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六話
★無実の証明
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店に戻るとすぐにソルは地下室に隔離された。猟師が監視につくことになったが猟銃は取り上げておいた。大丈夫だとは思うが一応念のためだ。
「なるほど、そんなことになってたのネ」
そんな中、俺はグレイ達に手短に事情を話した。
「俺にはソルがやったとは思えなくてさ…」
「あたしもライの意見に同意よ。あの子…幻獣を毛嫌いしてるけど別に殺したい程じゃないと思うワ」
「だよな!?」
「ええ、ただのガキンチョだもの」
「ガキンチョ…」
「では問題は狼に幻獣を襲う習性があるのかどうかだな」
カウンターに背を預けていたフィンが口を開く。腕を組みながら終始顔をしかめていた。俺に置いていかれて不機嫌らしい。
「憑いた狼によると思うワ。生肉を食べたくなるパターンもあれば、手当たり次第噛みついちゃうパターンもあるわネ。でも…どっちにしても殺すまではやらないと思うノ。狼は無駄な狩りをしないと聞くし、それが自分より弱い幻獣なら余計ありえないデショウネ」
「誇り高い奴らなんだな、狼って」
「ええ。ガキンチョには似つかわしくない、美しくて強い生き物ヨ」
ソルはさっきキムチ炒めを美味しそうに平らげていた。ここ一か月の話でも食事はとれていたみたいだし、食欲は狼に操作されてなさそうだ。少なくとも「食欲で幻獣を襲った」って線は消えた。
「でも今の話は全て仮定の話ヨ。あの子に憑いた狼がとっても稀な幻獣を襲う狂暴なタイプかもしれないシ。一番厄介なのは本人にも狼の事がわからないという事。意識が入れ替わりで出てくるから…あの子を問い詰めたところで出てくるのは暴言だけヨ」
「今ある情報だけじゃソルジの無実は証明できないって事か…」
「ええ、力になれなくてごめんなさいネ」
「いやグレイが謝る事じゃねえから。とりあえずどうにかして無実を証明しねえと…猟師に殺されちまう」
すっ
そこでフィンが挙手した。俺たちの視線を集めてから話し出す。
「狼男を地下室に隔離するのはどうだ?数日閉じ込めておけば勝手に事件が起きて狼男の無実が証明されるし、奴が犯人なら事件も起きなくなる…一石二鳥だろう?」
「それいいジャナーイ!地下室は施錠できるしかなり頑丈に作ってあるから狼男になっても平気ヨ!」
「爆発にも耐えるぐらいだもんな」
「うふふ」
文句ある~?と笑みを向けられる。降参するように肩をすくめて俺も賛成した。
「被害者が増えるのを待つのは気が引けるが、俺たちの言葉じゃあの猟師は納得してくれそうにないもんな」
「猟師って一人でやる仕事だから頑固で打算的になっちゃうのヨ。許してあげテ」
わかってるよと小さく頷く。それから立ち上がった。
「そうと決まれば地下室の二人に話してくる。あんた達は開店準備しててくれ。話を付けたらすぐ戻る」
「了解。気を付けるのヨー」
「待てライ!私も行く!」
廊下を進んでるとフィンが追いかけてきた。
「フィン…俺だけで十分なのに」
「だめだ。狼男も猟師も信用できん」
「猟師はともかくソルは良い奴だぞ」
まだ知り合って数時間だし「多分」だが根は良い奴だと思う。俺の言葉にフィンは面白くなさそうな顔をした。
「…ライはすぐ絆される」
「なっ…俺だってちゃんと考えてるからな」
「ふん、どうだかな。ライはすぐ人を信じるし助けようとする。その癖脇が甘いから毎回怪我をするのだ…見てられない」
「はあ??」
そっちだって誰彼構わず遠ざけて信用しない癖に。どっちが悪いなんて言える立場にないだろ。俺は言いかけた言葉を飲み込んで進行方向に視線を戻した。歩きだす。
「ライ!」
追いかけるように名前を呼ばれたが足は止めない。チラリと振り返って言った。
「あんたは店の準備があるだろ。ちゃんと気を付けるから心配するな」
「ライ…」
反論したそうなフィンを置いて急ぎ足で廊下を進んだ。そのまま地下室に入る。
「よう、話はまとまったか?」
猟師が暇そうに振り返ってきた。奥にいたソルと目が合い睨まれる。俺は安心させるように頷いて見せた。
「聞いてくれ。グレイと話したんだが……」
「なるほど。そりゃいい案だが、俺も暇じゃないしなあ。ただ待ってるわけにもいかねえよ」
次の幻獣狩りをするにもこの付近に滞在していては仕事にならない。猟師の言い分も理解できるしそう言われるかなと予想していた。俺は用意していた台詞をそのまま口にした。
「その事だが、待ってもらう間俺が金を出すってのはどうだ」
「んん?つまり?」
「ソルの無実が証明されるまで時給を計算して日給って形であんたに払う。それならあんたもタダ働きにならないし問題ないはずだ」
「うーん、確かになあ」
猟師は考え込んでいたが俺の方を見て首をかしげる。
「俺の時給は決して安くねえぜ。すぐに事件が起きるかもわからねえのにそんな条件たてて大丈夫か?最悪破産するぜ?」
