ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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七話

カオスな温泉旅行

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「二泊三日の温泉旅行へ行くワヨ!」

 突然グレイがそう宣言した。

「…は?」
「ダーカーラー旅行!今週末!行くワヨ!!」
「……誰が行くんだ?」
「床に落ちてるおバカちゃん二人とあたしとライの四人でよ」
「おバカちゃん…」

 俺達の足元には今しがた霧で強制的に眠らされたフィンとソルが倒れていた。隙があったとはいえこの二人を一瞬で黙らせてしまったのは純粋にすごいと思う。二人をチラリと見てからグレイに視線を戻す。

「なんで急に旅行なんだよ」
「このおバカちゃんタチ顔をあわせる度喧嘩するデショ。今だって昼食の並びで喧嘩し始めるし??小学生なの??馬鹿なの??好きな子取り合うガキなの~~!??ソルがうちに住むようになってもう一週間ヨ!一週間!そろそろこの環境に慣れてもらわないと困るワ!!」

 グレイは店の地下に住まわせる(=毎晩霧を使って睡眠を補填する)代わりにソルに仕事を任せた。在庫管理、発注、書類関係など、主にPC業務をやってくれてる。
 (ソルのおかげで店のデジタル化は成功したが…フィンとの相性が最悪だったんだよな…)
 店内を確認すると各所に破壊された備品が並べられている。なんとか修理できるものは直して使ってみてるが修理費だけでも軽く十万を越えてる。たった一週間で十万は痛すぎる出費だ。

「元々相性悪かったし、二人の関係を改善するってのは賛成だ。せめて干渉しあわないぐらいの距離感にしたいよな」
「デショデショ~!!!」
「でもどうして温泉旅行なんだ?近くを出かけるだけじゃダメなのか」
「裸の付き合いが大事なのヨ★」
「はあ、やっぱそういう魂胆か。顔を合わせるだけで言い合いになるのに裸の付き合いなんてできるわけねえだろ」

 血で真っ赤に染まった温泉につかるなんて嫌だぞ。

「こういう面倒くさい子達は荒療治が一番効くのヨ。任せてチョウダイ。あたしに良い考えがあるカラ」
「すげえ悪い顔してんじゃねえか。…まあ俺は温泉好きだし反対する理由もねえけど。てか、全員で行ったら店閉めることになるよな。いいのか?」
「今週の金曜日が祝日だからそこの三連休を使いまショ」
「え、祝日営業しないのかよ」
「全力で休むに決まってるデショ!祝日は“国民のお祝いの日”ヨ!祝日が絡んだ連休は全日お休み!そう決めてるノ!!」
「…そ、そうか」

 食い気味に言われ何も言えなくなる。裸の付き合いは難しいと思うが二人の関係が少しでも良くなるならやるべきだろう。

「うふふ!そうと決まれば善は急げネ!旅館に電話しなきゃ~!社員旅行ってことにして経費にして~、そうね、あそこも行かなきゃ…ふふ、楽しみネ~」
「二人には相談しなくていいのか?」
「いいのいいの。ライが行くなら二人ともついてくるシ」
「なんでだよ」
「せっかくの温泉イベントヨ?裸のライが見れる確定演出なのヨ?あの二人が断るわけないジャナイ。もちろんあたしもダケド★」
「おいコラ」

 グレイはそう言い逃げしてスマホ片手に姿を消した。廊下から話し声が聞こえてくる。どうやらもう話をつけているらしい。仕事が早い事だ。

「はあ…エサにしやがって」
「うっ、ライ……エサとは…何の話だ……?」
「!」

 フィンが頭を押さえながら起き上がる。グレイの霧の効果が切れたようだ。

「大丈夫か?あんたがグレイの霧食らうなんて珍しいな」
「私としたことが…情けない」
「はは。あ、待て」

 床に手をつこうとしたので横からそれを止める。

「皿の破片散らばってて危ねえから」

 床じゃなくてこっちな、と自分の手を差し出した。フィンはきょとんとした後嬉しそうに掴んでくる。

 ぐいっ

 立ち上がったフィンと見つめ合った。優しく微笑んでくる。今日も今日とてフィンはイケメンである。呆れつつ手を離した。

「ありがとう、ライ」
「大袈裟」
「ふふ、それで、先程の話だが」
「ああ今週末に連休があるだろ。そこ使って俺らで温泉旅行に行く事になったみたいだ」
「四人で旅行…正気か…?」

