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File:4 【Woe school listener《学園の聞き人》】
Page:34 【《花畑の世界で》】
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事件発生から約1時間が経過。
この間、外に出ることが出来た人間はいない。まあ、それは当たり前か。周りはゲリラ兵かと思うくらいに武装された集団がいる。そんな状況下で動こうとするのはバカもいいところだ。視界の隅に職業ボディビルダーに見える人がいたが、流石に自らの筋肉を自慢するような暴挙に出ることは無かった。
坂上「だー、暇だなぁー!サツ共も全然動かねぇしよーぉー!あー!もー!さっさと金用意すりゃいいのになぁーー!」
まるで子供のように駄々を捏ねてはいるが、その手にはいつでも発砲出来るよう大きな銃がある。しかも、それが見せかけの玩具でないことを既に証明されてしまっているため、本当に下手な真似は打つことが出来ない。
進藤「うーん、これはちょっと良くないかもねぇ……」
影山「良くない?」
進藤「硬直時間が長いんだよ。みんながみんな、こんな極限状態で大人しくしていられるわけがない。例え周りがこうでも、そのうち暴れ出す人間くらいは現れるだろう」
日比谷「でもどうすることもできないんですよね?」
進藤「いや、あの男は確かに言ったんだ。100万用意すれば1人解放すると。なら、試しに数百万用意して数人程度解放すればいい。いや、それ以前に警察の方から何かしらの連絡が来ないことがおかしいんだよ」
「つまり、安心できる材料が与えられていないと」
進藤「そういうことになるかな。うん、そうだね。みんながいつかは解放されるという希望が持てない状況になっている。そうなると、本当にいつか誰かが暴れだしてこの辺りが血の海になるかもしれないね」
神代「めちゃくちゃ恐ろしいじゃねぇか……」
日比谷「あ、あんた生きてたんだ」
神代「死んでねぇよ……!こんな状況で洒落にならねぇ嘘つかないでくれよ……」
進藤「とまあ、仮にの話をしたが、この状況はちょっと不自然なんだよ。ここには見ての通り数十人規模のテロリストがいるが、抑えられてるのはあくまでこの地下1階だけだと思う」
神代「なんで?」
進藤「上の1階に上がったらそこら中が出入口なくらいに解放されているだろう?」
神代「あー、確かにんな感じだった気がする」
進藤「元々このデパートのこの階は駐車場だったんだ。でも、2年か3年くらい前に改装がされて今みたいなデパ地下が出来上がった。だからなのかは知らないけど、実は出入りできるところが少ないんだよ」
確かに、エレベーターこそあれど非常階段は1箇所だけだったし、エスカレーターも設置されてない。上に上がるための手段が少ないんだな、このデパート。
進藤「ここにこれだけの人員を割いてるんだ。恐らく、階段とかエレベーターは精々2、3人程度しか見張ってないだろうね」
神代「ならそこにいる奴だけをこっそりとか出来ねぇのかよ」
進藤「うーん、多分無理じゃないかな?みんな胸ポケットに小型の無線機付けてるし、すぐバレると思うよ」
神代「あのゴキブリみてぇなの無線機なんか……」
白河「……あの」
進藤「ん?どうかしたかな?白河くん」
白河「……あの、結局何か分かったんですか……?」
進藤「何か……ね。正直全然分からないよ。僕はただ状況の不思議さを語っただけだ」
そう言うと、なぜか先生は俺の方を見て下手なウィンクをしてきた。
分かる限りの情報は提示した。後は答えを待つ、みたいなことを言ってそうだ。……こんなに状況をよく理解出来てるのなら、もう打開策とかも思いついてそうな気はするが、多分何も言わないだろうな。
……少し簡単に整理するか。
