牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第二章「カラドリオス祭」

カラドリオス祭

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「・・・・。」
「・・・・・・・。」

 ―――暇だ。暇すぎるぐらい暇だ。

 俺の名前はルト、この街で牧師をやっている。街に来たばかりの頃は呪いや何やらで苦しめられたが、ザクのおかげか最近は至って平和な日々を送っていた。

(というか平和すぎて・・・退屈だ・・・)

 ボロボロの教会を整えた後は毎日こうやって、誰もいない教会で一人で過ごしてるわけなんだが...いくら人嫌いの俺でも、話し相手がずっといない状況というのは...

(流石に気が滅入る...)

「はあ。どうして誰も来ないんだ?」
 =そりゃ、呪いがこえーからだろ=

 ひだまりで寝転がっていた眼帯付き猫が喋りだす。

 =お前がこの教会に来てから一ヶ月弱。まだ街の奴らはお前が殺されるんじゃないかって疑ってんじゃねーの=
「ま...呪いの真実をわかってるのは俺たちだけだし、仕方ないか」

 俺のいるこの教会は、呪われている。というより牧師である俺の命を悪魔や殺人集団が狙ってる(何故かは知らんけど)だけなので、他の人には害は及ばないらしいんだが。

(こればかりは仕方ない・・・)

 ゆっくりと信用を築くとしよう。あんまり人が増えても困るけど、いなさすぎるのも些か辛いものがある。

「ふああ・・」
 =ふあ~=

 俺と猫が同時に欠伸をする。

「すいませーん」
「!!」

 久しぶりの人の声に興奮してしまう。俺は急いで立ち上がって声のした方、教会の入り口に駆け寄った。するとそこにはボロボロの服を着たお爺さんが支え棒を頼りに立っていた。

「ど、どうしました?」

 懺悔か?礼拝か?洗礼をしに来たのか??牧師としての初仕事を前に、俺は今か今かと胸を躍らせた。別になりたくてなったわけではないが、いざなってみると牧師の仕事も気に入ってしまったのが事実だ。力仕事の苦手な俺でもできる仕事だし、何より偉そうに振る舞えるし(おい、それが牧師のセリフかよbyザク)。

「実は...」
「じつは??」
「迷子になってしまって」

 ずっこけた。お爺さんを教会の椅子に案内してる途中で盛大にこけた俺。ひだまりで寝てる猫の背中が揺れてるのが見えた。

(...さては、笑ってるな、あいつ!)

 恥ずかしさと落胆が入り混じった複雑な顔になる。お爺さんが心配そうな顔で自分を見ている事に気づき、急いで俺は愛想笑いを浮かべて取り繕った。

「それで...どこに行こうとしたんですか?」
「孫に、これを届けたくて」

 そう言ってお爺さんは胸から小さな青いしずく型のネックレスを取り出した。よく見るとその中には白い砂粒のようなものが入っていてとても綺麗だった。

「私は隣りのち~さな町に住んでるんだけどね、ペンダントの持ち主である孫はこっちの街にいるんだ」

 お爺さんはションボリと肩を落としながら話す。

「どうしても渡したいんだが、最近物忘れがひどくて道がわからなくなってしまってね。迷った末、十字架が見えたからついここに」
「なるほど...」

 こりゃめんどそうな話だな。ぶっちゃけ、迷子のボケ老人の届け物なんて、無事届けられる気がしない・・・というのが本音だ。

(でも)

 他にやることもないし、何よりどんな形であれ俺の牧師としての初仕事なのだ。

「俺でよければ、手伝わせてください」
「ああ、ありがとう!牧師様」

 ということで、ずっと教会に引きこもっていた俺は、何日かぶりに街に行くことになったのだった。

「なっ、これは...どうゆうことだ?」

 街の中心部である噴水公園に着くとそこには驚くべき光景が広がっていた。

 “いらっしゃいやせ!せっかくの祭りだー安くしとくよ~!”
 “そこのあんた、この祭服はどうだい?もっと楽しめるよ”
 “カラドリオス万歳ー!”

 通常時でも人が多い街なのに今日はもっと多い。街の住人以外も結構いそうだ。肩に乗っていた猫も不思議そうに鼻を鳴らしている。

 =なんだこれ=
「さあ・・・」

 人々は皆、祭りという言葉を口にしている。人口が数千人にも及ぶカラドリオスがこれほど活気づいてるのは初めて見た。大通りには出店も出ているし今日は何かあるのだろうか。

「...ん?この声、ルトか?」
「その声はバン?!」

 あまりの人混みですっかり心身ともにヘトヘトになっていたが、聞きなれた声が届いてきてほんの少し元気が出る。急いで周りを見渡すが、周りの人間のほとんどが魔女の使うような帽子を被っていて視界が悪く、なかなか見つけられない。

