44 / 102
第七章「純潔の一角獣」
突然の訪問
しおりを挟む
「はあ...」
「な~機嫌直してくれよ~ルトー」
「…」
「そんな怒んなよ~な~ってば~」
横でザクがごねてる。俺はそれを無視して目を瞑った。あいつに散々突かれた腰はジンジンと痛むし、体中に痕が残ってるしで、朝から気分は最悪だった。当の本人はケロッとしてるのがまたムカつく。
「...」
時計を見る。もう十時。そろそろ起きないとな…。
「はあ...」
枕に顔を埋めてため息をつく。すると、俺のむき出しになった首元を何か熱く濡れたものが触れてきた。多分ザクの舌だろう。
「ひゃっ、な、なにすんだ!」
「いや、かわいいな~って思って」
「そこらのクッションにでも発情しとけ!!」
「ひでええ!( ;∀;)」
足で奴の体をベッドから蹴り落とす。思いっきり背中を打ちつける姿を見て少し満足した。
(ったく・・・少しは反省する態度を見せようとか思わないのか、こいつは)
呆れつつも服をとりにタンスに向かう。そこで気づいた。
「うっ...?!」
ツウ・・・
足に伝う白い液体。それは俺の中からとめどなく溢れてきていた。
(これはまさか、あれか…ザクの…)
ゾッとして、身震いする。後ろで見ていたザクが笑いまじりに呟いた。
「あ、忘れてた、ガッツリ中出ししたんだったか」
「~~っ!!」
バアアンン!!
ものすごい勢いで扉をあけ、シャワーに向かう。後ろから追いかけてくる気配がしたがもちろん無視した。
***
「.........。」
シャワー室から出て体を拭く。廊下にでると、ザクが置いたであろう俺の着替えが目に入った。
「.....」
(違うのをわざわざとりにいくのも・・・子供っぽいか)
そう考え用意された着替えに手を伸ばす。黙々と着替えた。
「って、ん?そういえばこんな服あったっけ?」
サイズもぴったりだし、柄もシンプルで好みのものだった。着てみても、元々俺のものだったんじゃないかってぐらいしっくりきた。
「お、出てきたな~」
俺が首を傾げていると台所の方からザクが顔を出した。
「うんうん、似合ってるぜ、さすが俺様」
「ザクが選んだのか?」
「おう、この前ダメにしちまったからな」
「...」
この前というのは多分、森でのことだろう。レインと対立し、ザクと喧嘩別れしたあの日のこと。その時着てた服はボロボロで着れたものではなかった。まあ、無事だとしても色々思い出すから着ないけど。
(律儀なのかなんなのか)
だったら破るなと言いたい。
「ま、それはさておき、ルト、お前に客だぜ」
「客?」
手を引かれ台所に向かう。するとそこには
「こんにちは、ルトくん♪」
毛先を少し巻いた紫色の長い髪、胸元のあいた服。全体的にセクシーな感じでまとめられた綺麗な女性が我が家の台所にいた。
「な、ナーシャさん!?どうしてここにっ」
「勝手にお邪魔しててごめんなさいね」
俺は慌ててあたりを見渡す。あまりに急の訪問だったので部屋中ぐちゃぐちゃだった。ザクをきっと睨む。
「いや、俺様は入れてねーぞ」
「・・・」
「ちょ、ほんとだぜ?キッチンに来た時にはもうすでにいたんだからな!」
「あら一応言っておくけれど私はちゃんとチャイムを鳴らしたわよ。でもいくら待っても出てこないから、仕方なく教会の中で待ってようと来てみたらザクたちの気配がして」
ぺらぺらハキハキと途切れなく話すナーシャさん。遮るタイミングが見つからずザクと俺はただ黙って聞いていた。さすが記者(&鬼編集長)というだけあって、話のペースを持っていくのがうまい。これは俺が折れるしかないと察し一つ頷いて見せた。
「そうですね、汚いところですがよかったら寛いでいってください」
「ありがとうルトくん♪」
「あ、コーヒーでいいですか?」
「いいの?私コーヒー大好きなの」
キッチンにいき、手を動かす。背後ではザクとナーシャさんが話していた。作業をしつつもなんとなく耳を傾ける。
「で。最近奴らはどうなんだ」
「派手になってきたわ、前の比じゃないくらい」
「場所は?」
「被害が大きいのは、マスカナ、キャンドル、あ、ゴーストタウンの件もいれる?まあ、いいか。あとは…ハリンベルかしら」
「!!」
コップを持つ手が止まる。ハリンベル。俺の故郷だ。
(何の話かわかんないけど、被害が大きいって…それにゴーストタウンって言ったよな今。まさかナイトメアのこと?じゃあハリンベルにも奴らの被害が…)
蛇口から出っぱなしの水がバシャバシャと俺の指を叩いていく。ふと、レインの顔がよぎった。もう思い出したくもないあの男。
「…っ」
「大丈夫か」
腰に腕が回される。この手が誰のかなんて振り返らなくてもわかった。それだけで一気に胸が温かくなる。
「...じゃま」
照れ臭さを取り払うようにザクの顔を掴み体ごと引き剥がす。
「ったく、相変わらずつれね~なー」
そんなとこが可愛いんだけどなとかほざく奴を無視し、三人分のコーヒーをもってテーブルに向かう。ナーシャさんの前にコーヒーを置き、自分もその向かいに座ってコーヒーに口をつけた。
(・・・ん?)
