牧師に飼われた悪魔様

リナ

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序章

生贄の二人

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「ん?君は、どっちだ?」

 顔から足首まですっぽりと隠れる黒マントを着た男が、扉を開け放った俺を見て尋ねてくる。

(・・・?この声、どこかで?)

 男がもう一度何かを言ってきたが気にする余裕は今の俺になかった。男の後ろに広がる風景から目が離せない。

(赤い、真っ赤だ)

 この鉄臭い匂いは、血か?

(ということは目の前の赤色は全部・・・血?!)

 どこを見ても血だらけだ。

(動物の血、だよ・・・な・・・??)

 よく見たら円状に血がのびている。真ん中に何か布の塊が...

「...っおい、待て!!」

 突然走り出した俺を黒マントが制止しようとする。気にせずそのまま走って布の塊に駆け寄った。

「うう...」

 布の中から小さく声がする。布をめくると5、6歳ぐらいの少女がくるまっていた。美しい金髪に対し体はありえないほど痩せ細っている。この地域には奴隷制度はないはずだが何故こんな酷い状況に?

「う、うっ」

 いや!考えるのは後だ。少女の小さな口を塞いでいる猿ぐつわを外し、体の縄もすぐにほどいた。すると彼女は俺を見て安心したのか、わんわんと泣き出して抱きついてくる。その背中をさすってやりながら振り返って黒マントを睨みつけた。

「っどうゆうことだ!こんな小さな子供に何をするつもりだったんだ!」

 黒マントを怒鳴りつける。すると、壁が動いた。いや壁に見えてただけで黒マントの人間が壁のように並んでるだけだった。その中の一人、この部屋に入ってきてすぐ俺に声をかけてきた黒マント男が近づいてくる。

 カツン

 少女を抱きかかえ身構えた。

「やあ、ルト。私だ。」
「!!・・・い、イワン、なのか?」

 中央に進めば進むほど光が強くなり顔が見えてくる。あの顔は見間違ようがない、変態牧師のイワンだ。でも、どうして??腕の中で震える少女を強く抱きしめ、俺は怒りをぶつけた。

「こんな状況を目の前にして、なぜ助けなかった!仮にも俺たちは牧師だろう?!」
「ふん、誰もが君のように真っ直ぐではないのさ・・・まあ、私も誘われた口だがね。」
「誘われた?誰にだ!」

「僕だよ」

 今しがた俺が入ってきた扉から見慣れた天然パーマが見えた。

「!」

 黒マントに着替えていて一瞬誰かと思ったが、あれはダッツだ。でもおかしい、何がとはわからないが目の前に立つ男があの人懐っこいダッツには見えなかった。

「ど、どういうことだ。どうしてお前がこんな」
「さあ、ショーを始めようか、みなさん」

 俺の言葉など聞こえなていない、というように俺の方からあっさりと視線を外し黒マント集団に語りかける。壁のように微動だにしなかった黒マント達がざわざわと揺れ始める。

(い、一体何が始まるんだ?)

 地面を埋め尽くすこの赤い液体がワインでしたとか、そういうドッキリを期待したがそれはなさそうだ。そうであってくれと未だに願わずにはいられない。

(そんな、そんな・・・)

 この、非日常で、狂った状況に頭が追いついていかない。百歩譲っておかしな宗教団体の儀式に遭遇してしまった、としてもそこにダッツがいることは絶対ありえない。だって、ダッツは馬鹿だけど素直でいい奴だ。他人の俺を助けてくれる、優しくて勇気のある俺の友人が・・・こんなことするわけない。

「ううー・・」

 腕の中の少女が苦しそうに呻く。よかった、息をしている。まだ生きてくれている事にほっとした。

「!」

 そうだった、ぼうっとしてる場合じゃない。

(さっさと逃げないと)

 少女を抱え、扉に駆け寄る。部屋にいる者が誰も止めに来ないことに違和感を覚えたが、今はそんなことに頭を回してる場合ではない!

 ガチャガチャ!!

「っ、あか、ない??」
「僕が入ったとき、特殊な鍵をかけといた。中からは絶対あかない。」

 淡々と説明してくる。その温度差にどうしようもない苛立ちを覚えた。

「ダッツ!お前は・・・俺に、こんな事をさせるために呼んだのか?!」
「違うよ」

 ニコっと人懐っこい笑顔を向けられる。一瞬心が揺らぎそうになったが

「君には、生贄になってもらう」

 すぐに絶望の底に叩き落とされた。


 ッス

 黒マントの一人が油のようなものが入った瓶を持ってくる。それを合図に黒マントたちが手を伸ばし、自らの腕や顔に油を付けていった。最後にダッツも同じようにマントから見える肌という肌に油を塗りたくり、瓶を投げ捨てた。カン...カラーン...と空瓶の転がる音が部屋に木霊する。

「諸君、目を閉じて」

 ダッツの掛け声で一斉に目を閉じる。なんだこの異様な空間は。胸の中にいる少女が泣き出す。よしよしと撫でて辺りを見渡す。他に出口はないのか?