 =あそこじゃね?=

 肩に乗ってた赤い猫、ザクが尻尾を噴水の方に向ける。その先に見慣れた黒髪の長身男が立っているのが見えた。

「!!おーい!バン」

 いつもなら出さないようなかなりの音量の大声を出しても誰ひとり振り向かない。それほどにこの場が喧騒に包まれてるのだ。

 =リリがおしえにいってあげる~=
「すまない、頼んだ、リリ」
 =うん~♪=

 ポッケに入ったまま顔だけ出していた小鳥がふわっと飛び立った。それを猫、いやザクがジトーっと目で追う。

「・・・おい、リリを食ったら許さないぞ」
 =あ?あんな細っこいの食わねーよ=
「嘘だ、今見てただろ」
 =いや、なんで小鳥の器に人の魂が入ってんのかなって不思議に思ってた=
「・・・わかるのか?」
 =そりゃ匂いが変だし=
「においって...」

 小鳥の飛んでいった方の空を眺めた。

 =なんでかは知らねーけど、ありえねーぐらい器と魂が定着してるのがすげーよ、普通ならこんな事しても拒絶反応が出たりするもんなのに=
「そっそんなのがあるのか?」
 =そりゃそうだ。でもあの様子じゃ当分心配いらねーよ=
「そ、そうか...」

 知らなかった。リリは小鳥になってからも元気そうだったし(というか人間のときより元気そうだ)、てっきりこれからも安全だろうと思い込んでいた。

(だけど)

 よくも知らない悪魔のしたことだ、完全に信じてはいけない。もちろんザクの言葉も。

「...じゃあ、ザクは拒絶反応とか大丈夫なのか?猫だったり人だったりコロコロ姿を変えてるだろ?」
 =根本的に俺様はあの鳥と違う。俺様の場合は姿の形を変えてるだけ...そもそもが変幻自在の悪魔なんだから、拒絶も何もない。猫型も人型も俺様の器と魂でできてる=
「へえ」

 癪だが、勉強になった。当たり前だけど、悪魔については悪魔に聞くのが一番なのかもしれない。

(ザクみたいに姿の変わる悪魔もいるのか。そういえば高位の悪魔になるほど変身が上手くなると聞いたっけ)

 だとしたらザクはかなりの高位種なのだろうか。全くそうは見えないけど。

 =つれてきたよ~=
「おーい!ルトー!ここにいたのか~!」

 噴水の見える小さなベンチに腰掛けているとリリの声が噴水の先から聞こえてきた。その後ろから、見慣れた大きな男が現れる。バンとは先週、シータの店で偶然会ったきり(お互い昼飯を食いに来てた)だったのでやや久しぶりな印象を受けた。

(...別に毎日合う理由もないし、いいけどさ。)

「いつもどおりブスーっとむくれてるな!元気そうでなによりだ!ハハハ」
「・・・それって元気の証拠か?ま、いいや。そんなことより今日はお前に用があるんだ」
「ふーん?用、ねえ」

 訝しげな目で俺を見下ろしてくる。それもそうだろう。俺が頼み事だなんて、相当のことだ...と思ってるのだ。肩に乗ってるザクが威嚇するようにバンに牙をむく。それをなだめつつ俺は依頼の説明をし始めた。

「実は、探して欲しい人がいる」
「人探し?!また俺の“夜の顔”を求めてるのか?」
「ああ。でも、別にそいつを殺したいとかそういうわけじゃない。あそこのお爺さんが、孫を探してこの街に来てんだけど孫の家の場所がわからなくて困ってるそうで」
「へー、ん?お爺さんなんているか?」

 バンに言われて視線を動かす。少し離れたところで噴水を珍しそうに見ているお爺さんの姿が見えた。お爺さんを取り囲む様に人が集まってるのでわからないのも無理はない。

「まあ、ひとまずそれはいいとして。ルト。別に俺はボランティア団体じゃない。それなりに情報提供の代価を要求するが大丈夫なのか?」
「ふん、なんだよ。ケチくさいやつだな」
「ははっこれでも一応商売だからな、ケチ言わんでくれ」
「わかったよ、お爺さんに聞いてくる」

 噴水の方に歩きお爺さんを探す。

「あれ、いない?」
 =おじいちゃんいないいないー=

 リリが頭の上を楽しそうに飛んでる。隠れんぼとかと勘違いしてるんだろう。

「おい、これルトの猫か?」

 ふとバンが俺の肩を叩いてきた。手には見慣れた赤い猫がおさまってる(首根っこを掴まれてるせいか全く暴れる素振りを見せない)いつの間にか俺の肩から降りていたらしい。

「あ、ん...別に俺のってわけじゃないんだけど」
「違うのか?でもさっき肩に乗ってたよな」
「いや、うーん、成り行きで一緒にいるだけっていうか」

 本当に、俺自身も不思議だと思ってる。悪魔であるコイツと今も一緒にいるなんて。俺様で、しかも男(オス?)の悪魔。

(こんな存在・・・嫌悪感しか生まないはずなのに)

 この悪魔とは一緒にいても...何故か苦痛でない。

(それに、あの時も最後の最後で助けてくれた)

 スネーカーのアジトでの事はほとんどうろ覚えだけど、奴に助けられた事だけは覚えていた。

(別に俺に危害を加えるつもりもないみたいだし、追い払う理由もないかな...と思ってるのは甘いのかな...)

