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第1章【無意識世界の事件簿】
Page:6 「諦めたくないのなら」
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ーー翌日、昼休み。
「あーきらさん!暁さん!」
昼飯片手に屋上へ向かおうとしたところで、元気のいい高い声が教室に響き渡る。もちろん、その正体は清水。こいつもこいつで弁当を片手に何やら妖しげな笑みを浮かべている。
「ここじゃ何なので部室の方で」
「……分かった」
一瞬神代も呼ぼうかと思ったが、そういえば今日は風邪をひいたとかで休みだったなと思い出す。バカでも風邪はひくんだな。
そして新聞部の部室に入る。昨日は割と整頓されていたのだが、今日はそこら中にファイルとか学園新聞とかが無造作に散らかされていた。
「あー、気にしないでください。ちょっと片付け忘れてただけなので」
「……で、呼んだってことは、もう調べはついたのか」
「はい。まあ、神代くんのは結構大騒ぎになった事件でしたからね~。そこを絡めて話せば意外と口を割る人は多いですよ~」
「なるほどな」
聞き込みは神代に任せるよりもこいつに任せた方が良かったか。結果論だが。
清水は箸を咥えたまま立ち上がり、その辺に投げ捨ててあったファイルのうち一つを手に取って机の上に置く。
「結構グロテスクなものだったりするんですけど、大丈夫ですか?」
「そんなに酷いのか」
「まあ腕一本折られた事件ですからね~。赤くはないですけど、黒いです」
よく分からない表現だなと思ったが、拡げられたファイルの中を見て、その言葉の意味を理解する。
恐らく、神代が腕を潰された時の写真なのだろう。確かに血の赤色はないが、酷い内出血による黒く滲んだ腕がある。
「お前、こんなものどこで手に入れたんだ?」
「去年までいた先輩たちが追っかけてたんですよ。その時の写真が偶然出てきたってわけです」
「なるほど」
その先輩たちには感謝するところだな。これ一枚でも証拠が何も無い状況よりかはマシだ。まあ、ただこれが正当防衛による傷ってことで処理されてるから、これ一枚を証拠には出来ないが。
「見れば見るほど酷い怪我を負わされたもんですよ。よくこれで平気な顔して登校出来ますよ。成長期だから治りも早いって言うんでしょうけど、まだリハビリのために通院するべきですよ」
「……?あいつ、通院してないのか?」
「してませんよ。家が母子家庭だからって、あまり無茶はさせられないって、自分から退院したらしいです。私生活には問題ないからって」
なるほど。通りであいつが母親のことで感情的になるわけだ。
「今日も風邪で休んだとか言ってますけど、あれ確実にバイトですね」
「バイト?」
「彼、週に一回は必ず休んでバイトしてるんですよ。放課後の少ない時間でやるよりも、一日丸ごと使った仕事の方が稼ぎがいいからって、今は確かどっかの高級ホテルの清掃員やってますよ」
本当、人は見かけによらないだな。あいつ、そんなことまでしてたのか。その上で伊吹を追い詰めるために自分の時間を極限まで削っている。
並の精神力じゃ成せない技だ。一体何が彼を突き動かしているのだろうか。
「で、話の続きなんですけど、他にも色々と聞けましたよ。まあ、皆さん口が堅すぎて全然話してくれなかったんですけど、どう見たって殴られたとしか思えない痣とか傷とか、そういうのはこっそりと撮影しておきました」
神代の怪我の写真に続いて、次々に並べられる痛ましい写真の数々。右下の方に誰のものなのかが書いてあるのだが、一枚一枚全部違う人物のものらしい。
ざっと見ただけでも30枚くらいはある。最低でも30人被害者がこの学校にいるというのだから、全員が声を上げれば十分に罪として問えそうな気がする。だが、そうしないということは……
「伊吹って、どれだけ恐れられてるんだ?」
「そう思いますよね。まあ、始まりは神代くんの事件がそうなんですけど、あれだけの怪我を負わされて責任は全部神代くんにあるって状況になってるんです。彼、見た目はあれですけど結構真面目で一年の頃は明るく元気な子でしたから、結構友達は多かったそうなんですよ」
