牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十四章「海賊船と呪いの秘宝」

とある海賊の告白

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「ざざざっ…ザクーー?!」
「麻酔がまわっただけだ。問題ない」
「そ、そうなのか…」

 俺はおっかなびっくりしながらザクの体をつついてみた。ぴくりともしない。

「エスの牙ってこんな効果があったんだ…」
「まあ、こいつ相手では弱ってない限り効かないけどな」
「ふーん、だからエスってどんなにザクと喧嘩しても噛み付くことはないのか」
「それもある。…し、間違って血を飲んでしまったダメージを考えると…どうしても牙は使おうと思えない」
「はは、まずいって言ってたもんな」

 エスは苦い顔をしながらザクの肩に腕を回し持ち上げた。そのまま暗い路地を脱出すべく俺たちは歩き出した。

「はあ…」

 歩いてる内に体の感覚が戻ってきたらしく俺の体も痛み出した。特に腰。昨日から何度も無茶苦茶にされているため回復する隙がない。

 (さらわれてからずっとこんなんばっかだしな…)

「って、あ!そうだった!イーグル、あいつは??」
「?」

 エスが不思議そうな顔をしてこっちを見てくる。

「こっちで戦っていたはず…!」

 急いで元来た道を走って戻った。ザクだけここに現れたということは、イーグルはザクに倒されたという事になる。

(しかも、レインが破片を回収するとか言ってたし…もしかしてイーグルのやつすでに殺されてるとかないよな…??)

「イーグル!どこだ!」

 不安を胸に路地をやみくもに走った。後ろからエスの足音が聞こえてくる。

「おい!ルト、どうしたんだ?!」
「イーグルっていう男がここら辺にいるはずなんだ…!探さないと!」
「それってもしかして、海賊の男か?」
「え、知ってるのか?」
「知ってるも何も…今回お前を拐った本人だろう。何故そんな男に気をかける」

 ぐいっ

 エスが俺の手をとり引っ張ってくる。

「ルト、そんな男は放っておけ。騒ぎを聞きつけた白服がやってくる。早くここから離れたほうがいい」
「で、でも…」
「牧師は傷つけてくる者まで救う義務でもあるのか?ないだろう?」

 ほとんど感情を見せないエスが声を荒げてきた。

(これまで散々心配かけてきたもんな…)

 今回のことだってそうだ。エスは何も知らないのに助けに来てくれた。俺はその思いを毎回踏みにじってることになる。

「そうじゃない…エスの言う通りだよ…。でも、俺のせいで巻き込んじゃったんだ」

 (俺がいなければ…)

 イーグルだけならきっと永遠に踏み込むことがなかった領域に来させてしまった。

「死にかけてるかもしれないんだ。それに、このまま白服に会ったら…最悪口封じのため殺されるかもしれない」
「それは、そいつの自業自得だ」
「うん、そうだな…イーグルの自業自得。でもさ、俺は…ここで見捨てたら…絶対後悔すると思うんだ」
「………」

 エスが苦虫でも噛んだような顔をして、下を向いた。それから一度深く息を吸い込んだあと、路地のとある方角を指をさしてきた。

「エス?」
「あっちから…人の気配がする」
「!!」
「人数は一人。白服じゃないだろう。探すならあっちに行け」
「エス…!」
「はあ、オレが間違っていた。ルトは無謀な奴だったな。会った時からずっと…」

 やれやれと呆れたように呟く。しかしその顔には笑みも浮かんでいて。

「だからオレは…守る。ルトが無謀なまま、まっすぐ行動できるように」
「…エス、ありがとう」

 俺の言葉に小さくエスが頷く。それからもう一度気配のする方を見た。

(あっちに人の気配がするんだよな)

 エスの指した方に進むと、路地の真ん中にイーグルが倒れているのが見えた。致命傷を負ってる様子もなく息もある。

 (欠片は…)

 視線を巡らすがどこにも破片はなかった。

(レインが回収していったのか)

 ただ一つ異変が残っているとすれば、イーグルの右腕に少しだけ残っているこの黒い靄だ。破片と離れてもこの靄は消えなかったらしい。靄と触れてる地面や草が黒ずんできている。あのまま靄を放置すれば良くないことになりそうだ。

「エス…少し離れててくれ」

 エスが路地の端まで歩いたのを見届けてから、ポケットにいれておいた十字架を取り出した。それをイーグルの腕にかざす。

 スウウ…

 白く柔らかい光がイーグルの腕を包み、靄を吸い込んでいった。 

「うっ……、る、と…?」

 うっすらと目を開けたイーグルが俺を見て問いかけてくる。それに応えるように頷いた。

「ん、俺だよ」
「っは…ルトかよ。そうしてると、…女神みてーだなー…」
「ふざけた事言うならこの靄消してやらないぞ」
「ルトはそんな、酷い事、できねーの、しってるぜー…」
「じゃあ黙ってろよもう…」

 見た感じ黒い靄は半分ほど消えていた。だが十字架でその靄を完全に浄化し終えるまではまだ時間がかかりそうだ。それを知ってか知らずかイーグルが一人話し出す。

「…俺は…海賊になりたかったんじゃ、ねーんだ」
「え?」
「俺は…今はこんなんだけどな。昔はどこぞの…それはそれはお偉い…貴族の跡取りだったんだぜ。性に合わなすぎて家出したけどな」
「イーグルが貴族…」
「そー。意外だろ?俺は出世と…家の名前を守るための…親父達のただの道具に過ぎなかった。それが嫌で…、自由に生きてみたくて船に乗った。でも結局は…逃げ回ってるだけで、…ずっとここは空っぽだった」

 自分の胸を叩くイーグル。

「でもその空虚が埋まるときがあってな…。それが、珍しい宝を手に入れた時なんだよ。誰も見つけられなかった宝と出会えると…強い達成感が得られた。俺にしか犯せない領域を見つけられた気がして…安心できた」
「…」
「宝を見つけることでしか…自分の価値を見出だせなくった俺は…亡霊みたいに世界をフラフラ彷徨っていたんだ」

 ぼーっと月を眺めてるイーグルの横顔はどこか寂しげだった。それを黙ったまま見つめる。

「でもお前に言われて気づいたぜ。俺は誰のものでもない、俺のもの、だってな」
「…」
「びっくりした。そんな事、思いつきもしなかったしな、はは」

 笑って、上半身を起き上がらせる。

「ルトのおかげで俺は居場所を見つけられた」

 手を差し伸べられる。もう黒い靄は消えていた。

「あんな事、しちまったけど…もうこれからは絶対にルトを傷つけねー。だから…俺と一緒に来てくれないか」

 灰色の瞳が、まっすぐ見つめてくる。ふざけてる様子はない。本気で言ってるのだとわかる。俺はそれを受け止めてから、その手をゆっくり、押し返した。

「ごめん」
「!」
「俺には、ザクがいるから。イーグルとは行けない」
「………っ、はあーー」

 イーグルは胡座をかいた姿勢で両手を膝に置き、深く息を吐く。

「い、イーグル?だいじょうぶー」

 その次の瞬間、ガバッと顔を上げてきて、思ったよりもケロッとした顔と目が合う。

「やっぱりダメかー!」
「な、案外元気…っぽい?」
「そりゃクヨクヨしてもルトが振り向いてくれるわけじゃねーだろ?」
「ま、まあそうだけど」
「なら一旦、この話は終わりだ!」

 そう言うとすぐに勢いよく立ち上がるイーグル。パンパンと服をはたいて堂々とした様子で立った。路地の端から見守っていたエスを見つけて、ん?という顔をする。

「なんだあいつ、人間じゃねーな」
「?!(なんだわかったんだ??)」
「悪魔も背負ってるし悪魔の仲間…いや、違うな、吸血鬼か?」
「な、なんでわかるんだよ??」
「俺は目がいいんだよ。観察力がずば抜けてるっつーか。とりあえず見たら大体はわかっちまう」
「すごすぎる…」

 その能力があれば一儲けできそうなのに自己肯定感が低すぎる気がする。

「ルト」

 エスがもういいかと声をかけてきた。大きく頷いて手招いた。十字架はハンカチに包んでポケットに入れてあるので近づいても影響はないはず。

「話は終わったのか」
「うん、もう大丈夫だ。見守っててくれてありがとな、エス」
「問題ない。…よし。この男も動けそうだしとにかくここを離れよう。白服らしき気配が近くまで来てる」
「わかった!イーグルも一緒に…って、あれ?!」

 さっきまでいたはずの所には誰もいおらず、折りたたまれた羊皮紙が一枚落ちていた。それを拾い上げて開くと

 “今回は俺の完敗だ、大人しく身を引く
 あ、約束は守るから安心しろよ
 ちゃんと商品…じゃなくて、女達は解放しておく
 そんでもって、また拐いに来るから覚悟しておけ、ルト!
 イーグルより”

「ってなんだよアイツ!!全然懲りてないだろ!!」
「おかしな海賊だな」
「まあ、……根は悪い奴じゃないと思うんだけど…はあ…拐われるのはもう懲り懲りだ」

 そう言って羊皮紙をポケットに差し込む。これで船に捕まっていたいた人達も開放してもらえる。一安心だ。満月を見上げながら伸びをする。

(拐いにくるんじゃなくて、お茶飲みにくるぐらいなら…許してやるか)

 なんて一人思いながら俺は暗い路地を抜け、数日ぶりに教会に戻るのだった。



 ***


 ――――1週間後

「ちょっとー!遅いじゃん!ルト」
「ごめん。ザクを説得するのに時間がかかって…」

 アリスとの約束を守るため、俺は今、ダブルデートに来ていた。もちろん後ろから面倒くさそうにザクが追いかけてきている。黒コートの下は包帯でぐるぐる巻きなのだが、ザク曰く「傷は塞がったから日常生活に支障はない」らしい。胴体に穴を開けられたのにどんな体をしてるんだ。

 …と突っ込みたい所だがザクが変なのは今に始まったことじゃない。今回は口は閉じておくことにした。

「ほら、いこ!もう始まってるよ!シーカーニバルの最終日ーー!」
「わかったって、引っ張るなよ」

 アリスに服を引っ張られながら、会場である中央公園に向かう。後ろでザクが

「おい、お前らが仲良くしてどーする」

 面白くない、という顔をしてむくれていた。隣にいたアリスの恋人である漁師さんが苦笑いをして慰めている。

「あ!あそこ見て!なんかいるわよ!」
「アザラシか?」
「器用にボールを転がしてるわね~すごーい!」

 キャッキャっと喜ぶアリス。その横顔を見ながら平和って素晴らしいな…。なんてジジくさい事を考えてみたり。すると誰かに肩を叩かれた。右隣を見るとザクが立っていた。

「おいルト」
「なに」
「こっちこい」
「は?まだ公演やってるし、アリス達は…」
「いいっから!」

 ぐいぐいと引っ張られて、せっかく前の方で座れていたのに、そのまま人の群れから出てしまった。アリス達は海の生き物達の見せ物に目が釘付けになっているため俺たちがいなくなった事にすら気づいてないだろう。

「ザク!なんなんだよっ、アザラシみたかったのに!」

 少しイライラしながらザクを問い詰める。

「なあ、今日大人しくダブルデートすればやらせてくれるっての、嘘じゃねーんだな?」
「…」

 今日ザクをここに呼ぶために、色々言ったことの一つがこれだった。案外独占欲の強いザクはダブルデートをなかなか承諾してくれなくて、結局この条件をつけて渋々オーケーさせた。

(一週間してないしザクも限界のはず)

 イーグルやらレインやらに襲われたせいで腰は痛いし、後ろに立たれるだけで異常に反応してしまうしで、それどころじゃなかったのだ。ザクも腹に穴空いてるしイチャイチャしてる場合じゃない。

(しかも…なんか、ちょっと申し訳ない、というか…後ろめたいんだよな…)

 自分から誘ったわけではないがザク以外とやってしまった事実は消えない。ザクに抱かれる資格が俺にはもうないんじゃないのかと色々考えては不安になる日々だ。

「今日やれねーと俺様は…死ぬかもしれねえ…」
「ええっ?!」
「いや冗談だけど」
「おい!」
「けけけ、まあルトとやれるなら文句はねえんだ。戻ろうぜ」

 ぎゅっと手を握られた。そしてゆっくり引っ張られる。

(ザクの手…暖かいな)

 目の前の赤い髪を眺めながら俺は、その髪ぐらい赤くなった頬を隠すため、俯くのだった。
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