41 / 102
第六章「恋する妖精」
釣り餌
しおりを挟む
=あああ~!どうしよう!変じゃない?この格好おかしくないかしら??=
「大丈夫だって」
何度目かの同じ質問にうんざりしながら頷く。アリスは心配そうに自分の姿を見下ろしてはモジモジしている。
=もっと可愛い髪飾りにすればよかった~~!色もこれでいいのかなあ…!=
今のアリスはいつもの緑色の服を脱ぎ、薄緑色の綺麗なワンピースを着ていた。頭には花の髪飾り。足元にはふわふわの綿が付いた靴。愛しの人を想って桃色に赤く染まった頬。そんな、爪先までピカピカに輝くアリスは文句なしでかわいかった。
「可愛いから安心しろよ」
=うわあー!ひねくれ者のあんたに素直に褒められるともっと心配になるじゃないのよ!いつもの憎まれ口はどこいったの??=
「おいこら...」
「ルト」
エスがそっと肩をたたいてきた。砂浜の先からこっちに漁師が走ってきている。
=!=
一気にアリスの体がこわばり、震えだした。
「大丈夫だアリス。これを…」
そういって俺は小さな紙を渡した。アリスは震える手でそれを受け取る。
=メモ用紙?=
「うん、俺の言葉で伝えようと思ったけど、やっぱりアリス自身で伝えた方がいいと思ったんだ。この小さいペンなら使えるだろ?」
=使えるけど…=
けれど数秒もせずにぶんぶんと頭を横に振りだした。
=でも、でもやっぱり、無理よ!...だって、私見えないのよ、メモに、字が独りでに浮かんできたら・・・あの人も引いちゃうわ...=
「アリス」
=・・・それに=
そう言って深呼吸をする。拳を握り締めふるふると震わしていた。
=私がただの妖精で、人魚じゃないってわかったら、きっとがっかりする…=
それが一番心に引っかかっていたのだろう。言い放った瞬間、アリスの瞳に大粒の涙が溜まっていき、そして次々にこぼれていく。俺はため息をついた。
「・・・かもな」
=!!=
「でもそうじゃないかもしれないだろ」
=ルト…=
涙で濡れる瞳でじっと見上げてくる。
「大丈夫だよ、俺も、頑張るから。もしお互いダメだったら一緒に飲みに行こう」
=!!=
アリスの顔が驚きで固まる。それからゆっくりと、本当にゆっくりとアリスの緊張で凝り固まった表情がほぐれていくのがわかった。
=っふふ、お互い玉砕しちゃだめじゃない。でも…そうよね。今回は一人じゃないもんね。うん、失恋仲間ゲット祝いで飲むのも悪くないか=
「そうそう」
涙でぐちゃぐちゃの顔に笑顔が灯る。俺はその小さな頭を指で優しく撫でて微笑んだ。
(そうだ)
俺も、頑張ろう。アリスに負けてなんかいられない。
=じゃあ、行ってくるわね=
アリスが漁師の方に向かっていく。
「お~い~」
漁師は俺たちに気づき手を振ってきた。俺は両手を前に出し、声をかける。
「そこでストップしてください!」
「へ?」
「そこに、...いますよ」
ちょっとホラーチックな言い方をしてしまったが、確かに漁師の目の前にはアリスが飛んでいる。俺は少し離れたところに座り込んで見守ることにした。
「え、どうゆうことだべ・・・ってうわあ!メモが浮かんどる!」
アリスがふわふわと漁師の前を飛び周り気を引こうとする。気づいた漁師は一歩後ずさったがすぐに顔を引き締め、目の前のメモを見つめた。
「あ、あんたが、おいを助けてくれたのか?」
『はい』
アリスが震える手で書いては消してを繰り返し、やっとその一言をメモに書き終える。それを見た漁師は嬉しそうにメモに質問を始めた。
「そうだったのか...あんさんは女の子なんだべ?」
『はい』
また一言だけ。俺と話す時みたいな勢いはない。
「あの時・・・溺れたとき、キレーな声がしたんだ、あんさんだったんだな」
『花束、ありがとう』
「花束?ああ、もらってくれてたんだなあ!よかったべ~!毎日送ってて良かった!でも、なんか照れるべなあ」
『...私も、です』
ニコニコと話す漁師。それを照れくさそうにメモで顔を隠しながら聞くアリス。見えないはずなのに、二人はお互いの瞳を見つめ合って話していた。
(・・・なんだかもう見守る必要もない気がしてきた)
あの二人ならきっと大丈夫だ。ここからは俺たちの出番は無い。見ているのも悪いしと背を向けて歩き出した。
