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第十六章「カラドリオス街長選挙」
とっておきの部屋
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「天にまします我らの父よ、今日の恵みに感謝します」
神への祈りを捧げる。目の前の、よだれの出そうなぐらい豪華な料理のためのお祈りは俺がすることになった。
(まあ、牧師だしこれぐらいはやらないと…)
お祈りが終わり、テーブルを囲む数人がフォークを掴む。俺も席に戻り、食事に手を伸ばした。前菜やスープのあと、脂ののった美味しそうな魚料理が運ばれてくる。早速食べようとすると、料理を持ってきた使用人が丁寧に切り分け始めた。
(…すごいな、こんな事までしてもらえるんだ)
屋敷には使用人がどれだけいるんだろう。部屋の隅に数人いるけど、部屋の掃除とかも使用人がやってたからかなりの数が雇われてるはずだ。
(さすが街長の家…だな)
一人納得してると、隣に座っていたバンがチラリと見てきた。
「どうしたルト」
「なんでもない、大丈夫」
「そうか、食事は口にあいそうか?」
「うん、すごく美味しいよ」
「そりゃ何よりだ」
ほっとしたように笑う。つられて俺も笑顔になった。
「バン、あなたは彼とどのような関係なのだ?」
そこまで黙って食べていたベラさんが突然口を挟んできた。俺とバンの向かいの席に座るベラさんは美しい青いドレスに着替えており家主としての風格がある。バンはそれに苦笑しながら答えた。
「ルトは大事な友人だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…ふむ」
バンの言葉に神妙な顔で頷いて見せるベラさん。そして音を立てずにそっとナイフをテーブルに置いた。
「…バン、友人は大事にしなさい」
「あ、ああ」
「では、失礼する」
「ん、そっか。おやすみ、姉さん」
「おやすみ」
そういうが早いか、さっさと部屋から出て行ってしまった。残された俺とバンは扉の方を数秒眺めたあと、帰ってこないのを確認して、ふうううっと息を吐いた。
(肩こった…べラさんの前だとなんか緊張するな…)
独特の威圧感というか、偉い人感が強い。これが上に立つ者の風格なのだろうか。そう思っていたのは俺だけじゃなかったようで、肩をさするバンと目があった。
「はあ~肩こった」
「バンでも気を使ったりするんだ」
「そりゃ人並みにな。姉さんは特にだけど」
「…」
「じゃ、食べ終わって少し休憩したら、風呂でも入るか」
「んー…って、え?俺泊まることになってるの??」
「え?違うのか?」
「あー…」
さっきバンに「解決するまで離れない」と言ってしまった事を思い出す。
「…いや、泊まる、けど…」
泊まると考えたら急に、さっきのことを思い出してしまった。押し倒してきたバンの顔を。あれは多分、魔が差したというか、本気じゃないんだとは思うが…考えないわけにもいかない。
「…」
「俺が怖いか?」
「ち、違う、けど…ザクになんていおうか悩んでた」
「ああ、きちんと説明しないとな。黙って外泊させたら今度こそ殺されそうだ」
はははと笑って、俺が食べ終わったのを確認してから、バンは席を立った。俺もそれについていく。食べ終えた食器を使用人たちが片付けていくのを横目で見ながら部屋をあとにする。バンがうーん、と唸った。
「さてと、部屋をどうするかな…空き部屋はあると思うが俺の部屋から遠いだろうし、それだとちょっと心細いよな」
「べっべつに心細くはないしっ」
「そうか~?でも俺を見守るって意味で言うなら離れても隣の部屋ぐらいの距離が限界じゃないか?」
「…た、しかに…?じゃあ、俺、床でいいよ。毛布とかくれたら寝れると思うし」
「いやそれは流石に駄目だろ。そうなったら俺が床に寝るって。…よし、ならいっそ、あそこの部屋を使っちまうか」
「え?あそこって?」
俺が聞くと、バンはいたずらっ子のようにしーっと人差し指を口に当てた。
「とっておきの部屋に案内してやる」
とっておきってなんじゃそら。首を傾げる俺の手を引いて、廊下を駆け足で進むバン。まるで秘密基地にでもつれていくようなテンションだ。
(…ま、バンが楽しそうだし、なんでもいっか)
俺も少しだけ心を躍らせて、その、とっておきの部屋に向かうのだった。
***
それは最上階の、五階にあった。五階には部屋がここだけしかないらしく、目の前の扉以外出入り口はない。
(てことは…すんごい広い、ってことだよな)
ごくり、と唾を飲み込む。すると前にいたバンが、前もって使用人から受け取っていた鍵を扉に差し込んだ。がちゃりと重々しい音を立てて扉が開く。その先に広がる景色に、俺は目を丸くした。
「わああぁ…!!」
部屋の中にはキラキラ輝くシャンデリアに、磨きぬかれた床。チリひとつない家具。そして
シャアアアア
部屋の中心にある、大きな噴水に目を奪われた。
「すごいっ!部屋に噴水がある!?」
「ははは、すごいよなー」
バンが部屋の明かりをつけているうちに、俺はその噴水に近づいた。半径3mぐらいの大きさで、ピカピカと輝く大理石に囲まれた美しい噴水。覗き込むと水面に自分の顔が映った。しばらく見つめていると、自分の横にバンの顔が現れる。
「どうだ?なかなかいいだろ」
「うん!すごすぎ!ホテルでもこんな部屋ないって!!バンの家すごい!!お金持ちすぎ!!!」
「て、テンション高いな、ルト、そんなに噴水が気に入ったのか?」
「だって、家に、部屋の中に噴水があるなんて…初めてみたし…!てか多分誰がみても驚くから!これ!!」
「ははは、ちなみにこの中、入れるぞ」
「え!!」
俺が興奮して噴水を眺めていると、タオルを渡された。白くて肌触りの良さそうなふわふわのタオルだ。
(え、これ、バスタオルだよな?)
「聞いて驚くなよ。なんとシャワー&風呂としても使えるのデース」
噴水を指し、執事のように仰々しくお辞儀するバン。俺は噴水とバンを交互に見た。そんな馬鹿な、という顔で。
「え…嘘だよな?」
「はは、それが本当なんだよ。実際に使ったことはないけどそういう用途で使うものだと聞いてる。噴水の温度は39度ぐらいでちょうどいいはず、もう入れるぞ」
「は、はいりたいっっ!」
「だと思った!」
俺もだよ、と笑う。
「と、その前に簡単に部屋の説明を…って、おい、もう脱いでるのか」
「この中ですればいいだろ、よし!一番乗り!」
「あ、ずるいぞルト!」
服を脱ぎ、噴水に体を滑り込ませた。
ぱしゃんっ
噴水の形をしているけど、水はちゃんとあったかい。感動しながら、噴水の上の方から落ちてくる水を浴びていると、横で水音がした。どうやらバンが入ってきたみたいだ。
「ふうー、ちょっとぬるいか」
「これぐらいでいいだろ。じいちゃんじゃないんだから」
「ほう?俺を爺扱いとはルトも生意気言うようになったなー」
片眉を上げて微笑むバン。ばしゃりと水をかけられた。
「うわぶっ!バン!ぶはっ」
「ほれほれ」
「バンーっ!お返しだ!てやあ!」
「うわあっ、このっははは!」
噴水の中で子供のようにはしゃぐ。そうやってひとしきり楽しんだ後、俺たちはぐったりと大理石にもたれかかった。お湯は熱いけど石は冷たくて気持ちいい。
(はあ~最高だあ~…)
目を瞑って体を癒していると、少し遠くからバンの声が聞こえてくる。
「なあ、ルトはシャンプーどれがいい?」
「一番肌に優しいの」
「そんなこといわれても…、これか?」
「うん、それで……あ」
シャンプーを受け取ろうと手を伸ばすと、間違ってバンの手と触れてしまった。あっとすぐに手を離す。
「置いとくな」
「…うん」
そこで俺は急にバンのことを意識しだした。今更すぎるけど、とても今更すぎるけど、今の状況を思い出す。俺もバンも裸で、しかもここはバンの部屋で。かなり上客用の部屋なのだろうし私室のようなリラックス感はないが、それでも部屋に転がり込んでる事に変わりはない。
(相手がバンだからあまり深く考えてなかったけど…もしもこれがシータとかレイン相手だったら…)
考えただけでぞっとした。震える俺に気付いたバンが心配そうに見てくる。
「ルト、寒くなったか?」
「ちがう。嫌なこと思い出した、だけ」
「そっか、まああるよな、嫌なことのひとつやふたつ」
「うん…バンもあるの?」
「もちろん、選挙も嫌だしこの家も嫌だな」
「…そう、なんだ」
バンは大理石にもたれたまま、天井を眺めている。
(こんなに綺麗で、噴水もあって、最高の部屋なのに…)
俺はただ聞いてるのも手持ち無沙汰だったので、渡されたシャンプーでわしゃわしゃと頭を洗いだした。噴水の中でやっていいのか悩んだが、外でやった方が掃除が大変そうだしいいかと結論付けた。バンが独りでに話し出す。
「俺はこの家の長男として生まれてさ。それ相応の教育を受けて育ったわけだ」
前に見た、バンの小さな頃の写真を思い出す。確かに品が良さそう…というか育ちが良さそうだった。
「でも、俺はどうしても合わなかったんだ。教育の合間に抜け出してはシータやアイザックとつるんで遊んだりした。そうしていくうちに俺はこっち側だと気付いたんだよ」
「え…?」
「支配する側じゃなくて、支配される側だってこと」
支配する側、街長として、街の人たちを導いてく存在になるかどうかってことか。
「家は俺に、支配する側になれと言い続けたが、どうしても俺は…なりきれなくて、結局は家を出たよ」
「…それで、あそこに」
「ああ、といってもあそこはまだ引っ越してきて一ヶ月だったし、もう戻る気はないがな」
「ええ?!」
(引っ越してきて一ヶ月??でも、バンそれよりも前から一人暮らしだったよな…?)
「今日みたいに、家の奴らに見つからないよう逃げ回ってるんだよ、家を変え場所を変えて何年もずーっと」
「…そ、そうだったんだ」
「まあ案内人なんて目立つ仕事やってるからすぐ見つかっちまうんだが」
はは、と自嘲するように笑う。
「でも、そのせいで姉さんには悪いことをした」
「…?」
バンはそこまで言うと、湯船に顔をつけ、ぶくぶくとあわを作り始めた。
(バン…?)
それを横目で見ながらコンディショナーを手探りで探した。見つからなくてわたわたしていると、バンが黙って手渡してくれる。お礼を言おうとしたら、思ったよりも暗い顔で天井を見上げるバンの横顔に、言葉を飲み込む。
「俺が出て行ったせいで、俺が背負うべき責任が全て姉さんにいったんだ」
「…」
「街長として、家の長として支配する側として生きる責任が、姉さんにいった。今まで長の定めとは関係なく生きていた姉さんに、大きな重荷・プレッシャーを与えた」
「バン…」
べラさんの厳しい目つきを思い出す。まだ若いはずなのに、あの人の眉間には深い皺が刻まれていた。確かにあの姿を見ていると、苦労してきたんだろうな、と思ってしまう。
(でも…)
さっき俺たちに、友人を大事にしなさいといったときだけ、彼女の目が柔らかくなった気がした。
「だから、姉さんには頭が上がらないし、幸せになってほしい。俺が当選すれば姉さんは全ての責務から解放されるはずだ。また、女性として過ごせる、元に戻れるんだ」
「…」
「だから、姉さんのいる選挙だけは、今回だけは逃げるべきじゃないとも、とも思った…。でも姉さんは意志を貫く強い人だ。俺に邪魔されたら、姉さんは今度こそ……。はあ、悪い、俺、何が言いたいんだろうな」
そこで喋るのをやめ、バンは疲れたように笑い、体から力を抜く。するとバンの体は水の中にずぶずぶと入っていってしまう。慌ててバンに近寄った。
「ば、バンっ!溺れる!」
「…いっそ、俺はここで溺れ死ねば…いいのかなー…」
「何言ってるんだよ!馬鹿!!」
「冗談だ…いや、弱気になってるのかもな、はは…」
「どっちでもいいけど!早く起き上がって!本当に死ぬから!!」
完全に水の中に埋まってしまい、バンの口からは空気の泡しか出てこなくなった。
(バン…!)
俺は戸惑った後、意を決し、水に顔をつける。そのまま水の中のバンに近づく。口の動きだけで、伝わるかわからないけど、えっと。
“・・・おれは、バンの、みかた、だから”
バンの瞳が揺れる。
“バンが、いいと、おもった、みちを、すすめばいい”
一度も瞬きをせず、俺の口の動きを見つめるバン。まるで時が止まったかのように静かな瞬間。
“おねえさんも、それを、ねがってる、とおもう”
“だから、こんかいは、にげないで、ちゃんと、こたえようよ”
“おれは、ずっとバンのとなりにいるから、さ”
そう言いきってバンと見つめ合う。
(つ、伝わったかな…?)
バンは瞳を揺らめかせ、ただ見つめてくるだけだった。そうやってしばらく見つめ合っていると、俺は息が苦しくなってあがろうとする。
すっ
しかし、俺の動きと逆行するように後頭部にバンの手が回ってきて引き寄せられる。
(…え、あっ)
目の前の男が、いつもの優しい顔ではなく男の顔をしてることに気付くが、それも一瞬遅くて、そのまま俺は
ちゅ
目の前の唇に口付けられた。
(…え?)
何が起きたのかわからなくて、ぼうっとしていると、バンに抱きしめられた状態で水の中から出された。
「ほら、溺れるぞ?ルト」
「う、うん…」
ドキドキと心臓が張り裂けんばかりに鳴り始める。
(い、いいいいま、俺…バンと、キスしたのか??!)
唇を指でなぞる。勘違いじゃない。今ここにバンの唇が当たった。決して俺の妄想ではない。
(バンの唇すごく柔らかかっ…)
そこまで考えて顔が真っ赤になった。急に脳に血が集まったせいかぐるぐると視界が揺れる。心なしか体も熱くてボーッとする。
(あ、やばい、俺…のぼせた、かも…)
グラッ
視界が回り、そして意識が途切れた。倒れる寸前、バンの焦ったような声が聞こえたような気がしたけど、それはすぐに聞こえなくなった。
神への祈りを捧げる。目の前の、よだれの出そうなぐらい豪華な料理のためのお祈りは俺がすることになった。
(まあ、牧師だしこれぐらいはやらないと…)
お祈りが終わり、テーブルを囲む数人がフォークを掴む。俺も席に戻り、食事に手を伸ばした。前菜やスープのあと、脂ののった美味しそうな魚料理が運ばれてくる。早速食べようとすると、料理を持ってきた使用人が丁寧に切り分け始めた。
(…すごいな、こんな事までしてもらえるんだ)
屋敷には使用人がどれだけいるんだろう。部屋の隅に数人いるけど、部屋の掃除とかも使用人がやってたからかなりの数が雇われてるはずだ。
(さすが街長の家…だな)
一人納得してると、隣に座っていたバンがチラリと見てきた。
「どうしたルト」
「なんでもない、大丈夫」
「そうか、食事は口にあいそうか?」
「うん、すごく美味しいよ」
「そりゃ何よりだ」
ほっとしたように笑う。つられて俺も笑顔になった。
「バン、あなたは彼とどのような関係なのだ?」
そこまで黙って食べていたベラさんが突然口を挟んできた。俺とバンの向かいの席に座るベラさんは美しい青いドレスに着替えており家主としての風格がある。バンはそれに苦笑しながら答えた。
「ルトは大事な友人だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…ふむ」
バンの言葉に神妙な顔で頷いて見せるベラさん。そして音を立てずにそっとナイフをテーブルに置いた。
「…バン、友人は大事にしなさい」
「あ、ああ」
「では、失礼する」
「ん、そっか。おやすみ、姉さん」
「おやすみ」
そういうが早いか、さっさと部屋から出て行ってしまった。残された俺とバンは扉の方を数秒眺めたあと、帰ってこないのを確認して、ふうううっと息を吐いた。
(肩こった…べラさんの前だとなんか緊張するな…)
独特の威圧感というか、偉い人感が強い。これが上に立つ者の風格なのだろうか。そう思っていたのは俺だけじゃなかったようで、肩をさするバンと目があった。
「はあ~肩こった」
「バンでも気を使ったりするんだ」
「そりゃ人並みにな。姉さんは特にだけど」
「…」
「じゃ、食べ終わって少し休憩したら、風呂でも入るか」
「んー…って、え?俺泊まることになってるの??」
「え?違うのか?」
「あー…」
さっきバンに「解決するまで離れない」と言ってしまった事を思い出す。
「…いや、泊まる、けど…」
泊まると考えたら急に、さっきのことを思い出してしまった。押し倒してきたバンの顔を。あれは多分、魔が差したというか、本気じゃないんだとは思うが…考えないわけにもいかない。
「…」
「俺が怖いか?」
「ち、違う、けど…ザクになんていおうか悩んでた」
「ああ、きちんと説明しないとな。黙って外泊させたら今度こそ殺されそうだ」
はははと笑って、俺が食べ終わったのを確認してから、バンは席を立った。俺もそれについていく。食べ終えた食器を使用人たちが片付けていくのを横目で見ながら部屋をあとにする。バンがうーん、と唸った。
「さてと、部屋をどうするかな…空き部屋はあると思うが俺の部屋から遠いだろうし、それだとちょっと心細いよな」
「べっべつに心細くはないしっ」
「そうか~?でも俺を見守るって意味で言うなら離れても隣の部屋ぐらいの距離が限界じゃないか?」
「…た、しかに…?じゃあ、俺、床でいいよ。毛布とかくれたら寝れると思うし」
「いやそれは流石に駄目だろ。そうなったら俺が床に寝るって。…よし、ならいっそ、あそこの部屋を使っちまうか」
「え?あそこって?」
俺が聞くと、バンはいたずらっ子のようにしーっと人差し指を口に当てた。
「とっておきの部屋に案内してやる」
とっておきってなんじゃそら。首を傾げる俺の手を引いて、廊下を駆け足で進むバン。まるで秘密基地にでもつれていくようなテンションだ。
(…ま、バンが楽しそうだし、なんでもいっか)
俺も少しだけ心を躍らせて、その、とっておきの部屋に向かうのだった。
***
それは最上階の、五階にあった。五階には部屋がここだけしかないらしく、目の前の扉以外出入り口はない。
(てことは…すんごい広い、ってことだよな)
ごくり、と唾を飲み込む。すると前にいたバンが、前もって使用人から受け取っていた鍵を扉に差し込んだ。がちゃりと重々しい音を立てて扉が開く。その先に広がる景色に、俺は目を丸くした。
「わああぁ…!!」
部屋の中にはキラキラ輝くシャンデリアに、磨きぬかれた床。チリひとつない家具。そして
シャアアアア
部屋の中心にある、大きな噴水に目を奪われた。
「すごいっ!部屋に噴水がある!?」
「ははは、すごいよなー」
バンが部屋の明かりをつけているうちに、俺はその噴水に近づいた。半径3mぐらいの大きさで、ピカピカと輝く大理石に囲まれた美しい噴水。覗き込むと水面に自分の顔が映った。しばらく見つめていると、自分の横にバンの顔が現れる。
「どうだ?なかなかいいだろ」
「うん!すごすぎ!ホテルでもこんな部屋ないって!!バンの家すごい!!お金持ちすぎ!!!」
「て、テンション高いな、ルト、そんなに噴水が気に入ったのか?」
「だって、家に、部屋の中に噴水があるなんて…初めてみたし…!てか多分誰がみても驚くから!これ!!」
「ははは、ちなみにこの中、入れるぞ」
「え!!」
俺が興奮して噴水を眺めていると、タオルを渡された。白くて肌触りの良さそうなふわふわのタオルだ。
(え、これ、バスタオルだよな?)
「聞いて驚くなよ。なんとシャワー&風呂としても使えるのデース」
噴水を指し、執事のように仰々しくお辞儀するバン。俺は噴水とバンを交互に見た。そんな馬鹿な、という顔で。
「え…嘘だよな?」
「はは、それが本当なんだよ。実際に使ったことはないけどそういう用途で使うものだと聞いてる。噴水の温度は39度ぐらいでちょうどいいはず、もう入れるぞ」
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「だと思った!」
俺もだよ、と笑う。
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ぱしゃんっ
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「ほう?俺を爺扱いとはルトも生意気言うようになったなー」
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「バンーっ!お返しだ!てやあ!」
「うわあっ、このっははは!」
噴水の中で子供のようにはしゃぐ。そうやってひとしきり楽しんだ後、俺たちはぐったりと大理石にもたれかかった。お湯は熱いけど石は冷たくて気持ちいい。
(はあ~最高だあ~…)
目を瞑って体を癒していると、少し遠くからバンの声が聞こえてくる。
「なあ、ルトはシャンプーどれがいい?」
「一番肌に優しいの」
「そんなこといわれても…、これか?」
「うん、それで……あ」
シャンプーを受け取ろうと手を伸ばすと、間違ってバンの手と触れてしまった。あっとすぐに手を離す。
「置いとくな」
「…うん」
そこで俺は急にバンのことを意識しだした。今更すぎるけど、とても今更すぎるけど、今の状況を思い出す。俺もバンも裸で、しかもここはバンの部屋で。かなり上客用の部屋なのだろうし私室のようなリラックス感はないが、それでも部屋に転がり込んでる事に変わりはない。
(相手がバンだからあまり深く考えてなかったけど…もしもこれがシータとかレイン相手だったら…)
考えただけでぞっとした。震える俺に気付いたバンが心配そうに見てくる。
「ルト、寒くなったか?」
「ちがう。嫌なこと思い出した、だけ」
「そっか、まああるよな、嫌なことのひとつやふたつ」
「うん…バンもあるの?」
「もちろん、選挙も嫌だしこの家も嫌だな」
「…そう、なんだ」
バンは大理石にもたれたまま、天井を眺めている。
(こんなに綺麗で、噴水もあって、最高の部屋なのに…)
俺はただ聞いてるのも手持ち無沙汰だったので、渡されたシャンプーでわしゃわしゃと頭を洗いだした。噴水の中でやっていいのか悩んだが、外でやった方が掃除が大変そうだしいいかと結論付けた。バンが独りでに話し出す。
「俺はこの家の長男として生まれてさ。それ相応の教育を受けて育ったわけだ」
前に見た、バンの小さな頃の写真を思い出す。確かに品が良さそう…というか育ちが良さそうだった。
「でも、俺はどうしても合わなかったんだ。教育の合間に抜け出してはシータやアイザックとつるんで遊んだりした。そうしていくうちに俺はこっち側だと気付いたんだよ」
「え…?」
「支配する側じゃなくて、支配される側だってこと」
支配する側、街長として、街の人たちを導いてく存在になるかどうかってことか。
「家は俺に、支配する側になれと言い続けたが、どうしても俺は…なりきれなくて、結局は家を出たよ」
「…それで、あそこに」
「ああ、といってもあそこはまだ引っ越してきて一ヶ月だったし、もう戻る気はないがな」
「ええ?!」
(引っ越してきて一ヶ月??でも、バンそれよりも前から一人暮らしだったよな…?)
「今日みたいに、家の奴らに見つからないよう逃げ回ってるんだよ、家を変え場所を変えて何年もずーっと」
「…そ、そうだったんだ」
「まあ案内人なんて目立つ仕事やってるからすぐ見つかっちまうんだが」
はは、と自嘲するように笑う。
「でも、そのせいで姉さんには悪いことをした」
「…?」
バンはそこまで言うと、湯船に顔をつけ、ぶくぶくとあわを作り始めた。
(バン…?)
それを横目で見ながらコンディショナーを手探りで探した。見つからなくてわたわたしていると、バンが黙って手渡してくれる。お礼を言おうとしたら、思ったよりも暗い顔で天井を見上げるバンの横顔に、言葉を飲み込む。
「俺が出て行ったせいで、俺が背負うべき責任が全て姉さんにいったんだ」
「…」
「街長として、家の長として支配する側として生きる責任が、姉さんにいった。今まで長の定めとは関係なく生きていた姉さんに、大きな重荷・プレッシャーを与えた」
「バン…」
べラさんの厳しい目つきを思い出す。まだ若いはずなのに、あの人の眉間には深い皺が刻まれていた。確かにあの姿を見ていると、苦労してきたんだろうな、と思ってしまう。
(でも…)
さっき俺たちに、友人を大事にしなさいといったときだけ、彼女の目が柔らかくなった気がした。
「だから、姉さんには頭が上がらないし、幸せになってほしい。俺が当選すれば姉さんは全ての責務から解放されるはずだ。また、女性として過ごせる、元に戻れるんだ」
「…」
「だから、姉さんのいる選挙だけは、今回だけは逃げるべきじゃないとも、とも思った…。でも姉さんは意志を貫く強い人だ。俺に邪魔されたら、姉さんは今度こそ……。はあ、悪い、俺、何が言いたいんだろうな」
そこで喋るのをやめ、バンは疲れたように笑い、体から力を抜く。するとバンの体は水の中にずぶずぶと入っていってしまう。慌ててバンに近寄った。
「ば、バンっ!溺れる!」
「…いっそ、俺はここで溺れ死ねば…いいのかなー…」
「何言ってるんだよ!馬鹿!!」
「冗談だ…いや、弱気になってるのかもな、はは…」
「どっちでもいいけど!早く起き上がって!本当に死ぬから!!」
完全に水の中に埋まってしまい、バンの口からは空気の泡しか出てこなくなった。
(バン…!)
俺は戸惑った後、意を決し、水に顔をつける。そのまま水の中のバンに近づく。口の動きだけで、伝わるかわからないけど、えっと。
“・・・おれは、バンの、みかた、だから”
バンの瞳が揺れる。
“バンが、いいと、おもった、みちを、すすめばいい”
一度も瞬きをせず、俺の口の動きを見つめるバン。まるで時が止まったかのように静かな瞬間。
“おねえさんも、それを、ねがってる、とおもう”
“だから、こんかいは、にげないで、ちゃんと、こたえようよ”
“おれは、ずっとバンのとなりにいるから、さ”
そう言いきってバンと見つめ合う。
(つ、伝わったかな…?)
バンは瞳を揺らめかせ、ただ見つめてくるだけだった。そうやってしばらく見つめ合っていると、俺は息が苦しくなってあがろうとする。
すっ
しかし、俺の動きと逆行するように後頭部にバンの手が回ってきて引き寄せられる。
(…え、あっ)
目の前の男が、いつもの優しい顔ではなく男の顔をしてることに気付くが、それも一瞬遅くて、そのまま俺は
ちゅ
目の前の唇に口付けられた。
(…え?)
何が起きたのかわからなくて、ぼうっとしていると、バンに抱きしめられた状態で水の中から出された。
「ほら、溺れるぞ?ルト」
「う、うん…」
ドキドキと心臓が張り裂けんばかりに鳴り始める。
(い、いいいいま、俺…バンと、キスしたのか??!)
唇を指でなぞる。勘違いじゃない。今ここにバンの唇が当たった。決して俺の妄想ではない。
(バンの唇すごく柔らかかっ…)
そこまで考えて顔が真っ赤になった。急に脳に血が集まったせいかぐるぐると視界が揺れる。心なしか体も熱くてボーッとする。
(あ、やばい、俺…のぼせた、かも…)
グラッ
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