ミシズ探偵譚

ミナセ ヒカリ

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File:3 【Oblique another world《もう1つの世界》】

Page:28 【《古い友人》】

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 ーー翌日。

 いのりを朝早くにお義母さんの家に預け、私は1人、新幹線で静岡にそびえ立つVRドライブの本社に来ていた。

「随分と大きくなったものね、この会社」

(まあ、10年の間にVRの技術を一般向けに展開できるようになれば、投資家達が目を付けないわけがありませんからね)

 大企業特有の無駄におしゃれなエントランスで、受付にこう伝える。

「鈴井詩歩を呼んでくれるかしら。アポは取っているわ」

「失礼ですが、お客様のお名前を……」

 しまった。少し急ぎすぎていて、我ながら普段はしないはずの失敗をしてしまった(とか言いながら、何回も似たようなことはしている)。

「神崎ヒカリ。呼んでちょうだい」

「かしこまりました」

 それから待つこと数分ーー。

「おっ待たせしましたー!ヒカリさーーん!」

 元気が第一印象のOL、黒髪ボブの詩歩がやって来た。

「元気そうね。詩歩。彼氏でも出来たのかしら?」

鈴井「それは聞かないでください!」

 あ、出来てないのね。まあ、そんなことだろうとは思ってたわ。

鈴井「とりあえず、お話は近くのカフェでしましょう!詩歩、いいお店知ってるんです!」

「じゃあそうしようかしら」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 詩歩に案内されたのはどこにでもありそうな小洒落たカフェ。カフェってよちもBARの方が近いわね。

鈴井「それでそれで、ヒカリさん最近うちの会社でも問題視されてるチーターをどうにかしてくれるって言ってましたけど、具体的にどうしてくれるんですか?」

 詩歩はジンジャーエール、私はアイスコーヒーをそれぞれ注文し、早速話を始める。

 あ、説明が遅れたけど、彼女の名前は鈴井詩歩。昔からの仲で、こっちの世界では私とネイ両方と仲がいい貴重な人物である。今は物凄く元気だけど、昔はちょっとしたことでかなり人見知りの激しい子になってしまった。たまに、昔の癖で『シアラ』と呼びたくなってしまう。現在はこのVRドライブに就職し、ラビベルのメインプログラマーをやっている。昔の詩歩を知っているから言えるけれど、彼女がプログラマーなんて似合わない職を営んでいることに、今の私でも冗談でしょて言ってしまう。

「チーターをどうにかするって言ったけど、具体的にどうやるのかは私もよく分からないのよね」

鈴井「え、ヒカリさんが?」

「私も、今回は初めて人の策に乗る側なの。ついでに言うと、実行犯は私じゃなくてネイの方ね」

鈴井「ネイさんですかー。まあ、プレイスタイルが頭おかしいって言われるレベルでやべえですからね。で、その乗せられた策で、詩歩達はどうしたらいいんですか?」

「簡単な話よ。どうせ今ろくにゲームが出来ない状態だから、チーター撃退のためって言ったらなんでもしてくれるわよね?」

鈴井「ええ。詩歩のいたずら1つでなんでもござれです!」

「よね。で、私昨日チーターと接触してるの。あ、間違えた。ネイがね」

鈴井「あの音速の弾丸をよく避けられましたね……。普通のプレイヤー達はみんな見る暇なくドボンですよ。見てて辛いですよ」

「まあ、私達昔から普通の人間じゃないし、なんならこの世界でも私達普通の人間じゃないから」

鈴井「知ってますよ。で、チーターと接触したんですよね?ユーザーネームとか分かりました?」

「無理だったわ。弾丸が飛んでくる方角が分かっても、すぐにテレポートで場所を変えられちゃう。向こうの世界みたいに時間を止める力でもあればいいんだけど、生憎そんな都合のいいものはないからね」