 フィンは嫌悪感を露わにした。あまりにも容赦のない反応に床でぐうぐう寝てるソルが哀れに思えた。

「なぜ狼男まで…一人ぐらい留守番させた方が防犯的に良いのではないか」
「ソルは一人じゃ寝れねえし置いてけねえだろ。仮に留守番やるとしても俺が適任だろうな」
「それはダメだ。ライが行かないなら私も行く意味がない」
「じゃあやっぱ四人に行くのが一番だろ?…俺はあんたと旅行に行けるの楽しみだぜ」
「!」
「あんたは楽しみじゃねーの?」
「そんなわけないだろう。嬉しいに決まってる!」

 俺の言葉に、フィンはすぐに表情を和らげた。刺々しい雰囲気が一転して、恋人に向ける甘い笑みに変わる。彫刻のように美しい顔立ちは真顔になると恐ろしいし、笑うと蕩けるほど甘くなる。とてつもない破壊力だ。

「恋人となったライとの初めての旅行だし、温泉とやらも初めてだ。ライと初めての経験を共有できるのは…何よりも嬉しいよ」

 フィンは目尻を下げ優しく囁いてくる。

「おまけがついてるのは癪だが…喜びのためにも目を瞑るとする」
「ワイワイするのも楽しいと思うぜ?」
「私は恋人と二人きりで静かに過ごす方が好みだ」

 そういって腕の中に抱かれ、フィンの香りに包まれた。ドキリと心臓が高鳴る。

 スル…

 体を抱いていた両手が移動して腰を掴んでくる。確かめるように撫でる手付きは完全に仕事相手に向けるものではない。

「おいフィンっ」
「ところでライ、体の方はどうだ?傷はまだ痛むか?」
「!」

 背中をさするように撫でられる。この一週間でソルにつけられた背中の引っかき傷は塞がった。痛みもない。寝返りを難なくやれるようになったしフィンもそれはよく知ってるはず。背中に置かれていた掌が段々と下に移動してくる。

 スルル…

 背骨を伝いながら腰、そしてその下へ。指先が下着の中に入ってきたところで

「フィンっ!」

 手首を掴み、引き剥がす。

「ばか!ここ店内だぞ!」
「…すまない。ライは聞かないと教えてくれないから、つい」
「ついじゃねえ!手で確認する前に口で説明させろって!下の傷もほぼ治った。けど…あんたとやるのはまだ無理だ。わりーけどもう少し我慢してくれ」
「そうか。こちらこそ謝らせてしまい申し訳ない。焦らせるつもりはないのだ。私は一年でも十年でも待てるから安心してほしい」
「十年って…それはそれでこえーよ」

 いつもの愛重ジョークに笑ってると、廊下の方から声がした。

「ちょっと~!そっちに誰かいル~?置き配届いたみたいだから運んどいて~何個かあるみたい!」

 俺が行こうとしたら肩に手を置かれる。

「私が行こう。ライはここで体を休めていてくれ」
「気にしなくていいっつってんのに…」
「愛する恋人には尽くしたい、そう思うのが当然だろう?」

 私に任せてくれ、と囁かれ頬にキスされる。そのままフィンは店の扉から外へ出てしまった。

「愛する恋人とか…さらりと言いやがって…」

 甘い台詞もだがそれに見合う容姿をしてるのがズルい。あれでは反論する気が起きなくなる。頬の熱さを手の甲で冷やしながら床の皿の破片を回収していった。

「よし、こんなもんか」

 あとは床で寝てるソルだけだ。ぺちぺちと頬を叩いてやる。

「!」
「ソル、おはよ」
「…チッ!」

 ソルは舌打ちしたと思えばさっさと立ち上がってしまう。そのまま早足に廊下へ向かった。
 (一週間ずっとこんな調子だな…)
 ソルが地下で暮らすようになってから俺とソルの接点はなくなった。仕事での関りもないし、食事を持っていく必要もない。何よりソル自身が俺を避けていて接触できなかった。

「ソル!」

 去っていく背中に声をかけた。

「なあ、なんでシカトすんだよ。俺何かしたか?」
「…別に、てめぇは何もしてねぇよ」
「じゃあなんだよ」
「………」

 チリリーン

 ソルが何か言いかけた時、店の扉が開いてフィンが現れた。手には大きな段ボールが二箱。箱のせいで顔が見えなくなってる。

「フィン、大丈夫か。一個持つわ…って…重ッ!!」
「まだ三箱ほど同じぐらいの重さのものが届いている。一体何が入っているのだ。まさか爆発物が入っているのではないか?」
「流石にそれはねえんじゃ…」
「この前の地下での爆発もある。一度中を確認した方がいいだろう」

 そういってフィンが箱の中身を確認しようとした。その時。

 ドン!!

