牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十一章「星砂の子守り唄」

★優しい子守唄

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 飛び起きて近くの壁で待機していたザクに駆け寄る。頷いて奥の路地を指さした。

「あっちだ。どうする?ルト」
「行く」
「へいへい」

 ザクと共に声のした方に走っていくと

「!」

 悲鳴をあげたと思われる女性が見えてきた。服も髪も乱れていた。誰かに襲われたのか。助け起こそうと手を伸ばす。

「ルト、待て!」
「えっ…んぐっ?!」
「ルト!!」
『あひゃひゃひゃひゃ、ひひ!!!』

 女性が甲高い笑い声をあげながら首を絞めてきた。その女性の舌先が割れていることに気づく。

(くそ...悪魔か!)

 悪魔の指先が首に食い込んできて、そのまま首の骨を折ろうと力を強めてきた。酸欠による眩暈と首を絞めつける痛みに顔をしかめていると

 ブチッ

「ルトを離せ、下級」

 ザクの叱声と共に息苦しさが消える。見れば、悪魔の腕が叩き切られていた。その腕は地面に落ちたあと虫みたいな気持ち悪い生物へと変身し本体に戻っていく。

「ゲホゲホっ、な、なんだこれっ」
「ルトはこっち来い」

 ザクの背中に隠された。

『これはこれは王子じゃないですか...ひひひ』

 悪魔が厳かにお辞儀をする。自分の分断された腕をくるくる回しながらニヤニヤとこちらを見てきた。

『まさか王子とこんな所でお会いできるとは』
「死にたくなきゃさっさと失せろ」
『おお怖い、さすが王の器は言う事が違いますなあ』
「無駄口を叩くな」

 王の器?何の話だろう。

 (てか今ザクのこと王子って呼んでたか?)

 前も誰かにそんなこと言われてた気がするけど、聞き間違いだと思って忘れていた。今回で二回目だし流石に聞き間違いではないだろう。となると実はザクってお坊ちゃんなのか?

「この街は俺様のものだ。下級がしゃしゃり出るな。つーかお前どっからわいたよ」
『わいたとはひどいですね…私ども下級はゲートなど作れません...ひひひ』
「だからなんでお前は」
『ひひひ!』
「おい!どこ行きやがる!」

 悪魔は逃げようと背中を向けた。ザクはジャンプして先回りして、悪魔の首根っこを掴む。

「っけ、俺様から逃げられると」
『ひひひ!思いませんよ!バーカ!!』

 笑いながら手を振って見せる。それに違和感を覚えた。奴は自分の腕を持っていたはず。どこに置いてきたのかと思った瞬間ザクが振り返ってきた。

「ルト!」

 グリリッ

 突然何かが喉元に張り付いてきて圧迫してくる。何事かと視線を下に向ければ、悪魔の腕が張り付いていた。尖った爪で喉を刺され血が溢れ出す。

「いっ、けほっ、うっ...!」
「てめえ!ルトを離せ!」
『今あなたは命令できる立場ではありませんよ、王子?』

 悪魔の腕が、形を変えて触手のようなものになり巻きついてくる。身動きが取れない。そのままもつれるように倒れこんだ。ザクが助けに来ようとして足を止める。俺が人質の状態では下手に刺激しない方がいいと判断したようだ。その場で悔しそうに歯ぎしりしている。

「っくそ!!下級の癖にっ…!」
『ひひひ。王子の癖に随分と間抜けですなあ』
「ああん??」

 ザクの叱声にも臆さずのんびりと伸びをしていた。悪魔はすでに人間に化けるのはやめていた。人間の1.5倍ほどの背丈の化物が目の前にいる。奴は俺の首を持ち無理やり起こしてきた。痛みで顔が歪む。拘束されていて思うように動けない。

「くっ…」
『ひひひ。それにしても本当だったんですねえ、アクス様のお話は』
「は?」
『王子が人間のお姫様に恋をしてすっかり腑抜けになられたと、悪魔界はその話で持ちきりですよ?』
「...うっせえ」
『否定しないのですね、ひひひ』

 そう言って俺の服を漁ってくる。悪魔が欲しがるようなものは何もない。睨みつけてると悪魔は何を思ったのか

 ビリリリ!!

 鋭い爪で俺の服を引き裂いてきた。

「なっ?!」
『それならここでお姫様を始末させてもらいましょう。悪魔界の為にも。ただその前に、せっかくですから味見でもしてみますかね、ひひひ』
「...っ!!」

 ザクの周りの空気が澱んでいく。やばい、ザクのやつ。

(このままじゃまた暴走してしまう!)

 そんなことを思っている間も悪魔のザラザラの手が俺の体を撫でまわしていく。舐めるようにいやらしい手つきだった。それが気持ち悪くてつい声が出てしまう。

「...っひ、..や、め」
『ひひ、可愛らしい鳴き声ですねえ』
「....!!」

 唇を噛んで声を押し殺す。けれど、その分悪魔の行動は派手になっていった。服の中に入り握ってくる。そのまま顎を掴まれ無理矢理上に向かされた。

「っあ、っ、やめ!っんんっ!」

 ザクの前で口付けられる。ショックで体が金縛りにあったみたいに動けなくなった。ザクも殺気を放って俺たちを睨んでいた。この構図は覚えがある。レインに森でやられたときと同じ。このあとザクは暴走してしまい、俺と、そして自分自身を大きく傷つけることになった。

(このまま暴走させちゃ、だめだ)

 でもどうしたらいい?体は拘束されていて動かせない。ザクも俺が人質で自由に動けない。じゃあ...じゃあ...

(――あっ!!)

 目の前の悪魔を見つめる。奴は口付けた後上機嫌に鼻を寄せてきた。

『なるほど、王子が惚れ込むわけだ。可愛いですねえ、ひひひ。』
「…」
『どうです?私のペットになりませんか?そうすればここで殺すのはやめておきましょう』
「!!...本当か?」
『ええ、悪魔ですが嘘はつきませんよ』

 先の割れた舌を出して笑う。

「...わかった」
「ルト?!」

 ザクが信じられないという顔で見てくる。そちらを見ないようにして頷いた。

「だけど、最後にこいつに歌ってもいいか?」
『歌ですか?』
「うん。別れの言葉の代わりに歌わせて欲しい」
『別れの歌…ふむ。それは私も聞いてみたいですねえ、ひひひ。いいでしょう、どうぞ』
「...ありがとう」

 息を吸い込む。

「夜更かしする悪い子はどこだ
 ザントマンに目をくり抜かれるぞ
 良い子は砂をかけられて眠らされるぞ
 だからねんね、いい子はねんね...」

 歌っていると上から星が降ってきた。

『な!なんですかこれは?!』

 上を見ればザントが懐から星を投げているのが見える。

『ルトさんによくも!これでもくらえええ!悪魔!』
『うぐう?!』

 星が数個あたったと思えば、悪魔の体が一瞬揺らいだ。頭を抑え目眩に堪えるような動きをする。

(よし!少しは子守唄(星の方か?)が効くみたいだな!)

 その隙をついて俺は奴の拘束から逃げだした。ザクのもとへまっすぐ走る。

『っく、逃しません!!』

 悪魔の腕が俺の体を捉える。爪が食い込むほど握り締められた。

「っ...!!」

 しかしその悪魔の腕は

 バシュっ!!

 本体と分断され腕だけまた切り落とされた。バランスを崩した俺はザクの胸に抱きとめられる。

「ザク…!!」
「おいコラ!焦ったろ…!」
「でもなんとかなったろ?」
「なってねえわ、傷一つつけねえ状態で言え」

 服が破れ傷だらけの状態の俺を見て悔しそうに顔を歪める。弱々しく毒づきながらも俺を強く抱きしめてきた。それからすぐに拘束をときザクは悪魔に向かい合う。横にはザントも駆けつけてきた。その腕は震えていたが逃げようとはしない。

(怖いのに来てくれたんだな...ザント)

「てめえ。よくもルトを…死ぬ覚悟は出来てるだろうなあ?!」
『あらら…さすが王子の見込んだお姫様です。一筋縄ではいきませんねえ、ひひひひ』
「何がそんなに楽しいんだ!逃げる場所なんててめえにはねえぜ!」

 ここで消し炭にしてやるとザクが唸っていると

『ひひひ、私がどこから来たのかお忘れですか?王子』

 そう言って悪魔は俺たちとは反対方向へ走り出す。

「待ちやがれ!!」

 急いで追いかけた。すぐに追いつくかと思ったら悪魔が急に姿を消した。

「?!どこいった...?」

 狐につままれたような感覚に言葉をなくしていると、下に底なし沼みたいなものがあることに気づいた。周りは普通のボロい家なのに。地面だけがおかしい。黒い渦を巻いた大きな水たまりがあるのだ。

「ザク、これって…」
「触るな!」
「!?」
「これは呪われた土地とかにある呪いの沼だ。大地の吹き出物とも言われてる。誰かが意図的に作ったものじゃなく、ある一定の間隔で発生する悪魔界へのゲートだ。まさかこんなもんが街中にあるなんてな」
「悪魔界へのゲート?ってことはあの悪魔に逃げられたってことか」
「そうだな...追えねえ事はないが、ルトをこんな場所で置いていくわけにいかねえし…」

