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第十二章「悪魔様の婚約者」
★街を出る?
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=どうしちゃったんだろう、僕ってば。でもなーんか忘れてる気が…んん?=
シータの尻尾の方に俺は座り込んだ。それを見たシータが目を丸くした。
=あ!ウサギちゃんだ!どうしたの~素直に食べられる気になった?=
顔を傾げてくる。俺は意を決して、奴のしっぽに近づいた。そしてぱくっと口に咥える。
=うひゃあ!な、なにするのさあ~!僕を食べる気???=
しっぽをぺろりと舐めてみる。軽く噛んでみたり、奥まで飲み込んだり。いつもやるようにはいかないけど、大分再現できてるはずだ。なるべく何も考えないようにして口に集中する。
=ちょっ、うさぎちゃん、くすぐったいって~~っ、ふあっ・・・しかもなんか、んんっ=
気持ちよさそうに体をしならせるシータ。
(よし効いてきた!)
人間の時の、口でしてやるような感じに似せて俺は何度もしっぽを咥えた。さすがに濡れたりはしないけど、元々あった蛇独特の粘膜のおかげで滑りはいい。
=うう~なにこれ…変な感じだけど、あれ?このソワソワも何か知ってるような…?それにこのウサギちゃんも見覚えがあるような気もしなくもない…??=
蛇の牙が耳先をかする。囁くように耳元で喋り続けるシータ。それをゆっくりと見上げてやると、シータは雷にでも打たれたかのようにビクビクと体を引きつらせた。
=っーーーー!=
ぱたりと倒れる蛇。距離を置いて見守った。
=わかったぞ!似てると思ったら…この子ルト君だ!!=
ガバッと顔をあげるシータ。その姿には何も変化はなかったが、少しだけ仕草が変わっていた。手慣れてない感じのたどたどしい動きで俺に近寄ってくる。
=ねえねえ、君ってルト君だよね?=
=きゅうきゅきゅ(やっと目が覚めたか)=
=言葉は相変わらずわかんないけどこの可愛くて弱々しい感じはルト君しかないでしょイタタタタ=
奴の尻尾をかんでやる。舐めて敏感になってた所を噛んでやったのでそれなりに痛がっていた。少しだけ気分が良くなったので奴と向き合うように腰掛ける。
=ルト君と僕の体がこんなんなってるのはやっぱ悪魔絡み?=
=きゅう(ああ)=
=また厄介なのがこの街に来てるってわけかあ~=
=きゅうう(それはお前もだけどな)=
=なーんで睨むのさあ~♪=
白い目で見てるとシータが尻尾でつついてきた。それを払い除けカエルのそばに座り込む。でもやっぱ悪魔に憑かれてるだけあって察しはいいようだ。説明する手間が省けてよかった。
=にしても蛇と兎って狙ってるよね~=
=きゅ(は?)=
=いやだってさ僕とルトくんの関係を知らない人なんでしょ?なのにこの体にしてくるとか、ありえなくない?=
=…=
ただの偶然。そう思えば終わりなのだが、確かに俺も違和感は前から感じていた。俺とザクを試すためとはいえ、ラルクさんやシータの記憶を消したり俺の周りの人の姿を動物に変える必要はあったのか。というか、俺たちの関係をどうやって知ったんだ?
