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第一章「呪われた教会」
カラドリオス
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俺の生まれ故郷は山奥の湖と森林に囲まれたとても静かなところだった。そんな土地にいて俺はいつも不思議に思っていた事がある。
湖は川につながっていて川はどこに繋がってるのだろう。
気になりすぎた俺は湖の端を一日ずっと歩き続けて森で迷子になった。その後、海という存在を教えられたとき、俺は全身が震えた。ここの湖よりおおきな水の塊がある。しかも大きくて青く光っていて、波というものがあって…感動して、どうしようもなくワクワクしたのを覚えてる。
それから俺は、海というものに行ってみたいと思うようになった。
「おおおー!」
18年ずっと憧れていた海が、目の前に広がっている。
「すごい!本当に青いし、湖と違って山が反対側に見えない!」
=わーーーー!=
隣で飛んでる小鳥も、体いっぱいで驚きと感動を表すために羽ばたいたり鳴いたりしてる。馬車の操者が困ったようにこっちを見てくるのを背中に感じた。
「あ、いててて」
俺はお腹が痛いと大袈裟なジェスチャーで表す。それを見た操者は馬車を木にくくりつけタバコに火をつけ始めた。どうやら時間がかかりそうだと分かってくれたようだ。よしよし。先ほどまで俺たちは馬車で移動していたのだが、窓から海が見えた瞬間、慌てて「止めてくれ」と操者に頼んだのだ。
「リリ、見えるか。あれが海だぞ。あの水の塊の中には俺たちみたいなたくさんの生き物が生きてるんだよ」
リリと呼ばれた小鳥は俺の肩にとまって海を左から右へゆっくりと見た。
=おっきい~!=
「今度、釣りに来ような」
=うん!=
きっと釣りという意味もわかってないリリを優しく撫でてから、服のポケットにいれた。馬が驚くからというせいで、こんな無害な小鳥でも追い出されてしまうのだ。不自由をさせてしまって申し訳ないが、今は我慢だ。教会についたら思いっきり飛ばしてあげよう。俺は何もなかったかのように、歩いてもどる。形式通りの挨拶を交わし、馬車はまた進みだした。話によると、ここから30分ほどの街にある教会が俺の配属されるとこらしい。なんでも、ちょうど前任者がいなくなったとのこと。
(どんな所なんだろう?)
俺の緊張と興奮が伝わったのか、もぞもぞとポケットが動く。ぽんぽんと人差し指でたたいたら静かになった。
(でも、やっとだ...やっとこれで悪魔の恐怖から避けられるんだ)
教会は清められてるものだと牧師様達も言っていたし、何よりあの村での事件の時も教会の近くだけは何も影響がなかったわけだし。
(どっちでもいいが、もうあんな思いはしたくない...)
真っ赤な風景がフラッシュバックする。吐き気を感じて窓の外を見た。少しだけ気が紛れる。ああ、早く着いて欲しい。
「これで全部か?」
「はい」
馬車に積まれた荷物をおろしながら、操車は不思議そうな顔をしている。それもそうだ。旅行でもなく移住するために用意した荷物が腕に抱えれるほどの小さな荷物で済まされているのだ。少なすぎると思っているのだろう。
(こんなもんで十分だろ)
俺は小さい頃から住処を転々としていたため、持ち歩くのは本当に最低限のものでいいとわかっている。
「...ありがとうございました、ここまで送っていただいて」
「代金は幹部の方から前払いされてるからいいよ。それより大丈夫か?」
言いにくそうに小声で聞いてきた。何の話かよく分からず聞き返す。
「?...何がですか?」
「あ~、いや、なんでもない、気にするな!」
俺に思い当たる節がないと気づき、男はすぐにその会話を終わらせようとする。なんだよ、余計気になるじゃないか。
(でも...なるべく人と接触はしたくない)
詮索するのを止めて男から視線を外す。
「...じゃあ」
俺は荷物を背に抱え、目の前にある街に入っていった。入口の門番に身分証を見せて入れてもらう。身分証を見たとき門番が眉をひそめたのが少し気になったが、これ以上ここにいると話しかけられそうなのでさっさと中に入った。ふと気になって振り返ると、操車がこっちを見ていることに気づいた。
(俺忘れ物でもしたかな)
俺が気づくと、彼はかぶっていた帽子を胸に当て会釈してきた。俺も急いで会釈する。そしてやっと彼は馬車に乗って元来た道に戻っていった。
(変な人だな...)
