牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第六章「恋する妖精」

風を操る妖精

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 それから俺はエスに連れられカラドリオスに戻った。

 本当は教会本部に報告してから帰りたかったが、悪魔の襲撃を受けたせいで街も混乱に陥っていた。その後始末と手続きで報告どころではなく、仕方なく俺はそのまま自分の教会に戻り、文書で報告することにした。ちなみにあの事件以来、ゴーストタウン化する街はなくなったそうだ。消えた人々もほとんど戻ってきたらしい。ゴーストタウン事件は一件落着という事だろう。

 =ねえねえ~そんなの見てないであそぼ~よー!=

 事件の記事が載っている新聞を読んでいると、リリが遊ぼうと誘ってくる。

「えっと、リリ、ごめんな・・・まだ俺」
「オレが遊んでやる、リリ」

 あれから二週間、だいぶ回復したとはいえさすがにまだリリと遊び回る程の元気はなかった。それを察してくれたのか、俺の看病をしていたエスが立ち上がる。

(ごめんエス・・・)

 目で訴えると、気にするなと手を振られた。

「はあ、エスは本当優しいな...」

 俺は手元の報告書と新聞を閉じてからベッドに横になった。天井をぼーっと眺める。

(・・・なんか)

 自分の部屋なのに、なんか寂しい気がする。何かが足りないような。

「・・・」

 でも、その“違和感”を認めてはいけない。

 忘れなくちゃいけない。

 拳を握りしめて、それからまた手を開く。

「なにも、ないな・・・」
 =当たり前じゃないの=
「?!」

 飛び起きて声のした方を向く。そこには奇妙な物体がいた。手のひらサイズの小人...に虫のような羽が生えた謎の生物が窓に腰掛けていたのだ。

(なんだこれ?!)

 驚いてベッドから落ちそうになるが、小人の周りを小鳥たちが楽しそうに歌い合っていることに気付きなんとか留まった。小鳥は臆病で敏感な生き物だ。それが全く警戒してないという事は、邪悪な存在ではないのだろう。

「お前は・・・」
 =私?私の名前はアリスよ。シルフなの=
「シルフ?」
 =風を操る妖精さんよ♪=
「自分でさん付け...」

 さてはこいつ、幼そうな容姿をしてるけどおばさんだな。

 =誰がおばさんだってええ???=

 瞬時に俺の心の声を読んだのか、額に血管を浮かばせて怒鳴ってきた。

(こわっ!どこが妖精だよ?!)

 妖精ってもっと可憐で儚くて可愛いもんだろう。とか心でぼやきつつ、気を取り直してアリスに向き合った。

「で、その妖精さんが・・・何の用だよ」
 =あら、そんな状態なのに私を気遣ってくれるんだ。お優しい事=
「...」

 皮肉っぽく笑う。どこかの悪魔もそうやって笑ってたな、なんて考えてからすぐに頭を振った。

 =口は悪いけど、どうやら噂通りみたいね=
「噂?」
 =どんな人間、はたや悪魔・人外でも受け入れる変わり者の牧師♪=
「...」

 間違ってはいない。俺の愚かさ故に受け入れるリスクを把握できてなかった。黙り込む俺に妖精は深く息を吐いた。

 =あーやだやだ、失恋したって顔ねえ=
「はあ??!」
 =やめてよね、こっちまで辛気臭くなるから=
「ちょっと待て!俺は誰にも恋したことないし失恋も…」
 =そう?私にはそう見えないけど=
「…っ」
 =私をなめないでチョーダイ。失恋した数なら誰にも負けないんだからね?そんな私に見抜けない失恋は、ない!!=
「いや、堂々と言えることじゃないだろ」

 俺が呆れて突っ込んでやると、妖精は言葉を詰まらせ窓から落っこちた。

 =ううっ…あのねえ~~わたしはあ!=
「……うん。ありがとな、アリス」
 =え=
「心配しなくても俺は平気だからさ」

 そう言って笑いかける。アリスはふわふわと部屋の中を飛んだあと、窓際に置かれた花瓶の花(バンが見舞いに来た時に置いていった)の上に座り込んだ。そうして花に囲まれている姿は妖精らしくて可愛かった。

 =はいはい、わかったわ。あんた天然タラシね=
「?」
 =まあ、いいわ。そんなモテモテのあなたにお願いがあるのよ=
「なんか嫌味っぽい言い方だな。で、花畑を作れとかそんなんじゃないだろうな?今、あんまり力仕事とかできないんだけど」