そこでふと視線を感じ顔を上げる。
「・・・」
ナーシャさんがコーヒーにも口をつけず、じっと俺を見つめていた。先ほどはコーヒーが好きだといってくれていたが実は苦手だったのだろうか。何か代わりになるものを探そうと腰を上げかけた時
「ねえ、二人って付き合いだしたの?」
ずばり聞いてきた。真顔で。
「ええっ!?」
突然の質問に俺は椅子から転げ落ちそうになる。俺の横にいたザクは嬉しそうに頷いていた。
「おう、そうだ――ぶべばっ」
「ザクは黙ってろっ」
余計なことを言いかけたザクを目潰しして黙らす。そしてなるべく冷静を保ちながらナーシャさんの方を向いた。
「な、なぜそんな風に思われたんです?」
「え?二人の雰囲気的に?まあ、女の勘かしら」
あっけらかんとすごいこと言われてしまう。俺は戸惑いつつもちらりとザクを見た。目が合い、にやっと笑いかけられる。今目の前にいるアイツには、夜に見せたあの色気も、切羽詰まった空気もない。...普通のザクだ。俺も特に変わったつもりはない。ここからどうして付き合ったなんて結論に行き着くのか、謎だ。
(な、なんでわかっ・・・いやいや違う!落ち着け俺!)
完全に否定できないのが辛いが、ここはしっかり言っておかなければ。深く息を吸い、きっぱりという。
「残念ですが、俺はコイツと付き合ってませんので」
「ええええ~っ!!おいルト!」
「あら、そうなの?」
落胆と驚愕の声があがる。両方からの視線を感じつつも俺は咳払いをして気付かぬふりをした。
「それでナーシャさんはここへ何しに来たんですか?」
また教会か悪魔関係だろうか。
「私はネタ集めに来たの」
「ネタって…」
彼女は記者なのだからおかしな事ではない。おかしいのは、俺たちのところに来た事だ。
「俺たち、面白いネタなんて持ってないですよ」
「それはどうかしら?」
意味深な笑みを浮かべるナーシャさん。
「最近ナイトメアのせいで暗いニュースばっかりだし、悪魔王子の取材でもしたら少しは活気がでるんじゃないかと思って」
「悪魔王子?」
誰のことだ?意味もわからずザクを見ると、珍しく返答を詰まらせて頭をかいてる。え、まさかお前。
「いや、俺様は王子じゃねーぞ」
・・・ほっとした。悪魔の上に王子様とか言われたら、身分も種族も違うという事になる。
(今でも十分“付き合ってる”と宣言しにくい状況なのに)
俺はそっと胸を撫で下ろした。しかしナーシャさんは納得のいってない顔で唸っている。
「んー。あなたがそう言い切るなら深くは追求しないけど。まあ、あれなのよ。本音いっちゃうとネタ不足でね。何か面白そうなネタ知らない?」
「面白そうな事」
一応考えては見たがここ数週間俺は自分の事で精一杯だったため、他に意識を向ける暇もなく世間の情報に大層疎くなっている。逆に俺が聞きたいぐらいだった。
「ルトはおらんかーーーっ!」
突然、バーン!と物凄い強さで台所の扉が叩き開けられた。
「えっ?!」
「なんだなんだ~?!」
「あらま」
驚く三人をより驚かすように、扉から一人の男が飛び出してくる。
「ルトーーーー!」
青を基調とした民族衣装。中性的な顔立ちは女性の繊細さと男性の色気が入り混じり見とれるほどに美しかった。腰までのびる薄青色の髪は絹のように細く、まるで女性の髪のように丁寧に手入れされている。しかし、声や骨格は完全に男だった←ここ重要
「なっ・・・??」
「え、嘘・・・」
ザクとナーシャさんはその男性を不思議そうに見ている。俺だけがその顔を知っていた。
「シオン!」
「ルト!会いたかった!」
男の名前を呼ぶと、男は顔をぱあっと輝かせ近寄ってくる。
がばっ
「っし、シオン…ちょっと!」
ぎゅーっと力いっぱい抱きしめられ戸惑う。でも振りほどくことはしなかった。この男相手ではいつもの事だし、毎回反応してたらこっちの身がもたないって知っているからだ。男、もといシオンが動くと民族衣装についていた飾りがシャランと音が鳴る。そして独特の香水に包まれた。懐かしいな、この挨拶がわりの抱擁も、香りも。
「!!」
俺が大人しく抱かれているのを見たザクは顔をしかめ一気に怒りを露にした。
「おっおいこらあ!俺様のルトになに触ってんだ!女男!!」
「なんだこの野蛮で下劣で屑のような男は」
シオンは蔑んだ目でザクを睨みつける。オーバーキルな台詞を添えて。
「んだとおっ」
血管を浮かばせたザクが掴みかかった。慌てて間に入る。
「ま、待て!ザク、ステイ!」
「すてっっ…!俺様は犬か!!」
「ふふ。番犬みたいなものじゃないの」
「うっせえナーシャ!」
「っは、こんな汚ならしい下等動物を飼っているのかルト?悪いことは言わん、やめておけ」
シオンは膝をつき、俺と目線をあわせた状態で諭してくる。俺は血管が切れそうになってるザクの方をチラ見してから深くため息をついた。
