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一話
幻獣スナックへようこそ
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「本当に助かったよ、お前さん達は命の恩人だ!」
ホームレスの男が涙ぐみながら礼を言ってくる。全身かすり傷やアザだらけだったが大きな怪我はしてないらしい。
(よかった)
他人事と思えなくてやった事だし、ほとんど自分の為でもある。気にしないでくれと言ったが、男はそうはいかないよと首を振った。
「何かお礼を……ああ!そうだ、これ食ってけ、生だけど!」
そういって段ボールの家から何かを持ってきた。皮の色が薄いが、サツマイモだった。新聞紙に包まれていて綺麗に保管されている。
「これ…いいのか?おっちゃんの大事な食糧だろ」
「お前さん達がいなかったら怪我をして動けなくなっていたかもしれないんだ。それに比べたらよっぽど安いもんさ!はっはっは!」
フィンと顔を見合わせる。仕方なくフィンが感謝をのべて受け取った。ホームレスの男は「何かあれば寄ってくれ」と笑いながら自分の家へと帰っていった。
「彼は逞しいな。私も見習わなければ」
「ああ、そうだな」
ぐううう…
そこでひときわ大きく腹の虫が鳴った。これは俺のじゃなくてフィンの腹の虫だ。
「…」
「…」
だが俺も人の事を言えない。空腹でキリキリと胃が痛んでいた。フィンが困ったなとお腹をさすった。
「そろそろ私も空腹が限界だ…」
時間はもう昼を過ぎていて、フィンは今朝サンドイッチを食べただけだろう。この体の燃料にしては少なすぎる。二人の目線はサツマイモに集まった。だがこれは何も火が入ってないサツマイモだ。流石に調理しないと食べられない。フィンはサツマイモをくるくると手の中で回転させながら観察している。
「ライ。これはどうやって食べるものなんだ?」
「サツマイモ、ふかしたことないのか」
「サツマイモか。加工後のは食べたことがある。しかし元々はこんな形をしていたのか…」
サツマイモを知らないなんてどこから来たお坊ちゃんだ、とつっこみたくなる。
「これは鍋に水いれて蒸気でふかしたり、焼いて焼き芋にしたりするんだよ」
「焼き芋?」
「ああ、ああいう枯れ葉を集めてその中にいれるんだよ。アルミホイルとかに包んで焼くとうまいぜ」
「アルミホイルならさっきの買い出しで買ったぞ。枯れ葉もある」
フィンの期待するような視線に苦笑いを浮かべた。まさかここで作れなんて言わないよな。
「…よし、ライ、やってみよう!!」
「やっぱりか…!」
嘘だろ、とあきれる。善は急げだとフィンは枯れ葉を集め始めた。大の男がウキウキと枯れ葉を集める姿はなかなかシュールだ。俺は呆気にとられていたが…手伝うことにした。フィンが意外そうな顔をする。
「ライ、手伝ってくれるのか!」
「まあ…腹も減ったしな」
「そうだな!サツマイモなら消化にも良さそうだしな。きっとライも食べられる。あ、焼くのは任せてくれ!!私が美味しく焼いてみせる!」
「そりゃ楽しみだ」
黒焦げにならないことを祈ろう。
パチパチっ
「こんな…もんか…??」
フィンは枯れ葉を集めた焚火に首をかしげている。サツマイモが炭にならない程度の火加減をキープするのは難しいようだ。
(でも、確かに便利だな)
人間に利用され続けていたと言っていたが少し納得した。
「…」
やれる事がない俺は周囲を確認した。細く煙が立ち上ってるので通報されるかなと一瞬焦りもしたが、この辺りは歓楽街が近いため何か異変に気付いたとしても誰も関わろうとしないらしい。そもそも先ほどの騒ぎのせいで公園には誰もいなくなってる。
(この調子なら問題なさそうだな)