「…金ならある程度手元にあるから安心してくれ」
「そういう心配をしてるわけじゃないんだが…やれやれ。まあいいさ。どっちに転んでも依頼は完遂できる。いざとなりゃ狼男を殺せば金になるし俺にとっちゃ悪い話じゃねえ」
「じゃあ…」
「あんたの金が尽きるか・決定的証拠を掴むまでは手を出さねえ事を約束しよう」
そう言って猟師が地下室をのぼっていく。地下室をでる寸前、振り返ってきた。
「俺の方でも他に犯人がいないか探してみるが…どうせ何も起きないまま時間がすぎてくだけだ。金が尽きる前にさっさと引き渡した方がいいぜ」
「…ご忠告どうも」
「睨むなよ。イケメンが台無しだぜ。じゃあな」
そう言って出ていく。俺は浅くしていた呼吸を取り戻すように大きく息を吐いた。
「はあー…なんとか首の皮一枚繋がったか」
「オイコラ!!何が首の皮だ!てめえの首まるごと差し出してんじゃねえか!!くそお人好しが!」
ソルが両手を縛られた状態で暴れている。
「大丈夫だって。あんたは何も悪い事はしてない。堂々としてたらいいんだ」
「…チッ」
舌打ちした後ソルは背中を向いてしまった。
(頼むから大人しくしててくれよ)
本当にソルが犯人じゃないならこれで証明できるはず。俺は内心祈りながら地下室を後にする。
ジュルリ…
扉を閉める寸前、銀色の瞳がこちらに向けられていた気がしたが気のせいだと思う事にした。
***
その日の営業もいつも通りドタバタで過ぎていった。小さなトラブルは起きつつもそれすら慣れてしまった俺は普段通りに対応していく。しかしふと疑問に思った。近くで幻獣が襲われたというのに店は盛況しているのだ。客たち(幻獣)は怖くないのだろうか。
「なあグレイ」
カウンター席で一服していたグレイに尋ねてみる。
「それはほら…あんた達人間だって殺人事件が起きても外に出なくなるわけじゃないデショ。そういう事ヨ」
自分がまさかそんな目にあうわけがないって思うのか。なるほど。
「そうだワ。ライ、話ついでに聞くけど、ピクシーはどこで殺されたノ?」
「歓楽街の西の路地裏だ。袋小路になってる所」
「ああ、あそこネ。元々治安が悪い所だけど変ネエ。ピクシーは森の中や田舎に住んでる事が多いノ。こんな都会にわざわざ何しに来たのカシラ」
「…誰かが連れてきたとか?」
龍矢みたいに幻獣を集めてる者がいたりして。
(というか龍矢のコレクションだったりして…)
そこまで考えて身震いする。なるべくなら龍矢とは関わりたくない。奴の案件はろくでもないと学んだばかりだ。
「ピクシーは観賞用としても人気だしあり得るワ。抜け出したところを襲われちゃったのなら…タイミングが良すぎる気がするケド」
「…そうだよな」
グレイは考え込むような顔をして静かになった。時が止まったかと不安になる。
「グレイ?」
「…まあいいわ。あとで現場に行って弔ってくるワ。いくらほとんどの人間に見えないっていっても幻獣の死体を残すわけにはいかないシ」
「悪いな…やらせちまって」
「いいのヨ。これもつじつま合わせの一環ダカラ」
そう呟いてグレイは煙草の火を消した。ぱんぱんと手を叩く。
「さて、奥のお客さん寝ちゃってるシ!少し早いけど閉店準備しちゃいまショ!フィン~!あんたお客さん運んでくれル?起きそうだったらタクシー呼んで突っ込んどいて」
呼びかけられたフィンが顔を上げる。
「起きなかったら?」
「カバン漁って免許証探して★住所さえ教えればタクシーのおじさんが連れてってくれるからサ★」
「つまりタクシーを呼べと。心得た」
フィンが客の対応をしてる間に俺は水回りとレジの閉め作業を行った。なるべく早く終わらせてグレイに報告する。
「終わったぞ」
「あら早いワネ。今日は特にやることないし上がっていいワヨ。お疲れサマ~」
「お疲れ様。なあ、グレイ」
「なーに?」
「これ、まかないの残りが入ってる。…その、よかったら地下に持っていってくれ」
「あら…あの子のだったのネ」
冷蔵庫からタッパーを取り出して渡した。グレイは驚くように瞬きをした後、タッパーを押し返してくる。
「あんたが渡しなさいヨ。あたしやる事あるシ」
「いや…だけど…」
「ああ、もしかして遠慮してくれてるノ?あたし達がセフレだから?あはははっ!そんな気遣いしなくていいカラ!」
何が面白いのか腹を抱えて笑っている。俺はタッパーを持ったままなんとも言えない顔をした。
(そりゃ遠慮するだろ…)
セフレとはいえ妙に親し気?特別感?を出す二人だ。間に入って恨まれたくない。
「なんとなく言いたい事はわかるケド。あたしとあの子はセフレ以上でもそれ以下でもないわ。だって人間と幻獣だし価値観は永遠に平行線だから…って…あら、失言ネ」
ごめんなさいと謝ってくる。俺とフィンに飛び火したのを謝っているらしい。別にその通りだし気にしてないが「大丈夫だ」と頷いておく。
「そう。よかった。とにかくあたし達はもう何の関係もないから気にしないノ!じゃ、そろそろ出掛けてくるわネ!」
今日は薬局も行きたいのよネ~と言いながら去っていく。残された俺はタッパーと廊下を交互に見て、ため息を吐くのだった。