「心配してくれてありがとうシオン。でも、これは俺の問題だから、ザクについては俺が判断するよ」
「・・・ルトがそういうならもう言わんが・・・」
「あと、ザクは汚くない、一応」
「汚くねえし下等生物でもねえけどな!つーかよお!!お前一体なんなんだ!急に出てきて、ルトとどういう関係だっ」
割と本気で怒ってるザクが指差しながら怒鳴る。
(珍しく目くじら立てて怒ってるな…いつもなら余裕でかわしてるのに)
俺と親しげの男が突然現れて焦っているのだろうか。
(ふーん、可愛いとこあんじゃん)
くすっと笑っていると、シオンが鼻を鳴らしそれから偉そうに仁王立ちした。
「わたしはシオン・ルタロット・ハルバートだ」
「世界中で絶賛される歌手よ」
シオンの言葉に続いてナーシャさんが合いの手をいれる。シオンは満足げに頷きそれを肯定した。
「はあ?歌手、吟遊詩人てことか??」
「っは、よくそのような高貴な言葉が言えたな、犬」
「俺様はザクだっっっ犬じゃねえ!!」
「あーもう、ザク。毎回噛みつくなってシオンはこういう奴なんだから。シオンも無駄に煽らないでくれ」
「ぐぬぬ」
「ふむ」
納得のいってない顔をする二人。
「シオン様」
険悪なムードのなか、ナーシャさんが接客笑顔を貼り付け前に出た。仕事用の顔だ。
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
「世界規模で愛される吟遊詩人のあなた様がどうしてこのような呪われた教会に来られたのでしょうか」
「呪い?それは知らぬが、わたしはルトを誘いにきたのだ」
「え?」
「ルトを?」
ナーシャさんとザクが俺のほうを見つめてくる。どういうことだという顔で。いやいや俺が聞きたいぐらいだってば、と俺は困り顔を向けた。
カツン
シオンの靴音が高らかに鳴り響く。自ずと視線がシオンに集まった。シオンは俺の視線を真正面から受け止め、微笑みを浮かべながら手を差しだしてきた。
「ルト、またわたしと歌を歌わないか?世界中の土地を巡り、海を眺めよう!共に!」
シオンは俺の肩に手をおき、まるで歌を歌うかのような、優雅な声で囁いてくる。
「な、ルト?」
目の前の美しい瞳は自信に満ち溢れていてきらきらと光り輝いていた。俺が断る事など一切考えてないようだった。
「わたしについてくるんだ」
俺はしばらくの間を空けた後、ゆっくりと口を開いた。
「やめとく。俺はいい。」
「なに!?」
「だから、断るっていったんだ」
「わっわたしの誘いを断るのか?!ルトよ!」
慌てた様子で問いただしてくるシオンをかわし洗い場にいく。使用済みの食器を黙々と洗った。三人の視線を背中に感じつつも洗い続ける。
キュキュっ
洗い終え、水を止めた。それから俺は自分の気持ちを整理しながら、言葉として吐き出していく。
「俺はこの街での生活に満足してる。離れるつもりはない」
「な…」
まさか断わられるとは思ってなかったのだろう。信じられないものでも見るかのようにこっちを凝視している。逆にザクは両手をあげて喜んでいた。
「よくいったぜ、ルト~っ!ほらほら!フラレたんだしさっさと出ていきやがれ女男!」
「どうしてだルトよ」
「おい!無視すんなやっ!」
「はあ。お前の気持ちはわかった、だがしかし今夜の公演を見てもう一度考えみてほしい」
そういって、何かのチケットを渡される。きらびやかな飾りがついた高価そうな紙。裏返してみてみると、特等席のペアチケットだった。会場は街中心部にあるシャンセラコロシアムで、1000人単位のイベントにしか使われないあの大きな会場でピンで歌うなんてほんとにすごいんだな、と感心する。
「この街で公演というのは初めてでな。わたしも緊張している。お前が来てくれれば楽しめる気がするのだ。どうだろう、公演の成功のためと思って来てはくれないか」
そこまで言われては断れない。元々シオンの歌は嫌いじゃないし、久しぶりに聞きたいと思った。俺はチケットをポケットに入れて頷いてみせる。
「わかった、いくだけいく」
「嬉しいぞ!ルト」
「答えは変わらないともうけどな」
「それでもいい!気持ちを変えてみせるさ!」
そう言ってまた抱きしめられた。
(うう、こう何度も抱きしめられたら香りが移りそうだな・・・)
他人がつけているのはその人の勝手だし別に気にならないが、自分から香水が漂うのは酔ってしまうから嫌だった。着替えたばかりだがあとでまた着替えようと心に決める。
=っち!!=
そんな事を思っていると、いつのまにか猫の姿になっていたザクがぴょーんと窓から飛び出していった。
「おい!ザク!」
呼び止めたがザクは走り去っていってしまう。その背中を眺めながら俺は首を傾げた。
(なんだ、ザクのやつ。急に拗ねたのか?)