状況は何も変わらず、ゲリラ兵のような装いをしたテロリスト数十人に囲まれる状況。昼時ということだけあって買い物客はそこそこ多く、中には小さな子供達もいる。今はまだ大人しくしてくれているが、その我慢もいつまで持つかだな。後、神代みたいに気の短い人間もいるだろうし、早急に解決の糸口を見つけなければならない。しかし、頼みの綱であったはずの先生は撃たれ、今はあの坂上とか名乗った男が足で踏み付けている。すぐ動こうにもあれじゃもう1回撃たれるのがオチだな。
そして、上の方にいるであろう警察からの動きは何も無し。もしかしたら何かしらの交渉が行われてるのかもしれんが、この1時間何も無かったことを考えるとあまり上手く行ってないように思える。多分な。そもそも今回の場合は刑事ドラマにありがちな扉を塞がれてるのではなく、階段とかエレベーターみたいな上に上がるための手段を塞がれている状況。突撃しようにも大人数で同時に攻め入るのはほぼ不可能。というか、そんな事をされよう日にはこの事件が後の世代の教科書に載るレベルに悲惨なことになるからやめてほしいところだ。
「……ダメだ。あまりにも詰んでるとしか言えん」
状況を自分の中で噛み砕いた時点で俺はそう呟いた。
進藤「打つ手無し、ってとこかな?」
「せめて犯人グループがあそこにいる3人だけならいくらでもどうにかなるんですけど……」
進藤「3人だけなら……か」
神代「おいおいマジかよ……。どうしようもねぇのかよ」
「警察がこっちの状況をどれだけ知ってるかにもよるが、こっちの状況を都合よくリアルタイムで知れて、尚且つ上の方で大胆に動ける人間さえいればまだ考えようがある」
進藤「へぇ。例えばどんなことをするつもりなんだい?」
「ここ、よく見たらスプリンクラーがあちこちに設置されてるんですよ。まあ、こんな密室に近いエリアなんですから、万が一にでも火事が起きた時に大惨事を免れるためでしょうね」
普通の商業施設なら精々狭くても1区画に1個程度だと思うものに対し、このエリアはざっと見ただけでそこらかしらにスプリンクラーが設置されてある。これ、全部起動したらちょっとした大雨にでもなりそうだな、と思いつつ何かしらの建築法に反してるのではないかとも思う。あまり詳しくないから何とも言えんが、今はこれが解決への糸口に繋がりそうである。
進藤「確かに、ここにあるもの全部起動させられたら軽くパニックは起こせそうだねぇ。だけどーー」
「ええ。その後迅速に犯人グループ全員を抑えなければならない。言うだけなら凄くシンプルに聞こえる作戦ですが、この作戦はあまりにも欠点が多い」
まず、迅速に抑えると言ったが誰がそれを出来るのかという話だ。相手は何度も言うが数十人いるゲリラ兵。全員偽物ではない銃を持っている。まずこの時点で例え軽いパニックを起こされたとしても、すぐに冷静に戻れる人間は何人かいる。そうなれば、この状況下で不振な動きをしている者はすぐに撃たれるだろう。そう、奴らは躊躇いがないということが1番恐ろしいところなのだ。先生がすぐに撃たれたという事実、ただそれだけが作戦の実行を鈍らせる。奴らが命だけは奪わないという態度を貫いてくれるのならどれだけ楽だっただろうか。ーーいや、だからこそ、奴らはあえて最初に先生を撃ったのかもしれないな。
影山「せめて、外と連絡出来ればいいんですけどねー」
神代「ARCWDもスマホも、何もかも取られたじゃねぇかよ……」
日比谷「本当、抜かりないって言うか」
「……」
連絡……連絡か……。
少し背伸びをし、先生がいる場所を見る。
「……連絡か」
進藤「何か良いことでも思いついたかい?」
「……先生、神崎先生と連絡を取るような方法ってありませんか?」
進藤「彼女とかい?」
「はい。何でもいいんです。何かしらで連絡を取れて、こっちの状況と作戦を伝えられたらなんでも」
進藤「……分かった。ちょっとした秘密兵器を上げようか」