「おーい、起きてるか」
地下室に入るとソルは横になっていた。両手が拘束されたままで寝苦しそうだ。
「うるせ、起きてるっつの…」
のろのろとソルが起き上がった。俺はその正面に座ってタッパーの中身を見せる。
「腹減ったろ?これ、食わないか?」
「…てめえが作ったのか」
「ああ。毒は入ってねえから」
証明しようと自分で食べてみたらソルが牙を剥いてキレてくる。
「ゴラア!オレの飯を食うな!ぶっ飛ばすぞ!!」
「うわっ暴れるなってほら」
慌ててスプーンで奴の口に運んだ。ソルは咀嚼しながら美味しいというように唸っている。一粒残さず五目ご飯と煮物を食べきったソルはペロリと舌なめずりをした。
「まだ足りなさそうだな」
「うっぷ…腹はいっぱいになったが…甘いモンが欲しいぜ」
「へえ、意外に甘党か」
「アア!?文句あっか?!!」
「いや文句なんてねえけど…。じゃあ明日プリンを作ってやるよ」
「マジかッッ??!!」
「ちゃんといい子にしてたらな」
「言われなくてもわかってらあ!おいカラメルも甘くしろよ!!」
「はいはい」
ソルは尻尾をフサフサ揺らしながら喜んでいる。って、待てよ、尻尾ってまさか。
「おい!なんで尻尾が出てんだよ?!」
ソルは縛られたまま尻尾を生やしていた。理性を失った様子もなく普通に会話できてたせいで油断していた。ソルは自分の尻尾を見たあと気まずそうに後ろに隠した。
「はあ?!ちっちげえし!!腹膨れて眠くなったから…出てきちまっただけだっ!!」
「眠気=尻尾なのか…」
「あんま見るんじゃねえ!!噛むぞ!!」
「悪かったって。寝不足だって言ってたしな。ここで寝れそうか?こんな固くて暗い場所で申し訳ねえな」
ちなみにトイレも地下室に完備されてるので数日なら問題なく暮らせるはずだ。
「ああ??謝んじゃねえよ!クソうぜえ!!」
唸るようにウザイと言ったあと声量を一気に落として呟いた。
「チッ…ここは…まあ、狭いし暗いし何もねえが…陰キャのオレにはぴったりだ。逆に落ち着くぐらいだぜ」
「…そっか」
強がりとはいえ俺をフォローしてくれたのだとわかって嬉しかった。
「問題があるとすりゃ性欲ぐらいだろ」
確かに。苦い顔で同意してると笑われた。
「てめえ時々色気あるんだよなあ。普段はクソうぜえだけだが」
「はあ?色気なんてねえから」
欲求不満すぎて幻覚見てるぞと指摘する。するとソルは歯を出してにししと笑った。
「そうか~?なんかいい匂いもするぜ?」
「料理の仕事してるからだって。おい!嗅ぐな!」
近寄ってきた頭を掴んで引き剥がす。ソルは銀色の瞳でこちらを射貫いたまま動かない。見つめあってるのも気まずくて横にそらすとソルは舌なめずりをした。
「なあ、ライぃ…ちょっと触ってくんね?」
「はあ!?」
「食欲のついでに性欲も相手してくれって言ってんだよ」
「なんでだよっ!嫌だって!」
最悪なことにソルに大きな耳が生えていた。眠気なのか性欲のせいなのか狼化が進んでる。このままではやばい。
「おい!落ち着けっ…うっ、舐めるなっ!仕事終わりで…っく、汗かいてんだ、から!」
ぺろぺろと腕や腹を舐められる。くすぐったさと恥ずかしさに襲われた。
「んんっ…やめ、ろって…!」
「しょっぱ。こりゃデザートにはならねえな」
「うっ、誰がなるかっ!くうっ…はな、れ、ろっ!」
上に乗っかってくるソルの肩を押し戻そうとする。しかしビクともしなかった。狼男の馬鹿力を見せつけられる。
(くそっ…!)
表情はソルのままだが理性を失うのも時間の問題だろう。俺が抵抗するのを見てソルは酷くイラついていた。服に噛みついて引っ張ってくる。
「てめえなんで嫌がるんだよっ!恋人いねえんだろ?!なら誰としたっていいじゃねえか!」
「恋人はいなくても…っ誰でもいいわけじゃねえから!」
「ああ?!オレとは嫌なのかよ!!」
「友人とセックスするなんて嫌すぎるわ!!」
言いながらハッとした。
(そうだよ…俺は…誰とでもセックスするタイプじゃねえし、友人とやるなんてもっての外だ)
つまりフィンと触れ合って、しかも気持ちよくなれてるなら…それはもう…。
ガブッ
考え事から引き戻すようにソルが腕に噛みついてくる。
「イッてぇ…!!おい!」
「黙れ!これ以上ぐだぐた言うならてめえをここで犯すぞ!!」
「…!!」
殺意にも似た性欲をぶつけられる。そのあまりにも強い欲望に一瞬体が固まってしまった。
カツン
「ライから離れろ、ケダモノが」
フィンだった。地下室を降りながら俺たちの状況を確認して眉をひそめる。ケダモノと呼ばれたソルが牙をむいて顔を上げた。
「アアっ?!てめえもケダモノだろが!!クセえんだよ!!」
幻獣の匂いがプンプンしやがる。そう指摘されるとフィンは笑みを深めた。
「お前のようなケダモノと同じにするな」
「は!!綺麗な顔で取り繕っても無駄だぜ!てめえは今まで会ってきた幻獣の中でも断トツで性格悪そうな匂いしてるぜ!!性格クソブス野郎が!」
「………」
中指を立てられフィンから表情が消えた。ピリッと空気がひりつく。
(やばいやばい…!)
