異界探偵譚

ミナセ ヒカリ

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第1章【無意識世界の事件簿】

Page:2 「異世界への通行証」

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「っ……!」

 背中にズキっとした痛みを感じ、俺は目を覚ました。

 酷い目覚めだ、と思いながらも、瞼をパチパチとさせながらまだ生きていると感じた。もしかしたら、天国か何かなのかもしれなかったが、頬をつねれば痛みはあるし、体の自由も効いた。それに何より、背中の痛みがあの出来事は現実で、ここにいるのも夢ではないと語ってくれたのだ。

「誰が……助けた?」

 ただ、生きているのなら生きているで当然の疑問が生まれてくる。

 あの状況、何も無ければ間違いなく死んでいた。しかし、今ここに俺はいるのだから、誰かしらが助けに来てくれたということなのだろう。神代?いや、あいつは俺より先にやられてた。となるとーー

「あ、起きてる」

 もしや、あの銃声か?と思ったタイミングで、不意に俺以外の声がした。

 声がした方向を振り返れば、そこにいたのは狐のお面を着けた女の人。幾何学模様の刻まれた白衣を着ており、両足それぞれに銃が巻き付けられていた。それだけで俺は、多分この人が助けてくれたのだと察する。

「えっと……」

「……色々と言いたいことはあるけど、まあ死ななくて良かったわね。結構頑張ったつもりだけど、傷痕は残るわよ」

「……」

 その女の人は俺の隣に座り、後ろを向けとでも言うかのように人差し指を向けてくる。

「市販の安いやつだけど、まあこのまま放っとくよりかはマシだと思うわ」

 多分、塗り薬と思われるものを背中の傷に塗ってくる。触られるとまだズキっと痛みが来るが、この人が言うように何もしないよりかはマシなのだろう。

 とんだ災難に遭ったものの、不幸中の幸いというべきか、この人に会えて良かった。いなかったら俺も神代も共倒れだったからな。

「そういえば、こうじ……俺と一緒に倒れてたあいつは?」

「そこで寝てる。腹が立つくらいぐっすり寝ちゃって……。まあ、ずっとうなされてるのを見るよりかは全然マシなんだけど」

 その人が言うように、神代はちょっと離れたところでぐっすりと眠っていた。元々赤いローブだったお陰なのか、血の跡は全然着いてない。俺のローブは……、案の定、真っ赤に染まってしまってる。洗濯できるのか?これ。

「で、結構落ち着いてるみたいだから聞くけど、あんた達何であんなとこにいたわけ?」

「いや……」

 そんなことを俺に聞かれたって困る。

 俺だって、気付いたらこの世界にいたわけだ。なんでいたのかと聞かれれば、迷い込んだ?くらいの回答しか出来ない。恐らく、神代も同じ感じだろう。

「……答えられないの?」

 その人はちょっと高圧的な感じで詰めてくる。

「……俺、気付いたらこの世界にいたんです。やけに不気味な世界だと思って、その中でも特に異質だったあの城に向かったらこうなったわけで……」

「そう言う割には随分手馴れてる感じだったけどね。苦戦してたけど、魔法を使ってたし、普通に戦えてたし、嘘……はついてないみたいね。悪かったわ。ちょっと高圧的になっちゃって」

「いえ……」

 一人で完結か。話し方からしてこの世界に随分と詳しいようだ。聞けば出口くらい教えてもらえるか?