そう言うと、先生は縄で縛られた両手を器用に動かし、ポケットの中から小型のイヤホンみたいなものを取り出した。
進藤「ただのアクセサリーに見えたのか、取られなかったよ。これを耳に着けてごらん」
少し体勢を屈め、先生がこれまた器用に腕を動かしてあまり不自然に見えないくらいの高さでイヤホンを俺の耳に付けてくれた。
進藤「それを使えば彼女と話が出来るよ。原理は秘密だ」
神崎先生が普通の人間じゃないってところに繋がりそうなアイテムだが、今はその存在に感謝しよう。
「先生、先生聞こえますか」
そう呟いた瞬間、不意に全身から力が抜けて、俺はその場に倒れるように眠ってしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……」
「……」
「……」
「……っ!」
少し、いや、大分ボーっとしてしまっていた。
「どこ……だ、ここ……」
俺はなぜかだだっ広い花畑に立ち尽くしている。
「何が……起きてる……?」
さっきまで、俺はあの緊張感が頂点に達した空間にいたはずだ。それが、なぜこんなにも気の抜けるような、いや、優しくて、どこか悲しい、そんな不思議な空間にいる?
「おや?私達の世界にお客さんだなんて珍しいですねー」
「……っ!」
不意に視界を誰かの両手が塞いできた。
「だ~れだ?」
「……えっと……先生?」
「おおー、正解正解」
覆い隠していた両手はすぐに外され、俺は後ろを振り返ってその人物の姿を確認する。だが、そこにいたのはいつものあの先生じゃない。和服が似合う美人ではあったが、俺の知っている先生ではなかった。
「誰?みたいな顔してますね。さっき答えを自分の口で言ったのに」
「い……や、だって、先生……なんていう格好してるんですか?」
どう見てもコスプレ芸会。ただ和服を着てるだけならまだしも、頭には変な角を生やしており、チラと尻尾?みたいなものも見える。
「んー?まだ言うには早いですかねー。まあ、私はネイ。ちゃんとあなたが知っている優しい方の先生です」
「……」
ネイ「で、ここに来たということはあの人から扉を貰ったんですね」
扉……あのイヤホンのことか。
「えっと、先生で間違いないんですよね?」
ネイ「はい。私で間違いありません。まあ、突然こんなところに来たら戸惑うのも無理はないでしょうけど、間違いなくあなたの前にいるのはネイという人物です。姿形に関しては色々とあるので今は省略します」
そう言うと、先生はどこかへと、歩き出して行く。俺も、よく分からないながらも後を追いかけ、しばらくした所で先生が立ち止まった。
ネイ「……うーん?ヒカリちゃん、もう少し目を開けれませんか?」
『無理よ。こっちは死んだフリしながら動いてんのよ。目の前にはあのクズもいるんだし、あんまり妙な真似は出来ないのよ』
突如としてこの空間全体に別の声が響き渡る。
ネイ「知ってると思うんですけど、今海翔くんが来てるんですよー。だから、外の状況を知るためにももっと頑張ってくださーい」
『どうせ目を開けたところで動けないんだし、見てるものずっとメガネのレンズなんだからいいでしょー!』
ネイ「あ、それもそうか」
「あの、先生、これは……?」
ネイ「ああ、ヒカリちゃんと話してるだけです。普段の私達はこんな感じですよー」
「……」
よく分からないな……。
ネイ「じゃあ、本題に入りましょうか?」
「……あの、先生ーー」
ネイ「はい、分かってます。外と連絡が取りたいんでしょう?ついでにリアルタイムで連絡を取れる状態がいい」
「……流石地獄耳ってところですか」
ネイ「そんなに褒めても何も出ませんよ。あ、一応出るものはあります。状況を打破する方法なら出せますよ」
「……まさか、もう既にーー」
ネイ「はい。もう30分くらい前には既に連絡を付けてます」
30分も前にか……。通りで警察側は何も動かないわけ……なんだよな?