こんな狭いところで暴れられたら俺も地下室も無事ではいられない。頼むから炎は出すなよとフィンに視線を送った。フィンはチラリとこちらを見てまた前に視線を戻す。
ブチブチっ
ソルは両手の拘束を引きちぎって四つん這いになる。全身が銀色の毛に覆われ完全な狼男になっていた。
「ほう。これはこれは、ケダモノらしい姿になったじゃないか」
フィンが暗い笑みを浮かべる。ソルは唸ってるばかりで反論しなかった。いやできなかった。どうやら人間としての正気も失っているらしい。
グウアアウ!!
ソルが走り出す。地下室なので狼の跳躍は封じられている。その分素早い動きで突進していった。鋭い牙がフィンの首に向けられ
ガブッ
フィンの肌を食い破る。その嫌な音に顔をしかめた。
「フィン…!!」
そこから動くな、と目で制したあとフィンは前に視線を戻した。首を狙ったはずの噛みつきは首の手前に構えていた腕に防がれていた。フィンはそれを冷たい顔で見下ろしている。
「まったく。獣は動きが予測しやすいな」
ドスッ
ソルの首に手刀をいれた。あっけなく意識を飛ばし倒れ込むソル。床に倒れる時には耳も尻尾も引っ込んでいて人間に戻っていた。近寄って体を確認する。
「寝てる…みたいだな」
「ああ。狼化はとけたみたいだが…また暴れられても面倒だ。縛っておこう。そんな事よりもライ。大丈夫だったか?何もされてないか?」
フィンは仕事着のままだった。泥酔した客をタクシーに運んだあとすぐに駆けつけてきてくれたのだろう。
(さっき俺、廊下で嫌な態度とったのに…)
心配してくれたのだとわかって胸が熱くなった。
「大丈夫だ。助けにきてくれて…ありがとな」
俺の言葉にフィンはホッとしたような笑みを浮かべる。ソルと向き合っていた時とは全くの別人だ。
「ライが無事でよかった」
「っ…」
あまりにも綺麗な顔で微笑んでくるせいで直視できなかった。薄暗い地下にいるのに輝いて見える。視線を横に逃がしながら早口で言った。
「あんたの方が大丈夫じゃないだろ。上行って腕の傷、手当てしねえと」
「この程度の傷明日には塞がってる。私は気にしなくていい。それこそライ。どうしてここに?食事を運ぼうとしたのか?」
床に落ちたタッパーとスプーンを見て状況を把握していく。それを拾い上げて俺に手を差し伸べてきた。無言でその手を握る。
ぐいっ
勢いのままフィンの胸に飛び込み、一瞬だけ抱き合った。フィンの匂いに包まれるその瞬間、ソルには抱かなかったソワソワを全身に感じる。
(やっぱり違う…)
フィンは友人ではない。今更すぎるのだがやっと俺は理解した。俺にとってフィンは友人以上の存在で、しかも触れ合って喜べるレベルの好意を抱いている。そう気づいた瞬間急に恥ずかしくなった。
すっ
俺が押しのけるより先にフィンの腕が離れていった。セフレ脱却のあれで意図的に接触は減らされてる。
(なんだよ)
そのそっけない態度に味気ないと思ってしまう自分がいた。この感覚もいつもと違う。フィンをいつも以上に意識してる自分に動揺する。
「ライ。今後は、奴への食事は私が持っていこう。奴と二人きりにならない方がいい」
「だめだ。あんたとソルじゃ毎回殺し合…喧嘩になるだろ」
「ではグレイに頼むか?二人は親しいのだろう?」
「親しいっつーか…なんか互いに避けてるっぽいんだよな…」
まだ俺は二人が話してる所を見てない。互いに接触を避けてるのだとしたら無理やりやらせて拗らせるのもよくない。
「やっぱり俺がやるしかない気がする…」
「何故そこまで奴に構うんだ?まさかライ、奴に気があるのか?!」
「なんでそうなるんだよ。ソルはただの友人だ」
「友人…つまりセフレ…」
「じゃねえよ!俺の性格じゃセフレとか割り切った関係は向いてねえから!見てたらわかるだろ??」
「確かに。絆されて丸め込まれそうだな」
「うるせっ!わかってんなら言うな。とりあえずここにいても仕方ねえし…部屋に戻ろうぜ」
黙ったまま地下室を出る。部屋に戻るまでの道中、ついついフィンの体に目が行ってしまう。触れたい。抱き合いたい。そんな欲が出てくる。
(くそっ、落ち着けっ)
せっかくフィンが「セフレ脱却」という目標を掲げたのに俺が破壊するわけにはいかない。早々とベッドに入って寝てしまったフィンの背中を眺めため息をつく。
「はあ」
俺は悶々とした気持ちのまま眠りにつくのだった。
「なるほど、そんなことになってたのネ」
そんな中、俺はグレイ達に手短に事情を話した。
「俺にはソルがやったとは思えなくてさ…」
「あたしもライの意見に同意よ。あの子…幻獣を毛嫌いしてるけど別に殺したい程じゃないと思うワ」
「だよな!?」
「ええ、ただのガキンチョだもの」
「ガキンチョ…」
「では問題は狼に幻獣を襲う習性があるのかどうかだな」
