牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第六章「恋する妖精」

もう一度

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 エスがチラリと見てくる。体はザクの方に向けて警戒したままだ。

「いいのか…こいつをまた引き入れて」

 エスがこれだけ警戒するのも当たり前だ。あのボロボロのところを見られてるし、それを一人で支えてくれた。俺の癒えぬ傷を横で見守ってくれていた唯一の拠り所だった。

(エス)

 だからこそ、きちんと答えなくちゃいけない。

「いいんだ。わかったから」
「え?」

 俺の気持ち。ザクへの想い。誰にも言えず自分でも気づいてなかった、この本心。シータにやられた時とは違って、吐き気もせず、気持ち悪くもなかったこと。街で、知らず知らずザクの姿を探していたこと。気がつけば、アイツのことを考えてること。アリスのようにわかりやすくないけど・・・俺も、いつの間にか落ちていたのだろう。

 このどうしようもない…悪魔との、恋に。

「だから、辛かったんだな、俺」
「ルト…」

 エスがじっと見つめてくる。俺はその金色の瞳を正面から見つめて頷いた。

「もう一度信じてみたい…ザクの事を」
「ルト。お前はお人好しすぎる」

 エスはそう言って、黙り込む。けれどそれ以上は言ってこなかった。ありがとなと呟きアリスのほうに向き直る。

「それで、アリスの方はどうなったんだ」
 =あ!!そうだったわ!ルトが気になってこっちに来ちゃってたわ…えっと=

 アリスが急いでメモを書いていく。それをおもむろに掲げて漁師に見せた。

『私は、あなたに嘘ついています。私は、人魚でも人間でもありません』
「!!?」

 漁師は目を見開いて言葉をなくす。それでもアリスはメモを書き続けた。

『私は、シルフという風を操る妖精で、あなたが見ることもできないほど弱い妖精なのです』
「...」
『それでも、私を…いえ、妖精の私と話をしてくれますか?』
「...」

 漁師はメモを読み終え、静かにメモの方を見た。そこにはちょうどアリスがいて、こちらから見ると目が合っているように見える。

「おいは、人魚だから好きなんじゃないべ。あの時助けてくれた、ずっと花束を送り続けていた相手が好きなんだべ」
 =~~っ!!=

 アリスは嬉しさに顔を歪め、ぽろぽろと涙を流した。

 チカッ

 すると彼女の周りが光りだす。

「え?」
 =うそ?!=

 そして次の瞬間。

 パアアアア――・・!!

 白い光があたりを包み込み、俺たちは眩しさに目を瞑った。

(なっなにが起きて・・・?!)

 光が収まったところで急いで目を開ける。

「!!」

 アリスの薄緑色のワンピースが波風にたなびく。ワンピースからのぞく手足は長く、まるで人間のようだった。その長い髪は俺の鼻をかするほど長くなっていた。

「うそ、私...!!」

 アリスは自分の体を触り、自分のものではないように確かめていく。白い手足、美しく長い髪、宝石のように光り輝く瞳。アリスの特徴それぞれは変わっていないのに、体のサイズは人間になっていた。まさか、まさかこれは。

(あ、アリスが人間に・・・!!?)

 人間姿のアリスを見つめ、俺まで言葉を失ってしまう。

 っす

 黙って見守っていた漁師が前に出る。ビクリと、アリスは一歩下がった。

「あんさんが、妖精さんべな」
「・・・はい」
「きれーだべな...」
「!!」

 綺麗といわれ、また涙を流すアリス。

「アリス、って、よんでもいいべか?」
「はい…っ」

 そう言って、漁師とアリスは抱き合った。お互いの存在を確かめ合うように強く抱き合う。

 (よかった…)

 俺はエスとザクをつれて静かにその場を去った。少し離れてから振り返る。アリスは幸せそうに漁師と肩を寄せ手をつないでいた。

(アリス・・・)

