ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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五話

背中合わせ

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「じゃ、今日は早めに寝るワ。おやすみナサーイ」

 閉店後、俺たちよりも先に寝室へと入っていくグレイ。その背中は珍しく丸まっていて小さく見えた。
 (寝て治るといいが…)
 グレイが寝室に入るのを見届けてから店の後片付けを始めた。いつもは翌日に回しているがグレイが体調不良なのでやれるうちにやっておいた方がいいだろう。

「俺ゴミ捨ててくるわ」
「ああ、気をつけて」
「んー」

 外のゴミ置場まで移動すると、どこからか視線を感じた。

「?」

 周囲を確認するが誰も見当たらない。メインの歓楽街通りの方から騒がしい声が聞こえてくるが今の視線はそういう類いのものじゃないだろう。
 (なんか、嫌な感じだな…)
 近付いてこないがジッと見つめられ続けてる。不気味だ。
 (…店に戻ろう)
 足早に店の中に戻った。

 チリリン

「おかえり」

 戻ると、店内の掃除をしていたフィンが微笑みかけてくる。

「ライ、こちらは一通り完了したぞ。先にシャワーにいってきてもいいか?」
「ん?ああ、どうぞ」

 シャワーの順番なんて気にした事ないし今更何の確認だろうと不思議に思っていると
 (あっそうだ!この後…!!!)
 フィンと続きをすることを思い出す。
 (すっかり忘れてた…)

 ゴクリ

 唾を飲み込む。この後の展開を予想して緊張してきた。行為自体は真人と何度もしてるから予想がつく。ただフィンとやるのはまた別の話だ。
 (まだ付き合ってないしな俺ら…)
 一度体の熱が引いたことで冷静に考える事ができた。俺はフィンとセフレになりたいのだろうか。部屋は同室だし、擦り合いもしちゃってるし、今更なのはわかってるが。

『~♪』

 ベニクラゲの歌声が不安になっていた心を優しく包み込む。勇気づけてくれてるのだろうか。

「そうだよな」

 不安定な関係から踏みこめないのは、俺がまだフィンのことを知らないからだ。フィンは案外自分の事は話そうとしないし俺も俺で聞かないでいた。受け身でいてもわからないままだ。行動に移さないと。

「うっし!」



 シャワーで無駄によく洗った後、俺は個室(仮)に移動した。フィンは寝転がった状態で読書している。グレイの本棚から借りてきたのだろうか。

「何読んでるんだ?」

 吾輩は猫であるとかかれた背表紙を見せてくる。

「なかなか興味深い。猫の目線を人間が書いているのだな。猫の気持ちが読めない身で人間というのはすごい妄想力だ」
「確かにな。幻獣は本や文字を書いたりしないのか?創造物を形にするというかさ」
「種族レベルによる。口で伝える伝承系はよくあるが、文字や絵を書いてまで残す者は少ない。人間界に住む幻獣達も大体が読むので限界だろう」
「じゃああの人魚はかなりレアってことか」
「ああ、相当な変わり者だろう。変わってる=悪いことではないがな」
「そうだな」

 頷きながら俺もベッドに腰かける。それを合図にフィンは本を棚の上に置いた。こちらを見てくる。

「ライ」
「…こほんっ」

 甘い雰囲気を誤魔化すように咳払いする。流石に「はい始めよう」とは切り替えれなかった。俺の様子を見たフィンは触れようとせずこちらを見つめてくる。待ってくれてるらしい。

「えっと…フィンは文字が読めたり書けるよな。不死鳥はそういうの長けてる種族なのか?」
「いや、他に不死鳥と出会った事がないが、少なくとも私は最初から読み書きはしなかった。しようとも思わなかったな」
「つまり教わったってことか?」
「ああ」

 暗い顔になる。これ以上は聞いて欲しくないという顔だった。

「…」

 いつもならここで話題を変えていたが今日は違う。ここで怖じ気づいたらいつまでたってもわからないまま。意を決して口を開ける。

「フィンは文字を誰に教わったんだ?」
「…!」

 目を見開く。俺が深掘りしてきたことに驚いていた。確かな動揺がオレンジの瞳に映っている。

「珍しいな、ライ。私の事が気になるのか?」
「深い意味はねえけど…まあ、うん」
「ふむ」

 あんたの事をもっと知りたくなった。知って理解したい。もっとフィンと近づきたい。どう伝えればいいかわからず結局言葉足らずで終わってしまう。

 どさり

 ベッドに押し倒された。フィンが覆いかぶさってくる。

「フィンっ…?!」
「私の過去なんてつまらないものだぞ」
「そんな事…ないだろ」

 フィンの生きた道が退屈なわけがない。長い時を生きてきたフィンは想像もつかない程のたくさんの苦悩があったはずだ。顔をしかめてると額を撫でられた。眉間をほぐすように揉んでてくる。

「関心を持ってくれるのは嬉しい。だが、心配せずとも、私のライへの気持ちは本物だ」
「フィン…」
「この手も、体も、全てライへ捧げよう」
「っ…」

 俺の手を掴み自分の胸に持っていく。心臓の音が伝わってきた。少し早くてしっかりとした心音を感じる。

「たとえ相手の全てを知らなくても愛す事はできる。そうだろう?」
「それは…そうかもしんねえけど…」

 実際俺もフィンに全てを話したわけじゃない。教えてないこともたくさんある。
 (だけど俺は…)

「俺は…」
「ライ?」
「俺は誤魔化されながら抱かれたくない」
「!」
「あんたをもっと…大切にしたい」

 瞬間的な気持ちよさとか、目に見える形だけ求めても意味がない。真人でそれを痛感した。愛してもらう気持ちよさに浮かれて、真人に尽くす自分に満足して。
 (食べ物の好き嫌いや好きな体位を知ってても、真人が何を考えていたのかは…わかってなかった)
 もっときちんと真人と話し合うべきだった。向き合うべきだった。結果としては新人のせいで別れる事になったが、奴がいなくてもいつか考え方の違いや環境の変化で終わりを迎えていたのだろう。
 (ただ愛するだけじゃだめなんだ)
 もうそんな終わり方を迎えるのはごめんだ。

「ライ」

 唸るような低い声で思考を遮られる。ハッとした。フィンの顔を見れば冷たい瞳と目が合う。こんな冷たい表情見たことなかった。

「過去は過去であって今の私とは関係ない。ライを愛することに必要なものではないはず」
「そんな事ねえよ…!過去のあんたも、今のあんたを作ってる一部だ!」
「申し訳ないが、どれだけ言われても答えは変わらない。過去については、…誰相手でも言いたくない」

 フィンは戸惑いを押し殺すように呟く。薄暗い部屋で上から見下ろすフィンの表情はいつもより固い。誤魔化されるかと思っていたがまさかここまではっきり拒絶されるとは思わなかった。
 (こんな顔させたかったわけじゃねえのに…)

 ぎしっ

 フィンが突然体を起こした。壁の向こうを睨みつける。

「…フィン?」
「…」

 俺の呼びかけを無視してベッドから降りていく。突然の事に呆気に取られていると

「すまない。少し出てくる」
「え、おい!」
「今日は先に寝ててくれ、おやすみ、ライ」

 そういってフィンは出ていってしまった。廊下を進んでいく背中が見える。すぐにチリリンという扉の音が聞こえた。本当に出ていってしまったらしい。

「な、なんなんだよ…」

 一人残され呆然としていたが、このまま寝るなんてできるわけがなかった。
 (“今日は"じゃなくて“今日も"だろ…)
 フィンはいつも仕事が終わった後散歩に行く。俺やグレイに何も言わず姿を消すのだ。今まではそういうもんだと思って気にしてなかったが、あの様子ではただの散歩ではなさそうだ。置いてかれた事もあってどうしても行き先が気になってしまう。

「…つけてみるか」



 ざわざわ

 店の外へ出ると何やら騒がしい声が聞こえてくる。歓楽街のメイン通りとは逆の方向からだ。人が滅多に通らない路地の方。
 (酔っぱらいの喧嘩か…?)
 気配を消して近づく。店の裏は入り組んでいて慣れてないと簡単に道に迷ってしまう。しかもこの近くは喧嘩も多い。あまり長居はしたくない。早足で駆け抜けた。

「!!」

 見つけた。暗い路地にフィンとスーツの男たちが向かい合うように立っていた。
 (フィンのやつ喧嘩を聞き付けて飛び出したのか?)
 そんな正義感に溢れたやつだったのかと意外に思ったが、スーツの男たちは争う様子もなく揃ってフィンを睨み付けていた。リーダーらしき男が前に出る。

「お前、ここで何をしている」
「…」
「我々の邪魔をするならお前も排除するぞ」
「…」

 フィンは問いかけには答えず黙って男たちを見つめていた。俺からは背中しか見えないためどんな表情をしてるか分からない。

「聞いてるのか!!」

 痺れを切らした男がフィンを怒鳴り付ける。

「…」

 しかしフィンはピクリともしなかった。まるで石像になったみたいだ。

「おいお前!!」

 ガッ

 男がフィンの胸ぐらを掴む。殴ろうと拳をあげた時だった。

「…邪魔なのはお前たちだ」

 やっとフィンが口を開いた。

 ゴオオオオッ

 途端に眩しいほどの赤い炎が路地を包んだ。炎は男たちを取り囲むように燃え上がって逃げ場を奪う。

「うわああああ」
「熱い!!逃げろ!!」
「無理だ!後ろも塞がれてる!!」
「なんだこれはああ!」

 前後を炎で塞がれ男たちは悲鳴を上げていた。その間も炎はどんどん膨れ上がっていて男達を飲み込もうと近付いてきている。
 (嘘だろ…殺そうとしてるわけないよな、脅してるだけだよな??)
 相手はどう見ても普通の人間だ。燃えない炎で脅して帰させるつもりだと思った。

「うわあああ!誰かあ!!」

 しかし、一人の男が炎に飲まれ焦げ臭い匂いが漂った瞬間それは甘い考えだと気づいた。服だけじゃない。体も燃えているのを確認する。
 (あの炎…!人を焼く炎なのか!!?)
 そんなものを退路を塞いで放つなんてありえない。まさか殺そうとしてるのか。俺はとっさに叫んでいた。

「何やってんだよ!フィン!!」
「!!」

 酷く慌てた様子でフィンが振り向く。俺を見つけた瞬間、どうして、という顔をした。

「フィン!炎を消せって!人間相手だろ…!あいつら全員殺す気かよ!」
「…!!」

 俺の言葉を聞き怯えるように眉を寄せる。それから手を振った。

 ブンっ

 炎は風に吹かれたように大きく揺れたあと萎んでいく。

「炎が弱まったぞ!いまだ!」
「逃げろ逃げろ!!」
「誰かアイツ回収しろ!」

 バタバタ

 スーツの男たちが炎の合間から逃げ出していく。負傷した一人も何人かで抱えられ姿を消した。残された俺とフィンはバタバタと走っていく男たちには見向きもせず睨み合っていた。

「…寝てなかったのかライ」
「突然あんたが飛び出したから…気になるだろ…」
「…」
「散歩するって言った時は毎回こんな事をしていたのか?」

 フィンは答えず視線を逸らすだけだった。気まずい空気が流れる。“散歩”していた日は何をしていた?何か後ろめたい事をしているのか?過去を言えないのはどうしてなんだ?疑問に思い始めたらキリがなかった。

「フィン、答えろよ」
「…」

 “あまりあれに近づきすぎると火傷するわヨ"

 グレイの言葉を思い出す。あの時は違和感しかなかったが今はしっくりくる。俺はずっと騙されていたのかと驚きを隠せなかった。

「過去を言いたくないってこういう事かよ…?あんたは夜な夜な人殺ししてたのか?!」
 
 違うと言ってほしい。「人殺しなんてするわけがない馬鹿にしないでくれ」と反論してほしい。その一心で吐き出す苛立ちを、フィンは言い返さず飲み込んでしまう。それがまた腹立った。
 (なんで否定しねえんだよ…!)
 拳を握りしめる。

「ライ…」

 バタバタバタ!!

「うわあああアチチチチ!!」
「「??」」

 俺とフィンの声をかき消すように男の悲鳴が響きわたる。何事かと思えば、ほとんど消えたはずの炎に誰かが突っ込んでいた。

「はあ?!なんでまた…!」
「私が行こう」

 飛び出そうとした俺を手で制止し、自ら歩き出す。パニックになってる男に向けて手を伸ばした。

 ぐいっ

 炎を吸い込むように掌で押し込み、力いっぱい引き寄せる。フィンの手には男の首根っこが握られていた。

「ぐえっ?!」

 蛙の潰れたような声を出しながら男は炎の中から抜け出した。燃えていた服はボロボロになっていたが本人は髪が少し焦げたぐらいですんでいる。
 (よかった…生きてるな…)
 ほっと胸をなでおろした。

「おい、大丈夫か?」
「死ぬかと…思った…」
「それはこっちの台詞だ。なんで炎に突っ込んだんだよ」
「赤い…女が…」

 そこまでいって男は意識を失った。頭を打たないようにゆっくり地面に横たえさせる。それからフィンを見た。

「今こいつ赤い女って言ったか?」
「ああ」

 まさかと思い路地を確認したが人影はなかった。ほとんど早朝に近いし、酔っぱらいも絶滅する時間だ。女なんて見かけるとも思えない。フィンも首を振っていた。

「近くに気配はない」
「そっか……って待て、嘘だろ」

 仰向けに寝ている男の顔を見て驚いた。男だと思っていたその人物は思ってたよりも若くて学生服を身につけていた。しかも顔にも見覚えがあった。

「どうしてお前がここに…」

 そいつは、昼間ボンキで見かけた不良学生の一人だった。


 ***


 ≪ええ?!不良組がそっちに??≫

 翌朝(といっても数時間しか経ってないが)ユウキに電話すると驚いた声が返ってきた。

 ≪ちょうどこっちも不良組が登校してきてないよって電話しようと思ってたんだ。マジかー…≫
「一応店で引きとって寝かせてるんだが、俺らが学校に連絡したら大事になっちまうし。ユウキに預かってもらってもいいか?」
 ≪それはいいけど…一人だけなんだよね?≫

 他の奴らはどうなったのか。それはお互い口に出さなかったが嫌な予感が的中してしまったのは確実だろう。
 (確か、ボンキで見かけた時は五人だった)
 今ここに一人しかいないのは…帰宅途中だったのかそれとも何かから逃げていたのか。

 ≪今日も試験だけだし終わったらそっち行くよ。店って俺が入ってもいいんだよね?≫
「ほんとは未成年立ち入り禁止だけどな。営業時間外だから許してもらえるだろ」
 ≪やったね~通っちゃおうかな≫
「営業してる時は出禁だっつの」
 ≪けち!≫

 文句を言うなら法律や国にいってくれ。

 ≪じゃ、また後でねー≫

 通話を切る。壁に背をもたれかけていたフィンが姿勢を戻した。こちらを見てくる。

「ライ、今のは…」
「ユウキだ。ドッペルゲンガーの時の」
「ああ。狐の子供か。しかし、その機械はいつの間に?」
「実は…言ってなかったけど昨日ボンキで偶然会ってさ。ついでにスマホも貸りてた」
「…聞いてないぞ」
「わりい…」

 報告する約束はしてないが今回は俺が悪いだろう。何もなかったとはいえあえて言わなかった事は不信感を増す。  路地の時フィンを責めてしまったが人の事を言える立場じゃなかった。
 (謝らねえと…)
 ズカズカ踏み込む事が相手を知る事にはならないのに、焦りすぎて考えなしになっていた。

「なあフィン…」
「ライ、今日も長くなりそうだ。少しでも寝ておこう」
「あ、ああ………そうだな」

 フィンの言う通りで流石の俺も眠気の限界がきていた。横になったら一瞬で寝れる自信がある。
 (…話はまた明日、落ち着いてからにするか)
 今二人で個室に行くのは気まずかったが、ソファベッドは不良学生が寝てるし、個室のベッドしか空いてないのだ。仕方ない。

 ぎしっ

 二人でベッドに横になる。

「…おやすみ、ライ」
「おやすみ」

 お互い自然と背を向けていた。あっという間に睡魔が襲ってきたので寝付くまで長くは感じなかったが、肌がどこも触れあってないし、背中合わせで存在を感じる事もない。
 (…変だな、こんなに近くで寝てるのに)
 フィンがすごく遠くに感じた。それがとても寂しかった。
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