ネイ「まあ、声で連絡取れないから中々スムーズには出来ないんですけど、外に頼れる警察官と助っ人が来てるんです」
頼れる警察官……多分、旦那さんのことだな。日曜日だというのに現場に居合わせただけでこうなるとは、とんだ災難な日曜日になったな。
ネイ「まあ、連絡が取れる相手はいるんですけど、やっぱりバレないよう文字打ちでやるから非効率なんですよね。ですから、今からあなたが付けてるイヤホンを通して外と連絡を取れるようにするので、後のことは全部任せていいですか?」
「……先生達が考えてる作戦とかもあるんじゃ?」
ネイ「ええそうですね。でも私達もあの設計ミスとも思えるスプリンクラーを使おうって相談してたところですし、外との連絡を取るのに必死であまり策は練れてないので、そこはなんだか上手く行きそうな感じのする海翔くんに任せます」
「……分かりました」
ネイ「じゃあ、時間も無いんでこの辺にしておきましょうか」
その言葉を皮切りに、再び意識が飛び、気付いた時にはまたあの緊張感が高まる空間へと戻ってきていた。
進藤「どうだい?上手く行ったかな?」
「……あ、えっと、はい。上手く行きました」
進藤「そうか。僕なら絶対に入れてくれないんだけどなぁ。君が羨ましいよ。で、また何か欲しそうな顔してるね」
「えっと、このイヤホンに繋げられるようなマイクって……」
進藤「あるよ」
「……」
こんな事態でも想定してたんじゃないかと思うくらいになんでも揃うな。
進藤「マイクは襟の辺りにでも着けてようか」
これまた小型に作られたマイクを取り出し、先生は器用に襟首の端に小型のマイクを着けてくれた。
「あー、あー、聞こえますかー」
早速マイクに小声で喋りかけてみる。するとーー
「その声、少年か?」
「……!」
ーー先生が言っていた助っ人。まさか、今1番この場にいてほしい人物だったとはな……。
この間、外に出ることが出来た人間はいない。まあ、それは当たり前か。周りはゲリラ兵かと思うくらいに武装された集団がいる。そんな状況下で動こうとするのはバカもいいところだ。視界の隅に職業ボディビルダーに見える人がいたが、流石に自らの筋肉を自慢するような暴挙に出ることは無かった。
坂上「だー、暇だなぁー!サツ共も全然動かねぇしよーぉー!あー!もー!さっさと金用意すりゃいいのになぁーー!」
まるで子供のように駄々を捏ねてはいるが、その手にはいつでも発砲出来るよう大きな銃がある。しかも、それが見せかけの玩具でないことを既に証明されてしまっているため、本当に下手な真似は打つことが出来ない。
進藤「うーん、これはちょっと良くないかもねぇ……」
影山「良くない?」
進藤「硬直時間が長いんだよ。みんながみんな、こんな極限状態で大人しくしていられるわけがない。例え周りがこうでも、そのうち暴れ出す人間くらいは現れるだろう」
日比谷「でもどうすることもできないんですよね?」
進藤「いや、あの男は確かに言ったんだ。100万用意すれば1人解放すると。なら、試しに数百万用意して数人程度解放すればいい。いや、それ以前に警察の方から何かしらの連絡が来ないことがおかしいんだよ」
「つまり、安心できる材料が与えられていないと」
進藤「そういうことになるかな。うん、そうだね。みんながいつかは解放されるという希望が持てない状況になっている。そうなると、本当にいつか誰かが暴れだしてこの辺りが血の海になるかもしれないね」
神代「めちゃくちゃ恐ろしいじゃねぇか……」
