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第二章「カラドリオス祭」
悪魔の囁き
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***
「これなんかどうだ?」
原色に近い赤色をベースに、金色の鈴がついた“狐”の仮面を差し出される。見てるだけでチカチカする色合いだ。
「もっとシンプルなのがいい」
俺はそれを店員に返し、他の仮面に視線を移す。狐に狸、猫、犬の仮面...本当にたくさん種類があって、どれも一つ一つに味がある。自分が付けると思わなければどれも欲しいと思ってしまうだろう。
「おい、バン!かわいい子つれてんじゃんよ」
「ん、デルタじゃないか。」
ふと出店の横から、派手なバンダナを額に巻いた男が現れる。その後ろに全身黒色の服の怪しげな男の群れがいて驚いたが、そんなことより俺はバンダナ男のセリフに引っかかっていた。
(かわいい子って俺のことか?!)
浮き上がっていた気持ちは吹き飛び、一気に不機嫌になる。
(どこにいってもそうだ...ったく)
やけくそ気味にバンダナ男に言い返した。
「・・・俺は男だ!」
「えっあ、ほんとじゃん!わりぃ!」
特に悪びれる様子もなくヘラヘラ笑ってる。余計イラついた。さりげなく俺たちの間にバンが入ってくる。
「デルタ、ちょうど良かった、安くしてくれよお前の店だろ」
「お?仮面か?いいぜ!一個ぐらいくれてやらあ。店主、よろしくな」
「へい!ボス!」
仮面売りの店主がバンダナ男に頭を下げる。どうやら見かけによらずバンダナ男は偉いヤツのようだ。だからってどうともしないがな。諦めもせず睨みつけてると、こっちに視線を動かした奴と目が合った。
「んでえ、あんた名前は?」
「ルト。」
「っほほー?あんま聞かねー名前だな」
「聞かないどころか、ルトは最近来たばかりだからな」
「なるほどどうりで。よう、ルト。俺はデルタだ!」
無言で握手に応じる。ゴツゴツとした固い手だった。デルタは俺をしばらく観察してから満足したのか手を離す。それからすぐにバンが説明してきた。
「デルタは俗に言う“マフィアのボス”だな」
「えっ」
「おいおいバン言うなよ~怖がられるじゃんよ~!」
「悪い悪い、でもどうせすぐバレるだろ?」
人は見かけによらないというが・・・よらなすぎだろう?!?ただのチャラ男というか失礼な奴だと思っていたが、まさかマフィア関係の人・・・しかもボスって・・・。
「ボス、時間がそろそろ」
「おう!じゃあまたな!デート楽しめよ二人共!」
「デートじゃないって」
「デートじゃない!」
「へへ!息ぴったりじゃんよ!」
楽しそうに笑いながらバンダナ男は去っていく。後ろに控えていた黒服達もそれに従っていった。一気に通りが静かになる。
「・・・俺、これにする」
「ん?」
やっと落ち着いたところである仮面に目が止まる。それを持ち上げて即決した。銀色の模様が光る白銀の“猫”の仮面だ。
(なんとなく猫ザクに顔が似ている気がする)
だからか、どの仮面よりも一番親近感がわいた。俺の意図に気付いたのかバンが優しく微笑む。
「そっか。よし、おーい店主!これで頼むよ」
「わかりやした、今値札を」
「仮面の金はこれで足りるか」
「旦那、さっきボスがタダで提供しろって言ってたんで金は」
「いいからいいから。お前のヘソクリにでもしときなって」
「うっ・・・旦那!有り難くいただきます!」
店主は金を受け取って、嬉しそうにポケットに入れる。仮面を受け取ったバンは俺に向き直り、手慣れた手つきで取りつけてくれた。
「うん、似合うな」
「どうも。てか、仮面の金は俺が払うのに」
「気にするな、年上には甘えとけばいいんだよ。ほら、喉渇いたろ、なんか飲もうぜ!」
いつの間にかバンは狼の仮面をつけている。
「隣の通りは飲み店通りなんだ!日頃は手の伸ばせない高い酒も安く出回ってるし、あまり出会えない酒にもありつけるかもしれない、オススメなんだ」
「酒...」
(ザク、飲みすぎて人を襲ったりしないかな・・・)
「なんだ、もしかして飲めない日とかなのか?」
「いや、別に」