「今は……」
真面目な部分はあるが、態度に関してはやさぐれたヤンキーみたいだったな。特に、あの城に捕らえられてた時に伊吹に突っかかってた態度がそうだし。あと、神代と並んで歩いていると割と視線が冷たかった気がする。
「もしかして、事件以来あいつ避けられてんのか?」
「そうですよ。関わったらろくなことにならないって噂が流れてるくらいですし」
「……不憫な奴だな。根はこんなにも真面目だっていうのに」
「そうなんですよ。神代くんはすごく優しい子なんですよ!私、去年同じクラスでしたけど、事件の日までは本当に良い奴だったんです!まあ、今はそうでもないかもしれませんけど、少なくともみんなあぁはなりたくないってことで、何かされても神代くんのようになるよりかはマシだって考えをしてるんだと思うんです」
「なるほどな」
向こうの世界の本音たちも同じようなことを言っていたしな。やはり、生徒相手にはあまり聞き込みが意味を成さないな。
もっと伊吹に対して、証言が出来て恐れることがない人物を探し当てる必要がある。誰かいるだろうか?少なくとも、生徒相手には希望が薄そうだ。
「つまり、あまりめぼしい情報は得られなかったわけか」
「うぐっ……ま、まあそういうことになります……。皆さん本当口が堅いんですよ」
「それは分かってる。まあ今回はこの写真が手に入っただけでも上出来だ」
「そうですか!?そうですよね!そうに決まってますよね!私頑張ったんですよ!ではではーー」
「まだ入部はせん。伊吹を追い出すにはまだ足りない」
「伊吹をっうぇ!?先生を追い出す!?」
ここまで調べておいてまるで予想外みたいな感じで驚くんだな。暴力事件の証拠集めなんてしてやることと言えば一つしかないだろうってのに。
「え、本気なんですか?」
「神代との約束だ」
そこまで言って、そういえば約束らしい約束なんかしたっけ?と思い返す。付き合うと言っただけでそこまで言った覚えは……いや、別にどうでもいいか。
俺は飯を食う手を一旦止め、神代の写真を手に取ってから話し出す。
「確かに、ここに来たばっかりの俺には他人事の話だ。成り行きであいつとつるむようになっただけで、みんなの言うように関わらないのが正解なのかもしれない」
正直なところ、俺だって前向きな気持ちでやってるわけじゃない。むしろ、ここまで調べたところで、本当は関わらないのが正解だったんだと、今ならまだ引き返せるところにいると自分で理解している。それでもーー
「あいつは自分のためにやってるんじゃない。これ以上の被害を生まないために、あいつは必死で戦ってるんだ。俺はあいつの叫びを聞いた。本当、母親想いの良い奴だよ」
短い間だったが、あいつの人となりというのはよく理解したつもりでいる。
あいつは、見た目こそ時代を間違えたヤンキーなのだが、その根っこにあるのは本当に時代を間違えた……いや、今の時代で、みんなが忘れかかっていた熱い心なんだ。他人のために声を上げることが出来て、それでいて優しさを上手く表現出来ない不器用な奴なんだ。
「俺はあいつの力になりたい。何でかって言われると上手く言えんが、あえて言うとすれば、『友達』だからな」
「……そうですか」
ここまでテンションの落差が激しかった清水も、途端に見た目相応の大人しげな少女になる。黙ってれば可愛いんだよな、こいつ。
本当、人は見かけによらないってのは世の心理だと思う。ガワがどれだけ良くても、伊吹のように裏ではヤバいことをやってる奴もいれば、神代のように良い奴もいる。あとは、清水みたいに変な奴もいるわけだし、逆に俺のような見た目相応の無愛想な奴だっている。
みんなの無意識から生まれる本音が覗ける世界か。なんでそんな世界に行くことが出来て、俺にだけ特別な力が与えられたのか。……いや、あの狐の人も俺と同じような力を持ってたっけ。まあ、あれを例外としても、俺には力があって、それを他人に分け与えることが出来る。それがなぜ俺だったのかは未だに分からんが、少なくともやらねばならん事があるのは確かだ。
「必ず伊吹の悪事をバラす。その為なら、死なない程度に危険なことには挑んでみる気だ」
「……凄いですね、雨夜さんは。私なんて、大切な友達一人すら守れなかったのに……」
大切な友達……?
「気になりますか?」
「……ああ、気になる」
含みを持たせた言い方だったからな。今の流れ的に、伊吹が絡んでいるのは間違いないだろう。
「もう一年前の話になるんですけどーー」
「……なんか、外が騒がしくないか?」
これからいかにも重要そうな話が語られるって場面で、何やら外の方がガヤガヤと喧しくなってくる。いや、実はちょっと前からなんかうるさいなとは感じていたのだが、今になって「ヤバいぞヤバいぞ!」「マジで落ちた!」といった感じに生徒たちの声が響いてくるんだ。
何がヤバいのかは知らんが、もっと静かに出来ないものかと考えていたが、「落ちた」という不穏な響きが引っかかる。
「清水、話の続きは一旦後でいいか?」
「ええ。私もちょっと気になってますし」
二人で食いかけの弁当を置いて外に出る。どうも、中庭の方がザワついてる原因になってるらしく、いくら昼時とは言えど生徒が集まりすぎてる。
何の騒ぎだと窓から顔を出し、生徒たちが集団を形成している方の先を見る。すると、中庭の芝生の上で横たわっている生徒を中心に騒ぎが起きているということが見て取れた。
ここからじゃ遠くてよく見えないが、どうも血を流してるっぽい。落ちたという言葉が聞こえていたが、まさか……な。
「ちぃちゃん……」
「……?」
隣で見ていた清水が突然謎の言葉を発し、一目散に駆け出して行った。恐らく、現場の方に向かったのだろう。一瞬遅れはしたものの、俺も現場を確認するため後を追いかける。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー本校舎裏、中庭。
清水の後を追いかけて中庭に辿り着くと、そこは正に人がゴミのようだとかの有名なセリフが飛び出すくらいには人でごった返しており、先生たちが「さっさと解散しなさい!」と怒鳴っていたが、一向に人が散る気配はない。
騒ぎの中心となっていた場所では、やはり人が倒れており、頭から血を流していた。それに、全身には絆創膏やらガーゼが点々と貼り付けられており、今回の件とは関係無さそうな傷が多く目立っていた。
どう見ても自殺……。他に言葉が選べないのだが、悲惨な現場だ。まさかとは思うが、これも伊吹が関与しているものなんだとしたら、いよいよ持って奴を許す理由が無くなる。いやもう既に無いのかもしれないが。
「……ぁ」
隣でその様子を見ていた清水が途端に崩れ落ちる。「大丈夫か?」と声をかけると「いえ、その、重なって見えちゃって……」と答えてきた。
重なって……そういえば、さっき友達の話をしようとしていた途中だったな。まさか……
「お前の友達も、あんな風に落ちたのか」
言った後ですぐ、もっと言葉を選ぶべきだったなと反省したが、清水は口を震わせながら「はい……」と呟いた。
「知穂……。中学の時からの友達で、この学校じゃ弓道部に入ってた子です。毎日毎日頑張って練習してて、でもある日、今みたいに……死んじゃったんです……」
「……」
「私、気付けなかった……!ただ弓道をしてるってだけなのに、体中に痣があって……私、落ちた後のちぃちゃんを見てその事に初めて気付いた……。なんでもっと早く言ってくれなかったのって、怒ることも出来なかった……!」
その時のことを思い出したのか、清水が涙を浮かべている。昨日までの態度じゃ考えられないほどテンションが下がっているが、俺にはなんと言葉をかけてやればいいのかが分からなかった。
神代の時もそうだが、ただ頷くことしか出来ない自分がもどかしい。こういう時、もっと何かかけてやれる言葉があるはずなのに、それが俺には無いんだ。
「……伊吹が、憎いか?」
悩み、考えた末、そんな言葉を清水に投げかけた。
「憎いですよ……。でも、私たちじゃ、証拠を集めたところで揉み消されてしまうのがオチなんです……!」
恐らく、過去に一度戦ったのだろう。先輩たちが追いかけていたというが、半日程度であれ程の調査が出来るとも考えづらかったしな。
「それで諦めるのか?」
「……!諦めたくないです……!でも、私には……!」
「明日の放課後、池袋駅前に集合だ」
「……?」
俺はそう言い残し、事件の現場を後にした。
「あーきらさん!暁さん!」
昼飯片手に屋上へ向かおうとしたところで、元気のいい高い声が教室に響き渡る。もちろん、その正体は清水。こいつもこいつで弁当を片手に何やら妖しげな笑みを浮かべている。
「ここじゃ何なので部室の方で」
「……分かった」
一瞬神代も呼ぼうかと思ったが、そういえば今日は風邪をひいたとかで休みだったなと思い出す。バカでも風邪はひくんだな。
そして新聞部の部室に入る。昨日は割と整頓されていたのだが、今日はそこら中にファイルとか学園新聞とかが無造作に散らかされていた。
「あー、気にしないでください。ちょっと片付け忘れてただけなので」
「……で、呼んだってことは、もう調べはついたのか」
「はい。まあ、神代くんのは結構大騒ぎになった事件でしたからね~。そこを絡めて話せば意外と口を割る人は多いですよ~」
「なるほどな」
聞き込みは神代に任せるよりもこいつに任せた方が良かったか。結果論だが。
清水は箸を咥えたまま立ち上がり、その辺に投げ捨ててあったファイルのうち一つを手に取って机の上に置く。
「結構グロテスクなものだったりするんですけど、大丈夫ですか?」
「そんなに酷いのか」
「まあ腕一本折られた事件ですからね~。赤くはないですけど、黒いです」
よく分からない表現だなと思ったが、拡げられたファイルの中を見て、その言葉の意味を理解する。
恐らく、神代が腕を潰された時の写真なのだろう。確かに血の赤色はないが、酷い内出血による黒く滲んだ腕がある。
「お前、こんなものどこで手に入れたんだ?」
「去年までいた先輩たちが追っかけてたんですよ。その時の写真が偶然出てきたってわけです」
「なるほど」
その先輩たちには感謝するところだな。これ一枚でも証拠が何も無い状況よりかはマシだ。まあ、ただこれが正当防衛による傷ってことで処理されてるから、これ一枚を証拠には出来ないが。
「見れば見るほど酷い怪我を負わされたもんですよ。よくこれで平気な顔して登校出来ますよ。成長期だから治りも早いって言うんでしょうけど、まだリハビリのために通院するべきですよ」
「……?あいつ、通院してないのか?」
「してませんよ。家が母子家庭だからって、あまり無茶はさせられないって、自分から退院したらしいです。私生活には問題ないからって」
なるほど。通りであいつが母親のことで感情的になるわけだ。
「今日も風邪で休んだとか言ってますけど、あれ確実にバイトですね」
「バイト?」
「彼、週に一回は必ず休んでバイトしてるんですよ。放課後の少ない時間でやるよりも、一日丸ごと使った仕事の方が稼ぎがいいからって、今は確かどっかの高級ホテルの清掃員やってますよ」
本当、人は見かけによらないだな。あいつ、そんなことまでしてたのか。その上で伊吹を追い詰めるために自分の時間を極限まで削っている。
並の精神力じゃ成せない技だ。一体何が彼を突き動かしているのだろうか。
「で、話の続きなんですけど、他にも色々と聞けましたよ。まあ、皆さん口が堅すぎて全然話してくれなかったんですけど、どう見たって殴られたとしか思えない痣とか傷とか、そういうのはこっそりと撮影しておきました」
神代の怪我の写真に続いて、次々に並べられる痛ましい写真の数々。右下の方に誰のものなのかが書いてあるのだが、一枚一枚全部違う人物のものらしい。
ざっと見ただけでも30枚くらいはある。最低でも30人被害者がこの学校にいるというのだから、全員が声を上げれば十分に罪として問えそうな気がする。だが、そうしないということは……
「伊吹って、どれだけ恐れられてるんだ?」
「そう思いますよね。まあ、始まりは神代くんの事件がそうなんですけど、あれだけの怪我を負わされて責任は全部神代くんにあるって状況になってるんです。彼、見た目はあれですけど結構真面目で一年の頃は明るく元気な子でしたから、結構友達は多かったそうなんですよ」
「今は……」
真面目な部分はあるが、態度に関してはやさぐれたヤンキーみたいだったな。特に、あの城に捕らえられてた時に伊吹に突っかかってた態度がそうだし。あと、神代と並んで歩いていると割と視線が冷たかった気がする。
「もしかして、事件以来あいつ避けられてんのか?」
「そうですよ。関わったらろくなことにならないって噂が流れてるくらいですし」
「……不憫な奴だな。根はこんなにも真面目だっていうのに」
「そうなんですよ。神代くんはすごく優しい子なんですよ!私、去年同じクラスでしたけど、事件の日までは本当に良い奴だったんです!まあ、今はそうでもないかもしれませんけど、少なくともみんなあぁはなりたくないってことで、何かされても神代くんのようになるよりかはマシだって考えをしてるんだと思うんです」
「なるほどな」
向こうの世界の本音たちも同じようなことを言っていたしな。やはり、生徒相手にはあまり聞き込みが意味を成さないな。
もっと伊吹に対して、証言が出来て恐れることがない人物を探し当てる必要がある。誰かいるだろうか?少なくとも、生徒相手には希望が薄そうだ。
「つまり、あまりめぼしい情報は得られなかったわけか」
「うぐっ……ま、まあそういうことになります……。皆さん本当口が堅いんですよ」
「それは分かってる。まあ今回はこの写真が手に入っただけでも上出来だ」
「そうですか!?そうですよね!そうに決まってますよね!私頑張ったんですよ!ではではーー」
「まだ入部はせん。伊吹を追い出すにはまだ足りない」
「伊吹をっうぇ!?先生を追い出す!?」
ここまで調べておいてまるで予想外みたいな感じで驚くんだな。暴力事件の証拠集めなんてしてやることと言えば一つしかないだろうってのに。
「え、本気なんですか?」
「神代との約束だ」
そこまで言って、そういえば約束らしい約束なんかしたっけ?と思い返す。付き合うと言っただけでそこまで言った覚えは……いや、別にどうでもいいか。
俺は飯を食う手を一旦止め、神代の写真を手に取ってから話し出す。
「確かに、ここに来たばっかりの俺には他人事の話だ。成り行きであいつとつるむようになっただけで、みんなの言うように関わらないのが正解なのかもしれない」
正直なところ、俺だって前向きな気持ちでやってるわけじゃない。むしろ、ここまで調べたところで、本当は関わらないのが正解だったんだと、今ならまだ引き返せるところにいると自分で理解している。それでもーー
「あいつは自分のためにやってるんじゃない。これ以上の被害を生まないために、あいつは必死で戦ってるんだ。俺はあいつの叫びを聞いた。本当、母親想いの良い奴だよ」
短い間だったが、あいつの人となりというのはよく理解したつもりでいる。
あいつは、見た目こそ時代を間違えたヤンキーなのだが、その根っこにあるのは本当に時代を間違えた……いや、今の時代で、みんなが忘れかかっていた熱い心なんだ。他人のために声を上げることが出来て、それでいて優しさを上手く表現出来ない不器用な奴なんだ。
「俺はあいつの力になりたい。何でかって言われると上手く言えんが、あえて言うとすれば、『友達』だからな」
「……そうですか」
ここまでテンションの落差が激しかった清水も、途端に見た目相応の大人しげな少女になる。黙ってれば可愛いんだよな、こいつ。
本当、人は見かけによらないってのは世の心理だと思う。ガワがどれだけ良くても、伊吹のように裏ではヤバいことをやってる奴もいれば、神代のように良い奴もいる。あとは、清水みたいに変な奴もいるわけだし、逆に俺のような見た目相応の無愛想な奴だっている。
みんなの無意識から生まれる本音が覗ける世界か。なんでそんな世界に行くことが出来て、俺にだけ特別な力が与えられたのか。……いや、あの狐の人も俺と同じような力を持ってたっけ。まあ、あれを例外としても、俺には力があって、それを他人に分け与えることが出来る。それがなぜ俺だったのかは未だに分からんが、少なくともやらねばならん事があるのは確かだ。
「必ず伊吹の悪事をバラす。その為なら、死なない程度に危険なことには挑んでみる気だ」
「……凄いですね、雨夜さんは。私なんて、大切な友達一人すら守れなかったのに……」
大切な友達……?
「気になりますか?」
「……ああ、気になる」
含みを持たせた言い方だったからな。今の流れ的に、伊吹が絡んでいるのは間違いないだろう。
「もう一年前の話になるんですけどーー」
「……なんか、外が騒がしくないか?」
これからいかにも重要そうな話が語られるって場面で、何やら外の方がガヤガヤと喧しくなってくる。いや、実はちょっと前からなんかうるさいなとは感じていたのだが、今になって「ヤバいぞヤバいぞ!」「マジで落ちた!」といった感じに生徒たちの声が響いてくるんだ。
何がヤバいのかは知らんが、もっと静かに出来ないものかと考えていたが、「落ちた」という不穏な響きが引っかかる。
「清水、話の続きは一旦後でいいか?」
「ええ。私もちょっと気になってますし」
二人で食いかけの弁当を置いて外に出る。どうも、中庭の方がザワついてる原因になってるらしく、いくら昼時とは言えど生徒が集まりすぎてる。
何の騒ぎだと窓から顔を出し、生徒たちが集団を形成している方の先を見る。すると、中庭の芝生の上で横たわっている生徒を中心に騒ぎが起きているということが見て取れた。
ここからじゃ遠くてよく見えないが、どうも血を流してるっぽい。落ちたという言葉が聞こえていたが、まさか……な。
「ちぃちゃん……」
「……?」
隣で見ていた清水が突然謎の言葉を発し、一目散に駆け出して行った。恐らく、現場の方に向かったのだろう。一瞬遅れはしたものの、俺も現場を確認するため後を追いかける。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー本校舎裏、中庭。
清水の後を追いかけて中庭に辿り着くと、そこは正に人がゴミのようだとかの有名なセリフが飛び出すくらいには人でごった返しており、先生たちが「さっさと解散しなさい!」と怒鳴っていたが、一向に人が散る気配はない。
騒ぎの中心となっていた場所では、やはり人が倒れており、頭から血を流していた。それに、全身には絆創膏やらガーゼが点々と貼り付けられており、今回の件とは関係無さそうな傷が多く目立っていた。
どう見ても自殺……。他に言葉が選べないのだが、悲惨な現場だ。まさかとは思うが、これも伊吹が関与しているものなんだとしたら、いよいよ持って奴を許す理由が無くなる。いやもう既に無いのかもしれないが。
「……ぁ」
隣でその様子を見ていた清水が途端に崩れ落ちる。「大丈夫か?」と声をかけると「いえ、その、重なって見えちゃって……」と答えてきた。
重なって……そういえば、さっき友達の話をしようとしていた途中だったな。まさか……
「お前の友達も、あんな風に落ちたのか」
言った後ですぐ、もっと言葉を選ぶべきだったなと反省したが、清水は口を震わせながら「はい……」と呟いた。
「知穂……。中学の時からの友達で、この学校じゃ弓道部に入ってた子です。毎日毎日頑張って練習してて、でもある日、今みたいに……死んじゃったんです……」
「……」
「私、気付けなかった……!ただ弓道をしてるってだけなのに、体中に痣があって……私、落ちた後のちぃちゃんを見てその事に初めて気付いた……。なんでもっと早く言ってくれなかったのって、怒ることも出来なかった……!」
その時のことを思い出したのか、清水が涙を浮かべている。昨日までの態度じゃ考えられないほどテンションが下がっているが、俺にはなんと言葉をかけてやればいいのかが分からなかった。
神代の時もそうだが、ただ頷くことしか出来ない自分がもどかしい。こういう時、もっと何かかけてやれる言葉があるはずなのに、それが俺には無いんだ。
「……伊吹が、憎いか?」
悩み、考えた末、そんな言葉を清水に投げかけた。
「憎いですよ……。でも、私たちじゃ、証拠を集めたところで揉み消されてしまうのがオチなんです……!」
恐らく、過去に一度戦ったのだろう。先輩たちが追いかけていたというが、半日程度であれ程の調査が出来るとも考えづらかったしな。
「それで諦めるのか?」
「……!諦めたくないです……!でも、私には……!」
「明日の放課後、池袋駅前に集合だ」
「……?」
俺はそう言い残し、事件の現場を後にした。
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