牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第三章「ヘンタイ博士登場」

大雨の来訪者

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 今日のルトは一際機嫌が悪いようだ。いくらルトが生粋の魚好きだとしてもそう毎日同じ食事を出されたらたまったものじゃない。血肉滴る生肉が主食の悪魔の俺様にはなかなかの拷問だ。

(ったく・・・全然言うこと聞かない生意気な牧師だよほんと)

 だからってこんな事で教会を去ることはしないけども。とか、そんなことを考えていたときだった。

 かさかさ

 嫌な気配を察知する。教会に何かが侵入してきたようだ。低級悪魔なら俺様の臭いに気づいた瞬間怯えきって入ってこないだろうし、かと言って普通の人間もそうそうこんな教会に入ってこないだろう。なんたって呪われてると名高い教会なんだし。

「こんな夜に一体何者だ~?ま、いいや、久しぶりに悪魔らしい仕事すっか」

 そんで活躍して肉を買ってもらおう。ご褒美にステーキ、うん、最高だ。なんて、悪魔とは思えない殊勝な思いつきをする悪魔様なのであった。


「...おいおい」

 これは困った。侵入者の気配を追ってここまで来たが、まさかこうなってるとは。

「行き倒れかこれ」

 目の前には雨で少しぬかるんだ地面に突っ伏す男がいた。足で肩あたりを蹴ってみたがピクリともしない。死んでるのか?

「とことん死者を産む教会だなーここは...」

 ボリボリと頭をかく。

(ったく、こんな情報なら教えない方がいいかもな・・・)

 ルトに報告しても「どうせお前のせいだろ」とか訳のわからない難癖つけられそうだ。そのせいで飯抜きにされてはたまったものじゃない。さっさとこれを敷地外に捨てて教会に戻るか。そう結論を出した俺様は目の前の男に手を伸ばす。だいぶ近づいて、やっと気づいた。

「すーすー」
「...生きてるんかい!!!!」

 俺様は一人、突っ込んでいた。なんて寂しい。寂しい一人ツッコミだろう。そんな俺様に気を使ってか、空が仕事を思い出したように大量の雨を降らしてきた。一気にパンツまでずぶ濡れになる。

 ザアアアアーーッ!!

「あーっもう!」

 俺様は何に対してでもなく叫び、再び男に手を伸ばした。


 ***


 リズミカルな包丁の音がキッチンを包む。

 =~♪~♪=

 頭上ではリリが楽しそうに歌っていた。可愛らしいBGMに魚の煮込んだいい香り...ああ、俺、今すんげー幸せかもしれない。悪魔のことで最近やつれてたけどこういう時間があると、やっぱりここに来て良かったと思える。そんな事をほっこり考えながら俺も一緒になって歌いはじめると

 ザアアアアーーッ!!

「...うわっすごい雨」
 =あーめあーめふーれふーれも~っとふれ~♪=

 急いで窓を閉め、これ以上なかに雨水が入ってこないように塞ぐ。楽しそうに外を眺めては歌う小鳥を眺めてまたすぐに作業に戻った。

 バタバタ

 背後にある廊下の方から乱暴な足音が聞こえてくる。独特のこの足音、裸足だな。てことはあの足音はザクのものだろう。

 バタバタッバタン!

 俺たちのいる部屋の扉が勢いよく開いた。まるで蹴り破るかのような騒音にリリがびっくりしていた。

「おい、もっと丁寧に開けろって言ってるだろ」
「あ、わりーわりー」

 振り返らずにそう言って作業を続ける俺。奴が近づいてくる。1m程の距離まで近づかれてやっと異変に気づいた。ちらっと背後を見る。

「?!おまっ...その人!!」
「言っとくが俺様がやったわけじゃねーぞ。教会の敷地でぶっ倒れてたんだ。」

 ザクが人を背負っていた。しかもその人は意識がなく生気も感じられない。雨に濡れ青白い顔をした顔はどこかで見た気がした。白いコートにメガネ姿...

「...ら、ラルクさん?!」

 近くで顔を見てみる。やはりそうだった。昼間、俺の懐中時計を拾ってくれたラルクさんだ。急いで俺は毛布を取りに行く。

(少し小さいがこれを巻いて体を暖めないと)

 ラルクさんの体は異常なほどに冷たかった。

「服が濡れてちゃ、毛布意味ないんじゃねー?」
「...だな」

 珍しくザクと意見が合う。ラルクさんの服に手をかけ、一つ一つボタンを外していった。コートを脱がし終えて下の服に手を伸ばしたとき...