日比谷「あ、あんた生きてたんだ」
神代「死んでねぇよ……!こんな状況で洒落にならねぇ嘘つかないでくれよ……」
進藤「とまあ、仮にの話をしたが、この状況はちょっと不自然なんだよ。ここには見ての通り数十人規模のテロリストがいるが、抑えられてるのはあくまでこの地下1階だけだと思う」
神代「なんで?」
進藤「上の1階に上がったらそこら中が出入口なくらいに解放されているだろう?」
神代「あー、確かにんな感じだった気がする」
進藤「元々このデパートのこの階は駐車場だったんだ。でも、2年か3年くらい前に改装がされて今みたいなデパ地下が出来上がった。だからなのかは知らないけど、実は出入りできるところが少ないんだよ」
確かに、エレベーターこそあれど非常階段は1箇所だけだったし、エスカレーターも設置されてない。上に上がるための手段が少ないんだな、このデパート。
進藤「ここにこれだけの人員を割いてるんだ。恐らく、階段とかエレベーターは精々2、3人程度しか見張ってないだろうね」
神代「ならそこにいる奴だけをこっそりとか出来ねぇのかよ」
進藤「うーん、多分無理じゃないかな?みんな胸ポケットに小型の無線機付けてるし、すぐバレると思うよ」
神代「あのゴキブリみてぇなの無線機なんか……」
白河「……あの」
進藤「ん?どうかしたかな?白河くん」
白河「……あの、結局何か分かったんですか……?」
進藤「何か……ね。正直全然分からないよ。僕はただ状況の不思議さを語っただけだ」
そう言うと、なぜか先生は俺の方を見て下手なウィンクをしてきた。
分かる限りの情報は提示した。後は答えを待つ、みたいなことを言ってそうだ。……こんなに状況をよく理解出来てるのなら、もう打開策とかも思いついてそうな気はするが、多分何も言わないだろうな。
……少し簡単に整理するか。
状況は何も変わらず、ゲリラ兵のような装いをしたテロリスト数十人に囲まれる状況。昼時ということだけあって買い物客はそこそこ多く、中には小さな子供達もいる。今はまだ大人しくしてくれているが、その我慢もいつまで持つかだな。後、神代みたいに気の短い人間もいるだろうし、早急に解決の糸口を見つけなければならない。しかし、頼みの綱であったはずの先生は撃たれ、今はあの坂上とか名乗った男が足で踏み付けている。すぐ動こうにもあれじゃもう1回撃たれるのがオチだな。
そして、上の方にいるであろう警察からの動きは何も無し。もしかしたら何かしらの交渉が行われてるのかもしれんが、この1時間何も無かったことを考えるとあまり上手く行ってないように思える。多分な。そもそも今回の場合は刑事ドラマにありがちな扉を塞がれてるのではなく、階段とかエレベーターみたいな上に上がるための手段を塞がれている状況。突撃しようにも大人数で同時に攻め入るのはほぼ不可能。というか、そんな事をされよう日にはこの事件が後の世代の教科書に載るレベルに悲惨なことになるからやめてほしいところだ。
「……ダメだ。あまりにも詰んでるとしか言えん」
状況を自分の中で噛み砕いた時点で俺はそう呟いた。
進藤「打つ手無し、ってとこかな?」
「せめて犯人グループがあそこにいる3人だけならいくらでもどうにかなるんですけど……」
進藤「3人だけなら……か」
神代「おいおいマジかよ……。どうしようもねぇのかよ」
「警察がこっちの状況をどれだけ知ってるかにもよるが、こっちの状況を都合よくリアルタイムで知れて、尚且つ上の方で大胆に動ける人間さえいればまだ考えようがある」
