牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第四章「吸血鬼の棲む城」

吸血鬼城へ

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 =るーんるん♪お花だよ~♪=
「ああ、ありがとう、リリ」

 小さな口に可愛らしい白い花をくわえ、飛んでくる。俺は優しくそれを包み込み、隣に置いてある椅子に置いた。すでに持ち運ばれた花とあわせると色とりどりで綺麗だった。

「でも、もう大丈夫だから」
 =ほんと~?=
「ああ、だから遊んでおいで」
 =わかった~!=

 わーい!と嬉しそうに窓の外に飛び出していった。その無邪気な姿に癒される。

(そうだ、ご飯作らないと)

 ベッドから起き上がろうとした。

 =んむ...=

 猫が俺の足元で寝ていた。

「・・・」

 仕方ない。もう少しだけこのまま寝てるか。

 昨日から一夜明け、俺は気がついたらベッドに寝ていた。エスはどこにいるのか外はどうなってるのか。色々気にはなる事はあるが、今は静かにしていよう。昨日のあの殺伐とした空気とは打って変わって平和な世界に安心した。

 (よかった、ここは変わってない)

 無意識に首元に手を伸ばす。傷跡をなぞってみた。特に痛みもない。

「ほんとすごいな...」
 =見たか俺様の力=
「あ、起きたのか」
 =別に寝てねーよ=
「狸寝入りか!...気を使って損した、どけ!」
 =うわっ命の恩人にひでー!=

 猫を蹴っ飛ばし(もちろんよけられた)ベッドから出る。着替えて下に向かった。

「で、エスは」
 =教会の椅子に縛り付けといた=

 面白くなさそうについてくる猫ザク。ぶつくさ言いつつも俺から決して離れようとしないので、余程昨日ことが気にかかってるようだ。裏口から教会に入り見回す。

「!!...ルト!」

 俺より早く気づいたエスに声をかけられる。思ったよりも声は上空から聞こえてきた。

(って、え・・・?)

「な、なんで天井にっ」

 つるし上げられてるんだ?!なんかデジャブなんですけど??急いで振り返り、それをやったであろう本人を睨む。

「ラルクさんの時もそうだったけど、なんでお前は天井から吊るし上げたがるんだ!!ザク!」
 =いや、なんとなく?=
「あれじゃ話しにくいだろ!おろせ!」
 =ええーせっかくやったのに=
「いいから早く」

 今のエスは赤い瞳でも牙が生えてるわけでもない。普通の人間の姿だった。あんな状態にしておくのは流石に辛いはずだ。

 =ほらよ、変な気を起こしたら今度こそ殺すからな=
「ザク!」
 =ふん=

 物騒なことをいうな。キッと睨みつけるがそっぽを向かれてしまう。気を取り直し、エスの方に向き合った。エスは何も言おうとせず俺から目をそらしてる。

「。。。」
「エス、体はどうだ」
「平気だ、丈夫にできてる」
「そっか」

 お互いまた押し黙ってしまった。猫ザクが退屈そうにこっちを見てる。それでも何から話せばいいのかわからなくて、必死に言葉をさがした。戸惑う俺を見かねて、エスが口を開く。

「昨日は、ごめん」
「!!」
「もうオレの声を聞くのも嫌だろうと思う。ごめん。」
「...」
 =あ~あ~吸血鬼野郎のせいで死にかけたもんな~=
「ばかっお前は黙ってろ!」

 エスが苦しそうに俺を見つめてくる。俺は深呼吸を繰り返し落ち着かせてから言葉を吐き出した。

「...許さない」
「!!」
「昨日のことは許せないぞ」
「そう、だよな。。。」
「でも、話を聞いて歩み寄りたいと思ってる」
「?!」
「エスの事を知って、それから判断したいと思うんだ。だからエス、全て話してくれないか・・・?」
「。。。!!」

 エスは下を向いたまま、拳をぎゅっと握り締めた。

(やっぱり話したくないよな...)