巻き込まれたくない人々のおかげで静かに焼くことができそうだ。後片付けをしっかりしておけば迷惑をかけないだろう。ゴミ袋を買い出し袋から取り出しておく。
「そろそろひっくり返していいか?ライ」
「ああ、熱いから気をつけろよ」
「ははっ誰に言ってるんだ」
フィンが何の躊躇もなく焚き火に手を突っ込んだ。わかっていてもぎょっとする。フィンはそのままくるりとサツマイモを回転させた。手を引っ込めれば全くの無傷で驚きを隠せない。
(炎の幻獣だから大丈夫ってことだよな…すげえ…)
「いい感じに焼けてきてるな!これはあと少しか??」
「あと15分ぐらいだと思うわ」
「ライは焼き芋に詳しいんだな」
「別に。一回作った事があるだけだし」
アルミホイルの隙間から良い香りがしてくる。
「一回…どんなエピソードか聞いてもいいのか?」
「隠すことじゃねえしな。俺はほとんど母親の記憶がねえけど一つだけ確かに覚えてる出来事があってさ」
「ほう」
母親は父親の借金を返そうと身を粉にして働いていた。だから俺は可愛がってもらった記憶どころか会話した記憶すらほとんどないのだ。記憶に残ってるとすれば泥のように寝ている姿。
「母親が一個だけ作ってくれた料理があって…それが焼き芋だったんだよ。仕事先でもらえたからってすげえでかいサツマイモを持って帰ってきて。ワクワクしたぜ。一緒に焼いて食べたんだ」
正面の焼き芋を見ながら思い出すように語る。懐かしさに胸が締め付けられた。
「あんなにうまい食べ物は後にも先にもなかった。ほんとにうまかった」
「ライ…」
「っと、悪い。こんな話したら…焼きにくいよな」
「そんなことない。話してくれてありがとう」
フィンは静かに頷いていた。
「思い出の食べ物なら、今のライでも食べられるかもしれない」
「だといいな。そろそろ焼けてると思うぜ」
「よし!」
フィンが焼き芋を手に取る。焼き上がりを確認した後差し出してきた。
「さあ、さあ!」
食べてくれ、とフィンは期待に目を輝かせている。焼き芋は上手に焼けており断面も綺麗なオレンジ色になっている。俺は迷ったが、大きくかぶりついた。
ぱくり
ぱさぱさとした食感と共に、口いっぱいに甘さが広がっていく。これはあの時と同じ感動だった。母親と食べた焼き芋と同じ。
『できたよ。食べてごらん、ライ』
『モグモグ、うっめー!!』
『ああ、ゆっくり食べないと、喉につまらせるよ』
『大丈夫大丈夫…うっゲホゲホ!』
『ほらもう、お水』
『ゴクゴク…』
『ふふ、ライの早食いは母さん似かしらねえ』
笑いながら背中をさすられた記憶。一緒に食べて笑いあった。一番幸せだった瞬間を鮮明に思い出す。
ポロリ…
涙が溢れてきた。
「ライ…?」
フィンは俺の涙に目を丸くした。俺もハッと我に返り、急いで腕で顔を拭いた。
「わ、わりい…えっと、目にゴミが」
「それは大変だ!」
フィンがわたわたと周囲を確認して、思い付いたように買い出し袋からティッシュを取り出して手渡してくる。
「ライ、これを使うんだ!」
「ありがと」
もう拭き終えてるからいらないがありがたく受け取っておく。俺は焼き芋を見て、ため息をついた。
「焼き芋食べて泣くとか。大の男がキモいよな…」
「そんなことは断じてないぞ!ライにとって大事な料理なんだから。もっと感動していいくらいだ」
「…前から思ってたけどちょっとオーバーリアクションだよな、フィンって」
「!」
俺の言葉にフィンが目を丸くする。オーバーリアクションと言われたのが相当ショックだったのだろうか。
「え?あ、悪い、変なこといったか」
「いや、違うんだ。ライに初めて名前を呼んでもらえたのが嬉しくて、感動してた」
「…そう、だっけ?」
俺、フィンの名前を呼んだことなかったか。
「グレイの名前は呼んでるのに私は呼ばれなくて…昨晩は枕を涙で濡らしていたんだぞ!」
「わりい」
裸の怪しい男のイメージが強かったし、「ナイト」とか呼んできて言動もやばかったからな。俺のなかで無意識に距離を置く存在になっていたんだろう。