 ッガ!

「?!」

 腕を掴まれた。背後にいたザクが身構える。

「...あれ、君、は?」
「る、ルトだ。やっぱりラルクさんだよな…」
「これはこれは…すみません」

 ラルクさんはメガネをかけ直し俺の腕を離してくれた。後ろにいたザクも緊張をときキッチンの冷蔵庫に手を伸ばす。

「おいザク、まだそれは食うな」
「いいじゃん、あとは皿によそうだけだろ?」
「それでもダメだ。ほらお前の下に水溜りが出来てるし!さっさとシャワー浴びてこい」
「っけー!」

 めんどくせ!と言わんばかりに持っていた鍋の蓋を乱暴に元に戻すザク。そして、どすどすという足音ともにシャワー室へ歩いて行った。

「・・・」

 それを不思議そうに見ていたラルクさんとふと目が合う。

「あの方は、...ご友人ですか?それとも」
「あ、えっと!」

(俺とザクじゃ家族なんて言っても通じないだろうし...友人、でもないし...)

「強いて言えば、主従です。なんて言えないし...」
「へ?」
「えっと。アイツは...俺が教会で引き取ってるワケアリのやつなんだ」
「ほう...物語にはよくある、犯罪者も引き取っちゃう感じですか?」
「んーそんな感じだ。犯罪者じゃないけどさ」

 十分存在が犯罪級だけど、詳しくは話せないから訂正はせずに終わった。

「そういえば、ラルクさん教会で倒れてたんだって?一体何があったんだ」

 俺の問いかけに下を向いて答えるラルクさん。

「...実は、ですね」

 ググウキュルルウ~~~~・・・

 突如、気の抜けた音がラルクさんのお腹から聞こえてきた。

「実は、徹夜する前から何も食べてなくて...」
「エッ!空腹で倒れたってこと?!」

 うん、と彼は素直に頷きメガネをかけ直した。お腹がまた鳴る。

「なら、すぐに用意するから、そこで座ってて」
「いえそんな!そこまでお構いになるわけには」

 常識的な返答をされ、苦笑する。

(こんな丁寧な返答久しぶりに聞いたかも)

 俺の周りにいるやつも少しは見習って欲しいものだ。

「いいよ。それぐらい。これでも牧師だし、困ってる人間を見捨てたら天罰が下りそう」
「...なんだかすみません」
「いいってば」
「ではご馳走になります・・・ここで座っていればいいですか?」
「あ、うん」

 キッチンの後ろに無造作に並べらた椅子を指してる。その前には部屋の面積の大半を占める程の大きい机があった。そこで俺たちはいつもご飯を食べていて椅子は各自好きな場所を選んで座ってる。固定の席があるわけでもない。ただ一番左にあるのは足がボロいから誰も座ろうとしないけど。なんて思ってたらラルクさんがそれに腰掛け、思いっきりそれを玉砕させた。

 (ど、ドジっ子だ…)

 堪らず吹き出す。

「ぷは!!」
「イテテ...すみません、壊してしまいました」
「あ、ぷぷ、全然ぷふふ!いいって!」
「...笑いすぎですよ」
「ごめん、ふっ」

 必死にこらえたがやっぱり我慢できず笑ってしまう。俺は誤魔化すようにラルクさんの目の前に熱々の食事を置いていった。そして自分の分もよそって机に置く。俺はラルクさんの正面に当たる場所に座って食事の前のお祈りを簡単に捧げ、食べ始めた。それにならってラルクさんも食事に手を伸ばす。

「美味しい・・・!」

 お世辞なのか本心なのかわからないが、料理のことをかなり褒められた。過度の男嫌い&人間不信のせいで誰かに料理を振舞うなんて今までなかったし、居候もどきのザクは文句が多いけど食事中は黙って食べてる。リリはそもそも味覚が俺たちと違う。だからこうやって料理のことを褒められたのは“初めて”だと気付いた。

「嬉しいもんなんだな...」
「おい、なんで俺様はだめでコイツはいいんだよ」

 俺とラルクさんは食事の手を止めることなく、廊下のほうを見た。そこには上半身裸のタオル一枚の男が立っていた。

「ずりーよ」

 髪から存分に水を滴らせつつ、恨みったらしい視線を送ってくるザク。

「ごめん、でも緊急だったんだ。ちゃんとおまえの分もあるから安心しろ」
「っけ、差別だ!」
「区別な」

 少し冷めたスープを口に運ぶ。ふと、窓を見てみたが雨は一向にやみそうにない。正面に座るラルクさんに視線を戻しまたスープに戻る。ラルクさんはかなり食べるスピードが遅いらしく、まだ半分も食べれてない。

(ま、よく噛むのは悪いことじゃない)

「ルト君がいつも作っているのですか?」
「え、あ、うん。昔から一人暮らしだったからそれなりにはね。どうせこいつにそんな芸当期待できないし」
「っけ!俺様は他で役立ってるからいいんだよ」
「それはそれは。こんな食事を毎日食べれるなんて羨ましいですね」
「えっ」
「ふふ、毎日君に作ってもらえるなら私も食事を忘れずに済みそうだなって思ってしまいました」

 皿を傾けて残りのスープを匙にいれる。そんな仕草でさえ色気を感じるのは雨で髪の毛が濡れてるからか???それとも眼鏡の魔法????

「こんなん毎日くってりゃ慣れちまうぜ」
「ザク、文句があるなら食うな」
「別にそういうわけじゃねーよ!この男に現実をだな」
「おまえは黙ってくってろ」
「ういーす」
「ふふ、毎日これが食べれてしかもそれに贅沢を言える...なんて羨ましい!私にも一人ルト君がほしいですね」
「ええ?!」

 俺は一瞬ぎくりと肩を揺らした。

(俺がほしいって。。。)

「冗談、ですよ」

 にこにこと笑ってそう言ってくる。でもなぜかその笑顔には不気味な色が写ってる気がした。

(。。。いや、気のせいだよな)

 頭を振って、今しがた浮かんだ思考をかき消す。


 ***


 ザアアアアー…

「止みませんね」
「…」

 どうしたものか。俺たちは今教会の入り口まで来ていた。食事を終えたラルクさんがこれ以上迷惑はかけられないと言って出ていこうとしたのだが、外はバケツをひっくり返したような雨が降っていて進みようがなかった。ここから街の中心部まで傘なし(傘があってもこの土砂降りじゃびしょ濡れになるだろうけど)で行くのは無謀だ。

「しかも、金ないんだっけ」
「はい、恥ずかしながら・・・なのでなるべく早く野宿できそうな場所を探したいのですが」
 =この雨じゃきついだろうな~=

 いつの間にか猫の姿に戻ってるザクが教壇の上で寝転がっていた。信者の人が見たらかなり怒られそうな風景だが俺は別に夜の間ぐらいはいいと思ってる。

「止むと思うか?」
 =こりゃ朝まで続くぜ、濃い雨の匂いがする=
「そう、か」
「?どうしました?」
「あ、いや!なんでもない」

 怪訝な顔で見られ、なんとか笑顔を取り繕った。ザク(Ver.猫)の声はそれなりに訓練を受けた者か悪魔仲間にしか聞こえないということをついつい忘れてしまう。

「仕方ない…ラルクさん教会で寝ていきなよ」
「え、それは悪いですよ!」
「だって他に行くあてもないんだろ」
「まあ、そうなんですが…」

 この街には研究発表と学会のために来たから最終日(明後日)にならないと迎えが来ないそうだ。財布のない状況で、この悪魔の蔓延る街で生き残るなんて無謀すぎる。前に痛い目を見てる俺だからこそ、この街がどれだけ恐ろしい場所か重々理解していた。

「金もない、当てもない、そんな状態でこの街は危なすぎる」

 俺がじーっと睨みつけて返答を待ってると

「…では、お言葉に甘えて」
「うん。」

 折れてくれたようだ。ほっと胸をなでおろす。

 =あ~あ、知らねーぜ?こんな得体のしれねー男引き入れちゃってお前=
「お前を入れてる時点で十分危険を冒してるし」
 =俺様は健全な悪魔だから大丈夫=
「健全な悪魔って意味わからんっつの」
 =けけ=
「え?悪魔がどうかしました?ルト君」

 小声でザクに突っ込んでるとそれを耳にしたラルクさんが不思議そうな顔で問いかけてきた。

(おっと、聞こえてたか…)

「あ、いや悪魔って怖いなーって思ってただけ」
「悪魔・・・」

 考え込む仕草をした後、にこっと微笑んでくる。

「悪魔が怖い存在・・・はたして本当にそうなのでしょうか」
「へ?」

 キラリと眼鏡が光った。
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