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第十四章「海賊船と呪いの秘宝」
悪魔の呪い
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***
「…」
自分のアパートの天井を眺めながらぼーっとする。寝転んだ状態で数回深呼吸した。
「そろそろ起きるか」
起き上がってカーテンを開けた。月が登り、空は暗く染まっている。今は19時ぐらいだろうか。半分とはいえ吸血鬼の血が入っているから昼の日差しはそれなりにきつい。だから、これぐらいの時間から仕事をいれるようにしていた。
「明日は満月だし、早く終わらさないとな」
と、着替えようとした時だった。
ズガシャアアアアアアン!!
ものすごい音がして振り向く。割れた窓の隙間から何者かが侵入してきた。それは赤い髪の男で、瞳まで真っ赤に染まっていた。
『ごらああああああ!てめえルトをどこに隠したあああ!!』
「なっ?!お前、ルトの所の悪魔か!」
驚きつつ、悪魔が鋭い爪を向けてきたので急いで距離をとった。相手は怒り心頭と言う感じで近くにいては危険すぎる。部屋がぐちゃぐちゃで足の踏み場がない中後方へ飛ぶ。
『てめえ!ハーフ野郎!!性懲りもせずルトを拐いやがって許さねえぞ!!』
「ルトをさらう?なんのことだ?ルトがどうしたんだ??」
『しらばっくれんな!ハーフ野郎!!俺様にバレずにこんな事、他に誰ができるってんだ!!』
「オレは何もしていない!」
奴が襲い掛かってくる。攻撃をなんとか避けながら必死に叫んだ。
「本当に、知らない!オレじゃないぞ!」
そう叫び訴える。すると次第に、怒りで赤く染まっていた悪魔が落ち着きを取り戻していく。
「はあ、はあ…じゃあ、ルトはどこいったんだ!?」
街中を走り回ったのか、悪魔は滝のような汗をかいていた。息も切れ切れで必死さが伝わってくる。何があったんだ、と目で訴えると
「ルトが消えたんだ」
「なっ…」
「あの教会の中でだぞ。悪魔とか人外じゃ無理だ。そもそも匂いも気配も感じなかった。てっきりハーフ野郎が攫ったのかと思ったが…人間の仕業って事かよ。んなのどう探せってんだ??祭りで人間なんて山ほどいるってのによ!!」
「教会で攫われただと?何故ちゃんと見ていなかった!!」
堪らず問いただす。悪魔は苦しそうに睨み返してくる。
「うっせえ!後悔なら、もう十分してるっつの!!」
「…、はあ、そう、だな。お前を責めても仕方ない。時間の無駄だ」
「けっ」
着替えをした後電話をかけた。こんな状況で呑気に仕事にいってる場合ではない。背後で悪魔がぼやいている。
「くそっ…街にルトの気配がしねえ…一体どこに連れてかれた…」
「落ち着け。オレも仕事場に連絡し終えた。ルトを探しにいくぞ」
電話先にそれっぽい理由をつけて休むと伝えた。そして悪魔に向き直る。
「まずはバンに調べてもらおう」
「あの情報屋か。役に立つのか?」
「わからない。だが人間関係のトラブルならオレ達よりよっぽど役に立つだろう」
「…だな」
歯ぎしりしつつも反論してこない。オレはそのままバンに電話をかけた。まもなく元気な声が聞こえてくる。
『もしもし!』
「バン。オレだ」
『おお~エスか?珍しいなお前から電話なんて…嫌な予感しかしないなあ』
オレだとわかって少しトーンが下がった。オレが軽い理由で電話をかけないと知っているからだ。
『何かあったんだな』
「ああ、ルトが攫われた」
『!!』
「だから――っうわ、」
「おい情報屋!お前の持ってる情報を教えろ!この街に最近怪しい奴とか出入りしてなかったか!?」
悪魔に電話を奪われてしまい、はあ、とため息をついた。仕方なくその様子を見守ることにする。
『怪しい奴か。そういうのは特に…いや待てよ』
「心当たりがあるんだな!!教えろ!」
『…確証のない情報だから気乗りしないんだが』
「いいから早く言え!!」
『うっ…叫ぶなって。鼓膜が破れるかと思った。いいよ、話す。実はこの街の周辺海域で海賊船が現れた…らしい。噂程度の情報だが』
「海賊船?」
悪魔が呟いた言葉に頭を傾げる。海賊船だと??