進藤「へぇ。例えばどんなことをするつもりなんだい?」
「ここ、よく見たらスプリンクラーがあちこちに設置されてるんですよ。まあ、こんな密室に近いエリアなんですから、万が一にでも火事が起きた時に大惨事を免れるためでしょうね」
普通の商業施設なら精々狭くても1区画に1個程度だと思うものに対し、このエリアはざっと見ただけでそこらかしらにスプリンクラーが設置されてある。これ、全部起動したらちょっとした大雨にでもなりそうだな、と思いつつ何かしらの建築法に反してるのではないかとも思う。あまり詳しくないから何とも言えんが、今はこれが解決への糸口に繋がりそうである。
進藤「確かに、ここにあるもの全部起動させられたら軽くパニックは起こせそうだねぇ。だけどーー」
「ええ。その後迅速に犯人グループ全員を抑えなければならない。言うだけなら凄くシンプルに聞こえる作戦ですが、この作戦はあまりにも欠点が多い」
まず、迅速に抑えると言ったが誰がそれを出来るのかという話だ。相手は何度も言うが数十人いるゲリラ兵。全員偽物ではない銃を持っている。まずこの時点で例え軽いパニックを起こされたとしても、すぐに冷静に戻れる人間は何人かいる。そうなれば、この状況下で不振な動きをしている者はすぐに撃たれるだろう。そう、奴らは躊躇いがないということが1番恐ろしいところなのだ。先生がすぐに撃たれたという事実、ただそれだけが作戦の実行を鈍らせる。奴らが命だけは奪わないという態度を貫いてくれるのならどれだけ楽だっただろうか。ーーいや、だからこそ、奴らはあえて最初に先生を撃ったのかもしれないな。
影山「せめて、外と連絡出来ればいいんですけどねー」
神代「ARCWDもスマホも、何もかも取られたじゃねぇかよ……」
日比谷「本当、抜かりないって言うか」
「……」
連絡……連絡か……。
少し背伸びをし、先生がいる場所を見る。
「……連絡か」
進藤「何か良いことでも思いついたかい?」
「……先生、神崎先生と連絡を取るような方法ってありませんか?」
進藤「彼女とかい?」
「はい。何でもいいんです。何かしらで連絡を取れて、こっちの状況と作戦を伝えられたらなんでも」
進藤「……分かった。ちょっとした秘密兵器を上げようか」
そう言うと、先生は縄で縛られた両手を器用に動かし、ポケットの中から小型のイヤホンみたいなものを取り出した。
進藤「ただのアクセサリーに見えたのか、取られなかったよ。これを耳に着けてごらん」
少し体勢を屈め、先生がこれまた器用に腕を動かしてあまり不自然に見えないくらいの高さでイヤホンを俺の耳に付けてくれた。
進藤「それを使えば彼女と話が出来るよ。原理は秘密だ」
神崎先生が普通の人間じゃないってところに繋がりそうなアイテムだが、今はその存在に感謝しよう。
「先生、先生聞こえますか」
そう呟いた瞬間、不意に全身から力が抜けて、俺はその場に倒れるように眠ってしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……」
「……」
「……」
「……っ!」
少し、いや、大分ボーっとしてしまっていた。
「どこ……だ、ここ……」
俺はなぜかだだっ広い花畑に立ち尽くしている。
「何が……起きてる……?」
さっきまで、俺はあの緊張感が頂点に達した空間にいたはずだ。それが、なぜこんなにも気の抜けるような、いや、優しくて、どこか悲しい、そんな不思議な空間にいる?