「ま、いいや。教会を探そう」
=ねえねえ、ルトにぃ、もう出ていい?=
「あ、うん、ごめんな」
そう言ってリリをポケットから取り出してやると嬉しそうに羽ばたいてクークー鳴いた。
「にしても広いな...」
あたりを見渡すと数え切れない人の群れに、見たことのないほど大きな大きな建物があった。ここはカラドリオスという街で、ここら一帯ではかなり大きい方の街だろう。よく見るとあらゆる建物に白い鳥をモチーフにした旗がかかってる。
(あれが街の象徴なのか?)
「カラドリオスって言うんだってよ」
ビクッ!
突然、後ろから声がして10cmほど飛び上がった。ゆっくりと息を吸い込み自分を落ち着かせてから振り返る。そこには活発そうな好青年が立っていた。
「やあ、俺はバンだ!街の案内人をやってるんだ」
背は180はあるだろう。俺より年上で20過ぎに見えた。いい感じに日焼けしてる体は健康的な印象を与えてくる。筋肉もバランスよくしっかりついていて女性に好かれそうな好青年、という感じ。
(硬派そうな顔をしてるのに、笑うと一気に砕けた雰囲気になる男だな)
俺がジロジロと睨んでるのも特に気にせず握手を求めてきた。
「怪しまれるのは慣れてる、でも実際に困ってるんじゃないか?」
おずおずと握手に答え、考え込む。確かにこのままじゃ右も左もわからない。危なそうな場所を聞いておいてそこに近寄らないようにしたい、けどな・・・。
「・・・俺は、ルト」
「そっか!ルトか!よろしくな」
にこやかに笑いながら俺の手を握りブンブンと振ってくる。俺は呆然としつつも気を取り直して口を開けた。
「えっと、バンさん」
「バンでいいって」
「・・・バン、案内の件だけど、丁重にお断りする」
「じゃあまずは噴水公園にって――えええっ?」
「だから、断る」
「いやいや、でもほら......ハア。」
俺の顔を見て冗談じゃないとわかってくれたようでバンは言葉を途切れさせた。
「・・・わかったよ、気が向いたときにでも声かけてくれ」
俺の心情を察してか深く踏み込んでこなかった。
「街観光楽しんでくれよな」
「ああ」
そういって去っていく。バンの大きな背中はすぐに人混みのなかに混じって見えなくなった。その寂しげな背中を見て良心が痛んだりもしたが、ダッツの件以来俺は人を信用しないようにしてる。どんな相手でもだ。この街でもそのつもりだし、変えるつもりもない。
(どこに悪魔がいるかわからない・・・どいつが悪魔落ちしてるかも、わからないんだ)
信じない、信じてはいけない。ぎゅっと拳を握りしめた。
=ルトにい?=
リリが心配そうに鳴く。それに気付いた俺は誤魔化すように伸びをして歩き出した。
「さってと、まずはご飯だな!」
=うんうん!あのね~リリは、おまめたべたいな~=
「ううっ、よくあんなモノ好きになれるなあ...」
=スキキライハイケナイゾだよ~=
「うっ」
いつも俺がリリに言ってることを言われギクリとする。さすが我が子。・・・いや、子供じゃないけど。
「ご馳走様でした」
=ごちそーさまでしたー!=
食事を終え、リリが頭の上で気持ちやすそうに寝転り始めた。
サアアアア・・・
風が優しく俺たちの体をなでていく。動物は店内には入れないということで二階のテラス席でゆっくりと食べているわけなんだが、ここがなかなか見晴らしが良くて気に入ってしまった。ここからなら街を見渡せる。
(これからも定期的に来てしまいそうだ...)
