ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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七話

★濃霧の滝ツアー

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 唇が重なる。互いに酒の香りが残っていてキスをしているだけなのに更に酔いそうになる。

「はっ…んう、…ん、…」

 動く度にお湯がちゃぷちゃぷと波打った。静かなせいで余計に音が響く。

「んっ、ふ、ンン…!」

 舌を絡ませ、互いの唾液を交換する。

 ごくり

 フィンの喉仏が動くだけで心臓がドクンと高鳴った。もっとキスしたい。触れたい。舐めたい。そんな欲求につられ自ら噛みついた。

「んんっ…ふっ、ん、うう…」

 (隣の部屋にはソルが寝てるのに…)
 ここがどこだか忘れて目の前の存在だけを考えたい。そんな浅ましい欲求が全身を駆け巡った。

「ライ、…」

 名前を囁かれ何だと顔を上げれば、恐ろしい程色気のある顔で見下ろされた。オレンジの瞳が欲望で色濃く染まっている。
 (こんな綺麗な顔してても、雄なんだな…)
 目の前の男の欲求が自分に向けられているのが嬉しかった。見惚れている俺をよそにフィンの骨ばった手が脇腹から腹、腰を撫でてくる。

「やめっ、うっ…あぁ!?」

 反応しかけているそれに手を添えられあっと声が出た。とっさに手で口を覆うが間に合わずかなりの音量になってしまう。

「このっ、フィンっ…!!」

 キッと睨み付けるが、フィンは全く悪びれる様子がなく更に手の力を強めてきた。

「いっ、アアっ、くッ…バレたら…どうすん、だよ…んんっ!」
「どうせ奴は寝ている。それに私達は恋人だ。こうしていても何も後ろめたいことはない」
「風呂の中で普通やんねえからっ…!!」

 しかも壁一つ向こうには同僚がいる状況だ。よっぽどアブノーマルだろう。顔を背けてキスを拒絶すると、不満げに唸って顎や喉仏に吸い付いてきた。

「うっ、あ…また、くう…ンンっ…あと、つけんなっ、てっ!」
「頬を染めて嫌だと言われても説得力がないぞ、ライ」
「~~っ!!これは…っ、のぼせかけてんだよっ!」
「そうなのか?」

 確かめるように俺のを下から上に絞ってくる。すっかり勃ちあがって形を作っていた性器が跳ねるように反応した。

「んぐっ…!!ハッ、はあっ、ばか、っ、ほんとに!ダメ、だっ、ああっ…!や、めろっ!」

 すでに色々とアウトなのだがお湯の中で出しそうになりどっと冷や汗が浮かんだ。これ以上はダメだと本気で止めに入る。

「手、はなせっ、…出ちまう、からっ!くっ、うっ…動かすな!」
「出してはダメなのか?」
「ダメに決まってんだろ!温泉は、皆が利用すんだから…くっ、喋ってる時ぐらい、手止めろ!」

 フィンの手首を掴んで止めた。酔っ払いの癖に力が強い。

「迷惑になるのはいけないな」
「はっ、はあっ、アッツ…俺はもう出るからな…っ!」

 背もたれにしていた岩に足をかけて出ようとする。しかし半身出たところでフィンに腕を掴まれた。

「ライ待ってくれ」
「待たねえよ!ここにいたら茹でダコになるか社会的に死ぬかのどっちかしかねえんだからな!」
「大丈夫だ。誰にも迷惑をかけるつもりはない。ここに座ってくれ」
「はあ?!え、あ、っちょ」

