牧師に飼われた悪魔様

リナ

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序章

洗礼

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 色とりどりのステンドグラスを通して、朝日が入ってくる。その光は様々な色に反射し、教会の中を神秘的に映している。ふと、頭に液体がかかった。

(・・・・っ!)

 服の襟から水が入りぞぞっと震えるのを必死にこらえる。

 =これであなたは清められた=

 大教会の牧師様の仰々しい言葉が頭上から降ってくる。

「汝、神の使いとして生きてゆくことを誓うか」
「「神の助けによって決意します」」

 教会に、洗礼を受けた者達の誓いの声が響く。俺も自分にしか聞こえない程度の音量で誓った。

「・・決意します」

 神なんかこれっぽっちも信じてないけど、と心の中で呟く。教会のパイプオルガンが賛美歌を奏で始め、賛美歌隊の少年たちが祝福の歌を歌う。

 こうして、俺の牧師人生は始まることとなった。


 ***


 青々と茂るブドウ畑と、牛の群れが延々と山を埋め尽くしている。その上には、絵の具で塗りつぶされたかのような青い空、うっすらと白い筋のような雲が広がっている。まるで絵本の中に入ってしまったかのような感覚に陥るこの景色。便利とは口が裂けても言えない田舎だが、この美しい景色を見ているとそれなりにいいところだと思えるのだった。

「・・・・ふう、洗礼も終わったし何か食べに行こうかな」

 教会の門をくぐり、それらの景色を見回しながら階段を下りていく。

「やあ、君」
「?」
「そこの、銀髪の君!」

 教会の長い長い説明を聞きおえ、やっと解放されたかと思ったのに今度は何だ。振り返って声の主を見る。そこには地味そうな男が立っていた。背丈は170程の細身で、このやせた土地によくいそうな、地味な顔をした男だった。自分の一回りは年上だろうその男はニコニコと友好的な雰囲気で近づいてくる。確かこの男、同じ牧師志願者だったよな、さっきの洗礼の時もいた気がする。

「共に洗礼を受けた者同士、晩食でもどうかね」

 なんでほぼ初対面のお前と行かなきゃいけないんだよ。訝しげな顔で相手の顔を睨む。

「ああ、私はイワン・ジャスティナ。初めまして」
「...ルト・ハワード」

(ここで無視するのも・・・後々めんどいか)

 仕方なく、差し出された手を握り返す。奴は笑顔のまま俺の手を強く握った。それからおもむろに手をぐいっと引っ張られ、もう片方の腕を腰に回される。まるでこの男に抱かれているような姿勢になった。

(?!)

 一瞬ギクリとするが、背中をぽんぽんと叩かれすぐに体が離れた。なんだ、ただの挨拶か。

(・・・・どうもこの地の挨拶には慣れられない。どうして抱きつく必要がある?)

 不機嫌そうにため息をついてみたら、イワンが心配そうな視線を向けてきた。

「そういえば、先ほどの洗礼の時も君は声がほとんど出ていなかったな。どこか体の調子でも?」

 俺の事どんだけ見てんだよ、隣にいたわけでもあるまいし。洗礼者は他に何十人といたはず。

(はあ・・・)

 昔から俺は人目を引いた。特に男に。一年のほとんどが太陽の光が届かない土地で生きる人間特有の――この白い肌、白い髪そして青い瞳。他の土地に移り住むうちに、俺はやっとこの外見がかなり目立つことに気づいた。他の奴らは日々の畑仕事のおかげでこんがりと日焼けしている。その分俺は日焼けしないから(赤くなるだけ)馬鹿にされるか、物好きに絡まれるかのどちらかだった。

 ・・・物好きの説明はいいだろう。きっとこのイワンという男もその分類に入るのだろうから。見ていたらわかると思う。

「ちょうどそこに宿がある、少し休憩しようではないか。ルト。」
「・・・いや、いい。問題ない」

(さっき会ったばかりの奴と宿なんて行くと思うか馬鹿が)

 俺の心配、というより少しでも会話を続けたいという意図が見え見えの男に嫌気がさし、俺は背中を向け歩き出した。これ以上こんなやつに割ける時間はない。少々大人気ない態度だとはわかっているが俺のカンが間違っていなければ、奴とは関わらない方がいい。絶対めんどくさい。

「待ちなさい」

 ぐいっと腕をひかれる。

(ほらな・・・・)

 予想が的中した、全く嬉しくない。男を遠慮なく睨みつける。

「別に君の不利益なことは何もない、私はこの辺りを統治するジャスティナ家の人間だ。不自由はさせないし贅沢もできる。」

 いやいやもう十分不自由してますから。それに、いくら見習いとは言えこれが牧師の人間のセリフとは思えない。親の金で偉い顔しやがって何が不自由はさせないだ。不満を込めて、掴んできた奴の右手を睨む。けれど男は気づいてないフリをして離そうとしない。少しずつ村人たちが足を止め、こちらを見に集まってきている。しかし何かするというわけでもなく好奇の目を向けてくるだけだ。

(ふんっ・・・どこへ行ってもそうだ)

 結局は皆そうやって遠目で見てるだけ、都合よく誰かが助けにくるなんて、子供向け童話じゃあるまいし現実世界じゃありえない。

「ひとまずあそこの店で食事でもどうだね。ふむ。そんなに急いでるなら...一度だけやらしてくれれば、満足するがね?」

 最後の言葉を耳打ちされ、ゾッと鳥肌が立つ。

(・・・とうとう本音が出たな)

 そろそろ頭の血管がぷツンといきそうだ...いやでも俺牧師だし暴力はよくない。暴力は。

 さわっ

「!!!!」

 下半身を嫌な手つきで撫でられた。

(~~~っこのくそヘンタイヤロウ!!)

 俺は怒りを込めて拳を振りかざした――

 ドカッ

 くぐもった音が教会の裏道に響いた。ゴミを漁る猫たちが驚いて去っていく。

「・・・?!」
「うう!い、痛い!!」

 蹲る変態牧師男。俺は振りかざしたままの拳をゆっくりと下ろす。そして変態男の後ろに現れた背の高い茶髪男に目を向けた。その男の足が俺の代わりにこいつを懲らしめてくれたみたいだ。

「大丈夫だか?ほら、めんどいことになる前にトンズラすっべ」

 独特のイントネーション。しかもかなり訛ってる。ここの村の者か?どちらにしろまた男か。俺はため息をついて、茶髪男に引っ張られるように路地を駆けだした。
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