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第十三章「ヤンデレ勇者の魔王退治」
コウモリ
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***
ルトに見送られ街を捜索すること一時間。すでに昼時は過ぎていて、おやつの時間である。人の多い街の中でも屋根の上を走ったおかげかだいぶ効率的に回れた。軽く街を見渡してみたがドラゴンらしき影はない。軽く聞き込みもしてみたが有力なものはゼロだった。
「ま…ドラゴンなんつーファンタジーな化物が普通にいてもらっても困るんだけどな…」
さすがの俺様でもドラゴン相手では勝てるかはわからない。珍しく弱気に思えるかもしれないがドラゴンというのはそういうレベルの化物だ。部は弁えている。
「といいつつ人里に降りてきちまうような間抜けなドラゴンには負ける気がしねえけど」
人里に降りてきてる悪魔の自分のことは棚上げして、自信を持ち直していく。
「つーか、ドラゴンがこの街を縄張りにするつもりなら、普通は何人か死人が出てもおかしくないはずだ」
街をもう一度見回した。やっぱり何もない。ドラゴンらしき影もないし平和そのものである。いや少し訂正しよう。平和と言っても盗難とかはある。見える範囲でも、悲鳴を上げてる者が何人かいた。俺様はお人好しの牧師でもないし、どこかの勇者ってわけでもないから助けたりはしねーけども。
「…お?」
ドラゴンの代わりと言ってはアレだが、あのエセ勇者の姿を見つけてしまった。なんかそれっぽく人助けとかしてる。遠目だから会話とかはわからないが、多分人助けした人からなんかお礼とかを言われてるんだろう。勇者が偉そうに笑って手を振っている。
「ふああ…よくやるぜ、あいつも」
屋根の上であぐらをかきそれを見守ってると、びゅうっと風が大きく体を凪いだ。海に面した街独特の潮風の匂いに混じって様々な匂いが体を包む。食いもんの匂い、ペンキの匂い、土の匂い、草や水の匂い、血の匂い。それらに流されて嗅いだことのある匂いが鼻をかすめた。一気に体に緊張が走る。
「…なんだこの湿っぽい血の匂いは」
立ち上がり風上の方を見つめる。噴水広場の方からだった。
(人間の血の匂いだな)
でも匂わせてるのは人間じゃない。
「まさか、ドラゴンか?いや、あんな人の多い所で現れたらもっとすごい騒ぎになってるはずだ。どういうことだ?」
どっちにしろ確かめに行ったほうが良さそうだ。立ち上がり噴水広場の方に行こうとする。
「おい!お前!そんな所で何をしてるっ」
「んあ?ああ、お前か」
エセ勇者がいつの間にか、俺様の立っている建物の下に来ていた。睨んでくる。
「おりてこい!」
「っけ」
見下ろして、馬鹿にしたように笑ってやった。しっしっと手を振る。
「うるせえ!俺様は今忙しいんだ、あっちいってろ」
「なにをっ…勝負はどうした!」
「あードラゴンだろ。サガシテルサガシテル」
「馬鹿にしているのか!こっちは本気でやっているんだ!お前も少しは真面目に」
「俺様が真面目に、か?」
少しだけ足に力を込めてジャンプする。普通の人間には反応できない速さで、勇者の後ろにいき背後に立った。背中に爪をあてて、ツンと軽くつつく。
「ほれ」
「っな、い、いつの間に!」
「俺様が本気出したらお前なんて一瞬で殺せるんだぜ?わかったらお前はそこらで人助けでもやって承認欲求満たしてろよ、エス勇者が」