まあ遅くても明日には帰ってくるだろうと思いなおし、視線をシオンに戻す。
「えっと、それでシオン、今夜公演があるんだよな。リハーサルとかはやらなくていいのか?」
「ああ、あるとも。今ちょうど抜け出してきた所だ」
「なっ?!ダメだろ!!早く戻れ!」
「ちゃんと来るか?」
「いくいく、だからリハーサルはちゃんとやれ!スタッフさんを困らせるな!」
「うむ、よろしい」
満足げに笑い、外へ向かうシオン。その背中を急いでナーシャさんが追った。
「すみませーん!私こういうものなのですが取材をさせていただいてもよろしいでしょうかー??」
そんな感じの声が部屋の外から聞こえてくる。どうやら今回のネタはシオンに決まりのようだ。
(やれやれ)
嵐の去った部屋を見て、ため息をつく。椅子に座ると、散歩帰りのリリが水を飲みに来た。皿に新しい水をいれてやると嬉しそうに翼をはためかせる。
=おいし~♪=
「はあ。リリはいつも可愛いな」
=ん~?=
「なんでもないよ」
少し隙間の開いた窓を眺め、誰に言うでもなく呟くのだった。
「な~機嫌直してくれよ~ルトー」
「…」
「そんな怒んなよ~な~ってば~」
横でザクがごねてる。俺はそれを無視して目を瞑った。あいつに散々突かれた腰はジンジンと痛むし、体中に痕が残ってるしで、朝から気分は最悪だった。当の本人はケロッとしてるのがまたムカつく。
「...」
時計を見る。もう十時。そろそろ起きないとな…。
「はあ...」
枕に顔を埋めてため息をつく。すると、俺のむき出しになった首元を何か熱く濡れたものが触れてきた。多分ザクの舌だろう。
「ひゃっ、な、なにすんだ!」
「いや、かわいいな~って思って」
「そこらのクッションにでも発情しとけ!!」
「ひでええ!( ;∀;)」
足で奴の体をベッドから蹴り落とす。思いっきり背中を打ちつける姿を見て少し満足した。
(ったく・・・少しは反省する態度を見せようとか思わないのか、こいつは)
呆れつつも服をとりにタンスに向かう。そこで気づいた。
「うっ...?!」
ツウ・・・
足に伝う白い液体。それは俺の中からとめどなく溢れてきていた。
(これはまさか、あれか…ザクの…)
ゾッとして、身震いする。後ろで見ていたザクが笑いまじりに呟いた。
「あ、忘れてた、ガッツリ中出ししたんだったか」
「~~っ!!」
バアアンン!!
ものすごい勢いで扉をあけ、シャワーに向かう。後ろから追いかけてくる気配がしたがもちろん無視した。
***
「.........。」
シャワー室から出て体を拭く。廊下にでると、ザクが置いたであろう俺の着替えが目に入った。
「.....」
(違うのをわざわざとりにいくのも・・・子供っぽいか)
そう考え用意された着替えに手を伸ばす。黙々と着替えた。
「って、ん?そういえばこんな服あったっけ?」
サイズもぴったりだし、柄もシンプルで好みのものだった。着てみても、元々俺のものだったんじゃないかってぐらいしっくりきた。
「お、出てきたな~」