若干ザクに不安を抱きながらも、飲み通りへと歩き出す。進むにつれてカップルや夫婦に見える二人組が増えてきた。そりゃそうか。家族連れはサーカスとかある噴水広場に行くよな。キョロキョロと辺りを見回しているとバンが感慨深げに呟いた。
「・・・それにしても、お前とこんな風に飲めるなんてな」
「なんだよそれ」
「いや、ここの教会の牧師は長生きしないってのが噂...というか実際この10年そうだっただろ。だからルトともすぐ・・・別れる事になるのかと思ってたんだよ」
「・・・ひどいな」
「悪いって」
俺だってもちろんそんな事望んでなかったぞ?と背中を叩かれた。
「でも。あの時は言えなかったが、内心不安だらけだったんだ」
「バン・・・」
「だからこうやって、ルトと一緒に話せて飲めるのは、素直に嬉しい」
恥ずかしげもなくそんなことを言われ、どう反応していいかわからなくなる。
「そう・・・か」
俺はいい酒を探すフリをしながらバンの方を見ないようにする。赤くなった頬を俯かせて必死に隠した。そんな時だった。
「すっげー!まだ飲めんのかあんちゃん!」
「いいぞ!飲め飲め!」
「わー!わー!」
ざわざわと喧騒が聞こえてくる。どうやらとある飲み屋で何かイベントをやっているらしい。何十人もいる野次馬が邪魔で通りにくい。
「見えない・・・」
「ここじゃ一生見えそうにないな。ちょっと俺が見てくるからルトはここで待ってろ」
「え、あ」
野次馬根性に火がついたのか、バンは人ごみに顔を突っ込んでいった。
(物好きな...いや情報屋的には知っておきたいか)
俺がため息をつくと同時に、また大きな歓声が届いてきた。
「おーーーー!これで十本だぞ!新記録だ!」
「すっげーーー!」
「カッコイイ~!!!」
「ぷはあ!...なあに、こんくれー楽勝だってのー♪」
「?!」
ガタっと俺は急いで立ち上がる。
(ここここ、この声!)
野次馬の中を進み、店の前にまで移動した。やはりそこには思ったとおりの人物がいた。
「――っザク!!」
「ん?お、ルトこんなとこに来てたのか、変なのに絡まれてもしらねーぞ~?けけけ」
「っ余計なお世話だ!お前こそなんでここに」
「んなの、酒のためだって~!!」
ザクが人混みの中で酒の空瓶を振り回しながら、俺に手を振ってる。一気に観衆がこっちを見てきたので急いで仮面を深くかぶりなおす。この時ばかりは仮面に感謝した。よく見ると、ザクも猫の仮面をつけている事に気づいた。ちゃっかり祭りをエンジョイしてるようで脱力してしまう。
(悪魔のくせに、なに人間生活楽しんでるんだアイツは・・・)
「お前らも飲もうぜ~!ここの店、十本以上飲めた奴はタダなんだとよー」
店つぶしめーっと頭を抱えて叫んでる男が目の端に映った。きっと店長だろう。
(可哀想に。ザクと関わったのが運の尽きだな。)
珍しく赤く頬を染めて酔っ払うザクが、笑いながらこっち来いと手招きしてくる。これ以上注目されてはかなわない、俺はすっと後ろに下がっていった。入れ替わりのように誰かが俺の後ろから進み出てくる。バンだった。
「じゃあ俺もご一緒させてもらうかな」
「おお!飲み勝負か?いいぜかかってこいよ~?黒髪!」
「バンだ、俺は酒の強さには自信があるんでな」
バンがザクと酒を交わす。
(ほんとに勝負し始めるし・・・)
俺は仕方なく二人が勝負を終えるまで時間を潰そうと、通りの反対にある静かな飲み屋に入った。それからしばらくはお通しをちびちび食べながら二人を眺めていた。
(よくやるなあ)
呆れたように視線を外すと、その先に見慣れた背中が見えて
「...え、あ!お、お爺さん?!」
そこにいたのは迷子のお爺さんだった。お爺さんはキョロキョロと見回した後、すぐにまた奥へと進む路地に入っていっていってしまう。俺はカウンターに金を置き店を出た。お爺さんと同じ路地に入る。
「うっ...!」
異臭がひどい。生ゴミ置き場になっている路地だったようでかなり臭い。俺は鼻を押さえ路地の奥へと進んでいく。分かれ道に差し掛かった。
「どっちに行ったんだ・・・??」
困り果ててると。
=にい~!あっちー!=
さっきまでぐっすりと昼寝していたはずのリリが俺の胸ポケットから顔を出して、右側を指差した。そっちを見るとお爺さんの背中が一瞬だけ映り、すぐにまた消えていった。
「おい、爺さん!危ないって!!」
こんなとこで何してるんだ?路地裏は特に危ないってのに...!