「エセなんかではないっ!!」
「っけ。人助けなんてどうせ自己マンだろ?それも自覚できてねーとか痛すぎて逆に尊敬するわ」
「うるさい!悪魔になにがわかる!!」
低く唸るように吐き捨て、睨みつけてくる勇者。蚊でもとまったかぐらいの感覚で勇者を見た。
「けけ、悪魔だけど何か~?」
「っく…早くお前のような悪魔から姫を助けねば…絶対に騙されている…」
「けけけ!悪魔に囚われた姫か。なかなかいいじゃねえの」
一人で頷く俺様。本当のことを言えば「姫に囚われた悪魔」の方が正しい気がするけどな。もう俺様はルトなしの人生とか考えれないし。
(とと、そうだった。)
さっき俺様はおかしな匂いを見つけたんだった。すぐにでも追いかけて正体を暴かねーと。
「じゃ、俺様はいくから、お前もなんかまあ頑張れよ」
「ま、まて!!」
爪をしまいもう一度建物の屋根に飛び上がった。その背中を勇者の声が追いかけてくる。
「今度会った時…真剣勝負をしろ!」
「はあ~?ドラゴンは?」
「その勝負の前に、ケリをつけねばならない勝負があるだろう!姫を守るのに相応しい男はどちらなのか、真剣勝負だ!悪魔め!」
「勝負勝負ってそんなに戦いたいのかお前」
「イエスかノーかハッキリしろ!」
しつこく言われ半分やけになって答えた。
「あーもーわーったよ!精々お前と出会わないよう気をつけとくわ」
「ドラゴンもお前も見つけて、そして両方俺が倒す!!」
「ったく、めんどくせ」
そう言って建物を力強く蹴り上げた。一気に世界が回転し、勇者の声がどんどん小さくなっていく。
(さっさと匂いの奴を見つけて、ドラゴンの謎もといてルトに会いに行こう。というかイチャイチャしよう。)
そんなことをもんもんと考えながら、噴水広場の方に向かうのだった。
「んん~~~…?」
腕を組んで唸る。噴水広場は人が多すぎて鼻もきかず、全く匂いを終えなくなってしまったのだ。
「きゃーー!」
突然の悲鳴に、考えるより体が反応する。
ダッ
噴水の裏側にある小さな公園からだった。そこに、匂いの原因がいる。急いで向かえばすでに人だかりができていた。
「いたーい!」
「なんかかまれたんですけど~」
中心にいた女子の四人グループがそれぞれ血を流している部分を押さえて文句を言っている。(怪我といっても引っかき傷ぐらいのものっぽいな)それに近寄り声をかけた。
「おい、大丈夫か」
「きゃっなに・・・この人」
「かっこいいけど、危なそうな感じ・・」
「チョイ悪おにーさんね!」
「・・・」
一瞬でも心配した自分が馬鹿だったようだ。呆れて何も言えなくなってると、四人のうち三人が腕にくっついてきた。体に女子たちの柔らかな胸があたってそれなりにいい気分。残りの一人は俺様に興味がないようで、水場で患部を洗っていた。それに近寄る。
「おい、何があったんだ」
「・・・」
睨みつけられる。腕を広げ、敵意はないと伝えた。
「その怪我、転んだってわけじゃねーだろ?」
「コウモリに引っ掻かれたの」
「コウモリだと?」
公園を見回しそれらしき黒い影を見つけた。5、6匹のコウモリが公衆トイレの影に隠れながらこっちを見ている。その口には赤い液体がついていて、それがこの女子たちを傷つけたのだとすぐにわかった。
(あれがさっき嗅ぎつけた、血の匂いの原因ってことか。)
「なんだよ…出てきたのはドラゴンでもなくただのコウモリかよ…」
馬鹿らしい。脱力してしまう。また振り出しに戻ってしまった。
「いや、まてよ」