 腰を両手で掴まれ再度岩に座らされる。お湯につかるフィンの方に体を向ける形になり嫌な予感がした。

「こうすれば問題ないはず」
「まてまて、んあっ…っ?!」

 フィンが股の間に顔を近づけたと思えば、先端をぱくりと咥えられしまう。

「んっ、あ、こら!何しっ、んん…!」

 お湯に出さなければいいんだろう?というように更に深く飲み込まれた。喉の奥の締め付けに、収まりかけていた熱が戻ってくる。

「いっ!なんで、そうなる…っ!もう、やばいん、だって…!あ、んんっ、はっ…イク、からっ!」

 ジュルルっ

「っああ!!」

 強く吸われあっけなく限界を迎えた。なんだかんだ久しぶりの射精で脳の奥が溶けそうだ。しかも最後の一滴まで飲み干そうと吸い出されその強すぎる刺激に呻いた。

「うあっ…っ、はっ、はあっ…はあ…」

 のぼせた体が更に使い物にならなくなる。前屈みに倒れかけたところでフィンが受け止めた。

「ライ…大丈夫か?」
「大丈夫なわけ、ねえ、だろがっ…誰のせいでっ…こうなってると…」

 サウナの前のリクライニングチェアに寝かされる。外気に触れた事でのぼせた体が徐々に冷やされていく。

「はあ…」

 横になると血流が落ち着いて少しましになるがまだ起き上がれそうになかった。

「あー…死ぬかと思った」
「ライが愛おしくてついやってしまった。すまない」
「ついじゃねえよ…確信犯だろ。てかあんたの方も処理しなくていいのか…あ」

 フィンのは反応してなかった。気持ちよくなっていたのは自分だけだったのかと焦っていると、フィンが安心させるように口付けてきた。ちゅ、ちゅと軽く触れたあと微笑んでくる。

「酒を飲みすぎて使い物になってないだけだ。ライとの触れ合いはちゃんと興奮していた」
「マジの飲み過ぎじゃねえか…大丈夫かよ」

 俺の記憶が残ってる範囲では、ソルは速攻潰れて、フィンとグレイは何かを話し込みながら酒を煽っていた。かなりの量だったし俺が寝た後も飲み続けていたなら相当な酒量になるだろう。

「てか初日から結構傷だらけだな」

 腕や首に切り傷がいくつもある。表面は塞がっている為出血するほどではないが痛々しさはちゃんとある。

「かすり傷だ。問題ない」
「あんたなら問題ねえかもしんねえけど…ちょっとソルに対して当たりが強くねえか?」
「そうか?」
「あんたって嫌いな相手は無視するタイプだろ。ああやって煽ったりやり合うのは逆に不自然に見えるっつーか」
「…無自覚だったが。そうだな。もしかしたら過去の自分に重なって見えているのかもしれない」
「過去の自分?」
「ああ。愚かで必死だった時の…若かりし頃の私を見てるようで…なんとも言えない苛立ちがわいてくる…」
「ソルがあんたと似てる…?真逆の間違いだろ??」

 紳士的なフィンとオラオラなソルではあまりにも違いすぎる。信じられないと首を横に振っていると、フィンがため息交じりに呟いた。

「私にだって若い時はある」
「ぷっ、ははっ!オラオラなあんたとか…面白すぎんだろ」
「笑うなんて酷いぞ!ライ!」
「あははっごめんごめん」

 声を出して笑った後、オレンジの瞳を真っ直ぐ見つめる。

「あんたの事がまた一つわかって嬉しいよ」
「…むう、そう言われると文句が言えなくなるだろう…」
「不死鳥にも若気の至りがあるって発見がな」
「ライ!」

 それから俺たちは他愛のない会話をしながら部屋に戻った。グレイが戻ってきて少し片づけてくれたのか大部屋がまともな状態に回復していた。俺とフィンは大部屋に布団をしいて少しだけ話した後眠りについた。長時間移動と先程の疲労で思い悩む隙もなかった。その晩は悪夢を見ることはなかった。


 ***


 翌朝、グレイに叩き起こされた俺達は二日酔いのまま車に押し込まれた。そして陸郎の運転で森の中を三十分程進み、少し開けた空間で下ろされた。

「ここは…」
「旅館の裏の山ヨ。例のバズり山って言えばいいかしらネ」
「バズり山…」

 周辺を確認する。吾郎が言っていた通り裏山の方は木々が鬱蒼としていて全体的に薄暗い。

「まだ午前中なのに夜みたいだな」
「ふふ、本当に幽霊でも出てきそうな雰囲気よネ。あ、陸郎クン、運転ありがと~♪」
「いえ。自分は見回りとゴミ回収などがありますので、二時間後またここに集まるという形でよろしいでしょうか」
「そうしまショ!何かあったら電話し…」

 スマホを確認するとまさかの電波ゼロ状態だった。ソルが「ありえねえぇ!」と絶叫してる。

「ここじゃ連絡手段はなさそうネ」
「はい。皆様でしたら大丈夫とは思いますが…どうか道中お気をつけください」

 陸郎は手慣れた手つきで軽トラからゴミ袋や鞄を取り出し森の中へと入っていった。

「さて、今回の旅行のメイン!滝見学ツアーの開始ヨ~!」
「「滝?!」」

 俺とソルの声が再び揃った。グレイは楽しそうに笑いながら何の目印もないけもの道を進んでいく。
 (こんな薄暗い道なのに全然迷ってねえ…)
 辺りを確認するが、鬱蒼と生い茂る木々は空を覆うように高く伸びて天上を蓋している。目印になるようなものは一切ない。俺ならすぐに迷ってしまうだろう。