(まあ、俺もきた当初はこうやって入りこんで痛い目みたけど)
路地を駆け抜けてるうちに、街の風景が少しずつ変わっていく。廃れた建物、割れた窓、壊れた扉...あまりいい思い出のないあの旧市街地に近づいてるのだろう。
「っやばいな・・・このままじゃ旧市街地に行っちゃう、早く見つけないと!」
=リリもてつだう!=
「ダメだ!リリ、危ないからポケットに入ってるんだ」
=むう~=
リリを押し込んでまたスピードを上げる。すると後ろから足音がすることに気づいた。
たったっ
(な...!いつの間に後ろに??)
振り返ることもできず全速力で路地を走る。
(いつまで続くんだよこの路地!)
ザッザッ
音はどんどん近づいてくる。そのたびに走るスピードを上げるが、限界だった。息が苦しい。この時になって自分の運動不足を呪った。
ザザザ!
だめだ、足音がすぐ真後ろまで・・・
=にい!あっちにヒカリが!=
「っよし!」
路地の先に光が見えてくる。少しでも人の多い場所へ行こう!お爺さん探しはそれからだ!
ばっ!!
暗い路地から明るい場所に飛び出したせいで目がチカチカする。俺は走りぬけた勢いを止めれずこけてしまった。
「これで、なんとか...まけたか?ハア、ハア...」
肩で息をしながら、立ち上がろうとする。久しぶりに走ったせいか膝が笑ってる。リリがポケットから顔を出し俺の後ろを見て鳴いた。
=にい!うしろ!!=
「えッ――わ、ぶっ!」
突然あたりが暗くなる。
(いや、目隠しか...これは?)
焦って自分の目に手を伸ばした。すると、冷たい手らしきものに触れた。この冷たさは知っている。
「やあ、久しぶり」
「!!」
「会いたかったよ、ルト君」
「...し、シータなのか?!」
目を塞がれながら俺は背中にどっと汗が流れていくのを感じた。
(シータがどうしてここに?)
しかも様子がおかしい。
(この感じ...あの時と...)
スネーカーのアジトで襲われたときのシータと雰囲気が似ている。というかそのままだった。
「なんで店来てくれないの?毎日待ってるのに」
「んなの、行くわけないだろ!お前がいる店なんて...安心して食えない!」
「えー?昼の僕は至って無害なのに」
様子が元に戻った気弱なシータでも・・・見てるとあの時のことを思い出して嫌悪感で吐きそうになるのだ。
(絶対おかしいと思ったんだ、幻覚にしてはリアルすぎてる...って)
でもあれ以来この“シータ”は見ていなかったから、無理やり自分を納得させていた。きっと幻覚に違いないって。
「僕は、昼間の間は普通の人間なんだ。でも夜とか暗いとこに一人でいると悪魔の囁きが聞こえてきて、性格が置き変わる」
「...あ、悪魔の囁き?」
「うん、抑圧されてる僕の欲望を支持してくれるんだ」
シータはクスッと笑って瞼をなでてきた。ゾゾッと鳥肌が立つ。早く離れて、逃げたい。
(でも背中を見せたら・・・前みたいに襲われる、かもしれない)
そう思うとどうしても動けなかった。叫びたくなるのを必死に堪え、シータに問いかける。
「・・・悪魔って、お前悪魔が見えるのか?」
教会で教わった事の一つに「人間に化けてない悪魔の姿は、死に際の人間や夢の中にいる人間にしか見えない」というのがあった。俺たち牧師は特殊な訓練をしているため少し見える(元々素養のある人間が牧師に選ばれるらしいけど)ようになってるが、シータには悪魔が見える要素などないはずだ。
「うん、見えないけど、ずっとここにいて話しかけてくるんだ」
「!!」
俺の首あたりに柔らかいものがあたる。
(これ・・・シータの、唇..?)