 もう彼女の背中には空を飛ぶための翼はない。でもその代わり好きな人の隣にいられる体を、繋ぐことのできる手を手に入れたんだ。

(人間と妖精の、恋か)

 彼らの恋が叶うのなら。
 牧師と悪魔の恋も…それほど無謀じゃない気がした。


 ***


「なあ。ルト。コイツいつまでついてくんだよ」

 後ろから付いてくるエスをザクが睨みつけた。そうだった、まだ護衛してもらっていたのか。俺は振り返りエスの方に向き直った。

「エス、もう大丈夫だから。ザクもいるし」
「。。。」
「エス?」
「。。。コイツ自身が手を出さない証拠はどこにある」

 エスが唸るように言った。

(エス・・・)

 いつも顔を隠しているフードは、潮風のせいで後ろに倒れていた。はっきりと顔の見えるエスは迫力がある。俺はなるべく逆なでしないように説得しようと前に出た。

「確かに証拠はないけど。でも、」
「オレはコイツを許せないし、許すつもりもない。今ここで殺したいぐらいだ」
「あ??やんのかこら!」
「やめろって、馬鹿」

 喧嘩しそうになるのを急いで止めた。

「っけ」

 俺に言われて大人しく引き下がるがエスを見る目は鋭い。

「言っとくけどな、お前だって出会ってすぐの頃ルトを襲ってるんだぜ?それを許されてるのを忘れんなよ!」

 エスが金色の瞳を見開く。一瞬だけ朱色に染まった気がした。

「はいはい、その通りだけど、お前も人の事言える立場じゃないからな」
「うぐっ」

 その言葉が相当効いたのかやっとザクが黙った。ふうっと短く息を吐き、エスの方に視線を戻す。

「エス、俺は、今まで自分に起きたことはすべて…自分のせいだと思うんだ」
「。。。」
「もっと俺がしっかりしてれば、あそこまで酷いことにならなかった」
「。。。」

 エスの時、一瞬足を止めてしまったから。シータの時、ザクを信じれず戸惑ったから。ザクの時、俺がきちんと拒否できなかったから。きっかけはお前たちだけど、全て悪いわけじゃない。危ないとわかっていて頭を突っ込んだ俺の自業自得の結果だ。

「。。。わかった」
「エス!」

 エスは俺の決意の固まった顔を見て渋々頷いた。

「ただし、これは絶対手放すなよ」

 鈴を首にかけられる。チェーンがついているので肌身離さず持ち歩くことが可能だ。鈴に手を伸ばし爪で揺らしてみる。ちりんと、静かに鳴った。この音を聴いてると、守られている気がして安心する。

「ああ!コラ!俺様のルトに首輪つけやがって!」
「お前のへぼい護衛と違ってオレの方が優秀という証拠だ」
「はああ???」
「どうして喧嘩するんだお前らは!もう!…はあ。じゃあ、またなエス」

 これ以上付き合ってられなくてザクを無理やり引っ張っていく。その姿を心配そうにみてるエス。俺はそれに駆け寄りたい衝動をこらえ自分の教会に向けて歩き出した。



 ***


「なあ、ルト。触っていい?」
「だめだ」

 教会の門をくぐりザクの言葉を一蹴する。ふう。安心したら、かなりお腹がすいてきた。冷蔵庫の中を確認しないと。

「ルト~~」

 後ろからなあなあとザクが絡んでくる。その声を無視してさっさと食事の準備をしていく俺。

「なあ、ルト~」
「なんだよ、うるさいな」
「結構久しぶりなんだし、ちょっとそういうのないわけ~?」

 ザクが口を尖らせながら拗ねていた。そのくせちゃっかり椅子に座って、ご飯もらう気満々なのがむかつく。

「俺は、まだお前が怖い」
「っ!」

 本音を、呟いた。それに対し、びくりと反応するザク。すぐに姿勢を正して俺の方を向いた。

「悪かった。改めて、ほんと、悪いことしたと思ってる」
「絶対いつかやるとは思ってたけど、まさか、あんな無理矢理奪われるとは思わなかった」
「...申し訳ありませんでした」

