牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十二章「悪魔様の婚約者」

ザクの許嫁?

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 街の中心部に到着する。かなりの人混みでげんなりした。流石平日の昼過ぎである。たくさんの人間が行き交っていた。俺は人がいない方に足を進めていく。次第にあたりが暗くなってきて裏に来てしまったことに気づいた。やば、早く出ないと絡まれる。

「やめてください!」

 そこで鈴のなるような美しい声が聞こえてきた。振り返ると、見たことのある橙色の髪の女性が複数の男に囲まれているのが見える。女性はかなり嫌がっていた。

(あの人!さっき教会に来た女性だ)

 男たちがゲスい笑い声を上げているのを見て、女性の気持ちが痛いほどわかった。瞳には涙が浮かんでいる。体が自然に動いた。

 たっ

「やめろ!」
「あ゛?なんだお前…!」

 機嫌悪そうに男の一人が振り向いてくる。しかし、俺の顔を見た瞬間「ほほう」とニヤついてきた。女性も俺に気づき目を丸くしている。

「へえ、お前も可愛い顔してんなあ?どっかの店の客引きか?」
「違う!!」
「じゃあ道に迷ったのか?ダメだぜ~こんな所に子供がきちゃ」

 男たちが後ろに移動してくる。囲まれた。その間に女性の腕を引いて背中に隠す。

「さて?ヒーロー気取りの子供に世の中の厳しさを教えてやろうかね」

 にやっと笑って男たちが近づいてくる。俺は女性の手を握ったまま周りを観察した。ザクもいない今、一人でこの状況をなんとかしなくちゃいけない。

(何か出来ることは...!)

 ぎゅっ

 強い力で手が握り返されるのを感じた。

『私に、任せて』
「え?!」

 彼女の方を見ると、瞳が白目の部分まで真っ赤になっていた。ザクが暴走して悪魔化したときと同じ現象だ。

 (まさか、この人...!!)

『アグラ・リギ』

 そう呟くと辺りに置いてあったゴミ箱が燃え上がった。炎は舐めるように大きく立ち上がり男たちを覆い隠す。まるで炎が生き物のように動くのを見て、男たちはみっともない悲鳴を上げた。

「ひええええええ!なんじゃこりゃあああああ!」
「たすけ、助けてええええ!」

「お、おい!あんた?!」

 急いで止めに入るが彼女は冷たい瞳で男たちを見るだけだった。体に火がまわり、転げまわる男たち。無事な奴らがそいつを引っ張っていく。

「ば、ばけものおおおお!」

 男たちはそのまま泣きながら走り去った。静まり返る路地。俺は一息ついてから彼女を問いただした。

「今の…やりすぎだろ!下手したら死人が出るって!」
「…」

 彼女は沈黙を守ったままぱちんと指を鳴らした。すると、一瞬で俺たちの周りにあった炎が消える。

「...あれ?」

 炎があった場所にはゴミ袋があった。どこを見ても、燃えたような痕跡は残っていない。

(おかしい、あの燃え方じゃどこかは焦げてないと変だ)

 さっきまで燃えていたはずの地面に生えていた草も焦げてる様子はなかった。

『安心してください、炎は幻覚です』
「...!」

 驚いて言葉をなくす。彼女の瞳は既に元に戻っている。俺はずっと胸にくすぶっていた疑問を口にした。

「もしかして、あなたも悪魔…?」

 彼女は静かに頷いた。


 ***


「これは何ですか?」
「えっと、人間の食事で…パンって言います」
「それは知っています」

 彼女が言葉を遮った。

「どうして私と食事を、という意味です」

 今俺は悪魔の女性とシータの店に来ていた。いつものように迎えてくれたシータが、俺の隣に女性がいることに気づきこの世の終わりみたいな顔をしていたのを思い出す。目の前の食事をちらっとみる。そして不機嫌そうな顔をする彼女を見た。

(どうして...か)