そこでやっと俺は自分が後ろから抱かれる姿勢になってることに気づいた。抵抗するように暴れてみたが手首を拘束されうまく動けなかった。
「...だとしたら、さっさと追い払ったほうがいい。悪魔と関わったら、良くないことが起きるから」
今の話でわかった。別人格を疑うほどのシータの変わり具合。怪しい言動。それらは全部悪魔のせいだったのだ。シータは、悪魔に取り憑かれている。
(昼間はあんなに気弱な性格をしてるのに、おかしいと思った)
謎が解けて少しすっきりしたが余計不安になった。悪魔に関わったら大変なことになる...カラドリオスに来る前の、リリと乗り越えたあの悲惨な事件を思い出して、俺は恐怖に体を震わした。悪魔と関わった人間は教会にとっても邪悪な存在として認知される。そしてその存在の末路は。
(あんな風にシータも消されてしまったら...いや、何言ってるんだ俺は!あんな事してきた奴の心配なんか・・・!!!)
そこでふと、ダッツの顔が頭をよぎる。
「・・・っ」
どうしてシータを心の底から憎めなかったのか。それはどこか、シータとダッツが似ている気がしたから・・・なのかもしれない。妹のために悪魔堕ちになって、気味の悪い笑顔を貼り付けるダッツ。あいつと被せてしまっていたのだろう。
(最悪なやつだけど、助けれなかったのは・・・今でも悔いてる)
シータにも、何か事情があるのかもしれない。
心の弱さゆえに誰かに指示され、拒否もできぬまま行っていただけ・・・だとしたら?この前のことも言われて仕方なくやっていたならどうする?
「・・・」
俺は、シータを反抗する力が少しずつ弱くなっていくのを感じた。シータが驚いたように息をのむ。
「これなんかどうだ?」
原色に近い赤色をベースに、金色の鈴がついた“狐”の仮面を差し出される。見てるだけでチカチカする色合いだ。
「もっとシンプルなのがいい」
俺はそれを店員に返し、他の仮面に視線を移す。狐に狸、猫、犬の仮面...本当にたくさん種類があって、どれも一つ一つに味がある。自分が付けると思わなければどれも欲しいと思ってしまうだろう。
「おい、バン!かわいい子つれてんじゃんよ」
「ん、デルタじゃないか。」
ふと出店の横から、派手なバンダナを額に巻いた男が現れる。その後ろに全身黒色の服の怪しげな男の群れがいて驚いたが、そんなことより俺はバンダナ男のセリフに引っかかっていた。
(かわいい子って俺のことか?!)
浮き上がっていた気持ちは吹き飛び、一気に不機嫌になる。
(どこにいってもそうだ...ったく)
やけくそ気味にバンダナ男に言い返した。
「・・・俺は男だ!」
「えっあ、ほんとじゃん!わりぃ!」
特に悪びれる様子もなくヘラヘラ笑ってる。余計イラついた。さりげなく俺たちの間にバンが入ってくる。
「デルタ、ちょうど良かった、安くしてくれよお前の店だろ」
「お?仮面か?いいぜ!一個ぐらいくれてやらあ。店主、よろしくな」
「へい!ボス!」
仮面売りの店主がバンダナ男に頭を下げる。どうやら見かけによらずバンダナ男は偉いヤツのようだ。だからってどうともしないがな。諦めもせず睨みつけてると、こっちに視線を動かした奴と目が合った。
「んでえ、あんた名前は?」
「ルト。」
「っほほー?あんま聞かねー名前だな」
「聞かないどころか、ルトは最近来たばかりだからな」
「なるほどどうりで。よう、ルト。俺はデルタだ!」
無言で握手に応じる。ゴツゴツとした固い手だった。デルタは俺をしばらく観察してから満足したのか手を離す。それからすぐにバンが説明してきた。
「デルタは俗に言う“マフィアのボス”だな」
「えっ」
「おいおいバン言うなよ~怖がられるじゃんよ~!」
「悪い悪い、でもどうせすぐバレるだろ?」
