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File:4 【Woe school listener《学園の聞き人》】
Page:35 【《計画の穴》】
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『その声、少年か?』
イヤホン越しに聞こえてきた声、先生が助っ人と読んでいた人物。
「新藤か?」
『そう答えるということは、少年で間違いないようだな』
「ああ。俺だ」
まさか、外に新藤がいるとは思わなかった。だが、これは同時に好機だ。あの旦那さんならまだしも、他の警察官に上手く話が出来るとは思わないからな。
『早速で悪いが、とりあえず中の状況を教えてほしい。あの先生の最低限の言葉では全く話が伝わらないからな』
「……」
俺は周りを一旦見渡し、誰もこちらを見てないことを確認してから話を続ける。
「人質はざっと数えて200人くらいだと思う。その周りを数十人のテロリストが囲んでる。ちなみに全員銃を持ってる」
『偽物という可能性は?』
「あるかもしれんが、先生が1度撃たれてる。あまり、楽観的には見れそうにない」
『なるほど』
「後はフロアの中心にリーダーと思える大男と、取り巻きが2人。全員銃持ちで先生もその近くで横たわっている」
『なるほど。聞いていた通り、状況はあまり良くないようだな』
「ああ。ハッキリ言って詰みだ。大人しく大金を積んで1人ずつ解放した方がいいんじゃないかと思えるくらいだ」
『それで全員を解放出来るとは思えないが、まあ、数人程度ならそれで解放出来るだろう』
数人程度か。進藤の見方ではそう見えるものなのか。
まあ、確かにあの男が解放するのは最初の数人だけな気がしないでもない。
『一応こちらは警察が入口を全て塞いでいる。いつでも突入出来るようにと機動隊が来ているらしいが、あまり動かしたくない』
「ああ。こっちも今は動いてほしくないな。確実に血の海が広がる」
『そこで提案だ。これから数人を解放しようと思う』
「……?」
『今私の側に1人現場を取り仕切ってる警察がいてな、その人に中の人間に渡してほしいものがあるらしい』
「中に?どういうことだ?」
『解放する人数は10人程度が丁度いい。1000万程度なら用意出来たらしいからな。そこに少年も入れる。後は適当だ。これで、その場の絶望感は少しくらい拭えるだろう。まあ、不公平だなんだと騒ぎ立てられるかもしれんが、そこは犯人側に抑えてもらおうと思う。流血沙汰になるかもしれんが、死にさえしなければいい』
随分と思い切った行動だな。確かに、流血沙汰を避けて解決というのは難しそうに見えるが、それを警察が提案してくるとは……。
『そこにいる犯人の特徴はこちらで調べがついている。坂上涼。奴はどうやら過去に1度似たようなテロ事件を起こしており、現在指名手配中の身だ』
「過去に1度やってるのか」
『ああ。その時の現場は、今回と似たような地下施設がある大型百貨店。人質も同じくらいの数だったらしい』
「……ちなみに、その事件はどうなったんだ?」
『人質が30人程解放出来た後、不意の毒ガスで全員死んだらしい。しかも、そのガスが中々に強力で外で構えていた警察官数名も重症、もしくは死亡している。令和史上最悪のテロ事件だ』
あんな適当そうに見えた男が、そんなにも残虐性を持ち合わせた人間だったとは……。スプリンクラーを起動した程度では混乱しそうにないな。
『その時の事件では10人ずつを解放し、ちょっとずつ中の状況を探っていたらしいが、あまりにも早い段階での行動に警察も度肝を抜かされたらしい。まあ、それだけの人質をとって3000万程度で帰るとは、あまりにもリスクリターンに見合ってないように感じるのは確かだ』
逆に言えば、不意を突かれたからこそ上手く逃げられてしまったというわけだな。
『今回も前回と同じようにまずは10人を解放してみようという算段らしい。ただ、下手をすればその10人で毒ガスを使われる可能性もある』
「だな。犯人達の目的は金には見えなさそうだし……」
『しかし、その男、性格が単純で分かりやすい』
「単純?」