俺が首を傾げていると台所の方からザクが顔を出した。
「うんうん、似合ってるぜ、さすが俺様」
「ザクが選んだのか?」
「おう、この前ダメにしちまったからな」
「...」
この前というのは多分、森でのことだろう。レインと対立し、ザクと喧嘩別れしたあの日のこと。その時着てた服はボロボロで着れたものではなかった。まあ、無事だとしても色々思い出すから着ないけど。
(律儀なのかなんなのか)
だったら破るなと言いたい。
「ま、それはさておき、ルト、お前に客だぜ」
「客?」
手を引かれ台所に向かう。するとそこには
「こんにちは、ルトくん♪」
毛先を少し巻いた紫色の長い髪、胸元のあいた服。全体的にセクシーな感じでまとめられた綺麗な女性が我が家の台所にいた。
「な、ナーシャさん!?どうしてここにっ」
「勝手にお邪魔しててごめんなさいね」
俺は慌ててあたりを見渡す。あまりに急の訪問だったので部屋中ぐちゃぐちゃだった。ザクをきっと睨む。
「いや、俺様は入れてねーぞ」
「・・・」
「ちょ、ほんとだぜ?キッチンに来た時にはもうすでにいたんだからな!」
「あら一応言っておくけれど私はちゃんとチャイムを鳴らしたわよ。でもいくら待っても出てこないから、仕方なく教会の中で待ってようと来てみたらザクたちの気配がして」
ぺらぺらハキハキと途切れなく話すナーシャさん。遮るタイミングが見つからずザクと俺はただ黙って聞いていた。さすが記者(&鬼編集長)というだけあって、話のペースを持っていくのがうまい。これは俺が折れるしかないと察し一つ頷いて見せた。
「そうですね、汚いところですがよかったら寛いでいってください」
「ありがとうルトくん♪」
「あ、コーヒーでいいですか?」
「いいの?私コーヒー大好きなの」
キッチンにいき、手を動かす。背後ではザクとナーシャさんが話していた。作業をしつつもなんとなく耳を傾ける。
「で。最近奴らはどうなんだ」
「派手になってきたわ、前の比じゃないくらい」
「場所は?」
「被害が大きいのは、マスカナ、キャンドル、あ、ゴーストタウンの件もいれる?まあ、いいか。あとは…ハリンベルかしら」
「!!」
コップを持つ手が止まる。ハリンベル。俺の故郷だ。
(何の話かわかんないけど、被害が大きいって…それにゴーストタウンって言ったよな今。まさかナイトメアのこと?じゃあハリンベルにも奴らの被害が…)
蛇口から出っぱなしの水がバシャバシャと俺の指を叩いていく。ふと、レインの顔がよぎった。もう思い出したくもないあの男。
「…っ」
「大丈夫か」
腰に腕が回される。この手が誰のかなんて振り返らなくてもわかった。それだけで一気に胸が温かくなる。
「...じゃま」
照れ臭さを取り払うようにザクの顔を掴み体ごと引き剥がす。
「ったく、相変わらずつれね~なー」
そんなとこが可愛いんだけどなとかほざく奴を無視し、三人分のコーヒーをもってテーブルに向かう。ナーシャさんの前にコーヒーを置き、自分もその向かいに座ってコーヒーに口をつけた。
(・・・ん?)