「はあ、はあ、すごい湿度だな」

 額を拭うとべったりと濡れていた。時々見かける倒木にはキノコがびっしりと生えており、地面のぬかるみも酷い。気を抜けば滑り落ちそうだ。

「滝に近づくともっとすごいわヨ~」
「マジか…」
「おい!てめえら!滝なんて見てどうなるってんだよ!こんな山道で、ぜえっ、汗かいて…ぜえっ馬鹿みたいだ!!!」
「あんたの運動不足にぴったりじゃないノ」
「うるせえ!ぜえっ、はあっ、どうせ滝なんて建前で、ゼエッ、山奥で青姦するつもりだろ!」

 (ソルが言うと冗談に聞こえねえ…)
 ノリノリでやりそうだなんて偏見を抱いてげんなりしているとグレイが振り返ってきた。ソルを叱りつける。

「チョット、狼男だからって野蛮な事言わないでチョーダイ。ライが引いてるデショ」
「アア?!オレと化物を一緒にすんじゃねえ!」
「あーもう。きゃんきゃん吠えてないで歩きナサイ。一人はぐれて幽霊に連れてかれても知らないワヨ~」
「?!」

 幽霊という言葉にソルが顔を青くする。幽霊系が苦手なのかと意外に思っているとソルに睨まれた。

「何笑ってやがるっ!!」
「いや、別に」

「皆、こっちヨ~~」

 登りになっていた所を進み、視界の邪魔になっていた草木をどけた。すると

 ドオオオオっ

 見事な滝が現れ足が止まる。森の水を全てかき集めたかのような勢いに息をのんだ。

「すっげえ…」

 大量の水が叩き落ちてくる様は自然という制御不能な存在を強く感じさせられた。ギリギリの距離まで近づいて眺めると水が跳ね返ってきてシャワーを浴びてるみたいになる。

「わ、私はここから見ておくぞ…」

 フィンは俺達の十メートルぐらい後方からハラハラと見ていた。暴れ狂う大量の水は恐怖でしかないのだろう。

「は~マイナスイオンがすごいワ~フィンには可哀想だけど良い場所デショ」
「ああ、滝なんて初めて見た。結構感動するもんだな」
「ふふ、ここは前に来た時偶然見つけた所でネ。あたしのとっておきの場所なのヨ。ライ達を連れてこれて嬉しいワ」
「前に偶然見つけた…?なあ、あんたって」

 サアアア…

 ふと森全体が騒がしくなった。急に暗くなったと思えば辺り一面に霧が立ち込める。

「な、なんだ…?!」

 グレイの霧にしては広範囲すぎる。そのまま霧は木々や滝すらも飲みこみ、少し離れた場所にいたフィンの姿も飲み込んでしまう。

「フィン?!…グレイ?ソル!!」

 気付けば周囲に誰もいなくなった。

「なんなんだよ、これ…!何も見えねえじゃねえか!」

 ドンッ

 強い衝撃が背中にくる。体がのけぞる程の衝撃に俺はバランスを崩して倒れ込んだ。

「うわっ…!!」

 しかし両手が地面に着くことはなかった。肩を何か強い力で掴まれていて転ばずに済んだようだ。首を捻って確認すると、なんと狼が俺の上着を咥えていた。

「なっ?!」

 ただの狼じゃない。狼男になったソルだった。全身が毛皮に覆われ体も一回り大きくなっている。ほぼ完全状態に近い。

 ぐんっ

「いっ!?」

 何を思ったのか狼男は力任せに俺の体を上に放り投げた。突然の浮遊感になす術もなく、そのまま狼男の背中に着地する。四つん這いの狼男に乗っかった姿勢になった。

「え?!あ!おい!ソル!じゃなくて…狼!どこいくつもりだ…!!」

 タタタっ!タタっ!