 そんな事を考えながらザクを受け取る。・・・うん、重い。そして温かい。本当に、不思議だ。

「それで、依頼者の爺さんとは話せたのかルト」
「あ、まだなんだ。実は見失っちゃって...」
「え??...んー...もしかしたら待ってるうちに知り合いと会えて無事渡せたのかもしれないな。何しろこの人混みだし」
「そ、うだと、いいけど」
「?」

 生煮えの言葉しか返せない。本当にそうだとしたらとても良い事なんだが、少し違う気もする(あくまでなんの根拠もない意見に過ぎないけどさ)お爺さんがまだどこかで迷っている姿が目に浮かぶのだ。

「ま、いないもんは仕方ない!せっかくの祭りなんだし、楽しんだもんが勝ちってな」
「祭り?そういえば、すごい人だよな」

 周りを見渡せば、さっきよりまた人が増えてるような?

「そうだ、これはカラドリオス祭っていって、一年に一度行われる...街を代表する大きな祭りなんだぞ!」

 バンが街の象徴である白い鳥の旗を指差しながら説明してくれる。

「ふーん、どんな祭りなんだ?」
「簡潔に言えば、動物の仮面と仮装をして夜通し遊んで踊って食いまくる感じだ」
「簡潔すぎる・・・」
「ははは」
 =へえ~面白そうな祭りじゃねーの=

 ザクが俺の腕の中で喉を鳴らした。尻尾で腕を叩いてきたので放してやる...とあっという間に人の波に消えていった。

(さては酒でも飲み漁るつもりだな?)

 人型(滅多にならないが)の奴なら樽飲みとかも普通にできるだろう。この一ヶ月で、ザクがかなりの酒好きだということを知った。間違って酒を買おうものなら、どこに隠しておいても見つけて飲んでしまうため最近は調理用の酒以外買わないようにしてる。バンがザクの消えた方角を見つめながら笑った。

「あ、おい逃げたぞ」
「いいよ、好きにさせておけば」

 バンの方に向き直る。

「でもそうか...祭りで使うから仮面が売られてるんだな。でもなんで動物の仮面なんだろ」
「カラドリオスに近寄られないようにするためさ。カラドリオスってのは、あらゆる災厄を吸いとる、退魔の力を宿した鳥だと言い伝えられている」
「あ、カラドリオスって鳥の名前だったんだ」
「伝説上のもので本当に存在するわけじゃないけどな」
「ふーん、でも退魔の鳥をどうして避けるんだ?近寄られても害はないんだろ?」
「それはな、カラドリオスは吸い取った災厄を目に付いた人間に吹きかけて行く...とかいう恐ろしい化物とも言われてるからだ。それを避けるために、自身を人間以外に見せる仮装をして祭りに参加するわけだ。」
「なるほど」
「だからこの街では毎年カラドリオスが飛んでくると言われるこの時期になると、今年もよろしくって意味も込めて色々捧げたり祭ってるんだよな。わかったか?」
「ああバッチリ。バンなら、良い先生になれそうだ」
「ハハハ、ルトが生徒だったら苦労しそうだ。とまあ、こんな感じでもういいだろ?さっさと仮面を買いに行こうぜ!」
「えっ...あ!」

 俺の腕を引きバンが歩き出した。わたわたと俺が戸惑うのも気にせず、ぐいぐいと人の波に入っていく。

(・・・っ)

 バンが前を進んでくれてるおかげか人に押しつぶされそうになることはない。でも今手を離したら、バンとは完全にはぐれてしまうだろう。

(他意はない、バンに他意はないんだ、落ち着け俺!)

 俺は反射的に離そうとしてしまった手を握りなおす。この手のことは、なるべく考えないようにした。顔が熱い。というか恥ずかしい。こんな人混みじゃ見てる人なんていないだろう。わかってる、わかってるけども...なんか気持ち的にくる。ニコニコと笑いながら先を進むバンの背中を思いっきり睨みつけてやるがもちろん全く気づかない。

 俺はため息をついて歩くスピードを上げた。

 ...手は、しっかり握ったままで。
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