そこでふと視線を感じ顔を上げる。
「・・・」
ナーシャさんがコーヒーにも口をつけず、じっと俺を見つめていた。先ほどはコーヒーが好きだといってくれていたが実は苦手だったのだろうか。何か代わりになるものを探そうと腰を上げかけた時
「ねえ、二人って付き合いだしたの?」
ずばり聞いてきた。真顔で。
「ええっ!?」
突然の質問に俺は椅子から転げ落ちそうになる。俺の横にいたザクは嬉しそうに頷いていた。
「おう、そうだ――ぶべばっ」
「ザクは黙ってろっ」
余計なことを言いかけたザクを目潰しして黙らす。そしてなるべく冷静を保ちながらナーシャさんの方を向いた。
「な、なぜそんな風に思われたんです?」
「え?二人の雰囲気的に?まあ、女の勘かしら」
あっけらかんとすごいこと言われてしまう。俺は戸惑いつつもちらりとザクを見た。目が合い、にやっと笑いかけられる。今目の前にいるアイツには、夜に見せたあの色気も、切羽詰まった空気もない。...普通のザクだ。俺も特に変わったつもりはない。ここからどうして付き合ったなんて結論に行き着くのか、謎だ。
(な、なんでわかっ・・・いやいや違う!落ち着け俺!)
完全に否定できないのが辛いが、ここはしっかり言っておかなければ。深く息を吸い、きっぱりという。
「残念ですが、俺はコイツと付き合ってませんので」
「ええええ~っ!!おいルト!」
「あら、そうなの?」
落胆と驚愕の声があがる。両方からの視線を感じつつも俺は咳払いをして気付かぬふりをした。
「それでナーシャさんはここへ何しに来たんですか?」
また教会か悪魔関係だろうか。
「私はネタ集めに来たの」
「ネタって…」
彼女は記者なのだからおかしな事ではない。おかしいのは、俺たちのところに来た事だ。
「俺たち、面白いネタなんて持ってないですよ」
「それはどうかしら?」
意味深な笑みを浮かべるナーシャさん。
「最近ナイトメアのせいで暗いニュースばっかりだし、悪魔王子の取材でもしたら少しは活気がでるんじゃないかと思って」
「悪魔王子?」
誰のことだ?意味もわからずザクを見ると、珍しく返答を詰まらせて頭をかいてる。え、まさかお前。
「いや、俺様は王子じゃねーぞ」
・・・ほっとした。悪魔の上に王子様とか言われたら、身分も種族も違うという事になる。
(今でも十分“付き合ってる”と宣言しにくい状況なのに)
俺はそっと胸を撫で下ろした。しかしナーシャさんは納得のいってない顔で唸っている。
「んー。あなたがそう言い切るなら深くは追求しないけど。まあ、あれなのよ。本音いっちゃうとネタ不足でね。何か面白そうなネタ知らない?」
「面白そうな事」
一応考えては見たがここ数週間俺は自分の事で精一杯だったため、他に意識を向ける暇もなく世間の情報に大層疎くなっている。逆に俺が聞きたいぐらいだった。
「ルトはおらんかーーーっ!」
突然、バーン!と物凄い強さで台所の扉が叩き開けられた。
「えっ?!」
「なんだなんだ~?!」
「あらま」
驚く三人をより驚かすように、扉から一人の男が飛び出してくる。
「ルトーーーー!」
青を基調とした民族衣装。中性的な顔立ちは女性の繊細さと男性の色気が入り混じり見とれるほどに美しかった。腰までのびる薄青色の髪は絹のように細く、まるで女性の髪のように丁寧に手入れされている。しかし、声や骨格は完全に男だった←ここ重要
「なっ・・・??」
「え、嘘・・・」
ザクとナーシャさんはその男性を不思議そうに見ている。俺だけがその顔を知っていた。
「シオン!」
「ルト!会いたかった!」