 霧の合間を全速力で駆けていく。今みたいに霧で視界が悪くても鼻が良い狼にとっては問題ないのだろう。飛ぶように霧の合間を駆け抜けた。
 (もしかして助けに来てくれたのか…?)
 初めてきた場所のはずなのに山道を難なく走る姿は流石、野生の狼だ。しばらく山道を走った後、ふと狼男の足が止まる。

「ここ…少し霧が薄いな。上に進んだからか?」

 狼の背中から降りた後、ポンポンと腹を叩いた。狼は興奮気味に尻尾を振っている。何かと思えばぺろりと頬を舐められた。

「っ…!!」

 ザラザラとした舌が触れる瞬間びくりと体が揺れた。最後にこの姿と会ったのはレイプされた時だ。あの時の事を思い出し体が大袈裟なほど引きつってしまう。

 キュウウン…

 途端に狼が鼻を鳴らして伏せのポーズをした。怖がらせるつもりはない、と耳を垂らして申し訳なさそうにしてる。

「…そうだよな」

 何度か深呼吸すると手の震えも取れた。膝をつき俺も狼と目線を合わせる。

「あんたも襲いたくて襲ったわけじゃないんだよな」

 アウウ

「うん…もう大丈夫だ、行こう」

 狼の背中を叩き歩き出す。狼はチラリと俺を見て横に並んできた。それから五分ほど狼と山道を登っていくと前方に赤いものが見えた。

「あの形…鳥居か?」

 一瞬、見間違いかとも思ったが近くに行ってみると本物だった。しかもそれは延々と連なっており頂上へと進む道ができていた。

「なんでこんな山奥に鳥居が…」

 ゴロロロッ…

 そこで、今一番聞きたくなかった音が響いてくる。
 (嘘だろ)
 空を見上げた次の瞬間、雲に覆われた空が白光りした。

 ザバーーー!!

 途端、バケツをひっくり返したかのような土砂降りに襲われる。前も満足に見えない状況に流石に泣きたくなった。

 ワウウ!!

 狼が鳥居の道ではない方へと走り出す。ついていくと洞穴があった。避難場所にはちょうどいい。狼に続いて飛び込む。その背後でゴロゴロ…ピシャッとフラッシュが起きた。

「ひい!!」

 次の瞬間鼓膜を破りそうな程の轟音と大きな揺れに襲われる。

「はあ、はあ…ここに来れなかったらマジで死んでたな…」

 息を整えながら後ずさった。

「狼、あんたのおかげで二回も助けられたわ。ありがとな」

 ぽんっと後ろ手に触れようとした時、思っていた感触と違うものが当たった。立派な毛皮ではなく濡れた人肌のようなつるつるとしたものに…

「って、うわっ?!人間に戻ってる!」

 人型のソルがキョトンとこちらを見ていた。しかも全裸である。俺が飛び上がって驚くのと同時に、ソルも我に返ったのか怒りを爆発させた。

「くそっ!化物が!!勝手に入れ替わっといて、雷にビビったら引っ込むとか自己中すぎんだろアイツ!ぶん殴るぞお!!」
「ま、まあまあ、戻れてよかったじゃねえか」
「アア?よくねえよ!なんだこれは!服消し飛んでんじゃねえか!!全裸でどうやって帰んだよ!!」
「田舎だし案外いけるって」
「んなわけあるかあ!!じゃあてめえの服貸せや!オレの代わりに全裸で帰れ!!」
「なんでそうなる!」

 服を脱がされそうになり全力で拒否した。しばらく押し問答をした後ふと思い出す。

「はあ、はあ…そういや…グレイに何か渡されてたっけ」

 ショルダーバッグを開けて確認する。出発する前に「これも入れておきなさい」と詰め込まれたのがあった。

「…あ」

 なんと、ソルの痛Tシャツが入っていた。短パンもある。まるでこの状況になるのを予期していたかのような周到さに二人して絶句する。

「…とりあえずこれで帰れるな」

 服を手渡すと舌打ちで返された。

 ザーーー…

 雨音に包まれながら洞穴の岩に腰かけた。昨日の酒盛りで二日酔い気味だが眠気はない。いっそ眠れたら楽だったのだが。ふとソルの方をみた。着替え終わったソルはスマホを弄っては舌打ちしている。
 (目の下のクマ大分薄くなったな…)
 クマがないおかげで初めて会った時よりずっと健康的に見える。

「ソル、ちゃんと眠れてるみたいだな」
「ん、あ…ああ、おかげさまでな」

 ソルはスマホから顔を上げずに小さく答えた。

「てめえの方はどうなんだよ」
「え?」
「体の傷だよ。背中とか、もろもろ…怪我してただろ」
「ああ、誰かさんに襲われた時のか」
「うっ…るせえな!狼がつけた傷だろ!オレのせいじゃねえ!」
「狼男になっても意識はあるんだろ。そもそもけしかけたのはソルだ。狼だけのせいにするな」
「うぐぅ……」