 でも、このままエスを放っておけば間接的に吸血鬼事件の被害が増えるだろう。それは牧師として、街の住人として、見過ごせない。

「エス・・・」
「わかった。すべて話そう」
「!!」

 顔を上げたエスの瞳には決意の色が伺えた。

「まずは何が知りたい?」
「えっと…なんで家出したんだ?」
「吸血鬼は繁殖力が低いのは知ってるか」
「えっ」

 噛み付いた相手を隷属にしたりして勢力を増やしまくるイメージがあったけど。

「はは、それだったらお前もオレの家族になるぞ」
「た、確かに」
「繁殖力が低く生息数が少ない分、吸血鬼は自分の血族を重視する習性がある。すべての財宝、富も血族へと受け継がれていく」
「ふーん、人と同じだな..」

 親から子へ財産は引き継がれていく。それは吸血鬼も同じようだ。

 =悪魔は強い奴から強い奴に引き継がれてくぜ?=
「へえ」
 =何その薄いリアクション=
「別に悪魔の事情とかどうでもいいし」
 =ちゅめたい(´;ω;`)=

 エスが一呼吸置いた後口を開いた。

「そんなある日、城の主が先日体調を崩してしまった。城には大量の富があるし手にした権力も大きい。血族が殺気立ってそれを狙い始めた。その狙う者の中にオレの祖父も入っている」
「あの伯爵が?でも血族にしては老い過ぎてないか?おじいちゃんなんだろ」
「そう、だからオレを次の城主として推薦してるんだ」
「うえええ?!」
「オレは城など欲しくない。富も権力も血も欲しくない...だから家出した」
 =あんだけルトの血がぶ飲みしといて説得力0だけどな~=
「ザク!」
「その通りだ。オレが悪い」
「...」

 エスはフードを深くかぶっていて顔が全く見えない。でも声だけでわかる。かなり苦しんでいる顔をしてるのだろう。そう思うと胸の奥が締め付けられた。

「つまり、伯爵はお前を主にしてその地位を保持するためにあんな手紙をバラ撒いたってこと?わざと事件を騒がせ城に引き戻そうとしているのか」
「ああ。多分。」
「伯爵と1対1で話したのか?」
「いや、ゴタゴタしてすぐ飛び出したから話してない」
「じゃあ、今夜きちんと会って話すべきだ」
「!!」
「逃げてるだけじゃ、結局解決できてないと思う。それにこれ以上街の被害を増やしたくないってのもあるけどさ。」

 昨日の路地で見た惨状を思い出した。吐き気がこみあげてくる。いくらそれぞれに都合があるとはいえ、あんな風に死ぬ人をこれ以上増やしたくない。

「昨日のことで申し訳ないと思ってるなら、俺と一緒に来てくれ、エス」

 そう言って手を差し伸べる。エスは、一度自分の手を見つめてから俺の手を握り返した。

「わかった。それで少しでも許してもらえるなら、同行する。」
「よし!」
 =っけけ、これだからお前はよー=
「いいんだ、これできっとうまくいく」

 にこっと笑って、ザクを見る。ザクは深くため息をついてから尻尾を振った。自分もついていくと言ってるらしい。

「あ」

 そこでふと、あることを思いつき俺は廊下に行った。廊下に置いてある古臭い電話をとり、今まで一度も使ったことのない電話番号をおす。しばらくしてガチャリと鳴った。

『はいもしもし、街の案内人バンでーす。』
「バンか?」
『お!?その声、まさかルトか???どんな風の吹き回しだ、お前から電話だなんて』
「実は調べて欲しいことがある」
『待て!その前に、言いたいことがある!』
「?」
『昨日、エスを疑って悪かったな。俺、昨日ずっとあいつに張り付いてたんだが、奴のいない所でも事件が起きてたのがわかってさ。何も聞かずに見た目だけで判断して…申し訳なかった。今度会う事があったら謝っといてくれ。』
「うん、わかった」

 律儀な奴だなと笑いながら頷いた。横にいるエスにもきっと聞こえているだろう。

『んで?調べてほしいことってなんだ?』
「うん、それが…事件現場の付近にスネーカーみたいな奴がいなかったか、知りたくて」
『いいけど…スネーカーはデルタが引き受けたはずだぜ』
「あんな感じのギャングがいたかなってこと。俺の推測に過ぎないけど、スネーカーの時にいたバックが今回も関わってるかもしれなくて」
『ふーん、面白そうだな!ちっと調べてみるか』
「助かる」

 そう言ってガチャりと電話を切った。猫ザクが足元で寝転がっている。

 =終わったのか~?=
「ああ」
 =そろそろ腹へったんだけど~=
「用意する」
「オレも手伝う」

 ぶっきらぼうにエスが申し出る。頑張って言ったんだろうな...と伝わってくるぐらい顔が赤くなってるのが見えた。

「ありがと」

 その姿が可愛いなって思ったのは内緒にしておこう。


 ***


「。。。美味しい」
「...よかった、エスの口にあって」
「俺様もおかわり~」
「自分でいけ!」
「オレがやろう」
「えっ」
「お前が俺様のを??おいおい、毒とか入ってねーだろうな」

