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第五章「ゴーストタウン」
★悪魔の本性
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『ルト、息止めてろ』
「え」
ザクがおもむろに立ち上がって、すべてを見下ろす。
(!!)
赤髪は燃え盛る炎のように揺らめいていて、爪は黒く長く凶暴に伸びていた。あれではまるで獣だ。瞳は深紅に染まり、眼帯で隠されていた方の瞳は露出し、黒い靄を溢れさせている。
「ざ、ザク・・・」
息が止まりそうなぐらい恐ろしいほどの殺気が森に満ちる。
(エスと戦った時見せた、ザクの本性・・・だ)
吸血鬼の体すら軽々と吹き飛ばす化け物。暴走した悪魔の姿だ。
「これが...」
そう呟いた後、レインは俺の顎を掴み引き寄せた。急に動かされ、繋がった部分がぐちゅりと音がする。俺は唇をかみその感覚に耐えた。
「んくっ…!」
「悪魔くん、変な動き見せたらルトを」
『やってみろ、一瞬デ終ワル』
ザクの言葉は最後まで聞けなかった。靄が立ち込め周りが真っ暗になる。俺は急いで息を止め、体を緊張させた。
「何をするつもり...」
ガシッ
「!?」
靄の中から腕が出てきてレインの服をつかむ。もう片方の腕で俺を突き刺す悪魔の腰をつかんだ。その腕は肌が裂けるほど強く掴まれ血が滲んでいた。
「!」
=なあっ?!=
そのまま腕は二人を引っ張り、俺から引き離した。
ぐちゅり
「あっ・・・!」
体の中を支配し圧迫していたものが抜け、俺は地面に倒れ込んだ。
『!』
俺の声を聞いて、靄の中の腕が一瞬動きを止めた・・・と思えば次の瞬間、レイン達をものすごい勢いで引っ張っていった。靄に隠れ、二人の姿が見えなくなる。
グシャッ
何かが潰れる音がした。音がしたのはかなり遠くだった。一体何が起こっているんだ。靄のせいでよく見えない。
「っく、流石だ。やはりこっちは手駒が弱すぎたな」
レインのかすれた声が靄に響く。悔しそうな物言いだが、どこか楽しげだった。
『丈夫なヤツだな、今息の根を止めてやる』
=ひゃあああっはああああああ~~~~!!!=
ズドオオオン!!!
突如、地面が浮き、森全体が揺れた。今度はなんだと片腕で体を起こしながら首を上げる。
=よう!マスター!迎えに来てやったぜえええ!っておい、なんだこの状況はよおお!=
目が痛くなりそうなチカチカと光る金色の髪。派手なピアス、目の下に真っ黒なクマをかいた独特なメイク。荒々しくてチャラそうな悪魔だった。ザクと同じく人型でありながら禍々しい空気をまとってる。そして奴からは、俺でもわかるレベルの濃い血の匂いがした。
(人型な上に、この邪悪で濃い気配・・・)
ザクと同じぐらい高位の悪魔なのだ。奴が吹き起こした風でザクの靄が消えていく。ようやく辺りが見回せた。ちょうどレインが立ち上がり、金髪の悪魔に近づいていくところだった。
「遅いぞ、ジャックル。30秒の遅刻だ」
=うそ、まじで!!ひええええ~~!=
「躾はあとだ、さっさとしろ」
=ほっほーーーい!=
『!!ま、待ちやがれ!!!!』
ザクが走りレインに手を伸ばす。しかし、触れる寸前にレインは姿を消していて、投げ出されたザクの腕は空を切っただけだった。そのまま辺りを見るが奴らの姿はどこにもない。どういうことだ。
『くっそ!!転移しやがったな!!!』
ザクが空に向け吠えた。
「また会う日まで元気でね、ルト」
どこからかレインの声がした。その声が、バーで俺を送り出してくれた時とあまりにも同じ声音で・・・言葉が出なかった。
(二度と・・・お前なんかに会いたくない)
どさっと地面に倒れこみ、瞼を閉じた。怒りや悲しみよりも、解放されたことへの安堵が勝る。
「やっと、おわっ、た・・・」
じゃりっ
ザクが近づいてくる気配がした。目だけ開けて確認すると、靄はまだザクの付近を漂っている。様子がおかしい。
「…ザ、ザク?」
違和感を覚え、俺は再び重い体を起こした。レインは消えたのに何故かザクがまだ悪魔の姿だったのだ。靄で付近の草木を枯らせながら一心に俺へと近づいてくる。
「ザク…??おい、ザクってば!」
迷わずこっちに近づいてくるザクは、凶暴で恐ろしい悪魔にしか見えなかった。ギラギラと光る瞳に射止められる。
「ち、近づくな!!ザク、落ち着け!!レインはもういない!正気に戻っ」
ガブッ
「いっ..あああっ!!!」
止めようと伸ばした手を、鋭い歯に食い破られる。貫通はしなかったがかなりの量の血が溢れだした。
(ザクのやつ・・・完全に我を失ってる!!)