椅子から立ち上がってテラスの手すりに掴まる。すぐ目の前には民家の屋根がならんでいるが、少し遠くにいったところに大きな広場がある。その中心に、かなり大きな噴水があった。あれがバンの言ってた噴水公園だろう、周りにはかなりの人が集っていている。
「今度あそこにも行ってみようか、リリ」
頭の上から返事が来ない。どうしたんだ?と思ったら寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃったか」
起こさぬよう、そーっと頭からおろしてやる。手のひらサイズの、体温よりもやや暖かい温度。
(・・・神様、ありがとう)
手の中にある小さな命の暖かさを、信じてもいない神に感謝した。
(俺は・・・このぬくもりを守るためなら何でもできる)
一生一人でもいい。この街でリリと静かに生きていければそれでいい。他人なんて、どうでもいい。
サアアア・・・
目を閉じて、潮の香りのする風に包まれる。ゆっくりと伸びをすると気持ちがよかった。
「よし・・・がんばろう」
決意を新たにした俺は、山一つ越えた先にある海に心を馳せながら目を閉じた。
***
「嘘だろ・・・ここが、教会、だって...?」
地図を頼りに半日かけて探した教会が、目の前に立っていた。周りは森だし他にそれらしい建物はない、つまりこれ以外教会と呼べそうなものはないんだが・・・。
(信じられない、これが教会?!)
ほとんどの窓が割れ、蜘蛛の巣が張っているし、どこの扉も立て付けが悪いのかキーキーと気味の悪い音を響かせてた。中に入ったらマシになるかと思ったら、逆だった、もっとひどい。使えそうなものがほとんどないし埃をかぶりすぎて何があるのかよくわからない。
=...くしゅんっ=
「あ、リリ起きたか」
=うん、ここは?=
目の前のボロ教会がこれからの俺たちの家だとは流石に言えなかった。
「リリ、少し外で散歩してきな、森があったから誰かと友達になれるかも」
=うん!リリおともだち、さがすー!=
元気よく小鳥は飛び出していった。こんな薄気味悪いとこにいるよりはマシだろう。俺はカバンを探り財布を探す。中身を確認したが宿に何日もお世話になれるような金額は入ってなかった。
(教会本部のやつらめ、こんなボロ教会に送りやがって...!!)
今になって馬車の男を思い出した。やつはこのことを知って心配してたのか、なるほど。
「はあ・・・」
さっきまでのわくわくは消え、嫌なほど現実を思い出させられる。そうだ、これが現実。思ったとおりにいかないのが現実だよな・・・。俺はため息をついた。目を瞑って精神統一をする。
(でも)
今まで、俺一人での生活というのはなかった。何かしらに縛られ制限されていたが、これからはもう違う。
(俺の教会だ)
俺の、いや、俺とリリの場所。そう思うとこの荒んだ場所も少しは誇らしく思えた。埃っぽいからとかそういう訳ではない。
(よし、余計なことを考える前にやろう。)
自分にやれることを一つずつ。
「掃除、するか!」
俺の牧師としての最初の仕事が始まったのである。
***
=ルトにいっみてみて!リスのみんなからドングリをもらった~!=
「ん、あ、ああよかったな...」
俺はぐったりとしながら机に突っ伏している。大分掃除をしたが一向に改善されたようには思えなかった。こうも状況が変わらないと流石に落ち込む。
「今日はここで寝るのは諦めたほうがいいな...」
掃除の際この建物をすみずみまで探索したが教会の奥に小さな家があってそこに俺が住めそうなスペースがあった。(牧師は、教会に住み込みでも宿屋暮らしでも家を買っても基本個人の自由で許されている。金があればの話だが。)しかしその家も、もちろん埃だらけで住めたものではない。まずはそっちを何とかしないといけない事に今更気付いて、より落ち込んでいる。
=あのね、きてきて!=
「??」
服の裾をつつき引っ張ってきた。俺は足を引きずりながらついていく。外はもうすっかり夜で真っ暗だった。
=おソラきれいなんだよ=
つられて上を向く。星と月の吸い込まれそうな幻想的な世界が広がっていた。
「・・・うん、きれーだ」
=ねー?=
「そうだな、今日は屋上で寝るか」
=うん!=
昔こうやって昼寝をしていたので屋上には慣れている。ぐっすり寝るのは無理だろうが仮眠ぐらいはとれるだろう。少しだけ元気になった俺は教会の一階に荷物を置き、屋上に上がった。流石に天井までは埃の脅威はのびてないようだ。そこで寝転がってみる。空の星が掴めそうな気がする。手を伸ばしてみた。
=おホシさまとれたらリリにちょうだい?=
「うん、そうだな。わかったよ」
俺はもぞもぞ返事を返して、眠りについた。
「っ・・・」
『あ、起きた?』
(???)
