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第十五章「天使の歌とキラキラ悪魔様」
天使の失踪
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***
それから3日ほど、ララの護衛を行った。護衛といってもそれっぽいのは公演を見守るだけで、あとは一緒にトランプしたり、読書したり、他愛無いことを話して過ごすだけだった。その間、スペクターの姿はおろか、その気配さえ感じさせない、平和な日々を送った。
逆に…おかしな動きを見せたのはザクで。
「ルト、おやすみ」
「あ、ああ」
寝巻きに着替えさっさとベッドに入ってしまうザク。ぐうぐう眠りこける姿を見て狸寝入りではないと悟り、それをしばらく無言で見守った後、俺も隣に置いてあるもうひとつのベッドに入った。
(おかしい)
この3日間、全くザクが触れてこないのだ。
「……おやすみ、ザク」
まだひんやりと冷たい布団のなかで呟いた後、俺はぎゅっと体を丸めた。自分の腕で膝を抱え、目を瞑る。
(悪魔の部分が浄化されてそういう欲求が無くなったのか…?全然触ってこないんだけど…)
この3日間ずっと考えていた。一人でずっと、キラキラ光る笑顔を浮かべるザクの横で。
(つまり、今までザクが俺を求めていたのは悪魔の欲があったからで、単に肉欲として必要としてたから俺を抱いていただけ…なのか?)
そう考えて、強く膝を抱えた。信じたくないけど、でも、そうとしか思えない状況に何もいえなくて。今のキラキラザクも俺を大事にしてくれているけど、やっぱり扱い方とかが根本的に違う。隣のベッドで眠るザクが遠い。
“刺激が足りひんのやな”
数日前に言われたイーズの言葉が響く。
「……っ、ちがう…!」
シーツの中で首を振った。
(お前らと一緒にするなよ、俺は人間だ、牧師だ…!そんな、動物みたいな思考はしないんだからな…!)
「っ、……はあ」
考え事をしていたら、すっかり頭がさえてしまった。起き上がって、ベッドから出る。そのまま音をさせないように廊下に出た。
「あれ?」
廊下に出てすぐ、隣の部屋の扉が開いていることに気付いた。ララの部屋だ。
(どうしたんだろう?)
廊下にかけられた時計は一時を過ぎていた。子供ならもうとっくに寝ていてもおかしくない時間だ。ゆっくりと、ララの部屋をのぞいてみる。
「ララ…?」
驚くことに、そこには誰もいなかった。
「え?」
窓が開いていてカーテンが揺れている。ベッドは使われてなくて綺麗なままだった。
(ララ…??)
こんな夜中に一体どこへ…?まさかと思いトイレも見に行ったがもちろん誰もおらず、俺は立ち呆けてしまった。
(ど、どうしよう!ララが攫われた?!)
動揺で思考がうまくいかない。
(お、落ち着け、ララの部屋に戻れば何か手がかりがあるかも!)
それに、隣の部屋にいた俺たちにも物音が聞こえなかったんだ。部屋も荒らされてなかったし、ただの散歩かもしれない。
「……」
こんな状況でなければ放っておいたが、今はスペクターのこともある。急いで探して連れ戻さないと。ララの部屋に再び入り、見回す。特に目新しいものはない。
「俺にもバンみたいな観察力がほしいな……って、うわっ!」
首の、服の隙間から何かが入ってくる。かさかさと乾燥した肌とちくちくとあたる毛。俺は服に手を突っ込みそいつを引っ張り出した。
「こらっ!またお前か!」
グレムリンが目をぎょろっとさせて見つめてくる。キョトンとした顔で、ちょっとマヌケな感じだ。
(もしかして遊んでほしかったのか?)
