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《Parallelstory》IIIStorys 【偽りの夢物語】

第12章16 【降伏】

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「……何しに来たんだ」

アルト「あれ?ネイ君から聞いていないのかい?」

「ネイから?」

 何も聞いてはねぇな……あ、ここにいろってそういう意味だったのか?

アルト「まあ、立ち話もあれだし、今日は時間があるからゆっくり話そうよ」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

アルト「早速だが、君はこの世界を見てどう思っただろう?」

 手馴れた動作でコーヒーを入れ、湯気の立つカップを手にしながらアルトがそう聞いてきた。

「この世界を見て……ね」

 正直あんまり見る時間はなかったんだが、それなりに思うところを得る時間はあった。

「俺が理想としてる世界だってことに違いはねぇよ。いや、理想ってよりかは、取り戻したい世界ってとこかな」

アルト「取り戻したい世界ね……。なるほど」

「ああ。俺は普通の日常が好きなんだよ。いや、好きだったってことに気付いたんだ。それにーー」

アルト「それに?」

「みんなに、生きていてほしいんだ……」

 俺が最終的に行き着いたところはそこだった。俺が1番恐れているのは、俺が知っている誰かが死ぬこと。その死の原因が何であろうと、俺の知り合いが死ぬのはもう嫌なんだ。

 昨日だってそうだ。多分、俺はみんなが死んだと勝手に思い込んで暴走しちまった。未だによく分かんねぇけど、俺には母さんが託してくれた夢の世界に、もう1つ足して死の世界まで持ってしまってるんだ。その力を使えばきっと誰にも負けない。でも、その力を使えるのは俺の心が折れた時にだけ。厄介な力だ。

アルト「……」

「こんな言い方をすんのもどうかと思うけどさ、俺はみんなが生きてさえくれれば後はどうだっていいんだ。あの荒廃した世界でも、こっちみたいな元の世界でも、俺はどっちでもいい。ーーみんなが生きていてくれるのなら」

アルト「そうかい。君は生きていることを望むんだね」

「ああ。ーーまあ、その生きてるみんなが偽物だってんなら、ちょっと躊躇うけどな」

アルト「そこに関しては安心していいよ。君が僕の世界を望むって言ってくれるのであれば、この1週間以内に起きたことは全て忘れさせてあげるから」

 ありがたい申し出なんだけど、記憶を消すってちょっと怖ぇよな。

「まあ、お前の世界を望んでやってもいいんだけどさ、やっぱ偽物の世界ってのは嫌なんだよ。無理矢理生かされてるって感じがして」

アルト「……そうかい」

「みんなは元の世界に帰る覚悟を固めてる。俺も、色々とあってお前と戦う覚悟は出来てるよ」

アルト「そうか。あくまで僕達は分かり合えないと……」

「ああ。それに、逃げるのはもうやめにしたいしな」

 1度目は母さんから逃げた。2度目はネイの死から逃げた。3度目は無しにしときたいところだぜ。

アルト「……君の覚悟は固いか」

「まあ、余っ程のことがねぇ限りブレねぇぜ」

アルト「……そうだ。エレノア君は元気かな?あれからそのことが気になっててね」

「なんだ?俺が諦めねぇからって、周りから崩してく気か?」

アルト「いやそうじゃないよ。ただ純粋に気になるだけだ。多分、エレノア君から彼女の正体については聞いているんだろう?」

「ああ聞いてる。かつての魔女なんだってな。そんな奴となんでお前が出会えたのかは不明だが」

アルト「彼女との出会いはただの偶然だよ。本当に偶然、心を壊した彼女と出会った。その時既に相手の記憶を書き換える力を持っていた僕は、その力で彼女を救った。いや、救っただと語弊があるかもしれないね。あくまで僕は逃げ道を用意してあげただけなのかもしれない」

「まあ、この世界だって逃げ道みてぇなもんだからな。お前がやりたいのはそういうことなんだよな」

アルト「僕は救いのある世界を創りたいだけだよ。みんなが幸せになれる世界。本当に夢の世界だろ?」

「文字通り夢の世界だけどな」

アルト「ははは、そうだね。でも、僕はこの夢の世界に全てをかけた。みんなの幸せのために、僕は僕の人生全てを賭けるよ」

「……」

 人生を全て賭けるほどに、俺らの幸せだけを考えるって、そりゃぁもう狂気に近いレベルだな。

「なあ、なんでお前はそうまでして俺らの幸せを願うんだ?お前がどれだけの聖人なのかは知らねぇけど、こんな世界にみんなを巻き込めるくらいの力があるんならもっと自分勝手な使い方だって出来るだろ?」

アルト「そうだね。こんな力があれば僕は残虐外道に成り下がることも出来るだろう。まあ、それは極端すぎる例えだけど、僕がこの世界に救いを求めた理由を話そうか」

「……」

アルト「今はまだ、あまり詳しくは話せないんだけどね。僕にはどうしても救いたい人がいる。その子は今、きっと辛い思いをしているだろう」

「その子……?」

アルト「誰なのかは話さないよ。話せば、きっと君は怒る」

 ……俺が怒る?