目の前にダッツが立ってる。おかしい。奴は死んだはず。
『僕の生贄、なぜお前だけのうのうと生きてるんだ?』
その言葉にギクリとする。冷や汗が背中を伝い、体が金縛りにあったうように動けなくなる。
『妹を返せ、妹はどこだ』
頭の中に恨めしそうなダッツの声が反響する。酷い頭痛がする。
「知らない!うるさい!!」
『僕は悪魔と堕ちた、妹のもとにも行けない』
「やめろ!やめてくれっ!!」
俺を責める声が頭に木霊する。
『家を取り返して、せめてそこに妹の・・・墓を建てようとした、だけなのにっ!』
息を吸うのもためらうほどの悲しい声。
『どうして・・・お前さえいなければっ!お前のせいだっ!』
ダッツが憎しみを込めて睨んでくる。
「違う!!」
遮るように俺は叫んだ。
ズシンッ
足が急に重くなったかと思ったら、何かが俺の足にしがみついていた。その何かが顔をあげた時、俺はすくみあがる。
「ま、マスター...?」
『どうして、どうしてリリだけ助けて俺たちは見殺しにしたんだよお』
「っ!!」
目から血の涙を流し、切実に訴えてくる。
“リリだけ助けて”
“俺たちは見殺しにした”
マスターのセリフにショックを受けて、俺はぺたんと床に座り込んでしまった。それを見たダッツとマスター、あとどこから現れたのかイワンが同時に襲いかかってくる。
ガブッ
ダッツに首を噛まれた。
「いっ...つ!!」
痛さでやっと目が覚め、腕を振り回す。ダッツ達が俺の腕を避けるように体を引いた。その隙に逃げようと腰を上げたが、足首をつかまれ引き寄せられる。
「やめろ!来るな!!」
首に腕に足に噛み付かれる。不思議と血は出てこない。その分・・・皆の悲しみが入ってくる。
「やめ、ろ!」
皆の悔やみ、悲しみが、どんどん・・・
=ルトにい!=
「やめてくれっ!!」
=おきて、ルトにい!!=
(え・・・、その声はリリ・・・?)
俺は弾かれたように立ち上がる。
「リリ??!」
=ルトにい!おきて!=
「そうか、」
(これは夢、夢なんだ・・・!)
そう気づいた瞬間、世界がはじけて意識が途絶えた。
湖は川につながっていて川はどこに繋がってるのだろう。
気になりすぎた俺は湖の端を一日ずっと歩き続けて森で迷子になった。その後、海という存在を教えられたとき、俺は全身が震えた。ここの湖よりおおきな水の塊がある。しかも大きくて青く光っていて、波というものがあって…感動して、どうしようもなくワクワクしたのを覚えてる。
それから俺は、海というものに行ってみたいと思うようになった。
「おおおー!」
18年ずっと憧れていた海が、目の前に広がっている。
「すごい!本当に青いし、湖と違って山が反対側に見えない!」
=わーーーー!=
隣で飛んでる小鳥も、体いっぱいで驚きと感動を表すために羽ばたいたり鳴いたりしてる。馬車の操者が困ったようにこっちを見てくるのを背中に感じた。
「あ、いててて」
俺はお腹が痛いと大袈裟なジェスチャーで表す。それを見た操者は馬車を木にくくりつけタバコに火をつけ始めた。どうやら時間がかかりそうだと分かってくれたようだ。よしよし。先ほどまで俺たちは馬車で移動していたのだが、窓から海が見えた瞬間、慌てて「止めてくれ」と操者に頼んだのだ。
「リリ、見えるか。あれが海だぞ。あの水の塊の中には俺たちみたいなたくさんの生き物が生きてるんだよ」
リリと呼ばれた小鳥は俺の肩にとまって海を左から右へゆっくりと見た。
=おっきい~!=
「今度、釣りに来ような」
=うん!=
きっと釣りという意味もわかってないリリを優しく撫でてから、服のポケットにいれた。馬が驚くからというせいで、こんな無害な小鳥でも追い出されてしまうのだ。不自由をさせてしまって申し訳ないが、今は我慢だ。教会についたら思いっきり飛ばしてあげよう。俺は何もなかったかのように、歩いてもどる。形式通りの挨拶を交わし、馬車はまた進みだした。話によると、ここから30分ほどの街にある教会が俺の配属されるとこらしい。なんでも、ちょうど前任者がいなくなったとのこと。
(どんな所なんだろう?)