「オレの荷物に触んじゃねえよ!化物が!」

 ソルが体当たりするように段ボール箱を横から奪っていく。フィンは体当たりされた左手側を手で払いながら目を細めた。

「随分なご挨拶だな。狼男。その箱には一体何が入っている?地下で何か良からぬ事をするのではないか」
「うっせえ!てめえに関係ねえだろ!」
「関係ない?地下で問題が起きれば多少なりとも私達に影響がでる。そんなことも想像できないとは流石、ケダモノは短絡的な思考のようだ」
「アア??」

 グルルルルッ
 
 二人が睨み合い火花を散らした。三十分前に喧嘩して眠らされたのをもう忘れてしまったのか。

「コラ!落ち着け二人とも!片づけたばっかなんだぞ!これ以上やるなら飯抜きだからな!」

 慌てて間に入って二人を引き離す。

「ほら、ソルは地下に荷物運べ。自分の荷物は自分でやれよ。フィンもこれ、買い出しのメモな。いつものようによろしくな」
「しかし、ライ…」
「ライてめえ…」
「文句は受け付けねえから!ほら、解散!行った行った!」

 俺に背中を押され二人は睨み合いながらもそれぞれ歩き出す。ソルは廊下へ、フィンは出入り口へ。二人の背中が見えなくなったところで

「はあ…もう旅行でも何でもいいから喧嘩しなくなってくれ…」

 頼むから、と俺は一人ため息を吐くのだった。


 ***


 そして時は過ぎ、旅行当日。

「着いたワ~~!んん~空気が美味しい~~!」

 眩しいほどの青空と、延々と続く田園地帯。遠くの方にはいくつもの山があり四方を囲むように連なっている。

「おいっ!!三時間かけてこんなど田舎に来たのかよ!4Gギリギリって電波死んでんじゃねえか!ここは地獄か?!」

 隣でソルがぎゃあぎゃあ騒いでいる。地獄とまでは言わないが無人駅レベルの田舎に連れてこられるとは思ってなかったので俺も内心動揺していた。ふと視線を感じて横を見れば、田んぼの手入れをしているおばあさんが怪しむようにこちらを見ていた。

「なあ、グレイ。あのおばあさん、めちゃくちゃ見てんだけど…」

 通報されるんじゃと変な汗が出てくる。靴に汚れ一つない都会感満載の男四人が現れて騒いでいたら気になるのも仕方ないだろう。顔面偏差値も引く程高いし(俺以外)田舎にいる面子には到底思えないはずだ。

「こんにちは~良い天気ですネ~」

 グレイはおばあさんににこやかに手を振って挨拶していた。おばあさんは会釈した後作業に戻っていく。

「ほら、大丈夫デショ。ちゃんと地主さんには連絡してあるカラ、どれだけ怪しまれても通報はされないはずヨ~」
「地主に連絡って…こんな田舎にもパイプがあるのか」
「長く生きてると色々あるモノヨ」

 ウィンクされ何とも言えない顔で応える。つくづく謎が多い存在である。

「グレイ」

 そこで俺の横で黙っていたフィンが口を開いた。

「これからどうするのだ?ここからの足はないようだが、まさか徒歩で移動するのか?」
「それも大丈夫!足ならお願いしてあるワ~」

 プップー

「ほら、来た来た♪」

 駅から一直線にのびてるでこぼこ道の向こうから軽トラが走ってくるのが見えた。助手席にいた男が身を乗り出して手を振ってくる。

「や~~グレイさーん、お久しぶりです~」
「きゃ~吾郎ごろうさん~今日も素敵ネ!」

 俺達の前で軽トラが止まったと思えば、50代かそこらの男が助手席から降りてくる。そのままグレイと親し気に挨拶した。俺らの視線に応えるように男は前に立って自己紹介を始めた。

「初めまして、皆さん。こんな田舎にようこそおいでくださいました。自分は吾郎という者です。皆さんが本日泊まられる竜塚りゅうづかの宿を親族で経営しております。あっちのは倅の陸郎ろくろうです」

 陸郎の方を見るが運転席から降りてくる様子はなかった。軽トラからこちらの様子をじっと見ている。田んぼのおばあさんと同じくらい目つきが悪い。

「寡黙でわかりにくい奴ですが仕事はしっかりやりますのでご安心ください。そして申し訳ありませんが四人をお連れするとなるとこの車しかなくて…お二人が荷台に乗っていただく形でもよろしいでしょうか」
「もちろんヨ~!シートまで敷いてもらっちゃってゴメンネ~!それじゃ、ジャン負けで荷台組決めちゃいましょ」

 グレイの合図でじゃんけんすると

「チッ」

 ソルとフィンが荷台組になった。二人とも不満げだが吾郎達の手前大人しくしているようだ。俺は後部座席の方に行きながら一度振り返った。二人は睨み合ったまま口を閉じている。
 (このまま大人しくしてくれてるといいが…)

 バタン!

 軽トラの扉が閉まりエンジンがかかった。流石に男六人乗ってると重量があるのかゆるりとした速度で発車する。次第にスピードに乗り、舗装されてない道を飛ばし始めた。結構怖い。

「いや~グレイさんが誰かを連れてくるなんて珍しい。しかも若い男三人。俳優さんみたいに顔も整ってて、おばあ達がはしゃぎそうですな!はっはっは」

 吾郎が助手席から体ごと捻って話しかけてくる。グレイはうふふと妖艶に笑った。

「一緒に仕事してる仲間ナノヨ。前から連れてきてあげたいなとは思ってたけど、良いタイミングで三連休が来てくれたから急遽お願いさせてもらったワ。急な予約だったのにありがとネ~~」
「いやいや!こちらこそ、今月は客の入りが悪かったので逆に助かりましたよ」
「アラ、そうなの?確かに三連休にしては観光客見かけないワネ」

 いつもなら県外ナンバー車をもう少し見かけるのに、と呟くグレイ。吾郎もそれに同意するように頷いた。

「実は一か月前…ぐらいですかね。うちの裏山で撮られた動画が拡散されまして、それが原因で森に不用意に立ち入る人が増えたんです。獣害やらゴミ問題やら酷い上にネットの影響で風評被害まで…本当に商売あがったりですよ」
「あらら~ほんとだワ~~がっつりバズってるじゃない~」

 グレイと一緒にスマホで確認する。電波が悪くて途切れ途切れだったが、山の中を走っている映像が見えた。タイトルは「腐樹で亡霊発見?!帰りに車が事故って怖すぎるんだが!」とある。有名配信者が動画をだした事でバズったようだ。

「うちの裏山は元々遭難者は多かったんですが、こんな風に連日侵入される事はなかったんで…正直、対処に困ってるんですよ。警察もネットが落ち着くのを待つしかないとの意見でして。グレイさん達ももし見かける事があれば変に絡まれる前に逃げるか通報するかしてくださいね」
「わかったワ」
「吾郎さん、元々遭難者が多かったというのは何か理由があったんですか?山はこの通り大量にありますよね」

 窓の外を見れば永遠に山が連なっているのが見えた。この大量の山の中、どうして吾郎さんの言う裏山だけバズったのだろう。

「ここらの山は広葉樹林なんですが、うちの方は針葉樹林なんですよ。暗い上に霧が出るもんで、きちんと準備してない人達は簡単に遭難してしまうんです。ネットで話題になる前から実は週一で救助依頼は発生していたんですよ」
「それは…結構多いですね」
「ええ、といっても死者が出るほどの事態にはなりませんよ。怪我人が出た場合新聞に小さく載る程度ですし我々地元民にとっちゃ当たり前になっておりますな。ただ、まあ…幽霊のようなものを見たという人はかなりの割合でいますね」
「ええっじゃあ動画の亡霊って…」
「自分は見た事ないですが、見える人には見えるのかもしれませんな、はっはっは!」
「視界が悪いから不安になって幻覚見ただけじゃないノ~~?」