「エス、帰ろうか...って、どうした?!」
エスが何かに警戒していた。立ち上がり耳を澄ませてる。
「エス?」
近寄ろうとしたら、動くなと手で制される。するとどこからか声が響いてきた。
=許しません、ルト・ハワード=
「?!」
「ルト、あそこだ」
エスが指さした方を見ると、街のある方角から見覚えのある少年が歩いてきていた。
「お前!シータとデートしてた...」
=ええ、さっきぶりですね=
怒りに顔を歪ませ俺を睨むその姿は悪魔みたいだった。
(いや、でも、この声の響き方は・・・)
奴は俺を指差し、怒鳴ってきた。
=お前のせいでボクは捨てられました=
「...は?」
=あなたに会ったあと、気が削がれたといって去ってしまったのです=
少年が威嚇するように俺に鋭く尖った爪を向けてくる。その爪は完全に人間のそれとは違っていた。
「下がっていろルト!」
エスがパーカーを脱ぎ、臨戦態勢になった。
=セッカク食エルトオモッタノニ=
そう言った悪魔はミチミチと音を立てながら口端を裂けさせていく。すでに奴は人間の面影をなくしていた。
=ちょっと、何事?!=
「大丈夫べかルトー!」
異変に気づいた漁師とアリスが駆けつけてくる。
「二人共!こっちに来ちゃだめだ!!訳はあとで話すから逃げてくれ!」
悪魔の狙いはあくまで俺のはずだ。アリスたちを巻き込むわけにはいかない。
=そんなっルトはどうするのよ!=
「いいから早く!」
=で、でも!ルト=
埒が明かないと漁師の方に視線を送る。漁師はすぐに察してアリスに声をかけた。
「わ、わかったべ、行こう、人魚さん!」
=!!!=
空飛ぶメモを握り、引っ張る漁師。しかし、アリスは動こうとしなかった。おかしいと思い声をかけるが、反応がない。
=人魚さん、ね…=
「アリス?」
=……=
アリスはふわふわと飛んで行き、漁師からメモを奪った。漁師はそれに驚き、自分の手とメモを交互に見てる。走り書きで、話し始めるアリス。
『私は、あなたに嘘を付いてるんです』
「おいに嘘?」
『はい、ごめんなさい』
「な、なにを嘘付いてるんだべな??」
『...』
メモを書く手が止まる。戸惑う漁師。
(アリス?)
そんな時、無粋な声が空気を破った。
=よそ見してる場合ですか?ルト・ハワード=
「――ルト!!危ないっ!!!」
「え、うわっ?!」
ひゅんっ
悪魔が、さっきまで俺たちがいたところを通り過ぎる。エスの声でとっさに動いたが、危機一髪だった。服の背中部分がちょっと破れている。
「ルト!」
エスがすぐに駆けつけてくる。
「早くルトも逃げろっ!こいつはオレが何とかする」
「何言ってんだよ!エスは今吸血鬼でもなんでもない。ただの人間だろ!」
「人間よりは丈夫にできてる」
「だけどっ」
「それに、お前を守る約束もある」
「エス・・・」
頑として譲らないエスを睨みつけた。悪魔は見たところそれほど強そうじゃない。だが、人間にどうこうできるレベルでもないのは俺でもわかる。こんな化け物の相手をエスだけに任せて逃げるなんてやっぱり俺にはできない。
「だめだ。エスは、二人を連れて逃げてくれ」
「は?!何を言ってる!殺されるぞ!」
エスが珍しく声を荒げて怒った。それをただ頷いて応える。
「考えがある。きっと、たぶん、大丈夫」
「...な、....」
俺の瞳から固い決意を察したのかエスは悔しそうに口を閉じた。
じゃりっ
俺はエスたちから離れゆっくりと少年に近づく。もはや原型も留めていらず、人間だったとは思えないほど歪んでいる少年の体。牙が並ぶ口からはだらだらとヨダレが流れ、先の割れた真っ赤な舌が地面につきそうなほどまで伸びている。背中からは歪な翼、手足は毛だらけで黒く染まっていた。
「ふん、とんだ詐欺だな、少年」
=騙される方が悪いのです。ボクらはこうやって擬態して釣りあげるのですよ=
悪魔は体を揺らし、俺をどこから襲おうか悩んでいた。
(釣り、か)
俺は口の端を曲げ、奴を見上げる。
「…じゃあ、俺も釣りをしてみるか」
=?=
両腕を開き「こいよ」と悪魔に挑発した。それを見た悪魔は舌なめずりをして飛び込んでくる。鋭い牙か爪か、俺の肌を引き裂くのはどちらが先だろうか。俺は目を瞑った。
「ルト!!!」
エスの叫ぶ声が遠くで聞こえる。
ビュオオオオオ――!!