俺の緊張と興奮が伝わったのか、もぞもぞとポケットが動く。ぽんぽんと人差し指でたたいたら静かになった。
(でも、やっとだ...やっとこれで悪魔の恐怖から避けられるんだ)
教会は清められてるものだと牧師様達も言っていたし、何よりあの村での事件の時も教会の近くだけは何も影響がなかったわけだし。
(どっちでもいいが、もうあんな思いはしたくない...)
真っ赤な風景がフラッシュバックする。吐き気を感じて窓の外を見た。少しだけ気が紛れる。ああ、早く着いて欲しい。
「これで全部か?」
「はい」
馬車に積まれた荷物をおろしながら、操車は不思議そうな顔をしている。それもそうだ。旅行でもなく移住するために用意した荷物が腕に抱えれるほどの小さな荷物で済まされているのだ。少なすぎると思っているのだろう。
(こんなもんで十分だろ)
俺は小さい頃から住処を転々としていたため、持ち歩くのは本当に最低限のものでいいとわかっている。
「...ありがとうございました、ここまで送っていただいて」
「代金は幹部の方から前払いされてるからいいよ。それより大丈夫か?」
言いにくそうに小声で聞いてきた。何の話かよく分からず聞き返す。
「?...何がですか?」
「あ~、いや、なんでもない、気にするな!」
俺に思い当たる節がないと気づき、男はすぐにその会話を終わらせようとする。なんだよ、余計気になるじゃないか。
(でも...なるべく人と接触はしたくない)
詮索するのを止めて男から視線を外す。
「...じゃあ」
俺は荷物を背に抱え、目の前にある街に入っていった。入口の門番に身分証を見せて入れてもらう。身分証を見たとき門番が眉をひそめたのが少し気になったが、これ以上ここにいると話しかけられそうなのでさっさと中に入った。ふと気になって振り返ると、操車がこっちを見ていることに気づいた。
(俺忘れ物でもしたかな)
俺が気づくと、彼はかぶっていた帽子を胸に当て会釈してきた。俺も急いで会釈する。そしてやっと彼は馬車に乗って元来た道に戻っていった。
(変な人だな...)
「ま、いいや。教会を探そう」
=ねえねえ、ルトにぃ、もう出ていい?=
「あ、うん、ごめんな」
そう言ってリリをポケットから取り出してやると嬉しそうに羽ばたいてクークー鳴いた。
「にしても広いな...」
あたりを見渡すと数え切れない人の群れに、見たことのないほど大きな大きな建物があった。ここはカラドリオスという街で、ここら一帯ではかなり大きい方の街だろう。よく見るとあらゆる建物に白い鳥をモチーフにした旗がかかってる。
(あれが街の象徴なのか?)
「カラドリオスって言うんだってよ」
ビクッ!
突然、後ろから声がして10cmほど飛び上がった。ゆっくりと息を吸い込み自分を落ち着かせてから振り返る。そこには活発そうな好青年が立っていた。
「やあ、俺はバンだ!街の案内人をやってるんだ」
背は180はあるだろう。俺より年上で20過ぎに見えた。いい感じに日焼けしてる体は健康的な印象を与えてくる。筋肉もバランスよくしっかりついていて女性に好かれそうな好青年、という感じ。
(硬派そうな顔をしてるのに、笑うと一気に砕けた雰囲気になる男だな)
俺がジロジロと睨んでるのも特に気にせず握手を求めてきた。
「怪しまれるのは慣れてる、でも実際に困ってるんじゃないか?」
おずおずと握手に答え、考え込む。確かにこのままじゃ右も左もわからない。危なそうな場所を聞いておいてそこに近寄らないようにしたい、けどな・・・。
「・・・俺は、ルト」
「そっか!ルトか!よろしくな」
にこやかに笑いながら俺の手を握りブンブンと振ってくる。俺は呆然としつつも気を取り直して口を開けた。
「えっと、バンさん」
「バンでいいって」
「・・・バン、案内の件だけど、丁重にお断りする」
「じゃあまずは噴水公園にって――えええっ?」
「だから、断る」
「いやいや、でもほら......ハア。」
