ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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三話

炎の大鳥

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「はあ…はあ、よくも騙したね…ライ」

 ユウキが息を切らしながら顔を上げた。探し回ったのか大量に汗をかいている。

「はっ、そっちこそよくここがわかったな、ユウキ…」
「ライは馬鹿じゃないからね。裏口から出たならここにたどり着くかなと」
「なるほど」

 ユウキの周りには誰もおらずまだ他の奴には見つかってないらしい。
 (逃げるには今しかないが…)
 背中を見せたら刺されそうな緊迫感がある。後ずさるので精一杯だった。

「未成年を弄ぶなんて悪い大人だなあ、ライ」
「未成年がなんだ。監禁しておいてよく言うぜ」
「ちぇ、口が減らないんだから。ライが二度と家出する気が起きないように…しっかりお仕置きしてやる」

 睨み合う。じりじりと近寄ってくるのを後退りながら牽制した。ある程度進むと背中に柵があたりこれ以上下がれなくなる。

「!」
「逃げられないよ」
「くっ…」

 柵の先は崖だ。このまま柵を越えれば無事ではすまないだろう。下手すれば当たりどころが悪くて死ぬ。唯一の逃げ道である車道まではユウキの横を通らないと進めない。だがユウキにそんな隙を見せる様子はなかった。腐ってもヤクザの子だ。恐ろしいほどの集中力と気迫だ。下手したら武器を持っている可能性だってある。

 (くそっ…ここまでか)

 もうダメかと思ったその時だった。

 ブオオン!ブオン!

 何か大きなものが震えるような音がした。まるで大きな扇子を扇いでるかのような、空気を殴りつけるような音だった。

 バササッバサッ

「!!」

 羽ばたく音と共に上空が明るくなる。顔を上げれば、4mを越える巨大な鳥が飛んでいた。

「なっ…!」
「なんだあれ!?」

 大鳥は頭から背中にかけて光輝く白金のたてがみを生やしていた。瞳は宝石のように美しいオレンジ色で、尻尾の先は燃えていて眩しいほどの光を放っている。大鳥が羽ばたくとそれによって引き起こされた熱風が肌を撫でていく。空気を通してじりじりと熱を感じた。
 (炎の大鳥…)
 炎を背負いながら飛ぶ姿は息をのむほど幻想的だった。絵画やファンタジー作品の挿し絵にありそうなぐらい美しい。
 (すげえ…)

「なっななな…何、あれ…!!」

 ユウキは隣で腰を抜かしていた。

 バササッ!

 大鳥は何を思ったのか、俺たちの間に降りたち翼を広げる。そしてユウキに向かって威嚇した。

 ギャオオオン!

 吠えたことで、大鳥を覆っている炎が二倍以上に膨れ上がる。空気を焼く炎の温度も跳ね上がった。かなり熱い。だがそれよりも、今にも大鳥が鋭い爪で襲いかかりそうな勢いだった。ユウキが危ない。

 ギャオオオッ

「ひいぃっ!」
「待て!フィン!!」

 フィンと呼ばれた大鳥がぴとりと動きを止めた。そしてこちらに視線を向ける。大鳥の、オレンジの瞳と見つめあった。やっぱりそうだ。

「あんた…、フィンなんだよな?」

 燃える羽、白金のたてがみ…オレンジの瞳。そして俺を守ろうとする姿。
 (偶然にしては共通点が多すぎる)
 人が鳥になるなんてありえない事だが、そうとしか思えなかった。

 ギャオン!

 俺の問いかけに応えるように大鳥は大きく鳴いた。そして一度大きく燃え上がったと思えば次の瞬間、炎の中から男が現れる。この光景は何度目か。懐かしさに胸が熱くなる。

「ライ…!」

 体の節々に炎を残しながらフィンが駆け寄ってきた。抱きしめられ、熱いぐらいの体温に包まれる。ぎゅうっと苦しいほど強く抱き締められた。

「心配したんだぞ……」

 珍しく口数が少ないフィン。かなり心配してくれたのが伝わる。

「ごめんフィン…てか…今日は服が燃えてないんだな」

 どうしても気になってしまい聞くと、少しだけフィンの表情が柔らかくなった。

「ん?ああ、理性がある状態でなら服を燃やさずに調整できるからな」
「そういうことか」
「なんだ。私の裸が見れなくて残念だったのか?ライ」
「違うわっ」

 人を燃やさずに調整できるんだから、そりゃ自分の服も守れるわな。からかうように笑ってきたフィンの胸を叩く。俺達の様子を見ていたユウキが腰を抜かしたまま叫んだ。

「ライ!!そそそ、それ!鳥が燃えてて…しかも人になった…?!…い、一体、何が起きてるんだよ…!」

 いくら変化のできる一族とはいえフィン(不死鳥)は見たことがないらしい。驚きすぎて顎が外れそうだった。俺の横にいたフィンが低く呟いた。

「ライ、この男は?」
「えっと…」

 求婚されたり監禁されたりちょっと襲われたりもしたが(やり返したけど)。どう説明してもユウキが灰に、よくて八つ裂きにされる未来が見える。俺が言い淀んでいるとフィンは顔をしかめた。

「…始末した方がいいか?」
「馬鹿!だめだっつの!さっきも止めたろうが」
「…しかし、私たちの姿も見られてしまった」
「大丈夫だ。あっちも訳アリだから」
「訳あり?」
「ユウキは幻獣だ。変化の力を持っててドッペルゲンガーの正体でもある。フィンの読み通りだった」
「なるほど。だが助けに入る前のライは、この男から逃げているように見えたが?」
「うぐ」

 流石に誤魔化しきれないか。俺が助けを求めるようにユウキの方をみるが項垂れたまま動かなかった。
 (落ち込んでる…いや、怖がってるのか?)
 本能的にフィンの実力を察してるのか歯向かう気配はない。大人しいのは助かるが静かすぎると調子が狂う。

「ユウキ…」

 大丈夫か?と肩をゆすろうとした時だった。

 ドン!!

 強く押される。中腰だった為バランスを崩して勢いよく倒れこんでしまった。

「うわ!?」

 ユウキともつれるように転がった後、目を開けて驚いた。

「…っ!?!」

 目の前に自分の顔が見えた。俺と同じ服を着て、同じ場所に擦り傷を作ってる。双子のようにそっくりな俺達が一緒に転がってると横から驚嘆の声があがった。

「ライが二人…!」

 何が起きたのかとフィンが動揺している。俺はといえば二回目だしすぐに状況を理解した。ユウキが俺に化けたのだろうと。
 (だが、なぜこのタイミングで?)
 ユウキが立ち上がってフィンに近づいていく。俺の姿のままだ。戸惑うフィンはユウキに間合いを詰められても下がる様子がない。

 がばっ

 そしてユウキはフィンの肩に抱きついた。

「なッ…?!」

 フィンは抱きしめられながら目を丸くしている。堪らず俺は声をかけた。

「おい!ユウキ!!」
「ユウキ?変なこと言うなよ。俺はライだ。」
「はあ?!」
「何きれてんだよ。お前がユウキだろ。偽物の俺は黙ってろよ」
「!!」

 ユウキは俺の姿のままフィンの体に腕を回した。にやりと笑って見せつけてくる。確信犯の顔だ。

「ライ…?」

 フィンは戸惑いつつ、抱きついてくるユウキを拒否できずにいた。双子のようにそっくりな俺たちに戸惑っている。誰だって同じ状況になったら混乱するだろう。突き飛ばさないだけ紳士かもしれない。
 (一体何がしたいんだユウキは…)
 混乱したまま二人を見つめる。こうしてみると俺とフィンは意外に体格差があると思った。まさか俺(ユウキ)がフィンに抱きついているのを他者目線で見ることになるなんて思わなかったが。

 ちくり

 二人を見ていると、何か胸に刺さるような痛みがある。

「…?」

 自分の胸を確認する。特に傷はない。
 (今のはなんだ…)
 戸惑っている間もフィンとユウキは話し始めていた。二人の声が届いてくる。
 
「これはつまり…先ほど話のあったように幻獣の力が作用してるのだな。変化の力であの男がライに変化したのか」
「ああ、今転んだ時に化けたんだ!俺たちを惑わすために!フィンも気を付けてくれ!近付いたら化けられるぞ!」
「それは恐ろしいな…」

 ユウキが俺を指さして言う。まるで俺が偽物かのような言い草だ。
 (よくもまあ顔色一つ変えずに…)
 図太い奴だ。だがその度胸のおかげでやけに説得力がでるのも事実。ユウキの変化の試験はすでにクリアで良い気がする。

「化けられる前に離れようぜ!ほら!」

 ユウキがフィンの手を引く。

 ぐいっ

 フィンは掴まれた手を見下ろし、俺の方をみてきた。交互に見たあと歩き出す。
 (嘘だろ、本当に見分けがついてねえのかよ??)
 確かに見た目は俺とそっくりだが、少しは違和感を感じてくれてもいいだろうに。フィンが気付いてくれないとわかると一気に不安になってきた。心細さもすごい。
 (まさか、ユウキはこれを狙って…?)
 格上のフィンと戦わず俺の心だけ砕く。そのために俺に化けたとしたら。子供と侮っていたが頭は回るらしい。俺が嫌だと思う事をしっかり突いてくる。

「フィン…」

 小さく呟くとフィンがこちらをみた。俺はそれ以上は何も言わずフィンを見つめるだけだった。今の俺が何を言っても薄っぺらくなるだけだし…何より言葉が出なかった。俺が俺だという証拠なんてない。

「…こうして」

 フィンがポツリと呟く。

「こうしてライが触れてくれたら、どんなにいいか」
「え?」

 繋がれた手を見下ろしながらフィンは言った。それから困ったように笑う。

「ライは残念なことに、気安く触れてくれない。手の一つだって、寝る前にごねないと許してもらえないのだ」
「…へ?」

 (なっ何を言いだすんだ馬鹿…!!)
 ユウキがキョトンとしていた。俺たちの意外な(健全すぎる)関係性に戸惑っているのだろう。

「つれないだろう?もっと私はイチャイチャしたいしその先にも進みたいのだがな」
「え??あんた達って実はまだ…」
「おい!フィン!!」

 黙っていられず赤面しながら止めに入った。慌てて飛び出した俺をフィンは正面から受け止めて

 ぎゅっ

 抱き締めてくる。

「そうだ。こっちの照れ屋なライが本物のライだな」
「なっ~~!!」

 正解だが。こんなに勝ち誇った顔をされると素直に喜べなかった。

「くそっ、フィン!今のなんだよ…まさかわざと騙されたふりしたのか?!」

 ふむ?と片方の眉毛を上げるだけで肯定も否定もしない。その余裕が更に恥ずかしさを助長する。

「~~っ!!この!性格悪いぞ!」
「はは」

 先程不安になってしまった自分が恥ずかしい。フィンは悪戯っぽく笑った。紳士的なフィンではなく、あまり見ない表情でやけに色気があった。ドキリとする。

「困ってるライが可愛くて、ついな」
「ついじゃねえ!!!」
「そもそも私がライを間違えるわけないだろう?信じてもらえてなかったのは心外だな」

 自信満々でそう告げられ顔から火が出そうだった。もう勘弁してくれ。

「なにそれ…」

 ユウキは放心していた。

「ユウキ?」
「俺の変化じゃ騙されるわけないってことかよ…!見せつけてくれるじゃん。俺には入る余地がないって言いたいわけ?!俺のなのに…俺だけのライなのに!!!」

 ユウキが怒りに取り憑かれたように大きく体を震わせた。

 グオオオオッ

 そしてユウキの体が一気に膨れ上がった。あっという間に木々を越える程大きくなり、やがて10mを越える巨大な化け物へと変貌する。鋭い牙と爪、巨木のような手足。全身を覆う黒い毛皮。ぱっと見は熊に見えるが自然界の熊よりよっぽど大きく狂暴だった。
 (ユウキのやつ、こんな化け物にもなれるのか…!!?)

 グアアアアウ!!

 怒りで能力が暴走しているらしい。吠える度少しずつ大きくなっていた。このまま放っておけば山を降りて町の方に被害が出るかもしれない。

「おい!ユウキ!落ち着け!」

 グゥアアアウッ!!

 吠えながら涎をまき散らす。目が血走っていて焦点があってない。我を忘れているようだ。
 (くそっ…声が届かないのか)
 正気に戻したいが、下手に近づけば殺されそうだ。俺が困っていると横から声がした。

「ほう…ただの真似っこ程度と思っていたが、面白い使い方をするものだな」
「いや感心してる場合か!!」
「落ち着くんだ、ライ。逃げようにも熊はとても足が早い生き物だ。背中を向けて走ったところで、逃げられるわけがない。もっと悲惨な死を迎えるだろう」
「つまり死ねっていうのか??」
「違う。私の炎を使うしかないということだ」
「なっ…!!」
「生き物であれば炎が有効なはず。簡単な事だろう」
「…っ」

 簡単な事だと言うフィンからは感情が抜け落ちていた。時々フィンがとても不安定に見える事があったが、今ほどそれを強く感じた事はない。どうしてこんなに突然感情を失ってしまうのかわからない。スイッチを切り替えたかのように淡々としている。
 (確かにフィンの炎が有効な場面かもしれないが…)

「だめだ」
「ライ?何故だ。他に良い方法はないだろう」
「とにかくだめなんだ」

 全て焼き尽くす炎を使うのは反対だ。恐ろしいというのもあるが、これ以上フィンに背負わせたくない。夢で泣いていた子供を思い出す。灰の山で泣きじゃくる子供。あれはフィンの心情を表してるんじゃないか。
 (フィンはこれまでどれだけの人を燃やしたのだろう)
 自分すら灰にしてしまう人生はどれだけ辛いのだろう。
 (もう、誰の命も背負ってほしくない)

「方法はある。俺が囮になるんだよ。そうすれば」
「却下だ。ライを危険に晒すぐらいならここを地獄にした方がマシだ」
「極端すぎるって…!いいか、フィン。あんたからしたらアイツは全く知らない人間だと思うが…悪い奴じゃないんだ。色々こじれてるだけでただのガキなんだよ」
「ライ…」
「ユウキを殺すなんてできないし、させたくない」

 冷静に伝えるとフィンは少しだけ表情を緩めた。しかしすぐにそれは引き締められた。熊のいる方向へ視線が向けられる。

「ライの気持ちはわかったが…そうは言ってられないみたいだぞ」

 ブンッ!!

 熊の大木のような手が俺たちがいた場所を通りすぎていく。強風が巻き起こり吹き飛ばされそうになった。

 たったっ

 フィンが俺を抱えて後方へ飛び退る。駐車場のエリアを突っ切って背後には森が迫っていた。暗くてよく見えない。これ以上下がるのは危険だ。

「暗い森の中は熊の独壇場だ。炎も森の中では使えない。ライを守りきれるとは思えないからな」
「じゃあ、この駐車場で決着をつけるしかないってことか……でもどうやって…」

 少し考えたあとフィンに耳打ちする。わかったと頷いたところでまた熊が向かってきた。今度は体当たりだ。すんでのところで避けるが、面積が大きいため少し肩をかすってしまう。

「くっ…!」
「フィン…!」

 ほんの一瞬バランスを崩しただけだが、熊はそこを見逃さなかった。追撃しようとこちらに向かってくる。更に速度をあげて、目の前にまで迫ってきた。

 カッ!

 熊の鼻先がふれるより先に、フィンから大きく炎が溢れた。それと同時に、夜間の暗さを保っていた駐車場に閃光のような光が放たれる。

 グゥアウッ!!

 熊がよろめいた。光に顔を背け後退っていく。

 グアアアア!

 だがそれでも熊は逃げようとしなかった。牙を剥き血走った目で俺たちを睨んでくる。
 (ユウキ…!そんな…効いてないのか?!)
 熊は光に弱いはずなのに。中見がユウキだから光にも少し耐性があるのだろうか。
 
 グオオオオン!

 俺が考えを巡らせてる間にも事態はどんどん悪化していく。熊は周囲の木々を踏み潰すほど大きくなっていた。このままでは俺たちに対処できるレベルを超えるだろう。時間としてはあと一分もない。

「これ以上は手に負えないな…ライ、腹をくくってくれ」

 フィンが淡々とした口調で、炎を大きく広げた。熊よりも大きくなった炎は全てを飲み込むように口を開ける。もう手加減できないと判断したらしい。

 パチチッ

 近くにあった木が燃えていく。炎はどんどん大きくなり森の木々に火の手を伸ばした。周りが一気に火の海となる。

「だっ、だめだ!フィン!」

 フィンは聞く耳を持たずそのまま炎を熊に向ける。
 (ユウキを殺す気だ)
 また目の前で誰かが死ぬのか??そんなの嫌だ。嫌なのに、フィンを止める手は届かない。間に合わない。絶望したその瞬間だった。
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