「普通に無意識だった」
「よりヒドイ!!」
「ははっ」
フィンが悔しそうに足を鳴らしているのがおかしくて吹き出した。フィンは真顔でいると彫刻のように美しく近寄りがたいが、感情そのままに動いている姿は人懐っこくてまるで子供のようだった。そういうところは真人に少し似ているかもしれない。
(真人…)
今、真人は何をしているのだろう。俺の事を少しでも思い出してくれているだろうか。そんな事を考えても意味がないのに頭から真人の影は拭えないままだ。俺の中の重苦しい感情と、フィンの明るさが対照的で眩しかった。
***
「遅いじゃないの、もう戻ってこないかと思ったワ」
焼き芋を完食し後片付けを終えた俺たちはグレイのいるスナックに戻った。14時をとっくに過ぎていたこともあり寝癖のついたグレイが出迎えてくれた。タバコをふかしながら俺たちの様子を見て「ふーん」と意味深な顔をする。
「あんたたちやけに距離が縮まったみたいだけど、さては…ヤったわね?」
「やってねえよ」
げんなり顔で即答すればグレイは爆笑した。
「あっはっは!隠さなくてもいーのヨー??」
「もういいって。ほらこれ」
メモと買い出し袋をカウンターに置いた。グレイが中身を確認する。
「確かにあるわね。…ってティッシュ使ってんじゃない、やっぱりあんたらヤってるでしょ!」
「どんだけ俺らをやらせたいんだよ」
俺とフィンじゃ誰も喜ぶ奴いねえだろ。
「で、あと俺が手伝えることはあるか?」
「うーん、開店準備までは時間があるしネエ。あ、料理って作れたりする?」
「少しなら」
「じゃあ朝ごはん作ってチョーダイ」
「わかった」
カウンターの設備を確認して冷蔵庫の中身もチェックする。チャーハンなら作れそうだ。時短で完成させ、皿に盛り付けると、二人は目を輝かせた。
「き、きらきら光っている…これはなんの食べ物だ…」
「ばかね!チャーハンよ、チャーハン!それにしても上手じゃないの~!!ビックリ…早速だけどいただいちゃうワネ!」
ぱくり
「うっ…」
スプーンを口にいれたままグレイが前のめりに倒れた。フィンが慌てて起こすとグレイは目をかっぴらいて天井を見ていた。
「グレイ!大丈夫か!グレイ!!」
瞳孔が開いてる。え、死んだのか?俺とフィンが慌てていると、グレイが体を震わせ戻ってきた。
「ああやばい、一瞬とんでたワ」
「え、そんなにまずかったか?悪い」
「いえ、違うノ。なに、これ、美味しすぎるわ…」
信じられない、とドン引きしながらもう一口食べ進める。今度は気を失わず食えていた。安心したフィンもチャーハンをぱくりと口に入れる。
「本当だ…モグモグ、なんて美味しいんだ!ライは天才だな!おかわり!」
「おかわりおかわり~!」
「育ち盛りの高校生かよ」
二人の食い付きのよさに笑ってしまった。具材は卵とネギとハムだけのシンプルなものだが、量だけは自信がある。フライパン一杯に作ったのでどんどんおかわりさせた。そしてやっとお腹が満たされたのか、二人はふうっと息を吐き大きくなった腹をさすっていた。
「よし!決めたワ、あんたここで調理人になりなさい!ライ!」
「え?」
「ここはスナックだから調理人だけだと仕事量足りないけど。配膳とか皿洗いとかさせればちょうどいいわネ」
「ちょ、ちょっとまて」
「なあに~?これはあんたにとっても悪い話じゃないんじゃないノ~?」
宿無し金なしホームレスなんでしょ?と弱いところをついてくる。確かにグレイの言う通り俺は今何も持ってない上に拠り所がない。こちらが頼み込んでお願いするレベルの状況だろう。ただ昨日の事を思い出し、少し悩んでしまった。人を眠らせ夢を操作するグレイ。今更疑っても仕方がないが、ここはどう見ても普通のスナックとは思えない。ただの人間の俺が働けるものなのだろうか?