風が吹き抜け、すべての動きが止まった。
=あっ...が...お、おまえは...どうし..ここ、に・・・=
悪魔の口から青い血のような液体が溢れていた。下を見るとやつの腹あたりに、誰かの腕が刺さっているのが見えた。それは勢いよく引き抜かれ、悪魔は前かがみに倒れ込んだ。
=うぐ...=
悪魔は砂浜に顔を埋めそれからピクリとも動かなくなる。どうやら気絶したようだ。即死してないのなら放っておけば回復してどこかへ消えるだろう。俺は少年悪魔から目を離し
「・・・」
悪魔を腕で突き刺した“それ”に目を向ける。月を背景に、黒く染まるその影。腕についた血を拭いながら影は海の中に着地した。海の中にいてもわかる燃えるような赤い髪。
「思った通り、釣れたな」
俺がそう呟くと、勘弁してくれと奴は肩をすくめた。
「危ねーだろ。気をつけろよな」
懐かしい低音だった。奴はザバザバと海をかき分けて出てくる。俺はその姿を睨み続けた。色々な感情が入り混じって、言葉が出てこない。
馬鹿野郎。
死ね。
なんであんな事したんだよ。
なんであんな事したのに、また助けに来るんだよ。
「・・・」
黙りこむ俺を見て、奴は目をそらした。それから少しの間の後、おずおずと口を開く。
「体は、どうなんだ」
「…おかげさまで全治二週間」
「…っ」
嫌味たっぷりに言ってやると、見る見るうちに落ち込んでいった。しゃがみこんで唸ってる。
「悪かった…謝っても許されねーと思うけど。ほんと反省してる」
俺を見上げる奴の目には、謝罪と懇願が込められていた。それぐらいすぐにわかる。黙ったまま俺は月を見上げた。そして次に、遠くで見守るアリス達を見る。
「・・・はあ」
ため息をついて、緊張で渇く唇を舐めた。そして一言。
「死ね」
「えええっ?!」
「死ね、馬鹿」
「お、おう」
「死ね、馬鹿...ザク」
「っ!!」
名前を、やっと呼べた。涙が出そうなぐらい懐かしく感じる。
「馬鹿ザク」
その名前を口にするたび、俺の胸のつかえが取れて行く気がする。ザクは俺をぼーっと見つめたあと、ガバっと起き上がった。後ろで控えてるエスが身構える。
「ルト・・・」
不思議だ。同じ名前。同じ音なのに。ザクの声で呼ばれると、みんなの時とは違う響きに聞こえる。
「・・・」
そっぽ向いてるとザクは砂浜を進んで俺の目の前にまできた。
「さ、触ってもいいか?」
「・・・」
冷たい目で睨む。が、否定はしない。それを見たザクは優しく笑って、ゆっくり頬を撫でてきた。
スッ
驚くほど優しい手つき。こんな風に触れらたのは初めてだなとなんだか胸の辺りがくすぐったくなった。ふと見上げれば、すぐ近くにあの赤い瞳があり視線がぶつかる。
「!!」
堪らなくなって下を向く。長い爪が俺の顎までいき掴んできた。ぐいっと上を向かされる。これはやばい、キスするつもりだ。そう思い、とっさに両手で、近づいてきた奴の顔を塞ぐ。
「ーっぶ!?なにすんだよっルト!」
「いや、こんな…皆に見られてる所ではちょっと…」
「そんなの無視すりゃいいだろ~!」
ザクはこういっているが。エスの突き刺すような視線が痛いし、アリスは何故か目を輝かせてるし、漁師は何がなんだか分からず困っていたしで。とりあえず俺は居たたまれない思いでザクの腕から抜け出した。
「言っとくけど、俺、まだ許してないから」
「うぇえ?!」
「あと、ルールを作るから」
「ルール?」
俺は深呼吸をして一気に言い切る。
「まず、抑えれないなら暴走しないこと。あんなことになってお前には前科がある。二度と繰り返すな。暴走するなとはいわないけどせめて巻き込むな!んで、次、俺に触るときは許可を取れ、どんな時も!」