 ザクが目を細めて皿を持ち上げた。よそってもらった皿をクンクンと匂いを嗅ぐ。(流石に食事時なので人型になっている。)

「。。。」

 いつもと同じフードをかぶったままのエス。訝しげに睨まれても特に気にしてないのか、自分の食事に戻っている。ザクはひとしきり睨んだあとそっと口を付けた。

「うん、毒はないな」
「。。。だろう」
「...(よかった)」

 少しだけホッとした。信じてないわけじゃないけどやっぱり不安はあった。昨日の今日だし。むしゃむしゃ食べながら何かに気付いたのかザクが顔を上げた。

「そういやさ、城に行く時ってどんな服で行くんだ?」
「あ、そっか正装のほうがいいのか。一応招待されて行くわけだし」
「服装は別に決まってないはずだ」

 エスが短くそう答える。

(そうか、規定とかは無いのか、じゃあ・・・)

 俺は少し考えたあと自分の服を見下ろして言った。

「俺は正装が牧師服だから、このままでいくかな」
「。。。」
「…」
「なんだよ、二人して見て。もうご飯は残ってないぞ」

 俺が最後のおかわりに行くと、二人の目線がこちらに向けられてることに気づいた。鍋を傾け跡形もなく食い散らかされた鍋底を見せてやった。

「いやそっちじゃねーよ」
「ルトは、いつもその服だ」

 二人が声を揃えて異を唱える。そして。

「この機会に、他のやつ着てみねえ?」
「。。。」
「え??は??き、着ないから!」
「きっと似合う」

 焦って否定する俺を見て、エスがクスリと笑った。


 ***


「遅い...」

 俺は今、街中心部、噴水広場で人を待っている。背後にある噴水のイルミネーションがキラキラと光っていてとても綺麗だった。街ゆく人はみな頬を染め楽しそうに城に行く準備をしている。そう。吸血鬼城がとうとう開場されるのだ。

 わいわい

 みな殺人事件のことなど忘れ、楽しげに話してる。吸血鬼伯爵の城なんて早々入れるものではない。というか吸血鬼なんていないだろうと思ってる人間が大半だろうからほとんどは秋の収穫祭とかと同じ気持ちで夜会パーティに向かってるのだろう。その楽しげな光景に少し心が和まされたが、こんなに人の多い場所に居続けたらあっという間に人酔いしてしまうだろう。

「なあ、あれって」
「いいな…」

 心なしか、俺をチラチラと見てる奴が増えてきた。これ以上ここに居るとまた誰かにナンパされそうだ。

「あーもー、何ぐずぐずしたんだ!バンのやつ!」
「わりーわりー!」
「うわ!...遅いぞ、バン...と?!シータ、ラルクさんも?!」
「俺っちもいるぜー」
「デルタも!?」
「悪いな、色々やってたら捕まって結局大所帯に」
「はあ」

 バンとここで落ち合い城に一緒に行く約束をしたいたんだが、後ろからシータ、ラルクさん、デルタもついてきていた。まさかこんな大所帯になるとは。これだけで小さなパーティができそうなレベルだ。

 すとっ

「行こう」

 背後に何かが降ってきたと思えばエスだった。

「わあ!今度はエスかっもう!心臓に悪い!!」
「ごめん」
「いや!えっと、エスは別に悪くないっていうか」

 急に背後に現れたエスがしょぼんと頭を下げてる。いつもの黒パーカー姿とは違い、黒いスーツに着替えていて大人っぽくなっていた。別人のようだ。

「はは、この格好してると、イケメンだな」
「。。。!」

 俺がふざけてエスを褒めるとその言葉に皆が反応を見せた。

「「「俺は?!」」」

 皆、いつもとは打って変わりスーツを身にまとい大人っぽい雰囲気だった。でもその言葉で一気に台無しになる。俺はため息をついて「あんな奴ら置いていこう」とエスの背中を押す。

 =っけけ、服なんて大した差じゃねーよ=
「で、お前はそのカッコでいくのか」
 =おう!この方が何かと便利だし=
「そうか…?」

 猫ザクってほとんど役に立ったことないような…?まあいいか。

「きちんと守ってもらえ。ルトは、狙われやすい」
「エス?」

 エスが遠くにそびえる城の方を見ながら呟く。

(いやいや、そんな。)