男の名前を呼ぶと、男は顔をぱあっと輝かせ近寄ってくる。
がばっ
「っし、シオン…ちょっと!」
ぎゅーっと力いっぱい抱きしめられ戸惑う。でも振りほどくことはしなかった。この男相手ではいつもの事だし、毎回反応してたらこっちの身がもたないって知っているからだ。男、もといシオンが動くと民族衣装についていた飾りがシャランと音が鳴る。そして独特の香水に包まれた。懐かしいな、この挨拶がわりの抱擁も、香りも。
「!!」
俺が大人しく抱かれているのを見たザクは顔をしかめ一気に怒りを露にした。
「おっおいこらあ!俺様のルトになに触ってんだ!女男!!」
「なんだこの野蛮で下劣で屑のような男は」
シオンは蔑んだ目でザクを睨みつける。オーバーキルな台詞を添えて。
「んだとおっ」
血管を浮かばせたザクが掴みかかった。慌てて間に入る。
「ま、待て!ザク、ステイ!」
「すてっっ…!俺様は犬か!!」
「ふふ。番犬みたいなものじゃないの」
「うっせえナーシャ!」
「っは、こんな汚ならしい下等動物を飼っているのかルト?悪いことは言わん、やめておけ」
シオンは膝をつき、俺と目線をあわせた状態で諭してくる。俺は血管が切れそうになってるザクの方をチラ見してから深くため息をついた。
「心配してくれてありがとうシオン。でも、これは俺の問題だから、ザクについては俺が判断するよ」
「・・・ルトがそういうならもう言わんが・・・」
「あと、ザクは汚くない、一応」
「汚くねえし下等生物でもねえけどな!つーかよお!!お前一体なんなんだ!急に出てきて、ルトとどういう関係だっ」
割と本気で怒ってるザクが指差しながら怒鳴る。
(珍しく目くじら立てて怒ってるな…いつもなら余裕でかわしてるのに)
俺と親しげの男が突然現れて焦っているのだろうか。
(ふーん、可愛いとこあんじゃん)
くすっと笑っていると、シオンが鼻を鳴らしそれから偉そうに仁王立ちした。
「わたしはシオン・ルタロット・ハルバートだ」
「世界中で絶賛される歌手よ」
シオンの言葉に続いてナーシャさんが合いの手をいれる。シオンは満足げに頷きそれを肯定した。
「はあ?歌手、吟遊詩人てことか??」
「っは、よくそのような高貴な言葉が言えたな、犬」
「俺様はザクだっっっ犬じゃねえ!!」
「あーもう、ザク。毎回噛みつくなってシオンはこういう奴なんだから。シオンも無駄に煽らないでくれ」
「ぐぬぬ」
「ふむ」
納得のいってない顔をする二人。
「シオン様」
険悪なムードのなか、ナーシャさんが接客笑顔を貼り付け前に出た。仕事用の顔だ。
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
「世界規模で愛される吟遊詩人のあなた様がどうしてこのような呪われた教会に来られたのでしょうか」
「呪い?それは知らぬが、わたしはルトを誘いにきたのだ」
「え?」
「ルトを?」
ナーシャさんとザクが俺のほうを見つめてくる。どういうことだという顔で。いやいや俺が聞きたいぐらいだってば、と俺は困り顔を向けた。
カツン
シオンの靴音が高らかに鳴り響く。自ずと視線がシオンに集まった。シオンは俺の視線を真正面から受け止め、微笑みを浮かべながら手を差しだしてきた。
「ルト、またわたしと歌を歌わないか?世界中の土地を巡り、海を眺めよう!共に!」
シオンは俺の肩に手をおき、まるで歌を歌うかのような、優雅な声で囁いてくる。
「な、ルト?」
目の前の美しい瞳は自信に満ち溢れていてきらきらと光り輝いていた。俺が断る事など一切考えてないようだった。
「わたしについてくるんだ」
