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第九章「波乱のダンスパーティ」
第34代街長の孫
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***
美しく磨かれた白い石壁。ずらりと並んだ真っ赤な薔薇の庭。門には大きな銅像があり、その家の持ち主の裕福さがありありと伝わってくる。
「すっごてん」
こんな豪華な家見たことなかった。圧倒されていると、バンが楽しそうに笑った。
「ははは、外観はすげーよな」
「まさかここがバンの…」
「家だ」
「ええええっ」
驚いてもう一度家に視線を戻す。薔薇の壁から庭師らしき男が出てきて、帽子を外して挨拶してきた。奥には使用人らしき者達もいる。
(嘘だろ、この家がバンの...??)
広すぎる庭に使用人のいる大きな屋敷。バンの言動的にてっきり下町っ子かと思ってたが、まさかこんなお坊ちゃまだったなんて。
「ルト?大丈夫か?まあ入りたくなかったらここで待ってればいいからさ。ちゃっちゃと着替えてくるし」
「い、いや、行くよ。焦らせたら悪いし」
「そっか。じゃあ一緒に行くか」
堂々と門をくぐるバンに恐る恐るついていった。落ち着かず、屋敷に入ってからもきょろきょろと見回してしまう。執事が出迎えてくれて上着を預かってもらった。人の家に訪れてこんな対応されたのは初めてだ。
「あのさ...バン」
「んー?」
「答えたくなかったらいいんだけど...お前何者?」
ちょっと顔が広いだけの道案内&情報屋じゃないの?急にバンが遠い存在のように思えてしまった。廊下を進みながらバンは近くの壁に立てかけてあった肖像画を指差す。白髭をたくわえた品の良さそうな老人が写っていた。肖像画の下には“第34代街長”という文字が。街長というのはカラドリオスの街長の事だろう。
「あれ、俺のじーちゃん」
「え!!!?つ、つまり...」
「じーちゃんが前代の街長で今の街長は親父だ」
「!!!!」
つまり街長一家。
(カラドリオスで一番偉い奴の息子?!)
まさかの事で頭がついていかない。
「ていっても俺は息子と思われてないんだ。親父や親族の反対を押し切って街中で一人暮らししてる変人であり、一般人だ。そう構えなくていいからな」
「そ、そうなのか…」
あっちの家、とはそういう事か。今となってはその言葉の意味がよくわかる。この家にならドレスや衣装も山盛りあるに違いない。
「さてと...ここだな」
「あ」
とある部屋に入るとバンのいつも使っている香水が漂ってきた。家具だけ形式的に並ぶさみしい部屋。でもどこかバンの匂いがして不思議と余所余所しい感じはしなかった。
「15まではここで暮らしてたんだぜ」
「へー」
「そこらへん座っててくれ。さっさと探すから」
バンが壁の一部になっている大きなクローゼットに近づいていく。手持ち無沙汰なので近くの棚を観察する事にした。棚の中には背表紙の部分に日付が書かれている高級そうな本が並んでいる。特に鍵がかかっている様子もなく、埃が気になったので軽く手ではたいてみた。
バサッ
「あっやば」
するとその中の一本が落ちてしまい急いで拾い上げる。持ち上げた瞬間、ページの隙間からひらりと白い紙が落ちた。
「...?」
裏返すと小奇麗な少年が犬と仲良く抱き合ってる姿が映っていた。
「これ...」
「10才の俺だな」
「うわあ!」
いつの間にか後ろに立っていたバンが呆れ顔で笑う。
「勝手に見るなよー」
「わるいっ!落としたから拾おうと思って…」
「ははは、いいって。別に怒ってないし」
「...これ、バンのアルバム?」
「おう、子供の頃から順番にな。見てもいいぞ」
「えっ」
「別に隠すもんでもないし気になるなら好きなだけ見ていけばいいさ」
そういってバンはまたクローゼットの方に戻った。俺は恐る恐るアルバムに手を伸ばす。
(しゃ、写真を返すだけだ...)