『過去の事件の時もそうだが、事件を楽しむ性質がある。そして、1、2時間程度経ったところで食事の要求もしている。非常に傲慢で悪質極まりない奴だが、その行動はよく分析すれば単純なんだ。だから、その単純さと無駄にキレる頭を利用させてもらう』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それから数分後、俺は随分と久しぶりに思える娑婆の空気を吸っている。犯人でもないのにな。
「行動が分かりやすいと言えばそれまでだが、にしてもここまで素直だとはな」
辺りは黄色いテープで現場が封鎖され、下にいるテロリストに負けず劣らずの数を揃えた警官達があっちこっちを忙しく駆け回っている。その中で2人、眼鏡をかけた女の子と私服だがちゃんと警察と一目で分かる厳つさをした大人が近づいてくる。
新藤「少年、無事で良かった」
「俺は無事だが、先生がーー」
「分かってる。あいつはそう簡単に死なねぇから心配すんな」
そう言ってきたのは一際身長の高いあの時の警察官。確か、名前は神崎優斗だったか。先生の旦那さんで、ヤクザの幹部を一瞬でボコれるくらいには強かった記憶がある。
優斗「早速で悪ぃが、これ持ってまた下の方に戻ってくれ」
「これ」と言われて差し出されたのは、どう見ても銀座かそこらで買ってきたと思える寿司の詰め合わせだった。
新藤「奴らのボス、坂上涼はこれくらいの時間の時に食事を要求してくる。その時、人質を1人送り出して受け取らせてくる」
優斗「だから、先にその行動を読んでお前にそれを持って行ってほしいわけだ」
「まさかその為だけに?」
有り得ないとは思うが、とりあえず俺はそう聞いておく。
優斗「んな事させっかよ。この子が言ってんだろ?奴らの行動を利用するって。だから、お前にはこれとこれを一緒に持ってけ」
そう言われて渡されたのは小型の無線機1台と、どう見ても拳銃に見えるものが1丁。
新藤「少年、この作戦の要は先生だ。彼女の力を信じ、テロリスト全員を抑えてもらう算段でいる」
「……いくら先生でも、流石にあの数はーー」
優斗「その先生を信じてやれ。あいつは冗談抜きで強ぇんだよ。お前も見たはずだろ?あの超人的な動きを」
まあ、確かにあの化け物みたいな動きに助けられはしたが……
「でもーー」
優斗「いいから信じろ。こういうのはノリと勢いでどうにかなるもんなんだよ!」
現職の警察官がそんな脳筋みたいなことを言うのもどうかと思うが、仮にもあの先生の旦那さん。付き合いは俺達なんか比にならないぐらいに長いはずだ。なら、その言葉を信じてみるか。
優斗「あ、そうそう」
来た道を戻りかけたところで何故か止められた。
優斗「その拳銃、多分隠してるもん出せって言われるから、それだけ出して無線機だけは隠しとけよ」
「……?」
よく分からないが、何か理由があるのだろう。俺はその拳銃をあえて分かりやすく尻の方のポケットに入れといた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
坂上「あぁ?おめェ、さっき上に行ったはずだろォ?」
「飯を渡せと言われてきた。折角開放されたと思ったのに残念な気分だ」
坂上「ああそうか。ったく、気が利くんだったら最初っから全員解放するくらいの金を用意すりゃいいってのになぁー!」
耳障りな声が響くが、今だけは我慢してせめて先生の頭の上から足だけでもそのまま退かしてくれないかと願ったが、寿司を見て満足そうな顔を浮かべた後に、またすぐに足を頭の上に置いた。
怒りが沸々と湧き上がるが、今暴れてしまえば計画が全て水の泡になる。この場は我慢に徹しておいた。
坂上「あ、おめェなんか隠してるもんあんだろ。出せ」
ーーと、立ち去ろうとしたところで男がそう言ってくる。あの警察官の予想通りだな。
「……」
俺は黙ってポケットから拳銃を取り出し、投げるように男の足元に投げる。
坂上「ハッ、んな事だろうと思ったわ。あんな察共が変に気が利くわけねぇもんなぁー!まあ、寿司に毒を仕込んでねぇだけまだまだ甘ちゃんだなー!」
男は一頻りそう叫び、寿司を満足そうに口に運ぶ。俺は、なんのお咎めも無しにこの場を去り、再びみんなのところに戻った。
進藤「上手く行ったかな?」
「正直計画には穴だらけですけど、やりたい事はやれそうな感じです」
進藤「そうか」
俺は座るなりまたあのイヤホンとマイクを身に着けて新藤とのコンタクトを図る。
……そういや、あれだけ目立つ帰り方をしてきた割には、誰も俺の両手を縛りに来ない。どうなってる?