 確かに人間(主に男)にはモテるらしいけど、吸血鬼にはこんな運動不足な血求められるわけありませんて。

「暴走したオレは昨日、目の前で殺された女の血を吸わずお前を求めた。きっと何か惹きつけるものがあるんだと、思う」
「え、俺汗臭いとか!?」

 急いで自分の体を臭う。蚊は汗臭いやつをよく狙うっていうし。

「オレらは蚊なのか…」

 少しショックを受けてるようで、放心してるエス。

「い、いや!そうじゃないんだけど・・・」
 =けけけ、ルトからは色んな匂いがするんだよな~それがまたソソられるっていうか=
「においって...」
「悪魔の匂い、男の匂い」
「うっ」

 エスから男の匂いと言われるとダイレクトである。しかもはっきりと否定できないのが辛い。

 =生物ってのは征服欲ってのあってさー他のやつが狙ってると思うとより燃えるし、誰かのだと思うと奪いたくなるわけだ=
「最悪だな」
「仕方ない、そういうものだ」
 =どんまい~=

「おーいルト!エスとばっか話し込んでないで、城に向かうぞー!」

 バンが声をかけてくる。時間をみようとポケットに手を入れるが時計がないことに気づき、落胆する。後ろにいたエスが目で訴えてくる。俺はそれに小さく頭を振って応えた。エスが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。今日は前髪も上げていてはっきりと表情が読めるのだ。

「。。。ルト」
「いや、時計が、ないだけ」

 そういうだけで精一杯だった。拳をぎゅっと握り締める。

「時計って、これか?」
「あ!!!」

 見慣れた、少し傷のついた懐中時計が目の前にぶら下げられる。俺は急いでそれを受け取る。へりについた傷も色落ちしてる部分も同じ・・・完全に俺のものだった。嬉しくて飛び上がりそうになる。

「どどど、どこでこれ!」
「昨日、街を彷徨ってたらルトの匂いがして、行ってみたらこれがあった。いつか、お前に届けようと思って拾ったんだ。」
「あ、ありがとう!!」

 あまりの嬉しさに抱きついてしまった。それを見た猫ザクが舌打ちをする。

「探してたんだ!!」
「い、いや。。。」

 顔をそらしつつも、体を抱きしめ返される。あれ、なんで抱きついてるんだっけ、と今更我に返る。それを見たバンが目を丸くする。

「おいおいルト、こんな道路の真ん中で何やってんだ」
「っなんでもない!」

 エスも頷いて俺に賛成する。やれやれと言わんばかりに俺を引っ張っていくバン。前の方ではシータとラルクさんが変態談義に花を咲かせているのが見えた。

「うっし、馬車は呼んどいたぜ」

 デルタが背後の黒スーツ軍団に...あ、今日は黒髪ロングのヤンさんだけらしい。ヤンさんに顎で指示をした。黙って頷くヤンさん。二人の間に言葉などいらないのだろう、素晴らしい関係だ。ちらりと傍らの猫を見る。

 =なんだよ=
「別に」

 こっちも少しは見習うべきだな、なんて思うルトであった。


 ***


「おおおー!流石に広いなあ」

 手入れの行き届いたシャンデリア。ピカピカに磨かれた床。壁に立つ厳つい甲冑たち。荘厳さと歴史を感じさせる内装だ。けれど古臭いわけではなく調度品のどれもが洗練されていて、吸血鬼の城にしては明るい印象を受けた。

(もっとジメジメしてるかと思ったな)

 隣で感動しているバンを横目に俺も感嘆の声を漏らす。

(でもやっぱこの人混みは・・・)

 入り口付近は城に押し寄せた人たちでごった返していた。一人一人武器の所持を確認され、許可がおりたものだけ中に案内されていく。俺たちも今さっき許可が下りたばかりでやっと人ごみを通過できたところだった。胸焼けのような吐き気がする。完全に人酔いした。それに気付いたシータが楽しそうに茶化してくる。

「大丈夫ー?いつでも言ってね、僕が受け止めてあげるから!ぜんぶ!」
「死ね...」
「ダメですよシータくん、こういう時は保存するために袋を用意しておかないと」
「両方死ね...」

 力なく毒づく俺。

(弱ってるからって好き勝手言いやがって...)

「そういえばさ、今日の服装、どこで借りてきたの?」

 シータがおもむろに俺の体を指す。気になるのも仕方ないだろう。いつもは黒生地に白いボタンという牧師服しか着ないからな。だが今、俺はどこぞの坊ちゃんが着るような服を着ている。白い襟、高価そうなボタン、装飾。落ち着いた色の青いネクタイ。それに合わせ髪も少しいじられた。ストレートの髪の毛先をゆるく巻かれ、自分の童顔に拍車がかかってしまったという。

(他の男達は巻くと色っぽくなるのになぜ俺だけ...)

「似合ってるよー?」
「ええ、見違えましたよルト君」
「俺はいつものも好きだけどなー」
「。。。」

 さあ、今誰がどれを喋ったかわかるかな?...なんて言ってみたり。こう人数が多いと聞き分けも大変になってくる。

 =おい、あれ!=

 猫ザクが足元で暴れてる。言われた方を見てみると、すごい人だかりができている。100人以上いそうだ。

「。。。」

 エスがそっちを睨んでる。どうしたんだ?

「あ、君はジキルハート・エスタックの隠し子じゃないか」

 馬鹿にしたような声が聞こえたかと思ったら、廊下の人だかりの中心にいる男がこっちに近づいてきた。金の髪に白い肌、まさに貴族という姿のその男はエスの前で立ち止まる。俺はこそっとエスに尋ねた。

「エス、知り合いなのか?」
「城主の血族で、最有力の継承者候補だ」
「うわ」

 一気にやつへの好感度が下がる。顔も大したこともないし(後ろにいるエスやバン達のほうが断然格好いい)、しまりのないニヤニヤと笑う口は下品な印象を与えてくる。身なりはちゃんとしてるのに、全体的に品がない。これならエスの方が何百倍も城主に向いてる。比べるのがおかしいぐらいだ。吸血鬼事件を起こしてまでエスを推薦しようとする伯爵の気持ちが少しだけわかった気がする。その候補の男がちらっと俺を見てニコリと笑いかけてくる。

「・・・!」

 俺はエスの背後に隠れそっぽを向いた。

「可愛らしい連れだね、家出の手土産かな?」
「てみやげ..!?」

 なんで悪魔といい吸血鬼といい俺をモノ扱いするんだ。失礼だろ!

「違う、大事な友人だ」

 きっぱりと、迷うことなく友人だと告げられ、胸が熱くなった。

「ふーん、どっちでもいいけど。今日城主様が顔を出されるそうなんだ、君もでなよ?」
「。。。」

 そう言ってまた人だかりに戻る。女子たちがキャーキャーと群がっていった。

「なんだアイツ、偉そうに」
「実際、立場も上だ」
 =ほんとめんどくさい種族だよな~欲しいなら奪う、力の強いものが勝つ、これで十分だろうに=
「お前ちょっと黙れ」

 ため息混じりにツッこむ。みんながお前みたいにはなれないんだっての。

「あれ、そういえば他の皆は?」

 いつの間にかはぐれてしまったようだ。俺とエスは互いに顔を見合わせる。

「シータとラルク博士なら城探索に行ったぜ」
「バン!」

 無駄にでかい廊下の扉からバンが現れる。その手にはワインが注がれており頬をほんのりと染めたデルタと飲み交わしていた。

 =酒!!!=
「お前は飲むなよってこら、言ったそばから!」

 ザクがものすごい勢いで酒に飛びついていった。頭を押さえ、あきれ返る。もうあんな奴知らん!

「にしても、すごい人だなー」

 バンが広間に集まる人々を見ながら呟いた。俺も小さく頷いて答える。

「街の人間の一割ぐらいは来てんじゃないか?」
「野次馬精神おそるべし...」
「はは、まあ俺たちも楽しもうぜ」
「...」

 俺は黙り込み、手渡された皿を机に戻す。

「それで・・・どうだった?頼んでた情報は」

 俺の言葉を聞き、バンは姿勢を直した。

「..それなんだが、お前の読み通りだった。事件現場周辺には必ずそれらしい若者集団がいたそうだ。」
「じゃあやっぱり吸血鬼の仕業にしようとした奴らがいたんだな。」
「みたいだ。でもその指示と援助をした奴の正体は全くわからなかった。ここまで掴んでるのに・・・くそ!」
「いや、十分だよ。今度何かおごるからさ」
「んーそれもいいが、手作り料理もいいなーなんて言ってみたり」
「...!」

 バンが冗談めかして言った。

(て、手作り料理?!)

 驚いて言葉をなくす。

「え、あ、いや!深い意味はないんだ!シータとラルクさんがあまりにもお前の料理を褒めるから気になっただけで」

 バンが焦ったようにごまかしてる。ラルクさんはわかるけど、シータには食わせたっけ?どっちでもいいけどそんな話もしてるのか、恥ずかしい奴らめ。

「その・・・バンにはいつも世話になってるし、俺でよければぜひ。ただし残すなよ」
「ははは!上等だ!ぜったい残さないからさ!」

 約束だ、とグラスをぶつけ合う。

「おーい!バン!こっちで飲み比べしようぜー!」

 少し離れたところにいるデルタが赤い顔でバンを呼ぶ。

「ああ、もう。強くねーのに飲みまくってお前はー!」

 呆れ顔でデルタの方へ歩いて行くバン。

 スッ

「うわ!いたのか?!」

 音もなく現れたエスに飛び上がってしまう。

「わるい」
「いや、怒ってるわけじゃなくて・・・いや、もういいかこの流れは」

 近くにあった椅子に腰掛けた。するとエスも隣に腰かけてくる。そのまま黙って赤ワインの入ったグラスをぐびぐび傾けてるエス。赤い液体がエスの口に入っていくのを見てると、ふと昨日のことを思い出し傷が疼いた。

「...」
「痛いのか?」

 傷口を引っ掻いていたら、エスが気遣うように視線を送ってくる。

「..え、あ!」

 すぐに腕を引っ込めるが、時すでに遅し。気まずい空気が俺たちの間に流れる。居た堪れなくなり何か言おうと口を開けたときだった。

「舐めようか」
「えっ・・・???!」
「いや、少しは良くなるかなと」
「い、いや、いいよそんな!」

 ザクもエスもなんでそう舐めたがるのか不明だ。まあ、それが精一杯の思いやりなんだろうということはわかる。わかってるけども。

(背徳感を感じるというかなんというか)

 俺が困ってるとエスがゆっくりと言葉を吐き出した。

「。。。昔、舐められたんだ」
「?!」

 突然の告白に戸惑う。(え??舐められた・・・?)しかし隣に座るエスの顔には茶化すような風はなく、過去の懐かしい記憶を想って目を細めていた。

「オレがひょんなことで怪我をして、傍にいた祖父が、な」
「!!」

 祖父、伯爵のことか。そのことを思い出してるのかエスは柔らかい瞳で窓の外を見ていた。あまり見ない照れたような嬉しいような顔。

「怖そうな人だと思っていたけど、ほんとはそれほど怖くないんだってわかって..オレはとても嬉しかった」

 そうか。エスにとって“傷を舐める”という行為は何物にも変えがたい愛情表現なんだな。そう俺は察した。

 ぐいっ

「?、る、ると?」
「ちょっと来い」

 エスの腕を引っ張り、窓に近づく。鍵は閉まってなかったのでそのまま窓を開けて外のベランダに出た。誰もいないことを確認してからエスに向き合う。

「...ん」

 そこで俺はボタンを外し、首元を晒す。その首元を見たエスがごくりと喉を鳴らした。

「その…昨日のお詫びに舐めてくれても、いいぞ」
「。。。!」

 目を見開くエス。言った俺が恥ずかしくなってきた。

(でも、あんなに嬉しそうな顔を見せられたら、仕方ないだろ)

 エスにとってこの行為がそんなに大事ならさせてあげたい。

「。。。」

 エスが顔を近づけてくる。

 ぴちゃぴちゃ

 遠慮がちに舐めるエスの舌。暖かくて、くすぐったい感覚。牙がかするたび体がびくりと反応するが、エスは絶対に突き立ててようとしなかった。

「はっ…」

 危なくないとわかると俺も次第にリラックスし始め、エスに体をもたれさせるような姿勢になっていく。優しく傷を舐めてるエスの舌先からは精一杯の謝罪と、不器用でたどたどしい好意を感じさせた。ザクの時と違い、見えるように傷が塞がる事はなかったけど、俺とエスの距離が回復したようなそんな気がした。

「ん、もういい、だろ」
「…ふ、もっと」
「ええ!ちょ、エス」

 もういいだろと呆れつつ、されるがままにしておいた。ま、別に誰も見てないしな。

 (ってあれ…隣のベランダからこっちを見てる人がいるような..)

「って、わあああ!エス!待て待て!だ、誰かに見られてる!!」
「...?」

 俺がベランダの方を指差すとエスが目を見開いた。
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