 もう顔が見えないほど、ザクは頭を下げて謝っていた。でも、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない。一瞬迷ってから、決心して聞くことにする。

「あの時、お前は俺を抱いた。いや、襲った。でもそれは所有欲から?それとも征服欲?レインへの対抗心?」
「...」

 そんなに喋ってないはずなのに息切れしてきた。俺を抱いた理由。どの答えも聞きたくない。どれであっても欲しくないけど知りたかった。

「馬鹿なこと言うな」

 怒ったように呟くザク。

「俺様は、そんな安くねえよ」
「...?」
「そんな一時の感情で男を抱こうなんて思うわけねーだろ。ルトが好きだから、壊してまで求めたんだ」
「...!」

 相当な爆弾発言をされた気がする。

(壊すって・・・確信犯か、おい。)

 そうやって心の中で突っ込みながら、俺は夕飯の準備をしていた手を止める。

(好きだから、壊してまで、か)

 呆れつつも自分の中に芽生えた感情に驚いた。ザクが抱いた理由。それは所有欲でも対抗心でもない。

(それがこんなにも・・・)

 俺は誰にも見られないように下を向いて一人笑った。

「おい、聞いてんのかよ~?」
「...」
「この俺様が一世一代の大告白をしたんだぞ?!」
「..」
「って、うわ!何その顔」

 背を向け黙り込む俺の顔を、ひょいっと覗きこみザクは微笑んだ。

「耳まで真っ赤だぞー、ルト」
「うるさい!!」

 好きとか、・・・慣れないこと言われてびっくりしてんだよ!!手に持った包丁を奴の鼻先に突きつける。ザクは驚いて目を丸くするが逃げようとはしなかった。

「けけ。ルトになら刺されてもいいぜ?」
「はあ。馬鹿いってないで、さっさと飯作るからじっと待ってろ」
「へいへーい」

 そうやってザクと笑い合う。ゴーストタウンから教会に戻ってきたときは、こうしてザクと話すことになるとは思いもしなかった。またザクと一緒にいられることが嬉しいかどうかは...秘密だ。



「ふあ~」
 =くったくった~=

 ザクが猫の姿になって俺のベッドに入り込んでくる。

(まあ、猫の姿なら許してやるか。)

 シャワーも浴びたのでやっと寝れるな、と伸びをしながら横になる。

 =おい、ルト=
「なんだよ..」

 むにゃむにゃと返す。意識が薄らぎ始めてたところだった。

 =なんかこのベッド、他の男の匂いがすんだけど=
「また匂いか…」

 寝ぼけながら、眉間をほぐした。アリスといいお前といいどうしてそう匂いに敏感なんだ?言い訳するのも面倒なので素直に説明する。

「朝、エスと一緒に寝たんだよ」
「はああああああああ?!」
「うわあ!急に人型にもどるなよ!狭い!!」

 ショックで人型に戻ったザク。俺は急に狭くなったベッドで居心地悪そうに丸まった。

「なんで!!?えっおっおおおおまえら・・・っ」
「そんでもって、お前の考えるようなことはしてないから」

 アリスに言った台詞と同じような内容を繰り返した。そして俺はまた目を瞑り、すっかり冷めてしまった眠気を追いかけようとする。それを邪魔するようにザクが叫んでいた。

「許せん!!!許せねえアイツ!!俺様のルトと俺様より先に・・・!!」
「・・・はあ」

 俺は上半身だけ起き上がってザクの顎を掴んだ。

「アイツ、あんだけ俺様を睨んでおいてやることやってんじゃ―――」

 そして間髪いれず、叫び続けるその口を俺の唇で塞いでやる。

 ちゅ

「!!!」

 俺の突然の行動に驚いたのか、目を白黒させてるザク。口を離し、隙間からハアと息を吸い込んだ。

「ザク、遅くなったけど・・・おかえり」
「る、る・・・っ」

 俺の言葉に、ぱちぱちと瞬きを繰り返すザク。しかし次の瞬間、

「っ・・・ルト!!!」

 がばっと覆いかぶさってくる。

(!!)

