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第九章「波乱のダンスパーティ」
12時のダンス
しおりを挟む「暴れると怪我をするぞ」
そういって牙を剥くエス。とっさに俺は逃げ出そうとするが相手の馬鹿力のせいで無理やり抑え込まれた。肩のすぐそこに牙が迫ってくる。
「くっ・・・やめろっエス!エス!!目を覚ませ!!」
「うるさいな。オレは起きている」
「そうじゃなくて!!」
「心配するな、痛いのは最初だけだ。オレの歯には麻酔作用の毒がある」
「そういう問題じゃない!!...それに」
「まだ言いたいことがあるのか」
(それに...!!)
言いたいことがたくさんありすぎて、言葉に詰まった。どうして、どうして狼族の姫と楽しそうに踊ってたんだよ。どうして・・・どうして関係ないはずの俺がこんなにむしゃくしゃするんだよ。姫と並ぶエスを見た時俺は嫉妬していた。
(どうして)
自分でも意味がわからなくて、そのまま黙りこんでしまう。エスは表情の読めない顔で見てくる。
「何故、泣くんだ」
「...!!泣いてなんかない!これは!」
これは?
(この気持ちは一体なんなんだ)
わからない、でも、これだけは言える。
「お前はこんなところで、俺なんか食ってる場合じゃないだろ、エス!!」
「...!」
冷水をかぶったように、エスの表情が変わった。
「。。。」
熱を帯びた体は徐々に冷えていき、瞳が金色に戻っていく。そのまま俺の体から牙を離した。
「す、まない。。ルト」
何に対しての謝罪なのかわからず返事に困る。俺は黙ったまま自分の頬をこすった。涙やら血やら化粧やらでドロドロだ。エスがふと部屋を見た。部屋のどこにも狼男の姿がなかった。部屋に一つしかない扉が大きく開けられている。
「に、逃げられた!追いかけよう!エス!」
「ああ!」
俺が走るとそれに続くようにエスも走り出した。廊下に出て左右を見る。
(どっちにいったんだ??)
「こっちだ」
「!」
ぐいっと腕を引かれる。エスの体温が手を通して伝わってきた。暖かい。そのまま言われるように城の中を走っていると
キャアアアアア!!
ダンス会場になっていた大広間から悲鳴が聞こえてくる。一足遅かったようだ。急いで俺たちも広間に入った。
「ガハハハ!!動くな!!吸血鬼ども!」
中央で自慢の爪をブンブン振り回し吸血鬼たちを脅かしている狼男の頭。
「あのリーダー、エスにあんだけ叩かれてよく立っていられるな」
「頑丈なやつだ」
俺が呟くと、エスもぼそっと呟いた。
「俺らはなあ!お前らと組むつもりなんざサラサラねえんだよ!!なんでだと??っは!わかってるんだぜ!!上っ面じゃ友好だとか言っときながら、どうせ頭の悪い俺らを馬車馬のように使い走るつもりなんだろう!このっ陰険万年貧血種族ども!!」
「陰険万年貧血種族...」
「一理ある」
「いや、エスも半分そうだろ」
「まあな」
エスに突っ込みつつ狼男の動向を見守る。吸血鬼たちは何が何だかわからない、というような表情をしていた。逆に、狼男たちは複雑な顔をしている。頷くもの、目をそらすもの、今の今まで繋いでいた吸血鬼との手を離すもの。否定できない、という感じだ。
「だから俺らは、お前らにこき使われる前にぶっ潰す!!」
拳を突き上げ吠えるリーダー。それを見た広間中の狼男たちがどんどん戦闘態勢に入ろうとする。吸血鬼たちもつられるように臨戦態勢へ。
「やばい!このままだと全面戦争になっちゃうんじゃっ」
「くっ」
俺とエスは広間の中央に走った。これ以上変なことを言う前にリーダーを黙らせなければ!!一触即発。会場全体がそんな状態になっていた。その時――
『鎮まれ!!!!狼の血族達!!!』
低く、唸るような声が会場に響いた。まるで獣のうなり声のような腹に響く低音。皆が動きを止め声の主の方を見る。
カツ、カツ
声の主は広間の隅から堂々とした態度で人混みの中心に移動していく。
「って、え?!ヴォルドさん??」
俺は戸惑いを隠せずその人物を見つめた。その視線に気づきヴォルドさんがこちらに視線を向ける。
「ルトちゃん」
俺に手を振ってくる姿はヴォルドさんの以外の誰でもないが。
「ヴォルドさん...どうしてあなたが」
「まあ、おじちゃんに任せてちょ」
ぽん、と肩を叩かれそのまま広間の中央に立つ。ついでに言うと、吸血鬼たちの大事なピカピカに磨かれた食器の並ぶテーブルの上に飛び乗っていた。
「血族達よ、皆、落ち着け。今日は大事な祝いの日だろう、こういう時は酒でも飲んで楽しく」
「あんたがそんなんだから俺らは余計心配になるんだっつの!!」
頭が自らの爪をヴォルドさんに向けた。ヴォルドさんは困ったなと頭をかく。
「まあ、おじちゃんは頼りないよなあー、だが、マイアだっているじゃないか」
「女の頭なんて認めねえ!」
どうやら狼一族の頭をめぐっても色々あるようだ。ヴォルドさんが血統的にいえば最有力っぽいが彼を見た感じじゃ全くやる気がなさそうだし、エスと踊っていたマイア姫が仕方なく名乗り出たってわけか?それを快くおもわない奴らの怒りの矛先がレインのせいで、吸血鬼に向いた。
(とんだトバッチリじゃん...)
「とにかくだ!!ここで屈服したら俺らなめられちまう!ぜってー譲れねえよ!」
「うんうん。そうだな、君の言いたいことはよーくわかった」
「わかってくれたか!」
「でもそれはまた家に帰ってから話そう。ここは他のお客様もいるんだし」
「んなっ!とかいって逃げるつもりじゃ」
『四の五の、煩い』
再び響く、ヴォルドさんの低い声。人間では出せない声域はやはり狼男故か。
ドガアアン!!
タイミングよく広間の端で爆音がした。酔っ払った客が暴れてるのかわからないが、ヴォルドさんのセリフがより迫力を増す。内臓に直接響くようなこの声に、会場にいた全員が口を閉じた。いつもヘラヘラ笑ってるヴォルドさんの真剣な顔には、恐ろしい効果がある。ヴォルドさんはまだ狼化してないのに・・・それなのにざわざわと鳥肌が立った。声だけでこの威力。
(実はかなりカリスマ性があるんじゃないのかこの人)
そう思わざるを得ない。ヴォルドさんが両腕を広げ、訴えるように、会場にいる一人一人と目をあわせていく。
『今日は吸血鬼たちと争うために来たわけじゃない。そうだろう』
「...っしかし!」
『そんなに一族の未来が不安なのならこれでどうだ』
突然、ふわりと体が浮く。
「え??!」
突然のことで驚いたが、ヴォルドさんに抱き上げられていた。
「えええ?!ちょ、ヴォルドさん?!」
『我はこの者を嫁にもらいたいと思っている。この者は吸血鬼だ。つまりこれから狼族を引っ張るのは吸血鬼との混血ということになるわけだ』
「な!!正気ですか!」
『時代に適応できなければ淘汰されるのみ。吸血鬼たちと組む方が得策だと考えた、それだけだ』
最後の一人である狼男も口を閉じそれ以上何か言ってくる様子はなかった。
『よし』
満足げに頷いたヴォルドさんは俺を姫だきしたまま床に着地した。
ストッ
着地しても床におろしてもらえない。いや、早くおろしてください。そこら中から向けられる視線が痛い。色々突っ込みたい所だが、流石に言えない雰囲気だった。ヴォルドさんが一度会場に頭を下げてから話しだした。
『お騒がせしてすみません、吸血鬼の皆様。我々の血族がご迷惑をおかけしました。あとでよく言っておきますし破壊してしまったものについても我々で保証いたします』
族長の紳士的な態度に、吸血鬼たちがほっと胸をなでおろした。
『しかし、我らの中にはこう考えているものもいることを忘れないでいて欲しいのです。全てを踏まえて、我らと歩み寄っていただきたい。』
シーンと、静まり返る広間。その沈黙を破ったのはエスだった。
「わかった」
エスが前に出てそういった。マントを正しヴォルドさんをまっすぐ見た。俺の方にもチラリと視線を向けてきたが、すぐにヴォルドさんの方にを戻してしまう。
「吸血鬼代表で、オレが約束しよう」
『ありがとう、若き城主』
二カッと笑ってエスと握手した。場内から拍手があがる。
「これからまた不満が出てくると思う。だが、それを乗り越えることで、より強い絆が作れると信じている」
「賛成だ。おじちゃんも喧嘩は嫌いなんだ」
「はは、変わった狼男だな」
「君も随分吸血鬼らしくない、そういうの嫌いじゃないよ」
二人はすっかり打ち解けたようで、周りを取り囲む者たちも少しずつ元の位置に戻っていった。
「っそろそろ!!いい加減!おろせ!!」
ジタバタと暴れてやると、今やっと思い出したというような顔をするヴォルドさん。
「ごめんごめん~ほい」
「っとっと!」
「。。。!」
バランスを崩しこけそうになったのをエスに支えられる。
「ありがと、エス...エス?」
「。。。」
姿勢が保てるようになったのにエスの腕が一向に離れる気配がない。むしろ深く抱きしめてくる。
「???」
「。。。ルトを嫁にするという話は、本気か」
感情を押し殺した低い声で問い詰めるエス。いや、何怒ってんの。あれはあの場を収めるための嘘だろ。そうだよな、ヴォルドさん?と視線を向ければ、あははと笑われてしまう。
「ん?アハハ~うーん困ったなあそれ今言わなくちゃダメ?」
「。。。これからうまくやっていくためには隠し事は避けておきたい」
「そうか、うんわかった。」
何度か頷き、やがて納得したような顔をするヴォルドさん。
「おじちゃんは至って本気だよ。彼を、ルトちゃんを伴侶にしたいと思ってる」
「。。。」
「ええっ?!!」
俺とエスは同時に声をあげた。いや、エスは喋ってないか。でも俺よりずっと動揺してるようだ。
「...?っていうかヴォルドさん!俺が男だって知ってたんですか!」
「ん?最初から知ってたけど?」
「...!」
今度は俺が愕然とする番。なんだよ、皆して...騙されたフリしやがって!!みんなを騙せていたと思ってたのに...全然女装が通じていないなんて。なんのために女装したんだろ、俺。脱力しエスにもたれかかると、俺を掴む手の力が強くなった。
「?エス?」
「オレも...」
~♪~♪
「?!」
突然の演奏。ゆったりとした、それでいて少しさみしげな曲が流れ始める。
「12時のダンスの時間か」
ヴォルドさんが広間の奥にある時計(100m程離れたとこにあるのによく見えるな...)を見ていった。
「ちょうどいいね、ルトちゃん」
ぐいっと腕を引かれる。片手だけヴォルドさんに掴まれていて、もう片方はエスの体に抱かれていた。すごく不安定な姿勢。
「ここでおじちゃんと吸血鬼の城主である彼が争うわけにはいかない。君が今日の相手を決めてほしい」
「えええっ」
困ってエスの方を見る。エスはじーっと熱のこもった目でこちらを見てくるだけで何も言ってこない。ふと、視線を感じて周りを見る。会場の者たち皆が俺の視線を避けるようにそらした。どうやら、俺たちのやり取りの一部始終を皆見ていたらしい。
(恥ずかしすぎる・・・!)
いち早くみんなの視線に気づいたヴォルドさんは、修羅場をさけるためにこういったのだろう。わかってます。わかってますけど、待って、俺の意思は?女装のままダンス相手(男)を選ばなきゃいけないってどんな苦渋の決断?
(...でも、仕方ない、よな)
ここまできたのは自分の意思だし、エスとヴォルドさんを両方助けるにはこうするしかない。自分の行動には責任を持たなければ。俺のせいで二人が、二つの種族が争うようになったらだめだ。
「...、わかった」
「ありがとルトちゃん」
「ルト」
ここまで巻き込まれたらどうなっても同じな気がする。俺は一度、その二人から離れた。そして再度俺が手を取ったほうが相手ってことにする。察した二人は、膝まづいて俺に手を差し出した。うわ・・女の子ならこんなシュチュエーション一度は夢見るんだろうな、なんて考えながら・・・俺は片方の手を取った。
「ルトちゃん...」
ヴォルドさんが立ち上がる。そして、何も言わず去っていった。
すっ
俺は繋いだ方の手を取り、エスを抱き起こす。
「ルト」
「いっ、言っておくが別に俺はエスを選んだわけじゃない、消去法をしたらエスが残ったってだけでーっぶえ」
エスの胸に押し付けられ息が止まる。
(えっエス?!)
酒の入ったエスは いつもより動きが早い上にオーバーになっている。気恥ずさに知らず知らず頬が熱くなった。
「エス!みっみんな見てるから!」
「もう、無理だ」
「ええ?」
トイレでも我慢してるのか。そう言ってやりたいとこだったけど、エスの真剣な顔を見て言葉を飲み込んだ。
「今まで。。困らせたくないと思って言わなかったが」
「...エス?」
「ルト」
ゴーン・・・ゴーン・・・
十二時の鐘が鳴った。そして目の前の唇と、重なる。
「!!」
舌の入らない、触れるだけの優しいキス。こんなの初めてで、どう反応したらいいかわからなかった。そのままぼーっとエスを見上げてると
「ルト、好きだ」
告白された。脳内でエスのセリフをきちんと処理できるまでには相当な時間がかかる。
「え、え・・・えええっ!!エスが俺を?!!」
あまりにも予想外の言葉に思考回路は停止していた。
(え、な、なんで...だ、だってエスは友達だし、俺ら男同士だし)
ありえないと否定する反面、マイア姫と一緒にいるエスを見ているのは嫌だと感じたことを思い出し余計混乱する。自分の気持ちがわからない。
「ルト」
否定ではない答えに安堵したのかエスが再度口付けてくる。
「ーっ」
添えるだけの、もどかしいようなキス。レインの時みたいな気持ち悪さはない。安心するかのような感覚に目を閉じて応じる。だが、次第に体が疼き始める。
(おかしい、体が熱い・・・?なんで、俺・・・)
レインとジャックの次はエスって・・・こんなんじゃ俺とんだ淫乱じゃないか。森の時もそうだけど、俺実は相当やばい性癖なのか・・・?なんだか自分が怖くなった。
(・・・ザク)
森のことを思い出すと同時にザクの顔も浮かんだ。そしてレインに見せられた映像を思い出す。女性を抱いてキスしてるザクの姿。
(今までずっと、ああやって遊びまくってたのかよ、馬鹿悪魔・・・!)
イライラを当てつけるように、ぐっと目の前の男に口づける。夢中になった俺はつま先立ちになり、深く口づけようと自分から動いた、その時だった。
『...る、ルト...!!?』
広間の大きな窓に誰かがいた。その男は俺たちの姿を凝視したまま動きを止めている。赤髪に黒い眼帯の男のそいつと、エスの肩越しに目があった。
「・・・ザク・・!?」
(ああ、これは、やばい)
そう思ったがすでに遅かった。
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