牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第九章「波乱のダンスパーティ」

臆病者

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「んで~おじょーさんの名前はあ?」
「え?」
「オレサマ、おじょーさんに一目惚れしちゃったんだよなあ~」
「…」

 てっきり俺に気づいて話しかけてきたのかと思ったが。こいつは俺の正体に気づいてないようだ。

(まあ確かに、あの時こいつと顔を合わせたのは数秒だったし)

 なんたって今の俺は女装をしてるのだ。わかるわけがない、と信じたい。

「おじょーさーん?むし~?」
「あ...る、ルナです」
「ルナちゃんね」

 顔を寄せてくる。酒臭いがジャック本人は酔ってないようだ。真っ白な顔をしている。ザクと同じで悪魔は酒に耐性があるのかもしれない。そんなことを考えているとジャックの指が俺の顎をとらえた。

「なあ、こんなつまらねえ所出てさ、オレサマとイイ事しね~?」
「...」

 悪魔ってのは皆こんなノリなのか。呆れてしまった。その指を叩き落そうと思ったその時、俺はあることに気付く。

(そうだ、これってレインを探れるチャンスじゃないか?)

 こいつ自体はちょろそうだしレインの情報を手に入れる千載一遇のチャンスだ。叩き落すのをやめて、逆に両手で包んだ。

「じ、ジャック様はどこからいらしたんですか?」
「ん~?」
「あまり見かけない衣装でしたので」
「そらそうだ!なんたってオレサマ、最近来たばっかだしー!方向的には、あっちの山奥の街からかな?」

 ジャックの指した方角には、ずっと前に俺とザクが訪れたゴーストタウン(今は元通りの)がある。レインも、あの街を長居するつもりはないと言っていたが、ほんとに移動してくるとは。

「そうなんですね。遠方からこちらに来られた理由は何ですか?」
「そりゃ仕事があるからだぜ」

(仕事...?今度は何をするつもりだ)

 使い魔を連れてきてまで一体何の用だ。またテロまがいな事件を起こす気か。

(レイン・・・)

 会場の中央で大勢の女性に囲まれてるスーツ姿のレインを見る。誰か一人と話すわけでもなく、万遍なく談笑をしてまわっている。何も知らずに見れば、ただのイケメンで済む話だが...この男はそうはいかない。

「仕事...熱心ですね」

 そうとだけ言って俺は俯いた。

「へへ!食いっぱぐれたくねーし...何よりマスター、っと、いけねえ上司だったな、上司がこええからな」
「...」
「なあっそんなことよりー」

 ジャックが俺の手を握り返し、指先をねっとりと舐めてきた。手袋をしていないため、直に暖かい舌が指にあたる。

(...!)

 一瞬だけ見えた。コイツ、舌の先が割れている。隠しようのない悪魔の特徴。俺の勘違い、という線が消えて一層絶望させられる。人違いならどれだけ良かったか。

「ルナちゃんの指おいしいな~」
「やめてくださいっ」

 舌から逃げるため急いで手を戻す。ジャックは上機嫌という様子でペロリと自らの唇を舐めて濡らした。赤い舌が見える。ゾクリと嫌な予感が駆け抜けた。

「匂うなあ」
「へ?」
「なあんか、ルナちゃんから匂うんだよ。悪魔の欲望の匂い、獣の匂いっての?」
「っ?!」

 悪魔や妖精にしかわからない匂いのことだろうか。

(俺からザクの匂いがしてるのか??)

 匂いが残ってるとしたらここで話し続けるのは危険だ。万が一バレても人が多いところなら表だって襲ってこないとは思うが。

 (相手はあのレインだし、わからないよな)

 俺は慌ててカウンターから離れようとした。だが、ジャックの腕で阻まれてしまう。目の前にはギラギラと目を光らせる悪魔。身動きが取れない。

(やばい・・)

 後ずさる事もできず、ただジャックを見上げて睨む事しかできない。すっと俺の顎に指がそえられた。

「そういう匂いとか、上書きしたくなるのが雄の本能ってやつなんだなあ~」

 にやりと下品に笑う悪魔。奴の舌を引き千切ってやりたい。流石に会場内では手を出してこないだろうと思って探りを入れたが、考えが甘かった。

「つーか。この匂いどっかで嗅いだことある気がするんだよなあ、どこだっけか…」

 構わず触ってくるし、しかも奴の舌が首筋をなぞってきて体が震えた。寒気がする。

「ちょ...っここ、どこだと思ってる!離せ!!」
「オレサマ見境無い男なんだよ」
「自分で言う奴がいるか!」
「ここにいるぜえ!」
「くっ…!もう!ほんとやめ...!!」

「あれえ、君らお盛んだね」

 色々と俺に限界が来た時だった。天からのお告げならぬ、主催者であるアイザックから声がかかった。ジャックは行為を止めて視線だけそちらに向ける。

「なんだてめえ」
「いや~別においもそういう行為について異論はないんだけど、ここはパーティ会場なのを忘れないでよ」
「あ゛・・・?」

 捕食の邪魔が入ったせいでジャックの機嫌はみるみる悪くなった。悪魔が怒ったときに現れる黒い霧がかすかに漂ってきた。

 (いや、それでるの早すぎだろ!)