俺はしばらくの間を空けた後、ゆっくりと口を開いた。
「やめとく。俺はいい。」
「なに!?」
「だから、断るっていったんだ」
「わっわたしの誘いを断るのか?!ルトよ!」
慌てた様子で問いただしてくるシオンをかわし洗い場にいく。使用済みの食器を黙々と洗った。三人の視線を背中に感じつつも洗い続ける。
キュキュっ
洗い終え、水を止めた。それから俺は自分の気持ちを整理しながら、言葉として吐き出していく。
「俺はこの街での生活に満足してる。離れるつもりはない」
「な…」
まさか断わられるとは思ってなかったのだろう。信じられないものでも見るかのようにこっちを凝視している。逆にザクは両手をあげて喜んでいた。
「よくいったぜ、ルト~っ!ほらほら!フラレたんだしさっさと出ていきやがれ女男!」
「どうしてだルトよ」
「おい!無視すんなやっ!」
「はあ。お前の気持ちはわかった、だがしかし今夜の公演を見てもう一度考えみてほしい」
そういって、何かのチケットを渡される。きらびやかな飾りがついた高価そうな紙。裏返してみてみると、特等席のペアチケットだった。会場は街中心部にあるシャンセラコロシアムで、1000人単位のイベントにしか使われないあの大きな会場でピンで歌うなんてほんとにすごいんだな、と感心する。
「この街で公演というのは初めてでな。わたしも緊張している。お前が来てくれれば楽しめる気がするのだ。どうだろう、公演の成功のためと思って来てはくれないか」
そこまで言われては断れない。元々シオンの歌は嫌いじゃないし、久しぶりに聞きたいと思った。俺はチケットをポケットに入れて頷いてみせる。
「わかった、いくだけいく」
「嬉しいぞ!ルト」
「答えは変わらないともうけどな」
「それでもいい!気持ちを変えてみせるさ!」
そう言ってまた抱きしめられた。
(うう、こう何度も抱きしめられたら香りが移りそうだな・・・)
他人がつけているのはその人の勝手だし別に気にならないが、自分から香水が漂うのは酔ってしまうから嫌だった。着替えたばかりだがあとでまた着替えようと心に決める。
=っち!!=
そんな事を思っていると、いつのまにか猫の姿になっていたザクがぴょーんと窓から飛び出していった。
「おい!ザク!」
呼び止めたがザクは走り去っていってしまう。その背中を眺めながら俺は首を傾げた。
(なんだ、ザクのやつ。急に拗ねたのか?)
まあ遅くても明日には帰ってくるだろうと思いなおし、視線をシオンに戻す。
「えっと、それでシオン、今夜公演があるんだよな。リハーサルとかはやらなくていいのか?」
「ああ、あるとも。今ちょうど抜け出してきた所だ」
「なっ?!ダメだろ!!早く戻れ!」
「ちゃんと来るか?」
「いくいく、だからリハーサルはちゃんとやれ!スタッフさんを困らせるな!」
「うむ、よろしい」
満足げに笑い、外へ向かうシオン。その背中を急いでナーシャさんが追った。
「すみませーん!私こういうものなのですが取材をさせていただいてもよろしいでしょうかー??」
そんな感じの声が部屋の外から聞こえてくる。どうやら今回のネタはシオンに決まりのようだ。
(やれやれ)
嵐の去った部屋を見て、ため息をつく。椅子に座ると、散歩帰りのリリが水を飲みに来た。皿に新しい水をいれてやると嬉しそうに翼をはためかせる。
=おいし~♪=
「はあ。リリはいつも可愛いな」
=ん~?=
「なんでもないよ」
少し隙間の開いた窓を眺め、誰に言うでもなく呟くのだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる