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9 奢りとあらば
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そうやって香坂とひとしきりじゃれていた従兄さんが、俺の方を見る。
「せっかく来たし、なんか飲んでいきなよ。俺が奢っちゃうから」
「や、僕はあんまり酒飲めなくて」
こんなバーで出るようなお洒落な酒なんて、俺には無理だろう。
「じゃあ、飯食っていけば?」
そう言って従兄さんからメニュー表を差し出された。
へぇ、食事メニューがしっかりあるや。ここはバーとはいえ、酒だけじゃあなくて食事にも手間をかけているのか。そういえば香坂は調理補助が仕事だって言っていたな。
「……どれも美味しそうで、選ぶの難しい」
というより、オシャレな名前がずらっと並んでいて、どんな料理なのかさっぱりわからん。そんな僕の困惑を察したのか、従兄さんが「いいこと思いついた!」っていう顔をした。
「おい怜、お前まかないを今のうちに食っちまえ。で、前島クンの分も作ってやんな」
「ぁあ? ……ま、そんくらいはいいけど」
従兄さんの提案に、香坂は拒否りそうな顔をしたものの、従兄さんと僕を交互に見てからOKを出す。おお、まかないとか裏メニューじゃん? 僕ってなんか得してない?
というわけで、僕は従兄さんから店の隅のボックス席に押し込められてしばし待つ。
「ほらよ」
やがて香坂が持ってきたのは、ナポリタンだった。具沢山の大盛りで、とても美味しそうな匂いがする。
「え、これって冷凍じゃあないよな? 僕はナポリタンとか、母さんが買ってくるレンチンのナポリタンしか食べたことないんだけど」
出てきた料理のクオリティに慄いている僕を、正面にドカッと座った香坂がジロッと睨む。
「余りもんをぶっこんだんだよ。文句あるなら食うな」
「文句言ってないし、すごいねっていう話じゃん!」
なんか、香坂は僕をちょいちょいクレーマーに仕立て上げようとするな。
ナポリタンを食べてみると、パスタはもちもちの湯で加減だし、ケチャップがよく絡んでいて美味しい。僕は口がケチャップまみれになるのも構わず、はぐはぐと食べてしまう。
同じくナポリタンをこちらはキレイに食べていた香坂は、ふと食べるフォークを止めてそんな僕をじっと眺めてから、ボソッと言った。
「前島はαだろ? 俺のことはもういいから。こんな妙なΩをひっかけてないで、まともな女やΩのところへ行けよ。そもそもお前、俺のこと嫌いそうだったろ」
あれ、香坂の方も僕が嫌っているっていうことは把握していたのか。不良ってそういうことには無頓着かと思っていた。けどその辺りのことは別に隠すことでもないし、僕はナポリタンを食べ終わってケチャップまみれの口を、テーブルにあった紙ナプキンで拭いてから話す。
「それ、僕の勝手な『主役α』へのコンプレックス」
僕の素直な告白に、香坂は「なんだそれ?」と眉間に皺を寄せる。
「香坂、αだろって言われてたし。僕みたいなモブαは僻みしかなかったわけ」
「もっと意味わかんねぇわ」
香坂はフリではなくて本当に謎だと言う風に、首を捻っている。
「それにさっきのさ、まともっていうのがどういうのかは知らないけれど。香坂だってまともなΩなんじゃない?」
「はっ、どこがだよ? 言っとくが、同情なんざ死んでもいらねぇ。それか先生から、俺のことを聞いたのか?」
自嘲気味な香坂が警戒心を露わにするのに、僕は「いいや」と首を横に振る。
「なぁんも。だって医者って守秘義務とかあるじゃんか」
「……そっか」
僕の答えにホッと安堵の息を吐いた香坂は、Ωの自分を知られたくないようだ。まあαにもなんだかんだあるように、Ωにもなんだかんだあるだろう。けど、僕がどうにも腑に落ちないのが、香坂のフェロモンの匂いのことだ。
「思い返しても高一で隣の席になった時、香坂から匂った覚えがないんだよな。なんでだったんだろう? こんな蓮華の花のいい匂いなのに、変なのな」
「……は?」
僕が真面目に考えていると、何故か香坂が固まってしまった。
「どした?」
なんか変なことを言ったか? 今度は僕が首を捻っていると。
「ぶはっ!」
背後から笑い声がして、従兄さんがいつの間にか僕の後ろに立っていた。
「せっかく来たし、なんか飲んでいきなよ。俺が奢っちゃうから」
「や、僕はあんまり酒飲めなくて」
こんなバーで出るようなお洒落な酒なんて、俺には無理だろう。
「じゃあ、飯食っていけば?」
そう言って従兄さんからメニュー表を差し出された。
へぇ、食事メニューがしっかりあるや。ここはバーとはいえ、酒だけじゃあなくて食事にも手間をかけているのか。そういえば香坂は調理補助が仕事だって言っていたな。
「……どれも美味しそうで、選ぶの難しい」
というより、オシャレな名前がずらっと並んでいて、どんな料理なのかさっぱりわからん。そんな僕の困惑を察したのか、従兄さんが「いいこと思いついた!」っていう顔をした。
「おい怜、お前まかないを今のうちに食っちまえ。で、前島クンの分も作ってやんな」
「ぁあ? ……ま、そんくらいはいいけど」
従兄さんの提案に、香坂は拒否りそうな顔をしたものの、従兄さんと僕を交互に見てからOKを出す。おお、まかないとか裏メニューじゃん? 僕ってなんか得してない?
というわけで、僕は従兄さんから店の隅のボックス席に押し込められてしばし待つ。
「ほらよ」
やがて香坂が持ってきたのは、ナポリタンだった。具沢山の大盛りで、とても美味しそうな匂いがする。
「え、これって冷凍じゃあないよな? 僕はナポリタンとか、母さんが買ってくるレンチンのナポリタンしか食べたことないんだけど」
出てきた料理のクオリティに慄いている僕を、正面にドカッと座った香坂がジロッと睨む。
「余りもんをぶっこんだんだよ。文句あるなら食うな」
「文句言ってないし、すごいねっていう話じゃん!」
なんか、香坂は僕をちょいちょいクレーマーに仕立て上げようとするな。
ナポリタンを食べてみると、パスタはもちもちの湯で加減だし、ケチャップがよく絡んでいて美味しい。僕は口がケチャップまみれになるのも構わず、はぐはぐと食べてしまう。
同じくナポリタンをこちらはキレイに食べていた香坂は、ふと食べるフォークを止めてそんな僕をじっと眺めてから、ボソッと言った。
「前島はαだろ? 俺のことはもういいから。こんな妙なΩをひっかけてないで、まともな女やΩのところへ行けよ。そもそもお前、俺のこと嫌いそうだったろ」
あれ、香坂の方も僕が嫌っているっていうことは把握していたのか。不良ってそういうことには無頓着かと思っていた。けどその辺りのことは別に隠すことでもないし、僕はナポリタンを食べ終わってケチャップまみれの口を、テーブルにあった紙ナプキンで拭いてから話す。
「それ、僕の勝手な『主役α』へのコンプレックス」
僕の素直な告白に、香坂は「なんだそれ?」と眉間に皺を寄せる。
「香坂、αだろって言われてたし。僕みたいなモブαは僻みしかなかったわけ」
「もっと意味わかんねぇわ」
香坂はフリではなくて本当に謎だと言う風に、首を捻っている。
「それにさっきのさ、まともっていうのがどういうのかは知らないけれど。香坂だってまともなΩなんじゃない?」
「はっ、どこがだよ? 言っとくが、同情なんざ死んでもいらねぇ。それか先生から、俺のことを聞いたのか?」
自嘲気味な香坂が警戒心を露わにするのに、僕は「いいや」と首を横に振る。
「なぁんも。だって医者って守秘義務とかあるじゃんか」
「……そっか」
僕の答えにホッと安堵の息を吐いた香坂は、Ωの自分を知られたくないようだ。まあαにもなんだかんだあるように、Ωにもなんだかんだあるだろう。けど、僕がどうにも腑に落ちないのが、香坂のフェロモンの匂いのことだ。
「思い返しても高一で隣の席になった時、香坂から匂った覚えがないんだよな。なんでだったんだろう? こんな蓮華の花のいい匂いなのに、変なのな」
「……は?」
僕が真面目に考えていると、何故か香坂が固まってしまった。
「どした?」
なんか変なことを言ったか? 今度は僕が首を捻っていると。
「ぶはっ!」
背後から笑い声がして、従兄さんがいつの間にか僕の後ろに立っていた。
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