 =来たれ、来たれ=

 揃いも揃って低い声で、黒マントたちは何かを合唱するかのように唱えだした。何かの儀式のようなセリフに、ザワザワと腹の中から嫌な予感が伝わってくる。

 =悪魔よ!=

 ザアアアアアアァァ――――...ボコボコボコッ

 部屋の中心の血だまりが沸騰しているかのように、泡に包まれる。

(本当に、悪魔が?!)

 逃げなければいけないはずなのに、何故か魅入ってしまう。

 ボコボコっボコ...

 泡が収まってくると、その泡の下に何かがいるのがわかった。もぞもぞと蠢くようにその何かが動き、頭っぽいパーツをダッツに向ける。

(あれが、悪魔・・・?!)

 気持ち悪い。教会の廊下にあった絵画に書かれていた悪魔とは全然違っていた。豚ぐらいの大きさの、イモムシ...?ひとまず気持ち悪い。こんな動物見たことない。

 “高位の悪魔になればなるほど、人型に近づく”

 教会の教えが正しければ、この悪魔っぽいのは低位な悪魔ってことなのか・・・とゆうか悪魔ってほんとにいたのか?!今更、牧師様のお話に感心しても遅い気がするが素直に驚いた。

「やあ、ガグ。元気だった?」
 =まあまあだ。ワシは眠い、手短にな=

「し、しゃべった・・・っ」

 俺の声が部屋に響く。黒マントの集団がこっちをちらっと見たが、すぐにイモムシ悪魔に目を戻した。ガグと呼ばれたイモムシ悪魔が不思議そうな表情をして俺達を見てる。とっさに少女の体を腕で隠した。

 =あれが今回の贄か=
「うん、面白いと思うよ。牧師なんだって。あ、おっきい方がね。」
 =む。それでは食えぬではないか=
「まだ牧師見習いだから、大丈夫じゃない?いいじゃん程よいスパイスだと思えば」
 =まあよかろう、で、何を求める?=

 まるで別世界を見てるみたいな感覚だった。さっきまで一緒に笑いあっていたダッツが、喋るイモムシのバケモノ・・・いや、悪魔と話してる。

「金、大量の金をくれ」
 =はあ、あの塊の何がいいのだ?人間は理解できん。しかし、契約だ。=

(やばい、これはやばい!)

 いくらなんでもここまで話を聞けば自分がこれからどうなるのかぐらいは予想できた。周りをもう一度見渡す。焦る心を抑え、ゆっくりと見る。すると地面に、何か布が隠してあるのが見えた。

 “中からは絶対あかないよ”

 とダッツはいっていたが、こんな念入りに用意して出入口を作らないわけがない。生贄だけあの扉を使わせ“逃げられない”と教え込んでおいて、他の者は違う場所から入ってきたとしたら?

(賭けてみるしかない)

 腕の中の少女をつつく。今は黒マントたちも皆イモムシ悪魔を見ていてこっちを見てる者はいない。やるなら今しかない。

 =うむ。わかった、これでよいか?=

 悪魔がダッツの前に大量の金を用意させる。あれだけあれば数年は遊んで暮らせる程の大金だ。しかしダッツはその山を見ても暗い顔のままだった。

「もっと、もっとだ」
 =強欲な、もう十分だろう?=
「僕だけじゃない、協力してくれみんなにもあげないといけないからね」
 =しかし...生贄を増やさないとそれは=
「心配しないで、今回の贄はすごいんだ。初めて見たときはびっくりしたんだから。」
 =ほう=
「イワン、連れてこい」
「はい」

 イワンが俺に近づいてくる。俺は覚悟を決めて、上着を脱ぎ少女を包みゆっくりと地面に置いた。

「ほら、ルト立つんだ」
「触るな。一人で立てる」
「ふっこんなときまで強情な子だ、全く」
「・・・イワン、聞きたいことがある」
「なんだね?」

 初めて会った時のように、舐めるような視線を送ってくる。俺はその視線をなるべく気にしないようにして続けた。

「・・・あの時俺に声をかけたのはダッツの指示だったのか?」
「ふむ、どうだろうねクスクス」

 笑いながら俺の腕を引っ張っていく。

(やっぱそうだったか...うまくいきすぎだとは思ったが)