 普通にお腹すいてたってのが一番だけど。まあ本音を言えばさっき教会で見られた事の口止めをしたかった。しかし話題にするのが気まずいのでまだ切り出せずにいる。

「えっと…」
「いえ、すみません。まずはこちらをいただきますね」

 そうして彼女はパンに手を伸ばした。丁寧に一口分にちぎり口に持っていく。その仕草でさえ美しかった。見蕩れてると、

「食べないのですか?」

 俺を見てきた。急いで目をそらし皿に手を伸ばす。あれ、もうパンがない?かなりまだ残っていたはずなのに。

「美味しいですね」

 ぺろりと先の割れた舌で舌なめずりをする彼女。炎の事もあるし疑ってはなかったが悪魔なのは確定だ。でもどうして悪魔が教会に訪れたのかはわからない。

「おかわり、したいです」
「えっ?」
「スープも、パンもおかわりをお願いします」
「は、はい!すみませーん」

 手近にいた店員に追加注文をする。新しく届いた皿には山ほど積まれたパンがあった。これなら俺も一つぐらい食べれるかと思ったが甘かった。パンは忽然と消えた。いや、彼女のお腹に入った。と言ったほうがいいだろう。目を丸くして皿を見つめる。

 (人の事言えないけど…すごい大食いだ、この人…)

「す、すみません。私ったら…」

 かなりの大食いで早食いのようだ。見た目に沿わず驚きはしたが逆に嬉しさもあった。人形のように綺麗な女性だったがそういう部分もあると思うと一気に親近感がわいてくる。

「気にしないでください。俺も食べるほうだからわかります。目の前にあったら食べますよね」
「あ、あなたも…?」
「はい。だから競争です。次に届いた料理は俺の方が多く食べますから」
「..ま、負けません!」

 彼女に初めて笑顔が浮かぶ。照れたような、はにかむような笑顔。彼女との大食い&早食い勝負はそれはそれは楽しく白熱するのだった。

 1時間後…

「ふふ、おなかいっぱいです」
「ですね」

 お互い食べまくって、毎回注文を聞きに来る店員にも呆れられてしまった。すでに昼時は過ぎていて店の客も減っている。

「...あの、」

 彼女が口を開いた。俺はそのトーンで真剣な話だと察し、姿勢を正した。

「あの、あなたはザクと...」
「!」

 彼女からザクの名前が出てきて驚いてしまう。

(ザクと知り合いなんだ…)

 でも、そうか、悪魔だもんな。ザクの事を知っててもおかしくない。ザクの言動はかなり目立つと思うし、きっと悪魔の世界でも有名なはず。俺は黙って彼女の言葉を待った。

「あなたは人間ですよね?ザクと…どのような関係なのですか?」

 不安そうにこちらの様子を伺う彼女は、普通の人間のようだった。どう答えたらいいか悩んだが、朝のことを見られているので隠しようがないことに気づく。

「...こ、恋人、です」
「!!」

 今度は彼女が黙る番だった。口をぽかーんと開けたまま俺を見つめてくる。いたたまれなくて、窓の外に視線をずらした。それからしばらく、どちらも口を開かなかった。

「...そうですか」

 彼女が搾り出すように呟く。俺は彼女の方に視線を戻しぎょっとした。

「!!」

 泣いていた。ぽろぽろと彼女の目から溢れた雫がテーブルに落ちていく。慌ててハンカチを差し出すが手で制された。彼女は自分のを取り出し丁寧に拭いていく。

「あの…同じ質問になっちゃうんですけど…あなたはザクとどんな関係で…?」
「…私は」

 そこで一呼吸おいて黙り込む。そして顔を上げた。

「私は…ザクの許嫁です」
「.....!!!!」

 (許嫁。許嫁??え??)

 一瞬言葉の意味がわからなくなったが、すぐにそれは脳の中で処理され、ひとつの事実が導き出された。

 (ザクの...ザクの許嫁?????)

「えええええええ!!」

 思わず椅子から立ち上がってしまう。周囲の客に注目される。

「そ、そんな...ザクのやつ、許嫁がいるなんて一言も…」
「嘘ではありません、信じてください」

 彼女は力強く言いきった。もちろん彼女の言葉を疑うつもりはない。ただ、ザクから一言も聞かされていないことに驚いていた。色々隠してるとは思ったがまさかこんな大事なことまで隠されてるとは。

「場所を、変えましょう」

 彼女が席を立った。他の客からの視線も痛いしそれがいいだろう。頷いてついていく。俺達は店を出た後、人通りの少ない海側の道路に出た。ここは潮風が感じられてお気に入りの場所だった。歩きながら後ろをついてくる彼女を見た。俯いていて表情はよく見えない。

「あの...あなたは」
「ハナと呼んでください」
「ハナさんは許嫁なんですよね。ザクの事が好き…なんですか?」

 聞きたくないけど、聞きたい気もした。彼女は足を止めて海の方を見る。

「許嫁というのは親同士が決めたことです。ですが、彼のことは好きです」
「!!」
「好きです」

 二度、確かめるように言った。

「だから、私は信じたくなかった。ザクが人間のために悪魔をやめたなんて」
「...!」
「信じたくなくて、自分の目で確かめるためにここまで来たんです。世界中を探してやっと見つけたと思ったら……」