人は見かけによらないというが・・・よらなすぎだろう?!?ただのチャラ男というか失礼な奴だと思っていたが、まさかマフィア関係の人・・・しかもボスって・・・。
「ボス、時間がそろそろ」
「おう!じゃあまたな!デート楽しめよ二人共!」
「デートじゃないって」
「デートじゃない!」
「へへ!息ぴったりじゃんよ!」
楽しそうに笑いながらバンダナ男は去っていく。後ろに控えていた黒服達もそれに従っていった。一気に通りが静かになる。
「・・・俺、これにする」
「ん?」
やっと落ち着いたところである仮面に目が止まる。それを持ち上げて即決した。銀色の模様が光る白銀の“猫”の仮面だ。
(なんとなく猫ザクに顔が似ている気がする)
だからか、どの仮面よりも一番親近感がわいた。俺の意図に気付いたのかバンが優しく微笑む。
「そっか。よし、おーい店主!これで頼むよ」
「わかりやした、今値札を」
「仮面の金はこれで足りるか」
「旦那、さっきボスがタダで提供しろって言ってたんで金は」
「いいからいいから。お前のヘソクリにでもしときなって」
「うっ・・・旦那!有り難くいただきます!」
店主は金を受け取って、嬉しそうにポケットに入れる。仮面を受け取ったバンは俺に向き直り、手慣れた手つきで取りつけてくれた。
「うん、似合うな」
「どうも。てか、仮面の金は俺が払うのに」
「気にするな、年上には甘えとけばいいんだよ。ほら、喉渇いたろ、なんか飲もうぜ!」
いつの間にかバンは狼の仮面をつけている。
「隣の通りは飲み店通りなんだ!日頃は手の伸ばせない高い酒も安く出回ってるし、あまり出会えない酒にもありつけるかもしれない、オススメなんだ」
「酒...」
(ザク、飲みすぎて人を襲ったりしないかな・・・)
「なんだ、もしかして飲めない日とかなのか?」
「いや、別に」
若干ザクに不安を抱きながらも、飲み通りへと歩き出す。進むにつれてカップルや夫婦に見える二人組が増えてきた。そりゃそうか。家族連れはサーカスとかある噴水広場に行くよな。キョロキョロと辺りを見回しているとバンが感慨深げに呟いた。
「・・・それにしても、お前とこんな風に飲めるなんてな」
「なんだよそれ」
「いや、ここの教会の牧師は長生きしないってのが噂...というか実際この10年そうだっただろ。だからルトともすぐ・・・別れる事になるのかと思ってたんだよ」
「・・・ひどいな」
「悪いって」
俺だってもちろんそんな事望んでなかったぞ?と背中を叩かれた。
「でも。あの時は言えなかったが、内心不安だらけだったんだ」
「バン・・・」
「だからこうやって、ルトと一緒に話せて飲めるのは、素直に嬉しい」
恥ずかしげもなくそんなことを言われ、どう反応していいかわからなくなる。
「そう・・・か」
俺はいい酒を探すフリをしながらバンの方を見ないようにする。赤くなった頬を俯かせて必死に隠した。そんな時だった。
「すっげー!まだ飲めんのかあんちゃん!」
「いいぞ!飲め飲め!」
「わー!わー!」
ざわざわと喧騒が聞こえてくる。どうやらとある飲み屋で何かイベントをやっているらしい。何十人もいる野次馬が邪魔で通りにくい。
「見えない・・・」
「ここじゃ一生見えそうにないな。ちょっと俺が見てくるからルトはここで待ってろ」
「え、あ」
野次馬根性に火がついたのか、バンは人ごみに顔を突っ込んでいった。
(物好きな...いや情報屋的には知っておきたいか)
俺がため息をつくと同時に、また大きな歓声が届いてきた。
「おーーーー!これで十本だぞ!新記録だ!」
「すっげーーー!」
「カッコイイ~!!!」
「ぷはあ!...なあに、こんくれー楽勝だってのー♪」
「?!」
ガタっと俺は急いで立ち上がる。
(ここここ、この声!)