『少年、戻ったばかりで悪いが、確認したいことがある』
「確認?」
『そこにいる連中、ガスマスクを手にしている者、もしくは顔に着けている者はいるか?』
ガスで人を殺すのだから、そら全員着けているだろうと思って辺りを見渡してみる。しかし、誰1人として顔には何も着けていない。全員、黒いマスクとサングラスで素顔が見えないようにしているだけだった。
どういうことだ?ガスで殺すんじゃないのか?
「……全員、誰1人として着けていない」
『そうか。……そうか』
「どうしたんだ?」
『いや、もしかしたらと思うが、爆発物でも使うのではないかと思ってな』
「……?なぜだ?」
『そこのフロア、思った以上に広い。それに逃げ道が少ない。前回の事件の時にはどさくさに紛れて逃げたらしいが、今回はそうも行かないと思う。なら、奴らはどうやって逃げるつもりなのか。そう考えたら、多少強引だが爆発物でも使って大きな混乱を起こしたところに、被害者面をして逃げ出すのではないかと思ってな』
「まさか……。いくらなんでも顔くらい分かっているのだろう?」
『ああ。指名手配にもなっているしな。だが、もしそこにいる男が本物ではないとしたらどうする?』
「……」
考えもしなかったが、確かに言われてみればあんなにも犯人が堂々と顔を晒しているのには違和感を覚える。
『言い忘れていたが、前回の事件の時、死者の中には奴らの仲間とも思える人間が紛れていた』
残虐性の塊。その言葉がよく似合う人物だと今ハッキリとした。
『あくまで仮にの話だが、もしかしたら奴は既に人質に紛れている可能性がある』
「……その可能性はあると思うが、仮にそうだったとして部下達はなぜそんな残虐な奴に付き合うんだ?」
『可能性としては宗教だな。何かしらで洗脳を受けている。洗脳を受けた人間というのは怖いものだ。過去にも宗教絡みで様々な事件が起きているだろう?信者というのは時に善悪の判断、果ては自らの生死すらもどうでも良くなることがある。まあ、あくまで可能性だ。だが、己が死ぬと分かっている状況にいる以上、まともな判断を下せる相手ではない。少年、作戦の実行を早めようと思うがいいか?』
「作戦?もう固まっているのか?」
『ああ。やろうと思えばいつでも出来る。多少人質にも危害が加わるが、まあ血が流れたり後遺症が現れたりするものではないから大丈夫だ』
「……具体的に何をするつもりだ?俺達は何をすればいい?」
『作戦は少年も思いついたように、そこにある消火栓を利用して行う。そして、少年達には今から本物の坂上涼を見つけ出してほしい』
「……分かった」
『恐らく、今現在指名手配されているものは偽物の顔と見ていい。だから、詳しい特徴は分からない。だが、残虐な男だ。何かしらの特徴はあるだろう』
「ヒントは何も無し……ということか」
『すまない。だが、本物を見つけられなければ今そこにいる人間を全員救い出せたとしても、また同じ事件が起きる。警察としても、3回目を起こさせるわけにはいかないようだ』
「……」
探すしかない。
この、200人はいるであろうこの空間から、本物の坂上涼を。それも、ノーヒントで尚且つ辺りを常に監視された状況で。
イヤホン越しに聞こえてきた声、先生が助っ人と読んでいた人物。
「新藤か?」
『そう答えるということは、少年で間違いないようだな』
「ああ。俺だ」
まさか、外に新藤がいるとは思わなかった。だが、これは同時に好機だ。あの旦那さんならまだしも、他の警察官に上手く話が出来るとは思わないからな。
『早速で悪いが、とりあえず中の状況を教えてほしい。あの先生の最低限の言葉では全く話が伝わらないからな』
「……」
俺は周りを一旦見渡し、誰もこちらを見てないことを確認してから話を続ける。
「人質はざっと数えて200人くらいだと思う。その周りを数十人のテロリストが囲んでる。ちなみに全員銃を持ってる」
『偽物という可能性は?』
「あるかもしれんが、先生が1度撃たれてる。あまり、楽観的には見れそうにない」
『なるほど』
「後はフロアの中心にリーダーと思える大男と、取り巻きが2人。全員銃持ちで先生もその近くで横たわっている」
『なるほど。聞いていた通り、状況はあまり良くないようだな』
「ああ。ハッキリ言って詰みだ。大人しく大金を積んで1人ずつ解放した方がいいんじゃないかと思えるくらいだ」
『それで全員を解放出来るとは思えないが、まあ、数人程度ならそれで解放出来るだろう』
数人程度か。進藤の見方ではそう見えるものなのか。
まあ、確かにあの男が解放するのは最初の数人だけな気がしないでもない。
『一応こちらは警察が入口を全て塞いでいる。いつでも突入出来るようにと機動隊が来ているらしいが、あまり動かしたくない』
「ああ。こっちも今は動いてほしくないな。確実に血の海が広がる」
『そこで提案だ。これから数人を解放しようと思う』
「……?」
『今私の側に1人現場を取り仕切ってる警察がいてな、その人に中の人間に渡してほしいものがあるらしい』
「中に?どういうことだ?」
『解放する人数は10人程度が丁度いい。1000万程度なら用意出来たらしいからな。そこに少年も入れる。後は適当だ。これで、その場の絶望感は少しくらい拭えるだろう。まあ、不公平だなんだと騒ぎ立てられるかもしれんが、そこは犯人側に抑えてもらおうと思う。流血沙汰になるかもしれんが、死にさえしなければいい』
随分と思い切った行動だな。確かに、流血沙汰を避けて解決というのは難しそうに見えるが、それを警察が提案してくるとは……。
『そこにいる犯人の特徴はこちらで調べがついている。坂上涼。奴はどうやら過去に1度似たようなテロ事件を起こしており、現在指名手配中の身だ』
「過去に1度やってるのか」
『ああ。その時の現場は、今回と似たような地下施設がある大型百貨店。人質も同じくらいの数だったらしい』
「……ちなみに、その事件はどうなったんだ?」
『人質が30人程解放出来た後、不意の毒ガスで全員死んだらしい。しかも、そのガスが中々に強力で外で構えていた警察官数名も重症、もしくは死亡している。令和史上最悪のテロ事件だ』
あんな適当そうに見えた男が、そんなにも残虐性を持ち合わせた人間だったとは……。スプリンクラーを起動した程度では混乱しそうにないな。
『その時の事件では10人ずつを解放し、ちょっとずつ中の状況を探っていたらしいが、あまりにも早い段階での行動に警察も度肝を抜かされたらしい。まあ、それだけの人質をとって3000万程度で帰るとは、あまりにもリスクリターンに見合ってないように感じるのは確かだ』
逆に言えば、不意を突かれたからこそ上手く逃げられてしまったというわけだな。
『今回も前回と同じようにまずは10人を解放してみようという算段らしい。ただ、下手をすればその10人で毒ガスを使われる可能性もある』
「だな。犯人達の目的は金には見えなさそうだし……」
『しかし、その男、性格が単純で分かりやすい』
「単純?」
『過去の事件の時もそうだが、事件を楽しむ性質がある。そして、1、2時間程度経ったところで食事の要求もしている。非常に傲慢で悪質極まりない奴だが、その行動はよく分析すれば単純なんだ。だから、その単純さと無駄にキレる頭を利用させてもらう』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それから数分後、俺は随分と久しぶりに思える娑婆の空気を吸っている。犯人でもないのにな。
「行動が分かりやすいと言えばそれまでだが、にしてもここまで素直だとはな」
辺りは黄色いテープで現場が封鎖され、下にいるテロリストに負けず劣らずの数を揃えた警官達があっちこっちを忙しく駆け回っている。その中で2人、眼鏡をかけた女の子と私服だがちゃんと警察と一目で分かる厳つさをした大人が近づいてくる。
新藤「少年、無事で良かった」
「俺は無事だが、先生がーー」
「分かってる。あいつはそう簡単に死なねぇから心配すんな」
そう言ってきたのは一際身長の高いあの時の警察官。確か、名前は神崎優斗だったか。先生の旦那さんで、ヤクザの幹部を一瞬でボコれるくらいには強かった記憶がある。
優斗「早速で悪ぃが、これ持ってまた下の方に戻ってくれ」
「これ」と言われて差し出されたのは、どう見ても銀座かそこらで買ってきたと思える寿司の詰め合わせだった。
新藤「奴らのボス、坂上涼はこれくらいの時間の時に食事を要求してくる。その時、人質を1人送り出して受け取らせてくる」
優斗「だから、先にその行動を読んでお前にそれを持って行ってほしいわけだ」
「まさかその為だけに?」
有り得ないとは思うが、とりあえず俺はそう聞いておく。
優斗「んな事させっかよ。この子が言ってんだろ?奴らの行動を利用するって。だから、お前にはこれとこれを一緒に持ってけ」
そう言われて渡されたのは小型の無線機1台と、どう見ても拳銃に見えるものが1丁。
新藤「少年、この作戦の要は先生だ。彼女の力を信じ、テロリスト全員を抑えてもらう算段でいる」
「……いくら先生でも、流石にあの数はーー」
優斗「その先生を信じてやれ。あいつは冗談抜きで強ぇんだよ。お前も見たはずだろ?あの超人的な動きを」
まあ、確かにあの化け物みたいな動きに助けられはしたが……
「でもーー」
優斗「いいから信じろ。こういうのはノリと勢いでどうにかなるもんなんだよ!」
現職の警察官がそんな脳筋みたいなことを言うのもどうかと思うが、仮にもあの先生の旦那さん。付き合いは俺達なんか比にならないぐらいに長いはずだ。なら、その言葉を信じてみるか。
優斗「あ、そうそう」
来た道を戻りかけたところで何故か止められた。
優斗「その拳銃、多分隠してるもん出せって言われるから、それだけ出して無線機だけは隠しとけよ」
「……?」
よく分からないが、何か理由があるのだろう。俺はその拳銃をあえて分かりやすく尻の方のポケットに入れといた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
坂上「あぁ?おめェ、さっき上に行ったはずだろォ?」
「飯を渡せと言われてきた。折角開放されたと思ったのに残念な気分だ」
坂上「ああそうか。ったく、気が利くんだったら最初っから全員解放するくらいの金を用意すりゃいいってのになぁー!」
耳障りな声が響くが、今だけは我慢してせめて先生の頭の上から足だけでもそのまま退かしてくれないかと願ったが、寿司を見て満足そうな顔を浮かべた後に、またすぐに足を頭の上に置いた。
怒りが沸々と湧き上がるが、今暴れてしまえば計画が全て水の泡になる。この場は我慢に徹しておいた。
坂上「あ、おめェなんか隠してるもんあんだろ。出せ」
ーーと、立ち去ろうとしたところで男がそう言ってくる。あの警察官の予想通りだな。
「……」
俺は黙ってポケットから拳銃を取り出し、投げるように男の足元に投げる。
坂上「ハッ、んな事だろうと思ったわ。あんな察共が変に気が利くわけねぇもんなぁー!まあ、寿司に毒を仕込んでねぇだけまだまだ甘ちゃんだなー!」
男は一頻りそう叫び、寿司を満足そうに口に運ぶ。俺は、なんのお咎めも無しにこの場を去り、再びみんなのところに戻った。
進藤「上手く行ったかな?」
「正直計画には穴だらけですけど、やりたい事はやれそうな感じです」
進藤「そうか」
俺は座るなりまたあのイヤホンとマイクを身に着けて新藤とのコンタクトを図る。
……そういや、あれだけ目立つ帰り方をしてきた割には、誰も俺の両手を縛りに来ない。どうなってる?
『少年、戻ったばかりで悪いが、確認したいことがある』
「確認?」
『そこにいる連中、ガスマスクを手にしている者、もしくは顔に着けている者はいるか?』
ガスで人を殺すのだから、そら全員着けているだろうと思って辺りを見渡してみる。しかし、誰1人として顔には何も着けていない。全員、黒いマスクとサングラスで素顔が見えないようにしているだけだった。
どういうことだ?ガスで殺すんじゃないのか?
「……全員、誰1人として着けていない」
『そうか。……そうか』
「どうしたんだ?」
『いや、もしかしたらと思うが、爆発物でも使うのではないかと思ってな』
「……?なぜだ?」
『そこのフロア、思った以上に広い。それに逃げ道が少ない。前回の事件の時にはどさくさに紛れて逃げたらしいが、今回はそうも行かないと思う。なら、奴らはどうやって逃げるつもりなのか。そう考えたら、多少強引だが爆発物でも使って大きな混乱を起こしたところに、被害者面をして逃げ出すのではないかと思ってな』
「まさか……。いくらなんでも顔くらい分かっているのだろう?」
『ああ。指名手配にもなっているしな。だが、もしそこにいる男が本物ではないとしたらどうする?』
「……」
考えもしなかったが、確かに言われてみればあんなにも犯人が堂々と顔を晒しているのには違和感を覚える。
『言い忘れていたが、前回の事件の時、死者の中には奴らの仲間とも思える人間が紛れていた』
残虐性の塊。その言葉がよく似合う人物だと今ハッキリとした。
『あくまで仮にの話だが、もしかしたら奴は既に人質に紛れている可能性がある』
「……その可能性はあると思うが、仮にそうだったとして部下達はなぜそんな残虐な奴に付き合うんだ?」
『可能性としては宗教だな。何かしらで洗脳を受けている。洗脳を受けた人間というのは怖いものだ。過去にも宗教絡みで様々な事件が起きているだろう?信者というのは時に善悪の判断、果ては自らの生死すらもどうでも良くなることがある。まあ、あくまで可能性だ。だが、己が死ぬと分かっている状況にいる以上、まともな判断を下せる相手ではない。少年、作戦の実行を早めようと思うがいいか?』
「作戦?もう固まっているのか?」
『ああ。やろうと思えばいつでも出来る。多少人質にも危害が加わるが、まあ血が流れたり後遺症が現れたりするものではないから大丈夫だ』
「……具体的に何をするつもりだ?俺達は何をすればいい?」
『作戦は少年も思いついたように、そこにある消火栓を利用して行う。そして、少年達には今から本物の坂上涼を見つけ出してほしい』
「……分かった」
『恐らく、今現在指名手配されているものは偽物の顔と見ていい。だから、詳しい特徴は分からない。だが、残虐な男だ。何かしらの特徴はあるだろう』
「ヒントは何も無し……ということか」
『すまない。だが、本物を見つけられなければ今そこにいる人間を全員救い出せたとしても、また同じ事件が起きる。警察としても、3回目を起こさせるわけにはいかないようだ』
「……」
探すしかない。
この、200人はいるであろうこの空間から、本物の坂上涼を。それも、ノーヒントで尚且つ辺りを常に監視された状況で。
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