俺の顔を見て冗談じゃないとわかってくれたようでバンは言葉を途切れさせた。
「・・・わかったよ、気が向いたときにでも声かけてくれ」
俺の心情を察してか深く踏み込んでこなかった。
「街観光楽しんでくれよな」
「ああ」
そういって去っていく。バンの大きな背中はすぐに人混みのなかに混じって見えなくなった。その寂しげな背中を見て良心が痛んだりもしたが、ダッツの件以来俺は人を信用しないようにしてる。どんな相手でもだ。この街でもそのつもりだし、変えるつもりもない。
(どこに悪魔がいるかわからない・・・どいつが悪魔落ちしてるかも、わからないんだ)
信じない、信じてはいけない。ぎゅっと拳を握りしめた。
=ルトにい?=
リリが心配そうに鳴く。それに気付いた俺は誤魔化すように伸びをして歩き出した。
「さってと、まずはご飯だな!」
=うんうん!あのね~リリは、おまめたべたいな~=
「ううっ、よくあんなモノ好きになれるなあ...」
=スキキライハイケナイゾだよ~=
「うっ」
いつも俺がリリに言ってることを言われギクリとする。さすが我が子。・・・いや、子供じゃないけど。
「ご馳走様でした」
=ごちそーさまでしたー!=
食事を終え、リリが頭の上で気持ちやすそうに寝転り始めた。
サアアアア・・・
風が優しく俺たちの体をなでていく。動物は店内には入れないということで二階のテラス席でゆっくりと食べているわけなんだが、ここがなかなか見晴らしが良くて気に入ってしまった。ここからなら街を見渡せる。
(これからも定期的に来てしまいそうだ...)
椅子から立ち上がってテラスの手すりに掴まる。すぐ目の前には民家の屋根がならんでいるが、少し遠くにいったところに大きな広場がある。その中心に、かなり大きな噴水があった。あれがバンの言ってた噴水公園だろう、周りにはかなりの人が集っていている。
「今度あそこにも行ってみようか、リリ」
頭の上から返事が来ない。どうしたんだ?と思ったら寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃったか」
起こさぬよう、そーっと頭からおろしてやる。手のひらサイズの、体温よりもやや暖かい温度。
(・・・神様、ありがとう)
手の中にある小さな命の暖かさを、信じてもいない神に感謝した。
(俺は・・・このぬくもりを守るためなら何でもできる)
一生一人でもいい。この街でリリと静かに生きていければそれでいい。他人なんて、どうでもいい。
サアアア・・・
目を閉じて、潮の香りのする風に包まれる。ゆっくりと伸びをすると気持ちがよかった。
「よし・・・がんばろう」
決意を新たにした俺は、山一つ越えた先にある海に心を馳せながら目を閉じた。
***
「嘘だろ・・・ここが、教会、だって...?」
地図を頼りに半日かけて探した教会が、目の前に立っていた。周りは森だし他にそれらしい建物はない、つまりこれ以外教会と呼べそうなものはないんだが・・・。
(信じられない、これが教会?!)
ほとんどの窓が割れ、蜘蛛の巣が張っているし、どこの扉も立て付けが悪いのかキーキーと気味の悪い音を響かせてた。中に入ったらマシになるかと思ったら、逆だった、もっとひどい。使えそうなものがほとんどないし埃をかぶりすぎて何があるのかよくわからない。
=...くしゅんっ=
「あ、リリ起きたか」
=うん、ここは?=
目の前のボロ教会がこれからの俺たちの家だとは流石に言えなかった。
「リリ、少し外で散歩してきな、森があったから誰かと友達になれるかも」
=うん!リリおともだち、さがすー!=
元気よく小鳥は飛び出していった。こんな薄気味悪いとこにいるよりはマシだろう。俺はカバンを探り財布を探す。中身を確認したが宿に何日もお世話になれるような金額は入ってなかった。
(教会本部のやつらめ、こんなボロ教会に送りやがって...!!)
