ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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三話

ドッペルゲンガーの噂

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「ねえ知ってる?世界には自分のそっくりさんが三人もいるらしいワヨ~」

 幻獣スナックの営業時間もあと少し。客がいないためほとんど自由時間である。グレイがグラスを拭きながら話し始めた。

「ドッペルゲンガーっていう現象?都市伝説?なんだけど、自分と同じ顔をみたら死ぬって言われてて。ただのそっくりさんなら無害そうだし会ってみたくなーイ?」
「うむ、ライのそっくりさんなら会ってみたいな」
「俺はともかくあんたらのそっくりさんがいるとは考えらんねえな」

 グレイとフィン。両方ともみとれる程整った顔立ちをしている(グレイは上半分前髪で見えないが)。こんなのがポンポン現れたら芸能事務所は全く売れなくなってしまう。

「それがネ~?この前お客さんに言われたのヨ。あたしに似てる人を見かけたって!ヤダー!コワーイ!!」
「こわーいって…絶対面白がってんだろ」
「うふふ…本当か嘘かは置いておいて面白いわよね~兄弟でもないのに似てる人がこの世界にいるなんて~」

 夢があるわ~と笑って頬杖をつくグレイ。俺からするとよっぽどグレイの能力の方が夢があると思うが。影響力もすごいし。ふと、グレイが時計を確認した。

「あ、もういい時間ジャナイ。今日はこの辺りにして閉めちゃいマショ!」
「ああ」
「了解だ」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに早足で店の入り口に向かった。そしてopenとかかれた看板を裏返す。これで閉店状態だ。客が来ないと思うと一気に力が抜ける。店の中に戻りながら伸びをした。

「あとはあたしがやっておくわ。あんたたちは寝ちゃいなさ~イ」
「わかった、お疲れ様」
「はーい、お疲れ様~」

 グレイに見送られながら廊下を進む。しかし途中で足を止めた。グレイがキョトンと驚いた顔で見てくる。

「どうしたノ?」
「なあ…この時間あんたは何してるんだ?」

 店長業務があるにしても精々一時間程度で終わるはず。俺らと時間差で眠っているということは寝るまでに六、七時間は時間が空いてるのだ。一体何をしているのだろう。

「フフフ…秘密」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべるグレイ。これは深入りしない方がいいなと察する。手を振ってグレイの発言を制した。

「あらもう興味なくなったノ?」
「いや、元々そこまで興味はねえし」
「つれないわネ~…」
「俺らのせいで眠る時間をずらさせてたら悪いなと思っただけだ。深い意味はねえよ」
「ヤダ、気を遣ってくれたわけね!可愛いジャン~おやすみのキスしてあげる~」
「いらねえわ!」
「だめだぞグレイ!ライは私のナイトだ!」
「ナイトじゃねえしフィンのものでもねえ!うわっマジでキスしようとすんな!」

 一通りわちゃわちゃしたあと逃げるように控え室に行った。

「ふう…まったく」

 皿洗いなどが残ってなければ閉店後は控え室に移動して寝るだけだ。流石に一ヶ月もやっているとこの生活にも慣れてきた。体内時計はほぼ今の形に整った気がする。
 (食欲は…まだ本調子とはいかないけどな)
 自分の腕を見て苦笑いする。少しずつ食べてみてるが食欲が復活しないし味も感じにくい。
 (メンタル的な影響かね)
 こんな食生活では筋肉が戻るわけもなく痩せ細ったままだった。このままではガリガリ人間として自他共にイメージが定着してしまう。そんなの嫌すぎる。

「増量しねえとな…」
「確かに、ライはまだまだ心配になる細さだ」
「っ…!」

 腰を両手で掴まれる。骨張った体に熱い手のひらがあたりなんとも言えない感情になった。強いて言えばくすぐったさが勝つ。

「やめろばか、くすぐったい」
「馬鹿はダメだぞ、ライ。誹謗中傷だ」
「誹謗…よくそんな言葉知ってるな…」
「グレイに教わってるのだ。最近の言葉や今時の話をな」
「たぶんそれ余計な知識ばっかだぞ」
「なぬっ」

 他愛もない会話をしながら二人でベッドまでいく。さてここからだ。最近俺らはここでひと悶着あるのが定例になっている。

「フィン、いいか、手を繋ぐの禁止だからな!俺が寝てからもダメだぞ!」
「なっ…何故だ!ライ!!」
「こっちの台詞だっつの!今朝のグレイの顔忘れたのかよ!?」

 俺とフィンが一緒に寝たあの日。グレイは俺たちをみて腹を抱えて爆笑していた。それだけならまだよかったが、手を繋いで寝ているのに遭遇した今朝のグレイにも爆笑された。俺とフィンが絡んでいるのが相当面白いらしい。
 (思い出すと死にたくなる…)
 いっそ殺してくれ。親にエロ本見られたみたいな恥ずかしさがあった。

「もうあんな思いはごめんだ…」
「何が問題なんだ。笑われたぐらい気にしなければいい」
「鋼のメンタルすぎるって」

 一応職場の上司であり同僚なんだから、自尊心や尊敬しあう立場は大事にしたい。俺がベッドに寝転がるとフィンも追いかけてくる。上にかぶさる事はしないがお互いの腕はあたっていた。まあベッドの大きさ的に仕方ない事だが、体の一部でも触れてると相手の存在を意識してしまうもので。

「…ライ、ダメなのか…?」

 きゅううんと尻尾を下げた大型犬のように横から見つめてくる。俺がこの目に弱いのを知っててやってるからたちが悪い。

「はあ…、あのなあ…俺とあんたは男だし、この通り成人してて体もでかい。その二人が仲良く手を繋いで寝てみろよ、なかなかキツイ絵面だって」

 グレイだから笑ってくれたが、人によっては絶叫されてもおかしくない。一応真人と三年間付き合っていたので男同士の難しさや歯がゆさはわかっているつもりだ。

「私とライの姿がか??そんなことはない!写真立てにいれて飾っておきたいぐらいだ!」
「地獄絵図だぞそれ…」
「そもそも触れていいといったのはライだろう?何故今更ダメなんだ」
「それは…その…」

 あの日は色々あったし、一時的な事として許可したがまさか毎日求められるとは思ってなかった。実際フィンは俺に懐いてるだけで手を繋ぐ以上を求めてくる気配はない。告白っぽい台詞もあの日以来一度もされてないので変な雰囲気になることもなかった。
 (だから恐怖を感じることは全くない)
 ないからこそ同じベッドで寝続けられている。だが線引きが難しくなってるのも事実だ。このまま行くと当たり前に手を繋いで眠るようになってしまいそうで恐ろしかった。

「とにかく、明日ベッドかそれに近いもの入手するからそれまで触るの禁止!大人しく寝ろ!」
「禁止…わかった…」

 しゅんと落ち込んだ様子のフィン。悲しげな姿に心が揺れ、危うく許しそうになった。
 (ダメだ絆されるな)
 慌てて背中を向ける。ここで折れたら意味がない。俺は謎の使命感にかられていた。
 (明日なんとしても手に入れねえと…)
 俺とフィンの健やかな関係を維持するためにも、別に眠れる場所が必要不可欠だ。


 ***


 翌日、テレビでもよく特集される、隣町の有名な商店街に来た。言われなくてもフィンがついてきたのだがまだそこはいい。

「よ~し!行くわヨ~!」
「なんであんたまで…グレイ…」

 何故かバチバチにおしゃれしたグレイもついてきたのである。いつものワンピースよりも豪華でラメが散りばめられたセットアップを身に着けている。とても似合っているが、その分庶民的な商店街では浮いていた。フィンもフィンでイケメン×ダサTなのでもちろん目立っている。そんな二人に挟まれた俺はイケメンYoutuberに付き添うマネージャ-的な存在になっていた。周りからの視線が痛い。

「なにヨ。デートの邪魔すんなって言いたいの~?」
「違うわ!」
「確かに。デートじゃないのは残念だな」

 俺とフィンが同時に返事をする。フィンの方は無視して続けた。

「グレイは仕事明けで寝てないだろ。体調とか大丈夫なのか?今日の営業は?」
「大丈夫。今日は月に一回の休業日だから。そしてあたしはね、休業日はオールで遊ぶって決めてるのヨン」
「元気だな…」
「元気を補充するためのお休みじゃない!そもそもあんたたちお金持ってないでしょ。あたしがいなきゃここにも来れてなかったわけだし」
「う…」

 家無し一文無しなのは変わらずなので返す言葉がない。

「ほーら、荷物持ちしてくれたらちょっとご褒美あげるから、ついてきなサーイ」
「あ、おい!」

 グレイが人混みをどんどん進んでいくので慌てて追いかけるのだった。


「ねえねえ、あの人たちYouTuberかな?」
「えー見たことないけど…でも格好いいね!写真撮らせてもらいにいく?」
「ちょっと怖くない?海外の人かもよ」

 そんな声がどこかから聞こえてくる。俺は両手に買い物袋を持ちながらなるべく話しかけられないように下を向いていた。グレイとフィンはゲーセン(菓子が大量に詰められた袋を狙っている)でわいわいはしゃいでいて、JK並みのテンションを炸裂させている。

「ちょっと!あんた下手ね!横からも見て奥行きを確認しないとっ」
「いや、手前を持ち上げるって動画でみたのだ…うう…だめか…いやもう一回!もう一回やらせてくれ!!今度こそとれる!!」
「ええーそうなの?えっウソ!うわ!あ!キャー!とれたわ!!やるじゃな~い!」

 アームが狙い通りに動いたのか、菓子の入った袋が枠のなかに落ちていった。当たりの音楽と共にグレイが喜びのあまり羽交い締めしてくる。勘弁してくれ。

「…なあ、手に入ったなら移動しようぜ…」
「え~!冷めてるわねえ~あんたもやりたいのないノ?」
「いや別に…」

 (ゲーセンは金の無駄だろ…)
 そんな夢も希望もないことを考えていると、ふと視線が止まる。その台には結構リアルに作られた五センチほどの大きさのサツマイモのキーホルダーがあった。

「あれが欲しいのか?ライ」
「え?あ!いや…違う!待て!いらねえって!」
「うむ、任せてくれ!」
「きけー!」

 フィンが迷わず俺の視線の先に向かっていく。そしてチャリンと小銭を入れた。
 (ああ…せっかくの金が…)
 100円とはいえ申し訳なくなる。

「これは目標が小さいからアームに引っ掻ける感じか…?」

 フィンが必死に台の前で考えていた。俺はその姿をみて不思議に思うのだった。

「フィン、あんたゲーセンの動画とかどこで見たんだよ」
「スナックのテレビでYouTubeが映るんだ。そこから見てる」
「めちゃくちゃ現代っ子じゃねえか…」
「ふふ、幻獣だって時代に適応していかないとな。さあ…これをこうして、こう!」

 ガチャン!ピロローン

 軽快な音楽と共に回収場所にサツマイモキーホルダーが落ちてきた。どや顔のフィンに手渡される。

「ほら、ライ!これが欲しかったんだろう!」
「…」

 フィンとサツマイモ。この組み合わせは二度目だ。出会ってすぐのホームレスを助けた日。こうやってサツマイモを手渡されたっけ。
 (数週間のことなのにすごく前にも思えるな)
 懐かしさに笑みがこぼれる。

「あら笑ったワ。可愛い」
「うっ…るせえ」
「そんなに喜んでもらえたのか!嬉しいぞライ!!」
「くっつくなって」

 サツマイモのキーホルダーなんて持っててどうするって話だが、誰かからプレゼントされるなんて久しぶりで。というか人生でもあまりなかったことなので嬉しかった。

「…ありがと、な」
「ライ~!!」

 感極まったフィンに抱きつかれそうになり寸前で避ける。キーホルダーはズボンのポケットに入れておいた。

「さてさて、楽しい時間はあっという間ネ。もうお昼過ぎちゃったし、あそこに向かわないと」
「あそこ?」
「ただ遊ぶだけならこの商店街じゃなくてもよかったノヨ。ここには特別な場所があるから来たノ」
「そうだったのか」

 てっきり遊ぶためについてきたのかと思ったが。俺の考えてることが伝わったのかグレイに睨まれる。

「失礼ネ~あんたのソレを換金するために来たんじゃない!」
「うわっ!」

 突然ズボンをまさぐられたかと思えば、琥珀色の石を取り出してくる。ヴォルドとの一件で得た石だ。

「それは!」
「ズボンのポケットにいれてても一円にもなりゃしないワ。人間界のお金にかえないとネ」
「石を金に?そんな場所が商店街にあるのか?」

 この商店街はどこからどう見ても普通の商店街に思えた。行き交う人たちも幻獣が混じっているようには見えない。
 (ま、こんな大勢の人間がいる場所にわざわざ来ねえわな…)
 リスクだらけでメリットがみえない。幻獣の換金場所があるとはどうしても思えなかった。

「見てのお楽しみヨ」

 グレイがゲーセンを出て人混みを掻き分けていく。かなり背が高いので見失うことはないが後方のフィンとははぐれてしまいそうだった。
 (フィン人混みなれてなさそうだな…ついてこれてるか…)
 後ろを確認する。人混みに顔をしかめていたがなんとかついてきていた。大丈夫そうなので視線を前に戻す。

 どんっ

 すると誰かと肩がぶつかった。謝ろうとそっちをみると

「!!」

 相手は俺には目もくれずそのまま歩いていってしまった。だが俺が驚いたのはそこじゃなかった。
 (今の…!)
 真人の後ろ姿にそっくりだったのだ。
 (ありえねえ…見間違えだよな?)
 見間違いだとわかっても動揺がすごい。まさかの存在に心臓が止まるかと思った。

「ライ?大丈夫か。グレイに置いていかれるぞ」

 ぐいっ

 フィンが腕を掴んできた。いつもならすぐに振りほどくが、放心状態でそこまで余裕はなかった。
 (俺が真人を…見間違えるか…?)
 誰よりも真人を見てきた俺が見間違えるとは思えない。心臓がバクバクとうるさい。俯きながらぐるぐると考え込む事しかできなかった。
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