野次馬の中を進み、店の前にまで移動した。やはりそこには思ったとおりの人物がいた。
「――っザク!!」
「ん?お、ルトこんなとこに来てたのか、変なのに絡まれてもしらねーぞ~?けけけ」
「っ余計なお世話だ!お前こそなんでここに」
「んなの、酒のためだって~!!」
ザクが人混みの中で酒の空瓶を振り回しながら、俺に手を振ってる。一気に観衆がこっちを見てきたので急いで仮面を深くかぶりなおす。この時ばかりは仮面に感謝した。よく見ると、ザクも猫の仮面をつけている事に気づいた。ちゃっかり祭りをエンジョイしてるようで脱力してしまう。
(悪魔のくせに、なに人間生活楽しんでるんだアイツは・・・)
「お前らも飲もうぜ~!ここの店、十本以上飲めた奴はタダなんだとよー」
店つぶしめーっと頭を抱えて叫んでる男が目の端に映った。きっと店長だろう。
(可哀想に。ザクと関わったのが運の尽きだな。)
珍しく赤く頬を染めて酔っ払うザクが、笑いながらこっち来いと手招きしてくる。これ以上注目されてはかなわない、俺はすっと後ろに下がっていった。入れ替わりのように誰かが俺の後ろから進み出てくる。バンだった。
「じゃあ俺もご一緒させてもらうかな」
「おお!飲み勝負か?いいぜかかってこいよ~?黒髪!」
「バンだ、俺は酒の強さには自信があるんでな」
バンがザクと酒を交わす。
(ほんとに勝負し始めるし・・・)
俺は仕方なく二人が勝負を終えるまで時間を潰そうと、通りの反対にある静かな飲み屋に入った。それからしばらくはお通しをちびちび食べながら二人を眺めていた。
(よくやるなあ)
呆れたように視線を外すと、その先に見慣れた背中が見えて
「...え、あ!お、お爺さん?!」
そこにいたのは迷子のお爺さんだった。お爺さんはキョロキョロと見回した後、すぐにまた奥へと進む路地に入っていっていってしまう。俺はカウンターに金を置き店を出た。お爺さんと同じ路地に入る。
「うっ...!」
異臭がひどい。生ゴミ置き場になっている路地だったようでかなり臭い。俺は鼻を押さえ路地の奥へと進んでいく。分かれ道に差し掛かった。
「どっちに行ったんだ・・・??」
困り果ててると。
=にい~!あっちー!=
さっきまでぐっすりと昼寝していたはずのリリが俺の胸ポケットから顔を出して、右側を指差した。そっちを見るとお爺さんの背中が一瞬だけ映り、すぐにまた消えていった。
「おい、爺さん!危ないって!!」
こんなとこで何してるんだ?路地裏は特に危ないってのに...!
(まあ、俺もきた当初はこうやって入りこんで痛い目みたけど)
路地を駆け抜けてるうちに、街の風景が少しずつ変わっていく。廃れた建物、割れた窓、壊れた扉...あまりいい思い出のないあの旧市街地に近づいてるのだろう。
「っやばいな・・・このままじゃ旧市街地に行っちゃう、早く見つけないと!」
=リリもてつだう!=
「ダメだ!リリ、危ないからポケットに入ってるんだ」
=むう~=
リリを押し込んでまたスピードを上げる。すると後ろから足音がすることに気づいた。
たったっ
(な...!いつの間に後ろに??)
振り返ることもできず全速力で路地を走る。
(いつまで続くんだよこの路地!)
ザッザッ
音はどんどん近づいてくる。そのたびに走るスピードを上げるが、限界だった。息が苦しい。この時になって自分の運動不足を呪った。
ザザザ!
だめだ、足音がすぐ真後ろまで・・・
=にい!あっちにヒカリが!=
「っよし!」
路地の先に光が見えてくる。少しでも人の多い場所へ行こう!お爺さん探しはそれからだ!
ばっ!!
暗い路地から明るい場所に飛び出したせいで目がチカチカする。俺は走りぬけた勢いを止めれずこけてしまった。
「これで、なんとか...まけたか?ハア、ハア...」
肩で息をしながら、立ち上がろうとする。久しぶりに走ったせいか膝が笑ってる。リリがポケットから顔を出し俺の後ろを見て鳴いた。
=にい!うしろ!!=
「えッ――わ、ぶっ!」
突然あたりが暗くなる。
(いや、目隠しか...これは?)
焦って自分の目に手を伸ばした。すると、冷たい手らしきものに触れた。この冷たさは知っている。
「やあ、久しぶり」
「!!」
「会いたかったよ、ルト君」
「...し、シータなのか?!」
目を塞がれながら俺は背中にどっと汗が流れていくのを感じた。
(シータがどうしてここに?)
しかも様子がおかしい。
(この感じ...あの時と...)
スネーカーのアジトで襲われたときのシータと雰囲気が似ている。というかそのままだった。
「なんで店来てくれないの?毎日待ってるのに」
「んなの、行くわけないだろ!お前がいる店なんて...安心して食えない!」
「えー?昼の僕は至って無害なのに」
様子が元に戻った気弱なシータでも・・・見てるとあの時のことを思い出して嫌悪感で吐きそうになるのだ。
(絶対おかしいと思ったんだ、幻覚にしてはリアルすぎてる...って)
でもあれ以来この“シータ”は見ていなかったから、無理やり自分を納得させていた。きっと幻覚に違いないって。
「僕は、昼間の間は普通の人間なんだ。でも夜とか暗いとこに一人でいると悪魔の囁きが聞こえてきて、性格が置き変わる」
「...あ、悪魔の囁き?」
「うん、抑圧されてる僕の欲望を支持してくれるんだ」
シータはクスッと笑って瞼をなでてきた。ゾゾッと鳥肌が立つ。早く離れて、逃げたい。
(でも背中を見せたら・・・前みたいに襲われる、かもしれない)
そう思うとどうしても動けなかった。叫びたくなるのを必死に堪え、シータに問いかける。
「・・・悪魔って、お前悪魔が見えるのか?」
教会で教わった事の一つに「人間に化けてない悪魔の姿は、死に際の人間や夢の中にいる人間にしか見えない」というのがあった。俺たち牧師は特殊な訓練をしているため少し見える(元々素養のある人間が牧師に選ばれるらしいけど)ようになってるが、シータには悪魔が見える要素などないはずだ。
「うん、見えないけど、ずっとここにいて話しかけてくるんだ」
「!!」
俺の首あたりに柔らかいものがあたる。
(これ・・・シータの、唇..?)
そこでやっと俺は自分が後ろから抱かれる姿勢になってることに気づいた。抵抗するように暴れてみたが手首を拘束されうまく動けなかった。
「...だとしたら、さっさと追い払ったほうがいい。悪魔と関わったら、良くないことが起きるから」
今の話でわかった。別人格を疑うほどのシータの変わり具合。怪しい言動。それらは全部悪魔のせいだったのだ。シータは、悪魔に取り憑かれている。
(昼間はあんなに気弱な性格をしてるのに、おかしいと思った)
謎が解けて少しすっきりしたが余計不安になった。悪魔に関わったら大変なことになる...カラドリオスに来る前の、リリと乗り越えたあの悲惨な事件を思い出して、俺は恐怖に体を震わした。悪魔と関わった人間は教会にとっても邪悪な存在として認知される。そしてその存在の末路は。
(あんな風にシータも消されてしまったら...いや、何言ってるんだ俺は!あんな事してきた奴の心配なんか・・・!!!)
そこでふと、ダッツの顔が頭をよぎる。
「・・・っ」
どうしてシータを心の底から憎めなかったのか。それはどこか、シータとダッツが似ている気がしたから・・・なのかもしれない。妹のために悪魔堕ちになって、気味の悪い笑顔を貼り付けるダッツ。あいつと被せてしまっていたのだろう。
(最悪なやつだけど、助けれなかったのは・・・今でも悔いてる)
シータにも、何か事情があるのかもしれない。
心の弱さゆえに誰かに指示され、拒否もできぬまま行っていただけ・・・だとしたら?この前のことも言われて仕方なくやっていたならどうする?
「・・・」
俺は、シータを反抗する力が少しずつ弱くなっていくのを感じた。シータが驚いたように息をのむ。
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