 今更ながらザクが実は大人しめな悪魔なのかと思い始めた。てかこんな事考えてる場合ではない。アイザックさんが危ない。

「ちょっ!すとっぷ!ジャックさん!」
「てめえ邪魔だってわかんねえの?失せろやっ」

 全く聞き入れてもらえない。俺が必死に服の袖を引っ張っても霧は収まらない。むしろどんどん濃くなった。アイザックはその異変に気づいてるのか気づいてないのか、表情の読み取れない顔をしている。無表情、という感じの能面顔だ。

「邪魔はしたけど、無粋なことをしてるつもりはないよ。だってこの場にとっての無粋は君の方だからさ」
「あああ!!?」

 ジャックの苛立つ声に反応して近くのグラスが割れた。それをアイザックは無表情で見てまたこちらに目を戻した。

「もう一度言うよ。今なら不問にしてあげるから、さっさとその子から離れてくれるかな?」
「...っは!バカじゃねーの?!オレサマを誰だと思ってんだ!!」

 叫んだ次の瞬間、付近のグラスが割れる。そしてジャックは腕を広げアイザックに襲い掛かった。

(だめだ!!)

 俺はジャックを止めようと手を伸ばすが、ぶかぶかの革靴のせいでこけてしまう。

 ヒュンッッ

 鋭い爪がアイザックの喉を狙う。

「アイザックさん!!!!」

 キィィィィィィンッ

 突如、甲高い音が会場に響き渡った。剣と剣がぶつかるような鋭い音。アイザック本人は顔色を変えず、静かに悪魔を見下ろしてる。無表情の口が三日月のように曲がった。まるでその姿はチャシャ猫のよう。

「てんめえ・・・」

 襲いかかろうと腕を広げた姿勢でジャックは体を止めていた。アイザックは先ほどと全く姿勢が変わっていない。というか指一本動かしていない。奴の爪を受け止めているのは、白銀の刃だった。

(剣?!)

 アイザックは腕を組んだ状態で立っている。

「ありがとにゃークリス」

 ジャックの爪を受け止めているのはクリスだった。どこからそんな大きな剣をだしたんだと驚きを隠せない。

「グルルル・・・っ」

 納得できない、とジャックが睨みつけると剣先が消え瞬時に奴の喉元に突きつけられる。

「このまま突っ込んできてもいいけど、先に死ぬのは君だよ?」
「はっ!威勢がいい人間だなあ??ここで暴れたら…上司に怒られっから、仕方ねえ…今回は引き下がってやる」
「そう、出口はあっちだよ」

 まるで家族を迎えるかのような優しい笑顔で出口を指差すアイザック。それを舌打ちで応えてジャックが歩き出す。途中でふと気づいたかのように俺に向き直ってきた。

「ルナちゃあん、今日は邪魔が入ったが今度見かけたら容赦しねーから」
「...」

 俺は何も答えず、睨みつけた。それを見てぺろりと舌なめずりをするジャック。そのままアイザックとクリスの方を一瞥し、悪態をついた。足は出口に向かっているが。

「お前らの顔覚えたぜ。今度会ったらぶっ殺す」
「あはは、怖ーい」
「...」

 特に気にしてない様子の二人。一般人かと思ったけど流石バンの知り合いというだけある。とんだ化物二人組だ(ザクレベルの悪魔を一瞬で牽制するなんて)。

「はー・・・」

 ジャックの姿が消えてやっと緊張がとけて、その場に座り込む。

「大丈夫かい、ルトくん」
「あの、アイザックさん、クリスさん。すみません助かりました」
「いいってことにゃ~おいの神聖なパーティを汚そうとしたんだから、相手が誰であろうと血の制裁を下すさー」

 血の制裁て。うっすら血のついた剣を持つクリスを従えて言われると全然冗談に聞こえず(ほんとに冗談じゃないのかもしれない)顔が引きつってしまう。クリスが俺に近づいてきた。そして無言のまま手を差し伸べられる。剣を持つ手ではない方だったが突然の事に、反射的にはねのけてしまう。