 体を小さくして唸る。その小さくなった姿を見て少し溜飲が下がった。

「…はあ。別に化膿もしなかったし傷もほとんど治ってる。それに、ほら。あの時殴ってチャラにしたしな。これ以上蒸し返すつもりはねーよ」
「…クソお人好しが」
「文句あんならもう一発殴ってやろうか」
「いっ…らねえわ!てめえのパンチ痛すぎんだよ!」
「はは。てか、そんな事気にしてたのか。避けてたのもそれが理由かよ?」
「…ん。まあ……半分は、な」
「半分?」

 ソルがチラリと見てくる。今までの遠ざける感じの目ではなく、様子を窺うような目だった。

「ライ」
「なんだよ」
「てめえはあいつの事が好きなのか?」
「…フィンの事か」
「ああ。あいつと恋人になるとか…ありえねえだろ。あんな野郎のどこがいいんだよ。見た目は良くてもとんでもねえ腹黒だぜ?」
「外見が整ってるのは認めるのか」
「うるせえ!一般論だ、一般論!オレのがイケてるっつの!!」
「はは、まあ、腹は黒そうだよな」

 腹も黒いだろうし、まだまだ俺に見せてない面や秘密にしている事もあるだろう。だがそれを怖がっていたら関係は一向に深まらないし踏み込むことができない。
 (何より俺の体はフィンを求めている)
 悔しいことに、体はすっかり落ちてるらしい。この状態で心だけ足踏みしてもストレスがたまるだけだ。

「とりあえず一歩飛び出してみたって感じだし、俺にもよくわかってねえんだわ」
「はー見る目ねえなあ」
「うぐう…」

 今度は俺が唸る番だった。真人の一件もあり自分の人を見る目に自信が持てなくなっている。全く言い返せなかった。

「けっ、真に受けんじゃねえよ、うぜえな」
「真に受けるも何も否定できる材料がねえし…」
「てめえは受け入れすぎなんだ。器が大きすぎてクソ野郎も良しとしちまってんだよ!」
「そう…なのかな」
「そうだっつの!チッ!イライラするぜ!!」

 苛立ちを込めて睨まれる。ふと、真顔になったと思えば頬に触れてきた。

「ソル?」
「でも…わかった事がある。てめえの目がどれだけ濁ってても、オレが覚まさせてやりゃいいだけの話だ」
「え?」
「そうすりゃ全て解決だ」
「っ!近い近い!」

 壁ドンされる勢いで顔を寄せられ、思わずのけぞった。銀色の瞳は構わず射抜いてくる。

「てめえはオレの事好きなんだろ?」
「友人としてな??」
「友人もセックスするしほぼ一緒だろ」
「いやセフレと友人は全然違えから!って前も言ったろ?!」

 がしりと肩を掴まれ逃げれなくなった。まだ狼化してないし抵抗は可能だ。しかしその後の逃げ場がない。外はどしゃ降りで雷も定期的に鳴ってる。
 (外には逃げらんねえ…どうする…)
 迷っているとソルにショルダーバッグを奪われた。脱がしやすくなったところで服を引っ張られる。慌てて手首を抑えた。

「おいコラ!脱がそうとするな!殴るぞ!」
「うるせえっ!てめえのせいなんだからな!昨日の…てめえの甘ったるい声を聞かされて…ずっとムラムラしてんだよ!」
「っ…?!」

 (昨日の甘ったるい声ってまさか…)
 露天風呂の声が聞こえてたのかと顔が熱くなる。ソルは舌なめずりして腕に力を込めた。

「なあ、オレにもあの声を聞かせろよ」
「い、やだって…!今すぐ忘れろ!頼むから!」
「無理に決まってんだろ」

 ソルは俺の手首に噛みついてきた。甘噛み程度でも痺れるような痛みが走る。

「うっ、くうっ…」

 抵抗しようとソルの両手を掴んだ。力を込めようとした時、ソルがガバッと勢いよく振り向いた。

「!」

 俺のほうではなく洞穴の入口の方を睨みつけている。

「ソル…?」
「しっ、誰か来る」
「?!」

 雨音のせいで俺には何もわからないがソルには聞こえるらしい。緊張しつつ洞穴の入口を警戒した。
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