 ザクはそういって舌打ちをし、壁を思いっきり殴った。衝撃でパラパラと壁の破片が落ちてくる。

「そっか。あの悪魔が消えたならもういいよ。それよりゲートってどんな悪魔も使えるのか?」
「ああ、使うだけなら誰でもできる。街に出てくる悪魔はこのゲートを使って来てるんだろうな」

 どうりで悪魔をよく見かけるはずだ、と呟くザク。俺は再びその呪いの沼を見た。グツグツと煮え立ちたまに泡が弾ける。その度にどす黒い瘴気があたりに立ち上った。もしかして白服はこれを探していたのか?でも、紋と呼ぶには少し違和感がある気がする。

(...どういうことだ?)

「なあザク、これって塞げないのか?」
「無理だ。そもそもこれは自然現象みたいなもので瘴気がおさまるまでは消えない。」
「そっか…」
「しかしおかしいな。こんな人間が古くから暮らしてる場所に瘴気が発生するわけがないんだよなあ…」
「え?」
「人間が住みやすい場所というのは瘴気が発生しにくい場所と決まってる。悪魔が出てくる場所は言い伝えと共に広がって避けてくだろうからな。」
「なるほど…」
「つまりだ。瘴気を発生させてる別の原因が近くにあるって事だ。それがもしかしたら...」

 そこで言葉を濁すザク。なんだろう、と俺が見つめると何でもないと言われてしまった。

「...へ、...ふぇっきし!!へっくし!!」
「おいルト、大丈夫か?」
「だいじ…へっくし!!」

 寒さでくしゃみが止まらなくなった。そうだ俺、服が引き裂かれてるんだった。今更我に返り恥ずかしくなる。すかさずザクが上着を俺の肩にかけた。

 ぱさっ

「ほら」
「...ありがとう」
『お似合いっすね、お二人は』
「!」

 ザントが少し寂しそうに、でもどこか清々しそうな顔で言った。

『会った時からずっと思ってましたが、おれじゃルトさんには役不足すぎるっすね』
「ザント...」
「あたりめーだ!やっとわかったかショボ妖精が!」

 能天気なザントの言葉で少し空気が和んだ。心なしかザクも雰囲気が柔らかくなる。

「ふむ、無事で何より」
「「!!」」

 突然、ラウズさんが物陰から出てくる。あまりに静かに出てきたものだから一瞬幽霊かと思ってしまった。ザクの服で自分の体を隠す。

「ラウズさん!どうしてここに…いやこの沼の事知ってましたか?」
「もちろん知っておったよ。だからこの地に住む者は皆ここに近づかない」
「こんな危険なところに住んでるなんて...」

 彼らの居住地から呪いの沼まではそれほど遠くない。100メートルもないだろう。この距離では悪魔に絡まれたり巻き込まれる可能性がかなり高い。

「旧市街地がわしらの家だから仕方ない。ここ以外行くところもないしな。ところでお嬢さん、先ほどの歌について教えて欲しいのだ」
「え?」

 そういえば、さっきも聞きたいことがあるとラウズさんは言っていた。もしかしてこの歌のことだったのか。

「その歌を愛していた者がいてな。もう亡くなっているが...よかったら彼の墓で歌ってもらえないだろうか」
「...!」

 隣のザントがびくりと体を揺らす。

「夕方、ゴミをあさりに街へ向かったら、お嬢さんの...その歌が聞こえてね、びっくりしたよ。爺さんの戯言と馬鹿にしていたが本当に知っている人がいたとはね」

 ラウズさんのその瞳は揺れていた。そうか。だから助けてくれたのか。

 (子守唄を知ってる人が旧市街地のここにいたんだ)

 ザントマンが人間界からいなくなった後も歌いながら人伝いに子守唄を残してきたんだ。

『残って…たんすね…』

 ザントを見る。目を潤ませ、体を震わしていた。

(覚えてくれている。今も妖精は誰かの記憶の中に残ってるんだ)

 同じ事を思ったのかザントは力強く頷いてきた。一緒に並んでラウズさんに向き直る。

「...ぜひ、歌わせてください」

 ラウズさんがくしゃりと顔を歪めて笑った。

「…」

 俺は昔から歌はよく褒められた。シオンにも歌い手として仕事をすればいいと常に言われていた。昔から素直になれない俺だったけど、歌ってる時はその作り手の感情をそのまま表現できた。空っぽの俺だからこそ、何色にも染まらぬ純粋な歌が歌えていたのかもしれない。