「あの……」

「何?」

「俺、この世界からの出口を探してるんです。何か知ってるなら教えてもらえませんか?」

「出口……あーそっか。自分から入ってきたってわけじゃないのか」

 その人はしばし考える素振りを見せた後ーー

「分かったわ。ついて来なさい」

「……っ、いっ、てぇ~!」

「……そこのも一緒に」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 その後、俺たちはこの人に連れられ池袋の駅にまで辿り着いた。

 三人でとぼとぼと歩いていたが、その間特に会話は無い。なんというか、気まずい雰囲気だった。

「まあ、私も詳しいことは全然分かんないんだけど、この世界に巻き込まれたら駅に戻りなさい。そうしたら元の世界に戻れるわ」

「……えっと、ありがとうございました」

「あ、ありがとうございやした!」

「次は巻き込まれないようにね。またタイミングよく助けに行けるとも限らないから。じゃ」

 そう言うと、その人は片手を上げて去っていった。まだ帰るつもりはないらしい。

「帰るか……」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「転校初日から早々に遅刻……か。まあ、お前さんの事情も聞いてはいるし、強くは言わないが……」

 その後、俺は痛む体を引きずり何とか学校に登校した。……のだが、時刻はもう昼過ぎ。あの世界で過ごした時間はそっくりそのまま現実にも反映されてるみたいだ。まあ、それもそうか。あの世界にいる時は現実の時間が進まないなんて都合が良すぎるしな。

 でだ。今話をしているのは2年Cの担任『伊吹 翔真』。転校手続きの時にも見た顔で、しっかりとした体立ちにどこか爽やかそうな面持ちをしている。

「親御さんにも迷惑をかける。今後、サボるのは構わないがせめて連絡をくれ」

「はい。すみませんでした」

「……まあいい。昼休みが終わったら教室に行くぞ。授業の前に軽く自己紹介だ。それが終わったら後は好きにしとけ」

「はい」

 それから昼休みは適当に過ごし、授業の時間になってからは、「雨夜 暁です。よろしく」とだけ言ってさっと流した。

 大分ドライな人間だと思われたかもしれないが、これでいい。あまり人と群れるのは得意ではないし、何より今はあまり人と関わりたくない。あれこれ聞かれても、ちゃんと答えられる自信が無いからな。

 ーー時間は過ぎ、放課後となった。

 軽く欠伸をしてから教室を後にし、今日はもう真っ直ぐ帰ろう。そう決めて学校を出たのだが……

「おいお前」

 不意に肩を掴まれ呼び止められる。

 正直面倒ごとは今朝のでお腹いっぱいなんだが……と思いつつ、後ろを振り返ればそこにいたのは……。

「今時間いいか」

 今朝、あの世界で出会った金髪の……確か神代優真だったか。そいつがいた。

「何の用だ?」

「ここじゃあれだ。ちょっとついて来いよ」

「……」

 正直断ろうかとも思ったが、それはそれで面倒そうだし、何より何故か周りから注目されている。

 さっさとここから離れたくて、仕方なしに俺はこいつについて行くことにした。

 ーーそして、つれて来られた場所は学校近くの薄暗い路地裏。夕方だからというのもあるかもしれないが、結構暗い。

 こんな場所に連れ込んで、もしやカツアゲか?とも思った。見た目で判断するのは良くないと言うが、見た目が見た目だしな。金髪トサカ頭だしな。生まれてくる時代を間違えたヤンキーみたいだ。

「……そのよ、今朝はありがとうな」

 何を言われるのかと思い、軽く身構えていると、こいつの口から出た言葉は意外そのものだった。ありがとう……?何か感謝されるようなことでもしたか?

「……?」

「ほらよ。今朝、あのわけわかんねぇ場所であいつにやられてたらさ、お前が助けてくれたじゃん。まあその後無様にやられちまったけどよ、お前がいなかったら俺死んでたかもしれねぇし。だから、その、まだ礼言ってなかったなって」