「ななっな、...!!!」
俺の言葉に少なからず衝撃を受けてるザク。いやいや、俺的には当たり前のルールだと思うけど。今までなかったのがおかしいぐらいだ。
「ぐぐぐ・・・」
すごく苦しみながらそのルールについて考え込んでいるザク。
「わ、わかった。それで少しでも許してくれんなら、やるぜ!」
「やらしてください、だろ?」
「・・・やらしてください」
「ふん」
よろしいと俺は一度頷いてから、エスたちの方に戻った。戻ってきた俺を不思議そうに見つめてる三人。
(なんだその幽霊でも見たかのような顔は!)
そんな微妙な空気の中、最初に口火を切ったのはアリスだった。
=へえ~!かっこいい悪魔ね!ルトってばすんごいの選ぶわ~!=
「・・・」
=激しそうだから、夜はちょっとめんどそうね♪=
上機嫌で俺とザクを交互に見てる。ほんとその通りだよ、アリス。それが悩みだよ...俺ががっくりとその言葉を聞いてると
ザッ
「いいのか、ルト」
エスが前に出た。ザクと睨み合う。さっきまでのふわふわした感じは消えて一触即発の空気だ。
「大丈夫だって」
何度目かの同じ質問にうんざりしながら頷く。アリスは心配そうに自分の姿を見下ろしてはモジモジしている。
=もっと可愛い髪飾りにすればよかった~~!色もこれでいいのかなあ…!=
今のアリスはいつもの緑色の服を脱ぎ、薄緑色の綺麗なワンピースを着ていた。頭には花の髪飾り。足元にはふわふわの綿が付いた靴。愛しの人を想って桃色に赤く染まった頬。そんな、爪先までピカピカに輝くアリスは文句なしでかわいかった。
「可愛いから安心しろよ」
=うわあー!ひねくれ者のあんたに素直に褒められるともっと心配になるじゃないのよ!いつもの憎まれ口はどこいったの??=
「おいこら...」
「ルト」
エスがそっと肩をたたいてきた。砂浜の先からこっちに漁師が走ってきている。
=!=
一気にアリスの体がこわばり、震えだした。
「大丈夫だアリス。これを…」
そういって俺は小さな紙を渡した。アリスは震える手でそれを受け取る。
=メモ用紙?=
「うん、俺の言葉で伝えようと思ったけど、やっぱりアリス自身で伝えた方がいいと思ったんだ。この小さいペンなら使えるだろ?」
=使えるけど…=
けれど数秒もせずにぶんぶんと頭を横に振りだした。
=でも、でもやっぱり、無理よ!...だって、私見えないのよ、メモに、字が独りでに浮かんできたら・・・あの人も引いちゃうわ...=
「アリス」
=・・・それに=
そう言って深呼吸をする。拳を握り締めふるふると震わしていた。
=私がただの妖精で、人魚じゃないってわかったら、きっとがっかりする…=
それが一番心に引っかかっていたのだろう。言い放った瞬間、アリスの瞳に大粒の涙が溜まっていき、そして次々にこぼれていく。俺はため息をついた。
「・・・かもな」
=!!=
「でもそうじゃないかもしれないだろ」
=ルト…=
涙で濡れる瞳でじっと見上げてくる。
「大丈夫だよ、俺も、頑張るから。もしお互いダメだったら一緒に飲みに行こう」
=!!=
アリスの顔が驚きで固まる。それからゆっくりと、本当にゆっくりとアリスの緊張で凝り固まった表情がほぐれていくのがわかった。
=っふふ、お互い玉砕しちゃだめじゃない。でも…そうよね。今回は一人じゃないもんね。うん、失恋仲間ゲット祝いで飲むのも悪くないか=
「そうそう」
涙でぐちゃぐちゃの顔に笑顔が灯る。俺はその小さな頭を指で優しく撫でて微笑んだ。
(そうだ)
俺も、頑張ろう。アリスに負けてなんかいられない。
=じゃあ、行ってくるわね=
アリスが漁師の方に向かっていく。
「お~い~」