 これまで散々絡まれてきたが、こんな回りくどいやり方で絡まれたのは初めてだ。悪魔座他に絡まれるのももちろん初めてだ。

(そうか、俺は・・・騙されていたんだな)

 イワンにもダッツにも。俺を助けてくれたあの瞬間も、俺を店に誘ってくれたのも、今日の帰り見せたあの笑顔も・・・全て偽りだった。そうわかった瞬間、世界中の人間が敵に思えた。実際、今この場にいる人間はほとんどが敵だ。

(やっぱり、人なんて・・・男なんて、信じられない!)

 もう二度と関わるものか、信じたりもしない。

(二度と、二度とだ!)

 そう決心すると同時に、俺の体がイモムシ悪魔の目の前に差し出される。ジロジロと目を向けてくる悪魔。

 =・・・普通の人間に見えるが?=

 イモムシがもぞもぞと俺の顔に近づく。

(っ、下水みたいな臭いがする)

 あまりの匂いに顔をそらした。

「ちゃんと前を見て」

 ダッツは俺の顎を掴み無理やり前を向かせてくる。

「ほらガグ、よく見てよ。これ・・・青い瞳なんだ、綺麗な青。」
 =ほお、これは珍しい=
「白い肌に青い瞳、それって」
 =人魚の末裔、か。面白い=

 ダッツが俺の前髪をあげてイモムシに見えるように近づけた。イワンが俺の両腕を持ってるから思うように体を動かせない。

 人魚の末裔??
 何言ってんだ、俺は人間だぞ??

 焦った顔をしてダッツを見る。ダッツはニコッと笑って何も言わない。まさかダッツの奴、悪魔相手にハッタリでごまかすつもりか??

「悪魔って人魚を集めてるんでしょ?ペットみたいに。こいつ足あるけど、腱切っちゃえば動かなくなるよ」
 =ふむ、男の人魚はワシも初めて見た。よかろう、ではこの二倍でいいか?=

 血だまりに置かれていた金の山の隣に、同じ大きなの山がもう一つ現れる。それを確認したダッツは一つ頷き悪魔に笑顔を向けた。

「ありがとう。またよろしく」
 =贄次第だな=

 イモムシ悪魔がもぞもぞと腕っぽいものを伸ばし俺の体に触れる。反射的に声が出そうになるがグッと我慢して目を閉じた。

「ーっ・・・!!」

 悲鳴なんてあげてやるもんかと歯を食いしばる。そのときだった。俺はとある事に気付いた。イワンがいつの間にか手を離している。悪魔と触れたくないからだろうがこれはチャンスだ。

(今だ!今なら動ける!!)

 最初で最後のチャンス。俺は足に力を込めて走り出す。

「!!」
「なっ」

 その動きを全く予想してなかったダッツ達は一瞬戸惑い俺を逃してしまった。けれど俺が逃げるのを見ても特に取り乱した様子はなくダッツはにやにやと笑いながら自信満々に言い放つ。

「無駄だよ!逃げられはしない!」
「・・・・っうるさい!」

 一直線に俺は、さっき見つけた・・・布がしかれた地面に向かう。

(あそこなら・・・!)

 しかしあともう少しというとき、黒マントの一人が俺に手を伸ばしてきた。

(くそっ・・!)

 とっさに足元にある油で濡れた瓶を投げつける。それを避けたスキに横を駆け抜けた。

「おにいちゃん!こっち!」

 布の下から声がする。声の方を見れば、少女の金髪が布の隙間から見えた。そしてそれはすぐに消える。ということは下に空間が続いているということだ。

(よかった・・・!)

 やはり読みは当たってたようだ。これが俺たち生贄には教えていない外へと繋がる出入り口。俺が囮になって視線を集めてるうちに、この子にそれを確かめに行ってもらっていたのだが・・・カケが外れなくてよかった。すぐに布をどかせ滑り込む。

「なっなぜそれを・・・くそっ!!糞が!!役立たずども!!!追え!!子供はいい!ルトは絶対逃がすな!!!」

 後ろから、聞いたことのない程怒り狂ってるダッツの声が降ってきた。布の下の小さな小窓から下に降りた先は、延々と続く地下道が広がっていた。

(これなら、うまく隠れながら行けば逃げきれる!)

 少女をおんぶして走り出した。
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