=悪い、それ俺のせいかもしれん=
突然俺たちに黒い影がかかった。
=!!=
小道を挟む家の屋根を見れば、大きな黒い犬が立っていた。その犬はジャンプしながら俺たちの横に降りてくる。その口には大きめの肉(加工されてるから人の食べかけかな)がくわえられてて食料調達の帰りだったようだ。
=きゅっ!(バン!?)=
=そこにいるのはルトとシータ…か=
=バンが犬ってwwぴったり過ぎて笑えるんだけど~=
=うるさい=
犬が耳をたらし俺を見つめてくる。黒く優しい瞳、バンだ。
=ま、それはさておきだ=
俺とシータの隣に座り込んでキョロキョロと見回す。俺を見ながら舌なめずりしてる蛇(シータ)に肉を放り投げてからバンは話し出した。
=本当は仕事内容を本人以外に言うのは契約違反なんだが、状況が状況だしな…自分の身の安全とは引き換えにできない。実は昨日とある男にルト近辺の情報を売って欲しいと依頼が来たんだ=
=きゅっっ(えっ!!)=
=内容次第ではもちろん断るつもりだったが情報というのが「ルトの近くで流れてる噂」が欲しいとのことだったから、ルトに危害を加えるつもりはないのかと思って、受けちまった・・・いや、それがまさかこんなことになるとは…本当にすまん!=
=きゅう、きゅ(仕方ないだろ、それが仕事なんだし)=
=でもさその男のせいと決まったわけじゃないっしょー?ま、タイミング的に真っ黒だけど~=
肉を食いちぎりながらシータは舌なめずりをする。責任を感じてるのか、バンはがっくりと項垂れる。
ぽふぽふ
バンの前足に手を置いた。お互い毛があってもふもふしている。思い切って目の前の黒い胸毛に顔をうずめてみた。野性的だけど、どこか懐かしい感じの匂い。
=フォローしてくれてるのか?ありがとな=
ザラザラの舌で舐められた。気恥ずかしくて前足でバンの顔を押しのける。それまで黙って俺らを見ていたシータが急に飛び起きてきた。
=あー!ずるい!僕もやりたい!ウサギルト君舐めたい!=
=きゅー!(きもい!)=
=はは、とりあえずは仕切り直し、だな=
暗い小道に、犬と蛇と兎が一匹ずつ。そして気絶したカエル一匹。動物が集まっているだけで何かできるというわけじゃないが、昼間の一人だった時よりよっぽど心強かった。
***
=さて、依頼者についてだが。ルトの近くで流れてる噂を知ってる範囲で伝えたんだよな=
俺らは今バンの背中に乗せてもらいながら教会に向かっていた。さっきとは違いバン(犬)の足なので人間と同じかそれ以上の早さだ。
(この分だと30分ぐらいでつけそう)
その間に知ってることを整理しようとバンに話を聞いていた。
=あとはルトの交友関係、恋愛関係とかも聞かれたな=
=!=
その情報を知ってるなら今カラドリオス全体にかけられてる幻覚にも納得がいく。幻覚は俺たちの事理解した上でかけられているものが多い。ハナさんと別の犯人が幻覚をかけたのだろうか。もしくはハナさんが姿を変えてバンに接触しただけか。
=隠していても調べればすぐにバレることだし…ルトに直接仕掛けられるよりはマシだと思って売ってしまった。ほんとに悪かった=
=・・・きゅ(今度なんか奢れよ)=
=はは、もちろんだ=
バンが笑った拍子に、横で寝ていたカエルが落ちそうになっていた。急いで前足の前に持ってくる。シータが後ろから覗き込んできた。
=そういえばこのカエルなんなの?=
=・・・=
=俺も気になっていた。これから教会に行くのにどうしてカエルも連れてく必要がある?=
シータはともかくな、とバンは呟いた。俺は答えに困ってしまいそのままカエルを見つめる。
(・・・俺にも、わからないんだ)
黙りこんでると困ったようにバンが尻尾を振る。
=まあ、いいさ。もしかしたらコイツも知り合いかもしれないしな=
バンが軽く流してくれて俺はまた顔を上げた。そこであることに気づく。俺たちの進行方向にマントで顔の見えない男が立ち塞がっていたのだ。
バササッ
=きゅ!きゅうい!(バン!前!!)=
=え?うわっ!!=
結構なスピードで走っていたバンは急ブレーキをかけつつ男を避けようとする。
=っっ!!=
その勢いで振り落とされそうになった。必死にしがみつくが、横に寝ているカエルが落ちそうになっていることに気づく。
(カエル・・!!)
急いで俺はそれを口で掴み引き寄せる。
ぐいっ
なんとか踏ん張ろうとしたが、カエルに気を取られたせいで俺はバランスを崩してしまう。
(っやば…!落ちる!)
どてっ!!
=ルト!!=
バンの背中から落ちた俺達はゴロゴロと転がりながらマントの男の足元に転がった。カエルをかばったせいで全身を打ってしまった。痛みに耐えつつ体を起こそうとしたら、ふっと体が浮き上がる。
「まさかこんなに早く立ち直すとは思いませんでしたよ、ルト・ハワード」
マントの男に掴みあげられているらしい。首根っこを掴まれているせいで顔を見る事ができない。少し遠くからバンが声を荒げて叫んでいた。
=気をつけろルト!奴が依頼者だ!=
=!!=
「おや、話が違いますよ、情報屋」
=それはこっちのセリフだ!身の安全が脅かされるならこちらも契約は守れない。それにルトには手を出さない約束だろう!!ルトを離して俺たちの姿も元に戻せ!=
「それは聞けませんね」
=きゅきゅっ!(お前は何者だ!)=
「あなたに言う必要もありません。しかし、ちょうどよかった。あなたには見届けてもらいましょう」
=?=
「フィナーレを特等席で見せてあげます」
パチンと男が指を鳴らすと、周りにシャボン玉のようなものが現れた。俺はそのシャボン玉に覆われ身動きが取れなくなる。
(なんだこれ!触っても割れない??これも魔法か??)