カウンターに背を預けていたフィンが口を開く。腕を組みながら終始顔をしかめていた。俺に置いていかれて不機嫌らしい。
「憑いた狼によると思うワ。生肉を食べたくなるパターンもあれば、手当たり次第噛みついちゃうパターンもあるわネ。でも…どっちにしても殺すまではやらないと思うノ。狼は無駄な狩りをしないと聞くし、それが自分より弱い幻獣なら余計ありえないデショウネ」
「誇り高い奴らなんだな、狼って」
「ええ。ガキンチョには似つかわしくない、美しくて強い生き物ヨ」
ソルはさっきキムチ炒めを美味しそうに平らげていた。ここ一か月の話でも食事はとれていたみたいだし、食欲は狼に操作されてなさそうだ。少なくとも「食欲で幻獣を襲った」って線は消えた。
「でも今の話は全て仮定の話ヨ。あの子に憑いた狼がとっても稀な幻獣を襲う狂暴なタイプかもしれないシ。一番厄介なのは本人にも狼の事がわからないという事。意識が入れ替わりで出てくるから…あの子を問い詰めたところで出てくるのは暴言だけヨ」
「今ある情報だけじゃソルジの無実は証明できないって事か…」
「ええ、力になれなくてごめんなさいネ」
「いやグレイが謝る事じゃねえから。とりあえずどうにかして無実を証明しねえと…猟師に殺されちまう」
すっ
そこでフィンが挙手した。俺たちの視線を集めてから話し出す。
「狼男を地下室に隔離するのはどうだ?数日閉じ込めておけば勝手に事件が起きて狼男の無実が証明されるし、奴が犯人なら事件も起きなくなる…一石二鳥だろう?」
「それいいジャナーイ!地下室は施錠できるしかなり頑丈に作ってあるから狼男になっても平気ヨ!」
「爆発にも耐えるぐらいだもんな」
「うふふ」
文句ある~?と笑みを向けられる。降参するように肩をすくめて俺も賛成した。
「被害者が増えるのを待つのは気が引けるが、俺たちの言葉じゃあの猟師は納得してくれそうにないもんな」
「猟師って一人でやる仕事だから頑固で打算的になっちゃうのヨ。許してあげテ」
わかってるよと小さく頷く。それから立ち上がった。
「そうと決まれば地下室の二人に話してくる。あんた達は開店準備しててくれ。話を付けたらすぐ戻る」
「了解。気を付けるのヨー」
「待てライ!私も行く!」
廊下を進んでるとフィンが追いかけてきた。
「フィン…俺だけで十分なのに」
「だめだ。狼男も猟師も信用できん」
「猟師はともかくソルは良い奴だぞ」
まだ知り合って数時間だし「多分」だが根は良い奴だと思う。俺の言葉にフィンは面白くなさそうな顔をした。
「…ライはすぐ絆される」
「なっ…俺だってちゃんと考えてるからな」
「ふん、どうだかな。ライはすぐ人を信じるし助けようとする。その癖脇が甘いから毎回怪我をするのだ…見てられない」
「はあ??」
そっちだって誰彼構わず遠ざけて信用しない癖に。どっちが悪いなんて言える立場にないだろ。俺は言いかけた言葉を飲み込んで進行方向に視線を戻した。歩きだす。
「ライ!」
追いかけるように名前を呼ばれたが足は止めない。チラリと振り返って言った。
「あんたは店の準備があるだろ。ちゃんと気を付けるから心配するな」
「ライ…」
反論したそうなフィンを置いて急ぎ足で廊下を進んだ。そのまま地下室に入る。
「よう、話はまとまったか?」
猟師が暇そうに振り返ってきた。奥にいたソルと目が合い睨まれる。俺は安心させるように頷いて見せた。
「聞いてくれ。グレイと話したんだが……」
「なるほど。そりゃいい案だが、俺も暇じゃないしなあ。ただ待ってるわけにもいかねえよ」
次の幻獣狩りをするにもこの付近に滞在していては仕事にならない。猟師の言い分も理解できるしそう言われるかなと予想していた。俺は用意していた台詞をそのまま口にした。
「その事だが、待ってもらう間俺が金を出すってのはどうだ」
「んん?つまり?」
「ソルの無実が証明されるまで時給を計算して日給って形であんたに払う。それならあんたもタダ働きにならないし問題ないはずだ」
「うーん、確かになあ」
猟師は考え込んでいたが俺の方を見て首をかしげる。
「俺の時給は決して安くねえぜ。すぐに事件が起きるかもわからねえのにそんな条件たてて大丈夫か?最悪破産するぜ?」
「…金ならある程度手元にあるから安心してくれ」
「そういう心配をしてるわけじゃないんだが…やれやれ。まあいいさ。どっちに転んでも依頼は完遂できる。いざとなりゃ狼男を殺せば金になるし俺にとっちゃ悪い話じゃねえ」
「じゃあ…」
「あんたの金が尽きるか・決定的証拠を掴むまでは手を出さねえ事を約束しよう」
そう言って猟師が地下室をのぼっていく。地下室をでる寸前、振り返ってきた。
「俺の方でも他に犯人がいないか探してみるが…どうせ何も起きないまま時間がすぎてくだけだ。金が尽きる前にさっさと引き渡した方がいいぜ」