怒りに飲まれ俺の事すら分からなくなったのか。信じられなかったが、目の前の現実は無常にも告げてくる。ザクから溢れる怒り、殺意、そして欲望を。
(このままじゃ…ザクに、殺される!)
とりあえず距離を置かないと、と後ずさる。しかし次の瞬間――世界が真っ赤に染まる。
「!!」
いや、ザクに押し倒されたのだ。空から降ってくる赤い髪が俺の視界を覆う。髪の隙間からのぞく二つの赤い瞳が、獣のように俺を睨んでいた。
「っや、やめろ!!何するつもりだ!!ザク!!」
『...』
「おい!!聞いてんのかっ馬鹿ザク!!」
怒声をものともせず奴は俺の体を拘束してくる。元々麻痺のせいで動きにくかったが俺とザクでは力の差がありすぎる。暴れても勝ち目がない。
「な・・・おいっ!!」
『くくっ』
晒された胸元を見下ろしザクは牙を見せながら笑った。不気味なほど美しく、色気の溢れる笑みだった。
『誰かに奪われるぐらいなら、俺様が壊す』
壊す、という言葉が響いたとき靄の色がより黒くなった。
「こ、壊すって・・・」
声が震え、歯がガチガチと鳴る。目の前の悪魔は俺を見ていない。まるで落ちてる小石を見るような眼差しを向けてくる。それがとても怖かった。
(逃げなきゃ・・・!)
逃げるって一体どうやってだ。コイツに力で叶うわけがないのは今までの経験でわかってる。
(何とかして正気を戻させないと...!!でもどうしたらっ・・・??)
焦りのせいで思考がまとまらない。このままではいけない、いけないとわかってるのに何もできなかった。
『俺様は、昔から力で奪い、勝ち取ってきた。だからお前も...』
そう言って、ザクは鋭く尖った牙を俺の肩に突き立てた。
ズブリ!!
肌が裂ける音がする。雷に打たれたような痛みが上から下に駆け抜けた。
「ああああっ!!!ッハア...ハア..っく、あ」
もう、ボロボロだった。精神はレインに全て削りとられていた。身体も、これ以上何も感じられないぐらい限界だった。気を失えれば楽なのに、痛みがそれを邪魔する。
『くくくっ』
ザクが楽しそうに俺の血をすすり、歯を引き抜いて、すぐまた新しく歯型を作っていく。血を失いすぎて貧血の症状も酷くなっていた。もう思考すらできない。
(くそっ…このまま、俺は、死ぬ、のか…?)
放心してザクから与えられる痛みに震えていると
『まだだ、こっからが本番だ』
「...っえ..」
ボーッとピントの合わない目で奴を見る。ザクは服を脱ぎ、すでに限界まで張り詰めている自身を持ち上げた。
『息止めてると死ぬぞ』
「なっやめろ!!ザク!!!」
全力で抵抗するがクククと笑い軽くいなされる。腰を掴まれ引き寄せられた。熱いものが後ろに触れてくる。
「いやだっ、あっ・・・・ぐうっっ!!!」
ズブズブッ
「うっあ、っは....あああっ!!」
『はっ、奴らのおかげで難なく飲み込んだな』
熱い。インクのとは桁外れに熱く、大きく感じる。それがザクに襲われたショックのせいなのか。ザクがそれほど興奮してるから、なのか。どっちにしろ俺は声を殺すこともできず、ただ叫んでいた。
「ああああっ!!はあっ・・・はあ、!!ざ、くっ・・・お願いだからっんんっ!...もう!やめてくれ!」
『だめだ、アイツよりも奥へ』
「っく!!うううっ...ザクっ...あっああんっ」
『クソが…』
荒い息が後ろから聞こえてきたが、それも自分の声でかき消され何がなんだかわからなかった。
「やめっ・・・ああっんああっ」
『ハア、ハア』
俺のことをおもちゃのように扱い、突いてくる。いや、実際俺はザクにとっておもちゃにしか思われてなかったのだろう。ザクの荒々しい扱い方を受け俺は、そう、察してしまった。
『はあ...ハア..いいな、思ったとおりキツイ』
「...」
『なんだ、黙り込んで』
「...っく、..ふ...」
『聞いてんのかよ??おら!』
「ああっ...う、、、」
強く突かれ無理やり声をあげさせられた。だが俺は唇を噛み声を押し殺す。それが気に入らないのか、ザクは荒く、より深く突き上げてきた。
『おい、声聞かせろよ!!』
「...っ...ん、...いっ...」
『くそっ!最後まで素直じゃねーのな...ならこっちも好きにさせてもらうぜっ..ハア、・・・っく・・・っ!』
腰を掴む力が強くなる。息もできないぐらい激しく突かれ続けたあと、一番奥に埋まり、それが震えた。
(・・・・!!!)