 今でこそこうやって普通に会話できてるが、数日前まではひたすら寝たきりだった。怪我もあったが高熱もなかなかひどくてわりと死にかけていた。

(でも)

 その間もエスが付きっ切りで看病してくれたと後になって医師から聞かされた。

 (ほんとエスには頭が上がらないな)

 アリスは肩をすくめながら首を振った。

 =安心して、こんなモヤシに頼らなくても花畑ぐらい自分で見つけれるから。そうじゃなくて…実はね、私好きな人ができたの=
「へえ」
 =ちょっと!もう少し感動したら??!=
「いや、してますしてます」
 =~~!まあ、いいわ!でね、それを上手くいくように手伝って欲しいのよ=

 目をぱちくりとさせる。え?今なんて言った?俺が恋の手助け!?

「いや、ないないない!無理だって!」
 =そこをなんとか~!=

 花から降りて花瓶の横に正座したアリス。手を合わせて乞うように上目遣いで見つめてくる。

 =今まで私、何度も何度も失敗しててわかるのよ...!!私一人じゃ、どうやってもうまくいかないって!何とかするには絶対助っ人がいるの!=

 本気で困ってるのは伝わってくる。でも俺は頷けなかった。

「待ってくれ。自分で恋したことないのに…他人の恋なんてどうこうできるわけないだろ?!」
 =でも、人間で私を怖がらないでいてくれるのはあんたしかいないし!=

 なかなか引き下がらない。この調子じゃ断っても最終的に手伝わされそうな予感。うーん、困った。

「じゃ、じゃあ。どうして妖精の恋に俺が必要なのかちゃんと説明してくれたら、...少し考える」
 =ほんと?!ありがとーーー!!=

 宝石のように美しい瞳をキラキラ輝かせて見上げてくる。

(いやまだ手伝うと決まったわけじゃ・・・って言えないよな、こんな顔されたら・・・)

 と口を噤むと、お腹のあたりに抱きつかれた。

 =あら?=

 抱きついた瞬間、アリスが不思議そうな顔になる。どうしたのかと思って見ていれば、妖精の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。

 =あなた、独占欲の強い男に好かれてるのね=
「??!」
 =この中からすごい匂うわ、ふふっ=
「は?????」

 俺はとっさにお腹に手を伸ばし、当ててみる。何もない。少し痩せた自分のお腹。匂いを嗅いでみるが特に異常なし。アリスの勘違いだろう。いや、本当の事を言えば・・・思い当たる節はある。めっちゃある、がそれは口が裂けても言えない。てかちゃんと掻き出したはずだけど(エスが)まさか残ってるとか…そう考えて寒気がする。このあとすぐトイレに行こうと心に決めた。

「な、何もないと思うけど」
 =(ΦωΦ)フフフ…=
「なんだよその顔!!」
 =いや、愛されてるのね~って思ったの、こんだけ求められちゃってまあ=
「...まあ、もう求められる事はないけどな」
 =あらなるほど=

 俺の言葉を聞いたアリスは訳知り顔になり、肩に小さな指を置いてくる。それからウンウンと頷いてきた。“仲間”を見るような目を向けられる。

「...一緒にするな」
 =まあまあ、何かおごるわ、さ!いきましょ!=
「はあ」

 こんなわけで俺は何故か…妖精の恋を手助けすることになってしまったのだった。


 ***


 ザザーン..ザザーン...

 波の寄せる音、砂浜の上をすり歩く自分の足音。上空に広がる空や目の前の海は全て青くて、このままずっと、どこまでも歩いて行けそうな気分になった。

 =ちょっと、あなたが潜ってどうするのよ=
「あ、悪い」

 無意識に海に入りそうになり慌てて止められる。アリスは気を取り直して俺の前を飛び先導する。

 ザッザッ

 今俺たちは海に来ていた。初めてカラドリオスを訪れたあの日も馬車からこの海を眺めていたっけ。あれから結構経ったけど、色んなことがあったよな...なんて思いを馳せてるとアリスが振り返って俺の後ろを睨んできた。

 =ねえ、いつまでアイツついてくんの?=

 後ろを確認する。エスが10m程の距離を保ちながら俺たちの後ろをずっとついてきている。肩にリリを乗せ俺をじっと見つめ続けるエス。その金色の瞳から感情は読めなかったがきっと俺の体を心配してくれているのだろう。少し離れるとまた歩き、近づきすぎると足を止める。そんなエスの姿に俺は自然と笑みを浮かべていた。