一ページ目を開いた。そこには美しい金髪女性(お母さんかな?)に抱かれる赤ん坊のバンの写真がある。厳つい顔を崩さず姿勢をびしっと正す男性と並ぶ少年バン。愛犬と戯れる少年バン。どれもこれも楽しそう・・・だけど、どこか写真の中のバンは、笑顔が固いような気がした。
「...」
「うっし、これでいくか」
声がしたので振り返ると、ちょうど着替え始めたバンが立っていた。顕になった上半身に目が行く。ザク程じゃないけどかなり鍛えているようで、立派な肉体が目に入った。無意識に自分の腹筋をなでてしまう。
「....ハア」
「そうだ、ちょうどいい。ルトもここで着替えていったらどうだ」
「えっ」
「パーティ会場にも着替える場所はあるが、女性の方で着替えるわけにはいかないだろ?だからって男性の方も」
「わかった、わかったってば」
先程渡されたドレスの入った袋を開く。確かにこのドレスは狭いところで着替えるには向いてない。
「着方わかるか?」
ドレスを取り出したまま黙り込む俺を見て、半裸のバンがこっちに来た。一瞬ドキリとしたがバンの腕は俺の中のドレスを掴んできただけだった。
「ここに腕通して、ここを結んで...」
「なんで男のお前がそんなに詳しいんだ?」
「ん?女の子脱がしてくうちに覚えたんだよ」
「なっ!」
「ははは、冗談。姉がいるからだ」
「…ああ」
慌てた自分が恥ずかしい。とりあえず言われた通りドレスを着てみよう。あ、牧師服脱がないとダメか。シャツもドレスの露出的に着れないし。部屋は暖房のおかげで寒くないため、躊躇なく服を脱いでいく。
「ルト細いなー。ちゃんと食ってんのか?」
「それよく言われるけど...俺が食べる方なの知ってるだろ。食ってこれなんだよ」
「んーじゃあ筋肉が足りなのか。後ろ姿じゃ女の子と勘違いしそうだ」
「怒るぞ」
「はは、すまん」
睨みつけてから黙々と着ていく。
「...?」
とそこで、背中のファスナーに届かず体が固まった。腕を思いっきり伸ばすが、骨が悲鳴を上げるだけだった。
「そこ難しいだろ。やってやるよ」
「え」
しびれを切らしたバンが背後にくる。
「いや、いいって!」
「はいはい、暴れないー」
「おいバン!んぐっ苦しいっ」
「はーい、息とめてー偉い偉いその調子」
「~~っ」
俺が苦しさのあまり嫌々背中を伸ばすと、それを見たバンが笑いながらファスナーをあげていく。ついでに曲がっていたリボンを所定の位置に戻された。さりげない優しさに顔が熱くなる。
「ほら、完璧」
バンが嬉しそうに微笑む。その笑顔にはいやらしさの欠片もない。ホッとするような笑顔だった。
(・・・兄がいたらこんな感じなのかな)
慌てていた自分が馬鹿らしくなる。部屋に置かれた鏡で全身を確認した。自分で言うのもあれだがなかなか似合っている。袖が長いのがいいみたいだ。
「さ、車を下に用意してるから行くぞ」
「えっいつの間に」
「ルトがアルバムを見てるときにな。ほら、歩けるか?」
「馬鹿にするな、あるけっ...うわっ」
ドレスを爪先で踏んづけてしまいバランスを崩す。それを横から伸ばされたバンの腕が支えてくれた。
「ははは、もう少し素直になればどこにでもいる令嬢なのになー」
「うるさい!俺は男だ!てか本当にこれで大丈夫なのか…」
「ああ、完璧だ。相当のやつじゃない限り見ただけじゃバレないな。会場は薄暗いし堂々としていればいい」
本当かよと睨みつければやけに自信満々で胸を張るバン。
「俺を信じろ。ちゃんとエスコートしてやるから」
「ん・・・」
よたよたと動きにくい衣装を手で持ち上げながら歩いていると、バンが手を差し出してきた。今度はそれを素直に取り、廊下を進むのだった。
俺達の乗る高級そうな馬車が止まったのは、シンプルだがそれなりに品のある店の前だった。すでに店の前には人だかりができており、パーティ会場だと瞬時にわかる。俺達は車の中でその様子を見ていた。
「...っ」
「よし、行くか」
「ま、ま!まて!」
「なんだよ」
「やっぱやめる!」
土壇場で俺の理性がNOと叫んだ。無理だ、歩けない、と。
(今の俺…かなり滑稽だ…男がドレスを着ているなんて)
あの人だかりにいる奴らが、冷ややかな目を向けてくるのが容易に想像できた。立ってるだけで寒気がする。
「なに怖気ついてるんだルト」
「だってっ!」
「そんなんじゃ明日のパーティは夢のまた夢だぞ」
「うっ」
「喜ばしといて、当日エスを困らせる気か?」
「...っわ」
わかってる!と言おうとした時だった。ぱさりと、チクチクとしたものが頭に乗った。
「?!」
頭を触ってみるとそれはスルッと落ちてくる。
(これ・・・人の、髪?!)