「…ごめんな、今忙しくて、お前と遊んでる場合じゃないんだよ」
そういうと、耳をしょんぼりと下げて俺の手からおりていった。すぐに植木鉢の後ろに消えていく。
「って、あ、そうだ!お前!グレムリン!」
何度か名前を呼ぶと、面倒くさそうに植木鉢の裏から顔を出した。グレムリンと目を合わせて問いかけてみる。
「今、ララを探しているんだ、急にいなくなっちゃってさ…お前、知らないかな?」
部屋の中に居ついているグレムリンならララの行き先がわかるかもしれない。グレムリンは頭を傾げ、じーっと目を見つめてくる。それから逸らさずにじっと見つめ返した。そして何の拍子もなく立ち上がりララの鞄に近寄っていくグレムリン。
「?」
鞄をごそごそと漁りだした。何をしているんだと不審に思いつつも、少しの希望を信じたくて止めることはしなかった。
ぐいっ
グレムリンが何かを引っ張ろうと踏ん張っている。それを後ろから手伝ってやると、紙の束が出てきた。よく見るとそれは何かの雑誌だった。
「これがなんなんだ?」
パラパラとページをめくっていく。どうやらこの雑誌は歌関係、しかも歌手の特集をしているようだ。途中で吟遊詩人姿のシオンを見つけて、自然と顔が綻んだ。
(でもこの雑誌を見せて何がしたいんだ?)
首を傾げていたところで、とある写真で目が止ま?。
「これ…ララだ!」
グレムリンと一緒に雑誌を凝視する。そこには少し幼い、10歳ぐらいのララの写真があった。インタビュー記事で、タイトルは“天使の歌声を持つ少年”
=ギイイ!=
グレムリンが自信満々という感じでその写真にうつるララを指差した。
「ってまさか、お前、ここにララが消えたと思ってるのか?」
(な、なんだ…)
俺は一人肩を落としため息をつく。何を期待していたんだろう。グレムリンに人探しかんてできるわけないよな。写真の中のララに手を振ったりしているグレムリンを見て、深くため息を吐いた。
「はあ…」
(とんだ無駄骨だった…)
雑誌を閉じようとして、手を止める。
(いや、待てよ)
もう一度開いてララの記事に目を通してみた。
(ララのことを探ってるみたいになるけど、どうせここまで来たら、一緒だよな)
「なになに、天才少年……歌声はまるで天使、しかも外見や性格まで完璧で…、って!はは、言動が天使みたいに完璧って、ララのことじゃないみたいだな」
記事にはララを褒め称える内容がずらっと連ねられていた。ここ数日一緒に過ごしていたからこそ、写真のララの笑顔が雑誌用に作られたものだと瞬時にわかった。
(ララは本当に嬉しい時はえくぼができる笑い方をするんだよな)
こんな綺麗な笑い方をする時は大体天使みたいな考え方をしてない時だ。と、まあそれはいいとして。
「ララのやつ、これを持ち歩いてるって大分ナルシストだよな…いや、普通なのかな?」
シオンもよく自分の映るポスターを持ってきては俺に自慢していたし。案外それがステータスなのかも?
「――ん?これは…」
インタビューの最後の記事にララのメッセージが書かれていた。けれどそれは一言目から後ろはページごと破り取られていて何が書かれているかわからなくなっている。
「なんで破れて…」
そこでくいっと袖を引っ張られる感触がして、俺は顔を上げた。袖を持ちながらグレムリンが開け放たれた窓を指差して必死に飛び跳ねる。
「?」
どうしたのかと思っていると、どこからか歌声が聞こえてきた。
「この声…ララだ!」
急いで立ち上がったせいでグレムリンが宙ぶらりになってしまった。それを右手で支えて自分の肩に乗せてやる。
「探しに行こう!」
=ギイィ!=
グレムリンが俺の言葉に応えるように、手を突き上げた。
~~~♪ーー♪…♪
「ララっ!!見つけたぞ!」
宿から10分ほど歩いた、少し高台になっている場所に来た。ここからだと夜の海を眺めることができるようだ。それを見下ろしながらララは歌っていた。俺の声にびくんっと驚いて、焦ったように振り返るララ。
「…っる、ルト??」
「どうしてこんな所に…夜中に一人で出歩いたら危ないだろ」
「ルトには関係ないだろ!」
「関係ないって…護衛してる俺に言う?」
もしも近くにスペクターがいたら、襲われたらどうするつもりだったんだ。すぐに宿に連れ戻さないとと使命感に駆られる。
「ほら、帰ろう」
「いやだっ!」
手を引くと、ぱしっと振りほどかれた。驚いて体が停止してしまう。どうしたんだよ、急に。昼間までは普通だったのに。
「僕は、あそこには、帰りたくない…!」
「…?」
搾り出すように叫ぶララの姿からは、何か俺には見えない闇が見え隠れしている気がした。
「帰りたくないって…宿に?」
「…宿も、合唱団も」
駄々をこねるように蹲った。
「……ララ?大丈夫か?」
背中をさするようにしてララの横に行く。するとぽつりぽつりと言葉を吐き出し始めた。
「…明日、大きな公演があるんだ」
「知ってる。コンサートホールでやるんだよな。パレードの前の一番の大仕事だって指揮者の人、話してた」
「…」
「もしかして、その公演がやりたくない、とか?」
「…」
「スランプ?」
「…」
全く返事が返ってこなくなり、不安になる。肩をゆすってみたが反応はなかった。ララは俯いてしまって顔が見えない。いや、違う。見られたくないんだろう。
「……はあ」
ララの後ろに俺も座り込んだ。背中合わせになって星を眺める。
(無理に聞き出すものじゃないよな)
話したくなるまで、待ってよう。
(それが今俺にできる唯一のこと、だよな)
「僕は、世界でも有名な“歌姫”と“指揮者”の息子だった」
30分ほどして、急にララが話し出した。話を遮りたくなくて、俺は声は出さず頷くだけに留めた。背中から頷く振動が伝わってるはず。
「色んな人が僕に期待して、投資して、褒め称えた。まるでそこらの大人よりも偉くなれたような気がするぐらいね」
「…」
「でも、時々こうやって不安になるんだ。すべて捨てて逃げ出したくなる。…だって、もしも明日僕が歌えなくなったら、声が皆の求めるものでなくなってしまったら、そこに僕の居場所は…帰る場所はなくなる」
「ララ…」
「僕は歌えるから僕なのであって、歌えない僕はもう…ただの息を吸う人形なんだ、きっとね」
そういってララはぎゅっと握り締めていた手をゆっくりと開く。その手の中には、小さな紙切れがあった。
「これ、雑誌の…?」
答えは無く、ただ紙切れを渡された。破ってしまわないよう気をつけながら紙切れを開く。そこにはインタビューの続きが書かれていた。将来の夢について書かれており、インタビューの締めくくりとしての質問だった。ララの答えは
“父と母の自慢の歌手になること”
素晴らしい答えだと思った。でも、ララの本心からの言葉じゃないのはすぐにわかった。俺はその紙切れをララに返して、少し考えてから、ゆっくりと言葉を選びながら聞いてみる。
「ララは、歌うのが怖いのか?」
目を見開き、そして俯く。
それから3日ほど、ララの護衛を行った。護衛といってもそれっぽいのは公演を見守るだけで、あとは一緒にトランプしたり、読書したり、他愛無いことを話して過ごすだけだった。その間、スペクターの姿はおろか、その気配さえ感じさせない、平和な日々を送った。
逆に…おかしな動きを見せたのはザクで。
「ルト、おやすみ」
「あ、ああ」
寝巻きに着替えさっさとベッドに入ってしまうザク。ぐうぐう眠りこける姿を見て狸寝入りではないと悟り、それをしばらく無言で見守った後、俺も隣に置いてあるもうひとつのベッドに入った。
(おかしい)
この3日間、全くザクが触れてこないのだ。
「……おやすみ、ザク」
まだひんやりと冷たい布団のなかで呟いた後、俺はぎゅっと体を丸めた。自分の腕で膝を抱え、目を瞑る。
(悪魔の部分が浄化されてそういう欲求が無くなったのか…?全然触ってこないんだけど…)
この3日間ずっと考えていた。一人でずっと、キラキラ光る笑顔を浮かべるザクの横で。
(つまり、今までザクが俺を求めていたのは悪魔の欲があったからで、単に肉欲として必要としてたから俺を抱いていただけ…なのか?)
そう考えて、強く膝を抱えた。信じたくないけど、でも、そうとしか思えない状況に何もいえなくて。今のキラキラザクも俺を大事にしてくれているけど、やっぱり扱い方とかが根本的に違う。隣のベッドで眠るザクが遠い。
“刺激が足りひんのやな”
数日前に言われたイーズの言葉が響く。
「……っ、ちがう…!」
シーツの中で首を振った。
(お前らと一緒にするなよ、俺は人間だ、牧師だ…!そんな、動物みたいな思考はしないんだからな…!)
「っ、……はあ」
考え事をしていたら、すっかり頭がさえてしまった。起き上がって、ベッドから出る。そのまま音をさせないように廊下に出た。
「あれ?」
廊下に出てすぐ、隣の部屋の扉が開いていることに気付いた。ララの部屋だ。
(どうしたんだろう?)
廊下にかけられた時計は一時を過ぎていた。子供ならもうとっくに寝ていてもおかしくない時間だ。ゆっくりと、ララの部屋をのぞいてみる。
「ララ…?」
驚くことに、そこには誰もいなかった。
「え?」
窓が開いていてカーテンが揺れている。ベッドは使われてなくて綺麗なままだった。
(ララ…??)
こんな夜中に一体どこへ…?まさかと思いトイレも見に行ったがもちろん誰もおらず、俺は立ち呆けてしまった。
(ど、どうしよう!ララが攫われた?!)
動揺で思考がうまくいかない。
(お、落ち着け、ララの部屋に戻れば何か手がかりがあるかも!)
それに、隣の部屋にいた俺たちにも物音が聞こえなかったんだ。部屋も荒らされてなかったし、ただの散歩かもしれない。
「……」
こんな状況でなければ放っておいたが、今はスペクターのこともある。急いで探して連れ戻さないと。ララの部屋に再び入り、見回す。特に目新しいものはない。
「俺にもバンみたいな観察力がほしいな……って、うわっ!」
首の、服の隙間から何かが入ってくる。かさかさと乾燥した肌とちくちくとあたる毛。俺は服に手を突っ込みそいつを引っ張り出した。
「こらっ!またお前か!」
グレムリンが目をぎょろっとさせて見つめてくる。キョトンとした顔で、ちょっとマヌケな感じだ。
(もしかして遊んでほしかったのか?)
「…ごめんな、今忙しくて、お前と遊んでる場合じゃないんだよ」
そういうと、耳をしょんぼりと下げて俺の手からおりていった。すぐに植木鉢の後ろに消えていく。
「って、あ、そうだ!お前!グレムリン!」
何度か名前を呼ぶと、面倒くさそうに植木鉢の裏から顔を出した。グレムリンと目を合わせて問いかけてみる。
「今、ララを探しているんだ、急にいなくなっちゃってさ…お前、知らないかな?」
部屋の中に居ついているグレムリンならララの行き先がわかるかもしれない。グレムリンは頭を傾げ、じーっと目を見つめてくる。それから逸らさずにじっと見つめ返した。そして何の拍子もなく立ち上がりララの鞄に近寄っていくグレムリン。
「?」
鞄をごそごそと漁りだした。何をしているんだと不審に思いつつも、少しの希望を信じたくて止めることはしなかった。
ぐいっ
グレムリンが何かを引っ張ろうと踏ん張っている。それを後ろから手伝ってやると、紙の束が出てきた。よく見るとそれは何かの雑誌だった。
「これがなんなんだ?」
パラパラとページをめくっていく。どうやらこの雑誌は歌関係、しかも歌手の特集をしているようだ。途中で吟遊詩人姿のシオンを見つけて、自然と顔が綻んだ。
(でもこの雑誌を見せて何がしたいんだ?)
首を傾げていたところで、とある写真で目が止ま?。
「これ…ララだ!」
グレムリンと一緒に雑誌を凝視する。そこには少し幼い、10歳ぐらいのララの写真があった。インタビュー記事で、タイトルは“天使の歌声を持つ少年”
=ギイイ!=
グレムリンが自信満々という感じでその写真にうつるララを指差した。
「ってまさか、お前、ここにララが消えたと思ってるのか?」
(な、なんだ…)
俺は一人肩を落としため息をつく。何を期待していたんだろう。グレムリンに人探しかんてできるわけないよな。写真の中のララに手を振ったりしているグレムリンを見て、深くため息を吐いた。
「はあ…」
(とんだ無駄骨だった…)
雑誌を閉じようとして、手を止める。
(いや、待てよ)
もう一度開いてララの記事に目を通してみた。
(ララのことを探ってるみたいになるけど、どうせここまで来たら、一緒だよな)
「なになに、天才少年……歌声はまるで天使、しかも外見や性格まで完璧で…、って!はは、言動が天使みたいに完璧って、ララのことじゃないみたいだな」
記事にはララを褒め称える内容がずらっと連ねられていた。ここ数日一緒に過ごしていたからこそ、写真のララの笑顔が雑誌用に作られたものだと瞬時にわかった。
(ララは本当に嬉しい時はえくぼができる笑い方をするんだよな)
こんな綺麗な笑い方をする時は大体天使みたいな考え方をしてない時だ。と、まあそれはいいとして。
「ララのやつ、これを持ち歩いてるって大分ナルシストだよな…いや、普通なのかな?」
シオンもよく自分の映るポスターを持ってきては俺に自慢していたし。案外それがステータスなのかも?
「――ん?これは…」
インタビューの最後の記事にララのメッセージが書かれていた。けれどそれは一言目から後ろはページごと破り取られていて何が書かれているかわからなくなっている。
「なんで破れて…」
そこでくいっと袖を引っ張られる感触がして、俺は顔を上げた。袖を持ちながらグレムリンが開け放たれた窓を指差して必死に飛び跳ねる。
「?」
どうしたのかと思っていると、どこからか歌声が聞こえてきた。
「この声…ララだ!」
急いで立ち上がったせいでグレムリンが宙ぶらりになってしまった。それを右手で支えて自分の肩に乗せてやる。
「探しに行こう!」
=ギイィ!=
グレムリンが俺の言葉に応えるように、手を突き上げた。
~~~♪ーー♪…♪
「ララっ!!見つけたぞ!」
宿から10分ほど歩いた、少し高台になっている場所に来た。ここからだと夜の海を眺めることができるようだ。それを見下ろしながらララは歌っていた。俺の声にびくんっと驚いて、焦ったように振り返るララ。
「…っる、ルト??」
「どうしてこんな所に…夜中に一人で出歩いたら危ないだろ」
「ルトには関係ないだろ!」
「関係ないって…護衛してる俺に言う?」
もしも近くにスペクターがいたら、襲われたらどうするつもりだったんだ。すぐに宿に連れ戻さないとと使命感に駆られる。
「ほら、帰ろう」
「いやだっ!」
手を引くと、ぱしっと振りほどかれた。驚いて体が停止してしまう。どうしたんだよ、急に。昼間までは普通だったのに。
「僕は、あそこには、帰りたくない…!」
「…?」
搾り出すように叫ぶララの姿からは、何か俺には見えない闇が見え隠れしている気がした。
「帰りたくないって…宿に?」
「…宿も、合唱団も」
駄々をこねるように蹲った。
「……ララ?大丈夫か?」
背中をさするようにしてララの横に行く。するとぽつりぽつりと言葉を吐き出し始めた。
「…明日、大きな公演があるんだ」
「知ってる。コンサートホールでやるんだよな。パレードの前の一番の大仕事だって指揮者の人、話してた」
「…」
「もしかして、その公演がやりたくない、とか?」
「…」
「スランプ?」
「…」
全く返事が返ってこなくなり、不安になる。肩をゆすってみたが反応はなかった。ララは俯いてしまって顔が見えない。いや、違う。見られたくないんだろう。
「……はあ」
ララの後ろに俺も座り込んだ。背中合わせになって星を眺める。
(無理に聞き出すものじゃないよな)
話したくなるまで、待ってよう。
(それが今俺にできる唯一のこと、だよな)
「僕は、世界でも有名な“歌姫”と“指揮者”の息子だった」
30分ほどして、急にララが話し出した。話を遮りたくなくて、俺は声は出さず頷くだけに留めた。背中から頷く振動が伝わってるはず。
「色んな人が僕に期待して、投資して、褒め称えた。まるでそこらの大人よりも偉くなれたような気がするぐらいね」
「…」
「でも、時々こうやって不安になるんだ。すべて捨てて逃げ出したくなる。…だって、もしも明日僕が歌えなくなったら、声が皆の求めるものでなくなってしまったら、そこに僕の居場所は…帰る場所はなくなる」
「ララ…」
「僕は歌えるから僕なのであって、歌えない僕はもう…ただの息を吸う人形なんだ、きっとね」
そういってララはぎゅっと握り締めていた手をゆっくりと開く。その手の中には、小さな紙切れがあった。
「これ、雑誌の…?」
答えは無く、ただ紙切れを渡された。破ってしまわないよう気をつけながら紙切れを開く。そこにはインタビューの続きが書かれていた。将来の夢について書かれており、インタビューの締めくくりとしての質問だった。ララの答えは
“父と母の自慢の歌手になること”
素晴らしい答えだと思った。でも、ララの本心からの言葉じゃないのはすぐにわかった。俺はその紙切れをララに返して、少し考えてから、ゆっくりと言葉を選びながら聞いてみる。
「ララは、歌うのが怖いのか?」
目を見開き、そして俯く。
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