鈴井「実装は無理ですね……」

「で、だからやってほしいことが何個かあるの。場合によっては追加注文することになるけれど、サービス残業上等でやってくれるわよね?」

鈴井「上司に見つかんない程度に詩歩頑張りまーす!じゃあ、最初の注文の前に、チーター討伐を願ってかんぱーい!」

 テンションの高さは変わらないけど、本当良い子なのよね。

 私も、詩歩が掲げたグラスに、作戦の成功を願ってグラスを合わせた。中に入ってるのはお酒じゃないけど。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

(本当、彼氏が出来ないのが不思議なレベルで良い子でしたね)

「そうね」

 まあ、彼氏が出来ないのは彼女に問題があると思うけどね。本当、そろそろ忘れたらいいのにって思うけど、私も1人の男を巡って壮絶な争いをしたからあの子の気持ちはよく分かる。ちなみに、その争った相手というのはネイ。今でこそ上手くやれているけれど、最初の頃は本当に大変だった。2人共退くことを知らないから。

 詩歩、早く幸せになってくれるといいな。古くからの友人として刹那にそう願う。いっそのこと、あの男がこっちの世界に来たら全てが解決するのかしらね。

「なーんてね。固執してる私でも無理なんだから無理よ。さて、静岡に来てただ友達と会っただけで帰るのもあれだし、何か遊んでいきましょうかね」

(こんな田舎にも近いような場所で遊ぶところなんてないですよ。もっと都市部寄りに行かないと)

 そう言えば、この企業大分のどかな風景の場所にあったわね。

 車でもあれば色んな場所に行けるんでしょうけど、わざわざレンタルするのもあれだしね……。

(そう言えば、ここって実家の近くじゃありませんでしたっけ?)

「確かに、少し歩くけど近くにお父さん達の家があるわね」

(葬式以来来てませんし、少し掃除がてら遺品整理にでも行ってみます?)

「それもそうね」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 歩くこと数分。

 田舎町にしては随分と宅地が並ぶ住宅街に入り、その中でも一回りくらい大きな家の前に立つ。

 ポストの中には何も無し。まあ、お父さん達が死んでることはとっくに知り合い連中みんな知ってるわけだし、私もこの家にいないってのが分かってるから誰も手紙やら年賀状やらを送ってくることはない。

「さてと、綺麗にしますか」

(ヒカリちゃん、こっからは私の仕事ですよ)

「バカにしないでよ。私だって掃除の1つや2つ、普通に出来るわよ」

(……心配です)

 ーーそれから数時間後。

「……ダメね」

(知ってました)

 綺麗にするどころか余計に汚くしてしまっている。遺品を見る度に色んな事を思い出しちゃうし、本を見つけたら、例え読んだことがあるやつでももう一度読みたくなって読んでしまう。

「もう、ここからは私の仕事ですよ!ちゃっちゃと終わらせますからっ!」

(はーい。任せたわ~)

 ヒカリちゃんが余計に散らかしたものを1つずつ片付け、掃除機とモップを持ってこの広い家の部屋を1つずつ仕上げていく。この調子だと、私が最後に掃除しに来た日からお父さん達が死ぬ前までに、誰も掃除してませんね。まあ、仕事が忙しかったっぽいですから仕方ないですけど。

 お父さんの書斎から、お母さんの研究室。広いリビングに本当に整理がひとつもされていない物置。全てを掃除していると、何かの拍子に落ちてしまったのか、1つの写真立てが目に入る。

「……」

(唯一残ってるやつね。私達家族全員が写ってるやつ)

「ええ。無駄に豪華な写真立てですけど、ちゃんと大事にしてくれてたんですね」

 お父さんにお母さん、高校生の私と、小学生の弟。家族4人が唯一揃って写っている写真。

「死ぬってことが分かってたんなら、もっと撮っておけば良かったですね」

(そうね。あれこれ理由付けてたけど、もうちょっと撮っても良かったわね)

 この写真立ては回収しておきましょうか。

 写真立てをポケットの中に収め、さて次は、と弟の部屋に足を踏み入れる。

「主がいなくなると、こうも寂れたものになるんですね……」

 物はほとんどと言っていいくらいに置かれていない。まあ、そりゃそうだ。弟も、お父さん達が死んでからは親戚の家で暮らしている。多分、元気だ。友達もいるみたいだし。

 それから、部屋中のカーテンを開けて日光を取り入れ、掃除用具も片付け、少しだけリビングでゆったりとしてみた。

「……ヒカリちゃん。折角だし聞いておくんですけど」

(何かしら?)