今になって馬車の男を思い出した。やつはこのことを知って心配してたのか、なるほど。
「はあ・・・」
さっきまでのわくわくは消え、嫌なほど現実を思い出させられる。そうだ、これが現実。思ったとおりにいかないのが現実だよな・・・。俺はため息をついた。目を瞑って精神統一をする。
(でも)
今まで、俺一人での生活というのはなかった。何かしらに縛られ制限されていたが、これからはもう違う。
(俺の教会だ)
俺の、いや、俺とリリの場所。そう思うとこの荒んだ場所も少しは誇らしく思えた。埃っぽいからとかそういう訳ではない。
(よし、余計なことを考える前にやろう。)
自分にやれることを一つずつ。
「掃除、するか!」
俺の牧師としての最初の仕事が始まったのである。
***
=ルトにいっみてみて!リスのみんなからドングリをもらった~!=
「ん、あ、ああよかったな...」
俺はぐったりとしながら机に突っ伏している。大分掃除をしたが一向に改善されたようには思えなかった。こうも状況が変わらないと流石に落ち込む。
「今日はここで寝るのは諦めたほうがいいな...」
掃除の際この建物をすみずみまで探索したが教会の奥に小さな家があってそこに俺が住めそうなスペースがあった。(牧師は、教会に住み込みでも宿屋暮らしでも家を買っても基本個人の自由で許されている。金があればの話だが。)しかしその家も、もちろん埃だらけで住めたものではない。まずはそっちを何とかしないといけない事に今更気付いて、より落ち込んでいる。
=あのね、きてきて!=
「??」
服の裾をつつき引っ張ってきた。俺は足を引きずりながらついていく。外はもうすっかり夜で真っ暗だった。
=おソラきれいなんだよ=
つられて上を向く。星と月の吸い込まれそうな幻想的な世界が広がっていた。
「・・・うん、きれーだ」
=ねー?=
「そうだな、今日は屋上で寝るか」
=うん!=
昔こうやって昼寝をしていたので屋上には慣れている。ぐっすり寝るのは無理だろうが仮眠ぐらいはとれるだろう。少しだけ元気になった俺は教会の一階に荷物を置き、屋上に上がった。流石に天井までは埃の脅威はのびてないようだ。そこで寝転がってみる。空の星が掴めそうな気がする。手を伸ばしてみた。
=おホシさまとれたらリリにちょうだい?=
「うん、そうだな。わかったよ」
俺はもぞもぞ返事を返して、眠りについた。
「っ・・・」
『あ、起きた?』
(???)
目の前にダッツが立ってる。おかしい。奴は死んだはず。
『僕の生贄、なぜお前だけのうのうと生きてるんだ?』
その言葉にギクリとする。冷や汗が背中を伝い、体が金縛りにあったうように動けなくなる。
『妹を返せ、妹はどこだ』
頭の中に恨めしそうなダッツの声が反響する。酷い頭痛がする。
「知らない!うるさい!!」
『僕は悪魔と堕ちた、妹のもとにも行けない』
「やめろ!やめてくれっ!!」
俺を責める声が頭に木霊する。
『家を取り返して、せめてそこに妹の・・・墓を建てようとした、だけなのにっ!』
息を吸うのもためらうほどの悲しい声。
『どうして・・・お前さえいなければっ!お前のせいだっ!』
ダッツが憎しみを込めて睨んでくる。
「違う!!」
遮るように俺は叫んだ。
ズシンッ
足が急に重くなったかと思ったら、何かが俺の足にしがみついていた。その何かが顔をあげた時、俺はすくみあがる。
「ま、マスター...?」
『どうして、どうしてリリだけ助けて俺たちは見殺しにしたんだよお』
「っ!!」
目から血の涙を流し、切実に訴えてくる。
“リリだけ助けて”
“俺たちは見殺しにした”
マスターのセリフにショックを受けて、俺はぺたんと床に座り込んでしまった。それを見たダッツとマスター、あとどこから現れたのかイワンが同時に襲いかかってくる。
ガブッ
ダッツに首を噛まれた。
「いっ...つ!!」
痛さでやっと目が覚め、腕を振り回す。ダッツ達が俺の腕を避けるように体を引いた。その隙に逃げようと腰を上げたが、足首をつかまれ引き寄せられる。
「やめろ!来るな!!」
首に腕に足に噛み付かれる。不思議と血は出てこない。その分・・・皆の悲しみが入ってくる。
「やめ、ろ!」
皆の悔やみ、悲しみが、どんどん・・・
=ルトにい!=
「やめてくれっ!!」
=おきて、ルトにい!!=
(え・・・、その声はリリ・・・?)
俺は弾かれたように立ち上がる。
「リリ??!」
=ルトにい!おきて!=
「そうか、」
(これは夢、夢なんだ・・・!)
そう気づいた瞬間、世界がはじけて意識が途絶えた。
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