 ぎゅっ

 横からザクが手を握ってくる。

 (そうだな)

 今はザクのせいで色々染まってるから前ほど真っ直ぐは歌えない。だけど今俺にできることを込めて歌った。俺は昔よりずっと自分の色が強くなった。その分では歌は下手になってきた。でも、今隣で泣いてるラウズさんやザントの気持ちが理解できるようになったからこそ歌える歌もある。

 そんなことを考えながら俺は…今は亡き人に向けて、歌をおくった。


 ***


「ありがとう、これで爺さんも安心して眠れると思う」
「...」
「昔から変なことを言う人だったんだ。妖精がいる、ほらそこに、あ、笑ってるぞ、とか言い出して。この地でも有名なボケ老人だったよ。でも...さっきの歌を聴いて、もしかしたらいるんじゃないかと考えさせられた」
「そうですね。きっと、いると思います...すぐ傍に」

 隣のザントはポロポロ涙を流して泣いていた。その手を握ってやると笑みを浮かべてくる。

「おお、もうこんな時間か」

 ラウズさんが空を見上げる。どうやら星の位置で時間がわかるみたいだ。

「白い奴らももう帰っただろう。家に帰った方がいい」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、また来る事はないかもしれんがいつでも歓迎するよ」
「はい。その時は是非挨拶に来ます」
「ああ待ってるよ」

 ラウズさんに言われた通りに路地を進むと、五分もせず街の中心部に出ることができた。いつもの噴水広場が見えてくる。

「戻ってこれた...!」

 伸びをした。今日は長い一日だった。しかもかなり濃い一日。ザントも横で伸びをしている。

『ん~~!はあ…本当にありがとうっす、ルトさん』
「ん?」
『おれ、この街に来てよかったっす。人間に会いに来てよかった。昔みたいに...一緒に生きることはできなくても違う形ならもしかしたら、って思えたっす』
「うん、きっとやれるよ」

 牧師と悪魔が恋人になれるぐらいだからな。なんて皮肉を言ってやるとザントはツボに入ったようでかなり笑っていた。

『さてじゃあそろそろ帰るっす!』
「ああ、妖精の世界でも元気でやれよ」
『はい!ルトさんも悪魔さんもまた』
「っけ、もう二度と来んな」
「って言ってるけど、今度はお土産もってこいよって意味だから」
『はは、お任せあれっす!妖精特製の酒をもってくるっす』

 手を振りながら空に飛んでいく。夜空の星に溶け込むように姿が見えなくなった。見送った後安心したのか、俺は欠伸を思う存分した。隣のザクにもそれが移ったようで欠伸をしてる。それからしばらくお互い黙っていたけど

「帰るか」
「ん」

 一緒に、同じ場所に帰る嬉しさを噛み締めながら、俺達は帰路につくのだった。


 ***


 その後、俺達はクタクタのドロドロになった体をシャワーで洗い流し、倒れるように眠りについた。...と言いたかったのだが。

「なんかムラムラする」

 ザクの唐突な呟きでそれはなしになった。シャワーを浴びたあと剥ぎ取られる勢いで服を脱がされる。

「もうっ...かんべん、しろ!馬鹿ザク!」
「ムリもう一回」

 何度も中で出された。俺もそれなりに達した。色々わからないことが多いけど、こうして抱き合っているとなんでもいい気がしてしまう。ほんと馬鹿にできてるな、人間の脳って。

「けけ!気持ちいい時は嫌な風に考えねーもんなんだって」
「へーそうなんだ...なんか死にたいなー欝だな(棒読み)」
「んなっ生意気なやつだな~仕方ねえ気持ちよくなるまで止めない戦法で行こう!おらっ」
「ーーっうわ!まだやる気かよ!」
「墓穴を掘ったな~ルト」

 ちゅっと汗をかいた額にキスされる。ああもう。抵抗する気力も、理性も今の俺にはなくて。そのままもつれるように口づけを繰り返した。







 そうやって気が済むまで交わったあと、意識がなくなる寸前、ザクの声が聞こえた気がした。それは俺やザントが口にした子守り唄と同じもので。

「~~♪」

 でもどこかアレンジされてて、なんだか眠りかけていた俺にはちょうどよかった。ぽんぽん、とゆっくりと肩を叩かれその感覚でさえ気持ちいい。無意識にその手を握っていた。

 優しい優しい子守り唄

 俺にも言ってくれる人がいるんだと思うと

 自分は幸せだなと実感するのだった
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