「外野はここで御退出願いましょう」
そう言って男が空高く飛び上がる。俺を閉じ込めるシャボン玉も追いかけるように浮き上がった。男の方へ飛んでいく。地上にいるバンとシータの姿がどんどん小さくなった。
(シータ・・!バン・・・!!)
ものすごい勢いで街を駆け抜ける男。それを追尾するように俺を囲むシャボン玉も飛んでいく。
(やっぱこの人も、悪魔なのか・・・?)
マントのせいで外見は全くわからない。しかし、声は完全に男のものだ。もちろん聞いたことはない声。
=きゅううっ(あんた何が目的なんだ)=
「教会に行けばわかります」
=きゅう(ハナさんじゃないよな?)=
「・・・」
最初はハナさんが幻覚で男になってるのかと思ってたけど、こうして対峙してみるとどうも印象が違う。それにさっき言った「フィナーレを特等席で見せてあげましょう」という言葉。ハナさんならこんな言い方はしない気がする。ただの勘だけども。
「意味がわかりません」
=きゅ?=
「俺の事を知っても状況は変わりませんよ」
=・・・むきゅ(変わるだろ)=
「?」
あんたがどんな気持ちでいるのか今の状況でかなり大事な事だ。だってハナさんはザクの許嫁で好きだと明言している。ハナさんの恋を、想いを叶えてどうするつもりなんだ。
(ハナさんのなんなんだ、何がしたいんだよ)
「どうせ人間にはわかりません」
=きゅう!(そりゃわからないけどさ!)=
シャボン玉の中で強く手を握り締めた。
(伝わらないかも、分かり合えないかもって、怖がって何もしないのは…もう嫌なんだ)
「!!」
悪魔だとか、人間だとか。無駄に色々考えて自分の気持ちと向き合えない時があった。そういうのを経験してるからこそ「お前にはわからない」って言われるのは悔しい。
「・・・」
男が俺の方を向いた。なんだろうと目を合わせてるとすぐに逸らされる。
「あなたが選ばれた理由がわかった気がします」
ぼそりと呟き、マントが外れた。金色の髪に白い肌。黒で統一された美しい身なり。彼の赤い口が開き、先の割れた舌が出てくる。それに目を奪われてると優しく微笑まれた。ハッとするような美しい微笑みだった。一瞬、時が止まったかのように感じる。
「ですが、これを見ても同じ事が言えますか?」
そう言って男が指差す。少し先に教会が見えた。話してる間に教会についたらしい。
(あの窓は…)
いつも使ってるからわかる。あれは俺の部屋の窓だ。寝室のベッド横にある窓。
(え・・・)
その窓に二つの影が浮かび上がる。二つが絡み合い、そして、一つになった。
(・・・!!)
その意味に体が凍りつく。隣の男も目をそらすことなく窓を見ていた。その表情には何も映ってなかった。
(だめだ。そんなわけない。この目で確認しないと)
ドン!!
俺はがむしゃらに暴れて、シャボン玉から出ようとする。
ドン!!!
今すぐ寝室に入って真実を確かめたい。誤解だったと思わせてほしい。
(嘘だよな…そんな事ありえないよな)
知るのが怖い自分もいた。
(怖い、けど…このままジッとしている方が何倍もいやだ…!!)
パリィィンンン!
シャボン玉が弾けるように割れた。
=むきゅ!!?=
教会の周りに立つ木々の上に落ちていく。木がクッションになってくれたおかげで大きく怪我する事なく起き上がれた。
(体が軽くて助かった…)
男の気配は近くにない。追いかける気がないのだろうか。
(好都合だ。今なら教会にいける!)
教会の出入り口を見て回る。扉は施錠されていてどこも空いてない、と思ったが裏口だけ奇跡的に空いていた。そこから中に入り一直線に寝室を目指す。
(ザク・・・!ザク!!)
