ミシズ探偵譚

ミナセ ヒカリ

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File:0 【anima mea《魂》】

Page:0 【《魂動》】

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「それでは、続いてのニュースです。昨夜、東京渋谷にて、乗用車が3台暴走するという事件がありーー」

 電車の窓から見える東京の街並をボーッと見つめながら、俺はラジオから聞こえてくるニュースに耳を傾けていた。

 また車の事故、いや、事件か。完全自動運転になった今の時代、車はそんな簡単に暴走はしない。それこそ、旧式の、人が直接運転するようなものでも使わない限りは絶対に起きない。大方、50代過ぎの老害が旧式を使っていたというオチだろう。それにしても、3台か......。同じ場所で起きたということを踏まえると、ただの暴走事件ではなさそうだな。自動運転車は出せるスピードに制限がある。もちろん、高速に乗ればそれ相応のスピードは出るが、この手の事件は国道で起きるのが常。ということは、薬の取引でもした奴が、偶然にも警察に見つかって追いかけられていたというシチュエーションか。我ながら雑すぎる推理だな。

「車を運転していたのは、3台とも30代男性。事件発生当時、旧式の自動車で運転していたところを巡回中の警察に見つかり、逃走中だったということです」

 なんだ。ただ、免停を喰らいたくないがために逃げただけか。まあ、雑な推理だと自分でも分かっていたし、外した~なんて悔しい気持ちは微塵も湧いてこない。

 ......世の中、本当に変わらないところがある。これだけ化学やら電子やら医療やらが発達しても、悪いことをする奴はたくさんいるし、理不尽なこともたくさんある。でも、どれだけ嘆いたって何も変わってくれない。何も変わろうとすらしない。俺の身に起きたことのように......

《次は~渋谷~渋谷~》

 おっと、次の駅で乗り換えだ。

 俺はラジオのアプリを閉じ、代わりにナビを開く。東京の駅というものはどうにも複雑で嫌になる。今でこそ、音声と耳に着けた『ARCWD《アークワズ》』による拡張現実によって開かれた、まるで夢の世界で生きてるかのような視野効果で完璧な案内をしてくれるようになったが、一昔前はやれ何番線に乗れだの次の駅でこれこれに乗り換えろだの、やたらと不親切なものが目立っていた。まあ、それは全て過去のものだが。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 その後、機械の力を持ってしても複雑な乗り換えを終え、俺はなんとか池袋にまで辿り着いた。とは言え、複雑なのは駅の中だけなので特に問題はなかった。流石は視界を改造してまで道案内をしようとするだけある。本当、このデバイスは便利なものだ。あまり使うことはないが。

《ピロリン♩》

 メールだ。俺の視界にのみ映るそのアイコンをタップすると、突然ナビみたいに矢印が俺の目の前に現れた。

《早く来い。いつまでも待たせるな》

 メールの本文はこうだ。多分、叔父さんからだろう。

 俺は示された矢印の向きに歩き、すぐ近くにあった車の窓から仲を覗き込む。すると、すぐに目的の人物がこちらに気づいて、「乗れ」と言ってるかのようにグッドサインにした親指を後部座席の方に向ける。

 こんなに近くなら、わざわざメールを送らずとも......とは思ったが、やたら最新の機械を使いたがるのが叔父さんだと思い出し、俺は静かに後部座席へと座った。

「こうしてお前をこの車に乗せるのは、10年ぶりかな?」

 乗るや否、すぐに叔父さんがそう問いかけてきた。

「5年ぶりですよ。親父達が世紀の発明をした年に、みんなでバカンスだ!ってバカ騒ぎしてここに来たじゃないですか」

「そんな事もあったかな。確か、これを作ったとかなんとかだったか」

「ええ、そうですよ。今や、世界中の誰もが身に着けているこれを......」

 そう。俺がこれをあまり使わない理由は、親父達の顔をすぐに思い浮かべてしまうからだ。もう死んでしまった人の事を思い続けるなんて、我ながら女々しいと思う。だからこそ、俺はそんな俺が嫌いで、これを使いたくはなかったのだ。だが、この街に引っ越してきた以上、この機械を使い続けるしかないと思う。東京は複雑だからな。