「そこは心配しなくていいぞ、ライ!ライの命は私が守ると保証しよう!」
「ほらほら、護衛もあるなら何も心配いらないジャン!」
「…」
「「ライ~?」」
二人に詰め寄られ、俺は逃げ場がなくなる。
(ああもう!)
「わかった…調理人だろうが何だろうがやってやるさ!お願いします!雇ってください!」
「よし、決定ね!さあ、忙しくなるワヨ~!」
腕まくりをしたグレイが意気揚々と準備を進めていく。俺も見よう見まねで掃除や準備を手伝った。ふとフィンが顔を上げた。
「あっそういえば、今日は巨人達の団体予約入ってるから椅子交換しておいてネー」
「きょ、巨人って…うぐっ」
そういって渡された椅子はすでに置かれた椅子の一回り大きい椅子だった。持ち上げると鉄の塊のように重い。慌ててフィンが手伝いに来る。
(この椅子じゃないと座れないってどんだけ重いんだ…?!)
俺がドン引きしていると、わざとらしくグレイが付け足してきた。
「あ、いい忘れてたけど。ここ、幻獣専用のスナックで、お客さんは皆人外だから気を付けてネ」
「なっ…!!」
「人外たちの憩いの場“幻獣スナックおとぎ"よ、覚えといてねン」
「……」
はたして俺はここで働いて生きていられるのだろうか…と不安になるのだった。
ホームレスの男が涙ぐみながら礼を言ってくる。全身かすり傷やアザだらけだったが大きな怪我はしてないらしい。
(よかった)
他人事と思えなくてやった事だし、ほとんど自分の為でもある。気にしないでくれと言ったが、男はそうはいかないよと首を振った。
「何かお礼を……ああ!そうだ、これ食ってけ、生だけど!」
そういって段ボールの家から何かを持ってきた。皮の色が薄いが、サツマイモだった。新聞紙に包まれていて綺麗に保管されている。
「これ…いいのか?おっちゃんの大事な食糧だろ」
「お前さん達がいなかったら怪我をして動けなくなっていたかもしれないんだ。それに比べたらよっぽど安いもんさ!はっはっは!」
フィンと顔を見合わせる。仕方なくフィンが感謝をのべて受け取った。ホームレスの男は「何かあれば寄ってくれ」と笑いながら自分の家へと帰っていった。
「彼は逞しいな。私も見習わなければ」
「ああ、そうだな」
ぐううう…
そこでひときわ大きく腹の虫が鳴った。これは俺のじゃなくてフィンの腹の虫だ。
「…」
「…」
だが俺も人の事を言えない。空腹でキリキリと胃が痛んでいた。フィンが困ったなとお腹をさすった。
「そろそろ私も空腹が限界だ…」
時間はもう昼を過ぎていて、フィンは今朝サンドイッチを食べただけだろう。この体の燃料にしては少なすぎる。二人の目線はサツマイモに集まった。だがこれは何も火が入ってないサツマイモだ。流石に調理しないと食べられない。フィンはサツマイモをくるくると手の中で回転させながら観察している。
「ライ。これはどうやって食べるものなんだ?」
「サツマイモ、ふかしたことないのか」
「サツマイモか。加工後のは食べたことがある。しかし元々はこんな形をしていたのか…」
サツマイモを知らないなんてどこから来たお坊ちゃんだ、とつっこみたくなる。
「これは鍋に水いれて蒸気でふかしたり、焼いて焼き芋にしたりするんだよ」
「焼き芋?」
「ああ、ああいう枯れ葉を集めてその中にいれるんだよ。アルミホイルとかに包んで焼くとうまいぜ」
「アルミホイルならさっきの買い出しで買ったぞ。枯れ葉もある」
フィンの期待するような視線に苦笑いを浮かべた。まさかここで作れなんて言わないよな。