「それつけて下向いてれば、マシだろ?」
「!!」
金髪ロングのウィッグ。確かにこれがあれば顔を覗きこまれさえしなければパッと見は女子にだろう。少しだけ気が楽になる気がした。その髪もバンにつけてもらい、最後に髪飾りを付けてもらった。流れるような金髪に赤い薔薇の髪飾り。きっと女の子がつければ天使のように可愛く変身するんだろうな...とため息をつきながら眺めた。
「さて、ルトこんなもんか」
「…うん」
「よし、行くぞ」
先にバンが外に出て、こちらに手を伸ばしてくる。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「ーなっ!!」
反論してやろうと思ったが、店の前にいた奴らがこっちを見ている事に気づき...渋々バンの手を掴んだ。ヒョイっと引っ張り出され、そのまま胸でキャッチされる。そのまま俺達は抱きしめあうような形になってしまい、俺はすぐに離れた。
「ー!!!」
「おっと、わるい。いつもの癖で」
「こうやってスキンシップを作ってくのか色男め…」
「ははは、バレたかー」
悪びれもせずバンが笑ってる。それを無視して会場の方を見れば皆がこっちを見てヒソヒソと話していた。
「なんかすごい注目されてる気がするんだけど」
「気のせいだって」
「...そう、か?」
「見てたとしても、それはきっとルトが綺麗で見とれてるんだ。ほら受付はこっちだぞ」
うまく丸め込まれた気がする。だがこの際気にしても仕方ない。あとはなるようになれと半ばやけくそになりつつバンの背を追いかけた。
「よっ、バン~!」
「アイザック」
アイザックと呼ばれた男性がこちらに近づいてくる。黒スーツに藍色の髪。バンと仲良さげに話してるとこを見ると、この人が今回誘ってくれた知り合いだろうか。俺の視線に気づいたバンが紹介してくれた。
「ルト、こっちはアイザック。今回のパーティの主催者であり幼馴染だ」
「よろしくー!君がシータがゾッコンになってるルトちゃんだね?」
「ぞっ...ルトです」
差し出された手を、なるべく強い力で握り返したが全く気に留めてないようだ。猫のようにニヤリと笑ってそのまま手の甲にキスしてきた。
「っんなあ?!」
「こら、アイザック!」
「ごめんにゃーあんまり可愛いくてつい」
「また恋人に刺されるぞ...」
「いいのいいの、あれがクリスなりの愛し方だもん」
「????」
よくわからずバンを睨む。それを見たバンが肩をすくめてアイザックに向き直った。
「とりあえず、中に入りたいんだ。受付に案内してもらっていいか」
「おっけ~」
ルンルンと効果音がつきそうな上機嫌な様子で店の中をアイザックが先導していく。それについていきながら俺は疑問を口にした。
「あのさ、幼馴染って」
「シータと俺、そしてアイザックは昔からの幼馴染でさ。今も結構つるんでるんだ」
「そうだったんだ」
「悪いな、アイザックが暴走して。誰相手でもああいう感じなんだ。気分を害したかもしれないが、挨拶だとでも思ってくれ」
「いいよ。気にしないようにする」
「ありがとな。悪い奴じゃないんだ。ちょっと変わってるが」
「はは、そんなんばっかだなバンの周りって」
「ほんとなー!でも楽しいぜ?」
そういって笑うバンはアルバムの中のどのバンよりも輝いていた。本人の言うとおり今が一番楽しいのだろう。今この場に一緒にいれる事が嬉しかった。
「おいの友人だから顔パスでいいよー。会場はこの扉の向こう。足元暗いから気をつけてねーん」
「おう、ありがとな、アイザック」
「またあとで飲もうにゃ~」
そう言ってアイザックがバンの鼻にキスしていく。俺にもその変わった挨拶をして、アイザックが廊下の奥へと消えていった。呆気にとられて反応できずにいると
「あいつの故郷では挨拶なんだと」
そう説明してくれた。なんだか不思議な人だ。でもシータみたいな邪気がないのは俺を狙って(?)ないからだろうか。
「ルト、手繋ぐか?」
「なんで」
「また転ぶといけないし」
「転ばないって」
「そうか?」
ニコッと笑い意味ありげに俺を見た。しかしそれ以上は何も言ってこない。俺の意見をちゃんと聞きいれてもらえて嬉しかった。先導していたバンが扉を開ける。
美しく磨かれた白い石壁。ずらりと並んだ真っ赤な薔薇の庭。門には大きな銅像があり、その家の持ち主の裕福さがありありと伝わってくる。
「すっごてん」
こんな豪華な家見たことなかった。圧倒されていると、バンが楽しそうに笑った。
「ははは、外観はすげーよな」
「まさかここがバンの…」
「家だ」
「ええええっ」
驚いてもう一度家に視線を戻す。薔薇の壁から庭師らしき男が出てきて、帽子を外して挨拶してきた。奥には使用人らしき者達もいる。
(嘘だろ、この家がバンの...??)