バアアン!!
少し隙間の開けられていた扉を蹴り開けて入る。するとそこには
「…っは、う、…ザクっ」
信じられないものがあった。
「ルト、もうイクのか?けけ、何回目だよ」
「うっさ…ああっ!」
「けけけ、かわいいな~」
愛し合う、俺たち。ベッドにザクと偽物の“俺”が抱き合っていた。冷水をかぶったみたいに血の気が引く。ガクガクと震えて見ていられなかった。
「んっ、あれ…、あんなとこに兎、いるんだけど」
“俺”が扉の前に座り込む俺を見つけた。俺を見ながらクスッと笑いあう2人。それが無性に悔しくて俺は逃げ出したくなった。でも動けなかった。
「けけ、あとで外に逃がしてやっか」
「今でいいだろっ、んんっ」
「だーめ、それはこのあとな~」
「ばかざく…!」
汗で濡れるザクの体。動くたびにうなる筋肉。誰よりも俺が知ってる。あの体はザクだ。幻覚なんかじゃない。本当のザクがそこにいる。そうわかってしまう事が何より辛かった。
「さあ、もう十分でしょう」
いつの間にか隣にいたマントの男が、諭すように語りかけてくる。
「今までのことは忘れて暮らしなさい。あなたが街を出れば全て元に戻ります」
=…きゅう(全てが元に戻る、のか)=
「ええ、約束しましょう」
俺が街を出ればこの体が元に戻る。街も元通りになる。こんな厄介事だらけの街のことなんて忘れてしまえばいい。静かにリリと暮らす事ができればそれでいいんだ。
(むしろあの厄介な悪魔と別れられて好都合かも)
色々うるさかったしな。変なの(他の悪魔)に絡まれることも減るだろうし。
「ルト、ルト」
あいつが必死に呼ぶ声が頭の中で反響する。今の体では名前を呼びかけてすらもらえない。そう痛感する。
「なぜ、泣くのです」
男が不思議そうな顔をした。それもそうだ。俺にだって訳が分からない。
(なんで俺泣いてんだろ)
ザクに見つけてもらえなかったから?裏切られたから?ザクと離れなきゃいけないから?
=きゅうう(意味、わかんないっ!ばかザクの事なんて知るか!!)=
泣きながら叫んだ。
シータの尻尾の方に俺は座り込んだ。それを見たシータが目を丸くした。
=あ!ウサギちゃんだ!どうしたの~素直に食べられる気になった?=
顔を傾げてくる。俺は意を決して、奴のしっぽに近づいた。そしてぱくっと口に咥える。
=うひゃあ!な、なにするのさあ~!僕を食べる気???=
しっぽをぺろりと舐めてみる。軽く噛んでみたり、奥まで飲み込んだり。いつもやるようにはいかないけど、大分再現できてるはずだ。なるべく何も考えないようにして口に集中する。
=ちょっ、うさぎちゃん、くすぐったいって~~っ、ふあっ・・・しかもなんか、んんっ=
気持ちよさそうに体をしならせるシータ。
(よし効いてきた!)
人間の時の、口でしてやるような感じに似せて俺は何度もしっぽを咥えた。さすがに濡れたりはしないけど、元々あった蛇独特の粘膜のおかげで滑りはいい。
=うう~なにこれ…変な感じだけど、あれ?このソワソワも何か知ってるような…?それにこのウサギちゃんも見覚えがあるような気もしなくもない…??=
蛇の牙が耳先をかする。囁くように耳元で喋り続けるシータ。それをゆっくりと見上げてやると、シータは雷にでも打たれたかのようにビクビクと体を引きつらせた。
=っーーーー!=
ぱたりと倒れる蛇。距離を置いて見守った。
=わかったぞ!似てると思ったら…この子ルト君だ!!=
ガバッと顔をあげるシータ。その姿には何も変化はなかったが、少しだけ仕草が変わっていた。手慣れてない感じのたどたどしい動きで俺に近寄ってくる。
=ねえねえ、君ってルト君だよね?=
=きゅうきゅきゅ(やっと目が覚めたか)=
=言葉は相変わらずわかんないけどこの可愛くて弱々しい感じはルト君しかないでしょイタタタタ=
奴の尻尾をかんでやる。舐めて敏感になってた所を噛んでやったのでそれなりに痛がっていた。少しだけ気分が良くなったので奴と向き合うように腰掛ける。
=ルト君と僕の体がこんなんなってるのはやっぱ悪魔絡み?=
=きゅう(ああ)=
=また厄介なのがこの街に来てるってわけかあ~=
=きゅうう(それはお前もだけどな)=
=なーんで睨むのさあ~♪=
白い目で見てるとシータが尻尾でつついてきた。それを払い除けカエルのそばに座り込む。でもやっぱ悪魔に憑かれてるだけあって察しはいいようだ。説明する手間が省けてよかった。
=にしても蛇と兎って狙ってるよね~=
=きゅ(は?)=
=いやだってさ僕とルトくんの関係を知らない人なんでしょ?なのにこの体にしてくるとか、ありえなくない?=
=…=
ただの偶然。そう思えば終わりなのだが、確かに俺も違和感は前から感じていた。俺とザクを試すためとはいえ、ラルクさんやシータの記憶を消したり俺の周りの人の姿を動物に変える必要はあったのか。というか、俺たちの関係をどうやって知ったんだ?
=悪い、それ俺のせいかもしれん=
突然俺たちに黒い影がかかった。
=!!=
小道を挟む家の屋根を見れば、大きな黒い犬が立っていた。その犬はジャンプしながら俺たちの横に降りてくる。その口には大きめの肉(加工されてるから人の食べかけかな)がくわえられてて食料調達の帰りだったようだ。
=きゅっ!(バン!?)=
=そこにいるのはルトとシータ…か=
=バンが犬ってwwぴったり過ぎて笑えるんだけど~=
=うるさい=
犬が耳をたらし俺を見つめてくる。黒く優しい瞳、バンだ。
=ま、それはさておきだ=
俺とシータの隣に座り込んでキョロキョロと見回す。俺を見ながら舌なめずりしてる蛇(シータ)に肉を放り投げてからバンは話し出した。
=本当は仕事内容を本人以外に言うのは契約違反なんだが、状況が状況だしな…自分の身の安全とは引き換えにできない。実は昨日とある男にルト近辺の情報を売って欲しいと依頼が来たんだ=
=きゅっっ(えっ!!)=
=内容次第ではもちろん断るつもりだったが情報というのが「ルトの近くで流れてる噂」が欲しいとのことだったから、ルトに危害を加えるつもりはないのかと思って、受けちまった・・・いや、それがまさかこんなことになるとは…本当にすまん!=
=きゅう、きゅ(仕方ないだろ、それが仕事なんだし)=
=でもさその男のせいと決まったわけじゃないっしょー?ま、タイミング的に真っ黒だけど~=
肉を食いちぎりながらシータは舌なめずりをする。責任を感じてるのか、バンはがっくりと項垂れる。
ぽふぽふ
バンの前足に手を置いた。お互い毛があってもふもふしている。思い切って目の前の黒い胸毛に顔をうずめてみた。野性的だけど、どこか懐かしい感じの匂い。
=フォローしてくれてるのか?ありがとな=
ザラザラの舌で舐められた。気恥ずかしくて前足でバンの顔を押しのける。それまで黙って俺らを見ていたシータが急に飛び起きてきた。
=あー!ずるい!僕もやりたい!ウサギルト君舐めたい!=
=きゅー!(きもい!)=
=はは、とりあえずは仕切り直し、だな=
暗い小道に、犬と蛇と兎が一匹ずつ。そして気絶したカエル一匹。動物が集まっているだけで何かできるというわけじゃないが、昼間の一人だった時よりよっぽど心強かった。
***
=さて、依頼者についてだが。ルトの近くで流れてる噂を知ってる範囲で伝えたんだよな=
俺らは今バンの背中に乗せてもらいながら教会に向かっていた。さっきとは違いバン(犬)の足なので人間と同じかそれ以上の早さだ。
(この分だと30分ぐらいでつけそう)
その間に知ってることを整理しようとバンに話を聞いていた。
=あとはルトの交友関係、恋愛関係とかも聞かれたな=
=!=
その情報を知ってるなら今カラドリオス全体にかけられてる幻覚にも納得がいく。幻覚は俺たちの事理解した上でかけられているものが多い。ハナさんと別の犯人が幻覚をかけたのだろうか。もしくはハナさんが姿を変えてバンに接触しただけか。
=隠していても調べればすぐにバレることだし…ルトに直接仕掛けられるよりはマシだと思って売ってしまった。ほんとに悪かった=
=・・・きゅ(今度なんか奢れよ)=
=はは、もちろんだ=
バンが笑った拍子に、横で寝ていたカエルが落ちそうになっていた。急いで前足の前に持ってくる。シータが後ろから覗き込んできた。
=そういえばこのカエルなんなの?=
=・・・=
=俺も気になっていた。これから教会に行くのにどうしてカエルも連れてく必要がある?=
シータはともかくな、とバンは呟いた。俺は答えに困ってしまいそのままカエルを見つめる。
(・・・俺にも、わからないんだ)
黙りこんでると困ったようにバンが尻尾を振る。
=まあ、いいさ。もしかしたらコイツも知り合いかもしれないしな=
バンが軽く流してくれて俺はまた顔を上げた。そこであることに気づく。俺たちの進行方向にマントで顔の見えない男が立ち塞がっていたのだ。
バササッ
=きゅ!きゅうい!(バン!前!!)=
=え?うわっ!!=
結構なスピードで走っていたバンは急ブレーキをかけつつ男を避けようとする。
=っっ!!=
その勢いで振り落とされそうになった。必死にしがみつくが、横に寝ているカエルが落ちそうになっていることに気づく。
(カエル・・!!)
急いで俺はそれを口で掴み引き寄せる。
ぐいっ
なんとか踏ん張ろうとしたが、カエルに気を取られたせいで俺はバランスを崩してしまう。
(っやば…!落ちる!)
どてっ!!
=ルト!!=
バンの背中から落ちた俺達はゴロゴロと転がりながらマントの男の足元に転がった。カエルをかばったせいで全身を打ってしまった。痛みに耐えつつ体を起こそうとしたら、ふっと体が浮き上がる。
「まさかこんなに早く立ち直すとは思いませんでしたよ、ルト・ハワード」
マントの男に掴みあげられているらしい。首根っこを掴まれているせいで顔を見る事ができない。少し遠くからバンが声を荒げて叫んでいた。
=気をつけろルト!奴が依頼者だ!=
=!!=
「おや、話が違いますよ、情報屋」
=それはこっちのセリフだ!身の安全が脅かされるならこちらも契約は守れない。それにルトには手を出さない約束だろう!!ルトを離して俺たちの姿も元に戻せ!=
「それは聞けませんね」
=きゅきゅっ!(お前は何者だ!)=
「あなたに言う必要もありません。しかし、ちょうどよかった。あなたには見届けてもらいましょう」
=?=
「フィナーレを特等席で見せてあげます」
パチンと男が指を鳴らすと、周りにシャボン玉のようなものが現れた。俺はそのシャボン玉に覆われ身動きが取れなくなる。
(なんだこれ!触っても割れない??これも魔法か??)
「外野はここで御退出願いましょう」
そう言って男が空高く飛び上がる。俺を閉じ込めるシャボン玉も追いかけるように浮き上がった。男の方へ飛んでいく。地上にいるバンとシータの姿がどんどん小さくなった。
(シータ・・!バン・・・!!)
ものすごい勢いで街を駆け抜ける男。それを追尾するように俺を囲むシャボン玉も飛んでいく。
(やっぱこの人も、悪魔なのか・・・?)
マントのせいで外見は全くわからない。しかし、声は完全に男のものだ。もちろん聞いたことはない声。
=きゅううっ(あんた何が目的なんだ)=
「教会に行けばわかります」
=きゅう(ハナさんじゃないよな?)=
「・・・」
最初はハナさんが幻覚で男になってるのかと思ってたけど、こうして対峙してみるとどうも印象が違う。それにさっき言った「フィナーレを特等席で見せてあげましょう」という言葉。ハナさんならこんな言い方はしない気がする。ただの勘だけども。
「意味がわかりません」
=きゅ?=
「俺の事を知っても状況は変わりませんよ」
=・・・むきゅ(変わるだろ)=
「?」
あんたがどんな気持ちでいるのか今の状況でかなり大事な事だ。だってハナさんはザクの許嫁で好きだと明言している。ハナさんの恋を、想いを叶えてどうするつもりなんだ。
(ハナさんのなんなんだ、何がしたいんだよ)
「どうせ人間にはわかりません」
=きゅう!(そりゃわからないけどさ!)=
シャボン玉の中で強く手を握り締めた。
(伝わらないかも、分かり合えないかもって、怖がって何もしないのは…もう嫌なんだ)
「!!」
悪魔だとか、人間だとか。無駄に色々考えて自分の気持ちと向き合えない時があった。そういうのを経験してるからこそ「お前にはわからない」って言われるのは悔しい。
「・・・」
男が俺の方を向いた。なんだろうと目を合わせてるとすぐに逸らされる。
「あなたが選ばれた理由がわかった気がします」
ぼそりと呟き、マントが外れた。金色の髪に白い肌。黒で統一された美しい身なり。彼の赤い口が開き、先の割れた舌が出てくる。それに目を奪われてると優しく微笑まれた。ハッとするような美しい微笑みだった。一瞬、時が止まったかのように感じる。
「ですが、これを見ても同じ事が言えますか?」
そう言って男が指差す。少し先に教会が見えた。話してる間に教会についたらしい。
(あの窓は…)
いつも使ってるからわかる。あれは俺の部屋の窓だ。寝室のベッド横にある窓。
(え・・・)
その窓に二つの影が浮かび上がる。二つが絡み合い、そして、一つになった。
(・・・!!)
その意味に体が凍りつく。隣の男も目をそらすことなく窓を見ていた。その表情には何も映ってなかった。
(だめだ。そんなわけない。この目で確認しないと)
ドン!!
俺はがむしゃらに暴れて、シャボン玉から出ようとする。
ドン!!!
今すぐ寝室に入って真実を確かめたい。誤解だったと思わせてほしい。
(嘘だよな…そんな事ありえないよな)
知るのが怖い自分もいた。
(怖い、けど…このままジッとしている方が何倍もいやだ…!!)
パリィィンンン!
シャボン玉が弾けるように割れた。
=むきゅ!!?=
教会の周りに立つ木々の上に落ちていく。木がクッションになってくれたおかげで大きく怪我する事なく起き上がれた。
(体が軽くて助かった…)
男の気配は近くにない。追いかける気がないのだろうか。
(好都合だ。今なら教会にいける!)
教会の出入り口を見て回る。扉は施錠されていてどこも空いてない、と思ったが裏口だけ奇跡的に空いていた。そこから中に入り一直線に寝室を目指す。
(ザク・・・!ザク!!)
バアアン!!
少し隙間の開けられていた扉を蹴り開けて入る。するとそこには
「…っは、う、…ザクっ」
信じられないものがあった。
「ルト、もうイクのか?けけ、何回目だよ」
「うっさ…ああっ!」
「けけけ、かわいいな~」
愛し合う、俺たち。ベッドにザクと偽物の“俺”が抱き合っていた。冷水をかぶったみたいに血の気が引く。ガクガクと震えて見ていられなかった。
「んっ、あれ…、あんなとこに兎、いるんだけど」
“俺”が扉の前に座り込む俺を見つけた。俺を見ながらクスッと笑いあう2人。それが無性に悔しくて俺は逃げ出したくなった。でも動けなかった。
「けけ、あとで外に逃がしてやっか」
「今でいいだろっ、んんっ」
「だーめ、それはこのあとな~」
「ばかざく…!」
汗で濡れるザクの体。動くたびにうなる筋肉。誰よりも俺が知ってる。あの体はザクだ。幻覚なんかじゃない。本当のザクがそこにいる。そうわかってしまう事が何より辛かった。
「さあ、もう十分でしょう」
いつの間にか隣にいたマントの男が、諭すように語りかけてくる。
「今までのことは忘れて暮らしなさい。あなたが街を出れば全て元に戻ります」
=…きゅう(全てが元に戻る、のか)=
「ええ、約束しましょう」
俺が街を出ればこの体が元に戻る。街も元通りになる。こんな厄介事だらけの街のことなんて忘れてしまえばいい。静かにリリと暮らす事ができればそれでいいんだ。
(むしろあの厄介な悪魔と別れられて好都合かも)
色々うるさかったしな。変なの(他の悪魔)に絡まれることも減るだろうし。
「ルト、ルト」
あいつが必死に呼ぶ声が頭の中で反響する。今の体では名前を呼びかけてすらもらえない。そう痛感する。
「なぜ、泣くのです」
男が不思議そうな顔をした。それもそうだ。俺にだって訳が分からない。
(なんで俺泣いてんだろ)
ザクに見つけてもらえなかったから?裏切られたから?ザクと離れなきゃいけないから?
=きゅうう(意味、わかんないっ!ばかザクの事なんて知るか!!)=
泣きながら叫んだ。
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終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
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翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
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書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
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