「…よし、ライ、やってみよう!!」
「やっぱりか…!」
嘘だろ、とあきれる。善は急げだとフィンは枯れ葉を集め始めた。大の男がウキウキと枯れ葉を集める姿はなかなかシュールだ。俺は呆気にとられていたが…手伝うことにした。フィンが意外そうな顔をする。
「ライ、手伝ってくれるのか!」
「まあ…腹も減ったしな」
「そうだな!サツマイモなら消化にも良さそうだしな。きっとライも食べられる。あ、焼くのは任せてくれ!!私が美味しく焼いてみせる!」
「そりゃ楽しみだ」
黒焦げにならないことを祈ろう。
パチパチっ
「こんな…もんか…??」
フィンは枯れ葉を集めた焚火に首をかしげている。サツマイモが炭にならない程度の火加減をキープするのは難しいようだ。
(でも、確かに便利だな)
人間に利用され続けていたと言っていたが少し納得した。
「…」
やれる事がない俺は周囲を確認した。細く煙が立ち上ってるので通報されるかなと一瞬焦りもしたが、この辺りは歓楽街が近いため何か異変に気付いたとしても誰も関わろうとしないらしい。そもそも先ほどの騒ぎのせいで公園には誰もいなくなってる。
(この調子なら問題なさそうだな)
巻き込まれたくない人々のおかげで静かに焼くことができそうだ。後片付けをしっかりしておけば迷惑をかけないだろう。ゴミ袋を買い出し袋から取り出しておく。
「そろそろひっくり返していいか?ライ」
「ああ、熱いから気をつけろよ」
「ははっ誰に言ってるんだ」
フィンが何の躊躇もなく焚き火に手を突っ込んだ。わかっていてもぎょっとする。フィンはそのままくるりとサツマイモを回転させた。手を引っ込めれば全くの無傷で驚きを隠せない。
(炎の幻獣だから大丈夫ってことだよな…すげえ…)
「いい感じに焼けてきてるな!これはあと少しか??」
「あと15分ぐらいだと思うわ」
「ライは焼き芋に詳しいんだな」
「別に。一回作った事があるだけだし」
アルミホイルの隙間から良い香りがしてくる。
「一回…どんなエピソードか聞いてもいいのか?」
「隠すことじゃねえしな。俺はほとんど母親の記憶がねえけど一つだけ確かに覚えてる出来事があってさ」
「ほう」
母親は父親の借金を返そうと身を粉にして働いていた。だから俺は可愛がってもらった記憶どころか会話した記憶すらほとんどないのだ。記憶に残ってるとすれば泥のように寝ている姿。
「母親が一個だけ作ってくれた料理があって…それが焼き芋だったんだよ。仕事先でもらえたからってすげえでかいサツマイモを持って帰ってきて。ワクワクしたぜ。一緒に焼いて食べたんだ」
正面の焼き芋を見ながら思い出すように語る。懐かしさに胸が締め付けられた。
「あんなにうまい食べ物は後にも先にもなかった。ほんとにうまかった」
「ライ…」
「っと、悪い。こんな話したら…焼きにくいよな」
「そんなことない。話してくれてありがとう」
フィンは静かに頷いていた。
「思い出の食べ物なら、今のライでも食べられるかもしれない」
「だといいな。そろそろ焼けてると思うぜ」
「よし!」
フィンが焼き芋を手に取る。焼き上がりを確認した後差し出してきた。
「さあ、さあ!」
食べてくれ、とフィンは期待に目を輝かせている。焼き芋は上手に焼けており断面も綺麗なオレンジ色になっている。俺は迷ったが、大きくかぶりついた。
ぱくり
ぱさぱさとした食感と共に、口いっぱいに甘さが広がっていく。これはあの時と同じ感動だった。母親と食べた焼き芋と同じ。