広すぎる庭に使用人のいる大きな屋敷。バンの言動的にてっきり下町っ子かと思ってたが、まさかこんなお坊ちゃまだったなんて。
「ルト?大丈夫か?まあ入りたくなかったらここで待ってればいいからさ。ちゃっちゃと着替えてくるし」
「い、いや、行くよ。焦らせたら悪いし」
「そっか。じゃあ一緒に行くか」
堂々と門をくぐるバンに恐る恐るついていった。落ち着かず、屋敷に入ってからもきょろきょろと見回してしまう。執事が出迎えてくれて上着を預かってもらった。人の家に訪れてこんな対応されたのは初めてだ。
「あのさ...バン」
「んー?」
「答えたくなかったらいいんだけど...お前何者?」
ちょっと顔が広いだけの道案内&情報屋じゃないの?急にバンが遠い存在のように思えてしまった。廊下を進みながらバンは近くの壁に立てかけてあった肖像画を指差す。白髭をたくわえた品の良さそうな老人が写っていた。肖像画の下には“第34代街長”という文字が。街長というのはカラドリオスの街長の事だろう。
「あれ、俺のじーちゃん」
「え!!!?つ、つまり...」
「じーちゃんが前代の街長で今の街長は親父だ」
「!!!!」
つまり街長一家。
(カラドリオスで一番偉い奴の息子?!)
まさかの事で頭がついていかない。
「ていっても俺は息子と思われてないんだ。親父や親族の反対を押し切って街中で一人暮らししてる変人であり、一般人だ。そう構えなくていいからな」
「そ、そうなのか…」
あっちの家、とはそういう事か。今となってはその言葉の意味がよくわかる。この家にならドレスや衣装も山盛りあるに違いない。
「さてと...ここだな」
「あ」
とある部屋に入るとバンのいつも使っている香水が漂ってきた。家具だけ形式的に並ぶさみしい部屋。でもどこかバンの匂いがして不思議と余所余所しい感じはしなかった。
「15まではここで暮らしてたんだぜ」
「へー」
「そこらへん座っててくれ。さっさと探すから」
バンが壁の一部になっている大きなクローゼットに近づいていく。手持ち無沙汰なので近くの棚を観察する事にした。棚の中には背表紙の部分に日付が書かれている高級そうな本が並んでいる。特に鍵がかかっている様子もなく、埃が気になったので軽く手ではたいてみた。
バサッ
「あっやば」
するとその中の一本が落ちてしまい急いで拾い上げる。持ち上げた瞬間、ページの隙間からひらりと白い紙が落ちた。
「...?」
裏返すと小奇麗な少年が犬と仲良く抱き合ってる姿が映っていた。
「これ...」
「10才の俺だな」
「うわあ!」
いつの間にか後ろに立っていたバンが呆れ顔で笑う。
「勝手に見るなよー」
「わるいっ!落としたから拾おうと思って…」
「ははは、いいって。別に怒ってないし」
「...これ、バンのアルバム?」
「おう、子供の頃から順番にな。見てもいいぞ」
「えっ」
「別に隠すもんでもないし気になるなら好きなだけ見ていけばいいさ」
そういってバンはまたクローゼットの方に戻った。俺は恐る恐るアルバムに手を伸ばす。
(しゃ、写真を返すだけだ...)