「エスは無害だから気にしなくていい」
 =ええ~…吸血鬼に睨まれてると思うと気が散るんだけど…=
「ははは…」

 笑うしかできなかった。出張に行って以来、エスは片時も離れようとしない。俺を二度とあんな目に合わせないため見張ってるようだ。

(もう大丈夫なのにな・・・アイツもいないんだし・・・)

 けれど何を言ってもエスの意思は曲げられなくて、仕方なく俺が折れて護衛という形で受け入れることにしたのだ。

 =まあいいけどーっあ!!ほら、あの人よ!!=

 怒っていたアリスが急に上機嫌になって俺の頭の周りを飛び回る。ハエにたかられてるみたいな気分。そう思ったのは黙っておいて、指差された方を見た。

 ザバアァ!!

「うわっ」

 突然海に大きな水しぶきが上がる。イルカでもいるのかと思ったら、水面から現れた物体は人の形をしていて、しかもその背中には大量の魚が吊るされていた。

(漁師...なのか?船も使わずすごいな...)

 俺は漁師らしき男を確認した後辺りを見回す。けれど、一向にアリスの恋する相手は見つけられなかった。

「どこにいるんだ?」
 =馬鹿!あの人よ!=

 アリスが俺の頬を足で挟み前を向かせる。ばったりと漁師と目があった。

(え、あの漁師のこと???)

 まさかアリス、人間に恋してるのか?だから人間の助っ人が必要だって言ってたのか。俺が戸惑っていると漁師がこちらに歩み寄ってきた。

「おや?あんさんは誰だ?」
「俺はルトです。そこの街で牧師をやっています」
「ほうほう!牧師様が海になんの用だべ?魚釣りかア?」

 30ぐらいの男が少年のように無邪気に笑った。背中の魚を持ち上げ、砂浜に置かれていた手押し車に積み上げる。そのまま波打ち際を歩いていくので急いで追いかけた。

「え、っと...」

(本当のこと言うわけにいかないし…)

 とっさに浮かんだ言い訳をそれらしい形にしてみる。怪しまれないといいけど、と心の中で祈った。

「俺、少し落ち込んでて、海を眺めに来たんです」
「ああ、それはいいけ。海見てると悩み事スーッと消えてくべ~」
「ですね・・・海は好きです」
「おお!そうか、海が好きか!ん~~ルトとは気が合いそうだあ!おいのとこで飯でも食ってくか?」
「はい、是非!」

(そうだ・・・ちょうどいいしエスも呼ぼうかな)

 そう思いもう一言付け加える。

「あの。もう一人いいですか?」
「ルトのダチか?どんどん呼べばいいけ」
「ありがとうございます・・・おーい!エスー!」

 俺が呼ぶとすぐにエスが走ってきた。仏頂面で難しそうな顔をしている。どうもこの男に絡まれたと思ってるようだ。

「。。。大丈夫かルト」
「うん、俺は平気。それよりもエス。一緒にどうかな?食事誘われたんだ」
「?」
「おいんちはすぐそこだ。魚しかねーけど、歓迎するべ!」

 ガハハと豪快に笑って、その大きな体を揺らす。筋肉質で男らしい体だ。あんな筋肉があればなと羨ましくなる。

「。。。」

 エスは少し考えたあと小さく頷く。

「わかった、オレもご一緒させてください」
「おうともー!」

 さっきとは打って変わり丁寧な言葉で返してる。こういうところを見るとエスの育ちの良さを感じられた。やっぱ城の跡取り候補(元)というだけある。感心して頷いてるとおもむろにエスが手をあげた。そのまま手は俺の体に向かってくる。

「っ!!」

 触れられるのかと思い、急いで距離を置いた。他人でしかも男に触られる…そう思うだけで自然と体が震えだす。エスが心配するように見てくる。

「ルト、すまない」
「こっちこそ、ごめん…」

 震える体をなんとか押さえ込み、無理やり笑う。戻ってきてから俺は、人に触れられるのを恐れるようになった。 その反応は誰に対しても同じで「怯えたような目見られた…」とバンにしょんぼりされたりもした。

「。。。」

 俺の頭の位置にあった手をゆっくりとおろし、エスは頭を横に振った。それから金色の瞳を和らげて、優しく微笑みかけてくる。

「オレは気にしてない。謝るな」

 あまり見れないエスの笑顔がとても染みた。ごめんな、エス。ありがとう。

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