「…ご忠告どうも」
「睨むなよ。イケメンが台無しだぜ。じゃあな」
そう言って出ていく。俺は浅くしていた呼吸を取り戻すように大きく息を吐いた。
「はあー…なんとか首の皮一枚繋がったか」
「オイコラ!!何が首の皮だ!てめえの首まるごと差し出してんじゃねえか!!くそお人好しが!」
ソルが両手を縛られた状態で暴れている。
「大丈夫だって。あんたは何も悪い事はしてない。堂々としてたらいいんだ」
「…チッ」
舌打ちした後ソルは背中を向いてしまった。
(頼むから大人しくしててくれよ)
本当にソルが犯人じゃないならこれで証明できるはず。俺は内心祈りながら地下室を後にする。
ジュルリ…
扉を閉める寸前、銀色の瞳がこちらに向けられていた気がしたが気のせいだと思う事にした。
***
その日の営業もいつも通りドタバタで過ぎていった。小さなトラブルは起きつつもそれすら慣れてしまった俺は普段通りに対応していく。しかしふと疑問に思った。近くで幻獣が襲われたというのに店は盛況しているのだ。客たち(幻獣)は怖くないのだろうか。
「なあグレイ」
カウンター席で一服していたグレイに尋ねてみる。
「それはほら…あんた達人間だって殺人事件が起きても外に出なくなるわけじゃないデショ。そういう事ヨ」
自分がまさかそんな目にあうわけがないって思うのか。なるほど。
「そうだワ。ライ、話ついでに聞くけど、ピクシーはどこで殺されたノ?」
「歓楽街の西の路地裏だ。袋小路になってる所」
「ああ、あそこネ。元々治安が悪い所だけど変ネエ。ピクシーは森の中や田舎に住んでる事が多いノ。こんな都会にわざわざ何しに来たのカシラ」
「…誰かが連れてきたとか?」
龍矢みたいに幻獣を集めてる者がいたりして。
(というか龍矢のコレクションだったりして…)
そこまで考えて身震いする。なるべくなら龍矢とは関わりたくない。奴の案件はろくでもないと学んだばかりだ。
「ピクシーは観賞用としても人気だしあり得るワ。抜け出したところを襲われちゃったのなら…タイミングが良すぎる気がするケド」
「…そうだよな」
グレイは考え込むような顔をして静かになった。時が止まったかと不安になる。
「グレイ?」
「…まあいいわ。あとで現場に行って弔ってくるワ。いくらほとんどの人間に見えないっていっても幻獣の死体を残すわけにはいかないシ」
「悪いな…やらせちまって」
「いいのヨ。これもつじつま合わせの一環ダカラ」
そう呟いてグレイは煙草の火を消した。ぱんぱんと手を叩く。
「さて、奥のお客さん寝ちゃってるシ!少し早いけど閉店準備しちゃいまショ!フィン~!あんたお客さん運んでくれル?起きそうだったらタクシー呼んで突っ込んどいて」
呼びかけられたフィンが顔を上げる。
「起きなかったら?」
「カバン漁って免許証探して★住所さえ教えればタクシーのおじさんが連れてってくれるからサ★」
「つまりタクシーを呼べと。心得た」
フィンが客の対応をしてる間に俺は水回りとレジの閉め作業を行った。なるべく早く終わらせてグレイに報告する。
「終わったぞ」
「あら早いワネ。今日は特にやることないし上がっていいワヨ。お疲れサマ~」
「お疲れ様。なあ、グレイ」
「なーに?」
「これ、まかないの残りが入ってる。…その、よかったら地下に持っていってくれ」
「あら…あの子のだったのネ」
冷蔵庫からタッパーを取り出して渡した。グレイは驚くように瞬きをした後、タッパーを押し返してくる。
「あんたが渡しなさいヨ。あたしやる事あるシ」
「いや…だけど…」
「ああ、もしかして遠慮してくれてるノ?あたし達がセフレだから?あはははっ!そんな気遣いしなくていいカラ!」
何が面白いのか腹を抱えて笑っている。俺はタッパーを持ったままなんとも言えない顔をした。
(そりゃ遠慮するだろ…)
セフレとはいえ妙に親し気?特別感?を出す二人だ。間に入って恨まれたくない。
「なんとなく言いたい事はわかるケド。あたしとあの子はセフレ以上でもそれ以下でもないわ。だって人間と幻獣だし価値観は永遠に平行線だから…って…あら、失言ネ」
ごめんなさいと謝ってくる。俺とフィンに飛び火したのを謝っているらしい。別にその通りだし気にしてないが「大丈夫だ」と頷いておく。
「そう。よかった。とにかくあたし達はもう何の関係もないから気にしないノ!じゃ、そろそろ出掛けてくるわネ!」
今日は薬局も行きたいのよネ~と言いながら去っていく。残された俺はタッパーと廊下を交互に見て、ため息を吐くのだった。
「おーい、起きてるか」
地下室に入るとソルは横になっていた。両手が拘束されたままで寝苦しそうだ。
「うるせ、起きてるっつの…」
のろのろとソルが起き上がった。俺はその正面に座ってタッパーの中身を見せる。
「腹減ったろ?これ、食わないか?」