一ページ目を開いた。そこには美しい金髪女性(お母さんかな?)に抱かれる赤ん坊のバンの写真がある。厳つい顔を崩さず姿勢をびしっと正す男性と並ぶ少年バン。愛犬と戯れる少年バン。どれもこれも楽しそう・・・だけど、どこか写真の中のバンは、笑顔が固いような気がした。
「...」
「うっし、これでいくか」
声がしたので振り返ると、ちょうど着替え始めたバンが立っていた。顕になった上半身に目が行く。ザク程じゃないけどかなり鍛えているようで、立派な肉体が目に入った。無意識に自分の腹筋をなでてしまう。
「....ハア」
「そうだ、ちょうどいい。ルトもここで着替えていったらどうだ」
「えっ」
「パーティ会場にも着替える場所はあるが、女性の方で着替えるわけにはいかないだろ?だからって男性の方も」
「わかった、わかったってば」
先程渡されたドレスの入った袋を開く。確かにこのドレスは狭いところで着替えるには向いてない。
「着方わかるか?」
ドレスを取り出したまま黙り込む俺を見て、半裸のバンがこっちに来た。一瞬ドキリとしたがバンの腕は俺の中のドレスを掴んできただけだった。
「ここに腕通して、ここを結んで...」
「なんで男のお前がそんなに詳しいんだ?」
「ん?女の子脱がしてくうちに覚えたんだよ」
「なっ!」
「ははは、冗談。姉がいるからだ」
「…ああ」
慌てた自分が恥ずかしい。とりあえず言われた通りドレスを着てみよう。あ、牧師服脱がないとダメか。シャツもドレスの露出的に着れないし。部屋は暖房のおかげで寒くないため、躊躇なく服を脱いでいく。
「ルト細いなー。ちゃんと食ってんのか?」
「それよく言われるけど...俺が食べる方なの知ってるだろ。食ってこれなんだよ」
「んーじゃあ筋肉が足りなのか。後ろ姿じゃ女の子と勘違いしそうだ」
「怒るぞ」
「はは、すまん」
睨みつけてから黙々と着ていく。
「...?」
とそこで、背中のファスナーに届かず体が固まった。腕を思いっきり伸ばすが、骨が悲鳴を上げるだけだった。
「そこ難しいだろ。やってやるよ」
「え」
しびれを切らしたバンが背後にくる。
「いや、いいって!」
「はいはい、暴れないー」
「おいバン!んぐっ苦しいっ」
「はーい、息とめてー偉い偉いその調子」
「~~っ」
俺が苦しさのあまり嫌々背中を伸ばすと、それを見たバンが笑いながらファスナーをあげていく。ついでに曲がっていたリボンを所定の位置に戻された。さりげない優しさに顔が熱くなる。
「ほら、完璧」
バンが嬉しそうに微笑む。その笑顔にはいやらしさの欠片もない。ホッとするような笑顔だった。
(・・・兄がいたらこんな感じなのかな)
慌てていた自分が馬鹿らしくなる。部屋に置かれた鏡で全身を確認した。自分で言うのもあれだがなかなか似合っている。袖が長いのがいいみたいだ。
「さ、車を下に用意してるから行くぞ」
「えっいつの間に」
「ルトがアルバムを見てるときにな。ほら、歩けるか?」
「馬鹿にするな、あるけっ...うわっ」
ドレスを爪先で踏んづけてしまいバランスを崩す。それを横から伸ばされたバンの腕が支えてくれた。
「ははは、もう少し素直になればどこにでもいる令嬢なのになー」
「うるさい!俺は男だ!てか本当にこれで大丈夫なのか…」
「ああ、完璧だ。相当のやつじゃない限り見ただけじゃバレないな。会場は薄暗いし堂々としていればいい」
本当かよと睨みつければやけに自信満々で胸を張るバン。
「俺を信じろ。ちゃんとエスコートしてやるから」
「ん・・・」
よたよたと動きにくい衣装を手で持ち上げながら歩いていると、バンが手を差し出してきた。今度はそれを素直に取り、廊下を進むのだった。
俺達の乗る高級そうな馬車が止まったのは、シンプルだがそれなりに品のある店の前だった。すでに店の前には人だかりができており、パーティ会場だと瞬時にわかる。俺達は車の中でその様子を見ていた。
「...っ」
「よし、行くか」
「ま、ま!まて!」
「なんだよ」
「やっぱやめる!」
土壇場で俺の理性がNOと叫んだ。無理だ、歩けない、と。
(今の俺…かなり滑稽だ…男がドレスを着ているなんて)
あの人だかりにいる奴らが、冷ややかな目を向けてくるのが容易に想像できた。立ってるだけで寒気がする。
「なに怖気ついてるんだルト」
「だってっ!」
「そんなんじゃ明日のパーティは夢のまた夢だぞ」
「うっ」
「喜ばしといて、当日エスを困らせる気か?」
「...っわ」
わかってる!と言おうとした時だった。ぱさりと、チクチクとしたものが頭に乗った。
「?!」
頭を触ってみるとそれはスルッと落ちてくる。
(これ・・・人の、髪?!)
