ロスト・ファンタジア

ニセ神主

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ユーグ村

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「どうしよう……」

 薫は呆然と立ち尽くしていた。時折辺りを窺うように視線を彷徨わせては、自分を中心に半径数十メートルに渡り、辺りが焼け野原となってしまった光景を視界に収め、背中に冷や汗が伝う。

 ……どうしてこんなことになった。

 薫は狐面の上から額に手を当て、天を仰ぐ。
 
拡散爆裂魔法グラウンド・ゼロ
 これは『L・F』で使える中位の火属性魔法の一種だ。ゲームの頃は術者を中心に文字通り『爆発』することで、周囲に展開する敵全てにダメージを与えるというもので、例え倒せなくとも『火傷』の状態異常を与え、詠唱を必要としない使い勝手の良さもあって薫も随分とお世話になっている魔法だ。
 『爆発』と言ってもゲームの中なので、地面や木、建物といったオブジェクトがあるフィールドでこの魔法を使用してもそれらが破壊されるなんてことは当然ない。もしそうでなければフィールドはプレイヤーの魔法で穴ボコだらけ、街は壊滅状態になってしまう。

 薫もその感覚で、周りのモンスターが飛び掛かってきたから咄嗟に『拡散爆裂魔法グラウンド・ゼロ』を使用した。
 だが、いざ使ってみると辺りの地形が軽く変わるほどの威力と影響を与えてしまっていた。

 地面に生い茂っていた草は消え、露わになった土肌が水分を失い、焦げてボロボロになっている。乱立していた木々は爆発の影響で大きな炭となって根こそぎ吹き飛んでしまっている。
 そして飛び掛かってきたはずの多数のモンスター達は、その姿を消失させた。僅かに残る、生理的に受け付けられない焦げ臭い匂いが、彼らが決して逃げたのではないことを証明している。

「これ……上位魔法は使わない方がいいかもしれない」

 中位クラスの魔法でこの有様なのだ。上位の魔法となるとこれよりも威力も範囲も広がることから、それこそ災害レベルの影響を与えかねないだろう。


「おぉーい!」

 自身の魔法について思案を続けている薫の背に、声がかけられる。

 声に振り返れば、村長とアレク、リリアの三人がそれぞれ武器を片手に駆け寄ってくるのが見えた。
 遠目からパッと見た限りだが、彼らに怪我らしいものは見当たらない。村の方は無事だったのだろう。

 薫がそれを確認し、漸くホッと胸を撫で下ろす。すると、急に全身に倦怠感がのし掛かってきた。

(あ、あれ?)

 貧血を起こした時に近い身体の異常に、その場にしゃがみ込んで片手を頭に添える。頭の奥がガンガンと痛む。
 徐々に視界が端から黒く染まっていき、フラフラと身体が揺れているのが分かる。

(これ、は、まずい)

 聴覚まで影響が出たのか、まるで耳を塞いだ時のように自分の荒い呼吸音しか聞こえてこない。ヒュッ、ヒュッと過呼吸のような感覚の短い呼吸音が頭に響き、胸が苦しくなる。


 ーー苦しい、誰か、助けて。

 
 視界が黒一色で染まった時、薫はとうとう意識を手放した。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 目を覚ますと、木が組み合わせられた見知らぬ天井が視界に広がっていた。それは随分と年季が入っているのか天井の木の一部は外皮が剥がれたりしている。
 左右を見ようと首を動かしてみると、顔に違和感を覚えた。

「あっ」

 手で触れてみれば、どうやら未だに『傾国の狐面』を付けていたらしく、違和感の正体はそれだった。
 前にアイテムを戻した時のように消えるように念じる。するとパッと顔から仮面が消え、数時間ぶりに表情を露わにする。

 『傾国の狐面』を付けていても、不思議なことに視界が狭まったり呼吸が篭ったりすることはなかった。しかし気持ち的に多少の違和感を感じてはいたので、漸くそれらから解放された薫は、ふぅと一息つく。

 コンコンッ

 部屋のドアがノックされ、薫は首だけを動かして音のした方へ向ける。その際、自分が寝かされているこの部屋内を見渡す事ができ、そしてこの部屋が村長の家ーー時を戻す前に村長が死んでいた部屋ーーであることが分かった。