「あの事、彼にはいつ言うんですか?」

(……あの子が、自分の体の秘密に気が付いたら、にでもしておきましょうかね)

「うわぁ、話す気ないですね」

(そりゃそうよ。話したって良いことないんだもん。隠せるなら隠しといた方がいいのよ)

 そういうもんですかねぇ……。まあ、受け入れられるかどうかの視点で見れば、絶対に受け入れないでしょうけど。

「そういや、さっきお父さんの部屋でいいもの見つけたんです」

(何を?)

「ビデオカセット。今の時代珍しいですね」

(ビデオカセット?そんなもの、前に来た時は見つかんなかったじゃない)

「ふっふーん。結構厳重に隠されてましたからねー。まさか、本棚の真下に隠し金庫があるとは思いませんでしたよ。しかも、パスワードが私達の誕生日ですし」

(ってことは、お父さん達、伝えたいことでもあったのかしら?)

「さあ?それは帰ってからのお楽しみですね」

(……そうね)

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「あーあ、すっかり遅い時間になっちゃったなぁ」

(ちょっとゆっくりし過ぎたかもしれませんね)

「まあ、充実した休日だったからいいけども」

 ポケットからネイが回収した写真を取りだし、少しだけうっとりとした目付きでそれを見る。

 本当、勝手に死にやがって……。

(ヒカリちゃん。乗る新幹線間違えないでくださいよ?)

「流石にね、普通の電車だったら間違えるかもしんないけど、こんな一本線のもんで間違えないわよ!何回も確認してるんだし!」

(まあ、それならそれで良いですけど)

 大丈夫。絶対に間違えてないはずと思い、切符を取り出して自分が乗っているものと最後の確認をする。

 席は間違えてないし、乗る方面も間違えてない。無駄に不安にさせないでよ……。

「……このデバイスを使えば、そんな心配もしなくていいのかもしれないけどね」

 普段はかけない黒ふちのメガネを取りだし、側面に付いたボタンでARを起動する。メガネ式だから、ARになる範囲は物凄く限られている。それに、操作性も結構悪い。でも、だからといって一般販売されてるあれを買う気にはなれないのよね。

 自作のこれで十分ってのもあるんだけど、やっぱりあのデバイスを見ると小さな恐怖感が襲ってくる。理由は分からないけど、あのデバイスはなんとなく危険だと思ってしまう。私が全ての信頼を預けて作られたARCWDという名の製品。今じゃ政府が管理するようなデバイスになってしまったが、私はそんなものになることを望んで技術を託したわけじゃない。でも、開発者が死んでしまったのなら仕方ないのか……。正に死人に口なし。本当ーー

「ろくでもない大人連中だわ。これだからずっと子供のままでいたいのよ」

(そんなこと言ってますけど、ヒカリちゃんも私もまだまだ子供ですよ。2歳になる娘がいるのに、未だに駄々はこねるし、大人の言うことには耳を貸しませんし)

「あと、甘いものが好きで全っ然素直じゃないところ……。どうしよう、あんたに悪口突き返したつもりだったのに、何回も壁と壁を跳ねてこっちに戻ってきた気分……」

「ははは、相変わらず面白いことを言うねー。月ノ瀬さん。いや、今は神崎さんだったかな?」

「……っ!」

 顔を上げ、今声をかけてきた人物と目を合わせた瞬間、私は1粒の冷や汗を垂らした……。
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