「それつけて下向いてれば、マシだろ?」
「!!」
金髪ロングのウィッグ。確かにこれがあれば顔を覗きこまれさえしなければパッと見は女子にだろう。少しだけ気が楽になる気がした。その髪もバンにつけてもらい、最後に髪飾りを付けてもらった。流れるような金髪に赤い薔薇の髪飾り。きっと女の子がつければ天使のように可愛く変身するんだろうな...とため息をつきながら眺めた。
「さて、ルトこんなもんか」
「…うん」
「よし、行くぞ」
先にバンが外に出て、こちらに手を伸ばしてくる。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「ーなっ!!」
反論してやろうと思ったが、店の前にいた奴らがこっちを見ている事に気づき...渋々バンの手を掴んだ。ヒョイっと引っ張り出され、そのまま胸でキャッチされる。そのまま俺達は抱きしめあうような形になってしまい、俺はすぐに離れた。
「ー!!!」
「おっと、わるい。いつもの癖で」
「こうやってスキンシップを作ってくのか色男め…」
「ははは、バレたかー」
悪びれもせずバンが笑ってる。それを無視して会場の方を見れば皆がこっちを見てヒソヒソと話していた。
「なんかすごい注目されてる気がするんだけど」
「気のせいだって」
「...そう、か?」
「見てたとしても、それはきっとルトが綺麗で見とれてるんだ。ほら受付はこっちだぞ」
うまく丸め込まれた気がする。だがこの際気にしても仕方ない。あとはなるようになれと半ばやけくそになりつつバンの背を追いかけた。
「よっ、バン~!」
「アイザック」
アイザックと呼ばれた男性がこちらに近づいてくる。黒スーツに藍色の髪。バンと仲良さげに話してるとこを見ると、この人が今回誘ってくれた知り合いだろうか。俺の視線に気づいたバンが紹介してくれた。
「ルト、こっちはアイザック。今回のパーティの主催者であり幼馴染だ」
「よろしくー!君がシータがゾッコンになってるルトちゃんだね?」
「ぞっ...ルトです」
差し出された手を、なるべく強い力で握り返したが全く気に留めてないようだ。猫のようにニヤリと笑ってそのまま手の甲にキスしてきた。
「っんなあ?!」
「こら、アイザック!」
「ごめんにゃーあんまり可愛いくてつい」
「また恋人に刺されるぞ...」
「いいのいいの、あれがクリスなりの愛し方だもん」
「????」
よくわからずバンを睨む。それを見たバンが肩をすくめてアイザックに向き直った。
「とりあえず、中に入りたいんだ。受付に案内してもらっていいか」
「おっけ~」
ルンルンと効果音がつきそうな上機嫌な様子で店の中をアイザックが先導していく。それについていきながら俺は疑問を口にした。
「あのさ、幼馴染って」
「シータと俺、そしてアイザックは昔からの幼馴染でさ。今も結構つるんでるんだ」
「そうだったんだ」
「悪いな、アイザックが暴走して。誰相手でもああいう感じなんだ。気分を害したかもしれないが、挨拶だとでも思ってくれ」
「いいよ。気にしないようにする」
「ありがとな。悪い奴じゃないんだ。ちょっと変わってるが」
「はは、そんなんばっかだなバンの周りって」
「ほんとなー!でも楽しいぜ?」
そういって笑うバンはアルバムの中のどのバンよりも輝いていた。本人の言うとおり今が一番楽しいのだろう。今この場に一緒にいれる事が嬉しかった。
「おいの友人だから顔パスでいいよー。会場はこの扉の向こう。足元暗いから気をつけてねーん」
「おう、ありがとな、アイザック」
「またあとで飲もうにゃ~」
そう言ってアイザックがバンの鼻にキスしていく。俺にもその変わった挨拶をして、アイザックが廊下の奥へと消えていった。呆気にとられて反応できずにいると
「あいつの故郷では挨拶なんだと」
そう説明してくれた。なんだか不思議な人だ。でもシータみたいな邪気がないのは俺を狙って(?)ないからだろうか。
「ルト、手繋ぐか?」
「なんで」
「また転ぶといけないし」
「転ばないって」
「そうか?」
ニコッと笑い意味ありげに俺を見た。しかしそれ以上は何も言ってこない。俺の意見をちゃんと聞きいれてもらえて嬉しかった。先導していたバンが扉を開ける。
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