「あ、ごめ...」
「...」

 一瞬、顔をしかめたクリスだが、次の瞬間

 ぐいっ

 俺の腕を掴み軽々と引っ張ってくる。床に座り込んでいた俺はそのままクリスの腕の中にすっぽりと収まり、無理やり立たされた。

「...臆病者」
「う、うるさい!」

 ぼそっと馬鹿にされ頭にきた俺は、クリスの足を軽く蹴った。それに対しクリスは蚊に噛まれたか程度に瞼をちくっと揺らすのみ。それがまたむかつく。

「ちょっとちょっと恋人の前でイチャイチャしないでよー」
「...」
「え、今のどこがイチャイチャ?!」

 アイザックが楽しそうにクリスの首に腕を巻きつけた。これは俺のものと言わんばかりに。安心してください。こんな奴、こっちから願い下げです。

「おーい、アイザックー!クリスー!?二人共どこいった...って、お!!ここにいたのか、っと、ルトも一緒か」

 そこで何も知らないバンがやってきた。後ろにハートマークを目に浮かべた女性たちの列が出来てる。流石の人気だ。

「この色男め」
「はは、そっちはどういう状況なんだ?」

 俺を抱きしめるクリス、そしてクリスの首を抱くアイザック。この図に疑問を浮かべたのだろう。バンが頭をかしげ怪訝な顔をしている。

「ひょっとして修羅場?」
「あはは、シュラバシュラバ~」
「ち、違う!アイザックさんも笑ってないで否定してくださいよ!」
「だってある意味修羅場だったじゃーん」
「...俺はアイザックだけだ」

 各々証言が違うことに余計顔をしかめるバン。

「なるほど?とりあえず仲がよくなったんだな。よかったよかった。ったく、酒の追加頼んでくるっていったきり姿を消して、探したんだぞ」
「ごめんごめん!ちょっとした片付けだよ」

 訝しそうにしていたバンは、クリスの手にある、血のついた剣を見て納得したようだ。

「自警団団長は大変だな」
「じけいだん?」

 俺が疑問をそのまま口にするとアイザックが説明してくれた。

「クリスはこの街のナイト、騎士なんだよ。」
「な、ナイト...?」
「...」
「はは、補足するとだな。カラドリオスという街じゃ警察はほとんど機能してないんだよ。色々あって無力化されててな。その代わりに自警団が街の治安を維持してるんだ」

 バンが説明に後付していく。

「そんでもって、その自警団を指揮してるのがコイツ、クリス・ハート様だ。通称“騎士様”だっけか。街の少年たちの間じゃヒーローなんだぜ」
「...」

 クリスは、騎士様と呼ばれた瞬間バンを鋭い目で睨みつけた。その呼び方は気に入らないらしい。

「まあ、ともあれ街もおいも守ってくれるカ~ッコイイナイトなんだよ?わかったかい、ルトくん」
「へ、へえ...」

 こんな仏頂面が。

「にしてもバンが急にパーティ参加したいとか言い出したから...捨て猫でも拾ってきたのかと思ったよ。とんだお姫様を連れてきたもんだー」
「ははは」
「じゃじゃ馬」
「っな!聞こえてるからな“騎士様”!」
「...!!」

 俺とクリスが睨み合う。それを楽しそうに見てるアイザックとバン。不思議な出会いをした一日だったけれど、それからは何も問題なく過ぎていった。バンたちと飲んでれば変な奴も絡んでこなかったし、何よりレインの姿を見かる事はなかった。

 いっそ全て幻覚だったんじゃないかと思うほど、楽しい時間だった。


 ***


「はあ...」

 化粧を落とし寝巻きに着替えた俺は一人ベッドに寝転がる。まだ耳がジンジンする。パーティは楽しかったが中でかかっていた大音量のBGMに耳がやられたようだ。

 =ルトにい~寝れないの?=
「あ、リリ、起こしたか」

 布団に入ろうか悩んでると、窓際の小さな布ベッドからリリが顔を出した。すでに十二時を過ぎていてもうリリは寝ているものだと思っていた。

 =ルトにいのあしおとがきこえたの~=
「ごめんな」
 =んーんー=

 ぱたぱたとこちらに飛んでくるリリを手のひらで優しく包み込む。指の隙間からもきゅっと飛び出るリリの小さな頭。愛らしいその姿を見てると耳の痛みも靴擦れの痛みも飛んでいった。

 =どこかいたいの?=
「え?痛くなんかないぞ」

 この通り、ピンピンしてるし。五体満足の体を見せてやるがリリは頭を横に振って納得してくれない。

 =いたそう=
「な、なにがだ?」
 =ルトにい、泣きそうなの=
「え...」

 リリが力いっぱい翼をはためかせ主張する。どうしてそんなことを言うんだろう。不思議に思っていると

 =お友だちのダイジナモノこわしちゃったの?おばけみちゃったの?コワいものにおいかけられたの?=
「...あ、」

(・・・そうか)

 俺、無意識で気づかなかったけど、

(レインの姿に怯えてるのか・・・?)