「はい」

「あ、起きてたんだ。開けるよ?」

 ノックに対し軽く返事を返すと、扉の向こうから少し驚くような声が聞こえてきた。
 キィッと扉の軋む音があまり広くもない部屋に響き、扉の向こうからリリアがヒョコッと顔を覗かせる。

「身体の調子はどう、えっ⁉︎」

「な、なに? どうしたの?」

 リリアと目が合うや、彼女は驚いたように目を見開き、そして慌ただしく部屋の中へと入ると薫の横たわるベッドの縁に手を掛け、マジマジと顔を見つめてくる。
 その近すぎる距離とあまりの勢いに押され、薫はベッドの上で僅かに後退りをする。

「お、女の子……? え、あなた女だったの⁉︎」

 吟味するように、まさに穴が空くほど薫を見ていたリリアが一歩下がり、驚きに上擦った声を上げる。
 彼女も着替えたのだろう。着古した服はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、肩下まで伸ばした明るい茶髪を軽快に揺らせるリリアという素材が良いせいか、活発な印象を与えて似合っていた。
 そんな彼女の様子に面食らった薫は、とりあえず彼女の問い掛けに対しコクコクと頷くことで返答する。

 癖のない黒髪は耳元が隠れるくらいで切り揃えられ、前髪に至っては眉上のところで整えられている。
 その前髪から覗く形の良い眉は、今は困惑に晒されハの字形に寄せられている。
 リリアと比べても遜色ない……寧ろ若干幼い体躯は未だに『覇王の黒衣』に包まれているが、横になっていることで浮かぶ身体の細いラインは間違いなく女性のものである。

「え、ええぇぇぇぇぇ⁉︎」

 薫の返事を受け、リリアが一際大きな声を上げる。それは家の中のみならず、村中に響き渡るほどだった。

 
「なんだ、どうした⁉︎」

 リリアの悲鳴に近い声を聞き、村長とアレクが剣を片手に薫のいる部屋に駆け込む。

 そして部屋の中に入って息を呑む。

「うわぁ……綺麗な髪で羨ましいなぁ。 スンスン……なんか良い匂いもするし」

「ちょ、やめっ、だ、誰か止めてっ」

 ベッドの上に横たわる薫の上に、リリアが跨って座っている。さらにリリアは薫の髪を掬い上げては鼻を近づけ、匂いを嗅いでいる。
 組み伏されている薫はリリアが上に乗っているせいか両手の自由も効かないらしく、嫌々するように首を動かして抵抗しているが、あまり効果があるようには見えない。
 
 村長とアレクはてっきりリリアが襲われたりしているんじゃないかと思って急いで来たが、実際は逆だった。リリアが少女を襲っていた。
 その想定外の光景に、乗り込んだ二人が入り口から動けずに呆然と立ち尽くしていると、薫と目が合う。

「み、見てないで助けてっ」

「お、おぅ」

「す、すまない」

 薫の必死の訴えにより動き出した二人は、壁に剣を立て掛けると漸くリリアを引き剥がしにかかった。




「すまなかった」

 村長がベッドの上の薫に対し、深く頭を下げる。そんな彼の右手はリリアの頭を強く押さえ込んでおり、リリアもまた村長同様に深く頭を下げている。いや、下げられている。

「いえ、ちょっと驚いてしまっただけですから」

 ベッドの上で佇まいを正しながら、薫は手を左右に振って気にしていないことをアピールする。しかしその顔には外した筈の『傾国の狐面』が再び装着され、チラチラとリリアに向けて警戒の眼差しが向けられていた。

「そうか。ちなみに体調はどうだ? 急に倒れたから驚いたが、村の薬師の見立てでは疲労じゃないかってことだったが……」

「疲労、ですか……はい、多分そうなのかもしれないです」

 心配そうに訊ねる村長に疲労かもと指摘され、薫は僅かに思案する様子を見せると妙に納得したように頷く。

 この世界に迷い込んでから何だかんだ常に気を張り詰めっぱなしで、精神的にも疲れていたのかもしれない。
 思い返せばそうだったなと、短時間のうちにあまりに内容の濃い経験を多くしてしまったが故に疲労が溜まったのだろう。

