に着くと目を疑うような光景が広がっていった。毎朝使う井戸は壊され、家は廃墟のようになっている。扉は農具で付いたであろう傷でボロボロ、他にも蹴ったのであろう泥や何かの刺し傷が無数のに付いている。僕の頭を嫌な予感が支配する。
「そんな、そんなことないよね?」
自分自身に言い聞かせるように言葉が口から出てくる。ぴくぴくと頬が震えて、顔が強張っているのが分かる。
『山賊がこんな所に来るはずない。山賊が取るような物は何も置いていないし、こんなだれも住んでいないような森の奥には来ない。』
ボロボロの扉を開けて一歩中に入った僕の身体は足から崩れ落ちる。目に映る光景は地獄そのものだった。床にはいくつもの足跡があり、どれも九十九の場所に向かっている。家の外側と同じような引っ掻き傷が見える。そして九十九は、何度も何度も刺されたのだろう。無数の穴が空いている。穴は貫通していて、お腹はぐちゃぐちゃにされている。血は色々なものと混ざったのか綺麗な赤色ではなくどす黒く見える。さっきからずっと息が苦しい。
「ひゅーひゅーひゅー。」
それでも何とか息を整えて一センチ、二センチと這いながら九十九の元へ向かう。身体が思うように動かない。息も苦しい。九十九との距離が縮まっているように感じられない。僕が一歩進むと九十九が一歩離れて行くように感じる。それでも何度も何度も無理矢理に身体を動かす。
手が触れる。冷たい。心臓が破裂しそうだ。目からは血が混じった涙が流れる。自分に言い聞かせてきた願いを事実は呆気なく否定した。身体に力が入らない。視界が霞む。僕はその場で倒れた。目の前での出来事を受け入れられなくなった僕の身体は意識を手放すことを選択した。
ー九十九目線ー
「うんん。」
身体に痛みを感じて目を開ける。頭がぼーっとする。小夜は、寝ぼけて動かない俺の背中を押して顔を洗いに行かせる。水を汲み上げて顔を洗う。冷たいけど気持ちい。目を覚ました俺は水をひとくち口に含む。やっぱり朝の何もない胃には水がいい。俺は中に戻って食事をとりながら今日の予定を小夜と決めて行く。今日は小夜が狩りに行くようだ。俺は薪割りと掃除でもしていよう。
薪割りをしながら昔を思い出す。父が死んで村を追い出された俺は復讐する為にこの森で必死に生きていた。そして五年程時が経ち18歳になる頃には、落ち着いて生活できるようになっていった。
ある日俺は、夜中に火をつけようと村に向けて歩を進めていた。
『やめなさい。』
その時、身体が何かに引っ張られる様に感じた。あぁ、二人が引き止めてくれている。悔しい。憎い。けれど、こんな事をしても意味はない。それは自分自身が一番分かっていた。俺は復讐をやめて家に帰った。
生きる目的を失った俺は抜け殻の様になっていた。そんな時、一人の赤子を森で見つけた。どうしてこんな森の中に赤子が一人でいるのか分からない。
『捨てられたのだろうか?』
その理由は直ぐにわかった。赤子の目が片目だったからだ。この世界でそれは、"神から罰を受けた"ことを意味する。その事が自分と重なって放って置く事が出来ずに赤子を抱き上げた。赤子は俺の顔を見て笑顔を零した。自分が両親に捨てられた事を理解していないのだろう。けれど、そんな赤子の無邪気な笑顔にずっと心を埋め尽くしていた暗い暗い夜に光が射した。あぁ、俺はまだ一人じゃないんだ。こんな赤子が上を向いているんだ。いつまでも過去に囚われて生きていては俺の為に死んでいった両親に顔向け出来ない。今度は俺がこの子を守ろう。両親が俺にそうしてくれた様に。俺は赤子に小夜と名前をつけた。
「俺の小さな夜を終わらせてくてありがとう。」
小夜との生活が始まってから最初の一年は毎日大変で心も身体も常にヘトヘトだった。夜は突然泣き出して眠る事が出来ないし、少しも目を離すことも出来ない。その中でも一番困ったのは、小夜に与える食べ物のことだった。飼っている馬が子供を産んでいた為、お乳を分けてもらう事は出来た。けれど、それ程多く分けて貰うことも出来ないので十分な量を用意する事は出来なかった。そこで野草や果物などを潰して与えた。最初は全然食べてくれなかったが工夫や改良を重ねて少しずつ飲み込んでくれるようになった。俺の苦労も知らずに小夜はすくすくと大きくなっていった。
小夜との日々は一日一日が幸せだった。狩りの仕方や野草の見分け方を教えた事を昨日のように思い出す。そんな小夜も今では自分一人で狩りをする。嬉しい様な寂しい様な不思議な気持ちだ。これが親心というのだろうか。そんな事を考えながら家の掃除を終えて一休みしていると家の外から音がした。複数の人の気配を感じる。いいお客さんではないらしい。凄い殺気を放ちながら家の周りを取り囲んでいる。中に入ってきた顔はよく知っているものだった。そう、その顔は俺を村から追い出した奴らの一人だった。
「今更何しに来た。どうやってここを探し出した。」
「そんな事はどうでもよい。それよりもお前は片目の餓鬼を育てているそうだな。」
「それがどうした。関係ないだろう。」
「関係あるわい。近年、雨が降らなくなってきている。そのせいで村に貯蔵されている穀物の量が減ってきている。原因を村の者に調べさせたらお前がこんな森の中で片目の餓鬼を育てているというではないか。忌み子は災いを生む殺さなければ村の者が食べていけなくなる。餓鬼を大人しく渡せ。」
「雨が降らないのを小夜のせいにするな。」
「黙れ!母親を殺して生まれてきた忌み子が。家の隅々まで探せ。何処かに隠れているはずだ。それとこいつを縛り上げろ。どの様な手段を使っても居場所を吐かせろ。」
「離せ!」
数人の男達が羽交い締めにし、縄で縛り上げる。村人達は小夜の居場所を聞き出す為に俺への尋問を始める。最初の頃は脅しや恫喝をしていた。けれど俺は口を硬く閉ざし開こうとはしなかった。脅しや恫喝は暴力に変わっていった。そしてそれが拷問と呼べる代物に変わる頃には俺の意識は朦朧としていた。それでも閉じている口が緩む事は決してなかった。心がそれを許さなかった。
どのくらいの時間が経ったのか。何回目の叫びか。目に映るのは自分から流れ出たとは考えられない量の血だ。多数の農具で刺された身体には無数の穴が空き臓腑が飛び出している。指は有り得ない方向に曲がりそこに爪はない。
『俺はこのまま死ぬんだ。』
そう確信出来る。薄れゆく意識の中で
『ずっと一緒に居てやれなくてごめんな。』
それが最後の言葉だった。
「村長、こいつもう死んでますよ。」
「忌み子同士のかばい合いなど気味が悪いわ。」
言葉を吐き捨てると村人達は家から出て行った。
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