 俺が疑問を顔に浮かべていると、こいつが自分から事細かく説明してくれた。なるほど。そういえばそうだったな。見た目に反して律儀なやつだ。

「礼ならいい。俺があの場所から抜け出すためにやったことだ。お前を助けたのはついででしかない」

 本当は何も考えず突っ込んだわけだが、他人に気を遣わせるのも嫌だしな。適当にそう誤魔化しておいた。

「……そうかよ。まあお前の目的が何であれ俺は助けられたんだ。その事にはちゃんとお礼を言っておきたくてな」

「そうか……」

 悪い奴じゃなさそうだ。本当、見た目がヤンキーなだけで、人は見かけによらないのいい例だな。

「それでよ。お前、俺の名前なんで知ってんだ?お前転校生だろ?俺、自己紹介したっけか?」

 そういえばそうか。俺はあの警告文があったから知れたわけだが、こいつはそんな事情知らないしな。

「あの世界でお前に力を渡した時に名前を知った」

「……?何じゃそら?」

「俺にも分からん」

「そっか。お前にも分かんねぇか」

 神代はしばし考える素振りを見せてくる。特に何も考えることなんてないと思うけどな。

「いや、やっぱいや。とにかく、今日は助けてくれてありがとよ。それ言いたかっただけだから。じゃ」

 言いたいことは言ったとばかりに神代は去っていった。カバンの背負い方といい、どう見てもヤンキーなんだよな、と少しだけ思っていたが、どこか哀愁漂うあいつの背中に俺と似たような気配を感じていた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 ーー翌日。

 今日もまた複雑な通学路を歩き、学校へと登校する。途中、またあの世界に巻き込まれるのではないかと危惧していたが、今日は何ともなかった。本当、あの世界は何だったのだろうか?

 今日もまた授業は適当に聞き流し、昼休みになったところで、そういえば弁当を買い忘れたことを思い出して購買部に向かう。

「……」

 生徒数が多い学校であることは知っていたが、昼時の購買は正に戦場というに相応しい雰囲気が漂っていた。何でもいいから食にありつこうと必死になる者が多数。俺の地元じゃこんな景色は見なかったぞ。

「おいお前」

 あまりの光景に考えあぐねいていると、昨日みたいに俺の肩を掴んで呼び止めてくる声がする。振り返れば、最早当たり前とでも言うかのように神代がいて、「よっ」と軽い挨拶をしてきた。

「来いよ。とっておきの場所があるからさ」

「いや、まだ何も買えてないんだが……」

「あ?それなら俺のくれてやるよ。ほら」

 ほらと言われ渡されたのは焼きそばパン。無難だな。

 奢られた手前、今日も断るわけには行かないだろうと俺は神代の後について行く。そして連れられて来た場所は屋上。立ち入り禁止じゃなかったか?ここ。

「へっ、合鍵くらい余裕で作れんだよ」

 そんな俺の疑問を察するかのように、神代は得意げにそう言った。この辺りは見た目通りの行いだな。

「実はさ、お前に相談したいことがあんだよ」

 屋上に並べられた椅子に座るなり、何やら神妙な面持ちでそう言ってくる。

「あの世界、お前は夢だと思うか?」

「……夢ではない、と思う。実際昨日風呂で確認したら傷が残ってた」

「だよな。俺もハッキリ残ってたし、あれ夢じゃねぇんだなって思った」

 それが確認したいだけか?いや、わざわざこんなところに呼び出したんだ。それだけじゃないだろう。

「でよ。俺、あの世界で殴ってきたやつにどうしてもやり返さなきゃ気が済まねぇ」

「……」

「ふざけた世界だと思うんだけどよ、でもやっぱあれがあいつの本性だったりするのかなって思ってさ、いや、俺も何が言いてぇのか分かんねぇんだよ。だけどよ……」

「もう一度あの世界に行きたい。そういうことか?」

「そうそれ!」

 冗談じゃない。あんな世界、二度とごめんだ。なぜわざわざこちらから向かわなければならないのか。

「……俺さ、左手ってか左腕に上手く力が入らねぇんだ。別に、軽い物を持ったりとか字を書いたりとかは出来んだけどさ、もう強い力を必要とすることがてんでダメになっちまったんだ」

「……」

 いきなり何を話し出すのかと思っていたが、とりあえず最後まで聞いておこうと黙って頷く。

「昔、ある野郎にやられたんだよ。それ以来本当ダメでさ。好きだった弓道もやめる羽目になっちまった。その原因が、あいつだ」

 あいつ、と言うのは多分、向こうの世界で神代を殴っていた人物のことなのだろう。しかし、あいつは恐らくあの世界の人間なはずで、こちらとは無関係だ。少なくとも、今の話は結構前の出来事っぽいし、実はかなり前からあの世界に閉じ込められていたとかない限りは関係ないはず。

「あの顔、一度見たら忘れねぇよ。伊吹翔真!あの世界にいたのは間違いなくあいつだった……!」

「……!」

 その名前は、確か俺のクラスの担任の名だ。そいつがどうしてあの世界にいる?

「どういうことか分かんねぇよ!今日あいつとまた会ったけどよ、あいつは何も知らねぇ顔してやがったんだ!俺が詰めても本当に知らねぇって顔するし、挙句の果て俺の頭がおかしいとかぬかしやがるしでよ!」

 まあ、向こうの世界での出来事を聞いたところで、知らないと答えられるのは当たり前だろう。自分から暴力振るったのは私ですなんて言うバカはいない。まあそもそも、あの世界の伊吹と、こちらの世界の伊吹が同一人物なのかという疑問もあるしな。

「こっちで知らん顔されるんだったらさ、あっちの世界に行って直接ぶっ飛ばしてやりてぇんだ!よく分かんねぇけど、今回は魔法?がある。やられるばっかじゃねぇ!」

「……」

 危険だ。やめておこう。そう言えば良かったのだが、こいつから漂う並々ならん感情の嵐に、俺はそんな冷たい言葉を吐くことが出来なかった。

 無関係だが、どうにかしてやりたい。そう思うのは悪いことなのだろうか?否、そんなことはないはずだ。とは言え……

「どうやってあの世界に行くんだ?」

「……そこなんだよなぁ……。駅の周りちょっとうろついてたんだけどさ、特に何も起きねぇし。お前もだろ?」

「今日は普通に来れた」

「そうだよなぁ。はぁ……」

 行く手段か。駅に行けば元の世界に帰れたんだし、もう一度同じことをすれば逆も有り得る。そう考えるのは自然だが、なんかこう、そんな単純なものではない気がする。

 ーーいや待てよ。確かあの世界では、俺のアークがずっと消えていた。こいつが何かしらのトリガーになっている可能性がある。

《異世界通行証をインストールしました》

 そう考えた途端、都合よく俺の視界に例の文字が照らされる。通行証……。なるほど、これか。

「神代、放課後でいいなら行ってみるか」

「……え、マジ?行けるの?」

「今通行証を手に入れた」

「手に入れたって、んなゲームじゃあるまいしよ……」

 まあそれは俺も思う。だが、魔法と言い、画面の表示といい、クオリティの高いゲームと勘違いしてもおかしくはない。何より、今の表示が大分それっぽかったしな。

《キーンコーンカーンコーン》

 予鈴が鳴った。結構話し込んだな。

「あー、授業ダリィなぁ」

「サボればいいだろ。その見た目なら誰も何も言わんだろ」

「母さんには迷惑かけたくねぇんだよ」

「……」

 そういえば、向こうの世界でも何やら母さんがどうのこうの言ってたか。親想いないい奴だ。

「あ、そういやずっと聞きたかったんだけどさ、お前名前何?」

「そういえば言ってなかったな」

「あ、待ってくれ。連絡先交換しとこうぜ」

《神代 優真さんから登録申請が届きました。受理しますか?》

 一瞬これも向こうの世界からの何かなんじゃないかと疑ったが、これは正真正銘このアークにデフォで備え付けられた機能だ。まあ、文体といいウィンドウといいあまりにも似過ぎてるんだけどな。

 俺はそのメッセージに対し、《YES》をタッチする。これでいつでもこいつとはやり取りが出来るようになったわけだ。

「あめ……これなんて読むんだ?」

「あめやあきら。結構珍しい漢字使ってるとはよく言われる」

「へー。俺、もう知ってんだろうけど神代優真。よろしくな!」
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