コウモリを見ていて、俺様はとあることに気づいた。
「そうか、なるほどね」
街に出現したドラゴンの謎がやっと解けた。それが嬉しくて、腕に絡みついてくる女子たちに蕩けるような甘い笑みを向ける。
「ありがとよ、おかげで謎が解けたわ」
ドキリ、と顔を赤くして下を向く女子たち。
「え、なにが??」
「お礼だ、傷跡を見せてみろ」
「う、うん・・・きゃっ?!」
差し出された腕を、ペロッと舐める。怯んで腕を引こうとするのを押さえながらもう一度、血の溢れる傷跡を舐めていった。周りから黄色い悲鳴があがる。自分の体液に備わる治癒力のおかげで、すぐに血が止まり傷が塞がっていった。彼女たちは俺様の行動に驚いているせいで、のことには気づいてないけども。
「うし、これで跡も残らねーはず、じゃーな」
そう言って俺様は公園をあとにした。
(ドラゴンの謎は解けたし、あとは勇者との勝負、か)
「めんどすぎるぜ。もういっそ勇者消しちまいたい」
なんてな。ルトに嫌われるからしないけどさ。
***
夕日に染まる空に大きな雲がかかっている。今夜は一雨きそうだ。洗濯物は明日にまとめてやろうか。いつもなら憂鬱になるところだが
「~♪」
上機嫌で鼻歌交じりに帰る俺。結局俺はリリと一緒に夕方までエスのアパートに入り浸ってしまった。もちろん。特に何も問題とかは起きなかった。本当にいつも通りのエスで安心したし嬉しかった。もういっそ城での出来事が夢だったんじゃないかなんて思ってしまう。
(ま、それはさすがにありえないけども。でも…エスとまたこうやって話せたのはよかったな)
ポケットの中で眠るリリを一度見て、そしてまた前を向いた。今日はリリのおかげでエスとも仲直り(?)できたしとても充実していたと思う。暖かい気持ちに包まれながら歩いていれば、いつの間にか教会の前にたどり着いていた。
=おいこらルト!!=
教会から赤毛の猫が飛び出してきた。よく見ればそれは、最近ご無沙汰だった猫ザクだった。耳の近くの毛がくにゃっと曲がってた。きっと今まで教会の中で寝ていたんだと思う。この時期の昼寝は気持ちいいからな・・・。
(って、いや、お前勇者との勝負はどうしたんだよ!)
そんなことを考えてると猫ザクが近寄ってきた。そして俺の足元に座り込んでため息をついてくる。
=はあ~…=
「な…どうしたんだよ、ザク」
=どうしたもなにも!なんだこの匂い!=
クンクンと俺のズボンの匂いを嗅いでくる。なんとなく嫌で、足をどけて離れた。
「やめろって、なんだよ匂いって」
=あいつの匂いだよ!吸血鬼!=
「ああ…エス?仕方ないだろ家行ってたし、階段のとき抱かれ…あっ」
=なに?!抱かれ?=
「ゴホン!ゴホン!とりあえず匂いなんて今更だろ!」
=え、あいつと何があった!おい、目をそらすなールトーー!!!=
「だ、大丈夫だってば!お前の心配するようなことにはなってないから…」
ちょっとめんどくさくて(せっかく今すごいいい気分だったのに)説明せずに教会の扉に手をかける。すると後ろから刺さるような威圧感が伝わってきて、ゆっくり振り返ってみる。そこには人型になったザクが立っていた。後ろで髪を結んでいるザク。ジト目で俺を睨んでいてちょっと怖い。
「な、なに…」
「…あのな、匂いってのは敵意とか欲とかが反映されるんだ」
「へえ…」
「匂いだけでも結構わかるわけだ」
「うん…?」
「言っとくけど、今日の匂いの感じ。あの吸血鬼完全にお前に欲情してんぞ」
「…なっ」
(え、エスが俺に?)
一気に動揺が体中を駆け抜けた。先程アパートで見た、チャンスをくれと言ったエスの真摯な瞳を思い出す。花を胸に抱くエス。リリと笑い合うエス。俺とからかい合うエス。
「・・・・」
エスが俺にそんなこと思ってるとは思えなかった。少なくとも今日一日では。
「そんなわけ…ないし、ありえないって!」
本当に何もなかったんだ、と説明してもザクは一向に俺につっかかってくる。そんなに信用ないのかと段々俺の方も苛立ってきた。
「エスは本当に、そんなことなかったし!」
「どーだか、ルトは鈍感だからな」
「う、うるさいな!俺だってそれなりに考えてるっ」
「そ~うか?あいつはいつだってお前のこと狙ってるんだぞ。そのことちゃんと理解してねーといつか痛い目みっ…」
「っあーもー!!うるさいなあっ!!っエスはお前とは違って、いい奴だし心配いらないってば!」
「!!」
ついそう叫んでしまった。思ったよりも大きな声が出てしまう。
(しまった)
すぐに俺は後悔した。俺の声に驚いた顔をするザク。
“エスはザクとは違う”
他人同士が違うことは普通のことだし、当たり前の言葉だけど、それは俺がザクに言う場合は意味が変わってくる。
“お前みたいに無理やり襲ったりしない”
その赤い瞳が揺れ動くのを見て、俺はそこでやっと、ザクを傷つけてしまったと気づいた。
「あっ…ザク…」
「っち」
ザクは小さく舌打ちをして背を向けてきた。
「ああーそうかよ!じゃーあいつのとこでも、勇者のとこでも行っちまえ!」
そう言って煙のように消えてしまう。その時、一瞬だけ見えた顔はどこか寂しそうだった。
(どうしよう、ザクを傷つけた…)
一気に静かになった教会前。誰もいない空間に手を突き出されている状況。それをゆっくりおろす。
「…俺のばか」
エスの事を言われて苛立ってたのか?違うだろう。
“あいつはいつだってお前のことを”
今日、エスの真摯な瞳を向けられた時に、本当は気づいていた。その瞳の奥に、ギラギラ光る何かがあって。その何かの意味を俺はなんとなく察していた。
“ちゃんと理解してねーと痛い目を…”
図星だから、ザクの言葉が正しいとわかっていたから、認めたくなくてあんな酷い事を言ってしまったんだ。今日楽しく過ごせたから、よりその衝動で。
「八つ当たり、だ、…最悪だな俺」
自嘲するように一人で笑う。そんな時だった。自分の影に、何か大きな影が重なったのだ。
「えっ…なにこれ…!」
辺りを暗くするほどの黒くて大きな影。慌てて上を見る。
ルトに見送られ街を捜索すること一時間。すでに昼時は過ぎていて、おやつの時間である。人の多い街の中でも屋根の上を走ったおかげかだいぶ効率的に回れた。軽く街を見渡してみたがドラゴンらしき影はない。軽く聞き込みもしてみたが有力なものはゼロだった。
「ま…ドラゴンなんつーファンタジーな化物が普通にいてもらっても困るんだけどな…」
さすがの俺様でもドラゴン相手では勝てるかはわからない。珍しく弱気に思えるかもしれないがドラゴンというのはそういうレベルの化物だ。部は弁えている。
「といいつつ人里に降りてきちまうような間抜けなドラゴンには負ける気がしねえけど」
人里に降りてきてる悪魔の自分のことは棚上げして、自信を持ち直していく。
「つーか、ドラゴンがこの街を縄張りにするつもりなら、普通は何人か死人が出てもおかしくないはずだ」
街をもう一度見回した。やっぱり何もない。ドラゴンらしき影もないし平和そのものである。いや少し訂正しよう。平和と言っても盗難とかはある。見える範囲でも、悲鳴を上げてる者が何人かいた。俺様はお人好しの牧師でもないし、どこかの勇者ってわけでもないから助けたりはしねーけども。
「…お?」
ドラゴンの代わりと言ってはアレだが、あのエセ勇者の姿を見つけてしまった。なんかそれっぽく人助けとかしてる。遠目だから会話とかはわからないが、多分人助けした人からなんかお礼とかを言われてるんだろう。勇者が偉そうに笑って手を振っている。
「ふああ…よくやるぜ、あいつも」
屋根の上であぐらをかきそれを見守ってると、びゅうっと風が大きく体を凪いだ。海に面した街独特の潮風の匂いに混じって様々な匂いが体を包む。食いもんの匂い、ペンキの匂い、土の匂い、草や水の匂い、血の匂い。それらに流されて嗅いだことのある匂いが鼻をかすめた。一気に体に緊張が走る。
「…なんだこの湿っぽい血の匂いは」
立ち上がり風上の方を見つめる。噴水広場の方からだった。
(人間の血の匂いだな)
でも匂わせてるのは人間じゃない。
「まさか、ドラゴンか?いや、あんな人の多い所で現れたらもっとすごい騒ぎになってるはずだ。どういうことだ?」
どっちにしろ確かめに行ったほうが良さそうだ。立ち上がり噴水広場の方に行こうとする。
「おい!お前!そんな所で何をしてるっ」
「んあ?ああ、お前か」
エセ勇者がいつの間にか、俺様の立っている建物の下に来ていた。睨んでくる。
「おりてこい!」
「っけ」
見下ろして、馬鹿にしたように笑ってやった。しっしっと手を振る。
「うるせえ!俺様は今忙しいんだ、あっちいってろ」
「なにをっ…勝負はどうした!」
「あードラゴンだろ。サガシテルサガシテル」
「馬鹿にしているのか!こっちは本気でやっているんだ!お前も少しは真面目に」
「俺様が真面目に、か?」
少しだけ足に力を込めてジャンプする。普通の人間には反応できない速さで、勇者の後ろにいき背後に立った。背中に爪をあてて、ツンと軽くつつく。
「ほれ」
「っな、い、いつの間に!」
「俺様が本気出したらお前なんて一瞬で殺せるんだぜ?わかったらお前はそこらで人助けでもやって承認欲求満たしてろよ、エス勇者が」
「エセなんかではないっ!!」
「っけ。人助けなんてどうせ自己マンだろ?それも自覚できてねーとか痛すぎて逆に尊敬するわ」
「うるさい!悪魔になにがわかる!!」
低く唸るように吐き捨て、睨みつけてくる勇者。蚊でもとまったかぐらいの感覚で勇者を見た。
「けけ、悪魔だけど何か~?」
「っく…早くお前のような悪魔から姫を助けねば…絶対に騙されている…」
「けけけ!悪魔に囚われた姫か。なかなかいいじゃねえの」
一人で頷く俺様。本当のことを言えば「姫に囚われた悪魔」の方が正しい気がするけどな。もう俺様はルトなしの人生とか考えれないし。
(とと、そうだった。)
さっき俺様はおかしな匂いを見つけたんだった。すぐにでも追いかけて正体を暴かねーと。
「じゃ、俺様はいくから、お前もなんかまあ頑張れよ」
「ま、まて!!」
爪をしまいもう一度建物の屋根に飛び上がった。その背中を勇者の声が追いかけてくる。
「今度会った時…真剣勝負をしろ!」
「はあ~?ドラゴンは?」
「その勝負の前に、ケリをつけねばならない勝負があるだろう!姫を守るのに相応しい男はどちらなのか、真剣勝負だ!悪魔め!」
「勝負勝負ってそんなに戦いたいのかお前」
「イエスかノーかハッキリしろ!」
しつこく言われ半分やけになって答えた。
「あーもーわーったよ!精々お前と出会わないよう気をつけとくわ」
「ドラゴンもお前も見つけて、そして両方俺が倒す!!」
「ったく、めんどくせ」
そう言って建物を力強く蹴り上げた。一気に世界が回転し、勇者の声がどんどん小さくなっていく。
(さっさと匂いの奴を見つけて、ドラゴンの謎もといてルトに会いに行こう。というかイチャイチャしよう。)
そんなことをもんもんと考えながら、噴水広場の方に向かうのだった。
「んん~~~…?」
腕を組んで唸る。噴水広場は人が多すぎて鼻もきかず、全く匂いを終えなくなってしまったのだ。
「きゃーー!」
突然の悲鳴に、考えるより体が反応する。
ダッ
噴水の裏側にある小さな公園からだった。そこに、匂いの原因がいる。急いで向かえばすでに人だかりができていた。
「いたーい!」
「なんかかまれたんですけど~」
中心にいた女子の四人グループがそれぞれ血を流している部分を押さえて文句を言っている。(怪我といっても引っかき傷ぐらいのものっぽいな)それに近寄り声をかけた。
「おい、大丈夫か」
「きゃっなに・・・この人」
「かっこいいけど、危なそうな感じ・・」
「チョイ悪おにーさんね!」
「・・・」
一瞬でも心配した自分が馬鹿だったようだ。呆れて何も言えなくなってると、四人のうち三人が腕にくっついてきた。体に女子たちの柔らかな胸があたってそれなりにいい気分。残りの一人は俺様に興味がないようで、水場で患部を洗っていた。それに近寄る。
「おい、何があったんだ」
「・・・」
睨みつけられる。腕を広げ、敵意はないと伝えた。
「その怪我、転んだってわけじゃねーだろ?」
「コウモリに引っ掻かれたの」
「コウモリだと?」
公園を見回しそれらしき黒い影を見つけた。5、6匹のコウモリが公衆トイレの影に隠れながらこっちを見ている。その口には赤い液体がついていて、それがこの女子たちを傷つけたのだとすぐにわかった。
(あれがさっき嗅ぎつけた、血の匂いの原因ってことか。)
「なんだよ…出てきたのはドラゴンでもなくただのコウモリかよ…」
馬鹿らしい。脱力してしまう。また振り出しに戻ってしまった。
「いや、まてよ」
コウモリを見ていて、俺様はとあることに気づいた。
「そうか、なるほどね」
街に出現したドラゴンの謎がやっと解けた。それが嬉しくて、腕に絡みついてくる女子たちに蕩けるような甘い笑みを向ける。
「ありがとよ、おかげで謎が解けたわ」
ドキリ、と顔を赤くして下を向く女子たち。
「え、なにが??」
「お礼だ、傷跡を見せてみろ」
「う、うん・・・きゃっ?!」
差し出された腕を、ペロッと舐める。怯んで腕を引こうとするのを押さえながらもう一度、血の溢れる傷跡を舐めていった。周りから黄色い悲鳴があがる。自分の体液に備わる治癒力のおかげで、すぐに血が止まり傷が塞がっていった。彼女たちは俺様の行動に驚いているせいで、のことには気づいてないけども。
「うし、これで跡も残らねーはず、じゃーな」
そう言って俺様は公園をあとにした。
(ドラゴンの謎は解けたし、あとは勇者との勝負、か)
「めんどすぎるぜ。もういっそ勇者消しちまいたい」
なんてな。ルトに嫌われるからしないけどさ。
***
夕日に染まる空に大きな雲がかかっている。今夜は一雨きそうだ。洗濯物は明日にまとめてやろうか。いつもなら憂鬱になるところだが
「~♪」
上機嫌で鼻歌交じりに帰る俺。結局俺はリリと一緒に夕方までエスのアパートに入り浸ってしまった。もちろん。特に何も問題とかは起きなかった。本当にいつも通りのエスで安心したし嬉しかった。もういっそ城での出来事が夢だったんじゃないかなんて思ってしまう。
(ま、それはさすがにありえないけども。でも…エスとまたこうやって話せたのはよかったな)
ポケットの中で眠るリリを一度見て、そしてまた前を向いた。今日はリリのおかげでエスとも仲直り(?)できたしとても充実していたと思う。暖かい気持ちに包まれながら歩いていれば、いつの間にか教会の前にたどり着いていた。
=おいこらルト!!=
教会から赤毛の猫が飛び出してきた。よく見ればそれは、最近ご無沙汰だった猫ザクだった。耳の近くの毛がくにゃっと曲がってた。きっと今まで教会の中で寝ていたんだと思う。この時期の昼寝は気持ちいいからな・・・。
(って、いや、お前勇者との勝負はどうしたんだよ!)
そんなことを考えてると猫ザクが近寄ってきた。そして俺の足元に座り込んでため息をついてくる。
=はあ~…=
「な…どうしたんだよ、ザク」
=どうしたもなにも!なんだこの匂い!=
クンクンと俺のズボンの匂いを嗅いでくる。なんとなく嫌で、足をどけて離れた。
「やめろって、なんだよ匂いって」
=あいつの匂いだよ!吸血鬼!=
「ああ…エス?仕方ないだろ家行ってたし、階段のとき抱かれ…あっ」
=なに?!抱かれ?=
「ゴホン!ゴホン!とりあえず匂いなんて今更だろ!」
=え、あいつと何があった!おい、目をそらすなールトーー!!!=
「だ、大丈夫だってば!お前の心配するようなことにはなってないから…」
ちょっとめんどくさくて(せっかく今すごいいい気分だったのに)説明せずに教会の扉に手をかける。すると後ろから刺さるような威圧感が伝わってきて、ゆっくり振り返ってみる。そこには人型になったザクが立っていた。後ろで髪を結んでいるザク。ジト目で俺を睨んでいてちょっと怖い。
「な、なに…」
「…あのな、匂いってのは敵意とか欲とかが反映されるんだ」
「へえ…」
「匂いだけでも結構わかるわけだ」
「うん…?」
「言っとくけど、今日の匂いの感じ。あの吸血鬼完全にお前に欲情してんぞ」
「…なっ」
(え、エスが俺に?)
一気に動揺が体中を駆け抜けた。先程アパートで見た、チャンスをくれと言ったエスの真摯な瞳を思い出す。花を胸に抱くエス。リリと笑い合うエス。俺とからかい合うエス。
「・・・・」
エスが俺にそんなこと思ってるとは思えなかった。少なくとも今日一日では。
「そんなわけ…ないし、ありえないって!」
本当に何もなかったんだ、と説明してもザクは一向に俺につっかかってくる。そんなに信用ないのかと段々俺の方も苛立ってきた。
「エスは本当に、そんなことなかったし!」
「どーだか、ルトは鈍感だからな」
「う、うるさいな!俺だってそれなりに考えてるっ」
「そ~うか?あいつはいつだってお前のこと狙ってるんだぞ。そのことちゃんと理解してねーといつか痛い目みっ…」
「っあーもー!!うるさいなあっ!!っエスはお前とは違って、いい奴だし心配いらないってば!」
「!!」
ついそう叫んでしまった。思ったよりも大きな声が出てしまう。
(しまった)
すぐに俺は後悔した。俺の声に驚いた顔をするザク。
“エスはザクとは違う”
他人同士が違うことは普通のことだし、当たり前の言葉だけど、それは俺がザクに言う場合は意味が変わってくる。
“お前みたいに無理やり襲ったりしない”
その赤い瞳が揺れ動くのを見て、俺はそこでやっと、ザクを傷つけてしまったと気づいた。
「あっ…ザク…」
「っち」
ザクは小さく舌打ちをして背を向けてきた。
「ああーそうかよ!じゃーあいつのとこでも、勇者のとこでも行っちまえ!」
そう言って煙のように消えてしまう。その時、一瞬だけ見えた顔はどこか寂しそうだった。
(どうしよう、ザクを傷つけた…)
一気に静かになった教会前。誰もいない空間に手を突き出されている状況。それをゆっくりおろす。
「…俺のばか」
エスの事を言われて苛立ってたのか?違うだろう。
“あいつはいつだってお前のことを”
今日、エスの真摯な瞳を向けられた時に、本当は気づいていた。その瞳の奥に、ギラギラ光る何かがあって。その何かの意味を俺はなんとなく察していた。
“ちゃんと理解してねーと痛い目を…”
図星だから、ザクの言葉が正しいとわかっていたから、認めたくなくてあんな酷い事を言ってしまったんだ。今日楽しく過ごせたから、よりその衝動で。
「八つ当たり、だ、…最悪だな俺」
自嘲するように一人で笑う。そんな時だった。自分の影に、何か大きな影が重なったのだ。
「えっ…なにこれ…!」
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