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地方都市バルザック
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しおりを挟む二つ目の門にある検問所を抜けて内壁区画をしばらく歩いていた薫は、ようやくお目当ての宿屋へ辿り着いた。
周囲の建物と比較しても抜きん出て大きな造りの『金獅子亭』は、その店名を表すように入り口の扉に金の獅子を象ったプレートが下げられている。
「はぁー……高そう」
外壁区画でも何軒か宿屋を見掛けはしたが、やはり古いし狭そうという印象を抱くようなものばかりで出てくる客は案の定、粗暴そうな者が多かった。
それに比べ『金獅子亭』は建物も真新しく、清潔感を感じられるほど綺麗だった。元の世界の基準でも一流ホテルと言っても過言ではないと断言出来る。
しかしそうなってくると不安になるのが宿泊費用のこと。アレクからは五日ほど滞在すると言われていたためその日数で宿泊を申し出るつもりだったが、はたして金貨五枚で足りるだろうか。出来ることなら外出用に一枚くらい残したかったが。
「……まぁ、足りなかったらユグドラシル金貨でも出してみようかな。使えるかわからないけど」
念の為にユグドラシル金貨を一枚だけポケットに忍ばせながら、薫は『金獅子亭』の扉を開けた。
中に入ってまず目に飛び込んできたのは豪華な絨毯だった。そして様々な調度品へと視線は移り、最後にカウンターで姿勢を糺して佇む初老の男性の姿を視界に収める。
この世界でも一般的なのか眼鏡を掛けた初老の男性が薫と視線が合うと柔らかな笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ。 ご宿泊ですか?」
「は、はい。 二人部屋と一人部屋、それに幌馬車と馬二頭でお願いしたいんですが……」
「畏まりました。ご宿泊は何日ほどで?」
「五日でお願いします」
「当店は先払いのため宿泊費と馬の飼料代を含め金貨三枚となります」
提示された金額に薫は内心でガッツポーズをとる。
胸元から金貨を入れていた小さめの皮袋を取り出し、中から三枚だけをカウンターへ出す。
それから薫は簡単な手続きとして宿泊者名簿を記載──字は書けないので代筆してもらった──し、一人部屋の方はアレクに使って貰おうとしたため、二人部屋の方の鍵を受け取る。
ちなみに『金獅子亭』は四階建てで、泊まる部屋は二階の右奥とその手前の部屋だったりする。
「それではごゆっくりと」
「ありがとうございました」
お互い短く会話を済ませると、薫はカウンターの脇を通り過ぎ、階段を上っていく。そして目当ての部屋の扉を開け、再び感嘆の声を漏らす。
「うへぇ……すっごい豪華」
部屋の広さもさることながら置かれている家具が全て高級品ばかりが取り揃えられており、薫はおっかなびっくりで部屋の中を進む。
「うわ、うわ、うわぁっ‼︎」
部屋の中にある扉を開けた瞬間、薫が喜色満面を浮かべる。其処には元の世界で見慣れたバスタブが備えられており、脱衣所と思われる場所には純白のバスローブが置かれている。
ユーグ村や道中では水を含ませた布で拭くことでしか身体を清めることが出来なかっただけに風呂に入れることに薫は目を輝かせながら感動する。
「お風呂に入りたいけど替えの服は馬車の中だし……」
一応『L・F』の装備品は取り出すことは可能だがやはり装備品という名の通り下着類は殆どなく、あったとしてもネタ装備のバニースーツとかいう破廉恥な物しかない。さすがにそれらを身に付ける勇気はない。
「仕方ない……お風呂はアレク達と合流してからの楽しみに取っておこう。 でも、お風呂……」
諦めきれず何度も浴槽を振り返りながらも薫は風呂場への扉を閉める。ベッドの上に横になってみたい衝動に駆られるも、横になればまず間違いなく眠りに落ちることが予想できたため、泣く泣くそちらも我慢して部屋を後にする。
鍵を受付に預け、『金獅子亭』を出る。
キョロキョロと辺りを見渡してみてもまだアレク達の姿は見えない。きっとまだ検問所で足止めされているのだろう。アレクの話では夕暮れまで掛かるとのことなので、時間はまだまだたっぷりある。
「──よし!」
目指すは美味しい食べ物! 珍しい物! ファンタジーっぽい物!
小さく意気込みながら薫は自身の好奇心に身を任せて歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ありがとうございましたぁ」
気の抜けた店員の声を背に受け、薫はホクホク顔で手に持つ串へと視線を走らせる。
それは祭りの出店とかでよく見かける肉の串焼きだったが出店と違うのはその肉が森鹿の肉であること。牛や豚よりも脂身の少ない肉を一口齧れば、程よく柔らかい肉のジューシーな肉汁と絡ませたソースの香ばしい匂いが鼻を抜けていく。
「うん、美味しい! 帰りに二人の分も買おっと」
金貨の入っていた皮袋の口を開け、中身を確認する。そこに金貨の姿はなく、代わりに先程まで入ってなかった大量の銀貨や銅貨が擦れ合い、チャリチャリと音を鳴らしていた。
街の中を散策するということで、『金獅子亭』の受付で金貨一枚を銀貨に両替してもらっていたのだが、その時に金貨一枚に対し銀貨五十枚が手渡された。ちなみに残り一枚の金貨は無駄遣いしないように部屋の金庫に置いてきてある。
そしてさっき買った串焼きは一本銅貨一枚ということで銀貨一枚で支払ったところ、嫌そうな表情を浮かべた店員から銅貨が二十四枚と銅貨よりも二回りくらい大きい銅貨一枚を返された。店員に大きい銅貨について聞いてみればそれは大銅貨といい、銅貨二十五枚と等価の貨幣とのことだった。
「つまり銅貨五十枚で銀貨一枚、銀貨五十枚で金貨一枚ってことかな? 五十枚で繰り上げってのは分かりやすくていいけど、嵩張るなぁ……」
最初は金貨五枚しか入っておらずスカスカだった皮袋もさすがに銀貨・銅貨が数十枚も入っていればパンパンに膨れてしまい、正直邪魔だった。
「これ『ストレージ』に仕舞えないかな……おっ?」
試しに銀貨を『ストレージ』内に保管するイメージを浮かべたところ、手に持つ皮袋が明らかに軽くなる。皮袋を開いて中を確認してみれば、中には大銅貨と銅貨しかない。
そして『ストレージ』を確認してみれば、『ユグランド銀貨×49』と表示されていた。
「へぇぇ……この世界の物も仕舞えるなんて、なんて便利な機能」
未だ使いこなせていない自分の能力に感心しながら、薫は肉を口いっぱいに頬張って散策を続けていく。
「やってしまった……」
建物の陰で暗くなった店先で、小さく薫が呟く。
あの後も様々な露店・商店を巡り歩いては気になる物を片っ端に見て回っていた薫は、最後に訪れた商店に心を奪われていた。
武具を取り扱うその店は冒険者風の出で立ちの者が多く出入りしている、いかにもファンタジー感溢れる佇まいの店だった。剣や槍、斧やナイフなどの多種多様な武器が置かれていて、ゲーマーである薫の心を鷲掴みにするには十分過ぎた。
その結果、薫が満足いくまで鑑賞し、ついでに冷やかしにならないようにと小さめのナイフを一つ買って店を出た頃には完全に日が暮れており、辺りは薄暗くなっていた。
「どうしよう……急いで帰らないと」
慌てて『金獅子亭』に戻ろうと一歩踏み出し、そしてすぐに立ち止まる。
「……あれ、道どっちだっけ?」
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