 その先に、キスをしてる俺たちがいたと。ハナさんからすれば俺はかなり嫌な存在だろう。

(いや...大多数の悪魔にとってか)

 でも、謝ることはできない。ここで謝れば「愛してる」と言ってくれたザクを否定することになる。今までの俺たちの判断が間違っていると言うことになる。

 (それは、違う)

 俺たちは迷いながらも選択してきた。その選択は間違っていなかった…と思っている。だって俺とザクは今すごく幸せだし、愛し合えていると思うから。一緒にいれる今に誇りをもっている。

「謝らないんですね」
「...ハナさん」
「いえ、そうですよね、わかってます」

 ハナさんが独り言のように頷く。そして、顔を上げた。その瞳には何かを決心したような色が宿っている。

「...!」

 その色を俺は知っていた。全てを失うことを恐れていない目。パーティの時の、告白をする前のエスが同じ目をしていた。

「...っ、ハナさ..」
「でも、あなたを許す事はできない!」

 ハナさんは手を空に向けてそう叫んだ。彼女の目はすでに真っ赤に濡れている。悪魔化していた。

『アグラ・リギ!!!』

 刺すような光が辺りを包んだ。耐え切れず目を閉じる。

「ぐっ…何を…!」
『この魔法は私が解くか、あなたが“ザク”を見つける以外解くことはできない』
「ハナさん!?どういう意味で…」
『精々探し回ればいい!』

 光に包まれたままそう告げられ、声は遠くに消えていった。

「・・・?」

 目を開ける。

(え?!なんだ、これ・・・!)

 焦るあまり転びそうになりながら走った。街に戻り世界を見回す。そこにはあったのはお菓子でできた家、地面からは色とりどりの飴の棒(電柱?)が生えていて、空には綿菓子が浮かんでいた。地面はチョコで作られてるし、レンガ部分もクッキーだし。街ゆく人もその変化に驚いていた。

(こ、これは一体どういう...?!)

 そこで俺は思い出す。

『アグラ・リギ』

 こうなる前、ハナさんはそう言った。確か同じ呪文を言った時は、幻の炎を操作していたよな。とてもリアルな炎が立ち上ったが実際には何も燃えてなかった。多分あれは幻覚だったのだろう。

(じゃあこれも彼女の作り出した幻ってことか?!)

 街は完全におかしくなっていた。一気に街が工事されるなんて事もありえないし、どう考えても幻覚だろう。そのありえない風景を前に俺は立ち呆けていた。でも、こうしてはいられない。なんとしないと…こうなったのは俺のせいなんだから。

(まずハナさんを探さないと...!)

 走ろうとする。でもすぐにこけてしまう。

(あれ?動きにくい、どうして・・・)

 頭から転んだためすぐ近くに水溜りがあった。そこで自分を覗いてみる。

「!!!」

 そこには...リボンをつけた白兎が映っていた。目の前の現実に一瞬気を失いそうになる。一体どういうことだ。嘘だと言ってくれ。

(俺の姿も幻で変化してるって事…なのか…)

 そう納得したあと絶望が広がった。こんな状態でハナさんを探す事なんてできるのか。下手すれば通行人に蹴られたり踏まれてしまう。

 むぐぐ

 どれだけ口を動かしてみても言葉は出てこなかった。当たり前か。ウサギなんだし。こんな体では誰かに助けを求めることもできない。踏んだり蹴ったりだ。

(...っ、ザク...)

 心細さで潰れてしまいそうになる。これではザクにも気づいてもらえない。ザクどころか誰にもだ。

(そんな...)

 絶望で足を止め、蹲ろうとした時だった。

 “王位継承寸前の悪魔王子が人間に恋をして国を追われる、なんてすごいスキャンダル、普通は転がってないレベルのネタよね!”

 その言葉が、頭をよぎる。

(...そうだ)

 あの言葉が正しければ、ザクは身を挺して、俺のもとに来てくれたんだ。全てを、捨てて俺の所へ。

(ザクがそこまでしてくれたのに…俺がびびってどうするんだ!)

 元はと言えば自分のせいでウサギになったともいえる。自分で導いたこの現実に...俺が、戦わないでどうする。

 ぴょこ

 起き上がる。動かしにくい体を引っ張るようにして走り出した。

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