「…てめえが作ったのか」
「ああ。毒は入ってねえから」
証明しようと自分で食べてみたらソルが牙を剥いてキレてくる。
「ゴラア!オレの飯を食うな!ぶっ飛ばすぞ!!」
「うわっ暴れるなってほら」
慌ててスプーンで奴の口に運んだ。ソルは咀嚼しながら美味しいというように唸っている。一粒残さず五目ご飯と煮物を食べきったソルはペロリと舌なめずりをした。
「まだ足りなさそうだな」
「うっぷ…腹はいっぱいになったが…甘いモンが欲しいぜ」
「へえ、意外に甘党か」
「アア!?文句あっか?!!」
「いや文句なんてねえけど…。じゃあ明日プリンを作ってやるよ」
「マジかッッ??!!」
「ちゃんといい子にしてたらな」
「言われなくてもわかってらあ!おいカラメルも甘くしろよ!!」
「はいはい」
ソルは尻尾をフサフサ揺らしながら喜んでいる。って、待てよ、尻尾ってまさか。
「おい!なんで尻尾が出てんだよ?!」
ソルは縛られたまま尻尾を生やしていた。理性を失った様子もなく普通に会話できてたせいで油断していた。ソルは自分の尻尾を見たあと気まずそうに後ろに隠した。
「はあ?!ちっちげえし!!腹膨れて眠くなったから…出てきちまっただけだっ!!」
「眠気=尻尾なのか…」
「あんま見るんじゃねえ!!噛むぞ!!」
「悪かったって。寝不足だって言ってたしな。ここで寝れそうか?こんな固くて暗い場所で申し訳ねえな」
ちなみにトイレも地下室に完備されてるので数日なら問題なく暮らせるはずだ。
「ああ??謝んじゃねえよ!クソうぜえ!!」
唸るようにウザイと言ったあと声量を一気に落として呟いた。
「チッ…ここは…まあ、狭いし暗いし何もねえが…陰キャのオレにはぴったりだ。逆に落ち着くぐらいだぜ」
「…そっか」
強がりとはいえ俺をフォローしてくれたのだとわかって嬉しかった。
「問題があるとすりゃ性欲ぐらいだろ」
確かに。苦い顔で同意してると笑われた。
「てめえ時々色気あるんだよなあ。普段はクソうぜえだけだが」
「はあ?色気なんてねえから」
欲求不満すぎて幻覚見てるぞと指摘する。するとソルは歯を出してにししと笑った。
「そうか~?なんかいい匂いもするぜ?」
「料理の仕事してるからだって。おい!嗅ぐな!」
近寄ってきた頭を掴んで引き剥がす。ソルは銀色の瞳でこちらを射貫いたまま動かない。見つめあってるのも気まずくて横にそらすとソルは舌なめずりをした。
「なあ、ライぃ…ちょっと触ってくんね?」
「はあ!?」
「食欲のついでに性欲も相手してくれって言ってんだよ」
「なんでだよっ!嫌だって!」
最悪なことにソルに大きな耳が生えていた。眠気なのか性欲のせいなのか狼化が進んでる。このままではやばい。
「おい!落ち着けっ…うっ、舐めるなっ!仕事終わりで…っく、汗かいてんだ、から!」
ぺろぺろと腕や腹を舐められる。くすぐったさと恥ずかしさに襲われた。
「んんっ…やめ、ろって…!」
「しょっぱ。こりゃデザートにはならねえな」
「うっ、誰がなるかっ!くうっ…はな、れ、ろっ!」
上に乗っかってくるソルの肩を押し戻そうとする。しかしビクともしなかった。狼男の馬鹿力を見せつけられる。
(くそっ…!)
表情はソルのままだが理性を失うのも時間の問題だろう。俺が抵抗するのを見てソルは酷くイラついていた。服に噛みついて引っ張ってくる。
「てめえなんで嫌がるんだよっ!恋人いねえんだろ?!なら誰としたっていいじゃねえか!」
「恋人はいなくても…っ誰でもいいわけじゃねえから!」
「ああ?!オレとは嫌なのかよ!!」
「友人とセックスするなんて嫌すぎるわ!!」
言いながらハッとした。
(そうだよ…俺は…誰とでもセックスするタイプじゃねえし、友人とやるなんてもっての外だ)
つまりフィンと触れ合って、しかも気持ちよくなれてるなら…それはもう…。
ガブッ
考え事から引き戻すようにソルが腕に噛みついてくる。
「イッてぇ…!!おい!」
「黙れ!これ以上ぐだぐた言うならてめえをここで犯すぞ!!」
「…!!」
殺意にも似た性欲をぶつけられる。そのあまりにも強い欲望に一瞬体が固まってしまった。
カツン
「ライから離れろ、ケダモノが」
フィンだった。地下室を降りながら俺たちの状況を確認して眉をひそめる。ケダモノと呼ばれたソルが牙をむいて顔を上げた。
「アアっ?!てめえもケダモノだろが!!クセえんだよ!!」
幻獣の匂いがプンプンしやがる。そう指摘されるとフィンは笑みを深めた。
「お前のようなケダモノと同じにするな」
「は!!綺麗な顔で取り繕っても無駄だぜ!てめえは今まで会ってきた幻獣の中でも断トツで性格悪そうな匂いしてるぜ!!性格クソブス野郎が!」
「………」
中指を立てられフィンから表情が消えた。ピリッと空気がひりつく。
(やばいやばい…!)
こんな狭いところで暴れられたら俺も地下室も無事ではいられない。頼むから炎は出すなよとフィンに視線を送った。フィンはチラリとこちらを見てまた前に視線を戻す。
ブチブチっ
ソルは両手の拘束を引きちぎって四つん這いになる。全身が銀色の毛に覆われ完全な狼男になっていた。
「ほう。これはこれは、ケダモノらしい姿になったじゃないか」
フィンが暗い笑みを浮かべる。ソルは唸ってるばかりで反論しなかった。いやできなかった。どうやら人間としての正気も失っているらしい。
グウアアウ!!
ソルが走り出す。地下室なので狼の跳躍は封じられている。その分素早い動きで突進していった。鋭い牙がフィンの首に向けられ
ガブッ
フィンの肌を食い破る。その嫌な音に顔をしかめた。
「フィン…!!」
そこから動くな、と目で制したあとフィンは前に視線を戻した。首を狙ったはずの噛みつきは首の手前に構えていた腕に防がれていた。フィンはそれを冷たい顔で見下ろしている。
「まったく。獣は動きが予測しやすいな」
ドスッ
ソルの首に手刀をいれた。あっけなく意識を飛ばし倒れ込むソル。床に倒れる時には耳も尻尾も引っ込んでいて人間に戻っていた。近寄って体を確認する。
「寝てる…みたいだな」
「ああ。狼化はとけたみたいだが…また暴れられても面倒だ。縛っておこう。そんな事よりもライ。大丈夫だったか?何もされてないか?」
フィンは仕事着のままだった。泥酔した客をタクシーに運んだあとすぐに駆けつけてきてくれたのだろう。
(さっき俺、廊下で嫌な態度とったのに…)
心配してくれたのだとわかって胸が熱くなった。
「大丈夫だ。助けにきてくれて…ありがとな」
俺の言葉にフィンはホッとしたような笑みを浮かべる。ソルと向き合っていた時とは全くの別人だ。
「ライが無事でよかった」
「っ…」
あまりにも綺麗な顔で微笑んでくるせいで直視できなかった。薄暗い地下にいるのに輝いて見える。視線を横に逃がしながら早口で言った。
「あんたの方が大丈夫じゃないだろ。上行って腕の傷、手当てしねえと」
「この程度の傷明日には塞がってる。私は気にしなくていい。それこそライ。どうしてここに?食事を運ぼうとしたのか?」
床に落ちたタッパーとスプーンを見て状況を把握していく。それを拾い上げて俺に手を差し伸べてきた。無言でその手を握る。
ぐいっ
勢いのままフィンの胸に飛び込み、一瞬だけ抱き合った。フィンの匂いに包まれるその瞬間、ソルには抱かなかったソワソワを全身に感じる。
(やっぱり違う…)
フィンは友人ではない。今更すぎるのだがやっと俺は理解した。俺にとってフィンは友人以上の存在で、しかも触れ合って喜べるレベルの好意を抱いている。そう気づいた瞬間急に恥ずかしくなった。
すっ
俺が押しのけるより先にフィンの腕が離れていった。セフレ脱却のあれで意図的に接触は減らされてる。
(なんだよ)
そのそっけない態度に味気ないと思ってしまう自分がいた。この感覚もいつもと違う。フィンをいつも以上に意識してる自分に動揺する。
「ライ。今後は、奴への食事は私が持っていこう。奴と二人きりにならない方がいい」
「だめだ。あんたとソルじゃ毎回殺し合…喧嘩になるだろ」
「ではグレイに頼むか?二人は親しいのだろう?」
「親しいっつーか…なんか互いに避けてるっぽいんだよな…」
まだ俺は二人が話してる所を見てない。互いに接触を避けてるのだとしたら無理やりやらせて拗らせるのもよくない。
「やっぱり俺がやるしかない気がする…」
「何故そこまで奴に構うんだ?まさかライ、奴に気があるのか?!」
「なんでそうなるんだよ。ソルはただの友人だ」
「友人…つまりセフレ…」
「じゃねえよ!俺の性格じゃセフレとか割り切った関係は向いてねえから!見てたらわかるだろ??」
「確かに。絆されて丸め込まれそうだな」
「うるせっ!わかってんなら言うな。とりあえずここにいても仕方ねえし…部屋に戻ろうぜ」
黙ったまま地下室を出る。部屋に戻るまでの道中、ついついフィンの体に目が行ってしまう。触れたい。抱き合いたい。そんな欲が出てくる。
(くそっ、落ち着けっ)
せっかくフィンが「セフレ脱却」という目標を掲げたのに俺が破壊するわけにはいかない。早々とベッドに入って寝てしまったフィンの背中を眺めため息をつく。
「はあ」
俺は悶々とした気持ちのまま眠りにつくのだった。
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