漁師は俺たちに気づき手を振ってきた。俺は両手を前に出し、声をかける。
「そこでストップしてください!」
「へ?」
「そこに、...いますよ」
ちょっとホラーチックな言い方をしてしまったが、確かに漁師の目の前にはアリスが飛んでいる。俺は少し離れたところに座り込んで見守ることにした。
「え、どうゆうことだべ・・・ってうわあ!メモが浮かんどる!」
アリスがふわふわと漁師の前を飛び周り気を引こうとする。気づいた漁師は一歩後ずさったがすぐに顔を引き締め、目の前のメモを見つめた。
「あ、あんたが、おいを助けてくれたのか?」
『はい』
アリスが震える手で書いては消してを繰り返し、やっとその一言をメモに書き終える。それを見た漁師は嬉しそうにメモに質問を始めた。
「そうだったのか...あんさんは女の子なんだべ?」
『はい』
また一言だけ。俺と話す時みたいな勢いはない。
「あの時・・・溺れたとき、キレーな声がしたんだ、あんさんだったんだな」
『花束、ありがとう』
「花束?ああ、もらってくれてたんだなあ!よかったべ~!毎日送ってて良かった!でも、なんか照れるべなあ」
『...私も、です』
ニコニコと話す漁師。それを照れくさそうにメモで顔を隠しながら聞くアリス。見えないはずなのに、二人はお互いの瞳を見つめ合って話していた。
(・・・なんだかもう見守る必要もない気がしてきた)
あの二人ならきっと大丈夫だ。ここからは俺たちの出番は無い。見ているのも悪いしと背を向けて歩き出した。
「エス、帰ろうか...って、どうした?!」
エスが何かに警戒していた。立ち上がり耳を澄ませてる。
「エス?」
近寄ろうとしたら、動くなと手で制される。するとどこからか声が響いてきた。
=許しません、ルト・ハワード=
「?!」
「ルト、あそこだ」
エスが指さした方を見ると、街のある方角から見覚えのある少年が歩いてきていた。
「お前!シータとデートしてた...」
=ええ、さっきぶりですね=
怒りに顔を歪ませ俺を睨むその姿は悪魔みたいだった。
(いや、でも、この声の響き方は・・・)
奴は俺を指差し、怒鳴ってきた。
=お前のせいでボクは捨てられました=
「...は?」
=あなたに会ったあと、気が削がれたといって去ってしまったのです=
少年が威嚇するように俺に鋭く尖った爪を向けてくる。その爪は完全に人間のそれとは違っていた。
「下がっていろルト!」
エスがパーカーを脱ぎ、臨戦態勢になった。
=セッカク食エルトオモッタノニ=
そう言った悪魔はミチミチと音を立てながら口端を裂けさせていく。すでに奴は人間の面影をなくしていた。
=ちょっと、何事?!=
「大丈夫べかルトー!」
異変に気づいた漁師とアリスが駆けつけてくる。
「二人共!こっちに来ちゃだめだ!!訳はあとで話すから逃げてくれ!」
悪魔の狙いはあくまで俺のはずだ。アリスたちを巻き込むわけにはいかない。
=そんなっルトはどうするのよ!=
「いいから早く!」
=で、でも!ルト=
埒が明かないと漁師の方に視線を送る。漁師はすぐに察してアリスに声をかけた。
「わ、わかったべ、行こう、人魚さん!」
=!!!=
空飛ぶメモを握り、引っ張る漁師。しかし、アリスは動こうとしなかった。おかしいと思い声をかけるが、反応がない。
=人魚さん、ね…=
「アリス?」
=……=
アリスはふわふわと飛んで行き、漁師からメモを奪った。漁師はそれに驚き、自分の手とメモを交互に見てる。走り書きで、話し始めるアリス。
『私は、あなたに嘘を付いてるんです』
「おいに嘘?」
『はい、ごめんなさい』
「な、なにを嘘付いてるんだべな??」
『...』
メモを書く手が止まる。戸惑う漁師。
(アリス?)