「さて、家に向かう前に、先に学校に行くが大丈夫だな?」

「ええ。必要な書類は全部持ってきてますから」

「相変わらずアナログだな。今の時代、これを使えばそんなもの要らんだろう」

「......かもしれませんね」

 叔父さんに悪気はない。俺が勝手に心に傷を付けているだけだ。

 どうしてこうなってしまったんだろうか。

 つい、1ヶ月前までは普通の日常だった。親父とお袋は毎日忙しく働き、俺は平凡な学生生活を送る。ただそれだけだったはずなのに......。

△▼△▼△▼△▼△▼

「急げ急げ!絶対に死なせるな!」

「先生!輸血用の血液が足りません!」

「なんだと!?」

「先程の患者でもう予備がないんです!」

「クソっ......どうにかして他から集めろ!」

「先生!患者の容態が!」

 ......鳴り止まないサイレンの音と慌ただしく人が駆け回る音。ただの交通事故だと思っていた。でも、そんな甘いわけがなかった。

 俺が駆け付けた時にはもう遅かったんだ。親父達は、とっくに息を引き取っていた。何も変わらない平凡な日々だったはずが、たった一夜にして全てが崩れ去った。俺は、泣くこともしなければ、激情にかられることもなかった。ただ、親父達の治療に当たった医師の話を黙々と聞き流しているだけだった。

 感情が無いわけじゃない。ただ、現実を受け入れられなかった。それだけの話だ。学校に行くのが嫌になって、1人でのうのうと親父達の遺産で生きてるのも嫌になった。

                  △▼△▼△▼△▼△▼

 ......何を思い出してるんだろうな。全てキレイさっぱりに忘れようと思っていたはずだ。

「おい、もうそろそろ着くぞ」

 叔父さんがそう言い、俺の意識は現実へと引き戻された。車窓から外を眺めれば、ちょっと離れたところに学校らしき建物があるのが目に見えた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「これで君も晴れて明日から我が校の生徒だ」

「はい。よろしくお願いします」

 書類だったせいで思った以上に時間はかかったが、俺は何とかして転入手続きを終えた。明日から新しい生活が始まる。期待よりも不安の方が大きい。いや、期待なんて微塵も存在しない。こんな時期の転入生だ。奇妙な目で見られるに決まっている。

「今更ながらに自己紹介しておくが、私は理事長の八神弘だ。そして、こちらにいるのがーー」

「君の担任になる伊吹翔真だ。国語を担当する」

「どうも」

 正直興味はない。どうせ、後2年通えば終わる学生生活だ。それに、私立と言えど教師の転任は普通にある。覚える価値もない。

伊吹「一応言っておくが、あまり問題になるような行動は起こすなよ。目を付けられるかもしれんからな」

「流石に今のこいつがそんな大事を起こすとは思いませんけどね」

伊吹「だから"一応"と言っているのだ。......大変かとは思いますが、我々も海翔君のサポートを致しますのでーー」

「ああ、そういう硬っ苦しい文言は要らないよ。こいつは意外と頑張れる奴だからさ」

伊吹「......分かりました。海翔君。明日、学校に来たら職員室にまで来るように」

「はい」

 叔父さんのせいで更に余計な時間がかかったが、なんとか話が終わった。

 ARCWDに表示された時間は午後6時を示している。通りで外もすっかりと暗くなっているわけだ。いくら東京の街だとしても、やっぱり冬の夜は堪えるか。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 それから、俺は叔父さんが運転する車に乗り、帰路に着いていた。その間、またしても親父達のことを思い出しては、1人でグッと涙を堪えていた。

「渋滞か......また事故でも起きたか......」

 そう言えば、さっきからずっと車が動いていない。自動運転の車なら、例え事故が起きても自動で別の道に入ってくれるはずだが、ここは橋の上。で、ついさっき運悪く起きてしまったということか。いくらAIでも、そこら辺は弱いわけだよな。

「最近こんなのばっかりだよな。全く、折角全自動の素晴らしい物が生まれたというのにそれを使わない奴らが人様に迷惑をかけるとは......用心しろよ。お前にとっちゃ、東京は住みにくいかもしれんからな」

「分かってますよ。親父達みたいに不運には遭わないように気をつけますから」

「......お前の親父達は凄いよ。凄ぇ。だからこそ、なんでこんな事になっちまったのかって俺も悔しい気持ちでいる。お前には叶わんだろうがな。だが、俺はあいつら以上にお前を愛してやれると自信を持って言える」

「そうですか」

「興味なさげだな。まあいい。ゆっくりと俺達に打ち解けていけばいいから」

 寒い寒い冬の夜。月は雲に覆われ、輝きを見せず、小さな輝きを放ってくるはずの星々も、何一つとして見えてこない。まるで、今の俺の心を表してるかのように真っ暗だ。

 世の中には理不尽というものが必ず存在する。抗いたくても抗えず、避けようと思っても避けられない。時に理不尽は人の手によって生み出され、人の手によって生まれた理不尽はほぼ100%の確率で人を大きく傷つける。俺の心はあの日以来、ぽっかりと暗闇を作って空いたまま。果たして、"東京"という華やかながらもどこか寂しい街で、俺の心は輝けるのだろうか。
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