『その海賊船がワシの旗を掲げていてな。イーグルっていう船長の元、人拐いから宝探しやらなんでもする海賊船の旗とそっくりらしい。結構世界でも有名な海賊らしいんだが、カラドリオスに海賊が求めるような宝があるとは思えないし偽情報かと思ってよくは調べてないんだ』
「なるほど…海賊に攫われたってなら街にルトの気配がしねーのも頷けるぜ。海の上に連れてかれてちゃな…くそっ!」
『普通に考えればそれらをルトと結びつけるのは安直だとは思うが』
「いや、そいつらが犯人だ」
『どうして言い切れる?そもそもそんな有名な海賊船がいて何故騒がれていないんだ?』
「今街でシーカーニバルがやってんだろ。あれのせいで街の港には船がたくさんあった。あれをカモフラにしてこの街に潜んでいたんだろ。何を目的にここに立ち寄ったかはわかんねえけどな」
『なるほどな』
バンの声は聞こえないが、悪魔の言葉でなんとなく会話の内容は察した。どうやら犯人は特定できたようだ。
「それだけわかれば十分だ、切るぞ」
『待て、まだ一つ、言いたいことがある』
「あ?こっちは急いでんだ!」
『昼間教会に電話しようと思っていたんだが留守で言えなくてな』
「んだよ!こっちは時間がねえんだって!結論を言え!」
『レインという男からお前に伝えて欲しいと言伝を頼まれている』
「なっ…!!!」
『王の鎖を解放してごらん、だそうだ』
「…くそが!!死ね!!」
ガチャン、と叩きつける様に悪魔が電話を切る。その顔には色々な感情が織り交ざっていて、複雑な顔をしていた。
「一体何があった」
「いや…なんでもねえ。関係ない話だ。行くぞ」
(バンが関係ない話をわざわざ言うか…?)
違和感を抱きつつも、悪魔は話を終えたとばかりに歩き出してしまう。その顔には感情が消えていて、いつもの悪魔に戻っている。
「俺様はシーカーニバルで情報を集める。ついでに船乗りを数人脅してみるわ」
「もっと穏便に…は…お前には無理か」
「無理だな」
「はあ。オレは港の方を見てみる。海に何か手がかりを残しているかもしれない」
「おう、期待はしてねえがな。情報掴んだらそれぞれ自分で動け。俺様もそーする」
「ああ」
頷いてアパートの廊下を進む。悪魔が出たあとに部屋を出て戸締りをした。振り返った時にはもう悪魔の姿はなくなっている。月を見上げた。
(明日、満月になる…このタイミング、嫌な予感がする)
ザワザワと胸騒ぎがした。
***
「さ、食えよ」
「…」
イーグルが大きなソファに腰掛け、偉そうに左手を掲げた。その先には豪華な魚料理の数々が広がっている。刺身に、揚げ魚、煮魚、魚介類のマリネもある。海の上だから海の幸には困らないのだろう。それを睨んでからもう一度イーグルを見た。
「なんだよ俺を睨んでも逃げれないぜー」
「…」
「それよりちゃんと飯食ってここで体力回復しといたほうが、ルトにとってもいーだろー?」
「……いらない」
「毒でも入ってると思ったか?」
「…」
「攫ってきてまで殺すわけ無いだろ?殺すつもりならここに運ぶ前に処理してるしな」
「……」
「それになんだ。ほら、逃げれない奴を毒で拘束する必要もないだろ?」
魚料理とイーグルを交互に見る。イーグルは足を組んでワインを傾けていた。その気だるげな姿に嘘をついてる様子はない。本当に毒は入ってないのかも。安心しかけたらお腹もきゅうと小さく鳴いた。波の音で聞こえてはなさそうでホッとする。
「んー?それともなんだ。食べさして欲しいのかー?」
「っち、ちがう!」
この部屋に連れてこられる時、腕の拘束は解かれていた。ついでに服も着せられた。だから自分で食べたり飲んだりできる。だけど、目の前の食事を口にする事はイーグルとこの環境を受けいれるみたいで嫌だった。
(でもこのまま食べなかったら衰弱するだけだ…)
いつ次食べれるかわからないし食べておくべきだろう。一番近くにある料理に手を伸ばす。フォークで何かの魚の身をとり分けて、ゆっくりと口に運ぶ。美味しそうな匂いと見た目をしてるのにあまり味がしない。イーグルが満足げに頷いている。
「よしよし、食ったな」
「…どうして牧師の俺がこんな所に連れてこられなきゃいけないんだ」
「ルトがその皿を食べ終えたら話してやるよー」
「…はあ」
義務感で咀嚼する。黙々と食べて皿を空にすると、イーグルが話しだした。
「昼間言った事を覚えてるか?牧師のお前に相談がある、と」
「俺に相談って…ただの日頃の悩みだったらこんな回りくどいこと…しないよな」
「まーな」
そう言ってワインを机に置く。
「俺はあるお宝を探しにこの街に来た」
「宝…?」
「これでも俺は海賊だからな」
「海賊?!」
(そっか、動揺して気づけなかったけど…)
船乗りで人拐いしてくる奴らなんて海賊以外ありえないだろう。今まで気付けなかったのがおかしいぐらいだ。ため息交じりに魚料理をもう一つ取り分けた。今度は酒の香りが強かった。一口、二口と食べ進めたところでふわふわしてくる。
「海賊が狙うようなお宝がカラドリオスにあるとは思えないけど?」
「あるんだなこれがー」
「何を根拠にそんな…」
「教えてもらっだんだよ」
「誰に」
「俺だよ」
いつからいたのかレインが部屋の扉にもたれてこっちを見ていた。さっき他の船員たちと一緒に外に出たはずなのに。
「レイン…」
「ルトが苛められてないか見に来たんだ」
「俺が苛めるわけねーだろ?アンタじゃあるまいし」
「はは」
イーグルのからかうような口ぶりに苦笑するレイン。どうやら二人はそれなりに知ってる仲のようだ。
(海賊船の船長とレイン…)
この二人が結束してる限り脱出するのは絶望的だろう。何かしら手を打たなければ。
「イーグル。レインを信じるのはやめた方がいい」
俺がそう言うと、イーグルは不思議そうな顔をする。
「俺が利用されるとでもー?いや、ただ心配してくれたのか?」
「…別に」
「ふーん。ルトはおもしれーな」
顎をついっと指で上に向かされる。イーグルの顔がすぐそこにあってギョッとした。俺の座る椅子の後ろから覆いかぶさるように俺を覗き込んでいる。
(さっきまでテーブルを挟んだ前方にいたのに…!?)
「はなせっ!」
「そんな初心な反応して、実はすげーやり手みたいだな」
「…は?」
「下での事聞いたぜ。ルトにつけてた見張り二人。あいつら結構腕っぷし強いのに、よく逃げれたなと思ったら…くくっ」
笑っている。見張りのこと。ああ、そうか。その笑っている意味を察して、顔が赤くなった。先程見張りから逃げるために俺がやったことを思い出す。
「会った時はキレーなだけの牧師と思ったけどよ。あの男を見た瞬間ピンときたぜー」
「あの男?」
「お前を探しに来た、赤い髪の奴だよ」
「あ…」
ザクのことか。ザクのことを思い出すだけで胸がきゅうっと締め付けられる。今ザク、どうしてるんだろう。俺がいなくなって暴走してないといいが。
「あいつは普通じゃねー。そんなんと一緒にいるルトは…もっとすげーんだろうなってワクワクしたぜ」
イーグルは見た感じ人間だ。言動も人外っぽくはない。だから多分、野生のカンでそう感じたんだろう。
「それに、あの時、俺が本気で睨んでもルトは引かなかった。細っこいのに根性はあるっていうギャップがまたいい。そそられる」
まさかそんな理由で拐われたのか?俺はうんざりしていた。何故こうも牧師になってから俺は災難に見舞われるんだと。不運というかなんというか。
「それはねルト。あの街に悪魔の呪いがあるからだよ」
今まで黙っていたレインが口を開いた。椅子から顔だけ後ろに向けてレインを見る。いつもの優しい笑顔を向けられドキリとした。全身から冷や汗が出てくるのに心臓は高鳴るという意味が分からない状態だ。
「レイン、悪魔の呪いって何だ…?」
「悪魔くんから言われてないかな。元々その呪いを回収するために悪魔くんはあの街にいたんだよ。その呪い自体があの街を狂わせている原因であり、その反面街を繁栄させてる理由でもある」
「街を狂わせてる…呪いを回収??ザクが…?!」
全く理解できない。そんな話ザクからは聞かされてない。俺の顔で色々と察したのかレインは笑みを浮かべたまま頷く。
「で、海賊くんはその呪いを求めてるらしい」
レインがイーグルを指差した。指差されたイーグルは肩をすくめるだけで何も言わない。再びレインの方に視線を戻すと質問をどうぞというように笑みを向けてくる。
「…悪魔の呪いなんかどうするつもりだ」
「呪い自体は人間の俺たちに扱えるものじゃないけど、呪いの産物…いや呪いの秘宝の方は価値がある」
「呪いの秘宝?」
名前を聞いただけでもヤバそうなんだが。あの街に、ザクやイーグルの求めるような宝があるのか。絶対二人が手にするべきじゃない、という事だけは今の俺にもわかる。
(教会保安の白服も何か探しているような感じだったし…何か関係があったりするのか…?)
色々な疑問が頭をめぐり、そして消えていった。どの話もスケールが大きくていまいちピンとこない。そもそも俺とは関係ない話のはず。俺の疑問に答えるようにイーグルが腕が話し出した。
「レインがその秘宝を探すにはルトが必要だと言うんだ。だから攫ったってわけ」
「はあ?!」
「てっきりシワシワの爺さんをやんのかと気乗りじゃなかったが、ま~さかこんな可愛くて面白い奴とは思わなかったぜ~秘宝回収した後もこのまましばらく俺の部屋に飾っとくかね~」
「俺は装飾品じゃない!街に帰るからな!」
「何言ってるんだ。俺は十分もてなしているだろー?食事も環境も」
「監禁しておいてどこがもてなしてるんだ…」
手をひねりながらため息をつく。赤く痕の残った手首はとても痛々しい。というか実際痛い。
クラっ
「…?」
一瞬視界が揺れた。
(あれ…クラクラする…)
結局それはすぐに止んだ為気にしないでおく。頭を振って前を向いた。
「ルト機嫌悪いなあ。しょうがねー。おい、連れてこい」
イーグルが廊下に向けて声をかけると、船員たちが若めの女性を数人連れてきた。皆どこか暗い顔をして心ここにあらずという感じだった。
「何をして…」
その女性たちは服はボロボロで体もアザだらけだった。まさか、と血の気が引く。
「イーグル!この人たちに何をした!」
「くく、言わせんなって。ルトでもさすがにわかるだろー?」
「!!!」
どうしようもない怒りと何度目かの目眩で体が熱くなってきた。イーグルは立ち上がり一人の女性を引き寄せ急に脱がし始める。女性は弱々しく悲鳴をあげるが抵抗する様子はない。抵抗しても無駄だと絶望の表情を浮かべていた。
「やめろ!!」
「なんだよ、ルトも好きなの選んでいいぜ。どうせ売られちまう商品だしなー」
「何を言ってっ…商品!?」
「ああ、拾ったりさらったりした商品だ。この街は奴隷の売買がないから卸せねえのが残念だぜ」
絶句する。俺を連れてくる手段がたまたま荒かっただけと思いたかったがそうではなかった。正真正銘の海賊で、悪の存在だ。イーグルの笑みに怒りしか浮かばなかった。
「ルトもこれで発散すればいい。特別にタダでいいぜ」
「はあ?!わっ!」
俺なりのもてなしだよ、と脱がした女性を俺に渡してきた。恐怖でガタガタと震える女性を両手で支える。
すっ
女性に自分の上着を脱がして着せる。
「大丈夫ですか」
「…っ」
返事はない。イーグル達船員に怯えきっていてギリギリ精神を保ててるという状況だった。顔が真っ青だった。女性を背中に隠し、イーグルに向き合う。
「今すぐこの人たちを解放しろ!イーグル!」
「なんでだよ。んなことしたら今度は俺たちが食いっぱぐれる。それに船員どもは発散場所がねーと海なんて牢獄生きていけねーんだわ」
「…っ」
「女は船に乗せねえ主義だがこれは商品だから縁起が悪いわけでもねーーっぐふ!!」
「船長!!!」
イーグルの右頬を思いっきり殴った。握りこぶしで、どうしようもない怒りを込めて振り切る。あまり殴ったことがないから、自分の拳も痛い。でも、もう一発殴ってやりたいぐらいだった。これまで生きてきて一番頭にきた。
(同じ人間を商品扱いするなんて…!ありえないっ)
怒りに燃え、体中の血が沸騰しているみたいだ。はあ、はあと息を荒げながらイーグルに叫んだ。
「お前みたいな外道は、犬のエサにでもなっていろ!!!」
「へえ、言うじゃねーの。しかも結構痛えのな」
口の中を切ったのか、イーグルの口の端からすーっと赤い筋が垂れてきた。手の甲でそれを拭いながら俺に歩み寄ってくる。俺は、一歩も引かずそれを睨み続けた。
「お前なら避けれるだろ。こんな弱っちい牧師の拳なんて」
「くくっ」
わざと受けたんだ。この男は。
(完全に舐められている…)
イーグルは俺を見下ろしながら不敵に笑った。
「ルトみてーなキレイな生き方じゃ、生きられねえ奴らもいんだよ」
「俺だって自分がキレイなんて思ったことは――っうぐ!」
イーグルが俺の首を握りしめてきた。気道が狭まって、意識が薄れていく。けれど、睨むことはやめない。目の前の男には絶対屈したくない。
「っは、キレーだろうが。瞳も体も心もな。だからそんな真っ直ぐでいられる。こんな状況で他人の心配ができる。うぜえぐらいに真っ当な生き方だと思うぜ」
「ぐっ…あ、っ…!」
そのまま握り潰され、首の骨を折られてしまうんじゃないかって思った。痛みと酸欠で脳がパニックに陥っている。ドクドクと血の巡る音がした。
「苦しいか?」
「ぐ、う…うっ」
「ここで女を抱けば許してやるよ」
「…ぜっ、た…しな…いっ!」
「ほんとおめでたい奴だな」
死んでもイイってのかよ、とイーグルが吐き捨てる。首を絞められ意識を失いかけながらも、笑ってやった。
「俺は俺のもの、だ、誰の指示も、受けない…っ!!」
そう言い放つと、イーグルは目を丸くして手を離した。ドサりと床に倒れこみ、噎せ込む。急に酸素が入ってきて喉と肺が焼けるように痛んだ。
「ーっは!はあっ!ハアっ、ゲホゲホ!!うっ、ぐっゲホッっはあ…はっ」
酸素を取り込んで少し余裕が出来てきたところで部屋を見回してみる。いつの間にか、俺たち以外、部屋には誰もいなくなっていた。つまり二人きりだ。
(これは逃げるチャンスか…?)
いや、この状況でそれはない。動きを止めたまま全く動かないイーグルに視線を戻す。前方の壁をぼーっと見たまま停止していた。急にどうしたんだと不審がっていると、堰を切ったように笑い出した。
「…」
自分のアパートの天井を眺めながらぼーっとする。寝転んだ状態で数回深呼吸した。
「そろそろ起きるか」
起き上がってカーテンを開けた。月が登り、空は暗く染まっている。今は19時ぐらいだろうか。半分とはいえ吸血鬼の血が入っているから昼の日差しはそれなりにきつい。だから、これぐらいの時間から仕事をいれるようにしていた。
「明日は満月だし、早く終わらさないとな」
と、着替えようとした時だった。
ズガシャアアアアアアン!!
ものすごい音がして振り向く。割れた窓の隙間から何者かが侵入してきた。それは赤い髪の男で、瞳まで真っ赤に染まっていた。
『ごらああああああ!てめえルトをどこに隠したあああ!!』
「なっ?!お前、ルトの所の悪魔か!」
驚きつつ、悪魔が鋭い爪を向けてきたので急いで距離をとった。相手は怒り心頭と言う感じで近くにいては危険すぎる。部屋がぐちゃぐちゃで足の踏み場がない中後方へ飛ぶ。
『てめえ!ハーフ野郎!!性懲りもせずルトを拐いやがって許さねえぞ!!』
「ルトをさらう?なんのことだ?ルトがどうしたんだ??」
『しらばっくれんな!ハーフ野郎!!俺様にバレずにこんな事、他に誰ができるってんだ!!』
「オレは何もしていない!」
奴が襲い掛かってくる。攻撃をなんとか避けながら必死に叫んだ。
「本当に、知らない!オレじゃないぞ!」
そう叫び訴える。すると次第に、怒りで赤く染まっていた悪魔が落ち着きを取り戻していく。
「はあ、はあ…じゃあ、ルトはどこいったんだ!?」
街中を走り回ったのか、悪魔は滝のような汗をかいていた。息も切れ切れで必死さが伝わってくる。何があったんだ、と目で訴えると
「ルトが消えたんだ」
「なっ…」
「あの教会の中でだぞ。悪魔とか人外じゃ無理だ。そもそも匂いも気配も感じなかった。てっきりハーフ野郎が攫ったのかと思ったが…人間の仕業って事かよ。んなのどう探せってんだ??祭りで人間なんて山ほどいるってのによ!!」
「教会で攫われただと?何故ちゃんと見ていなかった!!」
堪らず問いただす。悪魔は苦しそうに睨み返してくる。
「うっせえ!後悔なら、もう十分してるっつの!!」
「…、はあ、そう、だな。お前を責めても仕方ない。時間の無駄だ」
「けっ」
着替えをした後電話をかけた。こんな状況で呑気に仕事にいってる場合ではない。背後で悪魔がぼやいている。
「くそっ…街にルトの気配がしねえ…一体どこに連れてかれた…」
「落ち着け。オレも仕事場に連絡し終えた。ルトを探しにいくぞ」
電話先にそれっぽい理由をつけて休むと伝えた。そして悪魔に向き直る。
「まずはバンに調べてもらおう」
「あの情報屋か。役に立つのか?」
「わからない。だが人間関係のトラブルならオレ達よりよっぽど役に立つだろう」
「…だな」
歯ぎしりしつつも反論してこない。オレはそのままバンに電話をかけた。まもなく元気な声が聞こえてくる。
『もしもし!』
「バン。オレだ」
『おお~エスか?珍しいなお前から電話なんて…嫌な予感しかしないなあ』
オレだとわかって少しトーンが下がった。オレが軽い理由で電話をかけないと知っているからだ。
『何かあったんだな』
「ああ、ルトが攫われた」
『!!』
「だから――っうわ、」
「おい情報屋!お前の持ってる情報を教えろ!この街に最近怪しい奴とか出入りしてなかったか!?」
悪魔に電話を奪われてしまい、はあ、とため息をついた。仕方なくその様子を見守ることにする。
『怪しい奴か。そういうのは特に…いや待てよ』
「心当たりがあるんだな!!教えろ!」
『…確証のない情報だから気乗りしないんだが』
「いいから早く言え!!」
『うっ…叫ぶなって。鼓膜が破れるかと思った。いいよ、話す。実はこの街の周辺海域で海賊船が現れた…らしい。噂程度の情報だが』
「海賊船?」
悪魔が呟いた言葉に頭を傾げる。海賊船だと??
『その海賊船がワシの旗を掲げていてな。イーグルっていう船長の元、人拐いから宝探しやらなんでもする海賊船の旗とそっくりらしい。結構世界でも有名な海賊らしいんだが、カラドリオスに海賊が求めるような宝があるとは思えないし偽情報かと思ってよくは調べてないんだ』
「なるほど…海賊に攫われたってなら街にルトの気配がしねーのも頷けるぜ。海の上に連れてかれてちゃな…くそっ!」
『普通に考えればそれらをルトと結びつけるのは安直だとは思うが』
「いや、そいつらが犯人だ」
『どうして言い切れる?そもそもそんな有名な海賊船がいて何故騒がれていないんだ?』
「今街でシーカーニバルがやってんだろ。あれのせいで街の港には船がたくさんあった。あれをカモフラにしてこの街に潜んでいたんだろ。何を目的にここに立ち寄ったかはわかんねえけどな」
『なるほどな』
バンの声は聞こえないが、悪魔の言葉でなんとなく会話の内容は察した。どうやら犯人は特定できたようだ。
「それだけわかれば十分だ、切るぞ」
『待て、まだ一つ、言いたいことがある』
「あ?こっちは急いでんだ!」
『昼間教会に電話しようと思っていたんだが留守で言えなくてな』
「んだよ!こっちは時間がねえんだって!結論を言え!」
『レインという男からお前に伝えて欲しいと言伝を頼まれている』
「なっ…!!!」
『王の鎖を解放してごらん、だそうだ』
「…くそが!!死ね!!」
ガチャン、と叩きつける様に悪魔が電話を切る。その顔には色々な感情が織り交ざっていて、複雑な顔をしていた。
「一体何があった」
「いや…なんでもねえ。関係ない話だ。行くぞ」
(バンが関係ない話をわざわざ言うか…?)
違和感を抱きつつも、悪魔は話を終えたとばかりに歩き出してしまう。その顔には感情が消えていて、いつもの悪魔に戻っている。
「俺様はシーカーニバルで情報を集める。ついでに船乗りを数人脅してみるわ」
「もっと穏便に…は…お前には無理か」
「無理だな」
「はあ。オレは港の方を見てみる。海に何か手がかりを残しているかもしれない」
「おう、期待はしてねえがな。情報掴んだらそれぞれ自分で動け。俺様もそーする」
「ああ」
頷いてアパートの廊下を進む。悪魔が出たあとに部屋を出て戸締りをした。振り返った時にはもう悪魔の姿はなくなっている。月を見上げた。
(明日、満月になる…このタイミング、嫌な予感がする)
ザワザワと胸騒ぎがした。
***
「さ、食えよ」
「…」
イーグルが大きなソファに腰掛け、偉そうに左手を掲げた。その先には豪華な魚料理の数々が広がっている。刺身に、揚げ魚、煮魚、魚介類のマリネもある。海の上だから海の幸には困らないのだろう。それを睨んでからもう一度イーグルを見た。
「なんだよ俺を睨んでも逃げれないぜー」
「…」
「それよりちゃんと飯食ってここで体力回復しといたほうが、ルトにとってもいーだろー?」
「……いらない」
「毒でも入ってると思ったか?」
「…」
「攫ってきてまで殺すわけ無いだろ?殺すつもりならここに運ぶ前に処理してるしな」
「……」
「それになんだ。ほら、逃げれない奴を毒で拘束する必要もないだろ?」
魚料理とイーグルを交互に見る。イーグルは足を組んでワインを傾けていた。その気だるげな姿に嘘をついてる様子はない。本当に毒は入ってないのかも。安心しかけたらお腹もきゅうと小さく鳴いた。波の音で聞こえてはなさそうでホッとする。
「んー?それともなんだ。食べさして欲しいのかー?」
「っち、ちがう!」
この部屋に連れてこられる時、腕の拘束は解かれていた。ついでに服も着せられた。だから自分で食べたり飲んだりできる。だけど、目の前の食事を口にする事はイーグルとこの環境を受けいれるみたいで嫌だった。
(でもこのまま食べなかったら衰弱するだけだ…)
いつ次食べれるかわからないし食べておくべきだろう。一番近くにある料理に手を伸ばす。フォークで何かの魚の身をとり分けて、ゆっくりと口に運ぶ。美味しそうな匂いと見た目をしてるのにあまり味がしない。イーグルが満足げに頷いている。
「よしよし、食ったな」
「…どうして牧師の俺がこんな所に連れてこられなきゃいけないんだ」
「ルトがその皿を食べ終えたら話してやるよー」
「…はあ」
義務感で咀嚼する。黙々と食べて皿を空にすると、イーグルが話しだした。
「昼間言った事を覚えてるか?牧師のお前に相談がある、と」
「俺に相談って…ただの日頃の悩みだったらこんな回りくどいこと…しないよな」
「まーな」
そう言ってワインを机に置く。
「俺はあるお宝を探しにこの街に来た」
「宝…?」
「これでも俺は海賊だからな」
「海賊?!」
(そっか、動揺して気づけなかったけど…)
船乗りで人拐いしてくる奴らなんて海賊以外ありえないだろう。今まで気付けなかったのがおかしいぐらいだ。ため息交じりに魚料理をもう一つ取り分けた。今度は酒の香りが強かった。一口、二口と食べ進めたところでふわふわしてくる。
「海賊が狙うようなお宝がカラドリオスにあるとは思えないけど?」
「あるんだなこれがー」
「何を根拠にそんな…」
「教えてもらっだんだよ」
「誰に」
「俺だよ」
いつからいたのかレインが部屋の扉にもたれてこっちを見ていた。さっき他の船員たちと一緒に外に出たはずなのに。
「レイン…」
「ルトが苛められてないか見に来たんだ」
「俺が苛めるわけねーだろ?アンタじゃあるまいし」
「はは」
イーグルのからかうような口ぶりに苦笑するレイン。どうやら二人はそれなりに知ってる仲のようだ。
(海賊船の船長とレイン…)
この二人が結束してる限り脱出するのは絶望的だろう。何かしら手を打たなければ。
「イーグル。レインを信じるのはやめた方がいい」
俺がそう言うと、イーグルは不思議そうな顔をする。
「俺が利用されるとでもー?いや、ただ心配してくれたのか?」
「…別に」
「ふーん。ルトはおもしれーな」
顎をついっと指で上に向かされる。イーグルの顔がすぐそこにあってギョッとした。俺の座る椅子の後ろから覆いかぶさるように俺を覗き込んでいる。
(さっきまでテーブルを挟んだ前方にいたのに…!?)
「はなせっ!」
「そんな初心な反応して、実はすげーやり手みたいだな」
「…は?」
「下での事聞いたぜ。ルトにつけてた見張り二人。あいつら結構腕っぷし強いのに、よく逃げれたなと思ったら…くくっ」
笑っている。見張りのこと。ああ、そうか。その笑っている意味を察して、顔が赤くなった。先程見張りから逃げるために俺がやったことを思い出す。
「会った時はキレーなだけの牧師と思ったけどよ。あの男を見た瞬間ピンときたぜー」
「あの男?」
「お前を探しに来た、赤い髪の奴だよ」
「あ…」
ザクのことか。ザクのことを思い出すだけで胸がきゅうっと締め付けられる。今ザク、どうしてるんだろう。俺がいなくなって暴走してないといいが。
「あいつは普通じゃねー。そんなんと一緒にいるルトは…もっとすげーんだろうなってワクワクしたぜ」
イーグルは見た感じ人間だ。言動も人外っぽくはない。だから多分、野生のカンでそう感じたんだろう。
「それに、あの時、俺が本気で睨んでもルトは引かなかった。細っこいのに根性はあるっていうギャップがまたいい。そそられる」
まさかそんな理由で拐われたのか?俺はうんざりしていた。何故こうも牧師になってから俺は災難に見舞われるんだと。不運というかなんというか。
「それはねルト。あの街に悪魔の呪いがあるからだよ」
今まで黙っていたレインが口を開いた。椅子から顔だけ後ろに向けてレインを見る。いつもの優しい笑顔を向けられドキリとした。全身から冷や汗が出てくるのに心臓は高鳴るという意味が分からない状態だ。
「レイン、悪魔の呪いって何だ…?」
「悪魔くんから言われてないかな。元々その呪いを回収するために悪魔くんはあの街にいたんだよ。その呪い自体があの街を狂わせている原因であり、その反面街を繁栄させてる理由でもある」
「街を狂わせてる…呪いを回収??ザクが…?!」
全く理解できない。そんな話ザクからは聞かされてない。俺の顔で色々と察したのかレインは笑みを浮かべたまま頷く。
「で、海賊くんはその呪いを求めてるらしい」
レインがイーグルを指差した。指差されたイーグルは肩をすくめるだけで何も言わない。再びレインの方に視線を戻すと質問をどうぞというように笑みを向けてくる。
「…悪魔の呪いなんかどうするつもりだ」
「呪い自体は人間の俺たちに扱えるものじゃないけど、呪いの産物…いや呪いの秘宝の方は価値がある」
「呪いの秘宝?」
名前を聞いただけでもヤバそうなんだが。あの街に、ザクやイーグルの求めるような宝があるのか。絶対二人が手にするべきじゃない、という事だけは今の俺にもわかる。
(教会保安の白服も何か探しているような感じだったし…何か関係があったりするのか…?)
色々な疑問が頭をめぐり、そして消えていった。どの話もスケールが大きくていまいちピンとこない。そもそも俺とは関係ない話のはず。俺の疑問に答えるようにイーグルが腕が話し出した。
「レインがその秘宝を探すにはルトが必要だと言うんだ。だから攫ったってわけ」
「はあ?!」
「てっきりシワシワの爺さんをやんのかと気乗りじゃなかったが、ま~さかこんな可愛くて面白い奴とは思わなかったぜ~秘宝回収した後もこのまましばらく俺の部屋に飾っとくかね~」
「俺は装飾品じゃない!街に帰るからな!」
「何言ってるんだ。俺は十分もてなしているだろー?食事も環境も」
「監禁しておいてどこがもてなしてるんだ…」
手をひねりながらため息をつく。赤く痕の残った手首はとても痛々しい。というか実際痛い。
クラっ
「…?」
一瞬視界が揺れた。
(あれ…クラクラする…)
結局それはすぐに止んだ為気にしないでおく。頭を振って前を向いた。
「ルト機嫌悪いなあ。しょうがねー。おい、連れてこい」
イーグルが廊下に向けて声をかけると、船員たちが若めの女性を数人連れてきた。皆どこか暗い顔をして心ここにあらずという感じだった。
「何をして…」
その女性たちは服はボロボロで体もアザだらけだった。まさか、と血の気が引く。
「イーグル!この人たちに何をした!」
「くく、言わせんなって。ルトでもさすがにわかるだろー?」
「!!!」
どうしようもない怒りと何度目かの目眩で体が熱くなってきた。イーグルは立ち上がり一人の女性を引き寄せ急に脱がし始める。女性は弱々しく悲鳴をあげるが抵抗する様子はない。抵抗しても無駄だと絶望の表情を浮かべていた。
「やめろ!!」
「なんだよ、ルトも好きなの選んでいいぜ。どうせ売られちまう商品だしなー」
「何を言ってっ…商品!?」
「ああ、拾ったりさらったりした商品だ。この街は奴隷の売買がないから卸せねえのが残念だぜ」
絶句する。俺を連れてくる手段がたまたま荒かっただけと思いたかったがそうではなかった。正真正銘の海賊で、悪の存在だ。イーグルの笑みに怒りしか浮かばなかった。
「ルトもこれで発散すればいい。特別にタダでいいぜ」
「はあ?!わっ!」
俺なりのもてなしだよ、と脱がした女性を俺に渡してきた。恐怖でガタガタと震える女性を両手で支える。
すっ
女性に自分の上着を脱がして着せる。
「大丈夫ですか」
「…っ」
返事はない。イーグル達船員に怯えきっていてギリギリ精神を保ててるという状況だった。顔が真っ青だった。女性を背中に隠し、イーグルに向き合う。
「今すぐこの人たちを解放しろ!イーグル!」
「なんでだよ。んなことしたら今度は俺たちが食いっぱぐれる。それに船員どもは発散場所がねーと海なんて牢獄生きていけねーんだわ」
「…っ」
「女は船に乗せねえ主義だがこれは商品だから縁起が悪いわけでもねーーっぐふ!!」
「船長!!!」
イーグルの右頬を思いっきり殴った。握りこぶしで、どうしようもない怒りを込めて振り切る。あまり殴ったことがないから、自分の拳も痛い。でも、もう一発殴ってやりたいぐらいだった。これまで生きてきて一番頭にきた。
(同じ人間を商品扱いするなんて…!ありえないっ)
怒りに燃え、体中の血が沸騰しているみたいだ。はあ、はあと息を荒げながらイーグルに叫んだ。
「お前みたいな外道は、犬のエサにでもなっていろ!!!」
「へえ、言うじゃねーの。しかも結構痛えのな」
口の中を切ったのか、イーグルの口の端からすーっと赤い筋が垂れてきた。手の甲でそれを拭いながら俺に歩み寄ってくる。俺は、一歩も引かずそれを睨み続けた。
「お前なら避けれるだろ。こんな弱っちい牧師の拳なんて」
「くくっ」
わざと受けたんだ。この男は。
(完全に舐められている…)
イーグルは俺を見下ろしながら不敵に笑った。
「ルトみてーなキレイな生き方じゃ、生きられねえ奴らもいんだよ」
「俺だって自分がキレイなんて思ったことは――っうぐ!」
イーグルが俺の首を握りしめてきた。気道が狭まって、意識が薄れていく。けれど、睨むことはやめない。目の前の男には絶対屈したくない。
「っは、キレーだろうが。瞳も体も心もな。だからそんな真っ直ぐでいられる。こんな状況で他人の心配ができる。うぜえぐらいに真っ当な生き方だと思うぜ」
「ぐっ…あ、っ…!」
そのまま握り潰され、首の骨を折られてしまうんじゃないかって思った。痛みと酸欠で脳がパニックに陥っている。ドクドクと血の巡る音がした。
「苦しいか?」
「ぐ、う…うっ」
「ここで女を抱けば許してやるよ」
「…ぜっ、た…しな…いっ!」
「ほんとおめでたい奴だな」
死んでもイイってのかよ、とイーグルが吐き捨てる。首を絞められ意識を失いかけながらも、笑ってやった。
「俺は俺のもの、だ、誰の指示も、受けない…っ!!」
そう言い放つと、イーグルは目を丸くして手を離した。ドサりと床に倒れこみ、噎せ込む。急に酸素が入ってきて喉と肺が焼けるように痛んだ。
「ーっは!はあっ!ハアっ、ゲホゲホ!!うっ、ぐっゲホッっはあ…はっ」
酸素を取り込んで少し余裕が出来てきたところで部屋を見回してみる。いつの間にか、俺たち以外、部屋には誰もいなくなっていた。つまり二人きりだ。
(これは逃げるチャンスか…?)
いや、この状況でそれはない。動きを止めたまま全く動かないイーグルに視線を戻す。前方の壁をぼーっと見たまま停止していた。急にどうしたんだと不審がっていると、堰を切ったように笑い出した。
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