男なら、これでどうなるかぐらいはわかる。目を固くとじ自分の手で口を塞いだ。
「――っ!!」
熱いそれは俺の奥で放たれた。ドクドク...と永遠に出てるんじゃないかと思うぐらい長い間注がれる。俺はビクビクと体を震わせただただ耐えていた。
「...っ」
『ーっく、ハア..ハア...』
やがてそれも終わり、体が急に離れた。俺は崩れ落ちて起き上がる気力もない。ただ奴を見上げ、睨んだ。
「...っ」
『...』
見下ろすアイツと目が合い、数秒体を止める。次第に、ザクの体を覆う禍々しい空気が消えていくのがわかった。すると、熱の収まった瞳にいつもの色が戻る。髪も牙も普通になっていた。
「...、、ルト..?!」
その状態で俺を見下ろし、ザクは声を震わした。見る見るうちにその瞳に動揺と驚愕が現れる。やっと正気に戻ったのだろう。俺に今したことをやっと理解したのだ。長い沈黙のあと、ザクが口を開く。
「ルト、、」
「...」
俺は奴を見ず、ただ目をそらした。身体の中に残る奴の液体が俺の中で疼いてる。動くと溢れてしまうため動くこともできない。体中はボロボロで指一本動かせそうになかった。
「・・・っ」
俺は屈辱と裏切られたショックで、奴の顔を見れなかった。いや、見たくなかった。あんな悪魔の顔なんて二度と見たくない。
「...わ、...」
何か言いかけるが途中で言いよどむ。そしてぎりっと音がするほど拳を強く握り締めた。
「・・・ルト、元気でな」
「?!」
ザクは今にも泣きだしそうな顔で、笑った。初めて見る表情で、何故か俺まで泣きそうになる。
「・・・」
でも、紡ぎ出せる言葉はなかった。何も言わない俺を見て、一度こっちに手を伸ばしてきた。
ビクリ
体を揺らしザクの手から逃げる。さっきまでの恐怖で体が勝手に動いたのだ。それを見たザクは自分の手と俺を交互に見て自嘲するように笑った。そして何も言わず森の方へ歩いていく。
俺はその背中に何も言えず、ただ涙を流す事だけしかできなかった。
***
どのくらい泣いたのだろう。体中の水分を出し切ってしまった気がする。
「…っ、う…っく」
その間も傷口からは血がどんどん流れていく。俺は自分自身が枯れていく気がした。そっと瞼を開ける。周りにいたゾンビたちはもういなかった。レインたちの目的は果たされたと言っていたし、解放されたのだろう。俺はそれに少し安堵し、瞼を閉じた。
(・・・さむ、い)
腕をこすって体に巻く。しかし氷のように冷えた腕は何の意味も持たなかった。今の俺の状況を…孤独を突きつけられた気がした。
(このまま死ぬのかな…)
ちりん…
そう思った時、腕の中から金色の鈴が出てくる。
「こ、れ・・・」
自分のものとは思えない掠れた声。力の入らない手でそれを拾い上げた。金色に輝く、小さな鈴。
“それを鳴らせば、いつでも駆けつける”
鈴を見ていたら、あのぶっきらぼうな声を思い出した。無愛想で人と話すのが苦手で、吸血鬼のくせに血が大嫌いなエス。
「エス・・・」
俺はそれを長い間見つめ、そして、ゆっくりと鳴らしてみた。
ちりん・・・
こんな遠くにいては聞こえるはずもない。俺は何も期待せず、その余韻を静かに聞いていた。
(暖かい音だな・・・)
鈴を握り、胸の前に持ってくる。まるでエスが近くにいるみたいな気分になった。
サアアアアーッ
強い風が森を駆け抜けていく。俺は瞼を閉じて仰向けに寝転がった。体中が寒くて痛い。