 薫がそんなことを考えていると、村長が先程よりも真剣な表情を薫へ向ける。

「疲れが残ってるところ申し訳ないが、色々と話を聞かせてもらえないだろうか?」

 気遣うような視線はそのままに村長が真剣な表情を薫に向ける。いつの間にか村長の隣にはアレクとリリアも並び立ち、揃って真剣な眼差しを薫へ向けている。

「……分かりました。私は薫、旅人をしています」

 軽く頭を下げつつ、薫が自己紹介をする。

「カオルちゃん……」
「旅人……」

 正直に『自分は別の世界から来た人間です』なんて話したところで信じて貰えるわけないと思い、丘の上でアイテム整理がてら考えた設定として、この世界でも通用するだろう『旅人』を名乗ることにする。
 それを聞き、リリアは薫の名前を刻み付けるように何度も反芻し、村長とアレクは旅人という答えに納得がいってないのか、僅かに眉を寄せる。

「旅人と言っても私は少し事情が変わってて、実はある程度魔法が使えまして、その能力でこの村に魔族が魔物を率いて襲撃を行うことを察知したため、勝手ながら手を出させてもらいました」

 二人の訝しげな表情から悟り、薫は咄嗟にそれっぽいことを付け加える。全くの嘘というわけではなく村が襲撃されること等、ある程度は事実なので問題ないとは思うが仮面の奥では額に冷や汗が浮かぶ。
 だがそんな薫の心配を他所に、村長が目を見開く。

「魔族が⁉︎ なら、森があんなに荒れてたのは……」

「すみません。私と魔族の戦闘跡です」

 そういえば結局アレが魔族かの確認は取れなかったけど、角も生えてたし目も真っ赤で魔族の特徴に合ってるから魔族でいいよね?ーーと心中で思いながら。

「それで魔族は……?」

「多分、倒したと思います」

「た、倒したのか……? 魔族を、たった一人で?」

「えっ、えぇ。逃げたとは思えないので、多分倒せたと思います」

 あり得ないとでも言いたげな村長の様子に、内心で何故そんなに驚くのかと疑問が浮かぶ。
 たしかに魔族は人よりも優れた能力を持つとされているが、中盤に訪れる王国では対魔族に特化した部隊が編成されていて魔族は敵わない相手ではないはず。

「そ、そうか。たしかに村を覆うくらいの魔法を使えるなら魔族を倒せてもおかしくないな」

 無理矢理納得するように、村長が頷く。

「礼が遅れたがこの村を窮地から救っていただき感謝する。私達だけでは村を守ることは出来なかった」

 姿勢を正し、頭を下げる村長。

 元々、罪滅ぼし的な意味で時を戻し、村を救った薫としては感謝されるようなことをした意識はない。それに対してこんな風に頭を下げられることは僅かな罪悪感を覚え、薫も素直に感謝を受け入れて良いものなのか分からなかった。

「あ、頭を上げて下さい! 私も出来ることをしただけですから……」

「それでも私達の村が助かったのは事実だ。礼としては足りないだろうが、好きなだけこの村で身体を休めてくれ。
 私は村の者達に事情を説明してくるから、カオル殿はゆっくりしていてくれ」

 それだけを言うと、村長は立ち上がり部屋から出て行こうとする。出て行く間際、アレクとリリアに客人である薫の世話するよう告げると村長は部屋から出て行ってしまった。


「あ、あぁ」

「行ってらっしゃーい……」

 村長が出て行くのを見送り、部屋に残されたアレク、リリアの二人は互いに顔を見合わせながら困惑気味な表情を浮かべていた。

 村長である祖父の前では必死に隠していたが、つい数刻前に目の前の恩人を剣を振りかざして殺そうとしたともなればそんな表情を浮かべたくもなる。
 先程のリリアのスキンシップも、未だ素性の分からない薫の危険性を測るために『多少』過剰に行ったものだった。本性が野蛮な者であるなら、リリアに何らかの危害を加えるかもしれないと思ったが故に、リリアは自身を囮にして探りを入れていた。しかし蓋を開けてみれば薫は無害どころかリリアが暴走するような展開になったわけで、それも二人に後ろめたい感情を抱かせている原因となっている。