『できたよ。食べてごらん、ライ』
『モグモグ、うっめー!!』
『ああ、ゆっくり食べないと、喉につまらせるよ』
『大丈夫大丈夫…うっゲホゲホ!』
『ほらもう、お水』
『ゴクゴク…』
『ふふ、ライの早食いは母さん似かしらねえ』
笑いながら背中をさすられた記憶。一緒に食べて笑いあった。一番幸せだった瞬間を鮮明に思い出す。
ポロリ…
涙が溢れてきた。
「ライ…?」
フィンは俺の涙に目を丸くした。俺もハッと我に返り、急いで腕で顔を拭いた。
「わ、わりい…えっと、目にゴミが」
「それは大変だ!」
フィンがわたわたと周囲を確認して、思い付いたように買い出し袋からティッシュを取り出して手渡してくる。
「ライ、これを使うんだ!」
「ありがと」
もう拭き終えてるからいらないがありがたく受け取っておく。俺は焼き芋を見て、ため息をついた。
「焼き芋食べて泣くとか。大の男がキモいよな…」
「そんなことは断じてないぞ!ライにとって大事な料理なんだから。もっと感動していいくらいだ」
「…前から思ってたけどちょっとオーバーリアクションだよな、フィンって」
「!」
俺の言葉にフィンが目を丸くする。オーバーリアクションと言われたのが相当ショックだったのだろうか。
「え?あ、悪い、変なこといったか」
「いや、違うんだ。ライに初めて名前を呼んでもらえたのが嬉しくて、感動してた」
「…そう、だっけ?」
俺、フィンの名前を呼んだことなかったか。
「グレイの名前は呼んでるのに私は呼ばれなくて…昨晩は枕を涙で濡らしていたんだぞ!」
「わりい」
裸の怪しい男のイメージが強かったし、「ナイト」とか呼んできて言動もやばかったからな。俺のなかで無意識に距離を置く存在になっていたんだろう。
「普通に無意識だった」
「よりヒドイ!!」
「ははっ」
フィンが悔しそうに足を鳴らしているのがおかしくて吹き出した。フィンは真顔でいると彫刻のように美しく近寄りがたいが、感情そのままに動いている姿は人懐っこくてまるで子供のようだった。そういうところは真人に少し似ているかもしれない。
(真人…)
今、真人は何をしているのだろう。俺の事を少しでも思い出してくれているだろうか。そんな事を考えても意味がないのに頭から真人の影は拭えないままだ。俺の中の重苦しい感情と、フィンの明るさが対照的で眩しかった。
***
「遅いじゃないの、もう戻ってこないかと思ったワ」
焼き芋を完食し後片付けを終えた俺たちはグレイのいるスナックに戻った。14時をとっくに過ぎていたこともあり寝癖のついたグレイが出迎えてくれた。タバコをふかしながら俺たちの様子を見て「ふーん」と意味深な顔をする。
「あんたたちやけに距離が縮まったみたいだけど、さては…ヤったわね?」
「やってねえよ」
げんなり顔で即答すればグレイは爆笑した。
「あっはっは!隠さなくてもいーのヨー??」
「もういいって。ほらこれ」
メモと買い出し袋をカウンターに置いた。グレイが中身を確認する。
「確かにあるわね。…ってティッシュ使ってんじゃない、やっぱりあんたらヤってるでしょ!」
「どんだけ俺らをやらせたいんだよ」
俺とフィンじゃ誰も喜ぶ奴いねえだろ。
「で、あと俺が手伝えることはあるか?」
「うーん、開店準備までは時間があるしネエ。あ、料理って作れたりする?」
「少しなら」
「じゃあ朝ごはん作ってチョーダイ」
「わかった」
カウンターの設備を確認して冷蔵庫の中身もチェックする。チャーハンなら作れそうだ。時短で完成させ、皿に盛り付けると、二人は目を輝かせた。