「―――ルトっ!!!!!!!」
信じられない思いで俺は目を開けた。
(こ、この声...っ)
嘘だ、ありえないと脳が叫ぶ。
「ルト!!!」
金色の瞳が森の中で光っていた。その瞳は俺を見て酷く動揺している。
「エス…?ど、どうし、てっ…」
カラドリオスからここまでは馬車で半日かかるはず。そもそもあんな小さな鈴の音なんか届くわけがない。何よりもエスが俺のためにこんな事してくれる理由なんてないのに。俺の頭に色んな言葉が浮かんでは消えていく。
「ハア、ハアッ・・・ルト・・・」
でも、パーカーの隙間から見えた肌にびっしりとかかれた汗を見てそんな事どうでも良くなった。
(エスが、来てくれた・・・)
そう思ったら涙が溢れてくる。
「~~~っ」
「ル、ルト?!全身傷だらけだぞ…!体も冷たいし、一体何が…!」
すぐにパーカーを脱ぎ、俺にかけてくれた。少しでも温まるようにと腕の中に包んでくれる。それだけで酷く安心した。氷のように冷たい孤独感が溶けていく。
「・・・はは」
「?」
俺が急に笑いだし驚いている。
(前はエスに襲われて、それをアイツに助けてもらったのに)
今はそれが逆だ。それがとてもおかしく思えて、そして胸が痛かった。俺はエスの体に腕をまわし、目の前の肩に頭を埋める。
「・・・」
「ルト?」
少し迷ったあと、エスが強く抱き返してきた。やっと体の震えが止まる。
「エス…俺…帰り、たい」
「ああ、帰ろう」
エスと俺はしばらくそうやって抱き合っていた。
「え」
ザクがおもむろに立ち上がって、すべてを見下ろす。
(!!)
赤髪は燃え盛る炎のように揺らめいていて、爪は黒く長く凶暴に伸びていた。あれではまるで獣だ。瞳は深紅に染まり、眼帯で隠されていた方の瞳は露出し、黒い靄を溢れさせている。
「ざ、ザク・・・」
息が止まりそうなぐらい恐ろしいほどの殺気が森に満ちる。
(エスと戦った時見せた、ザクの本性・・・だ)
吸血鬼の体すら軽々と吹き飛ばす化け物。暴走した悪魔の姿だ。
「これが...」
そう呟いた後、レインは俺の顎を掴み引き寄せた。急に動かされ、繋がった部分がぐちゅりと音がする。俺は唇をかみその感覚に耐えた。
「んくっ…!」
「悪魔くん、変な動き見せたらルトを」
『やってみろ、一瞬デ終ワル』
ザクの言葉は最後まで聞けなかった。靄が立ち込め周りが真っ暗になる。俺は急いで息を止め、体を緊張させた。
「何をするつもり...」
ガシッ
「!?」
靄の中から腕が出てきてレインの服をつかむ。もう片方の腕で俺を突き刺す悪魔の腰をつかんだ。その腕は肌が裂けるほど強く掴まれ血が滲んでいた。
「!」
=なあっ?!=
そのまま腕は二人を引っ張り、俺から引き離した。
ぐちゅり
「あっ・・・!」
体の中を支配し圧迫していたものが抜け、俺は地面に倒れ込んだ。
『!』
俺の声を聞いて、靄の中の腕が一瞬動きを止めた・・・と思えば次の瞬間、レイン達をものすごい勢いで引っ張っていった。靄に隠れ、二人の姿が見えなくなる。
グシャッ
何かが潰れる音がした。音がしたのはかなり遠くだった。一体何が起こっているんだ。靄のせいでよく見えない。
「っく、流石だ。やはりこっちは手駒が弱すぎたな」
レインのかすれた声が靄に響く。悔しそうな物言いだが、どこか楽しげだった。
『丈夫なヤツだな、今息の根を止めてやる』
=ひゃあああっはああああああ~~~~!!!=
ズドオオオン!!!
突如、地面が浮き、森全体が揺れた。今度はなんだと片腕で体を起こしながら首を上げる。
=よう!マスター!迎えに来てやったぜえええ!っておい、なんだこの状況はよおお!=
目が痛くなりそうなチカチカと光る金色の髪。派手なピアス、目の下に真っ黒なクマをかいた独特なメイク。荒々しくてチャラそうな悪魔だった。ザクと同じく人型でありながら禍々しい空気をまとってる。そして奴からは、俺でもわかるレベルの濃い血の匂いがした。
(人型な上に、この邪悪で濃い気配・・・)
ザクと同じぐらい高位の悪魔なのだ。奴が吹き起こした風でザクの靄が消えていく。ようやく辺りが見回せた。ちょうどレインが立ち上がり、金髪の悪魔に近づいていくところだった。
「遅いぞ、ジャックル。30秒の遅刻だ」
=うそ、まじで!!ひええええ~~!=
「躾はあとだ、さっさとしろ」
=ほっほーーーい!=
『!!ま、待ちやがれ!!!!』
ザクが走りレインに手を伸ばす。しかし、触れる寸前にレインは姿を消していて、投げ出されたザクの腕は空を切っただけだった。そのまま辺りを見るが奴らの姿はどこにもない。どういうことだ。
『くっそ!!転移しやがったな!!!』
ザクが空に向け吠えた。
「また会う日まで元気でね、ルト」
どこからかレインの声がした。その声が、バーで俺を送り出してくれた時とあまりにも同じ声音で・・・言葉が出なかった。
(二度と・・・お前なんかに会いたくない)
どさっと地面に倒れこみ、瞼を閉じた。怒りや悲しみよりも、解放されたことへの安堵が勝る。
「やっと、おわっ、た・・・」
じゃりっ
ザクが近づいてくる気配がした。目だけ開けて確認すると、靄はまだザクの付近を漂っている。様子がおかしい。
「…ザ、ザク?」
違和感を覚え、俺は再び重い体を起こした。レインは消えたのに何故かザクがまだ悪魔の姿だったのだ。靄で付近の草木を枯らせながら一心に俺へと近づいてくる。
「ザク…??おい、ザクってば!」
迷わずこっちに近づいてくるザクは、凶暴で恐ろしい悪魔にしか見えなかった。ギラギラと光る瞳に射止められる。
「ち、近づくな!!ザク、落ち着け!!レインはもういない!正気に戻っ」
ガブッ
「いっ..あああっ!!!」
止めようと伸ばした手を、鋭い歯に食い破られる。貫通はしなかったがかなりの量の血が溢れだした。
(ザクのやつ・・・完全に我を失ってる!!)
怒りに飲まれ俺の事すら分からなくなったのか。信じられなかったが、目の前の現実は無常にも告げてくる。ザクから溢れる怒り、殺意、そして欲望を。
(このままじゃ…ザクに、殺される!)
とりあえず距離を置かないと、と後ずさる。しかし次の瞬間――世界が真っ赤に染まる。
「!!」
いや、ザクに押し倒されたのだ。空から降ってくる赤い髪が俺の視界を覆う。髪の隙間からのぞく二つの赤い瞳が、獣のように俺を睨んでいた。
「っや、やめろ!!何するつもりだ!!ザク!!」
『...』
「おい!!聞いてんのかっ馬鹿ザク!!」
怒声をものともせず奴は俺の体を拘束してくる。元々麻痺のせいで動きにくかったが俺とザクでは力の差がありすぎる。暴れても勝ち目がない。
「な・・・おいっ!!」
『くくっ』
晒された胸元を見下ろしザクは牙を見せながら笑った。不気味なほど美しく、色気の溢れる笑みだった。
『誰かに奪われるぐらいなら、俺様が壊す』
壊す、という言葉が響いたとき靄の色がより黒くなった。
「こ、壊すって・・・」
声が震え、歯がガチガチと鳴る。目の前の悪魔は俺を見ていない。まるで落ちてる小石を見るような眼差しを向けてくる。それがとても怖かった。
(逃げなきゃ・・・!)
逃げるって一体どうやってだ。コイツに力で叶うわけがないのは今までの経験でわかってる。
(何とかして正気を戻させないと...!!でもどうしたらっ・・・??)
焦りのせいで思考がまとまらない。このままではいけない、いけないとわかってるのに何もできなかった。
『俺様は、昔から力で奪い、勝ち取ってきた。だからお前も...』
そう言って、ザクは鋭く尖った牙を俺の肩に突き立てた。
ズブリ!!
肌が裂ける音がする。雷に打たれたような痛みが上から下に駆け抜けた。
「ああああっ!!!ッハア...ハア..っく、あ」
もう、ボロボロだった。精神はレインに全て削りとられていた。身体も、これ以上何も感じられないぐらい限界だった。気を失えれば楽なのに、痛みがそれを邪魔する。
『くくくっ』
ザクが楽しそうに俺の血をすすり、歯を引き抜いて、すぐまた新しく歯型を作っていく。血を失いすぎて貧血の症状も酷くなっていた。もう思考すらできない。
(くそっ…このまま、俺は、死ぬ、のか…?)
放心してザクから与えられる痛みに震えていると
『まだだ、こっからが本番だ』
「...っえ..」
ボーッとピントの合わない目で奴を見る。ザクは服を脱ぎ、すでに限界まで張り詰めている自身を持ち上げた。
『息止めてると死ぬぞ』
「なっやめろ!!ザク!!!」
全力で抵抗するがクククと笑い軽くいなされる。腰を掴まれ引き寄せられた。熱いものが後ろに触れてくる。
「いやだっ、あっ・・・・ぐうっっ!!!」
ズブズブッ
「うっあ、っは....あああっ!!」
『はっ、奴らのおかげで難なく飲み込んだな』
熱い。インクのとは桁外れに熱く、大きく感じる。それがザクに襲われたショックのせいなのか。ザクがそれほど興奮してるから、なのか。どっちにしろ俺は声を殺すこともできず、ただ叫んでいた。
「ああああっ!!はあっ・・・はあ、!!ざ、くっ・・・お願いだからっんんっ!...もう!やめてくれ!」
『だめだ、アイツよりも奥へ』
「っく!!うううっ...ザクっ...あっああんっ」
『クソが…』
荒い息が後ろから聞こえてきたが、それも自分の声でかき消され何がなんだかわからなかった。
「やめっ・・・ああっんああっ」
『ハア、ハア』
俺のことをおもちゃのように扱い、突いてくる。いや、実際俺はザクにとっておもちゃにしか思われてなかったのだろう。ザクの荒々しい扱い方を受け俺は、そう、察してしまった。
『はあ...ハア..いいな、思ったとおりキツイ』
「...」
『なんだ、黙り込んで』
「...っく、..ふ...」
『聞いてんのかよ??おら!』
「ああっ...う、、、」
強く突かれ無理やり声をあげさせられた。だが俺は唇を噛み声を押し殺す。それが気に入らないのか、ザクは荒く、より深く突き上げてきた。
『おい、声聞かせろよ!!』
「...っ...ん、...いっ...」
『くそっ!最後まで素直じゃねーのな...ならこっちも好きにさせてもらうぜっ..ハア、・・・っく・・・っ!』
腰を掴む力が強くなる。息もできないぐらい激しく突かれ続けたあと、一番奥に埋まり、それが震えた。
(・・・・!!!)
男なら、これでどうなるかぐらいはわかる。目を固くとじ自分の手で口を塞いだ。
「――っ!!」
熱いそれは俺の奥で放たれた。ドクドク...と永遠に出てるんじゃないかと思うぐらい長い間注がれる。俺はビクビクと体を震わせただただ耐えていた。
「...っ」
『ーっく、ハア..ハア...』
やがてそれも終わり、体が急に離れた。俺は崩れ落ちて起き上がる気力もない。ただ奴を見上げ、睨んだ。
「...っ」
『...』
見下ろすアイツと目が合い、数秒体を止める。次第に、ザクの体を覆う禍々しい空気が消えていくのがわかった。すると、熱の収まった瞳にいつもの色が戻る。髪も牙も普通になっていた。
「...、、ルト..?!」
その状態で俺を見下ろし、ザクは声を震わした。見る見るうちにその瞳に動揺と驚愕が現れる。やっと正気に戻ったのだろう。俺に今したことをやっと理解したのだ。長い沈黙のあと、ザクが口を開く。
「ルト、、」
「...」
俺は奴を見ず、ただ目をそらした。身体の中に残る奴の液体が俺の中で疼いてる。動くと溢れてしまうため動くこともできない。体中はボロボロで指一本動かせそうになかった。
「・・・っ」
俺は屈辱と裏切られたショックで、奴の顔を見れなかった。いや、見たくなかった。あんな悪魔の顔なんて二度と見たくない。
「...わ、...」
何か言いかけるが途中で言いよどむ。そしてぎりっと音がするほど拳を強く握り締めた。
「・・・ルト、元気でな」
「?!」
ザクは今にも泣きだしそうな顔で、笑った。初めて見る表情で、何故か俺まで泣きそうになる。
「・・・」
でも、紡ぎ出せる言葉はなかった。何も言わない俺を見て、一度こっちに手を伸ばしてきた。
ビクリ
体を揺らしザクの手から逃げる。さっきまでの恐怖で体が勝手に動いたのだ。それを見たザクは自分の手と俺を交互に見て自嘲するように笑った。そして何も言わず森の方へ歩いていく。
俺はその背中に何も言えず、ただ涙を流す事だけしかできなかった。
***
どのくらい泣いたのだろう。体中の水分を出し切ってしまった気がする。
「…っ、う…っく」
その間も傷口からは血がどんどん流れていく。俺は自分自身が枯れていく気がした。そっと瞼を開ける。周りにいたゾンビたちはもういなかった。レインたちの目的は果たされたと言っていたし、解放されたのだろう。俺はそれに少し安堵し、瞼を閉じた。
(・・・さむ、い)
腕をこすって体に巻く。しかし氷のように冷えた腕は何の意味も持たなかった。今の俺の状況を…孤独を突きつけられた気がした。
(このまま死ぬのかな…)
ちりん…
そう思った時、腕の中から金色の鈴が出てくる。
「こ、れ・・・」
自分のものとは思えない掠れた声。力の入らない手でそれを拾い上げた。金色に輝く、小さな鈴。
“それを鳴らせば、いつでも駆けつける”
鈴を見ていたら、あのぶっきらぼうな声を思い出した。無愛想で人と話すのが苦手で、吸血鬼のくせに血が大嫌いなエス。
「エス・・・」
俺はそれを長い間見つめ、そして、ゆっくりと鳴らしてみた。
ちりん・・・
こんな遠くにいては聞こえるはずもない。俺は何も期待せず、その余韻を静かに聞いていた。
(暖かい音だな・・・)
鈴を握り、胸の前に持ってくる。まるでエスが近くにいるみたいな気分になった。
サアアアアーッ
強い風が森を駆け抜けていく。俺は瞼を閉じて仰向けに寝転がった。体中が寒くて痛い。
「―――ルトっ!!!!!!!」
信じられない思いで俺は目を開けた。
(こ、この声...っ)
嘘だ、ありえないと脳が叫ぶ。
「ルト!!!」
金色の瞳が森の中で光っていた。その瞳は俺を見て酷く動揺している。
「エス…?ど、どうし、てっ…」
カラドリオスからここまでは馬車で半日かかるはず。そもそもあんな小さな鈴の音なんか届くわけがない。何よりもエスが俺のためにこんな事してくれる理由なんてないのに。俺の頭に色んな言葉が浮かんでは消えていく。
「ハア、ハアッ・・・ルト・・・」
でも、パーカーの隙間から見えた肌にびっしりとかかれた汗を見てそんな事どうでも良くなった。
(エスが、来てくれた・・・)
そう思ったら涙が溢れてくる。
「~~~っ」
「ル、ルト?!全身傷だらけだぞ…!体も冷たいし、一体何が…!」
すぐにパーカーを脱ぎ、俺にかけてくれた。少しでも温まるようにと腕の中に包んでくれる。それだけで酷く安心した。氷のように冷たい孤独感が溶けていく。
「・・・はは」
「?」
俺が急に笑いだし驚いている。
(前はエスに襲われて、それをアイツに助けてもらったのに)
今はそれが逆だ。それがとてもおかしく思えて、そして胸が痛かった。俺はエスの体に腕をまわし、目の前の肩に頭を埋める。
「・・・」
「ルト?」
少し迷ったあと、エスが強く抱き返してきた。やっと体の震えが止まる。
「エス…俺…帰り、たい」
「ああ、帰ろう」
エスと俺はしばらくそうやって抱き合っていた。
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
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