そんな時、無粋な声が空気を破った。
=よそ見してる場合ですか?ルト・ハワード=
「――ルト!!危ないっ!!!」
「え、うわっ?!」
ひゅんっ
悪魔が、さっきまで俺たちがいたところを通り過ぎる。エスの声でとっさに動いたが、危機一髪だった。服の背中部分がちょっと破れている。
「ルト!」
エスがすぐに駆けつけてくる。
「早くルトも逃げろっ!こいつはオレが何とかする」
「何言ってんだよ!エスは今吸血鬼でもなんでもない。ただの人間だろ!」
「人間よりは丈夫にできてる」
「だけどっ」
「それに、お前を守る約束もある」
「エス・・・」
頑として譲らないエスを睨みつけた。悪魔は見たところそれほど強そうじゃない。だが、人間にどうこうできるレベルでもないのは俺でもわかる。こんな化け物の相手をエスだけに任せて逃げるなんてやっぱり俺にはできない。
「だめだ。エスは、二人を連れて逃げてくれ」
「は?!何を言ってる!殺されるぞ!」
エスが珍しく声を荒げて怒った。それをただ頷いて応える。
「考えがある。きっと、たぶん、大丈夫」
「...な、....」
俺の瞳から固い決意を察したのかエスは悔しそうに口を閉じた。
じゃりっ
俺はエスたちから離れゆっくりと少年に近づく。もはや原型も留めていらず、人間だったとは思えないほど歪んでいる少年の体。牙が並ぶ口からはだらだらとヨダレが流れ、先の割れた真っ赤な舌が地面につきそうなほどまで伸びている。背中からは歪な翼、手足は毛だらけで黒く染まっていた。
「ふん、とんだ詐欺だな、少年」
=騙される方が悪いのです。ボクらはこうやって擬態して釣りあげるのですよ=
悪魔は体を揺らし、俺をどこから襲おうか悩んでいた。
(釣り、か)
俺は口の端を曲げ、奴を見上げる。
「…じゃあ、俺も釣りをしてみるか」
=?=
両腕を開き「こいよ」と悪魔に挑発した。それを見た悪魔は舌なめずりをして飛び込んでくる。鋭い牙か爪か、俺の肌を引き裂くのはどちらが先だろうか。俺は目を瞑った。
「ルト!!!」
エスの叫ぶ声が遠くで聞こえる。
ビュオオオオオ――!!