「き、きらきら光っている…これはなんの食べ物だ…」
「ばかね!チャーハンよ、チャーハン!それにしても上手じゃないの~!!ビックリ…早速だけどいただいちゃうワネ!」
ぱくり
「うっ…」
スプーンを口にいれたままグレイが前のめりに倒れた。フィンが慌てて起こすとグレイは目をかっぴらいて天井を見ていた。
「グレイ!大丈夫か!グレイ!!」
瞳孔が開いてる。え、死んだのか?俺とフィンが慌てていると、グレイが体を震わせ戻ってきた。
「ああやばい、一瞬とんでたワ」
「え、そんなにまずかったか?悪い」
「いえ、違うノ。なに、これ、美味しすぎるわ…」
信じられない、とドン引きしながらもう一口食べ進める。今度は気を失わず食えていた。安心したフィンもチャーハンをぱくりと口に入れる。
「本当だ…モグモグ、なんて美味しいんだ!ライは天才だな!おかわり!」
「おかわりおかわり~!」
「育ち盛りの高校生かよ」
二人の食い付きのよさに笑ってしまった。具材は卵とネギとハムだけのシンプルなものだが、量だけは自信がある。フライパン一杯に作ったのでどんどんおかわりさせた。そしてやっとお腹が満たされたのか、二人はふうっと息を吐き大きくなった腹をさすっていた。
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「え?」
「ここはスナックだから調理人だけだと仕事量足りないけど。配膳とか皿洗いとかさせればちょうどいいわネ」
「ちょ、ちょっとまて」
「なあに~?これはあんたにとっても悪い話じゃないんじゃないノ~?」
宿無し金なしホームレスなんでしょ?と弱いところをついてくる。確かにグレイの言う通り俺は今何も持ってない上に拠り所がない。こちらが頼み込んでお願いするレベルの状況だろう。ただ昨日の事を思い出し、少し悩んでしまった。人を眠らせ夢を操作するグレイ。今更疑っても仕方がないが、ここはどう見ても普通のスナックとは思えない。ただの人間の俺が働けるものなのだろうか?
「そこは心配しなくていいぞ、ライ!ライの命は私が守ると保証しよう!」
「ほらほら、護衛もあるなら何も心配いらないジャン!」
「…」
「「ライ~?」」
二人に詰め寄られ、俺は逃げ場がなくなる。
(ああもう!)
「わかった…調理人だろうが何だろうがやってやるさ!お願いします!雇ってください!」
「よし、決定ね!さあ、忙しくなるワヨ~!」
腕まくりをしたグレイが意気揚々と準備を進めていく。俺も見よう見まねで掃除や準備を手伝った。ふとフィンが顔を上げた。
「あっそういえば、今日は巨人達の団体予約入ってるから椅子交換しておいてネー」
「きょ、巨人って…うぐっ」
そういって渡された椅子はすでに置かれた椅子の一回り大きい椅子だった。持ち上げると鉄の塊のように重い。慌ててフィンが手伝いに来る。
(この椅子じゃないと座れないってどんだけ重いんだ…?!)
俺がドン引きしていると、わざとらしくグレイが付け足してきた。
「あ、いい忘れてたけど。ここ、幻獣専用のスナックで、お客さんは皆人外だから気を付けてネ」
「なっ…!!」
「人外たちの憩いの場“幻獣スナックおとぎ"よ、覚えといてねン」
「……」
はたして俺はここで働いて生きていられるのだろうか…と不安になるのだった。
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