「おや?私達の世界にお客さんだなんて珍しいですねー」
「……っ!」
不意に視界を誰かの両手が塞いできた。
「だ~れだ?」
「……えっと……先生?」
「おおー、正解正解」
覆い隠していた両手はすぐに外され、俺は後ろを振り返ってその人物の姿を確認する。だが、そこにいたのはいつものあの先生じゃない。和服が似合う美人ではあったが、俺の知っている先生ではなかった。
「誰?みたいな顔してますね。さっき答えを自分の口で言ったのに」
「い……や、だって、先生……なんていう格好してるんですか?」
どう見てもコスプレ芸会。ただ和服を着てるだけならまだしも、頭には変な角を生やしており、チラと尻尾?みたいなものも見える。
「んー?まだ言うには早いですかねー。まあ、私はネイ。ちゃんとあなたが知っている優しい方の先生です」
「……」
ネイ「で、ここに来たということはあの人から扉を貰ったんですね」
扉……あのイヤホンのことか。
「えっと、先生で間違いないんですよね?」
ネイ「はい。私で間違いありません。まあ、突然こんなところに来たら戸惑うのも無理はないでしょうけど、間違いなくあなたの前にいるのはネイという人物です。姿形に関しては色々とあるので今は省略します」
そう言うと、先生はどこかへと、歩き出して行く。俺も、よく分からないながらも後を追いかけ、しばらくした所で先生が立ち止まった。
ネイ「……うーん?ヒカリちゃん、もう少し目を開けれませんか?」
『無理よ。こっちは死んだフリしながら動いてんのよ。目の前にはあのクズもいるんだし、あんまり妙な真似は出来ないのよ』
突如としてこの空間全体に別の声が響き渡る。
ネイ「知ってると思うんですけど、今海翔くんが来てるんですよー。だから、外の状況を知るためにももっと頑張ってくださーい」
『どうせ目を開けたところで動けないんだし、見てるものずっとメガネのレンズなんだからいいでしょー!』
ネイ「あ、それもそうか」
「あの、先生、これは……?」
ネイ「ああ、ヒカリちゃんと話してるだけです。普段の私達はこんな感じですよー」
「……」
よく分からないな……。
ネイ「じゃあ、本題に入りましょうか?」
「……あの、先生ーー」
ネイ「はい、分かってます。外と連絡が取りたいんでしょう?ついでにリアルタイムで連絡を取れる状態がいい」
「……流石地獄耳ってところですか」
ネイ「そんなに褒めても何も出ませんよ。あ、一応出るものはあります。状況を打破する方法なら出せますよ」
「……まさか、もう既にーー」
ネイ「はい。もう30分くらい前には既に連絡を付けてます」
30分も前にか……。通りで警察側は何も動かないわけ……なんだよな?
ネイ「まあ、声で連絡取れないから中々スムーズには出来ないんですけど、外に頼れる警察官と助っ人が来てるんです」
頼れる警察官……多分、旦那さんのことだな。日曜日だというのに現場に居合わせただけでこうなるとは、とんだ災難な日曜日になったな。
ネイ「まあ、連絡が取れる相手はいるんですけど、やっぱりバレないよう文字打ちでやるから非効率なんですよね。ですから、今からあなたが付けてるイヤホンを通して外と連絡を取れるようにするので、後のことは全部任せていいですか?」
「……先生達が考えてる作戦とかもあるんじゃ?」
ネイ「ええそうですね。でも私達もあの設計ミスとも思えるスプリンクラーを使おうって相談してたところですし、外との連絡を取るのに必死であまり策は練れてないので、そこはなんだか上手く行きそうな感じのする海翔くんに任せます」
「……分かりました」
ネイ「じゃあ、時間も無いんでこの辺にしておきましょうか」
その言葉を皮切りに、再び意識が飛び、気付いた時にはまたあの緊張感が高まる空間へと戻ってきていた。
進藤「どうだい?上手く行ったかな?」
「……あ、えっと、はい。上手く行きました」
進藤「そうか。僕なら絶対に入れてくれないんだけどなぁ。君が羨ましいよ。で、また何か欲しそうな顔してるね」
「えっと、このイヤホンに繋げられるようなマイクって……」
進藤「あるよ」
「……」
こんな事態でも想定してたんじゃないかと思うくらいになんでも揃うな。
進藤「マイクは襟の辺りにでも着けてようか」
これまた小型に作られたマイクを取り出し、先生は器用に襟首の端に小型のマイクを着けてくれた。
「あー、あー、聞こえますかー」
早速マイクに小声で喋りかけてみる。するとーー
「その声、少年か?」
「……!」
ーー先生が言っていた助っ人。まさか、今1番この場にいてほしい人物だったとはな……。
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