 一瞬、怖いと感じた。だが、その恐怖はすぐに消える。

(大丈夫)

 目の前にいるのはいつものザクだ。馬鹿で、エロくて、俺様な悪魔。ずっと・・・俺の求めていたぬくもり。

(・・・ザク)

 俺は無意識に奴の体に手を伸ばしていた。その筋肉質な背中に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。

「・・・ザク、あのさ、俺・・・」
「愛してるぜ」
「!!」

 低く、静かに、囁かれた。

 “愛してる”

 その「言葉」が「意味」と結びつくまでしばらく時間がかかった。

(あいしてる・・・愛してる・・・愛してる?!)

 結びついた瞬間、顔は真っ赤に、心臓は早鐘のように鳴り出した。急いで、抱きついていたザクの体から離れようとした。

 ぐっ

 俺の動きを予想していたザクの腕に引き止められる。再度抱き寄せられ、顔を近づけてきた。

「ルトは?」
「ーっ・・・」
「なあなあ、ルトってば」

 照れくさくて顔をそらす。

「ルート」

 顎を掴まれ前を向かされた。

「聞かせろよ、ルトの答え」

 真剣な顔でそういわれてしまえば、俺に逃げ場なんてあっという間になくなってしまう。

(うう・・・)

 もぞもぞとザクの腕の中で座りなおしてみるが一向に落ち着けなかった。だってザクが、今まで見たことないってぐらいの真剣な顔で、俺の事を見つめてくるのだ。そんな顔、今の動揺してる俺には受け止めきれないって。

「わ、わかったって、ば」

 ザクの顔を両手で塞ぎ、俯く。

「・・・」

 ドキドキとうるさく鳴る心臓をなんとか鎮めて、深呼吸を繰り返す。それから意を決し、顔を上げた。

「ザク」
「なんだ」

 ぎゅっっっ!!!!

「ぐええ?!」

 突然の俺からの締め付け(抱きついた)に踏みつけられたカエルのような声を出すザク。

「ルトっな、なにす・・・」
「やっぱ無理!」
「んあ?」

 お前への気持ちを言葉にするなんて・・・今の俺には難易度が高すぎる。

(だからせめて)

 精一杯の気持ちをこめて腕に力をこめた。少しでも伝われ、と。そうやってぎゅーっと抱きしめ続けているとザクがくっくっと笑い出した。

「なっなに笑ってるんだよ!ザク!」
「いや、ルトってこういう奴だったなって思ってさ」
「はあ??」
「不器用で、素直じゃなくて、ツンデレなのがルトだよな」
「ぜ、全然違うし」
「いーや、それに関しては他の男どもも賛同してくれるだろーよ。ま、されなくても俺様が自信をもって主張するけど」
「主張するな、名誉毀損で訴えるぞ」
「けけけ、俺様は褒めてるんだぜ?」
「はあ???」

 不器用で、素直じゃないのが褒めてるって。馬鹿にしてるのか。

「ルトはそれでいいんだってことだ。たとえ言葉で言われなくてもこうやって伝わってくるしな」

 どさっ

 片手で抱かれながら、ベッドに押し倒される。見下ろされながら、その赤い瞳を見つめた。

(ザク・・・)

 森の時と同じ状況だけど、あの時のような恐怖はなかった。

(・・・好きだよ)

 ザクの首に腕を回し、心の中で告白する。

「ああ、俺様もだ」

 愛してる、と抱き返される。まるで俺の声が聞こえたみたいなタイミングで、でもそれも俺たちならありえるかもな。なんて思いながら、俺達はお互いの体温と溶け合った。
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