 パーティ会場ではバンもアイザックもクリスもいた。いざとなれば助けを呼べる人がいた。でも今は誰もいない、静かな教会で一人。同じ街にレインがいると思うと、今もどこかで見られてるような感覚に陥ってどうしようもない恐怖が襲ってくる。

(こういう時に限って、あいつはいないし...)

 深くため息を吐いて、これ以上リリに心配をかけぬようなんとか笑顔を浮かべた。

「大丈夫、俺はなんともないよ」
 =ルトにい...=

 そう言ってリリの頭を撫でてやろうとした時だった。

 ギシッ

「!!」

 ただの床の軋む音なのに、過剰に反応してしまう体がとても情けない。リリは何が起きたのかわからないという顔で目をパチクリとさせてる。

「...臆病者め」

 クリスに言われたことを今度は自分に言い聞かせた。こんなことで怯えてたらダメだ。ザクに守ってもらわなくてもいいように、自衛できるようにならないと。リリを抱きしめながら必死に言い聞かせる。




「それでオレのとこに避難してきたのか」
「……本当にごめん」
 =こんばんわ~=

 腕の中にいるリリがまるで遠足気分と言わんばかりのテンションで挨拶をする。今、俺はエスのアパートまで来ていた。時刻は二時過ぎ。まあ普通の人間は寝てる時間だろう。

 結局俺はあの後一睡もできなかった。リリも俺の緊張を感じ取ったのか眠れない上、最後は何故か泣き出してしまって。このままではいけないとエスのとこに避難しにきたのだ。避難といってもこんな時間にアポなしで訪れたから、押しかけるに近いだろう。レインたちのことを話せば心配させると思い、怖い夢を見たと説明したが...さすがのエスでも困った顔をして部屋に入れようとはしなかった。

「。。。」
「あの…突然押しかけておいて本当申し訳ないんだけど…リリだけは部屋で寝かしてもらえないかな…」
「ルト」

 俺の言葉を遮ってくる。エスはため息をつきつつ玄関の扉を閉めた。俺とリリを部屋に入れてから鍵を閉めた。

「ルトもリリも泊ってくれていい」
「!!」
「ただ、寝てる間はオレに近づかないと約束してくれ」
「わかった!ありがとう!」
「。。。」

 エスはそのまま床を片付け始める。俺も横で手伝った。リリは早くも寝床(エスの洗いたての服の山)を見つけてうたた寝し始めている。エスの髪から雫がぽたぽた落ちてる。どうやらシャワーを浴びたとこだったらしい。

「エス、ごめんな、急に押しかけて」
「。。。」

 珍しく返事をしないエス。怒ってるのかゴミを黙々と片付けている。俺は空気に耐えられず話しかけた。

「シャワー浴びたばかりって事は帰ってくるのも遅かったのか?」
「ああ、仕事の関係でな。いつもこれぐらいかもっと遅くに帰ってくる」
「へえ...」

 自立したいから、と祖父からの仕送りは一切断っているらしい。街で働き始めたらしいが無事続けられてるようで何よりだ。

「こんなもんか」

 ゴミを集め終えて一段落したところで、エスと俺はつまみを軽く食べながらぼーっと座っていた。おもむろにエスが口を開く。

「ルトがベッドを使え」
「いや、悪いよ、俺は床でいいし」
「。。。」
「なあ、なんか枕にできそうなのあるか?」

 漁っていいものかと躊躇したが、反応がないのでごそごそと部屋で目標のものを探した。お、これいいな。クッションを取り出し頭をのせてみる。ばっちりだった。すぐに瞼が重くなってくる。うつらうつらと現実と夢の狭間を彷徨ってると、視界いっぱいにエスの顔が現れた。それが夢の中の映像なのか、現実のものなのか判断がつかない。

(顔、近いって...)

 眠さに負けて俺はそのまま目を瞑ってしまう。そして、そのまま俺は眠りにつくのだった。


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