 あはは、と二人が声を揃えて笑う。

「とはいえですね」

 ふと吾郎が笑うのをやめて真剣な顔になった。振り向いて声をひそめながら囁く。

「くれぐれも、夜の森へは立ち入らないようにしてください。獣や人…何が潜んでいるかわかりませんからね。絶対に入っちゃいけませんよ」

 脅すように言われ、ごくりと唾を飲み込む。

 ドンッ

 車体が大きく揺れた。グレイが「きゃ~~!」と言いながら抱きついてくる。いや、押し潰される。

「うぐっグレイ重い…!」
「あらー!レディに失礼ネ!」
「俺より一回り体がでかいんだから重くて当然だろ…!いいからどいてくれ」
「あは、それもそうね。ライはガリガリ君だし」
「誰がガリガリだ!あんたのタッパがチートなんだよ!」

 グレイの体をどけながら左右を確認する。どうやら今の衝撃で軽トラは停車したらしい。吾郎と陸郎はすでに外に出て後方を確認している。俺達も慌てて外にでた。

 グルルアウ!!

 狼の耳と尻尾を生やしたソルがいた。

「はあ?!」

 ソルとフィンが向き合うように立っていた。しかもかすり傷程度だがお互い全身に傷をこさえていた。出発早々傷だらけとは先が思いやられる。

「おい!何やってんだ二人とも!」
「ライ、離れてくれ。奴がうたた寝した事で狼化した。正気を失ってはいないが危険だ」
「フィン…」

「は~こりゃ驚いた。彼らも幻獣だったんですねえ」

 俺の横にいた吾郎が驚きの声をあげる。
 (幻獣のことを知っているのか)
 目を見開いて驚いていると吾朗が二人を眺めつつ説明した。

「うちの旅館は幻獣と深い関係がありまして。旅館を引き継ぐにあたって色々聞かされるんです。幻獣の知識や向き合い方など色々と。たまに幻獣のお客様もいらっしゃいますしね」
「幻獣の…すごいですね」
「いえいえ。何もおかしい事ではありませんよ。幻獣も人間もなーんも変わりません。皆ウチの温泉入ればニッコニコになりますから!根本は同じって事ですわ!はっはっは!」

 そう言って目元をしわくちゃにして笑う。グレイがここを選んだ理由が分かった。今みたいにソル達が暴れても人目が少ない環境(大自然)では大事になりにくいし、何より吾郎という素朴な人の良さに触れられるのは都会ではなかなかできない事だろう。

 ぱんぱん!

「はーい!そこまで!」

 グレイが手を叩いて注目を集める。それから狼男状態のソルの首根っこを掴み、ぶら下げるように持ち上げた。ソルは母犬に叱られた子犬のように縮こまって静かになる。

「あんたタチ、旅館で暴れてみなさい?永遠の眠りにつかせてあげるからネ?」

 キュウウン!!

 グレイの極太の脅しボイスを聞かされ、ソルは尻尾をくるんと丸めて股の間に挟んだ。相当怖かったらしい。その衝撃で耳と尻尾が引っ込んだ。それを見たフィンが警戒をといて吾郎達の前に移動する。

「吾郎殿。お騒がせして申し訳ありません」
「い、いえいえ、大丈夫ですよ。お体は大丈夫ですか?病院も二時間ほど走らせればご案内できますが」
「軽いものですからお気になさらず。ただ出発する前に座席だけ変えてもよろしいですか?また彼とやり合うのは避けたくて」
「ふむ、確かに。そこらの幻獣ならまだしも狼男相手では車が無事ではすみませんし!はっはっは!」

 (狼男の事も知ってるのか…)
 あの一瞬で見抜くなんて相当幻獣と渡り合ってきたのだろう。感心しつつ俺は手を挙げた。

「じゃあ俺が後ろいくよ。それなら大丈夫ですよね」
「ええ、ぜひぜひ、よろしくお願いします」
「吾朗さん~うちのおバカが運転の邪魔しちゃってごめんなさいネ。あたしが押さえておくから安心してチョーダイ!」
「はっはっは!グレイさんに掴まれたら誰も逃げれませんな~」

 グレイはソルの首根っこを掴みながら後部座席に乗り込んでいった。残った俺とフィンは見つめ合った後、荷台に乗りこんだ。そして再び走り出した軽トラは今度こそ旅館へと向かうのだった。
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