 だが二人はどうしても確認しなければならないことがあった。

 それは村が破壊され、村のみんなが死んでいたアノ光景について。見知った人達の無残な姿、祖父を抱き起こした時の氷のような体の冷たさ、力任せに振った剣の感触、 手の皮が剥けてしまった時の痛み……あれは夢や幻覚だったのか。はたまたそれとも現実だったのか。

 祖父や村人達の様子から、あの出来事を覚えている人はアレク、リリアの二人しかいない。あとは不思議な魔道具を使った張本人である薫。


「あの……」

 意を決し、アレクが薫へ口を開く。

「どうしました?」

 狐面の薫がコテンと首を傾げながらアレクへ問う。その仮面の下の素顔を見たが故にその仕草に一瞬ドキッと胸が高鳴ったが、隣からリリアの無言の圧力を感じ、アレクは咳払いを一つして誤魔化す。

「コホンッ。あの、カオルさんに聞きたいことがあるんですけど……」

「聞きたいこと……もしかしてコレですか?」

 そう言って薫はジャージのポケットを漁り、そこから何かを取り出す。
 取り出された物を見た瞬間、アレクとリリアが「あっ」と声を漏らす。その反応を見て、薫はやっぱりと言いたげな表情を浮かべるが、それは仮面に隠され二人には伝わらなかった。

「コレは『時の砂時計』ってアイテム。名前の通り、使えば時間を戻すことが出来るものです」

「じ、時間を……」
「戻す……?」

 二人が今日一番の驚愕の表情を浮かべながら薫の説明を反芻する。

 ユーグ村は王国で指折りの田舎村であると言っても過言ではないが、それでも行商人や冒険者、旅人などが一切立ち寄らない程の未開の地でもない。数ヶ月に一度、行商人が冒険者の護衛と共に村を訪れにやって来る。故に世間一般の常識等は普通に備わっている。
 だからこそ、薫が差し出してきたアイテムの『時間を戻す』という効果に驚きを隠すことが出来なかった。

 時間を戻すことなど、王国や帝国、その他の国の如何なる魔法使いでも行うことなど出来ず、それは魔族だって同じだ。時間とはこの世に生きる者が干渉できる次元のものではなく、時間を操るなどそれこそ神話や伝説等の眉唾もののお伽話でしかない。
 普段であれば二人もそんな物、信じることはなかっただろう。だが薫の説明を聞き、二人は僅かに顔を歪ませながら確認するように薫に問い掛ける。

「それはつまり、さっきのことは夢じゃなかったってことですか……?」

「……ごめんなさい」

 顔を伏せ、二人から視線を外す薫。
 
 さっきのことは夢ではなかった……そう改めて言われ、アレクとリリアはゾッとした。
 素性についてはまだよく分からないが、目の前の彼女が貴重な魔道具を使ってくれなければ自分たちは大事なものを失うところだった。
 それに彼女が村を襲ったという魔族を倒してくれなければ、魔族に敵う者のいないこの村は結果的に滅ぼされていただろう。
 
「あ、謝らないで下さい! 俺、カオルさんがこの村を守ってくれたことすごく感謝してるんです!」

「それに分からなかったとは言え、カオルちゃんに酷いこと言っちゃって……ごめんなさい!」

「お、俺もカオルさんに酷いこと言って……すみませんでした!」

 アレクとリリアが慌ただしく其々に捲し立て、頭を下げる様子を薫はきょとんとした表情で見つめる。
 二人の謝罪の言葉よりも、薫はアレクの言葉に心を奪われていた。
 
「私が、守った……?」

 一字一句、噛みしめるように薫が呟く。

「そっか……私、守れたんだ」
 
 物思いに耽るように薫の視線が窓の向こうへと移る。アレクとリリアはその様子に首を傾げる。

 薫の視線の先、そこには井戸の周りで楽しそうに雑談を広げる女性たち、草花がいっぱいに詰められた籠を父親らしき人物に渡す子供、短弓を片手に獲物であろう大型犬サイズの兎のような動物を持って誇らしげな表情を浮かべる男の姿……長閑で平和な光景が映し出されていた。

 目を閉じれば、彼らが物言わぬ亡骸となっている先悲惨な光景が蘇る。だけど目を開けた先にある光景はそれとは違い、薫はこの光景を自分が守れたことをようやく理解し、この世界に来て初めて心から安堵した。
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