アルト「僕はその子を救うためだけにこの世界を創造した。この世界がその子にとって唯一の救いなんだって思ってね」

「……もしかしてお前、異世界人?」

アルト「そうだよ」

「あっさりかよ……」

アルト「僕はこの世界の人間じゃない。どこか別の世界の人間だ。まあ、だからこそこの世界を見つけられたわけだけどね」

「……」

アルト「まあ、言ってしまえばみんなを幸せにするのはついででしかないんだよ。僕は、その子を救うためだけにこの世界を望む。この世界は救いのある世界であってもらわないと困るんだ」

「……だとしても、いや、だとしたらだ。俺は、俺達の世界を好き勝手させたくねぇよ」

アルト「……きっと、その言葉は彼女の受け売りなんだろうね」

「俺がネイに依存してるとでも言いたいのか?」

アルト「そうとも言うよ。君は彼女に依存している。彼女がいなければ生きていけれない。逆に、彼女も君がいなければ生きていけない。君達はお互いに依存し合う関係だ。依存し合う関係だからこそ、君達は強くなれたのかもしれない」

「そうかもしれねぇな」

アルト「……」

「どうしたんだ?急に悲しそうな顔して」

アルト「いや、君の覚悟はどうやっても揺らがないんだよね」

「……?ああ、そうだって言ってるが」

アルト「……あまり、こういう手段は嫌なんだけどね、僕は君にこっちの世界を選んでもらえるのなら、どれだけ卑怯な方法だったとしてもそれを取るよ」

「……?」

アルト「僕は前の世界の最後を知っている。ネイ君が死に、君がその怒りで全てを焼き尽くしてしまったことを」

「何が言いたい?」

アルト「この世界じゃかつての世界で死んだ者が生き返っている。それも、最後の戦いで死んでしまった者は全員ね」

「……」

 心臓が嫌なくらいにバクバクと音を立てている。知りたくない。知らせないでくれと、俺の耳を塞ぐかのようにうるさく……。

アルト「ネイ君の最後は、正直残念だったと思うよ。お互いに依存し合う関係だったからこそ、片方を失ってしまった君の心は壊れる寸前にまで至ってしまった。いや、もう壊れてたのかもしれない」

「……お前、まさか……」

アルト「僕がこの世界で1番最初に救おうと思ったのが君だ。そして、君を救うのに必要なものは、ネイ君ただ1人だ」

「……」

 視界が揺れる……。知りたくなかったことを知ろうとしている自分を殺しにかかっている……。

アルト「いるんだろ?ネイ君」

 アルトがそう言うと、地下に降りるための階段から小さな音がしてきた。

ネイ「やっぱり、その手段を使いますか」

「ネイ……お前……」

ネイ「……私の口から言いましょう。でないと、ヴァルは聞いてくれないでしょうし」

「……」

 やめ……ろ……

ネイ「私は死んでいます。死んで、この世界で生き返させられた者です」

「…………は……は」

ネイ「私はこの世界で目覚めてすぐに違和感に気付きました。アルトは上手くやったつもりでしょうけど、私は仮にも書庫の管理人です。幻に騙されるわけがありませんよ」

アルト「……」

ネイ「アルト。あなたはこう言いたいんですよね。命が惜しければ降伏しろと」

「命が……惜しければ……か」

アルト「……まあそうだね。じゃあ遠慮なく言わせてもらうよ」

 ……やべぇ。耳を思いっきり塞ぎてぇ……。

アルト「命が惜しければ降伏しろ。ヴァル君、君が彼女といる世界を望むのなら、この世界を選んでくれ。彼女の言葉には耳を貸さずにね」

「……」

 急に怖い顔でアルトはそう言ってきた。今までの優しさなんて微塵もない。本気の目だ……。

アルト「……今、ここで答えを聞くのは公平じゃないね。ネイ君もヴァル君に話したいことはあるだろうし」

ネイ「そうですね。今のままじゃ確実にあなたを選びそうな気がするので、出来ればやめてほしいですね」

アルト「そうだね。じゃあこうしよう。僕は約束通り、明日あの研究所で待ってるよ。そこに君達が来ればそれが答えだと受け取る。でも、来なければそれが答えなんだと僕は思い、君達を完全にこの世界に馴染ませるよ。それでいいね?」

ネイ「ええ。構いませんよ。必ず行くので、首を洗って待っててください」

 2人は互いに牽制し合って、アルトの方が帰って行った。

「……なあ、ネイ」

 動悸が抑えられない心臓を必死に宥め、恐る恐る口を開いた。

「お前、やっぱり……」

ネイ「ヴァル。今夜は月が綺麗なので、ちょっと付き合ってくれませんか?」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 月が綺麗な夜だった。

 ネイが連れて来てくれたのは、満月が水面に映り込むくらいにいい感じの角度で開けた湖のほとり。周りは雑木林に囲まれていて誰かが潜んでさえいなければ誰にも見られる心配がない。まあ、人の気配なんて少しでもしたら俺よりネイの方が先に気付くはずだし、そのネイが「誰も知らない場所」なんて言って警戒してないんだからマジで誰も来ないんだろうな。

ネイ「そろそろ……いいですかね」

 水辺ギリギリのところでネイがこちらを振り返り、優しそうに微笑んだ。

「なあ、ネイ……」

ネイ「少しだけ待っててください」

 そう言って、ネイが湖の中に足をゆっくりと踏み入れる。その瞬間、湖に照らされた月の光が輝き出し、辺りに風ふわっと舞い上がる。そして、どこからともなく芽が生え、蕾になり、そして白くて綺麗な花を咲かせる。

「……何やってんだ?」

ネイ「明日に備えて力を蓄えてるんです。ここは昔、私がゼラと約束を交わした地です。満月の日は1番月の力が集まる場所で、私にとっての聖地みたいなものです」

「……明日……か」

 明日……。明日なんて来なけりゃいいのに……な。

ネイ「……さて、ヴァルが納得出来るまでお話しましょうか」
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