風が吹き抜け、すべての動きが止まった。
=あっ...が...お、おまえは...どうし..ここ、に・・・=
悪魔の口から青い血のような液体が溢れていた。下を見るとやつの腹あたりに、誰かの腕が刺さっているのが見えた。それは勢いよく引き抜かれ、悪魔は前かがみに倒れ込んだ。
=うぐ...=
悪魔は砂浜に顔を埋めそれからピクリとも動かなくなる。どうやら気絶したようだ。即死してないのなら放っておけば回復してどこかへ消えるだろう。俺は少年悪魔から目を離し
「・・・」
悪魔を腕で突き刺した“それ”に目を向ける。月を背景に、黒く染まるその影。腕についた血を拭いながら影は海の中に着地した。海の中にいてもわかる燃えるような赤い髪。
「思った通り、釣れたな」
俺がそう呟くと、勘弁してくれと奴は肩をすくめた。
「危ねーだろ。気をつけろよな」
懐かしい低音だった。奴はザバザバと海をかき分けて出てくる。俺はその姿を睨み続けた。色々な感情が入り混じって、言葉が出てこない。
馬鹿野郎。
死ね。
なんであんな事したんだよ。
なんであんな事したのに、また助けに来るんだよ。
「・・・」
黙りこむ俺を見て、奴は目をそらした。それから少しの間の後、おずおずと口を開く。
「体は、どうなんだ」
「…おかげさまで全治二週間」
「…っ」
嫌味たっぷりに言ってやると、見る見るうちに落ち込んでいった。しゃがみこんで唸ってる。
「悪かった…謝っても許されねーと思うけど。ほんと反省してる」
俺を見上げる奴の目には、謝罪と懇願が込められていた。それぐらいすぐにわかる。黙ったまま俺は月を見上げた。そして次に、遠くで見守るアリス達を見る。
「・・・はあ」
ため息をついて、緊張で渇く唇を舐めた。そして一言。
「死ね」
「えええっ?!」
「死ね、馬鹿」
「お、おう」
「死ね、馬鹿...ザク」
「っ!!」
名前を、やっと呼べた。涙が出そうなぐらい懐かしく感じる。
「馬鹿ザク」
その名前を口にするたび、俺の胸のつかえが取れて行く気がする。ザクは俺をぼーっと見つめたあと、ガバっと起き上がった。後ろで控えてるエスが身構える。
「ルト・・・」
不思議だ。同じ名前。同じ音なのに。ザクの声で呼ばれると、みんなの時とは違う響きに聞こえる。
「・・・」
そっぽ向いてるとザクは砂浜を進んで俺の目の前にまできた。
「さ、触ってもいいか?」
「・・・」
冷たい目で睨む。が、否定はしない。それを見たザクは優しく笑って、ゆっくり頬を撫でてきた。
スッ
驚くほど優しい手つき。こんな風に触れらたのは初めてだなとなんだか胸の辺りがくすぐったくなった。ふと見上げれば、すぐ近くにあの赤い瞳があり視線がぶつかる。
「!!」
堪らなくなって下を向く。長い爪が俺の顎までいき掴んできた。ぐいっと上を向かされる。これはやばい、キスするつもりだ。そう思い、とっさに両手で、近づいてきた奴の顔を塞ぐ。
「ーっぶ!?なにすんだよっルト!」
「いや、こんな…皆に見られてる所ではちょっと…」
「そんなの無視すりゃいいだろ~!」
ザクはこういっているが。エスの突き刺すような視線が痛いし、アリスは何故か目を輝かせてるし、漁師は何がなんだか分からず困っていたしで。とりあえず俺は居たたまれない思いでザクの腕から抜け出した。
「言っとくけど、俺、まだ許してないから」
「うぇえ?!」
「あと、ルールを作るから」
「ルール?」
俺は深呼吸をして一気に言い切る。
「まず、抑えれないなら暴走しないこと。あんなことになってお前には前科がある。二度と繰り返すな。暴走するなとはいわないけどせめて巻き込むな!んで、次、俺に触るときは許可を取れ、どんな時も!」
「ななっな、...!!!」
俺の言葉に少なからず衝撃を受けてるザク。いやいや、俺的には当たり前のルールだと思うけど。今までなかったのがおかしいぐらいだ。
「ぐぐぐ・・・」
すごく苦しみながらそのルールについて考え込んでいるザク。
「わ、わかった。それで少しでも許してくれんなら、やるぜ!」
「やらしてください、だろ?」
「・・・やらしてください」
「ふん」
よろしいと俺は一度頷いてから、エスたちの方に戻った。戻ってきた俺を不思議そうに見つめてる三人。
(なんだその幽霊でも見たかのような顔は!)
そんな微妙な空気の中、最初に口火を切ったのはアリスだった。
=へえ~!かっこいい悪魔ね!ルトってばすんごいの選ぶわ~!=
「・・・」
=激しそうだから、夜はちょっとめんどそうね♪=
上機嫌で俺とザクを交互に見てる。ほんとその通りだよ、アリス。それが悩みだよ...俺ががっくりとその言葉を聞いてると
ザッ
「いいのか、ルト」
エスが前に出た。ザクと睨み合う。さっきまでのふわふわした感じは消えて一触即発の空気だ。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する
清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。
たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。
神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。
悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる